「お母さん、お茶でもどうですか?」
嫁の美穂さんが満面の笑顔でお茶を差し出してきました。いつもと変わらない優しい笑顔です。私は高橋志津子、68歳。10年前に夫を亡くし、今は息子夫婦と同居しています。この日もいつもと同じ平和な午後のはずでした。
「ありがとう、美穂さん。いつも気を遣ってくれて」
そう言いながら、差し出された湯呑みを受け取りました。
「新しい茶葉を買ったんです。きっと気に入っていただけると思います」
美穂さんの笑顔は本当に素敵で、息子の大輝は幸せ者だといつも思っていました。湯呑みを口に運ぶと、ほのかに甘い香りがしました。一口、二口と飲み進めるうちに、なんだか急に眠気が襲ってきたのです。
「あれ…なんだか急に眠く…」
視界がぼやけ始めました。体に力が入りません。
「美穂さん、このお茶…」
言いかけた言葉は最後まで続けられませんでした。崩れ落ちる視界の中で、最後に見えたのは美穂さんの表情でした。あの優しい笑顔が、なぜか冷たく歪んで見えたのです。そして私の意識は、深い闇の中に沈んでいきました。
まさかこれが地獄の始まりだったとは。この時はまだ、思いもよりませんでした。
冷たい。とにかく冷たい。全身を刺すような寒さで、私は意識を取り戻しました。目を開けると、そこは一面の雪景色でした。
「ここは…どこ?」
起き上がろうとしましたが、体が思うように動きません。手足の感覚がほとんどないのです。必死に辺りを見回すと、私は山の中に捨てられていることが分かりました。
なぜ私がこんな場所に?
そしてあの時のことが蘇ってきました。美穂さんが入れてくれたお茶。急激な眠気。そして最後に見たあの冷たい表情。まさか美穂さんが…息子の嫁が、私を殺そうと?
信じたくない現実が、容赦なく襲いかかってきました。5年間、家族として暮らしてきた美穂さんが、私を雪山に捨てたのです。
震える手で携帯電話を探しましたが、どこにもありません。財布も身分証も、何もかも奪われていました。このままでは凍死してしまいます。でも、こんなところで死ぬわけにはいきません。
「死んでたまるか!」
私は渾身の力を振り絞って叫びました。
「必ず生きて帰って、真実を暴いてやる!」
凍えた体を引きずりながら、私は必死に歩き始めました。指先の感覚はもうありません。それでも前に進むしかないのです。
息子の大輝は知っているのでしょうか? まさか息子も共犯なのでしょうか? 考えたくない疑念が次々と湧いてきます。でも今は、生き延びることだけを考えなければなりません。
どのくらい歩いたでしょうか。もう限界だと思った時、遠くから人の声が聞こえてきました。
「おい、誰かいるのか?」
漁師の方でした。私を見つけると、驚いた様子で駆け寄ってきてくださいました。
「おばあさん、大丈夫か? なぜこんなところに?」
「た、助けて…」
それだけ言うのが精一杯でした。漁師の方は慌てて携帯電話で救急車を呼んでくださり、私は病院へ緊急搬送されました。
医師の話では、低体温症で生死の境を彷徨っていたそうです。奇跡的です。あと1時間遅ければ、帰らぬ人となっていたでしょう。
ベッドの上で点滴を受けながら、私は看護師さんに訪ねました。
「私の家族から、捜索願いは出ていますか?」
看護師さんは困った顔をして首を振りました。
「いいえ、どこからも連絡は入っていません」
やはりそうでした。美穂さんは…いや、もしかしたら大輝も、私が死ぬのを待っているのです。
入院して3日目、ようやく体調が回復してきた私は、これまでのことを振り返り始めました。美穂さんと大輝が結婚したのは5年前。最初は本当にいい嫁だと思っていました。料理も上手で、私にも優しく接してくれて。
でも今思えば、不自然なことがいくつもありました。
まず、料理の味付けです。時々、異常に濃い味付けの日がありました。塩分を控えるように医者から言われていた私にはきつい味でした。でも美穂さんは「間違えちゃいました」と笑ってごまかしていました。今思えば、あれは私の体を徐々に弱らせる作戦だったのかもしれません。
それから、お金のことです。
「お母さん、保険証券の場所を教えてください。整理しておきますから」
「通帳も一緒に管理させてください。お母さんの負担を減らしたいんです」
当時は親切だと思っていました。でもなぜ、そんなに私の財産を把握したがったのでしょうか?
さらに気になったのは、大輝の給料のことです。中小企業に務める大輝の給料は、全て美穂さんが管理していました。大輝は小遣い制で、いつも「金がない」とぼやいていました。
「母さん、ちょっと貸してくれないか」
そんなことが何度もありました。その度に私は快く貸していましたが、返してもらったことは一度もありません。
入院5日目、私はある決断をしました。警察に被害届を出すのです。でもその前に、真実を確かめる必要がありました。
親友の牧野さんに連絡を取り、事情を説明しました。牧野さんは元看護師で、私の数少ない信頼できる友人です。
「志津子さん、それは殺人未遂よ。すぐに警察に行きましょう」
「待って。まず証拠を集めたいの。お願い、協力して」
牧野さんはしぶしぶながら承知してくれました。そして、驚くべき提案をしてくれたのです。
「私の甥が探偵事務所で働いているの。相談してみない?」
こうして私たちは、極秘に息子夫婦の調査を始めることになりました。
退院後、私は牧野さんの家に身を寄せました。息子夫婦には、私が行方不明のままだと思わせておく必要があったからです。
探偵の調査結果は、予想を超えて衝撃的でした。
まず、美穂さんには高額の借金があることが判明しました。エステやブランド品で作った借金が、なんと300万円以上。そして大輝も、ギャンブルで500万円もの借金を抱えていたのです。
「通りで金に困っていたわけね」
牧野さんがつぶやきました。
さらに驚いたのは、私の生命保険の受け取り人が、いつの間にか大輝に変更されていたことです。保険金は3000万円。私が死ねば、息子夫婦の借金は全て返済できる計算です。
「志津子さん、これは計画的犯行よ。あなたを殺して保険金を手に入れるつもりだったのよ」
牧野さんの言葉に、私は震えが止まりませんでした。実の息子が、母親の命をお金に変えようとしたなんて。
でも証拠はまだ不十分でした。睡眠薬を入れたという直接的な証拠がないのです。
その時、探偵から新たな情報が入りました。美穂さんが最近、ある薬局で睡眠薬を大量に購入していたというのです。しかも複数の薬局を回って、少しずつ買い集めていました。
これで状況証拠は揃いました。
「でも、決定的な証拠が欲しいですね」
探偵の言葉に、私はある作戦を思いつきました。
「私が生きていることを隠したまま、息子夫婦の本音を聞き出せないでしょうか」
こうして、次なる作戦が始まったのです。
探偵の協力で、私の自宅に小型の隠しカメラを設置することができました。私が行方不明になってから、すでに10日が経過していました。
牧野さんの家で、私たちはパソコンの画面を食い入るように見つめていました。リアルタイムで自宅の様子が映し出されています。
夕方6時過ぎ、大輝が仕事から帰宅しました。美穂さんがリビングで迎えます。
「お帰り。今日も警察から連絡はなかった?」
「ない。公的な捜査だぞ。普通なら、遺体が見つかってもおかしくないのに」
大輝の言葉に、私は息を飲みました。まるで私が死んでいることが前提のような言い方です。
「大丈夫よ。あの山奥なら、春まで見つからないわ」
美穂さんの冷たい声が響きました。
「でも、本当にあれで良かったのか…」
「今更何言ってるの? あなたも納得したでしょう。借金800万円。どうやって返すつもりだったの?」
画面の中で、美穂さんが大輝を睨みつけています。
「お母さんの貯金3000万と保険金3000万。土地を売れば5000万。合わせて1億1000万よ。借金を返しても、贅沢に暮らせるじゃない」
「でも…母さんは俺を大切に育ててくれたんだ」
大輝の声が震えていました。一瞬、息子の中にまだ良心が残っているのかと思いました。しかし次の瞬間、大輝の言葉に私は絶望しました。
「ま、もう済んだことだ。母さんももう70近かったし、どうせ長生きはしなかっただろう」
隣で見ていた牧野さんが、私の手を握りしめてくれました。
「志津子さん、辛いでしょうけど、最後まで見ましょう」
画面の中で、美穂さんが立ち上がりました。キッチンに向かい、戸棚から何かを取り出しています。
「この睡眠薬、もう必要ないわ」
小さな瓶を手にした美穂さんが、ゴミ箱に捨てようとしています。
「待て。それ、証拠になるんじゃないか?」
「バカね。もう関係ないでしょ。お母さんは帰ってこないんだから」
美穂さんは瓶を流し台に持っていき、中身を流し始めました。薬剤が水と共に排水溝に消えていきます。
「ねえ、葬儀はどうする?」
「遺体が見つかってからでいいだろ。どうせ母さんの友達も少ないし、質素でいい」
「そうね。お金もかかるし。それより、お母さんの部屋片付けない? 邪魔なのよね。あの仏壇とか」
私は涙が止まりませんでした。38年間教師として働き、大輝を女手一つで育てあげた私の人生が、こんな形で終わるなんて。
その時、美穂さんが恐ろしいことを口にしました。
「実はね、最初は事故に見せかけようと思ったの。階段から突き落とすとか。でも、あなたが反対したから睡眠薬にしたのよ」
「そんな話、聞いてない」
「あら、言わなかったっけ? まあ、結果的にうまくいったんだから」
探偵が録画を続ける中、二人の会話は続きました。
「荷物、片分けして売る必要ある?」
「全部売ればいいでしょう」
「そうだな。あの着物とか、結構いい値段になりそうだ」
亡くなった夫との思い出の着物まで、お金に換えるつもりのようです。
「明日、不動産屋に連絡しよう。土地の査定してもらわないと」
「待って。まだ早いんじゃない?」
「大丈夫よ。どうせ春まで見つからないって言ったでしょう。その頃にはみんな忘れてるわ」
隠しカメラは、息子夫婦の見えにくい本心を余すことなく記録していました。
午後10時、録画を止めた私たちは収集した証拠を整理しました。
「これだけあれば、殺人未遂で立件できます」
探偵の言葉に、私は深く頷きました。実の息子を刑務所に送ることになる。その重さに押しつぶされそうでした。
「志津子さん、あなたは悪くない。悪いのはあの二人よ」
牧野さんの言葉に救われました。
「明日、警察に行こう。そして、私が生きていることを息子夫婦に知らせよう。あの二人の顔が見たい。私を殺したつもりでいる二人の前に、生きて現れた時の顔を」
翌朝、私は牧野さんと共に弁護士事務所を訪れました。紹介されたのは、刑事事件に強いという村岡弁護士でした。収集した証拠を全て見せると、村岡弁護士の表情が厳しくなりました。
「これは重大な事件です。殺人未遂。これは間違いなく共犯です」
村岡弁護士は、睡眠薬の使用、雪山への遺棄、そして録画された会話内容から、計画的な犯行であることを指摘しました。
「高橋さん、お辛いでしょうが、息子さんも奥様も、実は免れないでしょう」
「覚悟はしています。でも、その前にやっておきたいことがあるんです」
私は遺言書の変更を申し出ました。
「全財産を慈善団体に寄付したいのです。息子には一銭も渡したくありません」
村岡弁護士は素早く手続きを進めてくれました。遺言書として、私の全財産は地域の自動用護施設に寄付されることになりました。土地も貯金も、全てです。これで例え私に何かあっても、あの二人の手には渡らない。
次に向かったのは警察署でした。刑事課の米田警部が対応してくれました。
「雪山に生き残されたということですが、なぜすぐに被害届を出されなかったのですか?」
私は事情を説明しました。証拠を集める必要があったこと、息子夫婦の本性を確かめたかったこと。米田警部は録画映像を見て、顔を曇らせました。
「これは確かに殺人未遂の証拠になります。ただ、現行犯で押さえられれば、もっと確実です」
「後悔でも、もう私が生きていることがバレてしまいます」
「いえ、方法があります」
米田警部の提案は、大胆なものでした。私の四十九日に合わせて、息子夫婦を罠にかけるというのです。
「四十九日の法要を行うと見せかけて、親族や知人を集めます。その場で、息子さんたちが偽りの涙を流している最中に、あなたが現れる。動揺した彼らから、自白を引き出せるかもしれません」
私は深く考えました。確かに、大勢の前で追い詰められれば、あの二人もボロを出すかもしれません。
「わかりました。その作戦で行きましょう」
米田警部は綿密な計画を立て始めました。
「まず、あなたの親族や友人には事前に事情を説明しておく必要があります。協力してもらえる方はいますか?」
「牧野さんと妹のさち子がいます。あと、元教え子が数人」
「彼らには真実を話し、当日は普通に振る舞ってもらいます。警察官も私服で数名配置します」
計画では、私が行方不明になってから49日目に、息子夫婦が自主的に法要を行うよう仕向けることになりました。
「でも、どうやって?」
「簡単です。親族の誰かから『そろそろ四十九日では』と連絡してもらえばいい」
妹のさち子に連絡を取り、事情を説明しました。最初は信じられないという顔をしていましたが、証拠を見せると激怒しました。
「が、そんなことを…信じられない。志津子姉さん、私、協力するわ」
さち子から大輝に連絡してもらうことになりました。
その夜、牧野さんの家で作戦会議を行いました。
「当日は午後2時に皆さんに集まってもらいます」
「私はいつ姿を現せばいいのでしょうか?」
「大輝さんたちが挨拶を始めた頃がいいでしょう。最も油断している時です」
私は当日のことを想像しました。息子夫婦が驚き、慌てふためく姿。でも、もし何も自白しなかったら?
「大丈夫です。動揺すれば必ず何か口にします。それに、既に十分な証拠があります」
村岡弁護士も同席していました。
「当日は私も立ち合います。法的なアドバイスが必要になるかもしれません」
準備は着々と進みました。月曜日まであと1週間。その間、隠しカメラで息子夫婦の様子を観察し続けました。二人は相変わらず、私の財産をどう使うか話し合っていました。
「ハワイに別荘を買おうか」
「いいわね。でも、まずは借金を全部返さないと」
私と引き換えに手に入れるつもりの金で、夢を語る二人。もう息子とは思えませんでした。
月曜日が近づくにつれ、私の心は不思議と落ち着いていきました。もう迷いはありません。正義を実行するだけです。
「志津子さん、本当にいいのね?」
牧野さんが心配そうに聞いてきました。
「息子は、私が雪山に捨てられた時、もう息子ではなくなりました」
四十九日まであと3日。全ての準備は整いました。
ついに運命の日が来ました。私が雪山に捨てられてから、ちょうど49日目です。私は牧野さんの家で、その時を待ちました。
午後1時半、米田警部から連絡が入りました。
「準備は整いました。私服警官も配置に着きました。高橋さん、準備はよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
実はこの1週間で、私の髪はかなり白くなっていました。あの極寒の体験と、息子の裏切りのショックからでしょう。でも、それが逆に効果的かもしれません。
午後1時45分、牧野さんの家を出ました。村岡弁護士も一緒です。自宅までの道のりは、一歩一歩が重く感じられました。
家の前に着くと、すでに何台かの車が止まっていました。親戚や知人が集まっているようです。
「私が先に入って様子を見てきます」
村岡弁護士が偵察に行きました。数分後、戻ってきた弁護士が小声で報告してくれました。
「20人ほど集まっています。大輝さんと美穂さんは喪服を着て、渋い顔をしています」
私は深呼吸をしました。いよいよです。時計は午後2時10分を差していました。
家の中から大輝の声が聞こえてきました。
「本日は、母のためにお集まりいただき、ありがとうございます」
今です。私は玄関に向かって歩き始めました。チャイムを鳴らすと、中が騒つきました。美穂さんが玄関に向かってくる足音が聞こえます。
ドアが開きました。美穂さんと目があった瞬間、彼女の顔が凍りつきました。
「ただいま」
私は静かに言いました。
「寒いところから帰ってきたわ」
美穂さんの顔が、見るみるうちに青白くなっていきます。口をパクパクさせていますが、声が出ないようです。
「どうしたの、美穂さん? 私が生きていて、そんなに驚いた?」
リビングから大輝が顔を出しました。
「美穂、誰が来たんだ?」
「大輝、あなたのお母さんよ。死んだはずの母がね」
私はゆっくりと家に入りました。リビングには親戚や知人が集まっていました。皆、驚きの表情を浮かべています。もちろん事情を知っている人は演技ですが。
「あら、なんで四十九日なんてやってるの? 私、生きてるのに」
大輝は膝が震えていました。美穂さんは壁に手を掛けて、今にも倒れそうです。
「母さん、どこに行ってたんだよ。心配したんだぞ」
大輝が必死に取り繕おうとしました。
「心配? 本当に?」
私は冷たく微笑みました。
「じゃあ、なぜ捜索願を出さなかったの?」
「そ、それは…」
「なぜ私の部屋を片付けようとしていたの?」
「違う! それは…」
大輝は言葉に詰まりました。美穂さんは真っ青な顔で震えています。
「美穂さん」
私は美穂さんに向き直りました。
「あなたが入れてくれたお茶。とても効き目があったわ。ぐっすり眠れたもの」
「お、お母さん、何を言って…」
「雪山も素敵な場所だったわ。でも、少し寒すぎたかしら」
決定的な一言でした。美穂さんの顔が恐怖に歪みました。
「知ってるのね…」
美穂さんが漏らすように言いました。
「何を知ってるって?」
米田警部がタイミングよく質問を投げかけました。美穂さんはハッとして口を閉じましたが、もう遅い。
「美穂、余計なこと言うな!」
大輝が慌てて叫びました。
「余計なこと? 何が余計なことなの、大輝?」
私は息子を見つめました。
「私を雪山に捨てたことが、余計なこと?」
リビングが騒めきました。親戚の叔父が声をあげました。
「まさか、本当なのか?」
大輝は追い詰められていました。額から汗が吹き出しています。
「違う! 俺たちは何もしていない!」
「そう。じゃあ、これは何かしら?」
村岡弁護士がタブレットを取り出しました。画面には隠しカメラで録画した映像が映し出されています。
「お母さんの貯金3000万と保険金3000万。土地を売れば5000万」
美穂さんの声がはっきりと聞こえてきました。
「どうせ母さんももう70近かったし、長生きはしなかっただろう」
大輝の声も流れています。二人は完全に顔面蒼白になりました。
「こ、これは…説明できる…」
米田警部が前に出ました。
「高橋大輝、高橋美穂、殺人未遂の容疑で逮捕します」
美穂さんが泣き叫びました。
「違う! 誤解です! 私たちは何も…!」
「誤解?」
私は美穂さんに近づきました。
「じゃあ、このお茶飲んでみる?」
私はバッグから小さな瓶を取り出しました。もちろん、ただのビタミン剤ですが。
「あなたが使った睡眠薬と同じものよ」
美穂さんは悲鳴をあげて後ずさりしました。大輝も必死に抵抗しました。
「母さん、俺は知らなかったんだ! 美穂が勝手に…!」
「知らなかった?」
私は録画の続きを指差しました。
「『実はね、最初は事故に見せかけようと思ったの』?」
美穂さんの声に続いて、大輝の返事が聞こえてきます。
「そんな話、聞いてない」
「聞いてないだけで、私を殺す計画には賛成だったのね」
大輝は何も言えなくなりました。米田警部が手錠を取り出しました。
「おとなしく来なさい」
美穂さんが最後の抵抗を試みました。
「お母さん、私たち家族でしょう?」
「家族?」
私は冷たく言い放ちました。
「あなたたちが私を家族だと思っていたら、雪山に捨てたりしないでしょう」
刑事たちに連行されていく二人を、私はじっと見つめていました。大輝が最後に振り返りました。
「母さん…」
でも、私はもう、息子とは呼べない男に何も言うことはありませんでした。
リビングに残された人々は、しばらく沈黙していました。やがて妹のさち子が私を抱きしめてくれました。
「姉さん、よく生きて帰ってきてくれた」
親戚や知人たちも、口々に声をかけてくれました。本当の家族とは、血の繋がりだけではないのだと、この時心から思いました。
あの日から半年が経ちました。裁判の判決が下りた日のことは、今でもはっきりと覚えています。法廷に立った美穂さんと大輝の姿を見ても、もう何の感情も湧きませんでした。
裁判長の声が法廷に響きました。
「被告人、高橋美穂を懲役8年に処す。被告人、高橋大輝を懲役5年に処す」
二人とも実刑でした。控訴の余地なしという、厳しい判断でした。美穂さんは泣き崩れ、大輝は呆然と立ち尽くしていました。でも、私の心は不思議なほど静かでした。これが人を殺そうとした報いです。
判決後、私は計画通り全財産を慈善団体に寄付しました。地域の自動用護施設に3000万円、土地は売却した5000万円も全額寄付しました。施設の園長さんは涙を流して感謝してくださいました。
「高橋さんのご寄付で、子供たちの未来が開けます」
これこそが、お金の正しい使い方だと思いました。身の危険を感じてまで守る必要のあったお金ではなかったのです。
今、私は小さなアパートで一人暮らしをしています。でも、決して寂しくはありません。毎日のように誰かが訪ねてきてくれるからです。
「志津子さん、今日は手料理を作ってきたわよ」
牧野さんが温かいおかずを持ってきてくれました。
「姉さん、一緒にランチでもどう?」
さち子も頻繁に顔を見せてくれます。
そして何より、私には新しい生き甲斐ができました。週に2、3回、地域の老人ホームでボランティア活動をしています。そこで出会った方々に、私の体験を話すこともあります。
「高橋さんの話を聞いて、勇気が出ました」
ある日、80歳の佐々木さんがそう言ってくださいました。
「私も息子夫婦から冷たくされていて…でも、高橋さんの話を聞いて、我慢することだけが美徳じゃないんだって分かりました」
私の経験が、同じような境遇の方の力になれるなら、あの苦しみも無駄ではなかったのかもしれません。
ボランティア活動の合間に、私は講演会にも呼ばれるようになりました。「高齢者を狙った家族間犯罪について」というテーマで話をさせていただいています。先月の講演会では、200人もの方が聞きに来てくださいました。
「本日は、私の体験をお話しさせていただきます」
マイクを持つ手はもう震えません。
「家族だから安心という思い込みが、時に命取りになることがあります。でも、どんな絶望的な状況からでも、生きる意志さえあれば、必ず道は開けます」
講演後、たくさんの方が声をかけてくださいました。
「私も気をつけます」
「財産管理について、もう一度考え直します」
皆さんの意識が変わることで、第二、第三の被害者を防げるかもしれない。そう思うと、話す勇気が湧いてきます。
昨日、思いがけない手紙が届きました。差出人は、刑務所にいる大輝でした。
「母さんへ
筆を取るのもためらいましたが、どうしても伝えたくて手紙を書きました。
取り返しのつかないことをしてしまいました。お金に目がくらんで、大切なものを見失っていました。母さんの命より、大切なものなんてこの世にあるはずがないのに。
今は毎日、後悔の中で生きています。許してもらえるとは思っていません。ただ、生きていてくれて、本当に良かった」
手紙を読んで、複雑な気持ちになりました。許すことはできません。雪山で死にかけた恐怖は、一生忘れることはないでしょう。でも、大輝が悔いていることは、少しだけ救いかもしれません。
私は返事を書きませんでした。まだ、その時期ではないと思ったからです。
今朝、窓から外を見ると、初雪が降っていました。あの日のことを思い出しましたが、もう恐怖はありません。
「雪も、綺麗ね」
そうつぶやいて、温かいお茶を飲みました。もちろん、自分で入れたお茶です。
午後からは、また老人ホームでのボランティアです。今日は編み物教室を開く予定です。
「高橋先生、お待ちしていました」
皆さんが笑顔で迎えてくれます。ここには、本当の温かさがあります。
夕方、牧野さんから電話がありました。
「志津子さん、今度の日曜日、みんなで温泉に行かない?」
「いいわね。楽しみだわ」
私には今、信頼できる友人たちがいます。血の繋がりはなくても、心で繋がった大切な人たちです。
あの雪山で、私は一度死にかけました。でも同時に、新しく生まれ変わったのかもしれません。もう誰かに依存することなく、自分の足で立って生きています。もう誰かの顔色を窺うことなく、自分の意思で行動しています。もう誰かに遠慮することなく、言うべきことは言えるようになりました。
68歳で得た、本当の自由です。
時々、思います。もしあの事件が起きなかったら、私はずっと息子夫婦の言いなりになって、最後は本当に殺されていたかもしれません。だから、あの雪山での体験は、私にとって必要な試練だったのかもしれません。命の尊さを知り、本当の強さを身につけるための。
今、私は心から言えます。
生きていて、本当に良かった。
正義は必ず実現されます。たとえ時間がかかっても、真実は必ず明らかになります。もしあなたも理不尽な目に合っているなら、決して諦めないでください。どんなに辛くても、生きることを諦めないでください。必ず道は開けます。必ず、助けてくれる人が現れます。私がそうだったように。
雪の中から這い出して、新しい人生を掴んだように。



