父の声が実家の居間に響いた。テーブルには見合い写真が投げ出されていた。妹のリナが断った相手だった。
「街工場の男なんか妹には無理だ。お前が代わりに行け。」
「リナにはもっと立派な相手がいるのよ。でも地味なあなたにはちょうどいいでしょう。」母は湯飲みを傾けながら頷いた。
ソファーのリナはスマートフォンから顔も上げない。「無口な工場作業員と地味な事務。お似合いじゃん。私の代わりに引き取ってよ。」
誰も私の顔を見ていなかった。この家で私は36年間ずっとそうだった。妹の学費を稼ぐ手、祖母を介護する手、会社の帳簿を閉める手。手としてしか扱われてこなかった。
断れば会社も家も失う。逃げ場のない命令だった。私はこの縁談を受けることにした。ただ、この人たちが望んだ通りの結末にはならなかった。
それを話すには、この日より前へ戻らなければならない。話はその年の春の初めから始まる。
私は藤原みき、36歳。父が経営する自動車部品の会社、藤原誠工で経理をしている。高校を出たその足で入社して18年になった。
給与の計算、支払いの処理、銀行への対応。数字にまつわる仕事は全部私の机に集まってくる。朝は誰より早く出て事務所の鍵を開け、夜は誰より遅く帳簿を閉めて鍵を閉める。盆と正月の他にまとまった休みを取った記憶がない。
それでも肩書きはただの事務だった。給料は月に15万円。手元に残るのは12万円ほど。そこから8万円を毎月、生活費として母に渡してきた。給料日の夜、母は茶の間で封筒を開け、私の目の前で中身を数える。1枚ずつ音を立てて。18年で渡した額は1700万円を超えた。
文句を言ったことは1度だけある。20代の頃だ。父の返事は早かった。
「事務の給料なんてそんなもんだ。嫌なら出ていけ。誰のおかげで飯が食えてると思ってる。」
食卓が静まり、母が「お父さんの言う通りよ」と締めて、それで終わった。以来、私は言わなくなった。口を閉じれば、少なくとも食卓は静かだった。
5つ下の妹のリナは私立の大学へ行った。学費は家族のお金から出た。私の給料もそこに含まれていた。リナには20歳の誕生日に新車が買い与えられた。赤い輸入車の小さな車だ。成人式の振り袖は下手で70万円。写真館の一番高いコースに収まった。
私の成人式は母のお下がりの着物に、近所の写真館の一番安い1枚だった。私は雨の日も中古の自転車で会社へ通った。
「お姉ちゃんは会社が近くていいよね。」リナは窓を開けて、信号待ちの私にそう笑った。
大学を出てもリナは働かなかった。それなのに、会社からリナへ毎月30万円が振り込まれている。帳簿の上ではリナも社員だった。出社した姿を私は一度も見たことがないのに。
振り込みのボタンを押すのは私だ。名目を尋ねると父は笑った。
「リナは顔を売るのが仕事だ。お前みたいな地味な女には分からん世界だよ。」
私の給料の倍の金が、働かない人間に流れていく。その処理を私の指がする。この皮肉に慣れるまで随分かかった。
唯一の味方は祖母だった。縁側でみかんを分けながら、祖母はよく言った。
「みきはよう働く子だ。心配せんでも、ちゃんと見とる人はおるからね。」
その祖母は5年前に亡くなった。最後の2年は寝たきりで、朝晩の世話をしたのは私だけだった。
「おばあちゃんの部屋、匂いが映るから嫌なのよね。」リナはそう言って、2階から降りても来なかった。
祖母は最後の頃、私の手を握って繰り返した。「みき、すまんね。すまんね。」何に謝られているのか、その時の私には分からなかった。
私には入社の年から続けている習慣がある。会社が年に1度くれる給与証明書、源泉徴収票という紙だ。それを給与明細と一緒に、自宅の古いファイルへ綴じてきた。18年分、1年も欠かしていない。年末にその紙を受け取ると、私は定規を当てて穴を開け、金具に通す。手取りの数字を見てため息をついて、それでも閉じる。
深い考えがあったわけではない。数字の乗った紙を捨てられない、ただの癖だった。
2年前、父は決算の作業と銀行の対応を私から取り上げた。
「お前は日々の伝票だけやっていればいい。決算は俺の仕事だ。外部の税理士に頼むから。」
同じ頃から一部の支払いは父が手元で直接済ませるようになり、私の机を通らない出金が増えた。ついでのように、私の実印と印鑑登録カードも会社で預かると言われた。
「その方が安全だ。」そう言って、預かり証の一枚もなかった。
おかしいと思わなかったわけではない。けれど、この家で「なぜ」と聞くことは娘には許されていなかった。聞けば父が怒鳴り、母がため息をつき、リナが笑う。その順番まで決まっていた。
そして、あの年の春が来た。縁談の前に、まず会社の空気が変わり始めていたことを話しておきたい。
春先から、藤原誠工には銀行の人がよく来るようになった。月に1度だった訪問が週に1度になった。応接室の扉は閉められ、話し声は低く、父は書類の入った鞄を自分の車に積んで帰るようになった。
「支払いは月末ギリギリまで待たせろ。」そんな指示も増えた。仕入れ先への振り込みを遅らせるのは、資金繰りの苦しい会社のやることだ。伝票しか触らせてもらえない私にも、それくらいは分かる。
銀行の人たちは帰り際に必ず事務所を見回していく。若い行員が私の机の帳簿に目を止めて何か言いかけて、上司に促されて出ていったこともあった。私の机には、答え合わせのできない数字の断片だけが流れてきた。
仕入れ先への支払いは待たせるのに、リナの30万円だけは一度も遅れたことがない。それを命じるのも父で、振り込むのは私だった。
「お父さん、最近銀行さんが多いですね。何かあったんですか?」思い切って聞いた日、父は新聞から顔も上げなかった。
「経理は口を出すな。伝票を打つ手が余ってるなら、リナの部屋の掃除でもしてろ。」
それきりだった。代わりに割を食うのは私だった。
「藤原さん、今月のお支払いまた月末ですか?」電話口で仕入れ先の担当者の声が硬くなる。「申し訳ありません。手続きの都合で。」頭を下げるのは、遅らせろと命じた父ではなく、電話を取る私だ。電話を置く度に、知らない借金を背負わされていくようだった。
家の中は相変わらずだった。祖母の仏壇に手を合わせるのは私だけ。湯飲みの水を換え、線香を鳴らす。それが私の一日の始まりだった。
祖母の話をすると、母は決まって話題を変えた。
「おばあちゃんの残したものなんて、いいのよ。それよりリナのドレス代がね、またいるのよ。」
祖母が何を残したのか。その話はいつからか、家の中で禁句のようになっていた。一度だけ母に聞いたことがある。「おばあちゃんの通帳はどうなったの?」
「あなたが心配することじゃないでしょう。余計なことを考える暇があるなら、早くお風呂を洗って。」母の声が一段高くなったのを覚えている。
リナのSNSは華やかだった。ホテルのランチ、ブランドの新作、海外の海。経営者の娘は辛いわ、という文字に数えきれないほどの「いいね」がつく。
ある晩、リナは爪を乾かしながら言った。「お姉ちゃんは真面目だけが取り柄なんだから、黙って働いてればいいの。」
「そうよ。リナは花があるからいい家へお嫁に行くの。あなたは地味だから、人の役に立ってこそ価値があるのよ。」母が当然のように重ねた。
言い返す言葉を、私はもう探さなくなっていた。
花のある妹と、役に立つ姉。この家の格付けは、生まれた時から張り替えられたことがない。格付けを張ったのは私ではないのに、剥がすことも許されなかった。
救いは、会社の現場にあった。工場長の田岡さんは、機械油の染みた手で観光土産を差し入れてくれる。
「経理さんが閉めてくれるから現場が回るんだ。社長は分かっとらんけどな。」58歳、現場一筋の人だ。この人の前でだけ、私は息ができた。
その春、大隅の仙台が1つの縁談を持ってきた。それが全ての始まりになる。
大隅の仙台は74歳。藤原誠工の一番古い取引相手で、父が頭の上がらない数少ない人だ。
「神谷さん、40歳、製造業の人でな。人柄はわしが保証する。会うだけ会ってみんか?」
リナの縁談だった。釣書には神谷という名前と、製造業とだけあった。会社の名前は書かれていない。珍しいことだと思ったが、大隅さんの紹介に文句をつけるものは、この家にいない。
「大隅さんのご紹介なら間違いないわ。」母は乗り気になり、料亭での顔合わせが決まった。
「顔合わせなんてめんどくさい。写真で分かるじゃん。稼げない男だって。」リナは当日の朝までぐずり、母に叱られてようやく支度をした。私はお茶と荷物のかかりとして、末席に座らされた。
「あなたは黙って座ってなさい。喋る必要はないから。」母は車の中で私にだけそう釘をさした。リナは鏡から目を離さずに笑った。
料亭の座敷で、大隅の仙台が口を開いた。「神谷君はな、わしが40年この業界を見てきて、一番仕事の筋がいい男じゃ。」
約束の時間ちょうどに、襖が開いた。神谷さんは作業着で現れた。仕事場から直接来たのだと、深く頭を下げた。
「失礼しました。午後の検品がありまして、着替える時間が取れませんでした。」
リナの眉が露骨に寄った。「お仕事、何をされてるんですか?」
「製造業です。普段は工場へ出ています。」
「ふん。」リナは箸も取らずに、おしぼりを弄ったり戻したりしていた。
神谷さんは大隅の仙台と気難しい話を穏やかに続けた。難しい話のはずなのに、仲居さんが下げ物に来ると手を止めて必ず礼を言う。器を戻す位置まで丁寧な人だった。
会社の名前も規模も、リナは聞かなかった。聞く気がなかった。写真と職業。リナが人を図る物差しはそれで全部だった。
「工場勤務って、油臭そう。」聞こえよがしの小声だった。母が取りなすでもなく笑う。
「若い子は正直で、ごめんなさいね。」
「私、作業着の男の人と結婚とかありえないんで、帰っていいですか?」リナはそう言い切って、スマートフォンを取り出した。
場が凍った。大隅の仙台の湯飲みを持つ手が止まるのが見えた。父の額に汗が浮かんだ。御曹司の顔を潰したのだ。当然だった。
神谷さんは怒らなかった。湯飲みを静かに置き、仲居さんに「ご馳走様でした。美味しかったです」と礼をして立ち上がった。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございました。」声は最後まで平らだった。
去り際、この人は末席の私にまで小さく会釈をしていった。お茶を注いだだけの、名前も紹介されないかかりの私にだ。
大隅の仙台はしばらく黙って庭を見ていた。それから父に向き直って、低い声で言った。
「藤原さん、あんた、人を見る目まで娘さんに譲ってしもうたのかね。」
父は返す言葉もなく、畳に手をついた。
帰りの車で、母はリナを庇い続けた。「リナが悪いんじゃないわ。作業着で来る方が非常識よ。」
運転席の父だけがずっと黙っていた。ハンドルを握る手の甲に筋が立っていた。その横顔から、私は目をそらした。
私はといえば、あの会釈のことばかり考えていた。あの人はなぜ会社の名前を言わなかったのだろう。嘲笑されても、一度も語気を強めなかった。あの落ち着きはどこから来るのだろう。
その答えを知るのは、ずっと後のことになる。
数日後、私は実家の居間に呼びつけられた。あの命令の日だ。
呼び出しの電話は母からだった。「大事な話があるから、仕事が終わったらすぐ帰ってきなさい。寄り道しないでよ。」
大事な話。この家でその言葉が使われる時、大事にされるのは私ではない。自転車のペダルがいつもより重かった。
その日、居間には3人が揃っていた。父は上座に、母はその隣に、リナはソファーに寝そべるように座っていた。テーブルにはあの見合い写真が投げ出されていた。
「街工場の男なんか妹には無理だ。お前が代わりに行け。」父は前置きもなくそう言った。
一瞬、意味が取れなかった。「代わりに?」
「相手の気持ちには、俺から話をつける。妹の代わりに姉を出す。それで筋は通る。」筋。この人の言う筋は、いつも自分の都合の形をしている。
「リナにはもっと立派な相手がいるのよ。でも地味なあなたにはちょうどいいでしょう。」母は湯飲みを傾けながら頷いた。
「無口な工場作業員と地味な事務。お似合いじゃん。私の代わりに引き取ってよ。」リナはスマートフォンから顔もあげなかった。
私は自分の手を見た。妹の学費を稼いだ手。祖母を介護した手。会社の帳簿を閉める手。この家で私は、手としてしか扱われてこなかった。
「姉なんだから我慢しなさい。」子供の頃から、この家の答えはいつもそれだった。おやつも、進学も、部屋の広さも。我慢の理由はいつだって姉だから。
そして36になった私に、今度は結婚まで我慢の枠で回ってきた。それでもこれは、あんまりだと思った。
「嫌です。結婚は物の代わりじゃありません。」自分でも驚くほど、はっきり声が出た。
父の顔色が変わった。「誰に向かって口を聞いてる。大隅さんの顔を潰したままで済むと思ってるのか。あの人の仕事が止まれば、うちは終わりなんだぞ。」
語気の強さに、別の何かが混じっていた。怒声だけではない。この人は何かに追われている。声の微かな震えだけは、耳に残った。
「第一な、妹に工場勤務の男は釣り合わんのだ。リナは藤原の看板娘だぞ。釣り合いってものを考えろ。」
釣り合わない。会ったのは一度きり。名前と作業着しか知らない相手に、この人は天秤を持ち出す。その天秤の皿に何を乗せているのか、私はまだ知らない。
「断るなら、会社も家も出ていけ。今までの飯代も部屋代も、耳を揃えて返してからな。退職金なんか1円も出さん。」
「もらったものを返せ。親に恥をかかせて、それでも娘なの?」母が畳みかけた。
「お姉ちゃんが行けば全部丸く収まるじゃん。何をごねるの?」リナが初めて顔を上げて、嬉しそうにそこに言った。
ごねる。私の人生の話をこの子はそう呼ぶ。喉の奥が熱くなった。反論できる言葉ならいくらでも浮かんだ。でも、この居間を見回して分かってしまった。ここに私の味方は1人もいない。祖母が死んだ日から、ずっといなかった。
泣いても喚いても、私は「面倒な姉」として片付けられるだけだ。それに断ればどうなるかも、私は知っていた。住む場所と仕事を同時に失って、36の私に何が残るだろう。貯金は生活費で吸い上げられて、通帳の残りは心細い数字だ。計算すればするほど、逃げ道は1つしかなかった。
追い詰められた理屈の上に、それでも小さな明かりが灯った。なら、逆に考えよう。この縁談は、この家を出られる唯一の扉かもしれない。
それにあの人のことがあった。嘲笑されても声を荒げなかった、あの静かな人。家族の誰もあの人に詫びる気などないなら、誰かが詫びなければならない。
それにもう1つ、意地のような計算も確かにあった。この人たちは、私が出て行っても会社が回ると思っている。毎月の振り込みも、支払いの段取りも、銀行への頭の下げ方も、全部誰かが勝手にやってくれると思っている。ならば、一度私のいない机を見てみればいい。
「分かりました。」私は頭を下げた。「私が行きます。」
父は満足そうに鼻を鳴らした。「最初からそう言えばいいんだ。手のかかる女だ。」
「良かったわね。地味な子でももらってくれる人がいて。」母が笑い、リナが手を振った。「決まりね。じゃあ私、友達と約束あるから。」
リナは立ち上がり、財布だけ持って出ていった。姉の結婚が決まった夜に、それ以上の関心は1秒もなかった。
「大隅さんには俺から話をつける。お前は言われた日に言われた場所へ行けばいい。」父は段取りを口にしながら、もう私を見ていなかった。誰一人、私の目を見ていなかった。
廊下に出ると、台所から母の声が追いかけてきた。「近所には、あなたから望んだ縁談だっていうのよ。分かってるわね。」
返事はしなかった。この人たちの筋書きの中で、私はいつも「望んで損をする役」だった。
部屋に戻って、夜の窓ガラスに映る自分の顔を見た。泣いていなかった。泣き方を忘れるほど慣れていたのだと思う。代わりに、祖母の声が耳の奥で鳴っていた。
「心配せんでも、ちゃんと見とる人はおるからね。」
おばあちゃん、見ている人は本当にいるんだろうか。その向こうから母の声が飛んできた。「大隅さんに粗相のないようにね。あなたの態度1つで、リナの次の縁談に響くんだから。」
私の結婚の話は、最後までリナの話のついでだった。その夜は眠れなかった。天井を見ながら、あの静かな人にどう詫びるかだけを考えた。
翌日、会社で伝票を打っていると、田岡さんが横に立った。「経理さん、顔色が悪いぞ。何かあったか?」
「いえ、何も。」
「そうかい。まあ、無理はするなよ。」
「何かあったか」と聞いてくれる人が、この世に1人はいる。その1人が家族ではないことが、この家の全てだった。
話は勝手に進んでいった。父は大隅の仙台を通じて、「姉でどうか」と申し入れた。縁談の上塗りのような話だ。断られて当然だと私は思っていた。
ところが数日後、返事が届いた。「一度、お姉さんとお会いしたい。」
父は勝ち誇った。「ほら見ろ。向こうも女なら誰でもいいんだ。釣り合いってのはそういうもんだ。」
勝ち誇りは、下品な軽口に変わった。「向こうも三流、こっちもあまり物。ちょうど釣り合いが取れたってわけだ。」あまり物。娘をそう呼んで、この人は笑える。
そこからの父は、注文ばかり増えた。「支度金は出さんぞ。嫁に行くんだから、かかりは全部お前の貯金でやれ。」
翌日には、こうも言った。「向こうから結納金が出たら、会社の口座に入れさせろ。今まで育てた経費だ。」
別の日には吐き捨てた。「式なんかあげるな。金の無駄だ。」
娘の結婚話のはずなのに、出てくる言葉は金の出入りだけだった。母の方は、近所への言い訳を考えていた。「リナの縁談だったなんて言わないでよ。最初からあなたの話だったことにするから。」
顔合わせの前の晩、大隅の仙台から私の携帯に電話があった。「みきさん、妙な話に巻き込んで、すまんかったな。」
「いえ、こちらこそ。」
「あんたが謝ることじゃない。1つだけ言うとくぞ。神谷君は、わしが40年で見た中で一番の男じゃ。会って、あんたの目で確かめなさい。」
あんたの目で。この家で私の目に何かを委ねてくれた人は、祖母の他に初めてだった。
約束の日、私は1人で駅前の喫茶店へ向かった。謝るためだ。それだけのつもりだった。
神谷さんは灰色の背広で先に来ていた。私が腰を下ろすなり頭を下げようとするのを、手のひらで制された。
「先に言わせてください。あなたが謝ることではありません。」
「でも、妹があんな失礼を…」
「妹さんが断ったことも責める気はありません。合わない縁談は断るものです。」声は低く、平らだった。「ただ、お父さんからのお話は気になっています。あなたはこの話を望んでいますか?」
望んでいるか。この18年、誰にも聞かれたことのない問いだった。返事に詰まった私に、神谷さんは続けた。
「望まない結婚をする必要はありません。お家の事情で断りにくいのなら、俺から断ったことにします。角はこちらで引き受けます。」
この人は、嘲笑されて追い返された側なのに、身代わりに差し出された私の逃げ道の心配をしている。
「どうしてそこまでしてくださるんですか?」
「人を格付けで測る家を知っているからです。」神谷さんは窓の外の通りを見た。「俺は工場の人間です。うちの製品は、現場で働く人がいるから客先に届く。それを誇りに思っています。でも、作業着というだけで値段を下げて見る人はいる。あなたはあの席で、そういう目をしていなかった。」
見られていたのは、私の方だった。末席でお茶を注いでいただけの私を、この人はちゃんと見ていた。
運ばれてきたコーヒーに、神谷さんは店員さんへ「ありがとうございます」と頭を下げた。リナが鼻で笑った作業着の男は、私の家の誰よりも人に礼を言う人だった。
「1つだけ教えてください。会社のお名前を、なぜあの席で言わなかったんですか?」
神谷さんは初めて困ったように笑った。「それはいずれ。ただの癖です。」
癖。私が源泉徴収票を捨てられないのと同じ言葉を使う人だった。
店を出る時、神谷さんは私の分の伝票へ先に手を伸ばして、それから思い直したように言った。「割り勘にしましょうか。対等な話をした日ですから。」
おかしな理屈だった。でも、その理屈が嬉しかった。その日はそれで別れた。断るつもりだった縁談を、私は断らないまま持ち帰った。
それから私たちは、月に何度か会うようになった。神谷さんの話はいつも現場から始まった。
「うちの佐野って若いのが、夕べ夜勤明けに検品のやり直しを申し出てきましてね。」従業員の名前が次から次に出てくる。1人1人の顔まで浮かんでいるような話しぶりだった。
「よく覚えていられますね。」
「一緒に働いている人の名前を忘れたら、終わりですよ。」
工場の話、経理の話、祖母の話。神谷さんは私の仕事の話を身を乗り出して聞いた。
「18年、1人で経理を回してきたんですか?それは大変だったでしょう。」
「大変だったでしょう」。その一言を、私は生まれて初めて他人からもらった。目の奥が熱くなるのを、コーヒーをすすってごまかした。
夏の終わり、神谷さんは姿勢を正していった。「身代わりでも命令でもなく、あなたの意思で決めてもらえませんか?」
私は頷いた。「ただ、1つだけ約束してください。」神谷さんは私の目をまっすぐ見た。「あなたのご家族が何を言っても、あなたの値段をあなたが下げないこと。それだけです。」
私の値段を私が下げない。36年分の格付けを、この人は一言で剥がしにかかった。
父への報告はまず電話で済ませた。
「そうか。日取りが決まったら書類だけ起こせ。」通話は1分持たなかった。
秋に入籍する。式はあげない。正式な報告をした日のことだ。
「そうか。縁談を片付けたのなら、お前の役目は終わりだな。」
役目。娘の結婚報告の第一声がそれだった。
「月末で会社をやめてもらう。今後、人前で藤原の名を出すな。貧乏工場の嫁が身内だと知れたら恥だからな。」
「やめろ、ですか?引き継ぎはどうするんです?」
「代わりの事務くらいすぐ雇える。お前程度の仕事に、人はいくらでもいる。」
18年、誰より早く鍵を開けて、誰より遅く閉めてきた。18年を、父はそう値段をつけた。
「分かりました。では、退職金の規定を確認させてください。」
私が言うと、父は初めて新聞から顔をあげた。「退職金だと。お前、この家にいくら世話になったと思ってる?家に入れさせた生活費と相殺だ。文句があるなら、弁護士でも呼んでみろ。」
相殺。毎月8万円。18年で1700万円を超える金を受け取っておいて、この人は相殺という言葉を使う。数字を知らない人の、数字の使い方だった。
最終出社の日、事務所の私の机には後任の井口さんが座ることになっていた。26歳の真面目そうな子だ。2週間、できる限りの引き継ぎをした。
「藤原さん、この2年前からの決算の綴り、どこにありますか?」
「それは社長の管轄なの。私も触らせてもらえなかった。経理なのにです。」
井口さんは不思議そうな顔をした。その顔が妙に記憶に残った。
帰り際、現場の人たちが門のところに集まってくれた。田岡さんが油の染みた手で小さな花束をくれた。
「経理さんがおらんくなると困るんだがな。」
「皆さんの給料は、締めを間違えない人が計算しますから大丈夫です。」冗談のつもりだったのに、田岡さんは笑わなかった。
「あんたの心配をしとるんだよ。体を大事にな。」
18年で一番の労いの言葉が、親からではなく現場から出た。そんな会社だった。
会社を出たその足で、私は銀行へ寄った。祖母のことがずっと引っかかっていたからだ。祖母は生前、私にだけ教えてくれた。私の名前で定期を積んである。300万。嫁に行く時に持っていきなさい。通帳と印鑑は、なくすといけないからと父が預かっていた。
窓口で身分を出し、照会をお願いした。係りの人は画面を見て、困った顔になった。
「藤原みき様名義の定期預金は、2年前に解約されています。」
「解約?私は手続きをしていませんが…」
「詳しいことは、改めて書面でご請求いただく形になります。代理人によるお手続きだったと記録があります。」
代理人。本人の代わりに手続きを任せます、という書類だ。私は書いた覚えがない。
その晩、母に聞いた。母は悪びれもしなかった。
「ああ、あれね。おばあちゃんのお金は家族のお金でしょ。細かいことをグチグチ言わないの。そんなんだから、あなたは可愛げがないのよ。」
「私の名義です。おばあちゃんが私にって残してくれたものです。」
「名義なんて紙の上の話じゃないの。うるさい子ね。」
隣でリナが爪やすりを動かしながら口を挟んだ。「300万ぐらいでガタガタ言わないでよ。おばあちゃんもまさか、地味な方の孫が騒ぐとは思わないでしょ。」
地味な方の孫。祖母の手を最後まで握っていたのはどちらの孫だったか。この子はそれを思い出すこともできないのだ。
紙の上の話。その紙の上の話で人の預金を動かすことは、世間では別の名前で呼ばれるはずだ。喉まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。ここで騒げば、書類ごと消される。この家の人たちは、そういうことにだけは素早い。
数日後、私は市の法律相談で紹介された早川という弁護士を訪ねた。48歳の物腰の柔らかい女性だった。
「感情で動くと負けます。まず銀行に取引記録の開示を求めましょう。誰が、いつ、どんな書類で解約したか。記録を揃えてから動くんです。」
「時間がかかりますか?」
「かかります。でも、記録は逃げません。逃げるのは人の方です。」
約束できないことを約束しない人だった。だから信じられた。ついでに退職金のことも聞いた。
「勤続年数なら、会社の規定である就業規則次第ですが、100万や200万では済まないこともある話です。生活費との相殺という理屈は、まず通りません。これも記録を揃えましょう。」
200万、あるいはそれ以上。父が「1円も出さん」と言い捨てた退職金の大きさを、私はその時初めて知った。私は頷いた。結婚を控えた今、あの家と正面からぶつかるのは賢策ではない。静かに記録だけを集める。それが早川さんとの約束になった。
家を出る前の晩、私は祖母の仏壇に手を合わせた。「おばあちゃん、行ってきます。」鈴を1つ鳴らした。この音を聞くのも、これで最後かもしれなかった。300万はまだ取り返せていない。でも、祖母がくれた言葉だけは鞄の一番上に入れていく。
その週の終わり、私はダンボール1つで実家を出た。持ち出したのは、着替えと祖母の写真と、あの古いファイルだけだ。18年分の源泉徴収票と給与明細。私の労働の唯一の記録だった。リナは玄関で見送りもせずに笑った。
私たちは入籍した。新居は神谷さんの工場から歩いて15分の古い一軒家だった。車は年式の入った国産のワゴン。家具は前の住まいからの持ち越し。
入籍の知らせを聞きつけて立ち寄った母とリナは、玄関先で家を見上げて、遠慮もなく笑った。
「思ったより質素なのね。やっぱり工場勤めじゃ、こんなものかしら。」
「うわ、車ボロ。お姉ちゃん、やっぱりハズレ引いたじゃん。受ける。」
「言っておくけど、暮らしに困ってもお金は貸さないわよ。うちだって大変なんだから。」母はそう言い残して、リナの赤い車で帰って行った。お茶の1杯も出す間のない、ほんの数分の訪問だった。
「賑やかなご家族ですね。」神谷さんは怒るでもなく、湯飲みを2つ食卓に置いた。
「怒らないんですか?」
「怒る価値のある言葉と、ない言葉があります。今のはない方です。」神谷さんは湯飲みを私の前に置いて、それきりその話をしなかった。
結婚してから知ったことがいくつもある。神谷さんは朝が早い。私より先に起きて味噌汁を作る。洗濯物は言われる前に畳む。家事は女の仕事だと言い切る家から来た私には、この家の当たり前がいちいち新しかった。
休みの日には、工場の若い人がよく家に来た。「社長、ちょっと図面を見てもらえますか?」縁側で図面を広げ、神谷さんは鉛筆を走らせる。若い人は帰り際に、うちの大根の煮物を嬉しそうに持って帰る。
ある晩、神谷さんは通帳と印鑑を私の前に置いた。「うちの家計、預かってもらえませんか?あなたの方が俺より確かだ。」
通帳と印鑑を取り上げられて育った私に、この人は両方を差し出した。手が震えたのを覚えている。
「みきさん、経理の資格、取り直してみませんか?」ある晩、神谷さんは検定の案内を食卓に置いた。
「私、もう36ですよ。今更…」
「君が家族に評価されなかったことと、君に能力がないことは別だ。」神谷さんは当たり前のことのように言った。「18年の実務がある人が評価されない道理はない。勉強の時間は、俺が家のことをやって作ります。」
その夜、私は久しぶりに自分のためだけにペンを持った。問題集の文字が滲んだのは、老眼のせいでも難しさのせいでもない。
その秋、リナのSNSが騒がしくなった。「ついにオーナーになりました。」白い内装のエステサロンの写真に、シャンパンの写真が続く。働いたことのないリナが店を持った。開業のお金はどこから出たのだろう。
この頃、気がかりは別にあった。実家からの連絡は、用事のある時だけ届いた。「リナの車の保険の更新、あなた名義のままだから払っておいて。」断ると、母は電話口で長いため息をついた。「結婚した途端にこれ。育て方を間違えたわ。」
間違えたのは育て方ではない、数え方だ。
気がかりというのは、藤原誠工のことだ。冬の初め、田岡さんから電話があった。
「経理さん、元気にしとるか?すまんな。もう経理さんじゃないのにな。」
「会社はどうですか?」
「正直、良くない。お客先から品質のことで呼び出しが続いとる。銀行さんの顔も険しい。それにな…」田岡さんは一息置いた。「あんたの後に入った井口さんって子が、引き継ぎの数字が合わん合わんと頭を抱えとる。前からそうだったのかい?」
「いいえ。私が渡した帳簿は、最後まで合っていました。」
「だよな。あんたの帳簿が合わんかったことは、一度もなかった。」
電話を切ってから、私は在職中の風景を思い返していた。閉められた応接室の扉。父が持ち帰る書類の鞄。触らせてもらえなかった決算。リナの毎月30万円。消えた300万円。書いた覚えのない代理人。バラバラだった違和感の粒が、ゆっくりと1つの方向へ転がり始めている。
父は何かを隠している。そして、それを隠すのに数字の読める私は邪魔だったのではないか。
年末、簿記の検定を申し込んだ。
「36の受験生か。頼もしいな。」神谷さんは自分のことのように喜んで、机の上に小さな電気スタンドを置いてくれた。
正月、実家からは何の連絡もなかった。呼ばれない正月が、こんなに静かで温かいものだとは知らなかった。雑煮を作る私に、神谷さんが言った。「来年の正月も、再来年の正月も、こうしていましょう。」
「はい。」と答えた声が、わずかに震えた。
年が開けてすぐ、神谷さんが言った。「みきさん、うちの工場を1度、ちゃんと見てもらえませんか?」
歩いて15分のいつもの工場だと思っていた。連れて行かれたのは、車でしばらく走った先の、見たこともない大きな敷地だった。門に掲げられた看板に、私は足を止めた。
「神谷製作グループ・中央工場…グループですか?」
「ええ。ここが一番古い拠点です。」
工場の中は天井が高く、機械の列がどこまでも続いていた。すれ違う人が次々に立ち止まって挨拶をしていく。「社長、おはようございます。」「社長、例の道具の件、ありがとうございました。」
「社長」。街工場の親方の呼び名だと思っていたその言葉が、この規模の建物の中で繰り返されている。検査室の前で若い男性が駆け寄ってきた。
「社長!俺の新しい道具、あれから不良が0です!」
「そうか。佐野の申し出のおかげだな。よく言ってくれた。」
佐野さんと呼ばれたその人は、照れ臭そうに頭を掻いて持ち場へ戻っていった。夜勤明けに検品のやり直しを申し出た、あの佐野さんだ。話に聞いた名前が、目の前で働いている。神谷さんの話は、全部この現場と繋がっていたのだ。
昼は従業員の人たちと同じ食堂で、同じ定食を食べた。「社長の奥さんですか?」「ええ。自慢の妻です。」神谷さんがこともなげに言うので、私は味噌汁にむせた。周りの人たちが、くすくすと笑った。見下されることになれた私には、この食堂の空気の方がよほど夢のようだった。
事務棟の廊下に、地図が張ってあった。日本地図の上に赤い印が並んでいる。北から南まで数えて15。
「これ、全部うちの製造拠点です。全部で15箇所。従業員は、家族を入れればもっと大きな数になります。」
目まいがした。私が「よくある名前」だと思っていた神谷製作は、業界の人間なら誰でも知る会社だった。知らなかったのは、机の伝票の外を知らされずに来た私と、調べもしなかったあの家族だけだ。
「隠していたわけではないんです。聞かれたらいつでも答えるつもりでした。」神谷さんは地図の前で姿勢を正した。「ただ、名乗ると人が変わるんです。銀行も、取引先も、縁談の相手も、会社の名前を聞いた瞬間、みんな目の色が変わる。俺は、名前を見ないで俺を見てくれる人と一緒になりたかった。」
縁談の席で商社名を言わなかった理由。それは、私が源泉徴収票を捨てられないのと同じ、この人の癖だった。
「黙っていたことは謝ります。結婚より前に話すべきでした。」神谷さんはもう一度頭を下げた。「でも、あなたは一度も聞かなかった。会社の規模も、年収も、資産も。だから言い出せた。正直に言えば、この時間が惜しかった。名前を知られる前の、ただの神谷尚弥でいられる時間が。」
神谷さんは伺うように私を見た。「怒っていますか?」
「いいえ。」私は首を振った。「会社が大きくても、あなたはあなたでしょう。味噌汁の火加減も、道具の手入れも、何も変わらないもの。」
神谷さんは目を見開いて、それから声を出して笑った。「大隅の仙台が言ってた通りだ。あんたの目は確かだって。」
笑いが収まると、神谷さんは続けた。「もう1つ、お詫びしておきます。うちの若いのが家に相談に来ていたでしょう。あれは、本社で会うと肩書きが邪魔になるからなんです。図面の相談に社長室はいらない。縁側と、大根の煮物があれば足りる。」
「それで、皆さん遠慮なく来ていたんですね。」
「ええ。あなたの煮物の評判は、工場中に広まっていますよ。」
私の煮物が15拠点の会社の役に立っていた。おかしくて、少し泣きそうになった。
帰り道、私は助手席で窓の外を見ていた。驚きが薄れると、別の思いが残った。この人は15の工場と大勢の暮らしを背負って、それでも毎朝味噌汁を作る。偉いから尊敬するのではない。変わらないから、尊敬するのだ。
「1つ、聞いてもいいですか?あの縁談、どうして受けたんですか?妹の写真を見て?」
「大隅さんに言われたんです。『藤原誠工には、もったいないくらいの目利きが1人埋もれとる。会うだけ会ってみろ』と。」神谷さんはハンドルを握ったまま前を向いて言った。「行ってみたら、末席で場の全部を見ている人がいた。それだけの話です。」
「埋もれとる」の意味を聞き返す勇気は、その時はまだなかった。ただ、頬が暑かったことだけ覚えている。
夕食の片付けをしながら、私はふと考えた。あの家の人たちは、今も神谷さんを「貧乏工場の作業員」だと思っている。訂正する義理はもうない。人を見た目で図った代金は、いつか測った本人に請求される。
リナのSNSを久しぶりに開いた。「うちのサロン、雑誌に乗るかも。」輝くような笑顔の下に、見覚えのある白い内装が映っていた。
穏やかな冬だった。検定の日、神谷さんは駅まで送ってくれた。「行ってらっしゃい。落ちても、うちの味噌汁は変わりませんから。」合格の通知が届いた日、この人は自分の合格のように通知書を額に入れようとして、私に止められた。
評価される。認められる。36年遅れで、私はその味を覚え始めていた。この冬があの家にとって、最後の穏やかな季節になる。藤原誠工の坂道は、もう止まらないところまで来ていた。
リナのSNSは、年明けから更新がまばらになっていた。シャンパンの写真が消え、「営業日変更のお知らせ」が増えた。華やかな暮らしは、金の流れが細ると一緒に細る。そして、金の流れの大元で何かが詰まり始めている。私の勘はそう言っていた。
2月の半ば、実家から電話が鳴り始めた。最初は母だった。
「あなた、暇でしょ?会社に戻って、経理を手伝いなさい。井口さんとかいう子がやめたのよ。」
「やめた?どうしてですか?」
「知らないわよ。数字が合わないの何だのって。失礼な子。とにかく戻りなさい。ああ、お給料は出せないから。家族なんだから当然でしょ。無償で戻れ。」
この後に及んで、この家の辞書は変わらない。井口さんが辞めた理由も、母は「失礼な子」の一言で済ませた。数字が合わないと言った人間を、この家は2人続けて追い出したことになる。
「お断りします。私はもう、藤原の人間ではありません。」
「まあ、知らない!」電話は一方的に切れた。
切れた電話を見つめていると、神谷さんが茶を入れてくれた。「戻らなくていいんですか?」
「いいんです。あの会社で直すべきものは、帳簿の外にありますから。」
数日後の電話は、父だった。「みきか。単刀直入に言う。金を貸せ。」
「いくらですか?」
「3000万…いや、2000万でいい。旦那の稼ぎがあるだろう。貧乏工場でも、命の金ぐらい捻出できるはずだ。」
私は受話器を握り直した。「お父さん、会社に何があったんですか?」
「お前が知る必要はない。いいから金の段取りをしろ。娘だろうが。」
都合のいい時だけ、その言葉が出てくる。「お断りします。それと、私の定期の300万、あれはどうなったんですか?」
一瞬、受話器の向こうが黙った。「ケチな女だ。誰に似たんだか。」電話は切れた。答えは帰ってこなかった。
その晩、リナからも伝言が届いた。「パパを助けないとか、人としてどうなの?私の結婚式にも響くんだけど。」結婚式?婚約者がいるという話は、母の自慢話で聞いていた。父の会社を継ぐ娘だと思われているうちが、あの子の花の盛りだ。返事はせず、画面を閉じた。
早川さんの事務所には月に1度通っていた。
「銀行の記録、出ましたよ。」早川さんは書類の綴りを机に置いた。「解約の代理人の筆跡と印影、それからお金の行き先、全部残っていました。想像通りの流れ方です。今、動きますか?」
「いえ。もう少し揃えましょう。相手が動けない時に、一度で出すんです。」最初の日に早川さんが言った言葉の意味が、だんだん分かってきた。
田岡さんからの電話で、輪郭が見えてきた。「もう隠しもないから言うがな。客先が取引を半分に減らすと通告してきた。検査記録の件で信用を落としとる。銀行も追加の融資は渋っとるらしい。従業員の皆は、若いのが2人やめた。残っとるのは、行場のない年寄りと義理堅いバカだけだ。」田岡さんは自分のことを笑った。私は笑えなかった。
「なんせ、経理さん。あんた、戻ってきてくれんか?」田岡さんは電話の最後にぽつりと言った。「あんたが閉めとった頃は、少なくとも給料日を安心できた。今は、それさえ怪しい。」
「ごめんなさい。私が戻っても、あの会社の一番の問題は治らないんです。」
「そうか。あんたがそう言うなら、そうなんだろうな。」田岡さんはそれ以上聞かなかった。受話器の向こうで、機械の音が続いていた。止まらない現場と、止まりかけた帳簿。あの会社は、真面目な体に悪い頭が乗った、気の毒な生き物になっていた。現場の人は賢い。誰が問題なのか、本当はみんな知っているのだ。
そして3月の初め、母とリナが揃って家に押しかけてきた。玄関を開けるなり、母は居間に上がり込んだ。
「みき、あなた、育ててもらった恩を忘れたの?実家が大変な時に、シランプリする娘がどこにいるの?」
「先月、電話でお断りしました。」
「まあ、聞いた。この言い草。」母はリナを振り返った。リナは玄関の上がり框で、家の中を侮蔑するように見回していた。
「ねえ、本当にお金ないんだ、この家。工場の嫁のくせに、なんで断れると思ってるの?リナのサロンもね、大事な時期なのよ。姉だから、支えなさい。」
「サロンの資金は、どこから出ているんですか?」私が声を低くして聞くと、母の目が泳いだ。
「そんなこと、あなたに関係ないでしょう。」
「そうですか。でしたら、うちのお金も、お母さんたちには関係ありません。」
母の顔がみるみる赤くなった。「なんて子!あなたは地味で取り柄がないんだから、せめて人の役に立ってこそでしょう。道具のくせに!道具らしくしなさいよ!」
道具のくせに。長年言われ続けた言葉の、一番剥き出しの形だった。不思議なほど心は揺れなかった。むしろ、はっきりした。この人たちは、最後までこうなのだ。
「大体ね、あんたは昔から可愛げがないのよ。黙って言うことを聞くのが、あんたの取り柄でしょう。」
「その取り柄は、この家を出た日に置いてきました。」私は玄関のドアに手をかけた。「お引き取りください。二度と、この家の敷居をまたがないでください。」
「後悔するわよ。実家に見捨てられた女がどうなるか。」
「見捨てられたのは、どちらでしょうね。」
母は捨て台詞を残し、リナは「ケチ!」と吐き捨てて帰っていった。ドアを閉めて、私は息を吐いた。この人たちと縁を切る日は、そう遠くない。そのための記録は、早川さんの事務所で着実に積み上がり始めていた。
夜、私は早川さんに電話を入れた。「実家との縁を、正式に切る準備をしたいんです。」
「分かりました。請求は、まとめて一度で。時期はこちらで見ます。」
受話器を置くと、台所から味噌汁の匂いがした。切る縁の向こうに、守りたい暮らしがある。だから、私はもう迷わなかった。
そして3月の末、田岡さんから短い電話が来た。
「社長が、会社を売るそうだ。」
電話口の田岡さんの声は、安堵と不安が半々だった。「潰れて全員路頭に迷うよりは、いいんだがな。買った側が現場を大事にするかどうか、それはけだ。」
「そうですね。いい相手だといいですね。」他人ごとのような口調を打ちながら、私は自分の勘が妙に静かなのを不思議に思っていた。
売却の話は驚くほど早く進んだ。4月の半ばには、もう契約が済んだと聞いた。相手は都内の持ち株会社。契約の書面に並んだのは、聞き覚えのない会社の名前と、滋賀という担当者の名前だけ。そこに神谷の文字は一度も出てこなかった。
「その持ち株会社の親玉が、じきに挨拶に来るらしい。役員連中はピリピリしとるよ。」田岡さんは他人のように笑っていた。
契約が済んだ晩、神谷さんが姿勢を正した。「みきさん、話があります。」
「藤原誠工を引き受けたのは、うちのグループです。」
「うちって…神谷製作?」
「はい。うちの管理部門の人間が、買収のための会社の代表も務めています。」
息が止まった。「どうして、父の会社を?」
「大隅さんから相談があったんです。『藤原の現場と技術は本物だ。潰すには惜しい』と。調べさせたら、その通りだった。現場はいい仕事をしています。」
神谷さんはそこで言葉を選んだ。「ただ、先に言っておきます。君の実家だからと言って、特別扱いはできない。経営については、決めるべきことを決めます。」
「それでいいわ。」自分でも意外なほど迷いはなかった。「お父さんたちのことは、庇わなくていい。ただ、あの会社で真面目に働いてきた人たちだけは、守ってほしい。田岡さんたちは、何も悪くないの。」
「約束します。それが、引き受けた理由ですから。」神谷さんは頷いて、それから声を落とした。「それともう1つ、買収の前の調査で、妙なものがいくつも出ています。明日、先方への挨拶と説明の場がある。君にも同席してほしい。」
「私にですか?」
「ええ。君に関わることも含まれていますから。中身は、調査の担当から正式に聞いてほしい。俺の口から半端に伝えて、君の記憶に色をつけたくないんです。」
妙なもの。私に関わること。その夜、私は古いファイルを棚から下ろして机の上に置いた。18年分の紙の束。持っていく理由はまだ分からなかった。ただ、経理の勘が「鞄に入れろ」と言っていた。
眠る前、神谷さんが言い添えた。「明日は、内側の同席者として来てください。妻としてではなく、記録の分かる人として。それと、そのファイル、持ってきてもらえますか?」
「これですか?」
「ええ。調査の数字に、あなたの原本を突き合わせたい。」
経理の勘は当たっていたらしい。私はその束を、風呂敷に包んだ。
翌朝、藤原誠工の応接室には、父と母とリナが揃っていた。新しい親会社への顔通しだと言って、父が家族を連れ込んだのだ。
「相手方に家族経営の温かさを見せるんだ。お前たちは笑っていればいい。」廊下まで父の声が漏れていた。
私が親会社側に用意された席に着くと、リナが眉を潜めた。「は?なんであんたがここにいるのよ。」
「親会社の同席者です。」
「意味わかんないんだけど。事務のくせに。」
母も口を挟んだ。「体裁が悪いわ。同席するなら、座る場所くらい空気を読みなさいよ。」
3人とも、まだ何も気づいていなかった。「新しい親会社さんはな、俺に役員報酬も出してくれるらしい。太っ腹な話だ。」父は上機嫌で、役員たちに聞こえよがしに言っていた。売った側が胸を張れる理屈は何もないのに、この人の姿勢だけは社長のままだった。
9時ちょうど、扉が開いた。滋賀さんに続いて入ってきたのは、濃紺のスーツを着た神谷尚弥さんだった。藤原誠工の役員たちと末席の田岡さんが一斉に立ち上がって、腰を折る。
「本日はありがとうございます。」
父の顔が途中で止まった。笑顔の形のまま、筋肉だけが凍っていく。
「どうして、君が…」
「ご無沙汰しています。藤原社長。」神谷さんは一礼して、名刺を差し出した。「本日から藤原誠工の親会社となります、神谷製作グループ代表の神谷です。」
応接室の空気が、音を立てて入れ替わった。前の日まで頭を下げられる側だった一家が、頭を下げる側の席にいる。しかも、下げるべき相手は、1年前に自分たちが追い返した「作業着の男」なのだ。
リナの手からスマートフォンが滑り落ちた。母は口を開けたまま、神谷さんと私を交互に見ている。
「え、嘘だって。あんた、工場の作業員って…」
「工場へは毎日出ています。」神谷さんは静かに答えた。「それがうちの会社のやり方ですので。」
「工場の作業員…」リナは同じ言葉を繰り返しながら、私と神谷さんを何度も見比べた。「じゃあ、お姉ちゃんの旦那って…」
「私の夫です。1年前、この家の全員が嘲笑して断った人。」
「だったら最初からそう言いなさいよ!私たち、恥をかいたじゃないの!」母が絞り出した理屈がそれだった。格を下げられたのではない。下げたのだ、自分たちの目で。
神谷さんは母の言葉には答えず、私の方へ目をやった。「ご紹介します。当社側の同行者、神谷みき。私の妻で、この会社の帳簿を18年閉めてきた人です。」
「事務のくせに」と言ったリナが、膝の上で拳を握るのが見えた。そして神谷さんは鞄から分厚い綴りを取り出し、机の上に置いた。
「この後、買収前の調査についてご報告します。10分間、休憩を挟みましょう。」
その一言で、藤原家の3人の顔から最後の余裕が消えた。
休憩の間、廊下で田岡さんが私に頭を下げた。「奥さん。いや、経理さん。現場はどうなるんでしょうな?」
「田岡さん、現場の記録が正確なら、恐れることは何もありません。」
「そうか。そうか。」田岡さんは2度頷いて、工場へ戻っていった。
再会の席に戻ると、応接室の空気は朝とは別物になっていた。父は名刺を握ったまま、置き場所を探し続けている。母とリナは、出ていくことも出来ることもできず、ソファーの端で固まっていた。
説明は滋賀さんが進めた。「調査の過程で、確認が必要な事項がいくつか見つかっております。」
1枚目の資料が配られた。サロンの広告。私は思わず資料を二度見した。3年前。サロンが開いたのは前の年の秋のはずだ。私の机を通らない払い方で、店ができる前から広告費だけが流れていた。
「まず、リナ様が経営されるサロンへの広告費。3年間で計600万円余りですが、広告の実績が確認できません。」
「そ、そういうものは、これから載せる予定で!」リナの声が裏返った。滋賀さんは表情を変えない。
「次に、恵美様が代表を務める会社への事務所費、月20万円。ですが、その住所にあるのはご自宅です。会社の事務所としての使用実態が確認できません。」
母名義の会社。私も初めて聞く話だった。資料の日付を見ると、家賃の支払いはどれも私が会社を出た後に始まっていた。母は扇子で顔を隠すように、下を向いた。
「さらに、リナ様への給与、月30万円が9年間。出勤の記録が、1日分も見つかりません。」
「うちのやり方に口を出すな!」父が机を叩いた。「家族をどう使おうと、社長の勝手だろう!」
「昨日までは、そうだったかもしれません。本日からは、当社の子会社です。」
滋賀さんは淡々と続けて、次の資料を配った。「加えて、複数の取引先への請求額に、根拠の確認できない上乗せが見つかっています。こちらは先方への説明と返金が必要です。」
資料をめくる音だけが、部屋に響く。「調査には、前任の経理の方が残していた帳簿の写しと、退職された井口さんの証言協力をいただきました。井口さんは、引き継ぎの時点から数字の合わない箇所を記録していました。」
井口さん。あの真面目そうな子は、黙ってやめたのではなかった。合わない数字を、合わないまま記録に残す。それは、経理にできる一番静かな抵抗だ。
「そして、これが一番の問題です。3年前の信用金庫からの借入れ、4000万円。会社が返せなければ、代わりに払わされる連帯保証人の書類です。」
差し出された書類を見て、私は自分の目を疑った。藤原みき。私の名前が、私の字ではない字で書かれ、私の実印が押されていた。
「取締役の藤原みき様が、保証人となっています。みき様、この署名はご本人のものですか?」
「違います。」声が乾いた。「私は署名していません。それに取締役って、何のことですか?私は18年、ただの事務員でした。」
「登記の上では、3年前から取締役です。法務局で誰でも取れる会社の記録に載っています。」
「役員報酬は?」母が口を挟んだ。「もらってたんじゃないの?」滋賀さんが「その件は後ほど」と短く抑えた。
知らない間に、私は役員にされていた。役員なら、会社の借金の保証人にされても理屈が整うからだ。手が冷たくなっていくのが自分で分かった。4000万円。もし会社が払えなくなれば、この紙は私に牙を向く。
知らない借金の、知らない保証人。私が身代わりにされていたのは、縁談だけではなかったのだ。実印。3年前、父が「会社で預かる」と言った。あの実印と印鑑登録カードを一緒に渡してしまったことを、私は思い出していた。
「あら、さっきの『後ほど』って話はどうなったの?役員なら、お給料をもらっていたんじゃないの?」母が場違いに蒸し返した。自分の会社の家賃の話は下を向いてやり過ごしたのに、こういう時だけ声が出る。その一言が、次の資料への呼び水になることも知らずに。
「お父さん。」私は父を見た。「私の名前で、何をしたんですか?」
「お前は黙ってろ!」
「黙っていたから、こうなったんです。」
父は目を合わせない。代わりに、額の汗が答えていた。
母がリナへ向き直った。「リナ、あなた知ってたの?」
「知らないわよ!報告なんて、パパが勝手にやってたんでしょ!私、頼んでもいないもん!」
「あなたのサロンの話でしょう。あなたのお金よ。」
「ママの会社だって、家賃もらってたじゃない!」
身内の中で、小さな火花が散り始めていた。
滋賀さんが遠慮のない声で続けた。「なお、検査記録の書き換えについても確認済みです。こちらは藤原社長の指示によるもので、現場の従業員の方々に責任はありません。田岡工場長。現場の記録は正確でした。」
末席の田岡さんが拳を握るのが見えた。あの人たちの仕事は、汚れていなかった。それだけが救いだった。
「役員の方々の証言も取りましたが、3年前の登記について、正規の手続きの記録がありません。委任を承諾した書面の筆跡も、確認が必要な状態です。」
部屋が静まり返った。父は口を閉じたまま、指先で膝を叩き続けている。その沈黙を破ったのは、神谷さんだった。
「滋賀さん、もう1つの資料を。」
滋賀さんが次の綴りを手元に引き寄せた。「実は、もっと妙な数字があるんです。」神谷さんが後を引き取った。「みきさん、あなたの給与の話です。」
神谷さんは新しい資料を私の前に滑らせた。私の給与。この場で一番話される理由の分からなかった。
「この会社が銀行に出していた決算の書類。その内訳です。読んでみてください。」
数字の並びを目で追って、私は息を飲んだ。「役員報酬、藤原みき、年600万円…」
「600?」声がかれた。「私の給料は月15万円です。年にして180万円。600万円なんて、一度も…」
「ええ、分かっています。」神谷さんは頷いた。「取締役にされていた3年分、帳簿の上のあなたは年600万円を受け取る役員でした。実際の振り込みは180万円。差額は毎年420万円。3年で1200万円を超える金が、『あなたに支払われた』形を取って、どこかへ消えています。」
「600万って何よ、それ!」リナが資料を覗き込んで素っ頓狂な声をあげた。「お姉ちゃん、そんなにもらってたの?地味なくせに。ずるい!」
「もらっていません。話を聞きなさい。」自分の月30万円を棚に上げて、この子はまだそこにいる。
「だって、税金の通知も何も来ていません。」
「来ないはずです。600万円は銀行に見せる書類の上だけの数字ですから。税金の申告では実際の180万円のままだから、あなたは気づきようがなかった。」
「じゃあ、その差額の1200万は、誰が…」リナが言いかけて、口をつぐんだ。聞けば答えが自分の店に帰ってくる。さすがに気づいたらしい。
外に見せる帳簿と、中の帳簿。二重の帳簿だ。経理として、これほど侮辱的な話はなかった。私の名前が、私の知らないところで金を抜く道具に使われていた。
「ただ、会社の給与の記録は、都合よく作り直されていました。給与の振り込みに使っていた口座の通帳も、肝心の年分だけ見当たらない。銀行に明細の再発行を頼めば裏は取れますが、時間がかかる。18年分を一度に原本で示せるものが、会社の側にはない。そこでです…」
神谷さんは私の風呂敷包みを見た。「みきさん、あなたの記録を見せてもらえますか?」
私は結び目を解いた。古いファイル。18年分の源泉徴収票と給与明細。日に焼けて、角が丸くなっている。リナの成人式の写真より安く、リナの車のタイヤ1本より安く扱われてきた、私の18年。それでも、1年も欠かしていない。
「会社が年に1度くれる給与の証明書です。入社の年から、全部あります。毎年、定規で穴を開けて、順番に綴じてあります。捨てられないんです。」言いながら、指が少しだけ震えた。この束を人前で開く日が来るなんて。綴じ始めた18の私は、想像もしなかっただろう。
滋賀さんが手袋をはめて、1枚ずつ確かめていく。「支払い金額、180万円。前年も、その前も。最後の年は、退職の月までの分だけ。登記のある3年分のどれも、決算書類の600万円とは一致しません。用紙の年式も、日焼けの具合も連続していて、後からまとめて作られたものとは考えられません。」
末席の田岡さんが身を乗り出して、束を見つめていた。「現場で言えば、これは検査記録だ。毎年欠かさず取り続けた、たった1人の検査記録。」
部屋の全員の目が、その古びた紙の束に集まっていた。地味な事務が、癖で綴じ続けた紙の束。それが父の帳簿を突き崩す、唯一の武器になった瞬間だった。
「これは!税理士が!うちは書類を頼んでいただけで、俺は数字までは…」
滋賀さんの1枚が、父の言い訳を塞いだ。「税理士さんへの指示書が残っています。『打ち換えの数字は藤原社長の指示』と。自分の字は自分を裏切らない。帳簿をいじる人は、いつも最後に自分の書いた字で捕まる。」
「で、出たらめだ!そんな古い紙切れ!」父が立ち上がった。「これはうちの会社の内部の話だ!親会社だろうと、家庭の事情に口を出す権利は…」
「藤原さん。」神谷さんの声は低いままだった。「会社を売り渡す時の契約書、株式の譲渡契約で、あなたは『決算は真実だ』と宣誓しています。調査で疑いはあった。しかし今、原本と突き合わせて、その保証が崩れました。これは家庭の事情ではなく、契約の問題です。」
契約の紙に、自分で書いた保証。この人はいつも紙を軽く見てきた。名義は紙の上の話。決算は俺の仕事。その紙が、今順番にこの人の足元を抜いていく。父が崩れるように椅子に戻った。
「当社の結論を申し上げます。」神谷さんは綴りを閉じた。「藤原社長個人、ご家族、そしてご家族の関連会社に結ばれている契約は、今月で全て終了します。」
父の喉から、言葉にならない音が漏れた。
「勤務の実態のないリナ様への給与は、退職の手続きへ。サロンへの広告費、恵美様の会社への家賃、役員報酬とは別に藤原社長個人へ払われていた顧問料は、解消へ。全てです。従業員の雇用と、取引先との仕事は、全て守ります。終了するのは、あなたのご家族に流れていた分だけです。」
「そ、その分の金がなければ、うちはどうやって暮らせと…」
「働いて、暮らすんです。皆さん、そうしています。」神谷さんの答えは、それだけだった。
応接室の隅で、田岡さんが深く息を吐くのが見えた。現場が汗で稼いだ金が、家族の口座へ流れる蛇口。それが、今月全部閉まる。
「経営についても、臨時の株主総会を開いて、退任していただきます。速やかに。」
「家族の会社を、乗っ取る気か!」父の怒鳴り声が応接室の窓を震わせた。神谷さんは動じなかった。
「従業員と技術を守るために、この会社を引き受けました。あなたの財産と地位を守るためではありません。」
「わ、私の会社の家賃は…」「リナのお店の広告は…」「終了します。全てです。」母の扇子が、今度は膝を滑って床に落ちた。
1年前、作業着のまま頭を下げて帰った人が、同じ姿勢のままそこに座っていた。変わったのは、この人ではない。立場の方だ。
「先ほど、『内部の話』とおっしゃいましたね。」神谷さんが父に向き直った。「あなたの言う『内部』には、給料を8万円ずつ家に入れ続けた娘さんも、無断で保証人にされた娘さんも、入っていない。ずっと『外側』に置いてきたはずです。都合のいい時だけ『内側』に数えないでください。」
私のための言葉だと分かった。泣くのは後だ。私は背筋を伸ばして、前を向いた。
「さて、もう1つ確認が残っています。」滋賀さんが静かにページをめくった。「消えたお金の行き先です。」
再び、滋賀さんの資料が配られた。今度の1枚は、線と矢印で金の流れが書かれていた。経理の目には、それは川の地図のように見えた。会社という川から、細い水路が何本も、あの家の庭へ引き込まれている。
「まず、みき様名義の定期預金、300万円。2年半前に解約され、同じ週にリナ様の口座へ移っています。」滋賀さんは銀行の記録の写しを机に並べた。あの銀行記録の写しは、私が早川さんの力を得て、神谷さん側へ渡していたものだった。
「架空の広告費のうち、開業までに流れた500万円。こちらは、リナ様のサロンの開業資金と、ぴったり一致します。」
「え、何それ!」リナが初めて、まともな声を出した。
「だって、パパが『いずれリナの支度金だ』って言うから…」
「まさか、あのおばあちゃんのお金だなんて、聞いてない!」
「支度金だ!親が娘に持たせて、何が悪い!」父が言い放った。
「え、支度金。私の嫁入り支度には、1円も出してくれなかったのに。」言葉にすると、自分の声の冷たさに驚いた。
「お父さん。」私は書類の1枚を父の前に置いた。「これは、おばあちゃんが私の名前で積んでくれたお金です。『嫁に行く時に持たせる』って。それを、妹の支度金に…」
「家の金を、家のために使って、何が悪い!」父は開き直った。「むしろ、ここからが本性だった。大体、全部お前のためでもあるんだぞ。会社が持ち直せば、保証人のお前も助かるだろうが!」
理屈がめちゃくちゃだ。でも、めちゃくちゃな理屈で、36年この家は回ってきたのだ。
「1つ、教えてください。」私はずっと引っかかっていたことを口にした。「3年前、私から決算を取り上げたのは、なぜですか?私を役員にして保証人にして、去年、縁談を私に差し出して、会社から追い出した。あれは、全部…」
父は答えない。代わりに答えたのは、滋賀さんの資料だった。
「時系列を整理します。決算業務の外部委託、みき様の役員登記、そして保証契約。この3つは、3年前の初め、2ヶ月の間に集中して作られています。登記と契約の日付は動かせません。」
覚えている。3年前の春、あの日のことだ。リナの振り込みの名目を改めて聞いて、決算の綴りを見せて欲しいと言った。父は「経理は口を出すな」と怒った。その2ヶ月後、私の机から決算の仕事が消えた。私が「違和感」を口にした、2ヶ月後。
そして去年、経営の悪化が隠しきれなくなった時期に、みき様は「退職・ご結婚」という形で、会社から外された。
背筋が冷えた。地味だから身代わりに出された。長くそう思ってきた。そして、あの冬の夜、別の答えを疑いかけて、蓋をした。その疑いは、当たっていたのだ。数字の読める私が、帳簿のそばにいては困るから。私は厄介払いと口封じを兼ねて、売られたのだ。
「『地味だから身代わりでちょうどいい』。そう言いましたね、お母さん。」私は母を見た。「違ったんです。私は地味だから選ばれたんじゃない。数字が読めるから、遠ざけられたんです。」
祖母の声が耳の奥で響いた。「ちゃんと見とる人はおるからね。」
おばあちゃん。見ていたのは、人だけじゃなかった。私が綴じてきた紙も、全部見ていたよ。売られた娘の紙の束が、売った父の帳簿を突き崩す。こんな仕返しの仕方があるだろうか。
「ひどい。」呟いたのは、意外にも母だった。「あなた、そこまでしてたの?私、聞いてないわよ!」
「私の会社の家賃だって、あなたが勝手に!」
「お前が贅沢をやめないからだろうが!」
「私のせいにしないでよ!ママこそ、家賃もらってたじゃない!」
父と母とリナ、3人の声が応接室でぶつかり合った。ついさっきまで一枚岩に見えた家族は、金の切れ目でこんなにも簡単に割れる。
「恵美様の会社についても補足します。登記上の事業内容は輸入雑貨の販売ですが、事務所としての使用実態も、事業をしている形跡も、確認できた範囲では1つも見当たりません。金を受け取るためだけの会社と考える他ありません。」
「それは、あの人が名前だけ貸せって言うから!」母は今度は父を指さした。
言葉はくるくるとよく回る。私はそれを、対岸の景色のように見ていた。
「なあ、尚弥君。いや、神谷社長。」父の謝罪は、父がもみ手で神谷さんに近寄った。「あんた、みきの旦那だろう。身内じゃないか。会社の話はなかったことに…家族なんだから。」
前の日まで「貧乏工場」と呼んでいた相手に、「家族」と来た。
「藤原さん。」神谷さんの声は氷のように平らだった。「俺は、あなたが娘さんを『代わりに』と差し出した日から、あなたを家族だと思ったことは、一度もありません。」
父のもみ手が、空中で止まった。
会議が終わり、廊下に出た時だった。「待ってよ!」リナが神谷さんの前に回り込んだ。「ねえ、おかしいでしょ、こんなの!だって、そもそもあんたと結婚するはずだったのは、私なのよ!」
リナは乱れた髪のまま、笑って見せた。「今からでも、私と結婚し直せばいいでしょ。妹の私の方が、若いし綺麗だし。お姉ちゃんも、その方が…」
「お断りします。」神谷さんは即答した。「あなたが縁談を断ったこと自体を、責めてはいません。合わない相手を断るのは、当然の権利です。じゃあ、俺が許せないのは、人を職業だけで嘲笑したことと、断った縁談にお姉さんを身代わりとして差し出して、笑っていたことです。」神谷さんは一歩も引かなかった。「みきは、あなたの代わりではありません。俺が結婚したかったのは、最初からみき、ただ1人です。」
それから神谷さんは声を一段柔らげた。「1年前のあの席で、俺は確かに断られました。ですが、感謝もしているんです。おかげで、末席の人がよく見えた。」
「何よそれ!私の方が若くて綺麗なのに!」取り乱すリナを、滋賀さんが「お引き取りください」と出口へ促した。悲鳴のような抗議が、廊下の向こうへ遠ざかっていく。
「帰りましょう。みきさん。」
「はい。」
「疲れたでしょう。帰りに、あの中華蕎麦屋に寄りましょうか。餃子、2人前でも3人前にしましょう。今日は頑張った日だから。」
夕方の風が、工場の油の匂いを運んでいた。この匂いを「臭い」と笑った人たちの声は、もう遠かった。その夜は、久しぶりに夢も見ずに眠った。
嵐は、翌朝の枕元で待っていた。
朝、目が覚めると枕元のスマートフォンが震え続けていた。画面には着信の通知がびっしりと並んでいる。父から32件、母から27件、リナから21件。合わせて80件。メッセージも溢れていた。「今すぐ電話しろ」「どうして夫の正体を黙っていたの?」「あなた、親を騙してたのね」「本来私が結婚する相手だったでしょ?返してよ」
この間まで私を「道具」と呼んでいた人たちだ。夫の正体が分かった途端、80回も私を探す。
「出なくていいの?」台所から神谷さんが顔を出した。味噌汁の匂いがする。
「昨日まで、私は『家族ではない』と言われていたの。『役目は終わりだ』って。」私は電源のボタンを長押しした。画面が、すっと暗くなる。「今朝は、静かにご飯を食べたいわ。」
「それがいい。今日の味噌汁は、豆腐とワカメです。」湯気の向こうで、神谷さんが笑った。
食卓についた。豆腐とワカメの味噌汁、炊きたてのご飯、ぬか漬けの音。80件の着信より、1杯の味噌汁の方がずっと重い。そういう暮らしを、私はもう知ってしまった。
その日の昼、リナはSNSに長文を載せた。「身内に会社を乗っ取られました。家からもらっていた毎月30万の給料も、一方的に止められました。ひどくないですか?」
批判を集めるつもりだったのだろう。でも、世間はリナが思うより帳簿が読めた。「働いてないのに月30万って書いてあるけど、そっちの方がひどくない?」そんな書き込みが並び、夕方には投稿が消えていた。
3日後、実家の3人は揃って家に押しかけてきた。チャイムが連打され、扉を叩く音が響く。「みき、いるんだろう。開けろ。」
扉を開ける前に、一度だけ深呼吸をした。怖くはなかった。36年分の言葉を、やっと言える朝が来ただけだ。
私は玄関の扉を開けた。中へは通さなかった。背中の後ろに、神谷さんが黙って立ってくれていた。口は出さない。ただ、いてくれる。それで十分だった。
「尚弥君に言え!契約を撤回しろと!お前が言えば、聞くんだろう!」
「言いません。」
「親不幸も!家族を見捨てる気なの?」
「見捨てられていたのは、私の方です。」私は3人の顔を順番に見た。父、母、リナ。揃って私を見ている。36年間、一度もなかったことだ。皮肉なものだ。私の顔を見る用事が、最後の最後にお金だなんて。
「お父さんたちが私にくれたのは、愛情ではなく命令でした。働け。我慢しろ。金を入れろ。妹の代わりに行け。全部、命令でした。」
「親が子に指図して、何が悪い!」
「悪くないと思うなら、これからは他人に同じことを言ってみてください。1つも通らないことが分かりますから。」
「な、なんだと…」
「私はもう、あなたたちの都合のために生きません。お引き取りください。今後のご連絡は、こちらの弁護士を通してください。」私は早川さんの事務所の名刺を差し出した。
「弁護士だと!親子の問題を、裁判に持ち込む気か!」
「親子の問題にしなかったのは、そちらが先です。」私は名刺を父の胸元へ押し付けた。「私を娘ではなく、無料の従業員と財布として扱ったのは、あなたたちです。でしたら、これからは他人として、責任を取ってください。」
「せめて、リナのお店だけでも、尚弥さんに頼んでよ!」母の語気が、途中から泣き落としに変わった。「あんたのせいで、リナのお店が潰れるのよ!姉のくせに!」
「あの店は、会社から抜いたお金でできていたんです。潰れるんじゃありません。元に戻るだけです。」
「冷酷ね!」母の声。私はドアを閉めた。鍵をかけた。ドアの向こうの叫び声は、もう言葉として届かなかった。やがて、それも途切れた。
それから、早川さんの反撃が始まった。早川さんは約束通り、一度で出した。半年余りをかけて揃えた記録が、番号を振られて順番に並んでいた。
定期預金300万円については、無断解約の記録、委任状を添えて返還を求めた。代理人の筆跡と印影の写し、解約金の行き先、全部揃っていた。未払いだった残業代は、時効で消えていない分に絞って請求した。時効を免れていたのは退職までの2年半分ほどで、それだけでもおよそ120万円になった。
退職金は、あえて請求しなかった。働いた時間の対価である残業代と違って、退職金は規定の解釈1つで額の膨らむお金だ。今の藤原誠工に余計に払わせれば、周り回って神谷さんの世話になる。それは、私の癖が許さなかった。
「18年分なら、この何倍もあったでしょうに。」
「いいんです。消えた分は、授業料でした。高い授業料でしたけど、卒業できましたから。」
保証契約については、署名が私の筆跡ではなく、実印は「会社で預かる」と言って父の手にあったものが私に無断で押されたのだと示して、向こうの確認を求める手続きに入った。実印と印鑑登録カードの無断使用については、警察に相談し、記録を残した。そして、今後の連絡は全て代理人経由とし、直接の接触はしないよう通知した。
銀行から取り寄せた代理人の字は、素人目にも父の字だった。自分の字は自分を裏切らない。応接室で見た光景と同じだった。
「録音も、張り込みもいりません。紙が全部、話してくれます。」早川さんはそう言って、書類の束を揃えた。
書類が届いた週を境に、実家からの電話はぴたりと止んだ。怒鳴り声という通貨が、あの人たちの手元で初めて使えなくなったのだ。父からは一度だけ、事務所経由で伝言が来たという。「家族の情はないのか。」早川さんの返答は一言だった。「上の請求書は受け取れません。金銭の請求書は、期日までにお願いします。」
「ようやくですね。」早川さんが書類の最後の1枚を揃えていった。「半年余り、よく我慢しました。見事なお手本です。」
「先生の言う通りでした。記録は逃げませんでした。」
「ええ。逃げたのは、人の方でした。」私たちは、少しだけ笑った。
最後に、私は1つだけ自分の言葉を書面に添えてもらった。「お父さんへ。あなたは1年前に、『工場勤務の男は釣り合わない』と言いました。釣り合っていなかったのは、お父さんの帳簿と現実の方です。」返事は来なかった。来なくても良かった。私の36年分の帳簿は、これでようやく閉まったのだから。
夜、神谷さんが湯飲みを2つ持ってきた。「全部、終わりましたね。」
「ええ。終わらせました。あとは、始めるだけ。」
「いいですね。始める話は、酒より好きです。」神谷さんは茶をすすって、本当に美味しそうに笑った。
36年間、私はあの家の帳簿の「雑費」の欄に書かれ続けてきた。これからは違う。私は、私の帳簿の1行目だ。
それから1年が過ぎた。1年後の今を、順番に話しておきたい。
父は臨時の株主総会で、正式に経営から退任した。無断で載せられていた私の取締役の登記も、4000万円の連帯保証も、署名が偽物と認められて消えた。帳簿の件は銀行との間で大きな問題になり、父自身の保証と責任を巡る賠償の話し合いが続いているという。自宅と車を手放したらしいと、田岡さんから聞いた。
「前の社長がいなくなって、会社は困っとるかって?それがなあ、経理さん。」田岡さんは電話の向こうで愉快そうに笑った。「新しい体制になってから、残業代がきちんと出るようになった。若いのも戻ってきた。妙な話だが、会社は前より元気だ。」
「俺がいなければ、会社は回らない。」父の口癖だった。回らなかったのは会社ではなく、父の算盤の方だった。
大隅の仙台はあれから一度だけ、うちに寄ってくれた。「藤原の帳簿の話は聞いた。わしの目も、曇っとったもんじゃ。」
「いいえ。大隅さんの目は確かでした。会社の中で一番いいものを、ちゃんと見つけてくださったでしょう。」神谷さんがそう言って私を見た。仙台は大声で笑って、湯飲みを干した。
母は家を出て、郊外の古いアパートに移ったそうだ。ただ、知らない番号から連絡が来た。「少しでいいのよ。生活費を送ってちょうだい。昔は家族みんなで助け合ったでしょう。」私は一度だけ返事を書いた。「助け合った記憶はありません。私だけが、助けていました。」それきり、私はその番号を着信拒否にした。
リナのサロンは、広告費が止まって3ヶ月で閉店した。車とバッグを売っても借金が残り、結婚していた人は、離婚したという。最後に届いた伝言は、リナらしいものだった。「お姉ちゃんが離婚すれば、全部うまくいくのに。」返事はしなかった。
リナは今、小さな会社で事務をしているらしい。朝起きて、電車に乗って、自分の給料で家賃を払う。私が18年やってきたことを、あの子は30を過ぎて初めて始めた。遅くはない。誰の代わりでもない、自分の人生を。あの子も、1行ずつ書いていけばいい。人は格付けを張り間違えた代金を、いつか必ず自分で払う。
300万円は、自宅を手放した父から分割で戻った。祖母の遺言通りの使い道にした。「嫁に行く時に持っていきなさい。」そう言われていたお金だ。何年か遅れたけれど、私はあれを自分の足で立つために持っていく。
そして、私はといえば、小さな事務所を開いた。町工場のための経理の支援事務所だ。資金繰りの相談、帳簿の整理、銀行に出す書類の作り方。父の会社で評価されなかった18年が、今は看板になっている。
開業の資金は、神谷さんに借りなかった。退職金代わりに取り戻したお金と、自分の貯金で始めた。「相談には乗ります。でも、口は出しません。あなたの事務所ですから。」神谷さんは対等な経営者として、そう言ってくれた。
初めてのお客さんは、藤原誠工だった。「経理さんに頼むのが一番安心だからな。」田岡さんたち現場の人が、そう言って書類を持ってきてくれる。井口さんも今は藤原誠工に戻って、経理の机に座っている。「みきさんの帳簿が正確だったから、会社の問題が分かったんです。」そう言って、笑ってくれた。
事務所の壁には、額を1つかけている。中身は、賞状でも資格でもない。祖母の写真だ。「ちゃんと見とる人はおる。」迷いそうな日は、その言葉を思い出してから算盤を弾く。
先週、私は神谷さんと、藤原誠工の新しい工場を見に行った。神谷さんは、いつもの作業着だった。
「社長なのに、どうしていつも現場へ来るんですか?」若い従業員に聞かれて、神谷さんより先に私が笑ってしまった。
「この人は、最初から工場で働くことを誇りにしているからですよ。」
「そのおかげで、みきと出会えたからね。」神谷さんが続けて、若い人はぽかんとしていた。
帰り道、夕日が機械の列をオレンジ色に染めていた。あの家族は1年前、「工場勤務の男は妹には釣り合わない」と言った。でも、人の価値は肩書きや服装では決まらない。それを教えてくれたのは、作業着のまま頭を下げられる、この人だった。
妹の代わりに行けと命じられた私だけれど、この結婚を選び直したのは、私自身だ。
事務所の名前は、「みき経理事務所」。誰の代わりでもない、自分の名前を看板に出した。私は誰かの代用品でも、誰かの付属品でもない。自分の帳簿を自分の手で締めながら、これからも自分の人生を生きていきたい。



