息子の誕生日に、私は月5万円の入った封筒をテーブルに置いた。10年間続けてきた援助だ。すると息子は、嫁と目を合わせて言った。「母さん、月10万円に増やしてくれないか?お前には金以外に価値なんてないんだから、どうせ使い道もないだろ。」その言葉に、私は怒りよりも静かな決意が湧いてきた。その瞬間、私はある計画を思いついた。息子たちが私の死後も含めた財産を当てにしていることも、墓地で聞いた彼らの会話…

息子の誕生日に、私は月5万円の入った封筒をテーブルに置いた。10年間続けてきた援助だ。すると息子は、嫁と目を合わせて言った。「母さん、月10万円に増やしてくれないか?お前には金以外に価値なんてないんだから、どうせ使い道もないだろ。」その言葉に、私は怒りよりも静かな決意が湧いてきた。その瞬間、私はある計画を思いついた。息子たちが私の死後も含めた財産を当てにしていることも、墓地で聞いた彼らの会話...

「母さんは黙ってろよ。どうせ金以外に価値なんてないんだから。」
実の息子から投げつけられたその言葉は、刃物のように私の心を切り裂きました。しかし不思議なことに、私の表情は怒りで歪むことはなく、自然と静かな笑みが浮かんでいたのです。

これは、高齢となっていた毎月の家族会議での出来事でした。私はいつものように息子夫婦が暮らす一軒家を訪ねていました。今のテーブルには私が用意した白い封筒が置かれています。中身は5万円。もう10年も続けている彼らへの生活費です。

「母さん、今日は大事な話があるんだ。」
息子の健二の口調は、明らかに何かを企んでいる響きを帯びていました。すかさず嫁の由美さんが言葉を継ぎます。

「月々の援助、10万円に増やしていただけませんか?」

私は驚きを隠しつつ、できるだけ冷静に答えました。
「申し訳ないけれど、今の金額を増やすことはできません。」

すると健二が声を荒げました。
「息子の頼みも聞けないのかよ。ケチ臭いな。」

その時でした。冒頭のあの残酷な言葉が飛び出したのは。

私は席を立ち、鞄を手に取りました。怒りも悲しみも、不思議と感じませんでした。

「そうですか。わかりました。」

穏やかにそう答えると、私は微笑みを浮かべたままゆっくりと玄関へ向かいました。2人は私の反応に少し戸惑ったようでしたが、すぐに封筒の中身を数え始めていました。

もう十分です。この瞬間、私の中で大きな1つの決意が固まったのです。

私の名前は田中義子。68歳。3年前に大手銀行の支店長を定年退職しました。40年間の勤務で得た退職金は4000万円。亡き夫の遺産と合わせ、堅実な資産運用を続けた結果、現在の総資産は1億2000万円になっています。

夫が他界してからの10年間、私は息子家族を精一杯支援してきました。月々5万円の援助だけでも総額600万円。それ以外にも、彼らがマイホームを購入する際には頭金として500万円を提供し、孫の私立小学校の入学金や授業料として300万円以上を負担してきたのです。

銀行員として培った金融知識を生かし、老後も安定した生活が送れるよう準備を整えていました。都内の高級マンションで1人暮らしをしながら、息子家族との温かい関係を大切にしたいと願っていたのです。

しかし最近の息子夫婦の態度は明らかに変わっていました。

「お母さんからの振り込み、今月まだですよ。」

由美さんからの連絡は決まってお金の話ばかり。私の体調を気遣う言葉など皆無で、まるで都合の良い財布のように扱われている気がしていました。それでも私は、息子家族のためならと耐え続けてきたのです。健二も由美さんも生活が大変なのだろうと、自分に言い聞かせながら。

でもまさか、あんな言葉を聞くことになるとは夢にも思っていませんでした。私という人間の存在価値を、お金だけで図るなんて。

決定的だったのは、たまたま健二の家に忘れ物を取りに行った時のことです。玄関の鍵を開けようとした瞬間、中から由美さんの声が聞こえてきたのです。

「もう限界よ。あのおばあさん、お金の話以外聞きたくもないわ。」

私は思わず手を止めました。

「この前も老人ホームがどうとか言い出して、自分で決めればいいのにいちいち相談されても困るのよね。」

「仕方ないだろう。月5万円もらってるんだから、他は我慢しないと。」

健二の返事に、私の胸は締めつけられました。

「でも正直、顔を見るのも面倒になってきたわ。振り込みにしてもらえないかしら。」

「それは露骨すぎるだろう。せめて月1回くらいは会わないと。」

私は静かにその場を離れました。忘れ物のことなど、どうでも良くなっていました。

それから数日後、孫の誕生日が近づいていたので、プレゼントを渡しに行きました。8歳になる孫の一人は、私にとって生きがいの1つでした。

「ひとちゃん、おばあちゃんよ。お誕生日プレゼント持ってきたわ。」

しかし由美さんは険しい顔で、私を玄関で止めました。

「お母さん、申し訳ないんですけど、ひと君は今勉強中なので。」

「少しだけでも会えませんか?すぐに帰りますから。」

「いいえ。集中力が切れると困るんです。プレゼントは預かっておきますから。」

そして信じられない言葉が続きました。

「それより、お小遣いは振り込みにしていただけますか?わざわざ来ていただかなくても。」

私は孫に会うことも許されず、ただプレゼントとお小遣いを渡すだけの存在になっていたのです。

「ひと君に会いたいんです。月に1度くらいは。」

「子供の教育には良くないんです。甘やかされると困りますから。」

由美さんの冷たい視線に、私は何も言えませんでした。

その夜、私は寂しさのあまり親友の雅子に電話をしました。彼女は高校時代からの友人で、今でも月に数回は会って話をする仲です。

「よし子、大丈夫?声が暗いわよ。」

雅子の優しい声に、私は思わず今までのことを話してしまいました。

「そんなひどいことを言われたの?信じられない。」

「でも、私が甘やかしすぎたのかもしれないわ。」

「何言ってるの?あなたは十分すぎるくらい尽くしてきたじゃない。」

雅子の言葉に、少し救われた気がしました。

翌週、私はまた健二の家を訪れました。今度は重要な話があったからです。私の資産管理について、息子にも知っておいてもらいたいと思ったのです。

「健二、将来のことで相談があるの。」

「またかよ母さん。そういう話は。」

「いいえ。今回は大切なことなの。私の貯金や投資信託のこと。」

すると急に健二の目が輝きました。

「ああ、お金の話か。それなら聞くよ。」

由美さんも興味深そうに身を乗り出してきました。しかし、私が老後の生活設計や介護の話を始めると、2人の表情は見る見るうちに曇っていきました。

「要するに、財産がいくらあるか知りたいんだけど。」

健二の直接的な物言いに、私は驚きました。

「そういうことじゃなくて、万が一の時のために。」

「分かったから、総額だけを教えてよ。」

私が言い淀んでいると、由美さんが口を挟みました。

「お母さん、私たちも将来設計があるんです。相続のこととか、早めに知っておきたいんです。」

「私はまだ元気ですよ。」

「いえ、そういう意味じゃなくて。」

その時、偶然にも私の鞄の中から通帳が見えてしまいました。由美さんの目がそこに釘付けになったのを、私は見逃しませんでした。

数日後、私は散歩の途中で近所の喫茶店に立ち寄りました。そこで聞こえてきたのは、聞き覚えのある声でした。

「うちの姑、結構お金持ってるみたいなのよ。」

由美さんが友人と話している声でした。私は別のボックス席に座っていたので、彼女たちは私に気づいていないようでした。

「へえ、いいわね。」

「でもケチなのよ。月5万円しかくれないの。もっと出せるはずなのに。」

「でも5万円でももらえるだけいいじゃない。」

「そんなことないわよ。あのババアから絞れるだけ絞り取って、最後は施設に放り込めばいいんだから。」

私は思わず息を飲みました。まさかここまでひどいことを考えていたとは。

「それってひどくない?」

「何が?向こうだって私たちを財布代わりに使ってるんだから。お互い様よ。」

私は震える手で携帯電話を出し、録音を始めました。証拠として残す必要があると、銀行時代の習性が働いたのです。

「でも、もっと絞り取る方法を考えないと。ひと君の教育費も上がるし。」

「じゃあ、もっと会う回数増やして、その度にお金もらえば。」

「それよ。付き添いとか買い物の手伝いとか理由つけて呼び出せばいいわ。」

彼女たちの会話はまだ続いていました。私は静かに店を出ました。もう十分でした。息子夫婦が私をどう思っているか、はっきりと分かってしまったのです。

喫茶店での衝撃的な会話から1週間後、私は再び息子の家に向かいました。もう息子夫婦の本心は分かっていましたが、最後にもう1度だけ彼らの真意を確かめたいと思ったのです。

いつものように中に入ると、健二と由美さんが待ち構えていました。2人の表情は、明らかに何か企んでいるようでした。

「母さん、今日は大事な話があるんだ。」健二が切り出しました。「実は、ひと君の教育費が想像以上にかかってて、いずれは私立中学を受験させたいんだ。」

「それは素晴らしいことね。ひと君も頑張っているのね。」

私が微笑むと、由美さんがすかさず続けました。

「それで、お母さん。月々の援助、10万円に増やしていただけませんか?」

予想通りの展開でした。私は静かに尋ねました。

「10万円ですか?それは急な話ですね。」

「急じゃないですよ。前から教育費のことは話してたじゃないですか。」由美さんの口調が少し強くなりました。

「でも、5万円でも私には大きな負担なんですよ。」

すると健二が苛立ったように言いました。

「母さん、銀行に1億円以上あるんでしょう。月10万円くらい余裕じゃないか。」

私は驚きました。まさか私の資産額を調べていたとは。

「どうしてそんなこと?」

「この前通帳が見えたので。」

「隠すことないでしょう。」由美さんが悪びれもなく答えました。「それに、お母さん。どうせ私たちが相続するんですから、今から分けてもらった方が相続税対策にもなりますよ。」

「相続税対策?」

「そう、生前贈与ってやつです。お母さん、銀行員だったんだから知ってるでしょう。」

私は深く息を吸い込み、できるだけ冷静に答えました。

「申し訳ないけれど、今の金額を増やすことはできません。」

その瞬間、健二の顔が真っ赤になりました。

「なんでだよ。余裕があるくせに。」

「健二、そんな言い方は。」

「母さんこそ、息子の頼みも聞けないのかよ。ケチい。」

「私は今まで十分に援助してきたつもりですが。」

すると由美さんが、信じられない言葉を口にしました。

「十分?たった月5万円で十分だなんて。私たちがどれだけ苦労してるか分かってないんですね。」

「でも、健二も働いていますし。」

「そんな給料じゃ生活できないんです。」健二が声を荒げました。「大体、母さんは何のために金を貯めてるんだ。死んだら全部俺たちのものになるんだから。今使った方がいいだろう。」

「死んだら…ですか?」

「そうだよ。どうせ1人で使いきれないんだから。」

私は悲しくなりました。息子が私の死を待っているかのような発言に、心が凍りつく思いでした。

「健二、私はまだ生きているのよ。」

「分かってるよ。でも現実的な話をしてるんだ。」

「現実的?」

「そうだよ。母さんだって、いつまでも元気じゃないんだから。」由美さんが追い打ちをかけるように言いました。「そうですよ。私たちだって、お母さんの介護とか考えると不安なんです。施設に入るにしても、お金がかかりますし。」

「施設?」

「ええ。いずれはそうなるでしょう。だったら、今のうちに財産整理して。」

私は喫茶店で聞いた会話を思い出しました。やはり、彼女たちの計画通りだったのです。

「つまり、私の財産を今すぐ渡せと?」

「そんな言い方しなくても。家族なんだから、助け合うのは当然でしょう。」健二が開き直ったように言いました。

私は静かに首を振りました。

「申し訳ないけれど、それはできません。」

「なんでだよ。」健二が机を叩きました。「母さんは俺たちを信用してないのか?」

「信用の問題ではありません。私にも私の人生があります。」

「人生?もう68だろう。これから何をするって言うんだよ。」

その言葉に、私の中で何かが切れる音がしました。

「年齢は関係ないでしょう。私だってまだまだやりたいことがあります。」

「やりたいこと?金を抱えて死ぬことですか?」由美さんが皮肉に言いました。

私が黙っていると、健二が最後の一撃を放ちました。

「母さんは黙ってろよ。どうせ金以外に価値なんてないんだから。」

再びあの残酷な言葉でした。でも今度は、前回とは違う意味で私の心に響きました。これで完全に決心がつきました。

私は立ち上がり、鞄を手に取りました。

「よくわかりました。」

2人が戸惑ったような顔をしました。

「金以外に価値がないと言うなら、それでいいでしょう。」私は微笑みを浮かべながらゆっくりと続けました。「お2人の本心がよくわかりました。これで私も決断できます。」

そう言い残して、私は静かに息子の家を後にしました。

家を出た私は、そのまま自宅には帰らず、銀座にある行きつけのカフェに向かいました。ここは銀行員時代からよく利用していた場所で、静かに物事を考えるのに最適な空間でした。温かいコーヒーを飲みながら、私はこれまでのことを整理しました。10年間で600万円以上の援助、それに対する息子夫婦の仕打ち、そして「金以外に価値がない」という言葉。もう迷いはありませんでした。

私は携帯電話を取り出し、長年お世話になっている顧問弁護士の佐藤先生に連絡を撮りました。

「佐藤先生、田中でございます。急なお願いなのですが、明日、お時間をいただけますか?」

「田中さん、どうされました?お声が少し沈んでいるようですが。」

「実は、遺言書の変更と、いくつか相談したいことがありまして。」

「分かりました。明日の午前10時はいかがですか?」

電話を切った後、私は手帳を開きました。そこにはこれまでの記録が細かく記されていました。銀行員の習性で、お金の出入りは全て記録していたのです。

翌朝、私は佐藤法律事務所を訪れました。

「田中さん、お久しぶりです。今日はどのようなご相談ですか?」

私は昨日までの経緯を詳しく説明しました。佐藤先生は時折り頷きながら、真剣に聞いてくださいました。

「なるほど。それは心情的にも辛いでしょうね。」

「はい。でも、もう決めたんです。息子への援助は一切止めます。そして、遺言書も変更したいんです。」

「分かりました。現在の遺言書では、全財産を息子さんに相続させることになっていますね。」

「ええ。でもそれを変更して、息子には遺留分の最低限だけ。残りは全て福祉施設に寄付したいんです。」

佐藤先生は、少し驚いたような表情を見せました。

「本当によろしいんですか?1度冷静になってから。」

「いいえ。これは冷静な判断です。私の財産を、本当に必要としている人たちのために使いたいんです。」

私の決意の硬さを理解した佐藤先生は、すぐに手続きの準備を始めてくださいました。

「それからもう1つ、お願いがあります。」

「何でしょう?」

「生前贈与について調べていただけますか?息子夫婦が勝手に期待しているようなので、きちんと法的な説明ができるようにしておきたいんです。」

佐藤先生は微笑みました。

「さすが、元銀行員の田中さんですね。準備ができました。」

法律事務所を後にした私は、次にメインバンクへ向かいました。支店長室に通されると、後輩の鈴木店長が温かく迎えてくれました。

「田中さん、お久しぶりです。今日はどのようなご要件で?」

「実は、自動送金の解約と、いくつか手続きをお願いしたくて。」

私は息子の口座への月5万円の自動送金を解約する手続きを行いました。それから、定期預金の一部を解約して運用方法を変更したいと伝えました。

「どのような運用をお考えですか?」

「老人ホームの入居金として一部を確保しておきたいんです。それと、残りは寄付しやすい形で管理したくて。」

鈴木店長は私の意図を察したようでした。

「分かりました。最適なプランをご提案させていただきます。」

手続きを終えた私は、次に高級老人ホームの見学に向かいました。以前から気になっていた、世田谷にある施設です。

「ようこそ、田中様。本日はご見学ありがとうございます。」

施設長の案内で館内を見て回りました。図書室、フィットネスルーム、レストラン、そして趣味の教室まで、充実した設備に関心しました。

「私、社交ダンスが趣味なんですが、そういったサークルはありますか?」

「ええ、もちろんです。毎週水曜日にダンス教室があります。皆さん、とても楽しんでいらっしゃいますよ。」

個室も見学させていただきました。明るく清潔で、プライバシーも確保されています。

「入居はおいくらですか?」

「こちらのタイプですと、3000万円になります。月額利用料は20万円です。」

私は計算しました。年金と投資の運用益を合わせれば、十分に支払える金額です。

「仮申し込みをさせていただけますか?」

「もちろんです。ただ、現在は少し空き待ちの状態でして。」

「構いません。準備だけはしておきたいので。」

施設を後にした私は、帰り道に花屋に立ち寄りました。自分へのご褒美に、大好きな白いカサブランカを買いました。

夕食後、私は日記を開きました。今日の出来事とこれからの計画を、丁寧に記していきます。

「68歳、新しい人生の始まりです。」

ペンを置いて窓の外を見ると、東京の夜景が美しく輝いていました。明日からは、本当の意味で自分のための人生を歩んでいくのです。

その夜、私は久しぶりにぐっすりと眠ることができました。もう息子夫婦の顔色を伺う必要はない。その安心感が、私を深い眠りへと導いてくれたのです。

援助停止の手続きを全て終えた翌日の朝、私は優雅にモーニングコーヒーを楽しんでいました。時計が10時を指した時、予想通り携帯電話が鳴り始めました。

「母さん、どういうことだよ。」健二の慌てた声が響きました。

「おはよう、健二。どうかしたの?」

「どうかしたじゃないよ。今月の振り込みがされてない。」

「ああ、そのことね。」私は落ち着いた声で答えました。

「そのことって何だよ。銀行のミスか?」

「いいえ。ミスではありませんよ。私が止めたんです。」

電話の向こうで、健二が息を飲む音が聞こえました。

「な、なんで急に?」

「急ではありませんよ。昨日、はっきり言われたじゃありませんか。私には金以外に価値がないと。あの金以外に価値がないなら、金は要らないでしょう。」

私の冷静な言葉に、健二は何も言えませんでした。そこへ、由美さんの声が聞こえてきました。

「どうなってるの?」

健二が事情を説明しているようでした。すぐに由美さんが電話を変わりました。

「お母さん、これは一体どういうことですか?」

「由美さん、そんなに大声を出さなくても聞こえますよ。」

「今月のローンの支払いがあるんです。5万円がないと。」

「あら、それは大変ですね。でも、私はもう便利な財布ではありませんから。」

「何を言ってるんですか?」

「忘れましたか?この前、喫茶店でお友達と話していたでしょう。『あのババアから絞れるだけ絞って、最後は施設に放り込めばいい』って。」

由美さんが絶句しました。

「聞いて…いたんですか?」

「ええ。たまたまね。とても勉強になりました。」

「あれは、その、冗談で。」

「冗談ですか?随分と具体的な冗談でしたね。それから、生前贈与の件ですが、あれは贈与する側の意思が最も重要なんですよ。銀行員だった私が知らないとでも思いましたか?」

由美さんは、何も言えなくなったようでした。

「母さん、一度会って話し合おう。」健二が電話を変わって、懇願してきました。

「話し合う?何をですか?」

「その、今後のこと。」

「今後のことなら、もう決めました。あなたたちとは、もう金銭的な関係は持ちません。」

「そんな。母さん、俺は息子だろう。」

「ええ。息子でした。でも、昨日『どうせ金以外に価値なんてない』と言われました。」

「あれは言いすぎたんだよ。謝るよ。」

「謝罪は結構です。もう決めたことですから。」

「待ってくれ。今月の支払いが。」

「それは、あなたたち夫婦で解決することです。2人とも働いているんですから。」

私は電話を切りました。すぐにまた着信がありましたが、私は電源を切りました。

3日後、息子夫婦が突然自宅を訪ねてきました。

「母さん、開けてくれ。話があるんだ。」

インターホン越しに、必死な声が聞こえてきます。

「お断りします。もう話すことはありません。」

「お母さん、お願いします。本当に困ってるんです。」由美さんの懇願する声も聞こえてきました。

「困っている?でも、私は金以外に価値がないんでしょう。」

「あれは本心じゃありません。」

「本心じゃない?録音もありますけど、聞きますか?」

2人は黙り込みました。

「とにかく、1度だけでも。」

「分かりました。5分だけです。」

私は玄関のドアを開けましたが、中には入れませんでした。健二と由美さんは、憔悴した顔で立っていました。

「母さん、本当に申し訳なかった。」健二が頭を下げました。「今月のローンが払えないんだ。カードも限度額で、このままだと車のローンも滞納になるし、ひと君の塾もやめさせなきゃいけない。」

「それは大変ですね。」私は同情するような口調で言いました。

「だから、せめて今月だけでも。」

「いいえ。」私はきっぱりと断りました。

「なんでだよ。親子だろう。」

「親子?昨日まで私を財布扱いしていた人が、今更親子ですか?」

由美さんが口を挟みました。

「お母さん、私たちが間違っていました。でも、ひと君のことも考えてください。」

「会わせてもらえない孫のことですか?『教育に良くないから』と言われました。」

2人は顔を見合わせました。

「とにかく、もう援助はしません。それから、もう1つお知らせがあります。」

私は一通の封筒を取り出しました。

「これは遺言書の写しです。私の財産は、最低限の遺留分を除いて、全て福祉施設に寄付することにしました。」

健二の顔が真っ青になりました。

「だ、母さんの財産は俺が。」

「私の財産は、私が決めることです。あなたには、法律で定められた最低限の権利だけを残します。」

「最低限っていくらだよ。」

「私の財産の3分の1です。残りの3分の2は寄付されます。」

「ふざけるな。全部俺のものだ。」

「あら、もう私の葬式の話ですか?私はまだ生きていますけど。」

「そういう意味じゃ。」

「いいえ、そういう意味でしょう。『死んだら全部俺たちのもの』と言いましたから。」

私は玄関を閉めようとしました。

「待ってくれ。」健二が扉を押さえました。「本当に困ってるんだ。会社もリストラされるかもしれない。」

「昨日まで、そんな話は1度も。」

「母さんに心配かけたくなくて。」

嘘だということは、すぐにわかりました。

「嘘はやめなさい。あなたの会社の人事部長は、銀行時代の取引先の方です。リストラの話など聞いていません。」

健二は言葉を失いました。

「お母さん、どうしたら許してくれますか?」由美さんが必死に聞いてきました。

「許す許さないの問題ではありません。私は自分の人生を生きることにしたんです。」

「自分の人生って。もう68でしょう。」

「年齢は関係ありませんよ。それに、私は来月から新しい生活を始めます。」

「新しい生活?」

「高級老人ホームに入居するんです。とても素敵な施設ですよ。」

2人は愕然としました。

「施設って、まさか?」

「あら、あなたたちが望んでいたことでしょう?『施設に放り込む』でしょ。でも、その費用はもちろん私の貯金から払います。入居3000万円、月額20万円。十分払えます。」

健二が叫びました。

「3000万!そんな金があるなら俺たちに。」

「あなたたちに?どうしてですか?」

「だって、家族。」

「今更、家族ですか?都合のいい時だけ家族なんですね。」

私は最後に言いました。

「もう来ないでください。必要な連絡は弁護士を通してください。」

そして静かにドアを閉めました。外からは健二と由美さんの声が聞こえていましたが、私は奥の部屋に入り、クラシック音楽をかけました。ショパンの優雅な調べが、部屋中に響き渡りました。

あの日から3ヶ月が経ちました。私は世田谷の高級老人ホーム「グランデ世田谷」での新しい生活を、心から楽しんでいました。朝6時に起床し、施設内のフィットネスルームで軽い運動をしてから、1日が始まります。その後レストランでの朝食。シェフが毎朝作る焼きたてのクロワッサンと、挽きたてのコーヒーの香りが、優雅な1日の始まりを告げてくれます。

「おはようございます。よし子さん。今日も元気そうですね。」

同じテーブルの友人、岡田さんが声をかけてくれました。彼女も元キャリアウーマンで、すぐに気が合った仲間の1人です。

「おはようございます。今日の社交ダンスレッスン、楽しみですね。」

私たちは楽しく朝食を共にしました。ここでの生活で1番嬉しいのは、同じような価値観を持つ友人たちとの出会いです。それぞれの人生を歩んできた方々で、話題が尽きることがありません。

午前中は施設内の図書室で読書を楽しみました。銀行員時代は仕事に追われ、息子家族のことで頭がいっぱいで、ゆっくり本を読む時間などありませんでした。今は若い頃から読みたかった推理小説を、心ゆくまで楽しんでいます。

昼過ぎ、私は施設を出て近くの児童福祉施設でのボランティア活動に向かいました。これも新しく始めた活動の1つです。

「よし子先生、今日もありがとうございます。」施設の職員さんが温かく迎えてくれました。

私は週に2回、ここで子供たちに読み聞かせのボランティアをしているのです。

「今日は何を読んでくれるの?」

目を輝かせる子供たちを見ていると、心が温かくなります。

「今日ね、『幸せの青い鳥』を読もうと思っているの。」

子供たちの「やったあ!」という声が響きました。読み聞かせが終わった後、施設長さんが声をかけてくださいました。

「よし子さんのおかげで、子供たちが本を大好きになりました。本当にありがとうございます。」

「こちらこそ、素敵な時間をいただいています。それから、先日の寄付の件、理事長も大変感謝しています。」

私は遺言書で寄付を予定している施設の1つとして、ここを選んでいました。実際にボランティアをすることで、私の選択が間違っていないことを確信できました。

午後3時、老人ホームに戻るとちょうど社交ダンスのレッスンの時間でした。

「よし子さん、今日もご一緒させていただけますか?」

ダンスパートナーの山田さんが、爽やかに手を差し伸べてくれました。山田さんは元商社マンで、ダンスがとてもお上手な方です。

「もちろんです。よろしくお願いします。」

優雅な音楽に合わせて、私たちは踊り始めました。鏡に映る自分の姿を見て、思わず微笑みがこぼれました。生き生きとした表情。軽やかなステップ。これが本当の私なのだと実感しました。

レッスン後、ラウンジでお茶をしていると、フロントから内線がかかってきました。

「田中様、お見舞いの方がいらっしゃっています。」

誰だろうと思いフロントに行くと、そこには意外な人物が立っていました。親友の雅子でした。

「よし子、どうしたの?」

「よし子、会いたくて来ちゃった。素敵な施設ね。」

私たちは施設内のカフェテリアで、積もる話をしました。

「よし子、本当に生き生きしてるわ。まるで別人みたい。」

「そうかしら。」

「ええ。前は息子さんたちのことで悩んでばかりだったけど、今は本当に幸せそう。」

雅子の言葉に、私は改めて今の幸せを実感しました。

「実は、息子さんたちのことなんだけど。」雅子が、少し言いにくそうに切り出しました。

「どうかしたの?」

「この前、スーパーで由美さんを見かけたの。随分やつれたわ。レジで小銭を数えている姿が、なんだか痛々しくて。」

私は複雑な気持ちになりましたが、もう後悔はありませんでした。あの人たちは、自分で選んだ道を歩いているのです。

「よし子は後悔してない?」

「全く。むしろ、もっと早く決断すればよかったと思っているくらい。」

雅子は安心したように微笑みました。

「それならよかった。よし子が幸せそうで、私も嬉しい。」

夕方、私は自室に戻り日記を開きました。

「今日も充実した1日でした。」

窓の外を見ると、美しい夕焼けが広がっていました。私は窓を開け、新鮮な空気を深く吸い込みました。その時、ポケットの中の携帯電話が震えました。画面を見ると、健二からのメッセージでした。

「ばあさん、ひと君が会いたがっています。1度だけでも。」

私は少し考えてから返信しました。

「ひと君が本当に会いたがっているなら、施設のロビーでなら会えます。ただし、あなたたちは同伴しないでください。」

数分後、返事が来ました。

「分かりました。ありがとうございます。」

孫に罪はありません。それは分かっています。でも、もう以前のような関係には戻れません。

日記に今日の出来事を記していると、ふと亡くなった夫のことを思い出しました。

「あなた、私の選択は間違っていなかったかしら。」

写真の中の夫は、優しく微笑んでいるように見えました。きっと、「よし子の好きなように行きなさい」と言ってくれているのでしょう。

私は立ち上がり、クローゼットから明日着るドレスを選びました。明日は施設主催の音楽会があり、私も参加することになっています。

寝る前にもう1度、今日の日記を読み返しました。

「68歳にして初めて、自分の人生を生きています。お金では買えない本当の幸せを、今噛みしめています。」

人を金銭的価値だけで判断することの愚かさ。感謝の気持ちを忘れることの恐ろしさ。そして、自分の人生を自分で決めることの大切さ。私の経験が、同じような境遇にいる方々の勇気になればと願っています。

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