門の前で、私は動けなくなっていた。手にしたボストンバッグは重く、開け放たれた門の奥には、前掛け姿の女たちと作業着の男たちがずらりと並び、全員が私に向かって深く頭を下げていた。「お帰りなさいませ、奥様。」
私は姉の代わりに送り出された、ただの私だ。お見合いの一時間前に逃げた姉の身代わりで、誰にも歓迎されるはずがないと思っていた。だから、門の前で震える声で言ったのだ。「ご迷惑なら、出ていきます」と。
それなのに、返ってきたのは一斉の「お帰りなさいませ」。意味が分からなかった。中の貧乏な男の元へ嫁ぐはずだったのに、目の前にあるのは想像していたボロ屋ではなく、手入れの行き届いた大きな屋敷だった。
この出迎えが、誰にも必要とされてこなかった私の人生を根底から変えることになるなんて、この時の私はまだ知らなかった。
私の名前は瀬小春、二十六歳。生まれ育った町の小さな食堂で働きながら、実家の家事を一人で引き受けて暮らしてきた。家族は父と母、二つ上の姉のリカ。四人暮らしの中で、私はいつも都合のいい時にだけ名前を呼ばれる存在だった。頼まれるのは洗濯と掃除と親戚への使い走り。褒められた記憶はほとんどない。背は低くて顔は地味で、人と話すとすぐ目が泳ぐ。取り柄といえば手先の器用さと料理の段取りくらい。私は、割れながらも花のない娘だと思っていた。
姉のリカは昔から美人だった。目が大きくて色が白く、笑うと親戚のおじさんたちがみんな目を細めた。その上、要領が良かった。人前でだけ愛想が良くて、面倒なことは全部するりとかわす。通知表の数字が悪くてもリカは愛嬌があるからで済み、勤め先を一年でやめてもリカには合わなかっただけだと住んだ。母の口癖は「リカは特別だから」。父の口癖は「女は愛嬌」。その二つの言葉の外側に私はいた。地味で口下手で、人の顔色ばかり伺う子。それが家族の中での私の評価だった。
小学生の頃から台所は私の仕事で、中学に上がる頃には洗濯も掃除も親戚の法事の手伝いも、気がつけば全部私に回ってきていた。姉は一度も台所に立たなかった。それでも、食卓のおかずの文句を言うのは姉で、頭を下げるのは私だった。
小学校五年生の運動会の朝のことを今でも覚えている。前の晩から仕込んで、家族四人分のお弁当を一人で作った。卵焼きを焼いて、おにぎりを握って、タコさんウインナーまで作った。昼になって重を開けた時、親戚のおばさんが「まあ豪華ね。お母さん、朝から大変だったでしょう」と言った。母は少しも迷わずに「ええ、もう朝の四時から」と笑った。私は隣で麦茶を注いでいた。「違うよ」の一言が、どうしても出てこなかった。
中学の家庭科の調理実習で、先生に肉じゃがを褒められてコンクールに出してみないかと言われたことがある。家に帰って夕飯の時にその話をしたら、父はテレビから目を離さずに「ふん」と言った。姉は「地味な特技」と笑った。それきり、誰も何も聞かなかった。
高校を出る時、進学したいと言ったら父に鼻で笑われた。「お前に金をかけてどうする?リカの花嫁支度が先だ」。だから私は町の食堂に勤めた。駅前の商店街の外れにある「こぶき食堂」という、カウンターと小上がりだけの小さな店だ。
女将さんの名前はやえさんと言った。六十歳。ふっくらした体に白い割烹着を着て、よく通る声で笑う人だった。履歴書を出した十八歳の私に、やえさんは面接らしい面接もしないでこう言った。「あんた、手がいいね。水仕事をしてきた子の手だ。うちはそういう子が欲しかったんだよ」。褒められたのが「手」だということがなんだかおかしくて、少しだけ泣きそうになったのを今でも覚えている。
二十歳の成人式の時、姉が二年前に着た振袖は私には回ってこなかった。「あんたに赤は似合わないから」と母は言った。代わりに何かが用意されることもなかった。私は成人式には行かず、その日も食堂で働いた。夕方、やえさんがふっくらした坂万寿を一つ、前掛けのポケットにねじ込んでくれた。「二十歳のお祝いだよ」と言って。私の成人式は、あの坂万寿一つだった。それで十分だと、その時は本当に思っていた。
姉はその頃、町の信用金庫に勤めていたけれど、上司が細かくて嫌だと言って一年でやめた。それからは化粧品の販売や受付の仕事を転々として、家では私に「会う仕事がこの町にないのが悪い」と言った。両親は頷いた。姉が仕事をやめるたびに家計は苦しくなって、私の給料袋は薄くなる前に母の手に渡った。それでも、姉の鏡台には新しい口紅が増え続けた。
こぶき食堂で八年働いた。朝は家族の朝ご飯と洗濯を済ませてから店に出て、昼の混雑をさばいて夕方に帰って、今度は家族の夕飯を作る。給料日には袋ごと母に渡して、そこから小遣いだけ返してもらう。そういう暮らしだった。それでも、店にいる時間だけは息ができた。やえさんは口は悪いけれど、なじみの客にはご飯をいつも大盛りにしてくれた。常連のおじいちゃんたちは「小春ちゃんの味噌汁はしみるね」と言ってくれた。誰かが美味しそうにご飯を食べている姿を見るのが、私は好きだった。家では、誰も私の作ったものを褒めなかったから。
常連さんの中に、一人忘れられない人がいた。木曜の昼によく来る作業着の男の人だった。三十歳を少し超えたくらいで、背が高くて日焼けしていて、いつも土と木の匂いを連れて入ってくる。席は決まって一番奥のカウンターの端。頼むものも決まっていて、卵焼き定食。こぶき食堂の卵焼きはやえさん自慢の甘い卵焼きで、木曜はそれが定食になる日だった。無口な人だった。注文の他にはほとんど何も言わないけれど、食べ終わると箸をきちんと箸置きに戻して、両手を合わせて小さな声で「ご馳走様でした」と言う。器はいつも、ご飯粒一つ残っていなかった。
ある日、雨で店の入り口に並んだ客全員のつっかけが泥だらけになっていた。私が拭きに出ていくと、その人が先にしゃがんで、自分の分だけでなく並んだ履き物を全部揃え直していた。私と目が合いそうになると、少し困ったように目を伏せて、何も言わずに席へ戻っていった。その人が帰った後の席は、いつも椅子が机の下にきちんとしまわれていて、湯呑みと小皿が隅に重ねて寄せてあった。片付けに行く度、私はなんとなく得をしたような気持ちになった。
家に帰れば、私の場所はなかった。玄関を開けて「ただいま」と言っても、返事があった試しがない。居間からはテレビの音と姉の笑い声。台所には片付けられていない昼の食器。私は上着も脱がないまま米を研ぎ、味噌汁の出汁を引く。それが、うちの「お帰り」の代わりだった。「お帰りなさい」という言葉を、私は言う側の人間だった。父に、母に、姉に毎日言うけれど、自分が言われたことは思い出せる限り一度もなかった。
去年の十一月、二十六歳の誕生日も家では誰も何も言わなかった。忘れられていたのではない。覚える必要のあることとして、最初から数えられていなかったのだ。その日、店を閉めた後にやえさんが賄いの盆に、あの甘い卵焼きを一本黙って乗せてくれた。「おめでとう。あんた、これ好きだろ」と言った。私はカウンターの隅で、一切れずつゆっくり食べた。世界で一番美味しい誕生日だった。
二十六歳の春、あの縁談が来た。
四月の中頃のことだった。夕飯の支度をしていると、居間から父の大きな声が聞こえてきた。「縁談だ。うちの娘に」。話を持ってきたのは田島さんという人だった。父の古い知り合いで、昔は中学校の校長先生をしていて、退職してからは報恩講の世話を焼いている。折り目正しいおじいさんで、私も法事で何度か顔を見たことがあった。
台所からお茶を運んで行った時、話の断片が耳に入った。「先方は三村の桐さんという家でしてな。当主はまだ三十二歳。実直で、絵に描いたような男です」。「それで?その、まあまあ、田島さん。でしたら、うちにはリカがおりますから」。いや、奥さんのご希望はですね…。湯呑みを置いて下がる私の背中で、話はそのまま姉のことに流れていった。
数日後、両親は姉にその縁談を持ちかけた。「三山村の桐さんと言ったらね、山をいくつも持ってる旧家なんですって。リカにぴったりじゃない」。姉は最初、悪くはなさそうだった。旧家、山持ち、当主。言葉の響きだけなら悪くない。けれど、一週間もしないうちに、姉の機嫌はひっくり返った。友達に頼んで調べさせたらしい。「ちょっと何よ、あれ?三村って、バスが一日に四本しかない山奥じゃない?桐って調べたら古い材木屋よ。写真見たら本人、作業着でチェンソー持ってたんだけど。貧乏臭い。でも旧家だって言うから。旧家って、古いだけの家ってことでしょ?田舎の貧乏男なんて絶対無理。私、金持ちと結婚して海の見えるマンションに住むの。前から言ってるよね」
それでも両親は、この縁談を断らなかった。断れなかったという方が正しい。後から知ったことだけれど、この時すでに父は、先方から頂いた支度金に手をつけていた。話を進めるにあたって、桐の家から丁寧な手紙と共に百万円が届いていて、父はそれをこっそり作っていた借金の返済に回してしまっていたのだ。父の務め先はもう二年も給料が遅れがちで、父は報恩講に借金を作っていた。
だから両親は、姉を拝み倒した。「会うだけでいい。会えば向こうが本気になる。話はそれから好きに転がせばいい」。姉は最後まで気が進まないと口を尖らせながら、新しい着物を買ってもらうことと引き換えに、しぶしぶ見合いの席につくことを承知した。その着物の代金がどこから出たのかは、考えないことにした。私の給料袋は相変わらず毎月そっくり母に渡っていた。
お見合いは五月の最後の日曜日。町で一番古い料亭「松風」の座敷。時間は午後二時と決まった。その日の朝、姉は美容院へ出かけた。母は玄関で何度も着物の柄を確かめ、父は珍しく機嫌が良かった。私はいつも通り台所で洗い物をしていた。見合いに同席する予定さえ、なかった。
異変が分かったのは、午後一時になっても姉が帰ってこなかったからだ。母が美容院に電話をかけた。姉は予約の時間に現れていなかった。携帯にかけても出ない。母の顔から血の気が引いていくのを、私は台所の入り口から見ていた。そして、姉の部屋の机の上に書き置きが見つかった。
「私には私の人生があります。田舎の貧乏男と一生添い遂げるなんて冗談じゃない。探さないで。リカ」
時計の針は、お見合いの一時間前を指していた。家の中がひっくり返った。父は書き置きを握りつぶして怒鳴り、母はオロオロと部屋を歩き回った。料亭には先方がもう向かっている。断れば支度金を返さなくてはならない。返す金は、もうない。
その時、二人の目が同時に私を見た。今でも覚えている、あの品定めをするような目を。「小春、お前が行け」「え?」「お前が代わりに見合いに出ろと言っている。姉は急な病気ということにする。姉の顔を潰す気か」「待って。無理だよ。だって、相手の方はリカお姉ちゃんと会うつもりで…」「この後に及んで、うちに恥をかかせる気?誰に育ててもらったと思ってるの?どうせお前には、こんな縁談でもありがたいだろう。貰い手がつくんだ。感謝しなさい」
反論の言葉は、喉の奥で消えた。この家で私の言い分が通ったことは、生まれてから一度もなかったのだ。おばさんが取りなす。「小春ちゃん、あんたもいい年なんだし、悪い話じゃないわよ。田舎は空気がいいし」。誰も、相手がどんな人かを話さなかった。誰も、私が幸せになれるかどうかを話さなかった。話されているのは家の体裁と、返せない支度金のことだけだった。
そして、父が押入れからボストンバッグを引っ張り出して、私の着替えを適当に詰め込み始めた。「お父さん、それ…」「話がまとまったら、そのまま向こうに置いてもらえ。今更帰って来られても困る」。つまり私は、見合いに行くのではなかった。この家から出されるのだった。
料亭「松風」の座敷は、庭の見える静かな部屋だった。襖が開いた時、私は畳に手をついて、顔もあげられなかった。同席した父が、揉み手をしながらペラペラと喋った。姉は急な病で伏せっており、代わりに妹を連れてきた。器量は姉に及ばないが、働き者ではある。自分の娘を売り込むのに、よくもまあこれだけ下げられるものだと、他人事のように思った。
先方は二人だった。世話役の田島さんと、その隣に背筋を伸ばして座る背の高い男の人。桐慎一郎さん、三十二歳。三山村で材木と山の仕事をしているという、あの人だった。地味な着物を着ていた。日に焼けた顔に、静かな目をしていた。派手なところは一つもない。けれど、座り方と湯呑みの持ち方と頭の下げ方が、驚くほど丁寧だった。どこかであったことがある気がすると思ったけれど、それがどこなのか、その時の私には分からなかった。
田島さんが穏やかに場を取りなしてくれた。「小春さんは、町の食堂で八年働いてきた働き者です」と紹介してくれた時、慎一郎さんの目がほんの少しだけ揺れた気がした。私はてっきり、「八年も嫁にも行かず働いてきた女」だと呆れられたのだと思って、ますます小さくなった。
慎一郎さんは、父の長い言い訳を遮らずに最後まで聞いた。それから私に向き直って、畳に両手をついた。「桐慎一郎と申します。今日は来てくださって、ありがとうございました」。驚いた。頭を下げられたことではない。「ありがとう」と言われたことに。姉の身代わりで来た私に、この人は迷惑そうな顔一つしなかった。
父はこれ幸いとたたみかけた。「何なら急ぐと言いますし、うちは構いませんから、もう今日からでも。荷物も持たせてありますし」。娘を今日引き取れと言っているのに等しかった。慎一郎さんは少しの間黙っていた。それから、静かに言った。「分かりました。小春さんさえよろしければ」。この縁談で初めて私の意思を聞いてくれた人が、目の前のこの人だった。私は畳を見つめたまま、小さく頷いた。こうして私は、お見合いの席からそのまま、顔を知ったばかりの人の元へ嫁ぐことになったのだった。
三山村へは、慎一郎さんの運転する古い軽トラックで向かった。後部には材木の切れ端と工具箱が積んであって、座席は日に焼けて色が抜けていた。「ああ、やっぱり噂の通りなんだ」と私は思った。姉の友達が調べた通り、この人は山奥の貧しい材木屋さんなのだ。支度金の百万円は、きっとこの人の精一杯だったのだろう。それを父はもう使ってしまった。申し訳なさで、胸が潰れそうだった。
山道に入る前に、慎一郎さんは一度だけ口を開いた。「揺れます。気分が悪くなったら言ってください」。それきりまた黙ったけれど、不思議と嫌な沈黙ではなかった。カーブの度にこの人はほんの少し速度を落とした。夕暮れの山道で対向車とすれ違う度、軽く手を上げて挨拶をした。相手のトラックの運転手も、農家の帽子のおばさんも、みんな手を上げて返した。
一時間半ほど走って村に入った。夕暮れの空の下に茅葺き屋根がポツポツと散らばって、川沿いに小さな商店と郵便局が見えた。姉の言った通り、確かに何もない村だった。けれど、違う。人がみんな、軽トラックに向かって手を振っているのだ。畑のおばあさんも、自転車の中学生も。慎一郎さんは村の奥まで進むと、川の手前で車を止めた。「ここから先は道が細いので、少しだけ歩きます」。杉林の間の坂道を登っていく。石垣が現れて、その上に長い白壁が続いていた。壁は古かったけれど、崩れたところはどこにもなくて、夕日を受けてほんのり赤く染まった。
そして、門の前に着いた。太い柱の、古くて立派な門だった。屋根がついていて、木の表面は長い年月で飴色になっている。想像していたボロボロの家とは何かが違う。けれどこの時の私はまだ「古い門はきっと村の共有のものか何かで、この奥のすみっこに慎一郎さんの小さな家があるのだろう」くらいに考えていた。
それよりも、足がすくんでいた。この門の向こうで、私の新しい暮らしが始まる。姉の身代わりに来た私を、この家の人たちはどう思うだろう。がっかりされるに決まっている。「本当はリカさんが来るはずだったのに」と陰で言われるに決まっている。気がつくと、口が勝手に動いていた。
「あの、桐さん、私、本当にここにいていいんでしょうか?私は姉の代わりで、あなたが望んだ相手じゃなくて。ご迷惑なら、出ていきます」
言いながら、目の奥が熱くなった。慎一郎さんは足を止めて私を見た。何かを言いかけて、けれど言葉を選ぶように一度目を伏せて、それから門に向かって声をかけた。「開けてくれ。着いたよ」。
門が内側から開いた。「お帰りなさいませ、奥様」。白髪を綺麗に結い上げた老女が、深々と腰を折っていた。その後ろに前掛け姿の女の人が二人、作業着の男の人が四人、それから白い髭のおじいさん。門の内側に並んだ人たちが声を揃えて頭を下げた。「お帰りなさいませ、奥様」。
私は動けなかった。奥様?誰のことだろう?振り返っても、後ろには誰もいない。私しかいない。門の奥には玉砂利の敷かれた庭と、大きな平屋の屋敷があった。庇の下に明かりが灯って、磨き込まれた縁側が光っていた。ボロ屋なんて、どこにもなかった。
「あの、人違いです。私はその奥様なんかじゃ…」うまく言葉が出なかった。すると先頭の老女が顔をあげて、目尻の皺を深くした。「ようこそおいでくださいました。女中頭の志乃と申します。旦那様から伺っております。瀬小春様。あなた様がいらっしゃるのを、この家の者はみな心よりお待ち申し上げておりました」
お待ちしていた?姉の逃亡が決まったのは今日の昼だ。私が来ることなんて、誰にも分かるはずがないのに。混乱する私の横で、慎一郎さんが小さく咳払いをした。「志乃さん、詰まる話はまず飯にしてからにしよう。小春さんは朝から何も食べていないはずだ」。言われて初めて、自分が空腹だということを思い出した。お見合いの席では、お茶の一口も喉を通らなかったのだ。
屋敷の中は、外から見るよりさらに広かった。長い廊下は黒光りするほど磨かれ、柱は太い。けれど贅沢な飾りはどこにもない。通された座敷には、湯気の立つ美味しそうな膳がもう支度されていた。山の天ぷら、川魚の塩焼き、炊き込みご飯に、豆腐とワカメの味噌汁。「口に合うとよろしいのですが。この山で取れたものばかりですけれど」。一口食べて、涙が出そうになった。美味しかったからだ。それと、湯気の立つ膳が自分のために整えられているということが、うまく飲み込めなかったからだ。私はいつも、作る側だった。冷めた残り物を、台所の隅で立ったまま食べる側だった。
食事の間、廊下の障子の影から小さな顔がこちらを覗いているのに気がついた。おかっぱ頭の女の子だった。年は七つか八つ。目が合うと、パッと隠れてしまう。しばらくすると、またそっと覗く。「あの、あの子は?」「千代と申します。親戚の子で、事情があってうちで預かっています。人見知りだから、驚かせてすまない」。千代ちゃんは結局その夜は、一度も出てこなかった。
夜、離れの部屋に案内された。八畳の和室に、真新しい布団が敷かれていた。箪笥と鏡台と、小さなタンス。どれも新しかった。鏡台の横には、つげの柄の裁縫箱まで置いてあった。「足りないものがあれば、何なりとお申し付けくださいませ」「あの、志乃さん。こんな、こんなによくしていただいて。私、本当に何が何だか。私は姉の身代わりで来ただけなんです。それなのに、皆さんどうして?」
志乃さんは布団の端を直す手を止めて、少しの間黙った。それから、独り言のような小さな声で言った。「身代わりなどでは、ございませんよ」「え?」「いいえ、年寄りの独り言です。今日はもうお休みくださいませ。長い一日でございましたでしょう」
一人になってから、私はボストンバッグの中身をタンスに移した。父が適当に詰めた荷物は、季節も揃っていない服の塊だった。その一番底から、こぶき食堂の古い前掛けが出てきた。縫い物をしようと思って持ち帰っていたものだ。私はそれをしばらく胸に当てていた。ほんの数時間前までの自分の暮らしが、もう遠い昔のことみたいだった。
布団は、日の光の匂いがした。誰かが今日干してくれたのだ。私のために。「身代わりなどではございませんよ」という志乃さんの言葉が、耳の奥で繰り返された。どういう意味だろう?考えても分からなかった。分からないまま、私は泣いた。声を殺すのは得意だった。実家の三畳間で、何百回もそうしてきたから。ただ、この夜の涙は、悲しいのか嬉しいのか怖いのか、自分でも分からない涙だった。
翌朝、私は夜明け前に目が覚めた。長年の癖だ。台所を探して長い廊下を歩いていくと、もう明かりがついていた。志乃さんと、料理番のトメさんという丸顔のおばさんが、竈の火を起こしていた。「あの、おはようございます。私にも何か手伝わせてください。何もしないでいるのは、落ち着かなくて」。二人は顔を見合わせた。志乃さんが「奥様にそんなことはさせられません」と言いかけるのを、トメさんが笑ってさえ切った。「いいじゃないの、志乃さん。手が多いのはいい台所の証拠だよ。ほら、奥様。そこの前掛けを使いなさいな」
竈でご飯を炊くのは初めてだったけれど、火加減はトメさんが教えてくれた。出汁を引いて、味噌を溶いた。いつもの私の仕事。それだけで、浮き足立っていた心が少しだけ地面についた。朝餉の席で、慎一郎さんは味噌汁を一口飲んで言った。「これは小春さんが」「あ、はい。すみません。勝手に台所に入ってしまって」「いや」。それだけ言って、また一口。それから、ほとんど聞こえないくらいの声で「うまい」と言った。たった三文字だった。それなのに、私は箸を持ったまましばらく固まっていた。顔が勝手に焼けそうになるのを隠すためだった。
嫁いで十日ほどが過ぎた頃、最初の壁がやってきた。それは山でも畑でもなく、私の実家という壁だった。その日の昼前、門の外で車のクラクションが鳴った。しかも何度も、苛立たしげに。出てみると、見覚えのある父の車が止まっていて、中から父と母、そして姉が降りてきた。姉は門を見上げて、白壁を眺めて、玉砂利の庭の奥の屋敷を見て、口を半分開けたまま固まっていた。「何よ、これ」。
数日前、父は一人でこっそり村まで来ていたらしい。娘の様子を見るという口実で、追加の金の相談をするつもりだったのだと思う。そして屋敷を見て、腰を抜かして帰った。それで今日、母と姉を連れて出直してきたというわけだった。「お、おい、あんた聞いてないわよ。こんな桐さんて、こんな大きなお家だったの?」「私も来てから知ったの。でも、ちょっと待ってよ」。姉が私を押しのけるように前へ出た。頬が紅潮していた。「話が違うじゃない。貧乏な材木屋だって聞いたから、私は断ったのよ。こんな、こんなお屋敷だなんて聞いてないわよ。お母さん、これ詐欺よ。私、騙されたのよ」
誰も姉を騙していない。姉が勝手に調べて、勝手に見限って、勝手に逃げたのだ。けれど姉の頭の中では、もう筋書きが書き変わっていた。「そもそも、これ私の縁談だったでしょ?私が体調を崩したから、小春が代理で行った。それだけの話よね。だったら、本人の体調が戻った今、正式に私が嫁げばいいじゃない。お父さんも、そう思うでしょ?」「おお。理屈で言えば、そうなるなあ。元々はリカの話だ。うん。小春、お前もそのつもりで来たんだろう?姉さんの代わりだと」「そうよ。あんただって最初から言ってたじゃない。私は身代わりですって。ちょうどいいわ。籍を入れる前で。ここからはリカに任せて。あんたは家に帰ってきなさい。ほら、家のことも溜まってるんだから」
「ちょうどいい」という一言が、胸に刺さった。行けと言われて行き、帰れと言われて帰る。この家族にとって、私はいなのだった。分かっていたはずなのに、この十日間の温かさを知ってしまった後では、その言葉は前よりずっと深く刺さった。
私が何も言えずにいるうちに、騒ぎを聞きつけた志乃さんたちが門の内側に集まってきていた。姉はそれを見ると、急に声を作って、よそ行きの笑顔になった。「皆さん、初めまして。リカと申します。この度はうちの妹がご迷惑をおかけしました。本来こちらに嫁ぐはずだったのは、姉の私なんです。改めまして、どうぞよろしくお願いいたします」。そして姉は、優雅にお辞儀をして見せた。テレビで見た女優のような、完璧なお辞儀だった。
けれど、誰も動かなかった。志乃さんも、トメさんも、作業着の男の人たちも、誰一人姉に礼を返さなかった。それどころか、志乃さんは静かに姉の横を通りすぎて、私の斜め後ろに立ち、それから深々と腰を折った。「奥様、お客様がお帰りのようでしたら、車までお見送りいたしましょうか」。志乃さんは言った。姉にではなく、私に。使用人の人たちが、次々と私の方へ頭を下げた。姉の顔から、作り物の笑みがゆっくり剥がれ落ちていった。「ちょっと、何なのよ、あんたたち。話を聞いてなかったの?本当の花嫁は私で、そっちは代理だって言って…」
低い声が、姉の言葉を遮った。「うちの者が失礼しました」。いつの間にか慎一郎さんが立っていた。山から戻ったばかりの作業着のままで、首に手拭いをかけていた。姉は一瞬気圧されて、それからその作業着姿を上から下まで眺めて、小さく鼻を鳴らした。父が「おお、桐さん。いや、突然すまんね。実はだね、我々家族として大事な話が…」と口を挟もうとしたが、慎一郎さんは門の内側に立って、まっすぐに父を見た。怒鳴るでもなく、凄むでもなく、ただ静かに言った。「私が妻として迎えたいのは、小春さんです。他の誰でもありません」「いや、しかしだね。元々の縁談はリカの方で…」「お引き取りください」
それ以上は、何も言わなかった。理由も説明も、何一つ。けれど、その姿勢には、押しても叩いても動かない山のような重さがあった。父は口をパクパクさせ、母は姉の袖を引き、姉は「何なのよ。感じ悪い」と吐き捨てて、三人は車に戻っていった。走り去る車の窓から、姉がこちらを睨んでいた。あの目を、私はよく知っていた。欲しいおもちゃを取り上げられた時の、子供の頃から変わらない姉の目だった。これで終わりにはならない。そんな予感がした。
その夜、私は眠れなかった。嬉しかったのだ。慎一郎さんの言葉も、志乃さんたちのお辞儀も。けれど嬉しさの底に、小さな棘がちくりと刺さっていた。どうして私なんだろう?慎一郎さんは、会ったこともなかった私を、なぜあんなにきっぱりと妻として迎えたいと言えるのだろう。縁談は姉とのだったのに、なぜ代わりに来た私を誰も責めないのだろう。優しくされればされるほど、分からなくなった。この温かさは、何かの間違いで私に届いているだけなんじゃないか。本当の宛て先は、私じゃないんじゃないか。そういう考え方しかできないように、私はできてしまっていた。二十六年かけて、そう作られてしまっていた。
縁側で膝を抱えていると、廊下の奥から小さな足音がした。千代ちゃんだった。寝巻き姿で、柱の影からこちらを見ている。「眠れないの?」。千代ちゃんはこくりと頷いて、それから思い切ったようにトテトテと歩いてきて、私の隣にちょこんと座った。嫁いで十日、初めてのことだった。「お姉ちゃんたち、怖かった」。「うん。ごめんね。びっくりしたよね」。「小春さんも、連れて行かれちゃうかと思った」。小さな手が、私の寝巻きの袖をきゅっと掴んでいた。私はその手の上に、そっと自分の手を重ねた。答えの代わりだった。「大丈夫」とは言えなかった。私自身、自分がいつまでここにいられるのか、分からなかったから。
六月も半ばを過ぎ、三村は緑が濃くなった。私は少しずつ、この家の暮らしに馴染んでいった。朝は夜明けと共に起きて、トメさんと竈の飯を炊く。慎一郎さんと男衆を山へ送り出して、洗濯と掃除。昼は畑と縫い物。夕方には夕餉の支度をして、暗くなる頃に帰ってくる作業着の一団を迎える。
驚いたのは、桐の家の質素さだった。屋敷こそ大きいけれど、暮らしぶりは驚くほどつましい。慎一郎さんの普段着は繕いだらけの作業着で、履いている地下足袋は底を二回張り替えたものだった。食事は山と畑のもの。テレビは古いブラウン管が一つ。一度、志乃さんにそっと聞いたことがある。「失礼を承知で申し上げますが、桐の家はその暮らし向きが大変なのですか」。志乃さんは目を丸くして、それから笑いを噛み殺した。「大変というわけではございませんよ。旦那様はただ、ご自分のためにお金を使うということをなさらないだけで」。
村を歩くと、その意味が少しずつ分かってきた。村の集会所の屋根は、去年、桐の家が直したものだった。診療所の改修も、川の橋の修繕も、お祭りの費用も。子供が町の高校に進む家には、桐の家から名前を出さない形で学費が届くのだと、雑貨屋のおばさんがこっそり教えてくれた。「先代もそうだったけどね。今の旦那さんは輪をかけてさ。自分は穴の開いた作業着でさあ。奥さん、あんた、いい家に嫁いだね」
そのたびに、私は曖昧に頭を下げた。いい家に嫁いだ。それは本当だ。けれど、嫁いだと言いきれるだけのものが、私にはまだなかった。籍はまだ入れていない。慎一郎さんは「ゆっくりでいい」とだけ言った。その優しさが、ありがたくて、少しだけ苦しかった。
千代ちゃんとは、あの夜から随分近くなった。千代ちゃんは三年前、五歳の時に両親を交通事故で亡くしたのだと、志乃さんが教えてくれた。お父さんは慎一郎さんの従弟に当たる人で、事故の後、千代は親戚の家を半年ほどたらい回しにされた。厄介扱いされて、ご飯を後回しにされて、どんどん口を利かない子になっていったところを、慎一郎さんが引き取ったのだという。「初めてうちに来た日、あの子は玄関で靴を揃えたまま、上がっていいのかどうか分からずに、いつまでも立っていたのでございますよ」。その姿が、門の前で立ち尽くした自分と重なった。
ある日、千代ちゃんのスカートの裾が裂けているのを見つけた。学校の帰りに転んだのだという。私は鏡台の横の裁縫箱を開けて、千代ちゃんを縁側に座らせた。「治るの?」「治るよ。ちょっとだけ待っててね」。破れ目の糸を丁寧に拾って、裏から当てをして、表からは分からないように細かく縫っていく。千代ちゃんは私の手元を、瞬きも忘れたようにじっと見ていた。「千代ちゃんのお母さんも、縫い物上手だった」。針を持つ手が一瞬止まった。千代ちゃんが自分からお母さんの話をしたのは、初めてだった。「ボタンつけてくれた。クマの形のボタン」。「そっか。優しいお母さんだったんだね」「うん」。それきり千代は黙った。私も黙って、針を動かし続けた。
縫い終わったスカートを、千代は何度も裏返しては眺めた。「魔法みたい。小春さんの手。魔法の手だ」。後日、私はスカートのあまりで小さなお守り袋を縫った。千代ちゃんのお母さんがつけてくれたというクマの形にして。私と千代ちゃんはそれを両手で握って、しばらく何も言わなかった。それから、ランドセルの内側に大事そうに結びつけた。その日から千代ちゃんは、学校から帰ると真っ先に台所へ来るようになった。
慎一郎さんとの距離も、ゆっくりと縮まっていった。夕餉の後、慎一郎さんは縁側で焙烙を煎る。私はその近くで縫い物をする。会話らしい会話はない。虫の声と焙烙の音と針を運ぶ音だけ。それでも、ある晩、慎一郎さんがふと手を止めていった。「小春さんは、手を動かしている時、少しだけ鼻歌が出る」。「え、嘘。出てました?」「出ていた。いい歌だった」。顔から火が出るかと思った。けれど、慎一郎さんの口元がほんの少しだけ緩んでいるのを見て、私も釣られて笑ってしまった。この人の笑った顔を見たのは、それが初めてだった。
七月の初め、村の小さな夏祭りがあった。神社の境内に灯りが並んで、太鼓が鳴って、子供たちが浴衣で駆け回る。千代ちゃんに浴衣を着せて帯を文庫に結んでやると、千代ちゃんはくるくる回って見せた。祭りの人混みの中で、慎一郎さんは何度も呼び止められた。橋の礼を言う老人。屋根の礼を言う奥さん。就職の報告に来た若者。その度に慎一郎さんは「いえ、それはもう」と短く返して、居心地悪そうに頭を掻いた。
帰り道、千代ちゃんを背中に負ぶった慎一郎さんがぽつりと言った。「騒がしくてすまなかった」「いえ。慎一郎さんは、村のみんなに好かれているんですね」「好かれているのは、桐の家だ。私ではない」。「そんなこと…」「昔からそういうものだと教えられて育った。桐の人間は、山と村を預かっているだけだと。だから、礼を言われるのは、どうにも慣れない」。提灯の明かりが遠ざかって、夜道は虫の声だけになった。背中の千代ちゃんは、もう眠っていた。「ただ…」「はい」「今日は、悪くなかった」。隣に、その続きの言葉が。そこで慎一郎さんは言葉を切って、それきり黙ってしまった。私も聞き返さなかった。聞き返したら、この続きが消えてしまう気がしたから。
八月の中頃、お盆が来た。慎一郎さんに連れられて、私は初めて桐家のお墓に参った。屋敷の裏山の中腹に、村を見下ろすように古い墓碑が並んでいた。慎一郎さんは慣れた手つきで墓の周りの草を抜き、桶の水で石を洗って、線香を立てた。「父と母です」。私は手を合わせた。お会いしたことのないお父様とお母様。あなたの息子さんは、毎日山で働いて、村の人に慕われて、ご飯を残さず食べて、元気にしています。私はまだ籍も入っていない中途半端な嫁ですが、どうかこの家に置いてください。心の中でそんなことを長々と喋ってしまった。目を開けると、慎一郎さんがこちらを見ていた。「随分、長かった」「はい。ご挨拶を色々と」「そうか。母は話の長い人だったから、ちょうどいい」。
帰り道、慎一郎さんは私の半歩前を歩きながら、「母は秋になると、この道で栗を拾った」とか「父は、あの斜面の杉を自分で植えた」とか、ぽつりぽつりと話してくれた。この人の中には、亡くなった二人がまだちゃんと生きているのだと、私は思った。この頃にはもう、私は気づき始めていた。自分がこの村を、この家を、そしてこの口下手な人を好きになり始めていることに。だからこそ、棘は深くなった。どうして私なんだろう?この人は、なぜ会ったこともない私を迎えてくれたのだろう。その答えを知るのが、私は怖かった。
お盆が過ぎた八月の終わりの夕方だった。その日はトメさんが親戚の法事で留守にしていて、夕餉の支度は私一人だった。畑のナスと、川魚の甘煮と、それから卵がたくさんあったので、私は久しぶりにあの卵焼きを焼いた。こぶき食堂の甘い卵焼き。やえさん直伝の焼き方だ。砂糖をしっかり効かせて、出汁は控えめに、強めの火で手早く巻いて、外は香ばしく中はふるふるに仕上げる。木曜の定食の日には、これを何十本も焼いた。箸を持つと、体が勝手に動いた。八年間の癖というものだ。
夕餉の席で、慎一郎さんはいつものように手を合わせた。千代ちゃんが先に卵焼きに飛びついて、頬っぺたを押さえた。「甘い。美味しい。これ、千代、一番好き!」「よかった」。そして、慎一郎さんが卵焼きを一切れ口に運んだ。その瞬間だった。慎一郎さんの箸が止まった。一口、二口、ゆっくり噛みしめて、それから箸を置いて、じっと皿を見た。何かおかしかっただろうかと私が不安になるくらい長い間。やがて、慎一郎さんは顔を上げて言った。「こぶき食堂の、木曜の卵焼きだ」。今度は私の箸が止まった。「え、どうして、それを」。こぶき食堂の名前を、私はこの家で一度も出したことがなかった。「町の小さな食堂で働いていた」としか言っていない。まして、木曜が卵焼き定食の日だなんて、常連さんしか知らないことだ。
慎一郎さんはしばらく黙っていた。それから、観念したように小さく息を吐いた。「月に二度か三度、木曜の寄り合いで町へ出るたび、あの店で昼を食べていた。一番奥のカウンターの端で。もう二年になる」。頭の中で何かが音を立てて繋がった。木曜の作業着の常連さん。土と木の匂い。卵焼き定食。箸をきちんと箸置きに戻す人。ご飯粒一つ残さない人。雨の日、みんなの履き物を揃え直していた、あの大きな背中。「え、嘘。全然気づかなくて、ごめんなさい。私…」「君が顔を、ちゃんと見られないようにしていたから」。
慎一郎さんは湯呑みを両手で包んで、目を落とした。言葉を一つ一つ選ぶように、話し始めた。「こぶき食堂のやえさんは、私の母の古い友人なんだ。母は町の生まれで、やえさんとは娘の頃からの仲だと聞いている。母が生きていた頃は、よく二人で笑っていた。母が亡くなって、しばらくは足が遠いていた。あの寄り合いが始まってからは、先行代わりにあの店で昼を食うのが習いになった」
母は十二年前、病気で亡くなられた。慎一郎さんが二十歳の時だ。そして、その四年後には、お父様まで山の事故で亡くしている。二年前の暮れだった。慎一郎さんは言った。「初めて君を見たのは、二年前。昼時を過ぎた頃で、店の外の縁台に、腰の曲がったばあさんが一人で座っていた。バスを乗り間違えて、財布も持たず、家も言えなくなっていた。君は店の仕事の合間に麦茶を運んで、隣に座って、ばあさんの手を握って、ずっと相槌を打っていた。警察が迎えに来るまで、一時間も」。「覚えてます。桜井のおばあちゃん。その後、交番の人が家まで送ってくれて」。「誰かに言われたわけでもないのに、君は自分の昼飯を後回しにして、当たり前の顔でそうしていた。店の奥から、やえさんが『な、いい子だろう』という顔で私を見ていたよ」
慎一郎さんは少しだけ笑って、すぐに真顔へ戻った。「これから、行く度に目で君を探すようになった。君はいつも働いていた。こぼした味噌汁で泣きそうな子供連れの客に、代わりをそっと出して、伝票にはつけていなかった。愛想を嫌がる気難しい年寄り同士を、いつの間にか世間話で笑わせていた。誰も見ていないところで、割れたどんぶりのかけらを新聞紙に包んで『危なくないように』と書いて、ゴミ箱に置いていた」。「そ、そんなところまで」恥ずかしくて、顔があげられなかった。どれも、覚えてもいないような小さなことばかりだった。「すまない。君が悪いと思われても仕方がない。ただ、弁解をさせてもらえば、見ようとして見ていたのではないんだ。あの店で飯を食っていると、勝手に目に入ってくる。君の仕事ぶりは、そういうものだった」
慎一郎さんは、一度言葉を切った。「一度だけ、店に君の家族が来たことがあった」。心臓が跳ねた。「派手な真っ赤な服の若い女と、母をやらしい感じの人だった。給料日でもないのに、店先で君に金を出せと詰め寄っていた。君は謝って、頭を下げて、財布を渡していた。二人が帰った後、君は割烹着の紐を結び直して、何事もなかったように『いらっしゃいませ』と次の客を迎えた。その顔が、忘れられなかった」。覚えている。去年の秋だ。姉が欲しいバッグがあると言って、母と二人で店まで来たのだ。その日のことを、この人は見ていたのか。消えてしまいたいような恥ずかしさだった。一番見られたくない場面を、一番見られたくない人に見られていた。けれど、慎一郎さんはあの日の私を笑いも、哀れみもしなかった。ただ、「忘れられなかった」と言った。
慎一郎さんは、言葉を続けた。「うちの母がよく言っていた言葉がある。『人の値打ちは、誰も見ていないところで決まる』。母の口癖だった。私はあの店で、その言葉の意味を初めて自分の目で見た気がした」。いろりの日が、パチリとなった。千代は、いつの間にか箸を置いて、私と慎一郎さんの顔を交互に見ていた。
「小春さん」。慎一郎さんは、まっすぐに私を見た。「門の前で、君は『ご迷惑なら出ていきます』と言った。だから、これだけは伝えておきたい。迷惑だったことなど、一日もない。本当は、君に来て欲しかった」。「本当は、君に来て欲しかった」。その言葉が、胸の真ん中に落ちてきた。「で、でも。私は姉の縁談に変わりに来ただけで、あなたが選んだわけじゃ…」「選んだ」。慎一郎さんははっきりと言った。「私は君を選んだ。それは間違いない。ただ、その先の事情は…」。そこで慎一郎さんは言葉を止めた。何かを言いかけて、飲み込んだのが分かった。「いや、それを話すのは、まだ私の口からではない気がする。すまない。ずうずうしいとは思うが、必ず全部話す。ただ、今夜はこれだけ覚えていてほしい。君はこの家にとって、間違いでも身代わりでもない」。
分からないことは、まだ山ほど残っていた。姉との縁談だったはずなのに「君を選んだ」とはどういうことか。「話すのは自分の口からではない」とは、誰の口からなのか。けれど、その夜の私にはもう十分過ぎた。二年前から、この人は私を知っていてくれた。家族の誰一人、見ようとしなかった私の毎日を。名前も知らない常連さんが、ちゃんと見ていてくれた。気がつくと、涙がぼろぼろこぼれていた。声を殺す癖が、この時ばかりは利かなかった。二十六年分の何かが、堰を切っていた。千代ちゃんが慌てて隣に来て、小さな手で私の背中をさすってくれた。「小春さん、痛いの?どこか痛いの?」「違うの。嬉しくて。嬉しくても涙って出るんだよ。変なの」。千代ちゃんが笑って、私も泣きながら笑った。慎一郎さんは何も言わずに、ただ静かに湯呑みに新しいお茶を注いでくれた。この家に来て初めて、声をあげて泣いた夜だった。
けれど、物語はまだ半分だった。
九月に入ると、山の空気が少しずつ秋の匂いに変わった。そして、実家からの妨害が、本格的に始まった。最初は父だった。平日の昼間に山元事務所へ現れて、源蔵さんを捕まえ、「娘の父親だ」と名乗って頭を下げたのだという。「桐さんとは家族も同然の中だ。ついては、事業の運転資金を少しばかり融通してもらえないか」。源蔵さんはその場で断った。けれど、父は数日後にまた現れた。挙句には村役場や農協にまで顔を出して、「桐の娘の親だ」と触れ回って歩いた。
夕餉の席で、その話を志乃さんから聞かされた時、私は箸を置いて畳に手をついた。「申し訳ありません。父が、本当に申し訳ありません」。「小春さんが謝ることじゃない」。「でも…」「君と、君の親は別の人間だ。金のことは、こちらで話をつける。君は気に病まなくていい」。慎一郎さんはそう言ってくれたけれど、「気に病まない」という方が無理だった。私は知っていた。ああいう人たちが、一度旨みを覚えた場所を簡単には諦めないということ。
次は、姉だった。姉は町で噂を流し始めた。こぶき食堂に買い物帰りのやえさんの知り合いが寄って、こんな話をしていったという。「瀬原さんの下の娘は、姉の縁談を横取りして、山奥の資産家に取り入った。親の反対を押し切って、家の金まで持ち出して。今では親を家にも入れず、絶縁状態なんですって」。嘘だった。何もかも、真っ赤な嘘だった。けれど、噂というものは事実より、声の大きい方が勝つ。姉は昔から、声だけは大きかった。やがてその噂は、山を超えて三山村にも届いた。村の人たちの目は変わらなかった。変わらなかったけれど、私自身が変わってしまった。雑貨屋で二人の奥さんたちが声を落とした。それだけで「私の悪口だろうか」と胸が縮んだ。診療所の待合室で笑い声がした。それだけで、背中が硬くなった。
そして九月の半ば、母から手紙が届いた。三枚に渡って、恨み言が並んでいた。「お前は親を捨てるのか。近所に顔向けができない。父さんは体を壊した。リカは、縁談を妹に取られた女と言われて、泣いている。全部お前のせいだ。それでも母さんは、お前が帰ってくるなら許してあげます。桐さんにはリカを差し出せば、あちらも本当は美人の姉の方がいいに決まっているのだから、丸く収まる。家族なんだから、助け合いなさい」。手紙は、夜のうちに一人で読んだ。読み終わって便箋を畳んで、私はしばらく動けなかった。腹が立ったのではない。悲しかったのでもない。怖くなったのだ。この人たちは、どこまでも来る。私がここで幸せになろうとする限り、何度でも、どんな手でも使って踏み込んでくる。父は金の無心で桐の名前を汚す。姉は嘘で私の名前を汚す。母は上手く私を縛ろうとする。その度に、慎一郎さんが、志乃さんが、村の人たちが、頭を下げたり、火消しに回ったりすることになる。私がいる限り、それは終わらない。私さえいなければ。
一度そう考えてしまうと、その考えはどんどん育った。二十六年前の癖は、恐ろしいものだ。私は、困り事の原因になってはいけない。私は、誰かの荷物になってはいけない。なぜなら、私にはそこまでしてもらえるだけの値打ちがないから。頭では「違う」と分かっていても、心の古い場所が勝手にそう囁くのだ。あの卵焼きの夜にもらった言葉さえ、棘の側に回った。「本当は君に来て欲しかった」と言ってくれた。でも、それならなおさらだ。望んで迎えた嫁の実家がこれでは、慎一郎さんはこの先ずっと、私の家族の後始末をして生きることになる。あの人の背中には、もう山一つ分の荷物が乗っているというのに。
その頃の私は、慎一郎さんの前でうまく笑えなくなっていた。夕餉の席で、箸が止まる。呼ばれて「はい」と答える声が、硬くなる。慎一郎さんは何も聞かなかった。ただ、ある晩、湯呑みを置いてこう言った。「小春さん、君は辛い時ほど、姿勢が良くなる」。「え?」「食堂でもそうだった。無理に話せとは言わない。ただ、覚えておいてほしい。この家の困り事は、この家の全員の困り事だ。君一人の荷物じゃない」。その優しさに「はい」と頷きながら、心の底では逆のことを考えていた。だからこそ、私が消えるのが一番早いのだと。人の優しさをそんな風にしか受け取れない自分が、一番嫌いだった。
九月の二十日、決定的なことが起きた。父が酒に酔って、村へ来たのだ。夕方の商店の前で、買い物帰りの志乃さんを捕まえて、大声で絡んだのだという。「桐の家は、嫁の実家を見殺しにする気か!親が困っとるんだぞ!教育がなっとらん!」。駆け付けた源蔵さんと男衆が引き剥がして、バス停まで送っていった。志乃さんに怪我はなかった。けれど、村の往来でその騒ぎを大勢が見ていた。
その夜、私は自分の部屋で、タンスから服を出した。来た時に持ってきたボストンバッグは、押入れの奥にしまってあった。引っ張り出して、口を開けて、畳んだ服を詰めた。手が震えて、うまく畳めなかった。ここを出よう。実家には帰らない。町へ出て、住み込みの仕事を探して、誰にも迷惑のかからない場所で一人で生きよう。元々、私の人生はその程度のものだったはずだ。この四ヶ月が、夢のように良すぎただけで。鏡台の横の、つげの柄の裁縫箱が目に入って、視界が滲んだ。
その時だった。「小春さん、何してるの?」。襖の隙間から、千代ちゃんが立っていた。寝巻きのまま、枕を抱えて。最近の千代ちゃんは、宿題を私の部屋でやって、そのまま布団に潜り込んでくることが多かったのだ。千代ちゃんの目が、ボストンバッグに落ちた。見る見るうちに、顔色が変わった。「どこか行くの?」「千代ちゃん…」「ねえ、これ、行っちゃうの?」。枕が畳に落ちた。千代ちゃんは走ってきて、私の腕にしがみついた。小さな体のどこに、こんな力があるのかと思うほど強く。「やだ、やだ、やだ。行かないで。お父さんもお母さんも、帰ってこなかった。行ってきますって言ったのに。千代、いい子にしてたのに、帰ってこなかった。小春さんも、帰ってこないんでしょ。行っちゃったら、もう、帰ってこないんでしょ」。
千代はわあわあ泣いた。この家に来て初めて聞く、鳴き声だった。両親が死んだ時も、親戚をたらい回しにされた時も、声を出して泣けなかった子が、私の腕の中で泣いていた。私は、ボストンバッグを見た。畳んだ服を見た。そして、自分が今何をしようとしていたのかを見た。「行ってきます」も言わずに、この子の前から消えようとしていた。私が二十六年間、家族にされ続けて一番辛かったこと。いてもいなくても、同じ扱いをされること。それを、私はこの子にしようとしていた。「ごめんね」。私は千代を抱きしめた。「ごめん。ごめんね。行かない。どこにも行かないから」。
騒ぎを聞きつけて、志乃さんが部屋に来た。ボストンバッグと、泣きじゃくる千代ちゃんと、私の顔を順に見て、志乃さんは全てを察したようだった。千代ちゃんを寝かしつけた後、志乃さんは私の部屋に残って、お茶を入れてくれた。「奥様。一つだけ、昔話をしてもよろしいですか?」「はい」。「私は十八の年から、この家におります。先代の奥様、絹子様にお仕えして。旦那様がお生まれになった日も、この家の廊下におりました。絹子様が亡くなられて、その四年後に大旦那様が山で亡くなられて。旦那様は二十四で、たった一人でこの家と山と村を背負われました」。
いろりの火が小さくなって、志乃さんの声だけが部屋にあった。「これからの八年。この家は静かでした。手入れは行き届いて、帳簿は正しくて、使用人は礼儀正しくて。それでも、静かすぎました。旦那様は誰より働いて、誰より質素で。けれど、夜のこの廊下を、あの方がどんな顔で歩いていらしたか。家というものは、屋根と柱でできているのではございませんよ、奥様」。志乃さんは湯呑みを、私の前に置いた。「あなた様がいらしてから、台所に鼻歌が戻りました。千代様が、声を出して笑うようになりました。旦那様は、夕餉の時間の前に、二度も三度も時計をご覧になります。この家は今、生き返ろうとしているところなのでございます。どうか、それをご自分の目でもご覧になってくださいませ」。
私は、湯呑みを両手で包んだまま、何も言えなかった。「それに」。志乃さんは立ち上がって、襖に手をかけて振り返った。「この家は、人が帰ってくるのを待つのが仕事のような家でございますから。出て行かれても、無駄でございますよ。何度でも『お帰りなさいませ』と申し上げるだけでございます」。そう言っていたずらっぽく笑った。私はこの夜、志乃さんという人が、本気で好きになった。ボストンバッグは翌朝、押入れの一番奥に戻した。もう二度と出さないつもりだった。けれど、心の棘が全部抜けたわけではなかった。私はまだ知らなかったからだ。なぜ、私だったのか。その答えの、本当の部分を。そして、それを知る日は、思いがけない嵐と一緒にやってきた。
九月の終わり、大きな台風が来るという知らせが村に流れた。その二日前の昼、私は山元事務所へ弁当を届けに行って、いつもと様子の違う源蔵さんを見た。空を見上げて、じっと動かない。岩のような横顔が、心なしか青ざめて見えた。トメさんが帰り道で教えてくれた。「源蔵さんはね、雨が続くと、ああなるんだよ。八年前の秋の長雨で、裏山の沢が崩れたんだ。見回りに出た大旦那様と源蔵さんと、この若旦那で。二人とも、帰ってこなかった」。「若旦那?」「源蔵さんの一人息子だよ。大旦那様の右腕でね、次の山元になるはずだった。二十六の若さだった。大旦那様は優一さんを先に逃そうとして、優一さんは大旦那様を置いていけなくて。そういう二人だったんだよ」。慎一郎さんのお父様と、源蔵さんの息子さんは、同じ日に同じ山で亡くなっていた。源蔵さんがあの年で現場に立ち続けている理由も、慎一郎さんを見る目の奥にある何かも、その話でようやく分かった気がした。
台風の前日、桐の家は戦のようだった。慎一郎さんと男衆は朝から村を回った。雨戸の落下しそうな所を釘で打ち、危ない枝を下ろし、川沿いの家に土嚢を積む。志乃さんとトメさんと私は、屋敷の物置から古い布団や毛布を出して、大広間に並べた。「トメさん、これは…」「桐の家は、昔から村の避難所でございますから。石垣の上で、水にも山にも一番強い。先代の頃も、その前も。嵐の度にこうしておりました」。千代ちゃんも、小さな手で布団を運んだ。学校は休みになっていた。夕刻、私は志乃さんと米の量を確かめて、炊き出しの準備をした。八年前の長雨の時は三日分やったと志乃さんが言うので、多めに見積もった。
夕方から、雨と風が強くなった。夜には村の放送が避難を呼びかけて、お年寄りや子供連れの家族が、次々と屋敷へ上がってきた。大広間は、いつの間にか三十人を超える人でいっぱいになった。私は、台所に立った。考えるより先に、体が動いた。八年間、昼の混雑をさばき続けた食堂の体だ。大鍋で味噌汁を作り、ありったけの米を炊き、おにぎりを握った。トメさんと志乃さんが並んで手伝ってくれて、千代がお盆を運んだ。湯気の立つ椀を受け取った人たちの顔から、少しずつ力が抜けていくのが分かった。
夜十時を回った頃、消防団のカッパを着た若い人が駆け込んできた。「上流の沢が、崩れかけてるって。沢下の宝神のじいちゃんが、まだ家にいるらしい。電話が繋がらん」。大広間が、ざわりと揺れた。慎一郎さんが、立ち上がった。カッパを掴んで、源蔵さんと目を見かわした。源蔵さんの顔が、強張った。「旦那、わしが行く。あんたは、ここにおれ」。「源蔵さん。道を一番知っているのは、私だ」。「だからこそだ。だからこそ、行かせられん。八年前と同じことを、わしにもう一度見せる気か」。一瞬、二人の間で時間が止まった。慎一郎さんは静かに、源蔵さんの肩に手を置いた。「同じことにはしない。そのための八年だ。無線を持つ。単独では動かない。消防団と五人で行って、五人で戻る。源蔵さんは、ここを頼む。この家の全員を、預ける」。源蔵さんはしばらく慎一郎さんを睨みつけていた。それから、絞り出すような声で言った。「夜明けまでには、戻れ。約束せぇ」「約束する」。
慎一郎さんは、カッパの紐を閉めて、土間に降りた。私は気がつくと、追いかけていた。「慎一郎さん!」。何を言えばいいのか、分からなかった。行かないで欲しかった。でも、「行かないで」と言ってはいけないことも、分かっていた。宝神のおじいさんの顔が、大広間の人たちの顔が、この人の背中に乗っているのだから。慎一郎さんは振り返って、私を見た。「行ってくる」。「はい。行ってらっしゃい。必ず帰ってきてください」。「ああ」。風の中へ、五つの明かりが出ていった。それからの夜を、どう過ごしたのか正直よく覚えていない。無線は一時間おきに入った。宝神さん保護の一報が入った時、大広間に小さな歓声が上がった。けれど、その直後から連絡が途絶えた。帰り道の法面が崩れて塞がったらしいというところで、無線は切れて、それきり何も言わなくなった。源蔵さんは土間の上がり口に座ったまま、微動だにしなかった。膝の上の拳が、白くなっていた。八年前の夜も、この人はこうして待ったのだろうか。そして、朝、何を見たのだろうか。
私は、台所に立ち続けた。じっとしていたら、おかしくなりそうだったからだ。夜食のおにぎりを握り、湯を沸かし続けた。帰ってきた人が、すぐ温まれるように。帰ってくる。帰ってくるに決まっている。竈の火を見つめながら、私は生まれて初めて誰かのために神様に祈った。千代ちゃんは眠らなかった。膝を抱えて、玄関の見える柱の影から動かなかった。「行ってきます」と言った人が帰ってこなかった記憶と、この子は一晩中戦っていたのだと思う。
空が白み始めた頃、雨が弱まった。そして、玄関の外で砂利を踏む音がした。泥だらけのカッパが五つ。その真ん中に、おじいさんを背負った、時は背の高い影があった。「お帰りなさい」。千代ちゃんが、毛布を跳ねのけて飛び出した。源蔵さんが立ち上がって、崩れるように土間に膝をついた。大広間の人たちが、わっと玄関に集まった。私は、動けなかった。土間の手前で、足が止まってしまった。言いたい言葉が、喉の奥で二十六年分の錆に引っかかって、出てこなかった。私は、言う側だった。ずっと、言う側だった。「ただいま」に返事のない家で、それでも毎日言い続けた側だった。だから、この言葉を心から言うのが、こんなに難しい。
慎一郎さんが、泥だらけの顔で私を見た。「ただいま」。その一言で、錆が剥がれた。「お帰りなさい」。気がつけば、私は土間に駆け降りて、泥も雨も構わず、そのカッパの胸にしがみついていた。「お帰りなさい。お帰りなさい」。暖かかった。嵐の中を一晩歩いてきた人の体が、こんなに温かいなんて知らなかった。慎一郎さんの手が、ためらって、それからそっと私の背中に回された。大広間から、拍手が起きた。おじいさんもおばあさんも、消防団の若い人たちも、泣き笑いの顔で手を叩いていた。源蔵さんが土間に座り込んだまま、腕で目元をぐいっと拭ったのを、私は見た。
三山村を襲った台風は、家を二件半壊させ、田を泥で埋めた。けれど、死んだ人は、一人もいなかった。そして、この嵐の数日後、こぶき食堂のやえさんが、軽トラックの助手席に米と卵の箱を積んで、見舞いにやってきた。全ての答え合わせは、この人の口から始まったのだった。
やえさんは屋敷の縁側に腰を下ろすと、庭を眺めて、ほっと息をついた。「いいお家だね。絹子さんが嫁いだ時、私も一度だけ来たことがあるんだよ。四十年も前の話だけど。この庭は、変わらないね」。「やえさん。女将さんが、慎一郎さんのお母様とお友達だったって、本当だったんですね。私、全然知らなくて」。「言わなかったからね」。やえさんはカラカラと笑って、それから少しだけ声を落とした。「小春、あんたに話しておかなきゃならないことがあって来たんだ。台風の晩、あんたが村の人たちに炊き出しをしたって聞いてね。ああ、もう話してもいい頃だって、そう思ったんだよ」。
慎一郎さんは、山の見回りで留守だった。志乃さんが心得たようにお茶を置いて、千代ちゃんを連れて下がった。縁側には、私とやえさんだけが残った。「単刀直入に聞くけどね。あんた、自分がなんでこの家に来たんだと思ってる?」「姉の身代わりです。姉に来た縁談から、姉が逃げて。それで、私が…」「そう。あんたは、そう思ってるんだよね。あんたの親が、そう言ったから」。やえさんは持ってきた風呂敷包みを、膝の上でほどいた。中から出てきたのは、古びた茶封筒だった。「これを見てごらん」。中には、便箋が数枚入っていた。広げると、見覚えのある、癖のない丁寧な字が並んでいた。慎一郎さんの字だった。日付は、去年の十二月。
「やえ様。長らくご無沙汰しております。本日は、生涯に一度のお願いがあり、筆を取りました。やえ様の店で働いておられる、瀬原小春さんという方のことです。二年前から店に伺うたび、あの方の働く姿を見てまいりました。誰も見ていないところで人に尽くし、報われなくても腐らず、自分より小さき者に手を差し伸べる方だと、勝手ながら存じ上げております。私は口下手で、家は山奥で。あの方に苦労をかけない暮らしを約束できるとは言えません。それでも、あの方が誰にも大切にされていないように見えることが、私はずっと我慢なりませんでした。どうか、瀬原小春さんとの縁談の橋渡しをお願いできないでしょうか。母の友であるあなたを頼ることしか思いつかない不躾さをお許しください。桐慎一郎」
便箋を持つ手が、震えた。「瀬原小春さん」と書いてあった。リカでは、なかった。最初から、私の名前が書いてあった。「当の本人がさぁ、去年の暮れに店を閉めた後にのこのこ来てさ。この手紙を置いて、畳に頭を擦りつけたんだよ。絹子さんの子が、女の人のことで頭を下げるなんて、初めてでね。私は嬉しくて、その晩は寝られなかった」。では、どうして縁談は姉に来たんです?「桐さんのお家から、姉にって?」。やえさんはきっぱりと言った。「来てないよ。田島さんに聞いてごらん。縁談は最初っから、『末娘の小春さんに』って名指しで申し込んでるんだ。田島さんはあんたの親父さんにはっきりそう伝えてるよ。『妹さんの方です』ってね。何度もだよ」。
頭の中が、真っ白になった。あの春の日、台所でお茶を運んだ時に聞こえた、田島さんの困ったような声。「先方のご希望はですね…」。言いかけて、母に遮られていた。その続きは、私の名前だったのだ。「あんたの親はね、名指しの縁談を勝手に姉さんのものにすり替えたんだよ。地味な妹に名家から縁談なんて、何かの間違いだ。どうせなら器量のいい姉の方を売り込んだ方が、家の得になるってさ。田島さんが何度訂正しても、聞きやしない。挙句には『先方には姉の方がずっといい子だから、そちらを』なんて手紙まで送り付けてね。だから、お見合いの日、料亭に姉が来るはずだったのは、親が勝手にそうしたのさ。慎一郎さんはね、見合いの席で断るつもりだったんだよ。姉さんが来たら、『大変申し訳ないが』と丁重にお断りして、改めて『小春さん』にお願いしますって、頭を下げる覚悟で座ってた。田島さんも取り成してた。そしたら、襖が開いたら、あんたが入ってきたんだ。あの男、後で店に来てさぁ、私に言ったよ。『やえさん、奇跡というものは、本当にあるんですね』って。あの当人がだよ」。
見合いの日の光景が、ひっくり返っていくのが分かった。畳に手をついて、顔もあげられなかった私に、「来てくださってありがとうございました」と頭を下げた人。父がどれだけ私を下げても、迷惑そうな顔を一つしなかった人。あれは、我慢でも、諦めでもなかったのだ。あの人は、あの席で待ち続けた人が、向こうから歩いてきたのを見ていたのだ。門の前の一斉の出迎えの意味も、ようやく分かった。志乃さんたちは知っていたのだ。当主が二年間思い続けた人が来ると。だから、あの支度は身代わりの娘への儀礼なんかじゃなく、待ちわびた花嫁への心からの歓迎だった。「お帰りなさいませ、奥様」。あの言葉は、最初から正しく私に向けられていたのだ。
「どうして、どうして慎一郎さんは、教えてくれなかったんですか?私、ずっと身代わりだって、姉の代わりの間に合わせだって…」。やえさんは、静かに言った。「本当のことを言えば、あんたの親が名指しの縁談を握りつぶして、娘を勝手にすり替えて、その挙句、支度金まで使い込んだって、全部言うことになる。あんたは、それを聞けば胸を痛める子だって、あの男は分かってたんだよ。あんた自身のことじゃなく、親の恥を。だから、自分は黙って、『身代わり』と呼ばれるままにあんたを引き受けたのさ」。卵焼きの夜の、あの言葉の意味が、今になって胸に落ちた。「いずれ必ず全部話す。ただ、それを話すのは、まだ私の口からではない気がする」。あの人は、私の親を庇ったのではない。親の所業を知った時に傷つく、私を庇い続けていたのだ。
気がつけば、涙が膝の上にぽたぽた落ちていた。やえさんは何も言わずに、私の背中を大きな手のひらでゆっくりさすってくれた。昔、店の裏で家の愚痴一つ言えずに黙り込んでいた、十八歳の私にしてくれたのと同じ手つきだった。「あんたはずっと、自分を厄介者だと思って生きてきたんだろうけどね。違ったんだよ。あんたは選ばれて、ここに来たんだ。それも、家柄でも才覚でもない。あんたが二十六年間、誰にも見られてないと思いながら積み上げてきたものを、ちゃんと見てた人がいたんだねぇ。小春ちゃん。それが分かった上で、もう一度だけ聞くよ」。やえさんは私の顔を覗き込んだ。「あんたは、この家にいたいかい?それとも、出ていきたいかい?今度こそ、誰かの都合じゃなく、あんた自身の心で決めな」。
私は、濡れた顔をあげた。庭の向こうに、山が見えた。あの人が、今日も歩いている山だ。どこからか、トメさんと千代ちゃんの笑い声が聞こえた。「いたいです」。声が震えた。震えたけれど、はっきりと言えた。「ここにいたい。この家で生きていきたい。あの人の隣にいたいです」。「よく言えました」。やえさんは目を細めて笑った。それから、庭先へ目をやって、「あら」という顔をした。振り返ると、庭の入り口に、山から戻った慎一郎さんが立っていた。作業着のまま、手拭いを握りしめて、木の根っこみたいに突っ立っていた。いつから聞いていたのか、日に焼けた顔が耳まで赤かった。「ちょいと当人!いつまでそこに生えているんだい。あんたの番だよ」。慎一郎さんは、ぎこちなく歩いてきて、縁側の前に立った。何度か口を開きかけて閉じて、それから意を決したように、まっすぐ私を見た。「小春さん。改めて、あなたにお願いしたいことがある」。「はい」。「秋のうちに、婚礼を上げたい。籍も入れたい。身代わりでも、間に合わせでもなく。桐慎一郎の妻として、この家に…」。いや、慎一郎さんは首を振って、言い直した。「私の家族になってほしい」。山の上の空は、台風の後の、どこまでも高い空だった。私は、泣きながら何度も何度も頷いた。やえさんが割烹着の袖で豪快に目元を拭って、「もう、めっぽう甘いねぇ」と笑った。
婚礼は、十月の末。紅葉が一番綺麗な頃と決まった。けれど、話にはもう一つ山だけ、続きがあった。その婚礼の朝、門の前に、あの三人が立つことになるのだ。
婚礼の日は、朝から抜けるような青空だった。屋敷は夜明け前から動いていた。大広間には紅白の幕が貼られ、庭には村の人たちのための席が並んだ。台所には手伝いの奥さんたちが集まり、蔵からは先代から伝わる漆の膳が下ろされた。田島さんも、やえさんも、朝一番のバスとトラックで駆けつけてくれた。私は、奥の間で志乃さんの手で白無垢を着せてもらった。「お綺麗でございますよ、奥様」。鏡の中に、知らない女の人がいた。いや、知らないのではない。二十六年間、鏡の前で俯くことしかしてこなかった私が、まっすぐ前を向いているだけだった。志乃さんは最後に、帯の上から懐剣と一緒に、小さな包みを差し込んだ。「先代様のお守りでございます。あの方が嫁がれた日に、この帯に差していらしたもの。本日よりあなた様がこの家の奥様。絹子様も、きっとお喜びでございます」。
開式まであと一時間という頃だった。門の方から、クラクションの音が響いた。何度も何度も、めちゃくちゃに。続いて、砂利を蹴散らす足音と、怒鳴り声。「小春!小春はどこだ!出てこい!」。血の気が引いた。忘れもしない。あの声は、私の二十六年間そのものの音だった。廊下が、ざわめいた。私は白無垢の裾を持って、大広間へ急いだ。止めようとする志乃さんの手を「大丈夫です」と押しとめて。逃げも隠れもしない。今日という日にまで押しかけてきたのなら、なおさら私が出なくてはいけなかった。
大広間の入り口に、三人は立っていた。父と母と、姉。父は皺の寄った紋付きで、母はよそ行きの着物で、姉は、間違いなく華やかな振袖を着ていた。その振袖の意味を理解した瞬間、私は寒気がした。姉は、花嫁の代わりが効くと、本気で思ってきたのだ。詰めかけていた村の人たちが、遠巻きに固まっていた。やえさんが、田島さんが、源蔵さんが、男衆が、じりじりと間合いを詰めていた。慎一郎さんは、紋付き姿で、広間の中央に静かに立っていた。
「おお、小春。綺麗な格好をしてもらって、よかったな。だがなぁ、残念だが。その式は、あげられん」。父が言った。「何を言ってるの?」。「今日はなぁ、けじめをつけに来たんだ。桐さん、あんたも聞いてくれ。この縁談は、元々うちの長女のリカのものだった。それを、この小春が、姉の急病につけ込んで、横からかっさらった。親として、これを見過ごしては、世間に顔向けができん」。よくもまあ、と思った。呆れを通り越して、ほとんど感心していた。この人の中では、もう本当にそういう歴史になっているのだ。「そうよ。小春。あんただって、本当は分かってるんでしょ。自分が身代わりだったこと。分不相応だってこと」。
姉が一歩前に出た。振袖の袖を揺らして、潤んだような目で慎一郎さんを見上げた。姉の一番の武器の顔だった。「桐さん、申し訳ありません。あの日、私は熱で倒れて、動けなかったんです。妹には、お断りの言葉だけ伝えてもらうつもりでした。それが、まさかこんなことになっているなんて。でも、まだ間に合いますよね?籍はまだだって聞きました。本来の形に戻しませんか?この縁談の相手は、最初から私です」。広間が、しんとした。村の人たちの視線が、慎一郎さんに集まった。
慎一郎さんは、姉を見ていた。それから、父を、母を、順に見た。怒っているのかどうかも分からない、静かな目だった。そして、口を開いた。「一つだけ、確認させてください。この縁談が、リカさんのものだったと。皆さん、本気でそうおっしゃっている」。「当たり前だ。田島さんが持って来た時から、リカの縁談だった」。「そうですか」。慎一郎さんは頷いた。それから、広間の隅へ目をやった。そこには、田島さんが風呂敷包みを膝に乗せて、座っていた。田島さんは静かに立ち上がると、包みを解きながら、歩み出た。元校長先生の、よく通る声だった。「瀬原さん。私はね、この日のために、全部取っておいたんですよ」。風呂敷の中から出てきたのは、書類の束だった。「これは、去年の十二月。桐慎一郎さんから、私が正式にお預かりした、縁談の申し込みの書面です。お相手の名前の欄を、皆さんの前で読み上げます。『瀬原小春さん』。小春さんです。リカさんの名前は、どこにもありません」。父の顔色が、変わった。「こちらは、私があなたに宛てた手紙の控えが三通。三通とも、『先方のご希望は妹の小春さんです』と念を押している。こちらは、あなたから届いた返事。『姉のリカの方が、器量も愛想も上の娘だから、そちらで話を進めたい』という趣旨のことが、あなたの字で書いてある。そして、こちらが、支度金百万円の受け取りの署名。使い道について、後で説明のつく方は、この中にいらっしゃいますかな?」
一枚、また一枚と、動かぬ証拠が畳の上に並べられていった。村の人たちの間から、低いどよめきが起きた。母の顔から血の気が引き、父は口をパクパクさせた。そして、誰より早く動いたのは、姉だった。「どういうこと?お父さん!」。姉は、父と母を振り返った。「名指しが、妹?じゃあ、何?私が受けた縁談って、私、最初っから相手にもされてなかったってこと?それをお父さんたちが、勝手に私の縁談だって言って、私に、山奥の貧乏男を当てがおうとしたわけ?結局、私を売ろうとしたってこと?」。「リカ、違うのよ。あれはあんたのためを思って…」「触らないでよ!」。姉の金切り声が、広間に響いた。亀裂が崩れるように、三人は勝手に揉め始めた。「お前がリカに余計なことを吹き込んだからだ!」「あなたが支度金を使い込んだりするからでしょう!」「私は、元々乗り気じゃなかったのよ!」。
見苦しい声が、紅白の幕の下で渦を巻いた。私は、それを黙って見ていた。悲しいような、遠いような、不思議な気持ちだった。ああ、この人たちは、こういう人たちだったのだ。私が二十六年間、家族と呼べなくて、認められたくて、振り向いて欲しくて、尽くし続けた相手は。慎一郎さんが、すっと私の隣に立った。それだけで、背筋が伸びた。「瀬原さん」。低い声が、三人の言い争いを断ち切った。「あなた方にはっきりお伝えしておくことがあります」。慎一郎さんは、私の隣で、まっすぐに三人を見た。「私が妻として迎えるのは、この人です。瀬原小春さん。ただ一人です。身代わりではありません」。その声は大きくはなかったけれど、広間の隅々まで、すぐに通った。「私が待っていたのは、最初から彼女でした。二年前から、ずっとです。あなた方が家の中で道具のように扱ってきたこの人を、私は私の目で見て、私の意思で選びました。あなた方が捨てたものが何だったのか。それを知らないまま生きていくのは、あなた方の勝手です。ですが、この人には、指一本、二度と触れさせません」。そして、慎一郎さんは深く息を吸って、言った。「小春さんは、今日、桐の家の人間になります。婚礼の席を汚されるのは、これ以上我慢がなりません。お引き取りください。今後、金の無心も、呼び出しも、一切お断りします。次に何かあれば、支度金の件も含めて、然るべきところで話をさせていただく」。
「然るべきところ」という言葉に、父が目に見えて怯んだ。使い込みの署名は、たった今、大勢の前に並べられたばかりだった。それでも、母が最後の手を出した。私に向かって、あの声で。「小春、あんた、親を捨てる気?育ててもらった恩を忘れて、自分だけ幸せになる気でしょう」。昔の私なら、この一言で崩れていた。「家族でしょう」。その言葉は、二十六年間私を縛り続けた鎖だった。けれど、私はもう知っていた。本当の家族というものが、どういうものか。嵐の夜に帰りを待つことだと。破れたスカートを縫ってやることだと。湯気の立つ膳を並べて、「お帰りなさい」と言うことだと。この半年で、私はそれを数えきれないほど見せてもらったのだ。
私は、白無垢の胸を張って、母の目を見た。生まれて初めて、そらさずに。「お母さん。私、ずっと家族になりたかった。お父さんと、お母さんと、お姉ちゃんの。だから二十六年間、ご飯を作って、洗濯をして、お給料も渡して、言われた通りにお見合いにも行った。最後まで、言われた通りにしたよね?身代わりに行けって言ったのは、お母さんたちだよね?」。母は、言葉に詰まった。「この日、私を送り出した時、お父さんは言ったよね。『もう帰ってくるな』って。だから、私、帰らない。でも、それは親を捨てるんじゃない。私はただ、私を家族だと思ってくれる人たちのところに帰るだけ。それを決めたのは、お父さんでも、お母さんでもなくて、私」。自分の声が震えていないことに、自分で驚いていた。「お見合いも、この結婚も、私の人生で初めて、私が自分の心で選んだこと。だから、『返して』って言わないで。これは、私のものだから」。
母は、何かを言いかけて、やめた。姉は、もうこちらを見てもいなかった。父は、並べられた書類と村中の視線の間で、しょんぼりしたように小さくなっていた。三人は、来た時の半分の大きさになって、帰っていった。門を出る間際、母が一度だけ振り返って、何かを言いかけたけれど、結局何も言わずに、頭だけをほんの少し下げていった。これが、私の見た母の最後の姿になった。
門が閉まった。短い沈黙の後、やえさんの声が飛んだ。「さて、くそ真面目なのはここまでだよ。今日は婚礼だ。神主さん、お待たせしちまったね」。広間に、どっと空気が戻った。人々が席に着き直し、太鼓持ちのおじさんが手を叩き、千代ちゃんが袂の袖を跳ね返して、私に飛びついてきた。「小春さん!早く、早く!お嫁さんして!」。みんなが笑った。私も笑った。白無垢の袖で目元を押さえながら。こうして、私の婚礼は、半年遅れの、けれど世界で一番温かいものになったのだった。
婚礼は、昼から夕方まで続いた。広間の隅で、千代ちゃんが緊張しきった顔で行司をしていたのを覚えている。今日の千代ちゃんには、大事な役目があった。三三九度の盃を乗せた盆を、私たちのところまで運ぶ係だ。志乃さんが考えてくれた、この家だけのやり方だった。千代ちゃんは真剣そのものの顔で、小さな盆を掲げて、しずしずと歩いてきた。途中で一度だけ、袴の裾を踏みそうになって、広間中が息を止めて、それから温かい笑いが起きた。盃の三三九度を交わす時、慎一郎さんの手が緊張で微かに震えていて、私は少しだけ安心した。この人も、人間なのだ。山を歩き、嵐の夜に人を背負って帰ってくるこの人が、盃一つで緊張している。それが、たまらなく愛しかった。
宴の途中、源蔵さんが盃を持って、私たちの前に座った。岩のような顔が、酒で少しだけ赤かった。「旦那、奥様。今日は、めでたい」。それだけ言って、しばらく黙った。それから、庭の向こうの山に目をやった。「明日、山の上に報告に行ってくるわ。大旦那様と、うちの優一に。『桐の家に、いい嫁さんが来たぞ』と。『台所に明かりが灯って、飯がうまいぞ』と。『あんたらが守った家は、ちゃんと続いとるぞ』と」。私は深く頭を下げた。慎一郎さんも、黙って頭を下げた。源蔵さんは、ふん、と鼻を鳴らして立ち上がると、それきり若い衆の輪に戻っていった。目元が光っていたことには、誰も触れなかった。志乃さんは、廊下の柱の影で、ずっと目頭を抑えていた。十八の年からこの家に仕えて、絹子様の花嫁姿も、今日の私の花嫁姿も、この人は同じ廊下から見てきたのだ。志乃さんと目が合うと、志乃さんは何度も何度も、深く頷いてくれた。言葉は、いらなかった。
宴もたけなわの頃、千代ちゃんがちょこんと私の前に座った。晴れ着の帯には、私が縫ったクマのお守り袋が下がっていた。「あのね、千代。今日から、小春さんのこと…」。千代ちゃんはもじもじと指を絡ませて、上目遣いに私を見た。「お母さんって、呼んでいい?」。胸の奥が、いっぱいになった。私は、千代ちゃんの両手を取って、頷いた。「うん。呼んで。何回でも、呼んで」。「お母さん!」。千代ちゃんは、私の胸に飛び込んできた。五歳で「行ってきます」に置いて行かれたこと。二十六年間「お帰り」を言われなかった私が。この日、親子になった。血は繋がっていないけれど、この子を守るためなら何でもできると、心の底から思った。きっと、こういう気持ちの積み重ねだけが、家族を家族にするのだと思う。
夜、客が帰って、屋敷が静かになった。私と慎一郎さんは、縁側に並んで座っていた。空には、驚くほど大きな月が出ていた。私は、月を見たまま言った。「慎一郎さん。一つ、告白してもいいですか?」「なんだろう?」「私、ここへ来た日。門の前で、本当に怖かったんです。ボロボロの家で、誰にも歓迎されなくて。姉の代わりに来た私は、迷惑がられて。それでも、行くところがないから、頭を下げて置いてもらうんだって。私はずっと、姉の代わりに来たんだと思っていました。この半年、ずっと心のどこかで。でも、違ったんですね。あなたは、二年も前から私を見ていてくれて。名指しで手紙を書いてくれて。断られても、すり替えられても、諦めないでいてくれた」。慎一郎さんは、月を見たまま聞いていた。「ねえ、慎一郎さん。教えてください。私、そんなにしてもらえるほどの人間じゃない。ただの食堂の店員だったのに。どうして、私なんですか?」
慎一郎さんは、盃を置いた。それから、いつものように言葉を一つ一つ選びながら、話し始めた。「母が死んで、父が死んで。私はこの家で、当主というものになった。立派にやろうと思った。山を守って、村を守って、帳簿を正して。八年、そうやってきた。誰にも、文句は言わせないつもりだった。ただ…」。月明かりの下で、慎一郎さんの横顔が、少しだけ幼く見えた。「夜にこの廊下を歩くと、家中が静かで。時々、分からなくなった。私は、何のためにこの家を守っているのか。守った先に、誰がいるのか。この家は、立派な器だけれど。器の中身が、とうの昔に空っぽになっていることを、私は誰にも言えずにいた。そんな頃に、あの食堂で、君を見た。君は、誰かの器に飯を盛って、味噌汁をよそって、湯気ごと手渡していた。毎週毎週、誰に褒められるでもなく。ああいうものが、器の中身なのだと。見るたびに、思った。この人が笑って暮らせる場所があるとしたら、そこはきっと温かい場所なのだろうと。気がついたら、その場所が、うちであればいいと願うようになっていた」。
慎一郎さんは、こちらを向いた。「小春さん。君はさっき、そんなにしてもらえるほどの人間じゃないと言った。違う。逆だ。君が来てくれたから、この家は、やっと本当の意味で温かくなったんだ。千代が笑う。志乃さんの鼻歌が増えた。源蔵さんが、弁当の礼を言う。私は、夕餉の時間が待ち遠しい。この半年、この家の器には、ちゃんと中身が入っている。君が、毎日よそってくれている」。私は、もう泣いていた。今日、何度目の涙か、数えるのはやめていた。「だから、礼を言うのは、私の方だ。来てくれて、ありがとう。この家を選んでくれて、ありがとう」。月の下で、慎一郎さんの大きな手が、私の手を包んだ。ごつごつして、ささくれだって、温かい手だった。山を守り、村を守り、そして今日から私と千代ちゃんの毎日を守ってくれる手だった。「ただいま、あなた」。半年遅れの「ただいま」だった。慎一郎さんは、少し笑って答えてくれた。「お帰り」。
あれから、三年が過ぎた。三山村の桐の家は、今日も賑やかだ。千代ちゃんは、十一歳になった。すっかりこの家の長女の顔で、村の学校では手のかかる一年生の世話を焼いているらしい。縫い物の腕は、もう私に追いつきそうだ。この春、授業で書いた「私の家族」という作文を、先生が村の文集に載せてくれた。「お父さんは、山の仕事をしています。お母さんは、ご飯の天才です。私の家族は、もらい物同士の家族だけど、日本一あったかいです」。夕餉の席でそれを読み上げられた時、慎一郎さんは味噌汁の椀に向かって、しばらく箸が持てなかった。その作文の最後の一行を、私は台所の柱にこっそり書き写して貼ってある。夕餉の支度の度に目に入って、その度に「今日も頑張ろう」と思える。私のお守りみたいなものだ。
そして、去年の春。この家に、もう一人家族が増えた。女の子だった。名前は、陽和。ひよりと読む。日よりの良い日に、産まれたから。名前の字を書く時、慎一郎さんは何枚も書き直して、志乃さんに笑われていた。ひよりはよく笑う子で、千代ちゃんの姿が見えると、手足をバタバタさせて喜ぶ。千代ちゃんは、妹が生まれた日、病院の廊下で私の手を握って、こう言った。「お母さん。千代、もう、迷子の子じゃないね」。私は、その言い方に病院の廊下で泣いた。自分のことを、そう思っていたのだ。もう違う。あなたは誰かの姉で、誰かの娘で、この家の子だ。ひよりのお宮参りには、村の人が驚くほど集まってくれた。宝神のおじいちゃんは、自分で編んだという小さな帽子を。源蔵さんは、手彫りの一位の木のガラガラを。志乃さんは、ひよりを抱いて、「絹子様にそっくりの笑顔でございます」と言って、泣いた。
こぶき食堂には、月に一度、家族みんなで通っている。木曜と決めている。もちろん、卵焼き定食の日だからだ。カウンターの一番奥の席は、いつの間にか「桐さんの席」になっていて、常連のおじいちゃんたちが、うちの旦那さんの二年間の片思いの話を、何度も何度も蒸し返してからかう。慎一郎さんは、その度に湯呑みで顔を隠すように、お茶を飲む。帰り際、やえさんはいつも私に言う。「小春、あんた、いい顔になったね。来るたびに、いい顔になる」。この人が、あの冬、あの手紙を受け取ってくれなかったら。あの当人の頭下げを、笑い飛ばさずに聞いてくれなかったら。今の私たちは、どこにもいなかった。人生の御仁というものは、案外、湯気と油の匂いのする割烹着を着ているものだ。
実家とは、縁が切れた。一度だけ、母から短い手紙が届いた。婚礼の日のことを詫びる言葉が、便箋に三行だけ書いてあった。姉は、町を出た。父と母は、二人で暮らしているという。私は返事に、ひよりの写真を一枚だけ入れて送った。それきり、便りはない。恨んではいない。ただ、遠くで元気でいてくれたら、それでいいと思っている。あの人たちに使われるためでも、あの人たちを恨むためでもなく。私の時間は、もうこの山の家のために使うと、決めたから。
屋敷の大広間は、あれからも年に何度か、村の人でいっぱいになる。秋の収穫の寄り合い、お正月の書き初め大会、そして台風の季節の避難所。炊き出しの味噌汁の味は、もう村の風物詩だ。志乃さんは、私に少しずつ、この家の季節ごとの仕事を教えてくれている。梅の漬け方、蔵の風入れ、祭りの支度。「いつかあなた様が、千代様に教える番でございますから」と言いながら。この家の時間は、そうやって人から人へ手渡されてきたのだ。私は、その列の端に加えてもらった。
夕方になると、私は台所で夕餉の支度をする。竈に火を入れて、味噌汁の出汁を引いていると、庭の方から軽トラックの音がして、千代ちゃんが玄関へ駆けていく。ひよりが、その後ろをよちよちと追いかける。「お帰りなさい!」「お帰り!」。そして、私も前掛けで手を拭きながら、玄関へ出る。土と木の匂いをまとった大きな体が、「ただいま」と言って上がってくる。「お帰りなさい」。なんでもない、たった七文字の言葉。二十六年間、言っても、言っても、返ってこなかった言葉。この家に来て、生まれて初めて言ってもらえた言葉。今では毎日言って、言われて、それが当たり前になった言葉。
お見合いの一時間前に、姉が逃げて。私は田舎の貧乏な男のところへ、身代わりに突き出された。あの日の私は、世界で一番不幸な花嫁のつもりだった。でも、違った。本の向こうで待っていたのは、私の二十六年間を、誰よりも正しく見ていてくれた人だった。初めて私を名前で呼んで、初めて私を待っていてくれて、初めて、私を大切にしてくれる場所だった。姉が捨てた縁談は、私に生まれて初めての「帰っていい場所」をくれた。「人の値打ちは、誰も見ていないところで決まる」。義の母が残したこの言葉を、私はこれから千代ちゃんとひよりに伝えていく。誰も見ていなくても、ちゃんと見ていてくれる人はいる。だから、あなたたちは安心して、正直に生きていきなさいと。
その言葉の後には、賑やかな夕餉が続く。千代ちゃんが箸を並べて、ひよりが自分のお椀を両手で運びたがって、大抵途中で志乃さんに救出される。慎一郎さんが、着替えを済ませると真っ直ぐ台所に来て、鍋の中を覗く。「今日も、うまそうだ」。それがあの人の、毎日の「ただいま」の続きだ。今夜も、山の家に明かりが灯る。湯気の立つ食卓を、四人で囲む。ここが、私の帰る場所だ。今夜も、私の「お帰り」が響く。それが、私の毎日の始まりだ。



