「あなた、私の料理を貶したでしょ。でもね、それ、あなたの愛人の手料理なのよ」 元旦の台所で、酔った夫がおせちをゴミ箱に投げ捨てた。『主婦のくせにまずい飯作るな』と罵られ、私は黙って受け入れるしかなかった。耐えに耐えた結婚生活。だけど、私は知ってしまった。夫の浮気相手が誰なのかを。そして、夫の兄が、同じ日に離婚を宣言すると言うことも。…

「あなた、私の料理を貶したでしょ。でもね、それ、あなたの愛人の手料理なのよ」 元旦の台所で、酔った夫がおせちをゴミ箱に投げ捨てた。『主婦のくせにまずい飯作るな』と罵られ、私は黙って受け入れるしかなかった。耐えに耐えた結婚生活。だけど、私は知ってしまった。夫の浮気相手が誰なのかを。そして、夫の兄が、同じ日に離婚を宣言すると言うことも。...

「シェフが家事をするのが仕事だろ。なのに何これ?生ゴミか。主婦のくせにまずい飯作んなよ。今、親族の前で俺に恥をかかせる気か。本当にお前は使えねえな」

台所でおせちの準備をしていた私に、夫の秀樹が吐き捨てた。そして同時に、次々とおせちをゴミ箱に捨てていく。夫の顔は真っ赤に染まり、酔っているのは明白だった。でも、お酒の勢いだけで言ったのではないと、私は分かっていた。

「え?誰のご飯のことを言ってるの?それ、あなたの愛人の手料理よ」

「え、愛人?今、愛人って言ったか?」

真っ赤だった夫の顔が、こわばった表情に変わる。聞き間違えたのかと思ったのか、何度も何度も確認してくる。だから私も、夫に何度も「愛人」と伝えた。

「そもそも秀樹さん、私の料理なんてまともに食べたことないでしょ。おせちだって一口食べただけで捨てちゃうし」

「そんなことはどうでもいいんだよ。愛人って何だ?なんでお前の口からそんな言葉が出てくるんだ?答えろ」

酔って赤かった顔が、今度は怒りで真っ赤に染まっている。こんな夫に、私はずっとずっと我慢してきた。私には覚悟がなかったからだ。でも、このままではダメだ。私だけでなく、夫にとっても。だから私は覚悟を決めた。

「あれはうちで使ってるもんだろ。俺に愛人なんていない。もしお前じゃない他の誰かが作ったんなら、重箱のことはどう説明するつもりだ?」

夫の言う通り、今日のおせちはうちの重箱に詰めていた。私は淡々と説明する。

「重箱は事前に私が貸しただけよ。それにおせちを詰めてもらったの。あなたの愛人にね。とっても張り切って作ってくれたみたいだけど、まさか捨てちゃうとは。かわいそうに」

「お前、俺に隠れてこそこそと…」

私が淡々と説明したことで、冗談ではないと察したようだ。それは夫が浮気していることを認めたようなもの。ただ、夫が認めようが認めまいが、私はすでに全て知っている。その上で、夫の愛人に重箱を貸していたのだ。

「とにかく、俺に愛人なんていない。お前、いつも大人しくしていたのに、いきなり何なんだよ。いい加減にしろ」

いきなりおせちを捨てる人のセリフとは思えなかったが、私がいつもと違うのは確かだ。私はずっと夫に対して従順だった。結婚してから、反論らしい反論もしていない。だから夫はいつまでも私を下に見ていた。

「いきなりじゃないわ。私は前からあなたの浮気を疑っていたの。ほら、これを見たら分かるわ」

そう言って、私はスマホの画面を夫に見せる。直後、夫ははっきりと顔をこわばらせ、焦り出した。

「今日、お前盗撮してたのか?ふざけんな!」

さっきまで夫は親族たちに聞こえないように声を抑えていた。でも画像を見た瞬間、外に聞こえるほどの大声をあげてしまう。夫は慌てて口を押えるが後の祭り。今の声でざわざわとした中、すぐに義両親が台所に来てしまった。

「秀、どうした?何かあったのか?すごい怒鳴り声だったわよ。みんな驚いているわ」

「え、いや、なんでもないよ。ちょっと酔っ払ってしまって。ほら、今に戻ろう。おせちはもう少し準備がかかるみたいだからさ」

台所に来た義両親を、すぐに夫が止めて今に戻す。おせちが捨てられたゴミ箱を見られないようにしていたのだろう。私は夫が相当酔っていたのだと改めて思った。

夫はすぐに私の元に来て、高圧的に言った。

「話は後で聞く。お前、絶対に余計なこと言うなよ。言ったらどうなるか分かってるよな」

夫は私の肩を掴み、鬼の形相で睨みつけた。ぐっと掴まれた肩が全く動かせなかったので、首だけ縦に振った。それを見た夫は、にやりといびつな笑みを浮かべ、満足げに今に戻っていく。この場をしのげばどうにでもなる。そう言いたげな表情だ。

でも、夫の言う通りにはいかない。私も心の中で笑みをこぼしていた。

私が今に戻ると、新年の挨拶が始まっていた。一番手として立ち上がったのは、夫の兄で私の義兄である哲也さんだ。

「皆さん、あけましておめでとうございます。まずは僕から一言述べさせていただきます」

義兄の一言に、全員が視線を集め、食い入るように見ていた。義兄は身長185cmを超える爽やかなイケメンだ。それでいて真面目で何事にも全力。高校卒業後に就職したが、一流大学を目指せるほどの学力も持ち合わせている。外見も内面も素敵な男性で、親族の女性陣も惹かれているように見える。ただ、次の義兄の一言で、義実家は一瞬にして騒然とした。

「本日を持ちまして、妻と離婚します」

まるで波を打つように、「え?」という戸惑いの声が義両親から親族たちへと広がった。あの義兄が突然の離婚宣言ともなれば、そうなってしまうのも仕方ない。でも、私だけは冷静にその状況を見ることができている。なぜなら、義兄が離婚宣言をすることを、私も知っていたから。

義兄の離婚宣言に対して、真っ先に口を開いたのは兄嫁のトミさんだった。

「や、聞き間違いじゃないよね?あなた、今私と離婚するって言った?」

「ああ、そうだよ。トミ、僕は君と離婚する。親族の皆さんにも知っていただきたくてね。この場を持って伝えさせてもらったんだ」

「意味が分からない。そんなこと私に何も言ってなかった。突然離婚とか言われて、しかもこんな場所で」

顔色一つ変えずに義兄が告げたため、兄嫁はパニック状態になり、大粒の涙を流し始めた。もちろん、パニックになっていたのは義両親と親族も同じだ。たまらず義父が義兄に事情を確認する。

「意味が分からないのは俺もだよ、哲也。新年早々、離婚だなんて」

「時と場所は関係ない。トミさんに何の相談もなく決めたのは本当か?」

「その通りだよ、父さん。僕はトミに無断で離婚を決めた。相談なんてしたくなかったからね」

そう言った後、義兄は義父にあるものを手渡す。それを見た瞬間、義父の顔色が明らかに変わった。

「こ、これはまさか」

「そのまさかだよ。トミは浮気してたんだ」

義兄が義父に渡したのは、数十枚の写真の束。その写真には、兄嫁の浮気の証拠が山ほど映されていた。義父は親族たちにも写真を手渡し、全員で確認する。さっきまでとは一変し、義実家は氷のような冷たい空気に包まれた。

「皆さん、トミは浮気していました。そして、その浮気相手は、皆さんもよく知っている人物です。そうだよな、秀」

義兄は夫の方を見て、鋭い視線と言葉を投げた。義両親と親族たちは、夫の顔と写真を交互に見る。義兄が親族たちに渡した写真には、夫も映っているのだ。つまり、夫は兄嫁と浮気をしていたということ。ちなみに、私が台所で夫に見せた画像も、兄嫁との浮気現場だった。

その中で、私が冷静だったのを見て、義母が問いかけてきた。

「京子さん、もしかしてあなたは知っていたの?秀樹がトミさんと浮気してるって」

「はい。お母さんの言う通りです。私も秀樹さんとトミさんの浮気現場の写真を持っています。それは哲也さんと協力して撮影したものなんです」

ふと夫の方を見ると、私を鋭く睨みつけていた。後でどうなるか分かっているだろうな、と言いたげな表情だ。でも、もう引き返せないし、引き返すつもりもない。

「皆さん、ちょっと落ち着いてくださいよ。俺とトミさんが浮気なんてするわけないじゃないですか。だって俺たち夫婦は円満だし、それは皆さんも知っていますよね。だから、そもそも浮気する理由なんてないですよ。俺には京子がいるんですから」

夫の言葉を聞いて、親族たちはもう一度写真を見る。写真には、夫と兄嫁が仲良く腕を組み外出しているところや、ホテルを歩く姿が映されている。明らかに親密な関係で、浮気を疑うには十分だった。しかし、親族たちは信じられないといった様子だった。

黙り込む親族たちの中で、義父が口を開いた。

「京子さん、この写真は本物なのかい?俺にはどうしても秀が浮気するとは思えなくて。京子さんと秀は円満だったはずじゃないのか」

その言葉に、私は小さく首を横に振った。そして、深呼吸をして、これまでの結婚生活について話すことにした。

「秀樹さんは優しかったです。君を支えたい。君との子供が欲しい。結婚したら家事育児は分担しよう。そんな言葉を伝えてくれました。でも、結婚して半年もしたら、秀樹さんは態度を変えました。家事は嫁の仕事。子供は邪魔だからいらない。俺が養ってやってるから感謝しろなどと言われてきました」

「京子、何を言ってるんだよ。俺がそんなこと言うわけないじゃないか。みんなが混乱するだろ。冗談はやめてくれよ」

夫はごまかそうと笑顔を浮かべるが、私は無言でスマホの再生ボタンを押した。その瞬間、夫の声が義実家全体に響き渡る。

『主婦ってさ、家事をするのが仕事だろ。なのに何これ?生ゴミか?主婦のくせにまずい飯作んなよ。京子、親族の前で俺に恥をかかせる気か。本当にお前は使えねえな』

私は離婚することを考え始めてから、夫の暴言を録音することにしていた。もちろん、今日の夫の暴言も録音しており、おせちを捨てた時の音声も残っていた。

「秀樹さんはおせちをゴミ箱に捨てました。ただ、今日おせちを作ってくれたのはトミさんです。それなのに、秀樹さんは一口食べただけで私が作ったと言い張り、主婦のくせにまずい飯を作るなと言い放ったんです。私の料理の味なんて、とっくに忘れてたんだと思います。それ以前に、秀樹さんは元々私をいびるために、私の目の前でおせちを捨てる気だったんだと思います」

夫の暴言と私の言葉を聞いた親族たちの空気が、一気に変わった。特に義母を始め、女性陣の顔が険しくなる。親族にいるほとんどの女性は主婦だ。そんな中、夫の暴言は明らかに主婦を見下すものだった。夫は、以前に人としておかしなことを言っているのは明白だった。

異様な雰囲気に包まれたことで、夫もまずいと察したのか、すぐに謝罪の言葉を並べる。

「す、すみませんでした。俺、仕事がうまくいかなくて気が立っていて、普段京子は自分の意見を言わないので、それにもイライラしちゃって、辛く当たっていたと思います」

「秀、俺はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ。仕事のストレスを奥さんにぶつけるなんて。京子さんの気持ちも考えてみろ。お前の間違った考え方で、どれだけ京子さんが傷ついたか。俺は本当に情けないぞ」

「お父さんの言う通りよ。秀、でも京子さんも、なんで我慢したの?私たちに相談してくれてもよかったじゃない」

義母の言っていることはもっともなことだ。私は自分の意見を言うことができなかった。

「お父さん、お母さん、申し訳ございません。私の両親は私が中学生の時に亡くなりましたが、それまで私は両親に厳しく育てられてきました。親の言うことが絶対で、私はどんどん内向的になってしまって、自分の考えで行動することができなくなっていました。ですが、それも言い訳のようなものです。こんな大事なこと、もっと早く話しておくべきでした」

夫が結婚後に変わってしまった。でも、義両親は結婚後も優しかった。それなのに、私は義両親にも言えずにいた。

「いえ、京子さん、私が訂正するわ。あなたが苦しんでいることに気づけなかった私の方こそごめんなさい」

「京子さん、俺からも謝らせてくれ。息子がとんでもないことをしてしまった。許してくれとは言わないが、この通りだ」

義両親が私のことを心配してくれていることは分かっている。私が頭を下げると、義両親もそれに応えた。

義実家はしんと静まり返った。そんな静寂を破ったのは、兄嫁だった。

「浮気される京子さんにも問題があると思います。正直、浮気されても仕方ないですよ」

「トミさん、今何て言った?」

「お父さん、京子さんも悪いと思いませんか?秀樹さんの言い方にしても問題はあったかもしれませんが、夫婦なら喧嘩してでも自分の気持ちをぶつけないと。それなのに京子さんは黙っていただけ。それを今更責めるなんて卑怯ですよ」

兄嫁は開き直ったように、挑発的な態度だった。そんな態度は、兄嫁の夫である哲也さんにも向けられる。

「徹也、あんたも調子に乗ってんじゃないわよ。何よ?勝手に離婚なんて決めちゃって。顔がいいから結婚してあげたのに。私に感謝の気持ちはないの?いい?あんたみたいなクソ真面目な男は、はっきり言ってつまらないの。弟の秀樹君を見習ったら?お望み通り離婚してあげるわ。私は秀君と結婚するからね。秀君、こんな人たちに謝ることないわよ。さっさと縁を切って、新しい生活を始めましょう」

浮気なんてなかったかのように、兄嫁は平然としていた。それを見て、義両親と親族たちはわなわなと震えている。夫が豹変したのも、兄嫁のせいだったのではないか。その場にいる誰もが、そう思わざるを得なかった。

「トミさんの言う通りだよな。俺が謝る必要ないよな。だって、浮気される方の奴が悪いんだから。俺にはトミさんがいれば十分だ。徹也兄さんも離婚するって言ってるし、都合いいじゃん。あとは俺が京子と離婚したら丸く収まる。なんだ、簡単な話じゃん」

兄嫁に便乗し、夫も「浮気される方が悪い」と吐き捨てた。夫と兄嫁に、親族たちは我慢の限界の様子。今にも飛びかかってボコボコにしてしまいそうなほど、息を荒くしていた。

ただ、そんな状況で、親族の誰もが想定外なことが起きる。

「トミって、そんなに面白い女性だったんだね。あはははは!ああ、おかしい。お腹痛い」

あのイケメンの義兄が、周囲の目もはからず顔を歪め、テーブルをバンバンと叩きながら大笑いしたのだ。義兄が大笑いすること自体、見たこともないであろう親族たち。その上、兄嫁と夫の自分勝手な発言の後で大笑いしたので、困惑しない方が無理がある。

ただ、私だけは違った。私が思わず口に手を当て、必死に笑いをこらえた。そして、義兄のアイコンタクトとともに、私は鞄から書類を取り出した。

「皆さん、これが哲也さんが笑った理由です。よく見ていただけますか?」

親族に促すと、全員が書類に釘付けになり、一番最初に気づいた義父が私に声をかけた。

「それって、何かの購入履歴かい?もしかして、トミさんに貢いでいたものかな?」

「はい、購入履歴は間違いありません。秀樹さんがトミさんに貢いでいたのも正解です。ですが、この購入履歴は、秀樹さんがトミさんに貢いでいたものではありません。秀樹さんと、別の男性のものです」

「え、別の男性?つまり、トミさんは秀だけじゃなく、他にも男がいて、貢がせていたということか」

「大正解です。トミさんは、秀樹さんと結婚する気なんて1ミリもないんです。そうですよね、哲也さん」

「京子さんの言う通りですよ。トミは秀樹君と浮気する前から、他の男と浮気していました。しかも、一人だけじゃない。複数の男性と関係を持っています。僕の給料だけじゃ満足できなかったようですね」

そう言った後、義兄は隠していた事実を明かした。元々兄嫁の浮気を疑っていた義兄は、すでに探偵に依頼をし、その過程で夫とトミさんの浮気にもたどり着いた。その後、私と協力して夫とトミさんを尾行し、それに加えて兄嫁の浮気相手全員に接触していたのだ。

「父さん、僕は新年の挨拶の時にこう言ったよね。『僕は無断で離婚を決めた。相談なんてしたくなかった』って。僕の弟と浮気をしながらも、他の男性とも浮気をしていた。しかも、全員を騙していたんだから、相談の余地もなかったってわけさ」

ここでもっと怒りを吐き出したのは、夫だった。

「トミさん、俺のことも騙してたんですか?聞いてないですよ。他に男がいるなんて」

「言うわけないでしょ。言ったら、あんたお金、落としてくれなくなるし。正直言って、あんたは見掛け倒しよ。ATM程度の存在ってわけ。まあ、あんたが一番扱いやすいから、近くに置いておこうと思ってたの」

「ふざけんじゃねえ!トミさんのために全部捨てようと思ったのに!どうしてくれんだ?責任取れよ」

「あんた、バカなの?さっきも言ったよね。浮気される方が悪い。騙される方が悪いのよ。あんたみたいなバカ、もう捨てるから。近づかないでね。大体さ、あんた、何もかも徹也に負けてるのよ。いわば劣化版ね。そんな男と私が釣り合うわけないでしょ。分かる?」

兄嫁は楽しそうに夫を罵倒した。夫がおせちを捨てたように、兄嫁は簡単に夫を捨てた。自業自得だし、夫が哀れで仕方ない。

そんな夫は、子犬のような潤んだ目で私と義兄、親族たちを見ながら言った。

「本当にすみませんでした。絶対に心を入れ替えますので、今回のことはどうかお許しいただけないでしょうか?」

手のひらを180度返す夫に、親族たちは呆れて物も言えない。そこで、私が代表して夫に向き合った。

「秀樹さん、私と離婚してください。そうすれば、お互い都合がいいし、丸く収まるのよね。私は主婦だけど、秀樹さんを満足させるご飯もろくに作れないし、親族の前で恥をかかせるのもいけないから、それがいいと思うの。簡単な話でしょ?」

「京子、お前、なんて嫌な言い方しやがる。俺が言ったことは全部取り消すから、頼むよ。俺たち、夫婦だろ」

そう言った直後、夫の体が宙を巻き、義実家が揺れるほどの大きな音を立てながら倒れ込んだ。義兄が夫を投げ飛ばしたのだ。

「ふざけるな!ふざけるなよ、秀!何が浮気される方が悪いだ!何が騙される方が悪いだ!お前とトミが悪いに決まってるじゃないか!それを全部取り消すから許してくれだと?これ以上、家族を悲しませるな!」

義兄はいつも穏やかで、人前で怒ることなんてない。いつも爽やかな笑顔で優しい人。それが義兄なのだ。そんな義兄が、血管が切れそうなほど怒り、大声を出している。しかし、私は驚かなかった。優しい義兄だからこそ怒っている。それは私のためであり、親族たちのためであり、何より弟である秀樹さんのためだから。

一流大学を目指せるほどの学力を持っていながら、高校卒業後に就職をした義兄。当時、家計が苦しかったこともあり、義兄が選択したのは、弟を大学に行かせるために就職することだったそうだ。誰よりも弟を可愛がっていた義兄だからこそ、今回の件は許すことができなかった。

「秀、いつからそうなってしまったんだ?頼むから教えてくれ」

「徹也兄さん、あんたのせいだよ。俺はな、ずっと周りからあんたと比べられて生きてきたんだ。それに気づいてたんだよ、俺は。あんたが俺のために就職したこと。余計なことすんなよ。あんたが嫌な兄貴だったら、もっと責められたのに。なんで俺のために自分の人生犠牲にするんだよ」

夫も激しく怒りを見せ、義兄に掴みかかったが、親族全員がそれを止めた。

そんな様子を傍観していた兄嫁は、くすっと笑いながら言った。

「うわ、ダサ。何よこれ。茶番もいいところね。気持ち悪いから、私がいなくなってからやってくれる?それじゃあ、私もう行くから。どこたちを待たせてんのよ。離婚届にサインして、慰謝料払ったら、もう関わらないでよね」

「トミさん、あなた、そんな人生歩めないよ。きっといつか、後悔する時が来るよ」

「ろくな人生歩んでこなかった京子さんに言われたくないんですけど。後悔なんかするわけないでしょ。徹也は後悔するかもね。私と離婚したこと。じゃあね」

兄嫁はまるで何事もなかったかのように、涼しい顔で義実家を出て行ったのだった。

あれから数ヶ月後、私は一人暮らしを始めており、穏やかに暮らしている。兄嫁は義実家を出て行った後、いつものように浮気相手の男性たちの元へ向かったが、誰一人として会うことができていなかった。実は義兄は、浮気相手の男性たちに接触した際に、兄嫁の本性について全て暴露していたのだ。証拠も見せたため、浮気相手たちは兄嫁に騙されていたと気づき、全員関係を切ることになった。それを知らずに、兄嫁は義兄への慰謝料を浮気相手たちに払わせようとしていたらしい。兄嫁は男性に依存していたため収入もなく、慰謝料を払えないと泣きついたそうだ。しかし、義兄は一生許すことはなかった。兄嫁はその後も諦めようとしなかったそうで、警察のお世話になるはめになったということだった。

元夫も親族たちから縁を切られ、一人寂しく生活しているらしい。ただ、元夫はすぐに慰謝料を払い、改めて私に謝罪。親族たちにも謝罪をして回っているとのことだ。

そんな中、義兄はこう言っていた。

「弟のために自分の人生を犠牲にしたなんて思ったことはない」

それは義兄の本心で間違いないだろう。そんな義兄を見て、私も強くなりたい。そう思えた。

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