母さん、もう来ないでください。
その言葉を聞いた瞬間、私、高橋くみ子、68歳の手からしゃもじが滑り落ちました。キッチンに立つ私の背中に向かって、息子の冷たい声が響いたのです。いつものように息子夫婦の家で夕食の準備をしていた時のことでした。今日は勝也の大好きな肉じゃがを作っていたのです。
結婚してから10年、週に3回はこうして息子の家に通い、家事を手伝ってきました。
「え、何を言っているの?」
振り返ると、リビングのソファに座る勝也と美紀が、まるで他人を見るような冷たい目で私を見つめていました。
「聞こえなかったんですか? もうこの家に来ないでくださいと言ったんです」
勝也の声は氷のように冷たく響きました。
「お母さん、私たちは真剣に話しているんです。今日で絶縁させていただきます」
絶縁? まるで意味が分かりませんでした。今朝まで普通に話していたのに、一体何があったというのでしょうか。
「勝也、あなたまで……」
息子は目をそらしながら低い声で言いました。
「母さん、これは俺たち夫婦で決めたことなんだ。今日で終わりにしよう」
68歳の私には、息子夫婦の突然の宣告がまるで悪い夢のように感じられました。
「どうして急にそんなことを?」
震える声で訪ねる私に、美紀は冷ややかな視線を向けました。
「お母さん、もう援助なんていらないんです。私たちだけでやっていけますから」
援助。私は息子夫婦のことを思い、できる限りのことをしてきただけなのです。勝也が大学に進学する時、学費の800万円を負担しました。38年間、小学校の教師として働いて貯めたお金でした。結婚してマイホームを購入する際には、頭金の500万円を援助しました。孫が生まれてからの3年間は、毎日のように通って育児を手伝いました。今でも月に5万円の生活費を援助し、週に3回は家事を手伝いに来ています。全ては息子家族の幸せを願ってのことでした。
「私がしてきたことは全て無駄だったということですか?」
「無駄とは言いませんが、もう必要ないんです」
勝也が口を開きました。
「母さん、俺たちももう40歳だ。いつまでも親に頼ってちゃいけないと思うんだ」
「でもつい先週も生活が苦しいからって……」
「それとこれとは別です」
美紀がきっぱりと言い切りました。
「お金の話とお母さんとの関係は別問題なんです」
私には2人の言っていることがまるで理解できませんでした。援助は受け取るけれど、私との関係は断ちたいということでしょうか? こんな都合のいい話があるでしょうか?
「お母さん、はっきり言わせていただきます」
美紀が背筋を伸ばし、まるで宣告を下すかのような口調で話し始めました。
「正直言って、お母さんの存在が迷惑なんです」
迷惑。その言葉に私は息を飲みました。
「私たちには私たちの生活があります。でもお母さんは何かにつけて口を出してきます。孫の教育方針にも、私たちの生活スタイルにも」
「でも私は心配で……」
「その心配が迷惑なんです」
美紀の言葉は鋭い刃物のように私の心を切り裂きました。
「古臭い価値観を押し付けないでください。今は令和の時代なんです。昭和の考え方なんてもう通用しないんですよ」
勝也も同調するように頷きました。
「母さん、俺たちの教育方針に口出ししないでって何度も言ったよね。でも母さんは聞いてくれない」
「だって孫にゲームばかりさせていたら……」
「それが現代の教育なんです」
美紀が遮りました。
「プログラミング教育にもつながるんです。お母さんの時代とは違うんですよ」
確かに私は孫の教育について心配していました。でもそれは愛情から来るものだったのです。
「母さんはもう時代遅れなんだよ」
勝也の言葉に私は凍りつきました。自分の息子からこんな言葉を聞くことになるとは思いませんでした。
「俺たちの足を引っ張らないでくれ。正直、母さんがいると息が詰まるんだ」
息が詰まる。
「そうだよ。いちいち昔話を持ち出して説教じみたことを言われるのは疲れるんだ」
私はただ息子家族のことを思って助言していただけでした。それがこんなに嫌がられていたなんて。
「それにお母さん、最近物忘れも多いですよね」
美紀が念を押すように言いました。
「この前も同じ話を三回しましたよ。認知症の心配もありますし、そろそろ施設に入ることも考えられたらどうですか?」
認知症。私はまだそんな自覚がありませんでした。
「その自覚がないのが一番怖いんだ」
勝也までそんなことを言い出しました。
「母さん、一度病院で検査を受けた方がいいよ。俺たちも心配なんだ」
心配。今、私を家から追い出そうとしている人たちが心配だなんて。
「援助だけもらって、私は邪魔者扱いですか?」
私の問いかけに2人は顔を見合わせました。
「援助と親子関係は別でしょう」
美紀があっけらかんと言いました。
「お金の問題と人間関係の問題を一緒にしないでください」
「そうだよ、母さん」
勝也も妻の方を持ちました。
「援助してくれたことには感謝してる。でもだからって俺たちの生活に干渉していいってことにはならないだろう」
私は言葉を失いました。38年間、家族のために尽くしてきた私は何だったのでしょうか?
「お母さん、私たちだって苦しいんです」
美紀がまるで被害者のような顔で言いました。
「毎日毎日『あれはダメ』『これはダメ』って言われて、私のストレスも限界なんです」
「私はダメなんて……」
「言い方は優しくても、結局は否定してるじゃないですか。私の料理の味付けから掃除の仕方まで」
確かに私は時々アドバイスをしていました。でもそれは美紀のためを思ってのことだったのです。
「もう限界なんです。これ以上お母さんに振り回されたくないんです」
振り回される? 週に3回家事を手伝いに来ているだけなのに、その3回が苦痛だというのでしょうか。美紀の言葉はもはや遠慮というものがありませんでした。
「来てもらわなくても私一人でできます。むしろお母さんがいない方が気楽なんです」
勝也も頷きました。
「母さん、もう俺たちも大人なんだ。いつまでも子供扱いしないでくれ」
「でも先月も『母さんの肉じゃがが食べたい』って……」
「それはただの社交辞令だよ」
息子の冷たい言葉に私の心は完全に打ちのめされました。社交辞令。私はその言葉を噛みしめるように繰り返しました。息子の好物だと思って心を込めて作ってきた料理も、全て社交辞令で褒められていただけだったのでしょうか。
「お母さん、はっきり言います」
美紀が立ち上がり、まるで最後通告を突きつけるような態度を取りました。
「お母さんはもうお荷物なんです」
お荷物。その言葉が私の胸に深く突き刺さりました。
「私たちの生活を邪魔する重い荷物。正直、いなくなってくれた方がみんなが幸せになれるんです」
「美紀さん、それはあまりにも……」
「本音を言っているだけです。お母さんだって薄々気づいていたんじゃないですか」
勝也も妻の言葉に同意するように頷きました。
「そうだよ、母さん。もう来ないでくれ。俺たちは母さんなしでやっていきたいんだ」
38年間、愛情を注いで育てた息子からこんな言葉を聞くことになるとは。私の目から涙がこぼれ落ちました。
「泣いても無駄です」
美紀の声はどこまでも冷徹でした。
「今すぐ出て行ってください」
「今すぐ?」
「今すぐです。もう一秒とこの家にいて欲しくないんです」
美紀は玄関の方を指差しました。
「鍵も返してください。二度とこの家の敷居をまたがないでください」
私は震える手でバッグから合鍵を取り出しました。10年間、大切に使ってきた鍵です。
「これで満足ですか?」
鍵をテーブルに置くと、金属音が冷たく響きました。
「ええ、これでやっと解放されます」
美紀はまるで重荷を下ろしたかのような表情を見せました。
「勝也、あなた本当にこれでいいの?」
最後の望みをかけて息子に問いかけました。
「いいんだ、母さん。これが俺たちの決断なんだ」
「38年間、あなたを育ててきた母親に対して、これが恩返しなの?」
「恩返しなんて古臭い考え方だよ」
勝也は私から目をそらしながら言いました。
「親が子供を育てるのは当たり前だろう。それに対して一生恩を感じろなんて、それこそ時代錯誤だ」
私はもう何も言えませんでした。価値観の違いという言葉では片付けられない、深い溝を感じました。
外では雨が降り始めていました。
「傘は貸しません」
美紀がきっぱりと言いました。
「もう他人なんですから、傘を貸す筋合いもありません」
私は濡れたコートを羽織り、玄関に向かいました。振り返ると、息子夫婦は早く出て行けとばかりに腕組みをして立っていました。
「わかりました。お望み通りにしてあげます」
私は2人をしっかりと見据えて言いました。
「もう二度とこの家には来ません。でも覚えておいてください。今日のこの選択を後悔する日が必ず来ますから」
「脅しですか?」
美紀が嘲りました。
「ただの老人の負け惜しみでしょう」
雨の中、私は息子の家を後にしました。68年間生きてきて、これほど惨めな気持ちになったことはありませんでした。でも歩きながら、私の中で何かが変わっていくのを感じました。悲しみが静かな怒りに変わり、そして冷静な決意へと変化していったのです。お荷物と言われたなら、お荷物らしく振る舞ってあげましょう。雨に濡れながら、私は心の中でつぶやきました。
雨に濡れて帰宅した私は、まず熱いシャワーを浴びて体を温めました。鏡に映る自分の顔は意外にも穏やかでした。悲しみを通り越すと、人はこんなにも冷静になれるものなのですね。
「さて、お荷物らしく行動しましょうか」
私はタオルで髪を吹きながら独り言をつぶやきました。
まず最初に向かったのは銀行でした。
「高橋と申します。息子への定期送金を本日付けで停止したいのですが」
窓口の女性は優しく対応してくださいました。
「毎月5万円の送金ですね。停止の手続きをさせていただきます」
5万円。息子夫婦にとっては大した金額じゃないというかもしれません。でも年金暮らしの私にとっては、決して小さな金額ではありませんでした。
「これで手続きは完了です。来月からは送金されません」
「ありがとうございます。助かりました」
次に向かったのは別の銀行でした。ここではもっと重要な手続きが待っていました。
「住宅ローンの連帯保証人を解除したいのですが」
担当者は少し驚いた表情を見せました。
「息子さんのローンの保証人になっていらっしゃるんですね。解除となると、別の保証人を立てていただくか、息子さんの収入だけで審査をやり直すことになりますが」
「構いません。もう家族ではないと言われましたので」
私の言葉に担当者は複雑な表情を浮かべました。
「わかりました。では息子さんにも連絡が行くことになりますが、よろしいですか?」
「もちろんです。むしろすぐに連絡していただけますか?」
手続きは思ったよりスムーズに進みました。家に戻ると、次はクレジットカード会社に電話をしました。
「家族カードの解約をお願いします」
オペレーターの方が確認してきました。
「息子さん名義の家族カードですね。年会費無料でポイントも共有されているカードです。本当に解約されますか?」
「はい、本日付けで解約してください」
「承知いたしました。カードは即座に使用できなくなります」
電話を切ると、次は習い事教室への連絡でした。孫のピアノ教室と英会話教室、2つの月謝を私が払っていました。
「支払い方法を変更したいのですが」
「高橋様、いつもありがとうございます。お孫さん、とても頑張っていらっしゃいますよ」
先生の温かい言葉に少し心が痛みました。でももう後戻りはできません。
「事情がありまして、今後は息子夫婦が直接支払うことになります」
「そうですか。わかりました。では息子さんに連絡させていただきますね」
最後に私は通帳を開いて確認しました。来月、家族との海外旅行のために用意していた200万円。これももう必要ありません。
「この200万円は自分のために使いましょう」
私は通帳を見つめながらつぶやきました。
夕方になって、全ての手続きが完了しました。月々の援助を合計すると、なんと20万円近くになっていました。生活費の援助、ローンの支払い補助、孫の習い事代。お荷物にしては、随分重い荷物を背負わせていたものね。皮肉を込めて私は笑いました。
ふと、携帯電話が鳴りました。息子からでした。でも私は出ませんでした。もう家族ではないのですから。留守番電話にメッセージが残されていました。
「母さん、なんか銀行から変な連絡があったんだけど……」
慌てた様子の息子の声でした。でも私はメッセージを最後まで聞かずに削除しました。
「お荷物にはお金はありませんから」
私は静かにつぶやきました。
夜、ベッドに入ると不思議な解放感に包まれました。もう誰かのために無理をする必要はない。自分のためだけに生きていいのだと、初めて実感したのです。
「明日から新しい人生の始まりね」
そう思うとなぜか心が軽くなりました。窓の外では雨が上がり、星が輝き始めていました。まるで私の新しい門出を祝福してくれているかのようでした。
翌朝、私は久しぶりにゆっくりと目覚めました。もう息子の家に行く必要がないのです。朝食を済ませていると、携帯電話が鳴り始めました。息子からでした。昨日からもう10回以上着信がありましたが、全て無視していました。今回も出るつもりはありませんでしたが、あまりにもしつこいので、ついに電話に出ることにしました。
「もしもし」
「母さん、やっと出てくれた」
息子の声は明らかに慌てていました。
「どうかしましたか?」
私はあえて他人行儀な口調で応じました。
「どうかしたって、クレジットカードが使えないんだよ。今朝コンビニで……」
「そうですか?」
「『そうですか?』じゃないよ。家族カードを解約したんだろう」
「ええ、解約しました。だってもう家族じゃないんでしょう」
電話の向こうで息子が息を飲む音が聞こえました。
「それは……昨日のはちょっと言いすぎただけで」
「言いすぎ? 『絶縁する』と言ったのは冗談だったんですか?」
「いや、その……」
息子が言葉に詰まっている間に、背後から美紀の声が聞こえてきました。
「ちょっと、生活費の振り込みもないわよ」
「母さん、生活費の振り込みもないってどういうことだよ」
「援助と親子関係は別だと美紀さんがおっしゃいましたよね。私もその通りだと思いました。絶縁したのに援助だけ続けるなんておかしいでしょう。でも、お荷物にはお金はありませんよ」
私は昨日、美紀に言われた言葉をそのまま返しました。
「母さん、ちょっと待ってよ。話し合おう」
「話し合う? 昨日は問答無用で追い出されましたけど」
「あれは美紀が感情的になってただけで……」
すると電話を奪い取ったのか、美紀の声が聞こえてきました。
「お母さん、ちょっとやりすぎじゃないですか?」
「やりすぎ? 絶縁を言い出したのはあなたたちですよ」
「でもいきなり全部止めるなんて……」
「『二度と来るな』と言われましたから、きっぱりと関係を断っただけです」
「子供の習い事のお金はどうするんですか?」
美紀の声はもはや悲鳴に近いものでした。
「それはご両親で相談してください。私には関係ありません」
「関係ないって、今まで払ってたじゃないですか」
「ええ、でももうお荷物は下ろしましたから」
私は冷静に答えました。すると今度は息子が電話を取り返したようでした。
「母さん、銀行から連絡があったんだ。ローンの保証人を外したって」
「そうです。もう家族ではない人の保証人なんてできませんから」
「でもそれじゃあローンの審査をやり直さなきゃいけない」
「それは大変ですね。でも私には関係のないことです」
「関係ないって、母さんが保証人じゃなきゃローンが通らないかもしれないんだよ」
息子の声は完全にパニックに陥っていました。
「あら、でも昨日『もう大人なんだ』とおっしゃってましたよね。大人なら自分たちで何とかできるでしょう」
「母さん、お願いだから」
「お願い? 昨日は『二度と来るな』と言われましたけど」
私は昨日の出来事を一つ一つ思い出させるように話しました。
「雨の中、傘も貸してもらえずに追い出されました。お荷物扱いされて、存在自体を否定されました」
「それは言いすぎたと思ってる」
「言いすぎで済む問題でしょうか?」
電話の向こうで、夫婦が何か言い争っている声が聞こえました。そして再び息子の声が聞こえてきました。
「母さん、謝るから許してくれ」
「謝る? 何を謝るんですか?」
「昨日のこと全部だよ。俺たちが悪かった」
「本当にそう思っているんですか? それともお金が欲しいから謝っているんですか?」
息子は答えに詰まりました。
「とにかく一度会って話そう」
「会う必要はありません。もう他人なんですから」
「他人じゃない。親子だろう」
息子が声を荒げました。
「あら、昨日は絶縁すると言ったじゃないですか。それに『恩返しなんて古臭い』とも」
私は息子の言葉を一つ一つ返していきました。
「親が子供を育てるのは当たり前で、恩を感じる必要はないんでしたよね。それなら子供が親を援助する必要もないでしょう。私ももう援助しません」
するとまた美紀が電話を奪い取りました。
「お母さん、お金の問題じゃないんです」
「そうですか。でも昨日『援助と親子関係は別』だとおっしゃいましたよね」
「それは……そういう意味じゃ……」
「どういう意味だったんですか? 都合のいい時だけお金をもらって、都合が悪くなったら追い出す。それがあなたたちの言う親子関係ですか?」
美紀は何も言えなくなりました。しばらくの沈黙の後、息子の声が聞こえてきました。
「母さん、今から家に行ってもいい?」
「来ないでください」
私はきっぱりと断りました。
「どうしても話がしたいなら、そちらから来てください。ただし玄関から先には入れません」
一時間後、息子夫婦が我が家にやってきました。2人とも昨日とは打って変わって、青ざめた顔をしていました。
「母さん、本当にごめん」
息子が頭を下げました。
「お母さん、私も謝ります。昨日は言いすぎました」
美紀も申し訳なさそうな、しぶしぶという感じでしたが頭を下げました。
「それで?」
私は冷たくかけました。
「それでって、許してくれないの?」
「何を許せばいいんですか? 絶縁を撤回して欲しいということですか?」
「そうだよ。なかったことにしよう」
息子の言葉に私は首を横に振りました。
「一度口に出した言葉は取り消せません。あなたたちは私を心の底から拒絶した。その事実は変わりません」
「でも謝ってるじゃないか」
「土下座でもしますから」
美紀が叫びました。そして本当に玄関先で土下座を始めたのです。
「お願いします。援助を再開してください」
見苦しい姿でした。でも私の心は少しも動きませんでした。
「やめてください。見苦しい」
「許してくれるまでこのままでいます」
「勝手にしてください。でも答えは変わりません」
私は玄関のドアを閉めようとしました。
「待って、母さん」
息子が必死にドアを抑えました。
「せめて保証人だけでも」
「無理です」
「じゃあ生活費だけでも」
「お断りします」
「孫の習い事は……孫に罪はないだろう」
最後の切り札のように、息子は孫の話を持ち出しました。
「孫の教育は親の責任です。頑張ってください」
そして私は静かにドアを閉めました。「二度と来ないで」と言ったのはあなたたちです。もう私には関係ありません。ドアの向こうでまだ2人が何か叫んでいましたが、私は二階に上がりました。窓から見ると、息子夫婦がとぼとぼと帰っていく姿が見えました。昨日、私を追い出した時のあの冷たい表情はどこにもありませんでした。
あれから3ヶ月が経ちました。私の生活は驚くほど充実したものに変わっていました。もう目覚まし時計は必要ありません。朝日が差し込む頃に自然に目が覚め、ゆっくりとコーヒーを楽しむ時間があります。以前は朝5時に起きて息子の家に行く準備をしていたことが、まるで遠い昔のことのように感じられます。
「今日は陶芸教室の日ね」
私は手帳を確認しながら微笑みました。援助に使っていた月20万円を、今は自分のために使っています。陶芸教室は、ずっとやってみたかった趣味の一つでした。先生も仲間も温かく、作品を作る時間は無心になれて心が現れるようです。
「高橋さん、その湯呑み、素敵な色合いですね」
隣の席の山田さんが声をかけてくださいました。彼女も60代で、似たような境遇の方でした。
「ありがとうございます。自分で使うのが楽しみです」
「いいですね。誰かのためじゃなく、自分のための器。それが一番贅沢かもしれませんね」
山田さんの言葉に深く頷きました。そう、今の私は自分のために生きているのです。
午後は友人たちとのランチです。以前は節約ばかり考えていましたが、今は遠慮なく好きなものを注文できます。
「くみ子さん、最近本当に綺麗になったみたい」
友人の佐藤さんが言いました。
「表情が明るくなったし、おしゃれになったわよね」
「そうかしら。でも確かに気持ちは軽くなったわ」
私は正直に答えました。
「実は息子夫婦と距離を置くことにしたの」
友人たちにあの日の出来事を話しました。すると意外にも共感の声が上がりました。
「私も似たような経験があるわ。子供のために尽くしても、当たり前だと思われるのよね」
「でもくみ子さんはきっぱりと決断したのね。勇気があるわ」
「最初は辛かったけど、今は本当に良かったと思っているの」
食事をしながら、私たちは子育てや家族について語り合いました。みんな似たような悩みを抱えていたのです。
「子供を愛することと、自分を犠牲にすることは違うのよね」
「そうそう。私たちにだって自分の人生があるんだから」
こんな風に本音で話せる時間が、今の私にはとても大切です。
週末には一人で温泉旅行にも行きました。以前なら贅沢だと自分を責めていたでしょう。でも今は違います。
「これは自分へのご褒美よ」
温泉に浸かりながら、私は心からそう思いました。露天風呂から見える山々は美しく、鳥のさえずりが聞こえてきます。こんな穏やかな時間を過ごせることに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。宿の女将さんとも楽しく会話をしました。
「お一人様ですか? 優雅でいいですね」
「ええ、自分のペースで過ごせるのが何よりです」
「最近そういうお客様が増えているんですよ。皆さん生き生きとされていて素敵です」
夕食も一人でゆっくりと味わいました。誰かに気を使うことなく、自分の好きなように時間を使える幸せを、しみじみと感じました。
そんな充実した日々を送っている中、時々息子夫婦の現状を風の噂で聞くことがあります。どうやら生活はかなり困窮しているようでした。ローンの審査は通らず、引っ越しを余儀なくされたとか。美紀は働きに出ることになり、孫の習い事も全てやめざるを得なかったそうです。
「自業自得ね」
私は特に感慨もなくつぶやきました。もう彼らは私の人生には関係のない人たちなのです。
先日、偶然スーパーで美紀に会いました。やつれた顔で、以前の傲慢な態度はどこにもありませんでした。
「お母さん」
美紀は私を見つけると近寄ってきました。
「お久しぶりですね」
私は他人に対するように挨拶をしました。
「あの……お母さん。もう一度だけチャンスをいただけませんか?」
「チャンス? 何のことでしょうか?」
「家族としてやり直すチャンスです」
美紀の目には涙が浮かんでいました。でも私の心は動きませんでした。
「申し訳ありませんが、私にはもう家族はいません」
「でも血は繋がっているじゃないですか」
「血の繋がりと心の繋がりは別物です。あなたが教えてくれたことですよ」
私はかつて美紀が言った言葉を返しました。「援助と親子関係は別だ」と。その通りですね。血が繋がっていても、心が通わなければ他人と同じです。美紀は何も言えずに立ち尽くしていました。
「お元気で」
私は会釈をしてその場を立ち去りました。振り返ることはありませんでした。
今、私の部屋には陶芸教室で作った作品が並んでいます。どれも自分のために作った大切な器たちです。これが私の選んだ人生。湯呑みでお茶を飲みながら、私は満足に微笑みました。
68歳。まだまだ人生は続きます。もう誰かの顔色を伺うことなく、自分の好きなように生きていける。そのことが、こんなにも幸せだとは思いませんでした。理不尽に我慢し続ける必要はないのです。自分を大切にする権利は誰にでもあります。特に長年家族のために尽くしてきた方々には、堂々と自分の人生を選ぶ権利があるのです。私の選択は決して贅沢なものではありません。むしろ自分の尊厳を守るための当然の選択だったと思います。
お荷物と言われたなら、その荷物を下ろせばいい。それは新しい人生の始まりでもあるのです。
窓の外では桜が咲き始めていました。新しい季節の訪れです。私にとっても、これは第二の人生の春なのかもしれません。恩を仇で返す人たちには、必ず報いが来ます。それは運命でも何でもなく、自分たちの選択の結果なのです。一方で、理不尽に耐えず自分を大切にする選択をした人には、必ず幸せが訪れます。私が今心から幸せだと言えるのが、その証拠です。
もしあなたも家族から理不尽な扱いを受けているなら、どうか自分を責めないでください。我慢することが美徳ではありません。時にはきっぱりと線を引くという勇気も必要なのです。あなたの人生はあなたのものです。誰かの犠牲になる必要はありません。自分を大切にすることから、本当の幸せは始まるのです。
私は今、心から言えます。あの日、息子夫婦に絶縁されたことは、むしろ私にとって最高の贈り物だったと。なぜならそれが私に本当の自由と幸せをもたらしてくれたのですから。これからも私は自分のペースで、自分のために生きていきます。それが68年間生きてきた私への、最高のご褒美だと思うのです。



