取引先の部長に、部下にするような口調で「そこでちょっと待ってろ」と言われたのは、メンテナンスに来たはずの俺に対してだった。またか。ここの部長も社員も、町工場の社長である俺を下に見ている。我慢の限界だった。そんな時、一通のメールが届き、俺は決心したのだ。
俺は佐藤、40歳。町工場を経営している。元々は父が営んでいた工場だ。幼い頃からこの工場が大好きだったが、経営が苦しくなった時、俺は父に「こんな工場、継げるかよ」と宣言した。父は「だったら継がなくていい。この工場は俺の代で終わりだ」とだけ言い、それ以上何も言わなかった。
俺は大学でAIを学び、大手企業に就職した。だが30歳の時、父の体調が悪いと母から連絡が来た。それでも「プロジェクトが止まる」と実家に帰らなかった。ただ、父と顔を合わせづらかっただけだ。大学の費用は父に出してもらっていたのに、一度も親孝行をしていないと気づいた。しかし、素直に謝れないプライドがあった。
しばらくして父が他界した。仕事を放り出して駆けつけたが、もう会話はできなかった。父は工場の赤字を抱えながらも、顧客のために仕事を続けていたと母から聞かされた。俺は父の工場を再生させることを決意し、母に土下座して謝罪した。職人たちの反発もあったが、俺は大学で培った知識を活かし、人生で一番の努力をした。
ある日、父の遺品から未完成の設計図を見つけた。それは「究極の節水と高速洗浄ができるシステム」の設計図で、余白には細かいメモが書き込まれていた。その内容は、俺が大学で研究していた制御理論と全く同じ発想だった。父は俺が何を学んでいたか知るはずがない。なのに、なぜ。この設計図は俺に向けて残されたように思えた。俺はその設計図を完成させ、特許を申請した。従業員たちも次第に俺を認めてくれるようになり、工場は黒字に回復。半年ほど前には大手企業との契約が決まった。
担当者は森田という50代の部長で、初対面から上から目線だった。1ヶ月に1度のメンテナンスに行くたびに、森田は文句のようなことばかり言ってくる。ある時、別の取引先の高橋社長から相談を受けた。地元のホテルや病院のクリーニングを引き受けたいが、値上げを迫られて困っているという。聞けば、値上げをしてきたのは森田の会社だった。
1週間後、森田の会社にメンテナンスに行くと、社員に「手が離せない」と待たされた。メインシャフトのベアリングに異常が出ていて、早急に修理しないと危険な状態だった。森田に説明しても「うるさい」と厄介払いされ、3時間も放置された。
その時、高橋社長からメールが届いた。俺は電話をかけ、「今、その取引先に来ていますが、おそらく無理な使い方をして故障寸前です。3時間も待たされています」と伝えた。高橋社長は「君はお父さんに似てきたな」と笑った。俺は森田に「修理期限が過ぎたので帰ります」と言い放ち、「規定外の仕様に関しては契約解除となりますからね」と告げて、その足で高橋社長のもとへ向かった。
契約を結ぶ準備をしていると、森田の会社の機械が停止したという通知が来た。俺は顧問弁護士にメールを送り、高橋社長に状況を説明して契約書にサインをもらった。その瞬間、森田から電話がかかってきた。「機械が止まった。早くなんとかしろ」と叫ばれたが、俺は冷静に返した。「そちらで3時間以上も無視されたのに、今更なんとかしろとは都合がいいですね。規定外の稼働で故障した場合、こちらに復旧の義務はなく契約も解除されます」
森田は「そんなことはしていない」と白を切ったが、俺は「全て遠隔で監視しています。稼働した時間や異常の記録も把握しています。何日も休みなく稼働させていましたよね」と証拠を示した。さらに「特許機械の使用権は高橋社長のところと独占契約しました。本社へのライセンスは終了です」と告げて電話を切った。
高橋社長は「そういうところお父さんそっくりだな」と笑った。俺たちは急ピッチで機械を納品し、地元のホテルや病院から感謝された。その後、森田の会社は他の業者と契約したものの、クレームが殺到し、森田は失職した。俺の工場は高橋社長の会社との契約で急成長し、従業員も増えた。母は「父さんも喜んでるわよ」と笑った。俺は心の中で父に誓った。「親父の技術、俺が世界中に届けるからな」
—
高校時代の同級生で、うちの融資を担当する銀行員の篠崎に、いきなり「今すぐ1億返せ」と言われた。俺の名前は花村、39歳。祖父の代から続く町工場の社長だ。精密ギアの加工技術が強みで、父の代では微細加工の特許も取得している。仕事もプライベートも充実しているが、篠崎にはずっと悩まされていた。
高校卒業後の同窓会で再会した時、篠崎は「親の町工場に就職したらしいじゃん。どんだけ就職難だったらそうなるんだよ」と見下すように笑った。それ以来、連絡を取っていなかったのに、数ヶ月前、突然うちの担当者として現れた。毎月の定例報告のたびに、高圧的な態度と暴言を浴びせられる始末だ。「こんなペースじゃ大企業になれないぞ」「底辺がもう少し現実を見た方がいい」などと言われたが、俺は地元と町の発展が目標だった。
ある日の定例会で、婚約者のマミがお茶を出した時、篠崎の様子がおかしくなった。「今の美人誰?前はいなかったよな」と、いやらしい目つきで聞いてくる。俺は「婚約者のマミだ」と答えたが、篠崎の表情は見る見るうちに歪んだ。帰り際、篠崎に駐車場まで付き合わされ、「花村、残念な知らせがある。底辺への融資は打ち切りだ。今すぐ1億返せ」と言われた。
あまりに不当な要求に、俺は我慢の限界を超えた。篠崎は「若くて美人な女と結婚が決まったのに残念だな。担当者の俺が返せと言っているんだから、お前は返すしかないんだよ」と勝ち誇る。俺は咳払いを一つし、静かに言い放った。「ではその代わりに、オタクの銀行本店の土地をただちに返せ。こちらは貸している身。あなたと私には絶対的な関係性が存在します」
篠崎は笑顔のまま凍りついた。俺は「多分報告すればすぐに分かりますよ。ちなみに私は私で、あなたに宣告された貸し剥がしに関してしっかり報告させてもらいますから」と告げて、その場を去った。
1時間後、銀行の支店長から連絡が来た。「篠崎と一体何があったのでしょうか?銀行本店の土地とは何のことでしょう?」と聞かれたので、俺は「篠崎さんがいきなり融資の打ち切りを宣言してきたんですよ。うちの経営が不安定だと主張してね。あまりに不当なことを言い出すので、そういうことをされるならこの際土地を返していただこうと思いまして」と答えた。
翌日、支店長が謝罪に来た。支店長の隣には、真っ青な顔で俯く篠崎が立っていた。話を聞くと、篠崎は最初「融資打ち切りなど言ってない」と知らばっくれるつもりだったらしいが、本店に土地のことを確認すると言い逃れができず諦めたようだ。篠崎は「まさか花村の家がそんなに裕福な家だったなんて。ただの町工場じゃないのかよ」と悔しげに呟く。
俺の祖父が戦後の復興に土地を貸したのが始まりで、銀行は土地不足で困っていたため条件を飲んだ。以来、毎月取り決めた額を受け取っている。支店長は「もしも根を移転となると数十億円規模の損害が予想できます。どうかお考え直しを」と必死だった。
そこへ篠崎が突然、土下座しながら告白し始めた。「俺は不倫で全てを失ったんだ。本店で順調だったのに、遊び相手に人妻がいて夫にバレてこんな田舎に飛ばされたんだ。それなのに底辺工場を経営するお前なんかが、なんで若くて美人の婚約者なんかと。なんで俺よりずっと幸せそうなんだって」
俺は冷たく見下ろしながら、「ただの嫉妬からこんな思い切った真似をしたと」と問うた。篠崎は鼻をすすりながら頷いた。篠崎は「同級生だろう。許してくれ」と手を伸ばしてきたが、俺がその手を取ることはなかった。「あなたのそういう浅はかな考えがことを大きくすると学んでいないようですね」とだけ言った。
その後、篠崎は懲戒解雇になり、銀行には4つの条件を突きつけた。「篠崎への厳正な処罰」「土地の賃料を市場価格への是正」「正式な謝罪文書の提出」「今後の融資条件の改善」だ。賃料は戦後に決めたままだったので、破格に安かったらしい。本店からも正式な謝罪を受けた。篠崎は実家に引きこもっているという噂だ。来年の春、俺はマミと式を挙げる。この幸せが続くよう、これからも真面目に仕事と向き合うつもりだ。
—
合同プロジェクトの祝賀会で、上場企業の新社長に存在を無視された。俺は望月、42歳。従業員10名の産業用冷凍設備メーカーを経営している。3年前、電力消費を40%削減する画期的な冷却装置を開発し、特許を取得した。2年前、大手食品メーカーの池辺社長から直接連絡があり、「是非我が社で使わせていただきたい」と、合同プロジェクトの中核に据えたいと言われた。
契約内容は極めて我が社に有利で、「不当な値下げ要求があった場合は契約解除できる特別条項」や「最終調整は我が社が実施する」という条項も盛り込まれた。プロジェクトは順調に進み、俺の技術も無事に設置された。そして、完成披露の祝賀会が開催されることになった。
池辺社長は世代交代を計画しており、息子の武彦が新社長に就任するという。武彦は欧米のMBAを取得後、大手コンサルティングファームで働いていたエリートらしい。数字とロジックで全てを判断するのが信条で、父の人重視の経営を古いと公言していると聞いた。
祝賀会当日、式次第を見ると、本来挨拶する予定だった池辺社長の名前は「体調不良のため欠席」という書き込みで線が引かれていた。会場に入ると、参加企業の名前が掲示されているが、何度確認しても俺の会社名がない。祝賀会が始まり、武彦が乾杯の挨拶を始めた。「この合同プロジェクトによる新工場建設が完了しました。この成功は上場企業様のおかげです。乾杯」
武彦は上場する大企業の名前だけを上げて賛美していく。俺の会社は功績どころか名前すら紹介されない。桐生部長が困惑した表情で武彦に近づき、「望月さんの会社名が掲示にも挨拶にもありませんでしたが」と尋ねると、武彦は「外部的なアピールの問題です。細かい下受けまで全部紹介していたら時間がかかるでしょう」と一笑に付した。
俺は武彦に直接抗議した。「我が社の特許冷却装置はこの工場の心臓部を担っています。先代社長も重要性を理解してくださったはずですが」と。武彦は「親父は非常に熱い古い人間というだけです。うちは上場を目指しています。中小の下受けとの関係はあくまでコスト効率で判断すべきです」と一蹴し、「その特許の契約料、いくらでしたっけ?8%?そんな法外な特許使用料なんて聞いたこともない。直ちに半額にすることを要求させてもらう」と言い放った。
俺は全てを悟った。技術の重要性を理解できない男と取引などできない。俺は「契約書に基づき、失礼させていただきます」と告げて会場を後にした。会社に戻り、契約書を確認すると、やはり特別条項が明記されていた。「不当な値下げ要求を受けた場合、我が社の判断により一方的に契約解除が可能」という内容だ。さらに「本装置の最終調整及び技術指導は我が社が実施する」という条項もあった。この調整作業は開発者である俺か、俺の指導を受けた社員にしかできない。
俺は顧問弁護士に連絡し、契約解除通知書の作成を依頼した。1週間後、桐生部長から電話が入った。「特許冷却装置の最終調整が未完了で作業が進められません。営業許可が下りないんです。武彦社長は契約解除通知を読んでパニック状態です」と。
その後、武彦から何度も電話がかかってきたが、俺は断固として話し合いを拒否した。すると、複数の食品メーカーから問い合わせが入るようになった。電力コストの削減は業界共通の課題で、俺の技術の評判は広まっていた。契約解除通知から3週間後、池辺社長から電話が入った。「息子の武彦と私、それに桐生部長の4人で是非お詫びとお願いに伺いたい」と。
翌日、4人が俺の会社を訪れた。池辺社長は深く頭を下げ、「祝賀会で俺が居れば止められたのに、申し訳ない」と謝罪した。桐生部長も「もっと強く主張すべきでした」と語った。武彦はしぶしぶ頭を下げたが、「コスト管理は重要な責務です。特許使用料の見直しは経営判断として当然です」と言い訳した。
俺は静かに問いかけた。「武彦社長、あなたは引き継ぎ資料と契約書を隅々まで読みましたか?」武彦は「正直、全てには目を通していませんでした」と認めた。俺は続けた。「つまり契約内容も確認せず、技術の重要性も理解せずに私を侮辱し、一方的な値下げを要求したわけですね。私が最終調整をしない限り、あなたの工場は永遠に稼働できないんですよ」と。
武彦の顔は絶望に染まった。俺は2つの条件を提示した。「特許使用料は従来の3倍。ただし独占使用ではありません。それと、今回の事態を招いた責任の明確化」だと。武彦が反論しようとすると、池辺社長が「黙れ。全ての条件をお受けします。むしろ検討してくださるだけでも感謝すべきです」と一括した。さらに「武彦の処遇については、社長退任を含む厳正な処分を提案します」と付け加えた。
2ヶ月後、武彦は代表権を剥奪され、顧問に配置された。俺の特許冷却装置は無事稼働を開始し、工場は予定通りの営業許可を取得。他の食品メーカーとの契約も次々と成立し、俺の会社は従業員を増員、工場も拡張することができた。技術を正当に評価する企業と共に歩める喜びを噛みしめながら、俺は改めて技術の価値を実感するのだった。
—
俺が開発した特許技術の契約を結ぶために現れたのは、5年前に俺を退職にまで追い込んだ元上司だった。俺は森川、38歳。現在は急成長するAIベンチャー企業の研究開発部門で働いている。5年前まで大手IT企業の研究部門にいたが、当時の上司である桐生という男に理不尽な扱いを受け、退職を余儀なくされた。そして今日、俺は再びその大手IT企業に、俺が開発したAIのデータ処理を最適化する特許技術のライセンス契約のために訪れている。
契約額は270億円という巨額で、担当者の吉岡は技術への理解が深く、俺を正しく評価してくれている。吉岡は俺が5年前までこの会社にいたことを知らない。今日の商談には事業部長の金子、取締役の佐藤、そして技術部長の桐生が参加する予定だ。かつて俺を追い出したあの桐生だ。
商談が始まり、桐生が会議室に入るなり「中小の雑魚企業のくせに270億とは身のほど知らずだ」と言い放った。そして俺の顔を見た瞬間、桐生の顔が固まった。「も、森川なのか」と声が震えている。俺は冷静に挨拶をしたが、桐生は不適な笑みを浮かべて続けた。「森川、お前がいる会社は従業員50人程度だろう。そんな底辺企業の技術に270億の価値があるとでも?」金子が困惑した表情で口を挟んでも、桐生は「金にもならない無駄な研究をしていた男がたまたま運良く特許を取れただけだろう」と嘲った。
俺は桐生の目を見据えて言った。「桐生部長、あなたは過去に私の研究を無駄だと判断しましたが、しかし貴社は今その技術を必要としてここにいる。どちらが正しかったかは明白ではないですか?」すると逆上した桐生は顔を真っ赤にして、俺に近づき胸を突き飛ばした。「底辺企業は消えろ。間違いだ」
俺は落ち着いた声で「貴社とは価値観が合わないようですね。270億の特許契約は破談です。失礼させていただく」と告げて、ドアに向かって歩き出した。その瞬間、商談室のドアが開き、遅れて取締役の佐藤が入ってきた。佐藤は状況を聞き、「桐生部長、大切な商談相手に対しなぜ暴力を振ったんですか?」と問い詰める。桐生は何も答えず、俺を睨みつけたまま黙っている。
佐藤は俺に深く頭を下げ、「森川さん、お願いです。どうか席に戻ってください。この技術がなければ我が社の事業が危ういんです」と訴えた。俺は静かに言った。「貴社が500億円を投資して建設中の新データセンター。その運用コストを大幅に削減できなければ事業として採算が取れない。だから私の特許技術が必要なんですよね。しかしそれは貴社の事情です。この技術を必要としている企業は他にいくらでもあります。貴社でなくても私は構いません」
佐藤と金子はすがるような声で引き留めてきた。俺は「実はもう1つ理由があるんです」と言い、真実を明かした。「実は私は5年前まで貴社の研究部門で働いていました。当時の上司がそこにいる桐生部長です。当時私はこの特許技術の基礎研究をしていました。しかし桐生部長は金にもならないと研究予算を削減し、私を追い出したんです」
金子が驚きの声を上げ、「なぜ技術部門から何の報告もなかったんだ?」と問うと、吉岡が小さな声で言った。「桐生部長は事業開発部からの技術確認依頼に対しても、中小企業の技術など見る価値もないと取り合ってくださらず、それで私が独自に技術評価を進めることになりました」
俺は畳み掛けた。「桐生部長は限られた予算の中で、自分のプロジェクトに予算を集中させるため私の研究を切り捨てた。当時の会議では、桐生部長の音声認識プロジェクトは実用化の見込みが低いという意見が大半でした。むしろ私の開発の方が圧倒的に実用化の可能性が高いと評価されていたんです。そして桐生部長は今日、私を見て何と言いましたか?『底辺企業は消えろ』と言いましたね。あなたは自身の判断ミスを誤魔化すため、技術の価値ではなく企業規模に問題をすり替えようとした」
桐生は完全に形無しになり、肩が小刻みに震えている。佐藤が冷め切った声で告げた。「桐生部長、もうこの場から退席してください。商談に参加する資格があなたにはない。今回の所業も含め、役員会で厳正に検討させていただく」と。桐生は何も言えず、静かに立ち上がり、会場を後にした。
数週間後、吉岡から連絡があった。桐生が会社を辞めることになったという。商談での暴力行為を受けて会社が内部調査を実施した結果、桐生による他の社員へのパワハラ行為や研究費の水増し請求など数々の問題が明らかになり、懲戒解雇になったらしい。桐生に対する処遇は業界内で広まり、どの企業も雇おうとはしないという。桐生に待っているのは悲惨な未来だけだ。
一方、吉岡は特許技術のライセンス契約について再度説得し続けた。佐藤も金子も謝罪と誠意を見せてきた。俺は吉岡の熱意と彼らの誠実な姿勢に心を動かされ、最終的に当初の契約額を上回る300億円で成立することになった。技術の価値を見る目がなければ、結局は自分に帰ってくる。俺はこれからも技術の本質を見極め、誰もが認める画期的な開発を続けていくつもりだ。
—
「お前は学歴も信用もゼロだ。あとはエリートの俺がやる」と部長に言い放たれた。俺は朝沼、25歳。父の影響でパソコンいじりが好きだったが、中学2年の時に父が亡くなり、母は病弱で働けず、家は困窮した。大学には行けず、中卒で近所の中華料理屋で働き始めた。人のいい店主夫婦は、俺の事情を知ると即日採用してくれた。
18歳の時、酔っ払った客が他の男性に絡んでいるのを見て、俺は割って入った。「警察呼びますよ」と。酔っ払い客は退散し、助けられた男性は俺に何度もお礼を言った。その男性、岡村さんは常連になり、俺と雑談するようになった。岡村さんは実はソフト開発会社の社長で、「うちで働かないか?」と誘ってくれた。俺は迷うことなくその誘いに乗り、岡村さんの会社で働き始めた。
しかし、俺が25歳になった直後、岡村さんが亡くなり、会社は畳まれることになった。俺は泣く泣く転職した。採用されたのは大手の下請けでソフト開発をしている会社だったが、そこがなかなかのブラック企業だった。開発部のトップである井上部長は、高圧的な態度で、俺や他の部下に対して嫌がらせをして楽しんでいた。俺は入社して3ヶ月の若手で、最終学歴が中卒ということで、部長の格好の標的になっていた。
ある日、取引先の大手が2700億の案件でコンペをやるという話があり、井上部長が担当者を勝手に自分に決めた。そして突然、俺に「例の大型案件だが、お前も担当者の1人にしてやる。コンペに出すポートフォリオはお前に任せる」と言ってきた。俺が断ると「断るつもりか。成功すれば昇進確実なのに」と。俺は部長の提案を飲み、自分の仕事と部長から押し付けられた仕事とポートフォリオ開発の3つを並行して行い、なんとか完成させた。メイン担当者は部長なので、部長の名義で提出された。
1週間後、部長に呼び出され、「お前の作ったソフトのおかげで商談に進めるチャンスを手に入れたぞ。よくやった。ご苦労だったな」と言われた。「商談はいつでしょう?準備しておきます」と聞くと、部長は似つかない顔で「早速明日、商談に行ってくる。お前は学歴も信用もゼロだ。あとはエリートの俺がやる。お前は担当者を首だ」と言い放った。
俺は「俺を騙したんですね」と確認すると、部長はゲラゲラと笑いながら「ようやく気づいたのか。そうだよ。最初からそのつもりでお前にポートフォリオの作成を頼んだんだ。昇進できるって期待して必死になって仕事をしているお前の間抜けな姿、おかげで十分楽しませてもらったよ」と言った。俺は何も言い返さず、「そうですか。わかりました。商談の成功を応援してます」とだけ言って会議室を後にした。
商談当日、部長は朝から上機嫌で俺をチラチラと見てきた。午後、部長が出かけると、突然俺の携帯が鳴り、部長から電話がかかってきた。「お前が提出したポートフォリオ、商談中に動作確認したらバグが大量に出てきたんだ。お前、わざとこのバグを仕込んだな」と。
俺は冷静に答えた。「いえ、わざとじゃありません。提出後に気づいたんです。このバグはソフトの起動時間が長くなると発生するタイプで、短時間のプレゼンの時は発生しないんです。部長がポートフォリオを送付した後に気づき、修正パッチも作って準備していましたが、部長判断で俺は担当者を首になって同行できなかったんですよ」と。
実は、このバグはわざと仕込んだものではなかったが、提出後に気づいたものだった。バグは無限に増殖するタイプで、長い時間操作する中で発生する。短時間のプレゼンでは発生しないため、そのままにしていたのだ。部長は「とにかくその修正パッチとやらを持って今すぐこっちに来い」と叫んだが、俺は「パッチは担当者を首になった直後に削除しました」と答えた。俺は予備として手元に残していたコピーを確認した際にバグを見つけ、修正パッチを作成したが、担当者を首になったので不要だと判断して削除したのだ。
部長は「俺に逆らったらどうなるか分かってんのか?会社に行ってお前を首にすることだってできるんだぞ」と脅してきたが、俺は「どうぞ好きに。ちなみにこのやり取りは録音してますよ。少し前から部長と話す際はこっそり録音してたんです。部長の行為を会社に訴えようと思いましてね」と告げた。さらに「俺は来月にでもこの会社をやめますし。実はこの会社の取引先に知り合いがいて、そこに採用してもらえることになったんですよ」と伝えた。
その知り合いというのは、部長が俺をはめるためにわざと間違えた時間を伝えて迷惑をかけた取引先の吉沢さんだ。吉沢さんは俺が以前お世話になっていた岡村さんの知り合いで、俺の事情を知ると「うちの会社に来ませんか?」と誘ってくれていた。俺はポートフォリオの件で部長を見切りをつけ、転職の意思を伝えていたのだ。
部長は切羽詰まった声で「謝る。今までのことは全部謝るから。だからどうか俺を助けてくれ」と言ったが、俺は「今更遅いですし、あなたの謝罪なんていりません。では失礼します」と電話を切り、電源を切った。
翌日、社長室に呼び出された俺は事情を説明し、録音を聞かせた。井上部長は出勤停止の上、給料カットの処罰を受けた。さらに、部長の奥さんは事情を知ると離婚届を突きつけ、子供を連れて実家に戻ったという。部長は会社での立場と給料を失った上、競合離婚とローンの支払いで追い詰められているらしい。俺は予定通り転職を実行し、新しい環境で伸び伸びと働いている。
—
「お前はもう用済みだ」と部長がニタニタと笑いながら言い放った。俺は倒産寸前のボロ会社を立て直したのに、部長は俺の功績を無視し、俺を会社から追い出すつもりらしい。俺の名前は橋本、22歳。高校生の時に父を亡くし、父が残した多額の借金が発覚した。母は借金返済のために必死に働き、俺は大学進学を諦めて高卒で社会に出る決意をした。唯一の救いだったのが担任の石田先生で、なんとか就職できたのも石田先生の応援があったからだ。
就職先は家族経営の会社で、営業部長の小林部長は社長の息子という権力を振りかざし好き勝手やっていた。俺は入社1番の若手だったので、部長の言いなりになるしかなかった。転職したいが、他に目ぼしい求人がない。母に負担をかけるわけにはいかないのだ。
ある日、大きな仕事を終えて飲みに行くことになり、小林部長に無理やりキャバクラに連れて行かれた。部長がキャバ嬢に「ブランドものバッグが欲しいの?買ってあげるよ。会社の経費で落ちるから別にいいんだけどね」と言ったのを聞いて、俺は「部長、それはまずいのでは?経費の不正使用になって罪に問われる可能性があります」と注意した。するとキャバ嬢は「じゃあいらない」と言い残して、その場を離れてしまった。部長は鬼のような形相で俺を睨みつけ、「お前のせいであの子に嫌われたらどうしてくれるんだ?」と罵り、その翌日から俺をひどくいびるようになった。
パソコンの中の仕事のデータを勝手に削除されたり、「無能の仕事なんてそもそも意味ないだろ」と嘲笑されたりした。それでも俺は会社を辞めるわけにはいかず、必死に耐えて働き続けた。そして、会社の経営がかなり悪化していると知った。俺は営業の仕事自体は好きだったので、それまで以上に仕事に打ち込み、いくつかの大きな仕事を獲得することに成功した。「この売上見込みなら倒産は回避できそうだ」と俺は嬉しくなったが、小林部長は俺が活躍しているのが気に入らない様子だった。
会社の経営が落ち着き始めたある日、出勤すると誰も俺に返事をしない。まるで俺がそこにいないかのような扱いだ。小林部長の隣には見慣れない男性がいた。「今日から期待の新人が我が営業部に配属となった。彼は有名大学の出身で、海外の会社で活躍していたらしい」と部長が紹介する。そして、「渡辺君には橋本の仕事を全部引き継いでもらう。橋本、お前はもう用済みだ」と言い放った。「お前みたいな無能は営業部のフィアでも荷物だ。他の社員も俺と同じことを考えているぞ」と。
俺は無表情で「そうですか。分かりました。じゃあ後は頼みます」と言い、手早く荷物をまとめて退職願いを作った。「挨拶なしで解雇されると転職に不利になってしまうので、これくらいは認めてくれますよね」と伝えると、部長は虫を追い払うような仕草で俺を追い出した。
その後、俺は運良く正社員の働き口が見つかり、新しい会社で働いていた。ある日、母から「あんたがいた会社、破綻しそうなんだって」と聞かされた。それから1ヶ月もしないうちに、元いた会社は倒産してしまった。あの時退職届を出していて正解だった。それにしても、俺があれだけ必死になって会社を立て直したのに、あっけなく潰してしまうなんて、と思った。
ある日の仕事の帰り道、ふと立ち寄ったコンビニで、俺は驚きの再会を果たす。そこには、コンビニの制服を着た小林部長がいた。「会社潰れたんですってね。まあ仕方ないですよ。だってあの期待の新人の渡辺さん、詐欺師でしたし」と俺が言うと、部長の顔色が変わった。「な、なんでそれを知ってるんだ?」と。
俺は言った。「渡辺さんは俺の高校の先輩です。彼が詐欺師だというのは、同級生のSNSや担任の先生から聞いた話で知りました」と。渡辺さんは海外の投資詐欺グループに所属していたらしく、逮捕される前に日本に戻ってきていた。彼は高校時代の俺を知っているが、俺がダイエットで見た目が変わっていたため、気づかなかったらしい。俺は彼が詐欺師だと知っていましたし、公認会計士の大学出身というのが嘘で、彼の学歴や経歴も嘘だったことを知っていた。
小林部長は「知っていたなら、なんであの時俺に教えなかったんだ?」と怒りを込めて迫ったが、俺は「教えたところで信じましたか?どうせ負け惜しみの嘘だとか言って、俺の言うことなんて一切信じなかったでしょう。というか、俺にしたこと忘れました?散々ひどいことしておいて、俺があなたと会社を助けるわけないでしょ」と指摘した。
渡辺さんは会社から任された金を丸ごと奪い取り、どこかへ逃げてしまったらしい。会社は経営立て直し後に得た金の多くを投資事業に振り分けていたが、その全てが奪われ、再び経営悪化。他の社員は次々と離れ、結局倒産してしまったのだ。
俺は小林部長に「お前の会社に俺を紹介しろよ」と言われたが、「お断りです。自分の方が有能だって言ってますけど、前の会社で大した功績を出してませんよね。小屋が社長だからっていう理由だけで部長の椅子に座れていたあなたに、うちの会社でやれる仕事はありませんよ。雇ったところでお荷物になるのが目に見えてます。というか、俺はあなたのことが大嫌いなので、嫌いな相手の頼みを聞いてあげるほど俺はお人好しじゃありません」と言い残して、コンビニを後にした。
その後、小林部長はコンビニを首になり、別の飲食店に転職したらしいが、あの性格なので長続きせず、地元のバイトを点々としているとか。元社長の父親は倒産の際に生じた負債を返済するため、無駄に豪華な家を売却し、現在はボロボロなアパートで家族3人身を寄せ合って生活しているそうだ。
一方、俺は新しい会社で忙しくも充実した日々を送っている。仕事が落ち着いたら、恩返しも兼ねて石田先生と飲みに行こうかなと計画中だ。



