「ねえ、お前の息子の彼女と結婚したんだよね。新しいお母さんだよ」 「は?何言ってるの?」 夫の声を遮るように、義母が離婚届と婚姻届を机に叩きつけた。私は、夫と同い年の18歳の少女を妊娠させた夫に、離婚を迫られていた。家を出るその日、息子に送ったたった1通のメッセージ。13日後、合宿から帰ってきた息子の電話での第一声が、全てを変えた。 「母さん……父さんの新しい妻って、みおのことなんだ」…

「ねえ、お前の息子の彼女と結婚したんだよね。新しいお母さんだよ」 「は?何言ってるの?」 夫の声を遮るように、義母が離婚届と婚姻届を机に叩きつけた。私は、夫と同い年の18歳の少女を妊娠させた夫に、離婚を迫られていた。家を出るその日、息子に送ったたった1通のメッセージ。13日後、合宿から帰ってきた息子の電話での第一声が、全てを変えた。 「母さん……父さんの新しい妻って、みおのことなんだ」...

義母が目を細めて私を見る。彼女の隣には、私の夫・正宗が立っている。
「この子は俺の恋人、みおちゃん。今18歳なんだ」
みおと呼ばれた女性は、私を見てほほえんだ。彼女は正宗の子供を妊娠していると言った。
正宗の倫理感のなさに恐怖を覚え、私は離婚届に署名した。
その裏で、義家族はテーブルにオードブルや寿司を並べて、祝宴を開いていた。
背後から聞こえる声を無視して、私は家を出た。
まさか、こんなにも突然、地獄のような日々が終わるなんて。

離婚から13日後、合宿を終えた息子のユウヤから電話がかかってきた。
自宅に戻った彼を待っていたのは、信じられない最悪な現実だったのだ。
「みおは、俺の彼女なんだ」
なんと、正宗が再婚した相手こそ、ユウヤが以前話していた恋人だったのだ。
衝撃的な事実に、言葉が出てこない。
「これで終わらせる」
その声は低く、怒りがこもっていた。
彼と自分のために、私は義家族とみおを地獄に突き落とすと決めた。

私は久保アリサ、45歳。3つ下の夫・正宗と、高校3年生になった息子のユウヤ、そして義両親と一緒に暮らしている。
うちは二世帯住宅で、義両親は1階、私たち3人は2階が居住スペースだ。
玄関やバスルームは共有で、リビングやキッチン、寝室はそれぞれ分けている。
こういった間取りになったのは、義母の提案がきっかけだった。
「アリサさんはお仕事をしていて忙しいでしょ。だから私とお父さんのことは気にしないで、自分たちでやるから」
二世帯住宅を建設すると決まった際、彼女はリビングやキッチンを分けたいと言ったのだ。
「家族とはいえ、あんたに負担をかけたくないの。各々家事をした方が、お互いきっと楽でしょ」
それはそうだが、正直私は、共に暮らしたら家族5人分の家事を任されると思い込んでいた。
それをある程度覚悟した上で同居を受け入れたのだが、義母は私に頼るつもりなどなかったらしい。
「ユウヤもまだ小さいし、手がかかると思うの。だからアリサさん、困った時はいつでも相談してね。本当は私が家事を全部こなせたら良かったんだけど」
「いえ、お母さんに迷惑をかけるわけにはいきません。お互い分担して家事をしましょう」
「お礼を言うのはこっちよ。私ね、同居提案してくれて本当に嬉しかったの。これから仲良くしてね」
目を細めて優しく微笑む義母。
彼女の気持ちを知り、私は胸を撫で下ろした。
こんなにも優しい義母となら、穏やかな生活を送れると思ったのだ。
予想通り、その後私は義両親と良好な関係を築いていた。

しかし、ある日を境に状況が一変する。
あれほど気遣ってくれていた義母が、私に家事を押し付けるようになった。
「アリサさん、今日も夕食は5人分作ってちょうだいね」
夕食の準備に取りかかる私を見て、義母が歩み寄ってくる。彼女の隣で義父はニヤニヤと笑っていた。
「母さん、負担が減ってよかったな」
「ええ、アリサさんが1日中家にいてくれて助かるわ。無職のあんたに役目を与えているんだから、感謝してね」
ゆっくりと義母が口角を上げる。私はため息をこらえ、静かにうなずいた。
「わかりました」
反論しても無駄なので、今は素直に応じるしかない。
すると義両親は、自分たちのリビングへと戻っていった。

現在、私は5人分の家事を全て1人で担っている。
義両親の態度が変わったのは、3ヶ月前のことだ。
それまで私は、両親が営む洋菓子店で働いていた。専門学校を卒業して以降、25年間店を支えてきたつもりだ。
だが、高齢になった両親は体力の限界を感じて閉店を決める。仕方ないことだと分かってはいたものの、まさかこのタイミングで仕事を失うとは思ってもみなかった。
そして、私が無職になった途端、義両親が冷たくなる。
「ご両親のお店、亡くなるの?じゃあアリサさん、仕事は?」
「これから探していこうと思います。ご心配をおかけしてすみません」
私は簡単に事情を説明し、閉店の経緯も話した。
だが、なぜか義両親は経営不振が理由で廃業したと考えたらしい。
「アリサさんのご両親はしっかりしている人だと思っていたけど、まさか店が潰れるなんて。そんなに経営が厳しかったの?しかもこれから仕事を探す。つまりアリサさんは無職になるんだな。息子の嫁がヒモだなんて恥ずかしい」
「え、確かにご迷惑をおかけするでしょうが、できる限り急いで仕事を見つけるので」
普段は温厚な義両親が、呆れ顔でこちらを見る。いつもとは違う様子に、私は戸惑いを隠せなかった。
「あんなに立派なお店を構えているから、てっきり裕福なのかと思ったが、俺たちの勘違いだったみたいだな」
「あなたの実家が困窮していても、私たちは力を貸さないから。借金を頼まれても、アリサさん1人でどうにかしてちょうだい」
義両親は、仕事をなくした両親が金をせびってくるのではないかと心配していた。口ぶりからして、私の両親が破産したとでも思っているようだ。
「私の両親は確かに店をやめましたが、家計が苦しいわけではありません。ですから、お父さんたちが心配しているようなことはなくて」
慌てて否定するも、義両親は信じてくれない。
「アリサさんは、そりゃご両親の肩を持つでしょうね。私たちに怪しまれないよう、指示でもされているんじゃない?」
「親が事業に失敗して、情けなくないの?とにかくさっさと次の仕事を探せ。あと、正宗に負担をかけるのだけはやめてくれ」
2人は鋭い目つきでこちらを睨む。私は困り果てて、正宗に相談した。
「お父さんたちが誤解しているのだから、正宗から説明してくれない?私の親はあくまでも年齢を理由に店を閉めただけだって」
ただ、彼は難しいそうな顔をする。
「アリサはお父さんたちにそう説明されたかもしれない。だけど、その話が本当だっていう証拠はあるの?」
「え?」
「アリサが後を継いで店を続けることもできたはずなのに、閉店を選んだ。それって、売上が落ちたから閉めざるを得なかったんじゃない?」
正宗の言いたいことも分かる。閉店が決まった直後、私も両親に店を続けられないかと相談していた。自分が後を継げばいいのではないかとも伝えたけれど、両親は首を横に振るばかり。2人は私に店を継がせたくなかったのかもしれない。
「お父さんたちは、売上が回復する見込みがないからアリサに継がせなかったんだと思う。閉店の理由を年齢にしたのは建前なんじゃないかな」
「それは」
「先に言っておくけど、俺たち家族をアリサの家の事情に巻き込まないでくれよ。お父さんたちが困っていても、うちは助ける余裕はないから」
正宗も義両親と同じ考えのようだ。とにかく、私の両親にお金を渡すのが嫌なのだろう。
「まあ、急いで仕事を見つけてくれ。ユウヤの学費もかかるし」
「分かったわ。迷惑かけてごめん」
冷たくうつむく正宗に、それ以上何も言えなかった。
ユウヤは現在、大学受験に向けて必死に勉強している。彼の将来の夢は医者。それゆえ、難関大学を目指しているのだ。学費のことを考えると、悠長に構えていられない。
私は義母に家事を押し付けられながらも、次の仕事を探していた。
そんな中、ユウヤは私を気にかけてくれる。
「母さん、大丈夫?最近、おばあちゃんたちの分まで家事をやっているんだよね。俺、手伝おうか」
夕食を作っている最中、彼がキッチンに顔を出す。義両親の態度を見て、私のことを心配してくれているようだ。
「だめよ。ユウヤは勉強中でしょ。家事はお母さんがするから」
私は慌てて笑顔を作り、元気に振る舞った。それでもユウヤの表情は晴れない。
「俺のせいで苦労をかけてごめん」
「ユウヤが謝ることじゃないわ。むしろ心配かけてごめんね。でもお母さんは平気だから、勉強に集中してちょうだい」
「分かった」
私にとってユウヤは自慢の息子であり、心の支えだ。彼のためならいくらでも頑張れる。必ずユウヤが志望校に通えるようサポートすると決意した。

ただ、日を追うごとに義両親の態度は悪化していく。
「アリサさん、ちゃんと毎日掃除しているの?テレビの裏、ほこりが溜まっているわよ」
「どうせバレないと思ってサボったんだろう。俺たちを舐めるなんて、生意気な嫁だな」
少しでも家事ができていないと必要以上に責め、まるで奴隷のように私をこき使う2人。無職なら全ての家事をして当然だと思っているようだった。
私なりに家族のため頑張っているつもりだ。それでも文句ばかり言う彼らに頭に来て、思わず反論する。
「ほこりに気づいたなら、お母さんたちが掃除してくれたらいいんじゃないですか。お2人も私と同様に働いていませんよね」
義両親はいつも家にいる。彼らは日中、リビングでゴロゴロしながらテレビを見ているのだ。掃除をする時間くらいあるだろう。
「少しでも手伝ってくださったら、私の負担も減るのですが」
言い返した瞬間、義母は顔を真っ赤にした。
「なんてことを言うの?私たちはもういい年なのよ。アリサさんみたいに体力があり余っているわけじゃない。掃除なんてできるはずないでしょ」
「自分が楽したいからって、俺たちに指図するなんて。今まで母さんが家事をしていたのを当たり前だと思っていたんだな」
「いえ、もちろんお母さんには感謝しています。ユウヤの子育て中、家事を分担してもらって助かりましたから。だとしても、今私に全てを任せるのはおかしいのではないでしょうか。家事を押し付けられたら、仕事を探す時間もない」
私はほんの少しでもいいから、協力して欲しかった。
しかし義母はため息をつき、悲しげな顔をする。
「アリサさんは、私たちを敬う気がないのね。どうにかして私たちに家事を押し付けたいんでしょう」
「違います。私は手伝ってもらいたいだけで、全てをお母さんたちにお願いしているわけでは」
「年寄りに手伝いを強要するのね。アリサさんがそんなに冷たい人だと思わなかったわ」
弱々しく泣き真似をし、被害者ぶる義母。
そんな彼女をかばうように、義父が声を上げた。
「母さんは今まであんたに気を使って無理をしていたんだぞ。本当に感謝しているなら、文句なんて言わずに家事をするべきだ」
義両親は、何としてでも手伝いたくないらしい。話し合おうにも、私を悪者扱いするばかり。
その上、彼らは気に食わないことがあると声を荒らげて私を非難した。
「この焼き魚、塩を振りすぎだ。塩辛くて食べられたものじゃない」
「私たちの健康のことは何も考えていないのね。それとも、病気になればいいとでも思っているの?」
夕食の焼き魚を指差して、義母が顔をしかめる。だが、特段多めに塩を振ったわけではない。2人は私がやることなすこと全てにケチをつけたいだけだ。
ため息が漏れそうになるのをこらえて、彼らに視線を送る。
「お2人の口には合わなかったんですね。申し訳ございません。ただ、わざとではありませんので」
冷静を装い、ひとまず謝罪の言葉を口にする。しかし義両親の怒りは収まらなかった。
「そりゃ、わざととは言わないでしょうね。アリサさんは自分の非を意地でも認めないんだから。こんな嫌がらせをするなんて、本当に器が小さいわね。言い訳なんて聞きたくない。素直に謝罪だけしろ」
2人は私を睨みつけ、詰め寄る。
ただ、このまま言いなりになれば義両親は調子に乗るに違いない。私は一呼吸を置いて、口を開いた。
「ここまで私の料理に不満があるのなら、お父さんたちの食事はご自身で準備なさったらどうでしょうか?それなら味が濃くなることはないと思いますが」
嫌なら自分で作ればいいとオブラートに包んで伝えた途端、義父が立ち上がる。
「どうして俺たちが自分で飯を用意しなきゃならんのだ。家事は嫁の仕事だろう。無職なんだから、それくらいちゃんとするべきだ」
彼は不愉快そうに顔をしかめた。義母も同調して、私の態度を叱責する。
「なぜアリサさんは私たちを大切にしてくれないの?普通、お嫁さんは夫の両親に優しくするものよ」
「俺たちが嫌いなんだな。そんなに家事が嫌なら、実家に帰って両親に頼ればいい。いつでもこの家を出て行ってくれて構わないから」
それはおそらく、彼らは両親の名前を出せば私が反論しないと思っている。実際、黙り込むと2人は下品な笑みを浮かべた。
「実家には戻れないんだろ。無職の両親に迷惑なんてかけられないもんな」
「ご両親に負担をかけたくないなら、家事はきちんとしてちょうだい。アリサさんならできるわよ。なんてったって、仕事をしていないんだから」
「わかりました」
唇を噛みしめ、悔しい言葉を飲み込む。実家に戻れば両親に心配をかけることになる。私はそれが嫌で、今まで両親に言われるがまま家事をこなした。2人はそんな私の気持ちを利用して、こき使うのだ。
両親に頼れない以上、今後もこの生活を続けていくしかない。

その後も、私は感情を押し殺して理不尽に耐える日々を送っていた。
ただ、義両親はいちいち難癖をつけては罵倒してくる。
「お菓子は作れるのに、料理は苦手なのね」
「今日のお味噌汁、味が薄いわよ。手抜き?」
「こんなものを食べさせられる、私たちの気持ちも考えてちょうだい」
「俺のシャツ、シワシワじゃないか。洗濯もまともにできないなんて、恥ずかしい。これまで適当に家事をやってきたことが、手に取るように分かるよ」
どうして家事をやっている私が、何もしない2人から嫌味を言われなければならないのか。
我慢の限界を迎えたある日、私は正宗に相談した。
「お父さんたちの態度にもう耐えられない。でも、私が何を言っても2人は聞いてくれないの。正宗から注意してもらえないかしら」
しかし、彼はいぶかしげな顔をする。
「なんで俺が父さんたちに注意をするの?アリサがもっとしっかり家事をすればいいだけの話だよね」
「でも、家族5人分の家事を1人でさせられているのよ。手伝ってもらえないし、嫌みまで言われる始末で」
「アリサは無職だ。家事くらいやらないと、この家で暮らす資格はないよ。父さんたちは嫌味じゃなくて、よかれと思ってアリサに厳しくしているんだ」
正宗は私の味方をするどころか、義両親の側に立つ。予想外の返答に絶句した。
「アリサは今、俺の稼ぎで生活しているんだ。それなら、俺の両親のために家事をするのも当然だよね。母さんたちに手伝いを求めるなんて、今後一切するな」
「でも、このままだと仕事を探す時間が」
「次の仕事を見つけるためにも、お母さんたちに協力を」
「そうやって母さんたちに甘えようとするのをやめなよ。家事の合間に仕事を探せばいいじゃないか。それに、父さんたちとアリサじゃ立場が違うし」
正宗が呆れ顔で私に冷ややかな視線を送る。
「父さんたちは、今も老後の蓄えから生活費を渡してくれている。対してアリサは一文も出してない。よくその状況で文句が言えたね」
事実、義両親は貯金の一部を生活費に回してくれている。正宗は2人に感謝しているからこそ、彼らの味方のようだ。
「頼むから父さんたちに迷惑をかけないでくれ。アリサの両親は、援助なんてどうせしてくれないのに」
「それは」
「この話はもう終わり。俺、明日も早いし寝るから」
それ以上、彼は私の話を聞いてくれなかった。以前よりも冷たくなった正宗の態度に、ただただ疲れる。

そんなある日のこと、私は実家の洋菓子店へ向かうべく支度をしていた。現在、店舗は閉店した当時のまま放置されており、定期的に通って片付けをしている。70歳近い両親に任せるのは申し訳ないため、私が代わりにやっていた。
ただ、玄関へと向かおうとした際、義母から呼び止められる。
「アリサさん、どこに行くの?もうすぐお昼だけど、私たちの昼食は?」
「すみません。実家のお店の掃除に行ってきます。お昼ご飯なら冷蔵庫にあるので、温めて食べてください」
「掃除?私の答えに、彼女は顔をしかめた。店の片付けなんかより、次の仕事を探す方が大事よね。私はてっきり、ハローワークにでも行くのかと思ったんだけど」
「仕事は今ネットで探しているので、安心してください。とりあえず、今は店舗を放置しておくわけにはいかないので」
「店を掃除したところで給料は出ないんでしょ。そんなの後回しにして、さっさと仕事を見つけなさい」
凄まじい剣幕で怒る義母に引き止められるも、店をそのままにしておきたくない。私は彼女の反対を押し切って、洋菓子店の店舗へと向かった。

そして夕方、作業を終えて帰宅すると、リビングから義両親の話し声が聞こえてくる。
「全く、アリサさんはいつになったら従順になるんだ?俺たちに盾突いて、仕事も見つけないなんて」
「彼女は自分の立場が分かっていないのよ。暇そうな身分なのに、どうして偉そうなのかしら」
彼らは私の悪口で盛り上がっていた。日頃から2人きりの時は、愚痴を言い合っているのだろう。
私はわざと足音を立てて、扉を開けた。その瞬間、義母がこちらに視線を送る。
「あら、帰ってきたのね。早く夕食の支度をしてちょうだい」
「今日はうまい飯を作ってくれよ。味が濃いおかずなんて食べたくないからな」
「分かりました。気をつけます」
反論せず、静かにキッチンへと向かう。怒りをぶつけても、事態を悪化させるだけだ。私はもう言い返す気力すらなくなっていた。

そんな苦しい日々を送る中、ユウヤから嬉しい報告を受ける。
ある日、義両親がいない隙に、彼が照れ臭そうに声をかけてきた。
「母さん、ちょっといい?実は、報告したいことがあって」
「何?改まって」
「実は、俺、彼女ができてさ」
予想外の言葉に思わずあっとなるも、自然と口元が緩んだ。
「おめでとう。わざわざ教えてくれるなんて嬉しいわ。彼女は一体どんな子なの?」
「優しくて、すごく話しやすくて。受験のストレスも、彼女と一緒にいると和らぐんだ」
「そう。素敵なこと付き合いしているのね」
顔を赤くしながら、ユウヤは彼女の良さを語る。嬉しそうな彼を見て、私は心が温かくなった。大事な時期だからこそ、ユウヤにとって支えとなる存在が近くにいることに安心する。
だが彼は途端に、真剣な顔をした。
「母さんに報告したのには訳があるんだ。実は、彼女のこと、父さんやおじいちゃんたちにはバレたくなくて。もしも気づかれそうだったら、ごまかしてくれない?」
「どうして隠すの?おめでたいことじゃない」
「多分だけど、俺に恋人がいると分かったら、3人は受験勉強に専念しろって言う気がするんだ。祝福されるイメージが湧かなくて」
確かに、ユウヤの言う通りだろう。正宗と義両親は以前から彼の将来に期待しており、「医者を目指すなら絶対に難関大学に入れ」と圧をかけていた。それなら、ユウヤの交際を知れば「大事な時期なんだから、恋愛に浮かれるな」と説教するかもしれない。下手したら、彼女との仲を引き裂いて別れさせる可能性もある。
せっかくユウヤに春が訪れたのだ。私は彼のために、絶対に3人には隠し通そうと決めた。
「正宗たちにはバレないようにするわ。安心して」
「ありがとう。母さんなら分かってくれると思った」
ほっとしたのか、ユウヤの表情が明るくなる。
「母さんにまで『大事な時期に何をしてるの』なんて言われたらどうしようかと思ったよ」
「言わないわよ。勉強ももちろん大事だけど、ユウヤにとって高校生活最後の1年なんだから。せっかくなら、思いっきり青春を謳歌してほしい」
「分かった。彼女との時間も大切にしながら、勉強も変わらず頑張るよ」
報告を終え、受験勉強を再開するべく自室に戻るユウヤ。その背中を眺めながら、私は彼の幸せを守ろうと心に決めた。

ユウヤから報告を受けて1ヶ月ほど経った頃、私は正宗の言動に違和感を覚え始めた。
「正宗、今からどこか行くの?」
休日、鏡の前で熱心に髪を整える彼に、思わず声をかける。
以前まで正宗はファッションに無頓着で、髪型も寝癖を軽く直すくらいだった。服も機能性重視でこだわりはない。そんな彼が突然、雑誌に載っているようなコーデをして、髪までセットし始めたのだ。いくら何でもおかしい。
「妙に気合いが入っているけど、誰かと会うのかしら?」
首をかしげる私に、正宗は眉をひそめた。
「俺がどこに行こうが、誰に会おうが、アリサには関係ないよね。なんでそんなに聞いてくるの?」
「いや、ちょっと気になっただけよ。正宗、最近妙におしゃれだから」
「え、いいじゃん。夫がおしゃれになったら、普通は喜ぶだろ。アリサももう少し身なりに気をつけたら?あんまりにもおばさんすぎない?」
彼はこちらをじろじろと見た後、プッと吹き出す。
確かに、私は正宗の見た目のことをとやかく言える立場ではない。ここ最近は毎日TシャツにGパンで、動きやすい格好ばかり。家事に追われ、美容室に行く時間すらなく、髪は基本1つにまとめている。自分自身、鏡を見て老けたなと思うことが増えた。
「アリサは、そんな格好で外に出て恥ずかしくないの?俺は正直言って、並んで歩きたくないよ」
「私だってきちんとしたいけど、そんな余裕が今はなくて」
「また家事のせいにするの。次の仕事が見つからないのも、身なりがボロボロなのも、全部俺たちが悪いってこと?」
「そうじゃなくて」
慌てて否定するも、正宗は私を冷めた目で見る。彼はあからさまに面倒そうな顔をした。
「そうやって俺たちのせいにして嫌みばかり言って。アリサと一緒にいると気が滅入るから、俺は出かけるんだ。もういい。アリサと話している時間なんてないから」
そう言うと、正宗は急いで玄関へと向かう。
最近、彼は一層私に対して冷たくなった。家事のことを相談しても、ろくに聞いてくれず、義両親と一緒になって私を攻め立てる。おまけに休日は朝から外出して、夜まで帰ってこない。
しかも、先月頃から正宗はスマホを肌身離さず持ち歩くようになった。トイレや浴室にまで持っていき、私が近くを歩くたびにさっと画面を隠す。
「どうしたの?」
「なんでもない」
明らかに挙動不審だが、突っ込んだところで正宗は何も答えない。私は、彼が不倫をしているのではないかと疑っていた。
そんなある日、クリーニングを頼まれていた彼のジャケットのポケットから、1枚のレシートが出てくる。確認したところ、正宗は高級ブランドのアクセサリーを購入していたようだった。
「正宗、これは何?どうしてこんな高いものを買ったの?」
レシートを突きつけた瞬間、彼は顔をこわばらせる。
「俺のバッグ、勝手に漁ったのか?」
「違うわ。ジャケットのポケットに入っていたのよ。珍しいわね。こんな高価なアクセサリーを買うなんて。でも、つけているところは見たことないけど」
「高いからこそ、普段使いはしないんだよ。もしかして、俺を怪しんでいるのか?」
正宗は目を吊り上げて、私を睨みつけた。
「俺の稼ぎを何に使おうが、アリサには関係ないだろう。自分のためにアクセサリーを買って、何が悪い?」
「誰もそんなこと言っていないでしょ。不思議だったから、質問しただけよ」
「アリサは、稼ぎを自由に使う俺に腹が立ったんだろ。無職のお前には、好きに使えるお金がないもんな」
彼はレシートをひったくり、ビリビリに破ってゴミ箱に捨てる。そして顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「アクセサリーが欲しいなら、アリサも仕事をすればいい。言っておくが、俺はお前には金を使う気はないから。ヒモのお前を養ってやっているんだ。感謝しろ」
「ちょっと落ち着いてよ。私は」
「おい、正宗、どうしたんだ?」
騒ぎを聞きつけたのか、義両親がリビングにやってくる。2人は心配そうに正宗の顔を覇き込んだ。
「正宗、大丈夫?アリサさんにひどいことでも言われたの?」
「俺たちだけじゃなく、正宗にも嫌がらせをしたんだな」
義両親は事情を確かめず、正宗の味方をした。当然、彼らは私が異を唱えても聞く耳を持たない。
「一家の大黒柱である正宗が、何にお金を使おうと、アリサさんが文句を言う筋合いはないわ」
「私は文句を言ったわけでは」
「アリサさんは、いい加減自分の立場を理解しろ。あんたは俺たちのおかげで生活できているんだからな」
「父さんたちの言う通りだ。俺たちに逆らう権利なんて、アリサにはない。もう黙っていてくれ」
3人に鋭い視線を向けられ、言葉に詰まる。私はそれ以上問い詰められず、ただ彼らの言いなりになることしかできなかった。

しかし、それから1週間後の夜、正宗の部屋の前を通りかかった際、私は耳を疑った。
「みおちゃん、可愛い。早く会いたいな」
聞こえてきたのは、彼のひそひそ声。おそらく電話をしているのだろう。甘ったるい口調を聞いた瞬間、私は正宗の不倫を確信した。相手の名前は「みおちゃん」。声色や話の内容からして、友人や同僚などではない。
私は怒りで全身が震え、今にもドアを開けて部屋に入りたい衝動に駆られた。だが、不倫の証拠があるわけではない。ここで問い詰めても、正宗が義両親を味方につけてはぐらかす可能性がある。
私は深呼吸し、盗み聞きがバレぬよう、そっと彼の部屋を離れた。

それから数日後。
「今月から、生活費少なくするから」
正宗が突然、予想外の発言をする。彼は毎月給料の一部を生活費として渡してくれていたが、その金額を減らしたいという。
食費として渡されたお金の少なさに、私は目眩がした。
「え、これだけ?私たちは5人家族なのよ。この金額じゃ、さすがに足りないわ」
「わがまま言うなよ。ユウヤの学費のために貯金しなくちゃならないんだから、少しは節約しないと。そのお金でうまくやりくりしてくれ」
「節約なら、今もしているわ。だけど、さすがに限界がある。せめて最低限の食費だけは確保しないと」
すると正宗が、あからさまに不機嫌そうな顔をする。
「元を正せば、アリサが無職なのがいけないんだろう。お前が仕事をしていれば、節約なんてする必要なかった。俺じゃなくて、店を閉めた両親を責めるんだな」
彼はフンと鼻を鳴らして、スマホに視線を移した。
おそらく正宗は、不倫相手に貢いでいるのだろう。先日購入していたアクセサリーは、きっと彼女へのプレゼントだ。だからお金がないに違いない。そう確信していたものの、今追求したところで否定されるだけだ。
私は仕方なく食費を削って、どうにかやりくりしていた。ただ、やはり正宗から渡されたお金だけでは足りない。私は自分の貯金から補填して、家計を回した。
正直、現状を誰かに話したい気持ちはあったものの、両親には迷惑をかけたくない。唯一の味方であるユウヤも、今は大事な時期。私は1人、悩みを抱え込んだまま日々を過ごしていた。

それから1ヶ月後のある日、順調に彼女と交際していたユウヤが、困った顔で相談してくる。
「やっぱり彼女には、プレゼントとかあげるべきだよね」
「いきなり、どうしたのよ。彼女、もうすぐ誕生日なの?」
「うん。そうじゃないけど」
話を聞くに、どうやら彼女からプレゼントをねだられたそうだ。ただ、ユウヤはバイト禁止の高校に通っており、私なりに毎月お小遣いを渡しているものの、貯金はさほど多くはない。そのため、彼女が欲しがっているものをあげられないという。
「彼女は何が欲しいって言っているの?」
「俺はあんまり詳しくないんだけど、この化粧品みたい」
ユウヤがスマホで見せてくれたのは、かなり高めのコスメだった。今時の高校生ならば普通は持っているのだろうか。そう考えたものの、学生が買うような価格帯ではない。
ユウヤはその後も、彼女のことを色々と教えてくれた。ただ、話を聞くうちに徐々に違和感を覚える。彼女は高校生にしては、妙に物欲が強い気がしたのだ。コスメだけでなく服も欲しがり、「次のプレゼントはこれがいい」とユウヤにねだっているのだ。
「そう。彼女が喜ぶなら買ってあげたい。だけど、3万円の服は俺じゃ買えなくて」
ファッションに興味があること自体はなんら問題はないが、それを同級生の彼氏であるユウヤに求めるのは、さすがにおかしい。
しかも彼女は、ユウヤの進路のことをしょっちゅう聞いてくるという。
「お医者さんになったら、どんな病院で働きたいのとか、給料ってどれくらいとか。俺もまだ答えられない質問が多くて」
「そう」
今、収入のことを聞くのは、いくら何でも早すぎる気がする。彼女はユウヤが医者を目指しているから付き合っているのではないか。そんな疑念が一瞬だけ頭をよぎったが、私はすぐに考えを振り払った。ユウヤは今、彼女を心から信頼しており、大切に思っている。余計なことを言って、彼を不安にさせるのは違うだろう。
「彼女には事情を伝えて、誕生日やクリスマスに向けて貯金したらどう?その時に、今欲しがっているものをプレゼントしたらいいわ」
「うん。そうだね。母さん、相談に乗ってくれてありがとう」
私は受験の邪魔をしたくないため、ひとまず静観することにした。

それから1ヶ月後の8月、ユウヤは塾で行われる2週間の勉強合宿へと出かけることとなった。日程を確認したところ、1日10時間以上、勉強漬けになるらしい。
「ユウヤ、頑張ってね。でも、無理はしないように」
私は塾の最寄り駅までユウヤを送っていった。彼は笑顔で深くうなずく。
「ありがとう。友達もいっぱいいるから、一緒に頑張るよ」
「合宿中、スマホは見ないんだっけ?」
「うん。集中力が切れそうで怖いんだ。でも、何かあったらとりあえずメッセージだけでも送っておいて」
「分かったわ」
自分を律するため、ユウヤはスマホの電源をオフにするという。少々心配だが、誘惑に負けまいと頑張る彼の背中を押したい。私は了承して、笑顔でユウヤを見送った。
「それじゃ、行ってらっしゃい」

正直、彼がいない自宅に戻るのは気が重い。孤立無援の私に対して、義家族がいつも以上に厳しい態度を取りかねないからだ。
しかし、ほんの2週間耐えればいいだけのこと。私は気を決めて、自宅へと帰った。
「ただいま戻りました」
玄関に入った瞬間、思わず目を疑う。そこには見慣れないサンダルがあった。デザインからして、女性ものだ。誰かお客さんでも来ているのだろうか。不思議に思いながらも、私は2階のリビングへと向かった。扉を開けた途端、信じられない光景が広がる。
「ああ、帰ってきたんだ。お帰り」
「初めまして」
そこにいたのは、正宗と見知らぬ女の子だった。2人はソファでくつろぎ、腕を絡めてイチャイチャしている。どう見ても、女の子は10代にしか見えない。
私は恐る恐る、口を開いた。
「あの、その子は誰?なんでうちにいるの?そもそも正宗、今日は仕事なんじゃ」
「アリサに大事な話があって、帰ってきたんだよ。彼女は俺の恋人のみおちゃん。今18歳なんだ」
恋人、18歳。
呆然とする私を見て、みおちゃんと呼ばれた女性が目を細める。彼女は松永みおと言い、現役の高校3年生なのだそう。正宗とは2ヶ月前からお付き合いしていて、「奥さん、びっくりさせてごめんなさい」と微笑んだ。
「本気で言っているの?不倫上、相手が息子と同い年なんてありえない」
「人を好きになるのに年齢なんて関係ないだろう。俺はみおちゃんのことが本気で好きなんだ。彼女が何歳であろうと、俺の気持ちは変わらない」
まっすぐにみおを見つめて、私の前で平然と愛を伝える正宗。
すると彼女はお腹をさすりながら、微笑む。
「嬉しい。私も正宗さんが何歳であろうと愛しています。これからは3人で、幸せな家庭を築こうね」
「3人って」
「今、みおちゃんのお腹には俺との子供がいるんだ。だからアリサ、俺と今すぐ離婚してくれ」
正宗は勝ち誇ったような顔をして、離婚届を置く。すでに彼は署名を終えていた。
18歳の女子高生に手を出し、妊娠までさせた正宗の倫理感のなさに、恐怖を覚える。
「正宗、自分がやっていること理解しているの?あなたは私たち家族を裏切ったのよ」
「裏切りなんていない。俺はただ、みおちゃんを大切にしたいだけだ。彼女はまだ18歳。俺がそばにいて、守ってやらないといけないんだ」
「奥さんがショックなのは分かります。でも、この子にはパパが必要で。お願いします。正宗さんと離婚してください」
お腹に手を置いたまま、みおが私を見つめる。彼女は申し訳なさそうな顔をしたが、口元がわずかに上がっていた。
「みおちゃんがいる今、無職のお前はお荷物なんだよ。離婚届に書いたら、すぐにこの家を出て行ってくれ」
「みおさん、正気なの?父親ほどの年齢の男性と結婚する気?」
いくら妊娠したとはいえ、18歳の女性が40代の男性を選ぶとは思えない。私は疑いの目でみおに視線を送った。
しかし彼女は正宗の手を握って、微笑む。
「先ほども言いましたよね。年齢なんて気にしていません。私は正宗さんが大好きなんですから」
「アリサ、諦めろ。俺たちは相思相愛なんだ。お前のことなんて、好きでも何でもないから。仲を引き裂こうとしても無駄だぞ」
「そう、分かったわ」
私はペンを持ち、離婚届に署名した。
「随分と物分かりがいいな」
「家を追い出されると聞いて、泣き叫ぶかと思ったが」
「もう、正宗と一緒にいたくないの。あなたと同じ空気を吸うのさえ嫌。荷物をまとめたら、すぐにでも出ていくわ」
「本当ですか?ありがとうございます」
目を輝かせ、正宗と笑い合うみお。そんな2人を無視して、私は1人で荷造りを始めた。
両親に迷惑をかけたくなかったが、今回ばかりは仕方ない。私はひとまず、実家に戻ろうと考えていた。
すると1階からバタバタと騒がしい足音が聞こえてくるかと思えば、義両親が階段を駆け上がってきた。
「正宗、みおちゃん、どうだ?離婚できそうか?」
「ああ、今さっき署名してもらったところだよ。これを提出して婚姻届を出せば、晴れて俺たちは夫婦だ」
「よかったわね。これで、あの無職のおばさんを追い出せるわ。その上、こんなに若くて可愛いお嫁さんが我が家に来てくれるんだ。いやあ、家が賑やかになるなあ」
義両親は、私に聞こえていることなど気にも止めず、正宗を祝福する。どうやら2人とも、彼の不倫を知っていたようだ。
腹立たしいが、今更攻め立てたところで状況は変わらない。私は黙々と荷造りを続けた。
そんな中、義両親は正宗とみおを連れて、1階へと降りる。

荷造りを終えた後、私は1階の様子を確認しに行った。リビングに入った瞬間、思わずあっと息をのむ。なんと4人は、テーブルの上にオードブルや寿司を並べて、祝宴を開催していたのだ。
「みおちゃん、我が家に来てくれてありがとう。今日はいっぱい食べて。なんたって、2人の結婚祝いなんだから」
「この後、離婚届と婚姻届、出しに行こうな」
「おい、なんだ、お前はもう俺たちの家族じゃないだろう。物を見るような目で、私を睨みつけた義両親。彼らは私がみおに危害を加えに来たとでも思っているようだ。
「こっちに来るな。みおちゃんは俺が守る」
「正宗さん、かっこいい」
「しっ、あっちに行きなさい。みおちゃん、あんな女、無視していいからね」
大はしゃぎする4人に、肩を落とす。義家族は、新しい嫁が来るため舞い上がっているのだろう。
「私は、お伝えすべきことがあったので降りてきただけです。ユウヤが合宿から帰ってきたら、彼を連れて行きますので」
こんな異様な家族に、ユウヤは渡さない。自分と同い年の女性が父親の再婚相手だと知ったら、彼は困惑するに決まっている。そこで合宿後、ユウヤは私が引き取ると告げた。
次の瞬間、祝宴を楽しんでいたはずの義家族が、一斉に険しい顔をする。
「何をバカなことを言っているんだ?ユウヤは俺の息子で、この久保家の長男なんだぞ。アリサには絶対に渡さない」
「そうよ。ユウヤは大事な跡取りなの。将来医者になるユウヤを、自分の元に置いておきたいんだろう」
「でも、そうはさせない。あいつは俺たちの孫だ」
彼らはユウヤを渡さないと宣言した。
そんな中、なぜかみおだけ気まずそうな表情を浮かべている。彼女の様子に違和感を覚えたが、今ここで義家族と言い争っても答えは出ない。当の本人であるユウヤがいないのだから。
「ユウヤの気持ちを確認してから、後々決めましょうか」
私は静かに自室へと戻り、トランクケースを手にして玄関へと向かった。
「みおちゃん、この後一緒に役所に行こうね」
「うん。私、とうとう正宗さんと家族になるんだね。お父さん、お母さん、これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくね。みおちゃんは本当に可愛いなあ」
背後から聞こえる声を無視して、家を出る。
まさか、こんなにも突然、地獄のような日々が終わるなんて。
私は、見ないであろうユウヤのスマホにメッセージだけ送信して、母に連絡を入れた。

その後、実家に戻ると、温かく迎え入れてくれた両親。事情を知った途端、2人は義家族に対して怒り心頭で、「離婚してよかった」と私を励ましてくれた。
久々に味わう母の手料理は、とても美味しく、ふと目頭が熱くなる。
「2人とも、ごめんね。ありがとう」
彼らの支えがあったため、私は前を向くことができた。
ただ、両親に感謝するとともに、ユウヤのことが心配で仕方ない。今頃彼は猛勉強の最中。私たちが離婚し、正宗が女子高生と再婚したことを知らないのだ。事実を知った時、ユウヤはどれほどショックを受けるだろう。

そして離婚から13日後、合宿を終えたユウヤが私に電話をかけてくる。
「母さん、無事に合宿が終わったよ。メッセージ送ってくれてありがとう」
彼の声は暗く、覇気がなかった。
「お疲れ様。ごめんね、ユウヤがいない間に」
「母さんが謝ることじゃないよ。悪いのは父さんたちなんだから。今、どこにいるの?迎えに行くわ」
このままユウヤを義家族のいる自宅に返すわけにはいかない。私の実家で共に暮らそうと、彼に提案した。
すると、意外な答えが返ってくる。
「さっき、自宅を出たところだよ。近くの駅くらいまでは、歩こうかなって」
「え、ユウヤ、もしかしてお父さんたちに会ったの?」
私はユウヤがメッセージを確認し、すぐに連絡をくれたのだとばかり思っていた。だが彼は、私に何も伝えないまま自宅に戻ったという。
「父さんたちに、何も言わないなんて嫌だったんだ。だから、俺が母さんの分まで父さんたちに不満をぶつけようと思って」
「そんなこと考えていたの?迷惑かけてごめんなさい。まさか1人で乗り込むなんて」
「気にしないで。俺自身、信じられない気持ちもあったんだ。もしかしたら、母さんの冗談か何かかなって」
メッセージを見た時はまだ半信半疑だったユウヤ。そこで直接事実を確認するべく、義家族に会いに行ったらしい。疑う気持ちもよく分かる。父親が自分と同い年の女性と結婚するなんて聞けば、誰だって戸惑うだろう。
ただ、自宅に戻ったユウヤを待っていたのは、信じられない最悪な現実だった。
「父さんは、俺を見るなり彼女を紹介したんだ。『ユウヤの新しいお母さんだぞ』って」
義家族は帰ってきたユウヤを、満面の笑みで迎えた。正宗の隣に立っていたのは、みお。困惑するユウヤに、正宗は得意げな顔をしていたという。
「合宿お疲れ様。お前にいい報告がある。実は父さん、再婚してな。ほら、新しい家族のみおちゃんだけど」
しかし、みおは気まずそうにユウヤから目をそらした。ユウヤは何も言えず、しばらく呆然としていたらしい。脳天気な義家族は、そんな2人を見ても何も気づかなかった。
「俺、まさかここにみおがいるとは思わなくて。父さんもおじいちゃんたちも、何も知らないみたいだし」
「もしかして、ユウヤは彼女のこと知っていたの?」
声を震わせるユウヤに、思わず問いかける。
その瞬間、彼はか細い声で事情を告げた。
「みおは、俺の彼女なんだ」
なんと、正宗が再婚した相手こそ、ユウヤが以前話していた恋人だったのだ。衝撃的な事実に、言葉が出てこない。
電話の向こうで、泣いているのか、ユウヤの声に嗚咽が混じる。
「みおと俺は、同じクラスなんだ。去年も一緒で、今年の春、みおから告白されて。どうやら、みおは同じ高校に通っているらしい」
2人はクラスメイトとして関わるうちに距離を縮め、交際を開始した。ユウヤは本当に彼女が好きだったという。
「みおはいつも優しくて、お互い勉強頑張ろうって励まし合って。俺、高校を卒業しても、みおとずっと一緒にいられると思っていた。だけど、彼女は俺のことなんて好きじゃなかったんだな」

「正宗たちは、みおさんがユウヤの彼女だとは知らないの?」
「知らないと思う。俺たちの反応を見て、戸惑っていたくらいだらしい」
彼はみおを見た瞬間、彼女に詰め寄ろうとした。
「みお、父さんと結婚するの?どういうこと?父さんも、なんで俺がいない間に母さんと離婚したんだよ」
ユウヤの怒りは、自然と正宗にも向いた。だが、彼はユウヤに怒鳴られても、首をかしげるだけだったそうだ。
「おいおい、大きい声を出すなよ。みおちゃんのお腹には赤ちゃんがいるんだ。彼女にストレスをかけるのはやめてくれ」
「赤ちゃんって、みおが父さんとの子を妊娠しているのか」
「ユウヤ、同い年だからってみおちゃんを呼び捨てにしないの。正宗と再婚したんだから、みおちゃんはあなたにとって母親なんだからね」
「そうだぞ、みおちゃん。ユウヤが失礼な態度を取ってごめんな。後で厳しく注意しておくから」
怒り狂うユウヤを見て、義両親は呆れたような顔をしていたらしい。
「父さんは、みおと不倫していたってことだよね。それをおじいちゃんたちは知っていたの?」
「ああ、相談を受けていたんだ。俺たちも、あの無職が家にいて迷惑だったからな。正宗がみおちゃんと付き合っていると聞いて、心から嬉しかったよ」
「ユウヤ、若いお母さんができてよかったわね。あんなヒモのおばさんより、いいでしょ。赤ちゃんが生まれたら、きっと我が家は賑やかになるわ」
「なんでそんな風に思えるの?父さんは母さんを裏切ったんだよ。どれだけ俺たちが母さんに支えられてきたか、分かっているの?」
家族は、誰1人として家事をしている私に感謝していなかった。その中で、ユウヤだけは私の苦労を分かっていてくれた。彼が、怒りをこみ上げさせたとしても仕方がない。
「不倫して、家から出ていくよう告げて、母さんにそんな仕打ちをするなんて、ありえない」
ユウヤは声を張り上げて義家族を非難した。しかし3人は、あごで笑って薄ら笑いを浮かべたという。彼らが私に対して罪悪感を抱くとは思っていなかった。悲しいかな、予想通りの反応だ。
「私たちは、アリサさんに支えられた覚えなんてないわよ。彼女は仕事もしていない上に、家事すらまともにできなかったんだから」
「そもそも、この家は俺たちのものだ。離婚する以上、アリサが出ていくのは妥当だろう」
「もういい。俺も出ていくから。父さんとみおと一緒に暮らすなんて嫌だ」
平然とあごで笑う義両親に、愛想を尽かしたユウヤ。彼はすぐさま荷物をまとめ、私の元に行くと宣言した。
だが義家族は、ユウヤを引き止めた。医者になるであろう彼を、手放したくなかったのだろう。
「ユウヤは俺の息子だろ。アリサはもう赤の他人だから、忘れた方がいい。お前はこれからもここで暮らせ」
「無職の母親を頼ったら、苦労することになるわよ。向こうは、ご両親だってお金がないでしょうし」
「難関大学に進学するんだろう。その学費を出すのは正宗だ。だから、悪いことは言わない。ユウヤ、一緒に暮らそう」
3人はユウヤに歩み寄り、気味の悪い笑みを見せた。
それでも彼は、義家族との同居を断ったらしい。父親と元彼女が結婚し、その2人と同じ屋根の下で暮らすなんて、誰だって嫌に決まっている。
ユウヤはそう伝えて、私の元に行こうとした。
「だけど、みおの顔があまりにも怖くて、彼女のこと話す勇気が出なかった。じゃあ、結局正宗にはみおさんとの関係を話していないってこと?」
口を開きかけたユウヤを、みおは「余計なことを言うな」と言わんばかりに鋭い目つきで睨みつけた。その表情に驚き、言葉が出てこなかったのだそう。
だからひとまず、関係は伏せた上で「母さんのところに行きたい」と伝えたんだ。でも、説得はできなくて。義家族はユウヤの前に立ちふさがったりと、あの手この手で家から出させようとしなかった。
それでも彼は義家族を振り切って、自宅を飛び出した。
「今、母さんがこっちらへんに来て、万が一父さんたちと鉢合わせたら大変なことになる。だから、最寄り駅まで来てほしい。そこまで行けば、きっと大丈夫だと思う」
「分かったわ。ユウヤ、私のために動いてくれてありがとう。今すぐ向かうから」
「これで、終わらせる」
「え?」
突然、ユウヤが低い声でつぶやく。静かだが、その言葉には怒りがこもっていた。驚きのあまり、思わず息をのむ。
「終わらせるって、何を?」
「言葉通りの意味だよ。父さんとおじいちゃんたち、それにみおを、終わらせてやる。俺と母さんを裏切ったこと、後悔させてやるんだ」
電話越しでも分かるほど、ユウヤは激しく息を荒らげていた。父親だけでなく、交際していた彼女にまで傷つけられたのだ。その怒りと悲しみは、測り知れない。
だが、私はユウヤがよからぬことをするのではないかと不安になった。
「ユウヤの気持ちは分かるけど、危険なことはしないで。あなたは今、大事な時期でしょ」
「母さんたちに迷惑をかけるようなことはしないから、安心して。このまま父さんたちが幸せになるのだけは、どうしても嫌なんだ」
電話の向こうで、悔しそうにうなるユウヤ。普段は温厚な彼が、ここまで感情的になることなど早々ない。とっさに何をしでかすか分からない、怖さを感じた。
何より悔しいのは、彼だけではない。私は迷ったものの、ユウヤのために協力することにした。
「それなら、私も手伝うわ。ユウヤにだけ任せるわけにはいかない」
「え?でも、母さんを巻き込むなんて」
「私も腹が立つの。散々こき使ってきた正宗とお父さんたちにも、ユウヤを悲しませたみおさんにも」
そして私は、ユウヤに黙っていた事実を伝えた。
「実はね、私、事前に調査事務所に依頼して、正宗の不倫調査を行っていたのよ。だから、彼とみおさんの不倫の証拠はあるの」
「じゃあ、母さんは父さんの不倫を知ってたの?」
「少し前から正宗の様子がおかしくなって、嫌な予感がしたの。そこで調べてもらったら、やっぱり彼は不倫していた」
そう告げた途端、彼は絶句する。
調査事務所の調査の結果、私は正宗の不倫を知り、相手が女子高生だということも把握していた。ただ、彼女が学生だったため、どう対応すべきか躊躇していたのだけれど、今思えば迷う理由などなかった。相手が何歳であろうと、不倫したのは事実なのだから。
「父さんが不倫しているって分かっていたなら、俺にも教えてくれたらよかったのに」
「ごめんね。ユウヤに余計な心配をかけたくなくて、黙っていたの。でも、まさか彼女がユウヤの彼女だとは思わなくて。みおが若いこともあり、慎重に動こうと考えていた。しかし、ユウヤまで傷つけたとなれば、手加減する必要はない」
「不倫現場を収めた写真、使えるかしら?私、ユウヤのためなら、なんだってするわよ」
「母さん、ありがとう。合流したら、早速作戦を立てよう。俺も、母さんのためなら何でもするからさ」
先ほどよりも、彼の声が明るくなる。
私はユウヤと自分のために、義家族とみおを地獄に突き落とすと決めた。

それから1ヶ月が経った。
夏休みが終わり、ユウヤは今、私の実家から高校に通っている。通学できる距離なので、さほど不便ではない。ただ、義家族からは何度も電話がかかってくるという。
「親不幸者とか言われて腹が立ったけど、作戦のためには音信不通にするわけにもいかないからさ」
「ごめんね。ユウヤに我慢させて」
「気にしないで。無視すればいいだけだから」
彼らはユウヤを何としてでも取り返したいのか、私の元にも連絡してきた。しかし、ユウヤ自身が同居を拒んでいる。私はそう伝えて、断っている。
彼がそばにいるから、私は今、前を向けているのだろう。本当にユウヤには感謝しかない。
ちなみに、みおはユウヤと顔を合わせるのが気まずいのか、妊娠しているからなのか、高校には来ていないとのこと。このまま退学するのかもしれない。
「もう、俺には関係ないけど」
正宗と結婚した手前、もう高校を卒業する必要性を感じていないのかもしれない。
そんな中、正宗とみおの結婚式が行われるという話を、ユウヤが知らせてくる。
「実は、招待状が届いていたんだ。ほら」
当然、私は呼ばれていない。ユウヤを招待したということは、まだみおと彼の関係性を正宗は知らないのだろう。
「ユウヤ、どうするの?」
「行くに決まっているよ。こんなチャンス、2度とないだろうし。母さんも一緒に行こうよ」
「そうね。ユウヤ1人だけ出席させるわけにはいかないわ」
まっすぐこちらを見つめるユウヤにうなずき、私たちは結婚式に向けて作戦を練ることにした。

そして迎えた式当日。
招待状を手に会場へと入ったユウヤを見届け、私は付近で待機していた。出席した彼からの連絡によると、式は親族だけを招いた小規模なものらしい。だが親族と言っても、ほとんどが新郎側の人間ばかり。新婦側は、みおの母親しか出席していないそうだ。
そんなやり取りをしていると、「入って」とユウヤからメッセージが届く。私は意を決して、会場へと突入した。
ドアを開けた瞬間、参列者が一斉にこちらを向く。突然現れた私を見て、義家族は目を丸くしていた。
「おい、なんでアリサがここにいるんだ?今すぐ出ていけ。お前は招待していないぞ」
「部外者は入ってこないで。今更、元嫁が何のよう。スタッフさん、彼女を早くつまみ出してください」
「申し訳ございません。すぐに追い出すので」
3人は声を荒げ、私を追い出そうとする。
しかしユウヤは彼らを無視して、泰然とした態度を取っていた。
「驚かせて申し訳ございません。母を呼んだのは僕です。これから始める演出に、彼女が必要なので」
彼は手際よくプロジェクターを操作して、備え付けのスクリーンを起動させる。
「ユウヤ、どういうことだ?なんでアリサを呼んだんだよ。俺たちのめでたい席をぶち壊す気か」
「父さん、落ち着いて。せっかくだし、俺と母さん2人からお祝いさせてよね」
私は静かにユウヤの隣に立ち、参列者に向けて一礼した。
未だに彼らは騒いでいるが、演出には興味があるのだろう。視線は自然とスクリーンに向く。
ユウヤはそこに、とある画像を映し出した。
「今日という日のために、新郎新婦の思い出をまとめてきたんです。父さん、みおさん、是非見てくれますか?」
表示されたのは、仲むつまじく寄り添うユウヤとみおの2ショット写真だった。2人は制服姿で、互いに笑顔を浮かべている。
その写真を見た瞬間、正宗が口をポカンと開けた。
「な、なんだこれは?なんでユウヤとみおの写真があるんだよ」
「ちょっと、ユウヤ君」
慌てて立ち上がるみお。しかしユウヤは、彼女の言葉に耳を貸さない。
「僕は、ここにいる新婦のみおさんと、つい1ヶ月前まで交際していました。彼女は同じ高校のクラスメートで、彼女の方から告白してきて」
聞き終えた親族が、一斉にどよめく。どういうことだと、正宗に視線を送る人もいた。ただ、正宗もこの事実を今まで知らなかったのだ。
「みおちゃん、本当なの?ユウヤと付き合っていたなんて、嘘だよね。俺、そんな話は聞いていない」
彼は慌てふためくみおに詰め寄った。
そんな2人を横目に、ユウヤは別の画像をスクリーンに映す。
「これは、みおさんと父さんが不倫をしている写真です。この時、まだ父さんは母さんと離婚していません」
調査事務所から受け取った、正宗とみおの不倫現場を収めた証拠写真が、大きく表示される。
今度は正宗が、顔を真っ赤にした。
「ユウヤ、なんでお前がこんなものを」
「不倫調査の結果を、私が渡したの」
私は静かに口を開いた。
「正宗、ってば、みおさんとしょっちゅうデートしていたみたいね。仕事を休んでまで、学校終わりの彼女の予定に合わせていたんでしょ」
写真に映っていたのは、ホテルから出てくる2人の姿。撮影された日は、今から3ヶ月前。参列者はみんな、冷めた目で2人を見つめる。
「ちなみにですが、この日、僕とみおさんとで、写真を撮っているんです。ほら、見てください」
スクリーンに映し出される、ユウヤとみおの写真。彼女は、正宗と撮影されたものと、服装や髪型が同じだった。
「おそらく、僕と別れた後、父さんのところに行ったんでしょう。まさか、二股をかけられているとは思いませんでした」
「違うの。それは、偶然同じなだけで」
「だとしても、同時期に僕と父さん、2人と付き合っていたのは事実ですよね。否定できる証拠でもあるんですか?」
そう問いかけられた途端、みおが口ごもる。二股ではないと証明できる証拠など、ないのだろう。
それでも正宗は、まだみおを信じていた。
「みおちゃん、嘘だよね。ユウヤとは、ただのクラスメイトでしょ。俺に言いづらくて、今まで息子と顔見知りだったってこと、隠していたんだよね」
正宗は彼女の肩を揺らして、すがりつく。
するとユウヤが、メッセージアプリのスクリーンショットを画面に映し出した。
「俺とみおのやり取り。恥ずかしいけど、見せてあげるよ、父さん。これでも、俺たちの関係をただのクラスメイトだと思う?」
文面を確認したのか、目を大きく見張る正宗。
「好きだよ」「次はどこに行く?」「卒業しても一緒にいよう」と送り合っていた。高校生らしい可愛いメッセージだが、今のユウヤからすれば、思い出したくない記憶だっただろう。
「悲しいかな。好きだったのは、俺だけ。みおは父さんにも、似たようなメッセージを送っていたんでしょ」
「いや、それは」
「みおちゃん、俺だけを愛しているっていうのは、嘘だったの?あんなにも結婚したいって言ってくれていたじゃないか」
正宗が声を震わせながら、みおに問いかける。彼女は気まずそうに目をそらし、口をつぐんだ。
周囲の参列者は、小声で「だらしない女だ」「息子の恋人に手を出すなんて」と、新郎新婦を非難した。
その時、突然正宗がユウヤの手からマイクを奪い取ろうとする。
「ユウヤ、みおちゃんに振られた嫉妬で、こんな嫌がらせをしているのか。過去がどうであれ、彼女が選んだのは俺だ。捨てられた男は、引っ込んでいろ」
しかしユウヤはその手をかわし、画面を切り替えた。
「嫉妬なんかじゃないよ。俺は、みおと父さんに呆れているんだ。こんなしょーもない嘘で、彼女を騙していたなんてね」
次にスクリーンに映し出されたのは、とあるSNSのアカウントのプロフィール画面。
見た瞬間、正宗の肩がビクッと揺れる。
「な、なんだこれは?」
「経営者?」
義両親や参列者は、いぶかしげに画面を眺めていた。そんな中、みおが目を伏せる。
アカウントのプロフィールには「年収1500万」「経営者」と書かれていた。アイコンは男性の後ろ姿。ただ、妙に見覚えがある。
「これ、父さんのアカウントだよね。アイコンを見れば、なんとなく分かるよ。首元に、父さんと同じほくろがある」
次の瞬間、一斉にみんなが正宗の首元に視線を向けた。彼は急いで手で隠すも、その反応こそ、アイコンが自分の写真だと証明しているようなものだ。
「僕、知らなかったよ。父さん、経営者なの?年収1500万円ももらっているんだね」
「正宗?どういうことだ?お前は経営者でも何でもないじゃないか。ここに書いてある自己紹介は、正宗に当てはまらないわよね。写真だけ正宗なの?なりすましとか」
困惑しつつも、正宗に尋ねる義両親。正宗はごく普通の会社員で、年収も同年代のサラリーマンの平均とさほど変わらない。つまり彼は、SNSのプロフィールを偽っていたのだ。
状況を理解した親族らが、ため息をつく。
「仕事も年収も嘘だよね。見栄を張っていたの」
ユウヤも呆れ顔で、正宗を見ていた。
「このアカウントは、俺のものじゃない。誰かが俺を落とし入れようとして、作ったんだ」
「母さんの言う通り、なりすましなんだよ」
「もう、嘘をつくのはやめたら?このアカウントの投稿を見れば、父さんだってすぐ分かるよ」
ユウヤがスクリーンの画面を切り替える。
そのアカウントは、日頃から家族のことを大量に投稿していた。
「嫁が無職で困る」「実家の洋菓子店が潰れてから、俺に甘えている」など、私への愚痴もあれば、「息子は優秀で、将来は医者になる」と、ユウヤのことを自慢している投稿もあった。
どれもこれも、家族しか知り得ない情報だ。
「なりすましにしては、さすがに俺たち家族のことに詳しすぎるよね。これを見ても、自分じゃないって言うつもり?」
「正宗、お前はこんなしょーもないことをしていたのか。ネットの世界で嘘なんかついても、意味がないだろう」
義父が顔を赤くして、正宗を怒鳴りつける。親族の前で恥をかかされ、逆上しているのだろう。
そんな中、未だにみおはうつむいて、何も言わなかった。
「みおは、このアカウントを見つけて、声をかけたんでしょ。経営者なら、たくさんお金を持っていると思って」
「みおちゃん、違うよな。俺の内面を見て、好きになってくれたんだろう」
「いつまで勘違いしているの?みおは、金目当てで父さんと付き合った。彼女は父さんのこと、好きでも何でもないよ」
冷たい口調のユウヤに、正宗が眉をひそめる。彼はまだみおを信じているようだ。
「ユウヤ、みおちゃんのこと、何も分かっていない。彼女は本気で俺を愛してくれているんだ。だから、わざわざ『会いたい』って、DMをくれて」
「余計なことを言わないで」
突然、みおが声を張り上げて、正宗の言葉を遮る。
彼は慌てて自分の口を塞ぐも、もう遅い。正宗は今、自らSNSでみおと繋がった経緯を明かしてしまったのだ。
「やっぱり、2人はSNSで繋がっていたんだね」
そうつぶやくユウヤを、みおはキッと睨む。
「なんでユウヤが、正宗さんのアカウントを知っているの?家族には伝えていなかったはずよね」
「みおのアカウントは、俺も知っている。だから、みおがフォローしている人を地道に見ていったんだ。そうしたら、父さんみたいなアカウントがいてね」
彼はみおと正宗の接点が何かを調べるべく、SNSを確認した。その結果、正宗らしきアカウントを発見したのだ。
みおは、さすがにそこまで調査されるとは思っていなかったらしい。
「気持ち悪い。余計なことをしやがって」
不愉快そうに顔を歪めるみお。そして彼女は、正宗に視線を移した。
「ねえ、正宗さん、仕事と年収が違うって、本当なの?経営者って話だったよね」
「みおちゃん、今もまだ正宗の仕事を知らないの?あんた、ずっと嘘をついていたってこと?」
「なるほど。だから、『仕事のことはお父さんたちには聞くな』って言っていたのか」
徐々に言葉遣いが荒くなるみお。彼女は今まで猫をかぶっていたのだろう。事実を知った途端に、嫌悪感をあらわにする。
「最悪。じゃあ、こんなおじさんと結婚した意味がないじゃない。金があるから、仕方なく夫婦になったのに」
「み、みおちゃん」
これまで見たことがないみおの表情に、正宗は目を丸くする。
「怒ったよね。ごめん。嘘をついたことは謝るよ。でも、金目当てとかではないでしょ。俺のこと、好きだもんね」
「は?好きなわけないじゃん。経営者だから、結婚しただけ。まさか、本気で愛されていると思っていたの?」
「みおちゃん、お願いだから機嫌を直して」
正宗は彼女の手を取ろうとする。しかしみおは、勢いよく振り払った。
「触んないでよ。気持ち悪い。ああ、こんなことなら、ユウヤのほうがまだマシだった。もう少し、我慢すればよかった」
「みおちゃん、何を言って?」
義両親や親族は、呆然とみおを見つめる。そんな中、ユウヤは彼女を睨みつけていた。
「みおは、俺にも最初から金目当てで近づいたの。医者を目指しているからって、将来俺がお金持ちになるとでも思った?」
「そうよ。ユウヤは頭がいいもの。最悪、難関大学に入れなくても、いい会社に就職すると思った。だから、今のうちに付き合っておけば、他の人に取られずに済むかなって」
ついに本性を現したみおが、ニヤリと口角を上げる。彼女はユウヤと結婚すれば将来安泰だと考え、保険のつもりで付き合ったようだ。
でもユウヤは期待外れだった。
「彼女、私に全然プレゼントをくれなかったでしょ」
「俺たちは高校生で、バイトも禁止の高校だ。だから、プレゼントをあげようにも限度がある。それくらい、分かってくれると思ったよ」
「こんなに可愛い私と付き合えたんだから、無理してでもバッグとか化粧品とか、プレゼントしなさいよ。その点、正宗さんは、私が欲しいもの全部くれたわ」
どうやらみおは、何もくれないユウヤに愛想を尽かし、手っ取り早くお金をくれそうな「経営者」を探したらしい。そこでSNSのプロフィールに高収入だと書かれていたアカウントと繋がった。だけど、正宗さんがユウヤのお父さんだとは思わなかった、と。
「その上、収入も仕事も嘘とか。い○たい女を騙すなんて、ありえない」
彼女は悔しそうに下唇を噛み、正宗に冷たい視線を向ける。
「私が欲しいもの、何でも買ってくれたでしょ。あれも、全部嘘を突き通すためにやっていたことなの」
「みおちゃんに喜んでもらいたくて」
呆れた。正宗は見栄を張るために、生活費を節約するよう求めたのだ。不倫相手に貢いでいることは予想していたものの、まさか経営者だと偽っているとは思っていなかった。正宗は、家族よりもみおのことを優先したのだ。その事実を知り、怒りがこみ上げてくる。
「私が生活費を補填する中、正宗はみおさんにバッグやアクセサリーを買い与えていたのね」
「え?アリサさんが生活費を?」
何も知らない義両親に事情を伝えると、2人は目を泳がせた。
「アリサさんは、ヒモじゃなかったってこと?正宗の稼ぎだけで、生活していたんじゃないの?」
「正宗の渡してくれた生活費だけでは、到底やりくりできません。だから、私の貯金から出していたんです」
「なのにおじいちゃんたちは、家事を全部母さんに押し付けていた。自分たちがどれだけ母さんに冷たかったか、分かってくれた?」
「俺たちは、何も知らなくて」
言い訳を口にして、自分たちの非を認めない義両親。そんな2人と新郎新婦に、親族が白い目を向ける。
みおは今にも泣き出しそうな顔でこちらを睨み、正宗はガタガタと体を震わせていた。結婚式は、すでに続行不可能となっていた。

騒然とする中、親族席にいた1人の女性が勢いよく立ち上がる。彼女はそのままこちらへ向かってきて、鬼のような形相で私たち全員を睨みつける。
「お母さん」
彼女は、みおの母、松永リノだった。
「正宗さん、あなたにならみおを任せられると思っていた。だけど、娘を騙していたのね」
リノに詰め寄られ、彼は真っ青になりながらも必死に取りなそうとした。
「お母さん、落ち着いてください。俺は確かに、仕事のことで嘘をついていました。だけど、みおさんはそんなの関係なく、俺を愛してくれていると思っていて」
「愛人に裏切られたからこそ、みおは悲しんでいるの。あんたのせいで、娘の人生めちゃくちゃじゃない?責任取りなさいよ。みお、大丈夫?」
リノは、うなだれるみおの肩にそっと手を置く。それが合図のように、みおはわざとらしく泣き真似を始めた。
「私、もう正宗さんとは夫婦でいられない。彼のこと、信じられないの。正宗さんと幸せになれると思っていたのに」
彼女は両手で顔を覆い、自分は正宗のせいで傷ついたのだと周囲にアピールをした。先ほどまで悪態をついていたみおの、あまりの変わり身の速さに、新郎側の親族らは言葉を失う。
「みお、正宗さんとは別れましょう」
「正宗さん、あんたのこと、訴えてやるから」
「は?訴えるって?俺を、なんで?」
「分からないの?みおを騙した詐欺師だからよ。彼女を守るためにも、母親である私が、正宗さんに罪を償わせるから」
「リノさん、落ち着きましょうよ。正宗も、見栄を張っていただけなのよ。いつかは仕事のことも、正直に話すつもりだったのよね」
慌てて正宗をかばうように、義母が声を上げる。そんな彼女に、リノは敵意むき出しで返した。
「いつか嘘をつかないで。バレない限り、みおを騙し続けるつもりだったくせに。みおはまだ若いから、隠し通せるとでも思っていたんでしょう」
「確かに、正宗が悪かったと思う。でも、別れる必要はないでしょ。そもそも、みおちゃんのお腹にいる子は、どうするんですか?」
「そうですよ。俺は、みおちゃんと一緒に育てていきたい。みおちゃんも、俺の気持ち分かってくれるよな。苦労はさせない。これからは心を入れ替えて、嘘もつかないから」
正宗は深々と頭を下げ、みおにすがりつく。若くて可愛い彼女と結婚した手前、手放したくないのだろう。離婚だけは嫌だと主張した。
しかしみおは、正宗に目もくれず、リノに泣きつく。
「お母さん、私、正宗さんとの子供なんて欲しくない。妊娠したせいで、高校だって行けなくなったのに」
「そうよね。みおの気持ち、分かっているから安心して。正宗さんとは離婚しなさい。子供は、産まなくていいから」
「何を言っているんですか?せっかく妊娠したんですよ。みおちゃん、正宗も反省していることだし」
義両親はなんとかみおを説得しようと試みる。だがリノは、出産を断固拒否した。
「みおが嫌だと言っている以上、私が産ませません。子供については、おいおい費用を請求しますので」
「待ってください。その子は、俺とみおの赤ちゃんなんです。俺はみおちゃんとの子供が欲しい。だから、お願いします」
正宗が床に頭を擦りつけ、涙ながらに土下座する。そんな彼を見て、義両親も共に頭を下げた。
「みおちゃん、頼むよ。俺たち、みおちゃんを大切にするから。子育てなら、手伝うわ」
「みおちゃんが金目当てで正宗に近づいたことも、水に流すし」
「うるさい。みおの心と体がどれだけ傷ついたと思っているの?今すぐ、式は中止にします。妊娠中絶費用と慰謝料、そして結婚式のキャンセル費用。全部、そちらが負担してください」
声を張り上げ、リノが義家族を攻め立てる。彼女は、泣き真似を続けるみおを連れて、会場を後にしようとした。
正宗は慌てふためきながら、2人を引き止める。
「俺は、みおちゃんを愛しています。式の中止なんて、受け入れられない。みおちゃん、本当の気持ちを教えてくれよ」
「みおが今言ったでしょ。正宗さんとは、夫婦になりたくないって」
「でも、俺は」
言い争いを始める正宗とリノに、親族が呆気に取られて固まる。先ほどまで騒然としていた会場が、一気に静かになった。みんな、呆れて何も言えないのだろう。
そんな中、リノが突然、私とユウヤに視線を送る。
「さっきスクリーンで余計なものを映して、みおを傷つけた、あなたたちも同罪だから」
「あれは、全て事実ですよ。みおさんは、正宗とユウヤ、2人と同時に交際していた。娘が不倫していたのに、それに関して謝罪はないんですか?」
「不倫されたのは、奥さんに火があるからでしょ。正宗さんを奪われて腹が立つのは分かるけど、みおは悪いことはしていないわ」
「俺は、みおさんに裏切られました。それでも、こちらが悪いんですか?」
ユウヤが顔をしかめて、リノを見つめる。すると彼女は、不気味な笑みを浮かべた。
「確かに、ユウヤ君には申し訳ないことをしたかもね。でも、今みおは、愛する夫に裏切られて、傷心中なのよ。彼女に謝罪を要求するほど、あなたって器が小さいの?」
「どんな事情であれ、悪いのはみおさんです。まだ俺は、みおさんから謝られていないので。できれば、謝罪してもらいたいですね」
「娘の結婚式を台無しにしておいて、謝罪まで求めるなんて。あんたたちの家族、全員おかしいんじゃないの?」
リノが目を吊り上げ、苛立ちをあらわにする。そして彼女は、私たちを指差した。
「もう我慢ならない。今回のこと、あんたたちにも慰謝料を請求するから。私とみおを傷つけた罪、償ってもらうからね」
「俺たちが慰謝料を支払うんですか?どう考えても、おかしいですよね」
呆れのあまり、ユウヤがプッと吹き出す。私は思わず、頭を抱えた。
「慰謝料を支払うのは、みおさんの方です。彼女は、既婚者に手を出しているんですから。リノさんが何を言おうと、その事実は変わりません」
「この子は、まだ高校生よ。それなのに、慰謝料なんて」
「そもそも、高校生のみおさんの結婚を、よくリノさんは許しましたね」
淡々と尋ねると、リノが目をそらす。そもそも、今回の結婚には違和感があった。普通の母親なら、高校生の娘が父親ほどの年齢の男性と結婚すると言い出したら、止めるはずだ。せめて、高校を卒業するまで待つだろう。それなのにリノは、すんなり2人の結婚を認めたのだ。彼女の考えが、私には理解できなかった。
「リノさんは、みおさんと同様に、お金目的で正宗との結婚を許可したんですか?」
「そんなわけないでしょ。私は母親として、みおが選んだ人との結婚を認めただけよ。相手がどんな男性であれ、反対はしないつもりだった」
「みおさんがまだ高校生なのにですか?」
「年齢を理由に反対しても、結局2人の恋は燃え上がるだけ。そう思ったから、むしろ認めてもいいかなって」
理由を口にしながらも、だんだんとリノの表情がこわばっていく。
「実は私、みおさんと小中学校が一緒だった方の母親と、ママ友なんです。彼女に先日、みおさんのことを色々と尋ねました」
「何よ?みおの弱みでも握ろうとしたの?本当に、あなたたちは根性の悪い家族ね」
「みおさんの弱みは、特に握れませんでした。ただ、リノさんの噂を耳にして」
そう告げた途端、リノがぎょっとした。
「何の噂か知らないけど、どうせそんなの嘘に決まっているわ」
彼女は強がるものの、動揺を隠せていない。心当たりがあるようだ。
実は、リノはみおが小さい頃から、保護者間でよく問題を起こしていたらしい。
「リノさんは、他の子の父親と不倫しては、『子供ができた』と嘘をついたそうですね。そして、旦那にバレたくなければ、妊娠中絶費用と口止め料を支払えと」
「そ、そんな。誰よ、そんなくだらない嘘を言ったのは」
彼女はあからさまに動揺しながらも、反論する。
「私に噂を教えてくれた人物は、誰かを貶めるような嘘をつく人ではない。そもそも、彼女もリノの被害者なのです。彼女は、夫とリノさんが不倫したことを知って、すぐ離婚したんです。だから今は、1人で娘さんを育てているんですよ。誰か、分かりますか?」
「知らないわ。私は、不倫なんてしていないもの」
「リノさんは、多くの既婚男性に手を出しているから、特定できるはずがないと、彼女は言っていました。現に、誰か分からないんですよね」
「そんなの、全部嘘なの。私は悪くないから」
リノは声を張り上げ、無実を訴える。ただ、今の状況で彼女を信じる人はいない。参列者は冷めた目で見つめるだけ。義家族も固まったまま、何も言わなかった。
そんな中、みおだけが潤んだ瞳で、リノの味方をする。
「お母さんは、不倫なんてしていない。変な噂を流さないで」
「みおさんは、事実を知っていて隠しているの?それとも、本当に知らないのかしら?」
「え?」
私は一瞬、みおの表情を確認する。彼女は、本当に知らないようだった。そこで、リノが関係した被害者の娘の名前を、みおに伝えた。
リノはピンと来ていない様子だったが、みおはハッとする。
「あの子、私に一時期、距離を置かれていた気がする」
「きっと、お父さんがみおさんの母親と不倫したこと、知っていたんでしょうね。複雑だったと思うわ」
「だから、私の家に来たがらなかったの」
「お母さん、不倫って本当なの?違うって言ってるでしょ。なんで私よりも、あの女を信じるのよ」
逆上して怒鳴り散らすリノ。彼女は意地でも、不倫していた事実を認めなかった。
しかしみおは、だんだんと険しい表情になっていく。
「思い返せば、小学校にも中学校にも、妙によそよそしい子がいた。私にだけ話しかけてくれなかったり、一緒に遊んでくれなかったり。それって、全部お母さんのせいでしょ」
「私に責任をなすりつけないでよ。全部、みおが悪いんでしょ。友達に嫌われたのは、あんたの性格に問題があったの」
「果たして、みおさんだけの問題ですかね。今、リノさんはかつてと同じような手法で、正宗からお金を奪おうとしました。この言動を見て、私はママ友の話が本当だと確信したんです」
私はリノを見据え、一歩前に出る。彼女は目を泳がせながら、後ずさりした。
「今のは、ただみおを守りたかっただけ。偶然、噂と一致したかもしれないけど。それだけで噂を信じるのは、無理があるでしょ」
「私はママ友から、彼女の元夫とリノさんの不倫写真を見せてもらっているんです。その写真、今ここでスクリーンに表示しましょうか?」
「それはだめ」
顔を歪ませ、リノが叫び声をあげる。ママ友の元夫に許可をもらっていないので、参列者に見せる気はない。あくまでもリノの反応を見るために言っただけだが、効果があったのだろう。彼女は膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。
「何よ。みおだって、不倫していたくせに。やっぱり、私の子よね。既婚男性と交際するとか」
「それは」
母親と同じ過ちを犯したことに気づき、絶望するみお。親が親なら、子も子だ。
そんな2人に、正宗がほほえみかける。
「リノさん、先ほどまでのことは忘れます。彼女だって過ちはありますし。だから、俺とみおちゃんの子供、産んでいいですよね」
未だに彼は、みおに出産してもらいたがっていた。みおは怯えた表情で、彼を見る。
「私、嫌だって言ったじゃない。正宗さん、もう諦めてよ」
「みおさん、事実を伝えたらどう?『子供なんていない』って言えば、正宗もすぐに諦めるわよ」
一気に、会場全体が静まり返る。
みおは体をガクガクと震わせた。
「何を言っているんですか?私は、妊娠していて」
「じゃあ、教えてくれる?みおさんは、どこの産婦人科に通っているの?」
「それは、家の近くの大きな病院で」
「病院の名前は?主治医の先生の名前は、言えるかしら?」
畳みかけるように質問すると、彼女は視線をキョロキョロと彷徻わせた。言葉に詰まり、戸惑うばかり。そして、とうとう黙り込んでしまった。
「みおちゃん、なんで言わないの?子供がいるんでしょ。だから、俺、アリサと離婚したんだよ。みおちゃんと子供のために、一緒になった方がいいと思って」
呆然とした表情で、みおにすがりつく正宗。ただ、彼女は口を閉ざしたままだ。
「子供は嘘だったのか?じゃあ、今まで私たちを騙していたの?」
「ありえない。正宗がどれだけみおちゃんとの子供を楽しみにしていたか、分かっているのか?」
義両親は逆上し、みおを攻め立てる。
その様子を見て、ユウヤが声を上げた。
「みおは、妊娠なんてしていないし。彼女は、父さんと結婚してからも、他の男性と交際していた。そうだよね、みお」
「え?ふり?」
「いや、嘘だよな」
正宗は一瞬ユウヤに視線を送るも、すぐみおの顔を覗き込む。
「みおちゃんが、俺を裏切るはずがないよな。仕事は嘘だったけど、ずっとプレゼントをあげてきただろう」
結婚後も、彼はみおに貢ぎ続けていたようだ。だからこそ、「不倫だけはありえない」と言い切る。
するとユウヤは、スクリーンに新たな画像を映し出した。
「みおには悪いけど、この写真、見てもらえる?みおと、男性が並んで歩いているよね」
画面に現れたのは、柄の悪そうな男性と腕を組むみおの姿。また、どよめきが起こり、正宗が膝から崩れ落ちる。
「俺とみおの交際を知っていた友人が、送ってくれたんだ。『これって、みおちゃんだよね』って。まだ、父さんと彼女が結婚したなんて言っていなかったから」
友人は、ユウヤが裏切られたのではないかと心配して、写真を見せてくれたらしい。ただ、ユウヤはすでにみおとは別れたも同然の状況。彼は特にショックを受けなかったものの、結果として正宗が二重に裏切られていることが判明した。
「誰だよ、この男は。俺と結婚しておきながら、こんな奴と付き合っていたのか」
写真では後ろ姿しか分からないが、映っている男性は、おそらくハイブランドで身を包んでいる。一目で、お金がありそうな男性だと分かる。
「みおは、彼がお金持ちだったから、不倫したの。この人も、もしかしてSNSで繋がった?」
「それは」
「みお、正直に言え。彼と不倫したんだな。俺が働いている間、この男性と会っていたんだろう」
彼らの厳しい追求に耐えかねたのか、みおが涙を流し始める。そして、彼女は声を張り上げた。
「だって、お母さんに言われたの。『あのおじさんが一生養ってくれるか分からないから、予備を用意しておきなさい』って」
「みお!余計なことを喋らないで」
リノが慌てて遮ろうとするも、みおは次々と事実を明かしていった。
「お母さんに売り捌きを頼まれて、持っていたバッグを売って、お金にしたの。それでも足りなかった」
「そうしたら、『カモを見つけろ』って言われて」
『カモ』って、リノさんの指示ってことね」
「ユウヤと交際したのも、正宗さんと結婚したのも、全部お母さんの計画なの。私は、本当は嫌だったんだから」
どうやらリノは、自分の娘を利用して金を得るつもりだったらしい。参列者は、「あの母親、恐ろしいな」と小声で彼女を非難する。
「『妊娠した』って嘘をついて、お母さんに言われたの。そうすれば、正宗さんと確実に結婚できるからって」
「だから、2人の結婚にリノさんは大賛成したのね」
「お母さんの言う通り。子供ができたと知ったら、正宗さんはすぐに結婚してくれた。けど、仕事が嘘だとは思ってなくて」
正宗が経営者ではないと分かった際、リノの計画は破綻した。だから彼女は、慰謝料などの別の方法で金を巻き上げることにしたのだろう。
「それで、母親に言われるがまま、正宗と結婚後も不倫をしたと」
「彼とは、SNSで繋がったの?」
「お母さんに紹介されたの。『いい男が見つからない』って言ったら、『彼と交際しなさい』って命じられて」
その男性は、みおとの交際を始めた後、リノにもお金を渡していたらしい。写真では分かりづらかったが、彼は年齢が正宗と同年代くらいだそう。
「おじさんと付き合えば、お金が手に入る。本当は嫌だけど、こうでもしないと、お母さんは生活ができなくて」
「この役立たず、なんでベラベラ白状するのよ」
みおの告白に逆上し、リノは恐ろしい形相で怒鳴りつけた。するとみおは、周囲も気にせず、大号泣する。
「私は嫌だったの。もう、おじさんなんかと一緒にいたくない」
会場は静寂に包まれ、みおとリノの声だけが響いていた。
「なんて恐ろしい親子なの?私たちを騙して、正宗のお金を毟り取ろうとしていたのね」
「正宗、今すぐ彼女と離婚しろ。幸い、子供もいなかったんだ。綺麗さっぱり、忘れた方がいい」
あんなにも彼女をちやほやしていた義母も、一転して攻め立てる。正宗は呆然と、その場に立ち尽くしていた。
みおは激しく泣き崩れ、床に伏せる。
「私は悪くない。お母さんのせいだから」
かつての可愛らしさは、微塵も残っていなかった。
だが、これほどまでに親子の醜態が露呈したにも関わらず、正宗はみおに手を差し伸べる。
「みおちゃんは、お母さん思いなんだね。そんなにも優しい子だったなんて、俺、感動したよ」
「正宗、気は確かなの?あなたは、この子に騙されていたのよ。優しいわけないじゃない」
「母さんの言う通りだ。みおさんが好きなんだろうが、もう諦めろ。この先、彼女とは関わらない方がいい」
義両親がいくら止めても、彼は結婚をやめなかった。式を中断してさえおいて、続行しようとする。
「俺には、みおちゃんしかいない。アリサとは離婚したんだ。今更、独身になんてなりたくない。だからさ、みおちゃん、俺と一緒にいようよ」
「私と別れて」
今の正宗は、何が何でも新しい妻が必要なのだろう。怯えるみおの腕を掴み、無理やり立たせようとする。
「どんな経緯であれ、俺と結婚したのはみおちゃんだ。不倫のことは、綺麗さっぱり忘れるよ。ほら、せっかくの可愛い花嫁姿が台無しじゃないか」
「無理。経営者じゃないなら、あんたみたいな冴えないおじさんはありえない。一緒にいるメリットがないじゃない」
「今まで、みおちゃんにどれだけ貢いだと思っている?お金、全部返してくれる?」
「それは、正宗さんが勝手にやったことじゃない」
彼女は全力で拒絶し、正宗の腕を振り払う。しかし彼は、強い力でみおの手を握った。
「みおちゃんが欲しいって言ったから、俺は買ってあげたんだよ。散々尽くしてきたんだから。離婚なんてだめだ。俺は、納得できない」
それを聞いた義母までもが、恐ろしい形相で彼女に詰め寄る。
「確かに。貢いできたお金が返せないなら、このまま夫婦でいた方がいいわね。みおさん、これからは文句を言わずに働いて、家事をこなしてちょうだい。子供もいないし、若いんだから、いくらでも働けるでしょ」
「前の嫁は無職で使えなかったからな。みおさんなら、働きながらでも家事はできるだろう。10代だし」
義両親は、みおを新しい「家政婦」としてこき使おうと考えているようだ。その魂胆に気づいて、彼女は顔を青くする。
「やだ。私は、正宗さんと別れるの。お母さん、助けて。このままじゃ、おじさんたちの家族にいいように使われる」
「知らないわよ。全部、みおの責任じゃない。うまくごまかせば、こんなことにはならなかったのに」
リノは責任を取る気などないのか、みおを見捨てた。
味方がいないと分かるや、義家族は目を細める。
「ほら、あんな冷たい母親の元に戻るより、うちに来た方がいいわよ。可愛がってあげるから」
「おばさんを追い出せた上、若い女性を連れてこれたんだ。ある意味、良かったんじゃないのか」
「父さん、母さん、分かってくれてありがとう。俺、みおちゃんと幸せになるから」
身勝手な考えを述べる3人に対し、ユウヤが突然、鋭い声を上げた。
「父さんたちは、母さんを馬鹿にしているの?何も分かっていないんだね」
一斉に、彼を睨みつける義家族。先ほどの件が不服だったようだ。
「何を言っているんだ?アリサは、馬鹿にされても仕方ないだろう。仕事もせず、家事もサボっていたんだから」
「そうよ。ユウヤ、てば、アリサさんに丸め込まれちゃったのね。彼女、今も相変わらず無職なんでしょ。店が潰れた両親の脛をかじるなんて、情けないな」
「ユウヤ、このままだと、難関大学にも通えないんじゃないのか」
そう言って口元を歪める3人に、ユウヤは声を強めた。
「一体、何を勘違いしているの?母さんは、無職なんかじゃない。ずっと、店を再開するために、1人で頑張っていたんだから」
「店の再開?」
正宗はいぶかしそうに首をかしげる。だが、彼はすぐさま鼻で笑った。
「もしかして、両親の洋菓子店を再開させようとしているのか?そんなの無理だ。あそこは、経営不振で潰れたんだから」
「それが、勘違いなんだよ。おじいちゃんたちの洋菓子店は、黒字だった。業績は、全く悪くなかったよ」
「え?何よ、その話」
困惑した表情で、義家族は互いに顔を見合わせる。
私は何度も説明しているはずだ。
「お伝えしましたよね。私は、経営不振ではないと。両親は、年齢を理由に閉店したんです」
「でも、アリサが店を継ぐのは反対されたんだろう。それなのに、再開なんてできるはずがない」
「お父さんたちは、売上が落ち込んだから、店を閉めたんじゃ」
確かに、後を継ぎたいと提案しても断られた。ただ、それはお父さんたちなりのプライドがあったからだった。
私は、両親が反対した理由を、家族に伝えた。立ちまち、3人は目を丸くする。
「実は、両親は職人としてのこだわりが強く、私に店を任せた際、菓子の味が落ちるのではないかと心配していたんです。いくら長年働いてきた私でも、1人で店を切り盛りするとなると、全てのお菓子に力を注ぐことは難しい。そう考えて、お父さんたちは店を閉めたの」
両親が現役の間、私は基本2人のサポートだった。任せてもらったお菓子はあれど、それもほんの一部。1人でお菓子の味を保つことがどれほど困難かは、私も分かっていた。それゆえ、両親は店を継ぐことにも反対したのだ。
だけど、私は諦められなかった。あんなに愛されたお菓子を、2度とお客様に振る舞えないなんて。父さんたちも、本当は続けたいと思っていたはず。
実際、うちの洋菓子店は閉店時も多くのお客様がいて、「また食べたい」と、みんな口を揃えて言っていた。きっと再開したら、お客様は喜んでくれるはず。私はそう考え、店の再開を目指して1人、試作と研究を重ねていたのだ。
「母さんは、何度も閉店した店舗に行っては、おじいちゃんたちのお菓子の味を再現しようと頑張っていた。俺も味見したけど、昔と変わらない、あの懐かしい味だったよ」
かつて義母に反対されながらも、店舗の片付けに行った日。あの時も、私は店内で1人、菓子作りに没頭していたのだ。
「最初は、俺も無謀だと思っていた。おじいちゃんとおばあちゃんが作っていたお菓子を、母さん1人で作り続けるなんて、無理だって。でも」
ユウヤが優しく微笑む。
「母さんは、諦めなかった。実家に戻ってからの1ヶ月間、毎日リニューアルの準備をしていたよね。俺、その姿を見て、全力で応援しようと決めたんだ」
「ユウヤ、ありがとう」
彼には、実家に戻った後、店の再開を目指していると伝えた。話を聞いて最初は驚いていたものの、現在ユウヤは私の努力を見守ってくれている。そして先日、試作を味見してもらった上で、両親を説得することに成功したのだ。
「両親は、『この味なら、お客様も喜んでくれる』と太鼓判を押してくれたわ。だから、私は今、店のリニューアルオープンを控えているところなの。店内も改装し、あとは営業再開の予定日を待つばかり」
その事実を知るや、義家族は息を飲んだ。
「アリサは、まさか立ち直るとは。仕事も探さないから、これからもずっと無職でいるものだと」
「母さんは、そんなこと一言も言っていないよね。勝手に決めつけて、勘違いしていたくせに。母さんを馬鹿にする権利は、父さんたちにはないから」
ユウヤは胸を張り、私の今までの努力を親族たちの前で語ってくれた。近くで見守ってくれていた彼に賞賛され、思わず照れ臭くなる。
「ユウヤ、ったら」
「なんで恥ずかしがっているの?俺は事実を言ったまでだよ。母さんは懸命に頑張っていた。家族として、誇らしいよ」
「分かったから、ありがとうね」
義家族は、そんな私たちのやり取りを見て、言葉を失う。彼らは、経営不振で店が潰れた挙句、両親は落ちぶれたとでも思い込んでいたに違いない。しかし現実は真逆だ。両親も私も貯金している上、これから先、営業再開すれば、ユウヤを志望校に通わせるお金は十分にある。
「ユウヤが応援してくれた以上、店は必ず守って見せる。両親のためにも、私が洋菓子店を続けていくから」
「待てよ。再オープンを目指していること、俺たちにも言ってくれたらよかったじゃないか。家族なのに、隠していたなんてひどいわ」
「私たちが邪魔をするとでも思っていたの?」
「ええ、その通りです。下手したら、営業再開を3人が反対する可能性があったので」
ストレートに答えた瞬間、義母は黙り込む。正宗だけは、口を挟んだ。
「なんでだよ。俺たち、アリサに仕事を見つけて欲しいって、再三言っていたよな」
「じゃあ、共働きになったら、正宗も家事を手伝ってくれた?」
「それは」
「私が無職になった途端、家事を押し付けてきた義母。その状況を知りながらも、正宗と義父は手伝おうとしなかった。店を再開したら、今までのように家事を1人でするなんて無理だから、分担をお願いしても、3人が嫌がるのは目に見えていた。下手したら、仕事をしつつ、家事を押し付けられる可能性もあったわ」
「どうするつもりだったの?私たちに、いつかは仕事のことを報告しないと。アリサさん、1人で家事をし続けることになるじゃない」
「だから、店を再開したら、離婚するつもりだったんです」
淡々と言い放った瞬間、義母が目を大きく見開く。私に収入があれば、正宗の稼ぎで生活する必要はなくなる。義家族との生活に限界を迎えていた私は、3人から離れようと考えていたのだ。
「ちょうど、正宗の不倫の証拠を掴んだところだったので、ユウヤを連れて実家に帰ろうと思っていました。そのタイミングで、正宗がみおさんを連れてきた」
「俺と離婚する気だったなんて、そんな気配、なかったじゃないか」
「バレたら面倒だと思ったのよ。いいように飯を食べさせてもらっている3人は、手放さない気がして」
次の瞬間、義母が視線をそらす。まさに図星だったのだろう。私が無職になったことで、1番楽をしていたのは彼女だ。これからも私に家事を押し付ける気満々だったに違いない。
「だからこそ、黙っていてよかったと思ったわ。ありがたいことに、正宗から離婚を切り出してくれたしね」
悔しそうに拳を握りしめる正宗。その隣で、みおは未だに怯えている。
「奥さんが離婚に応じなければ、こんなことにはならなかったのに」
彼女はまだ自分が被害者だと言わんばかりに、悲しげな表情を浮かべた。ただ、みおが妊娠したと嘘をつかなければ、離婚にはなっていなかっただろう。恨むなら、自分を恨みなさい。母親に言われるがままに正宗を騙したのは、あなたなんだから。
「みおちゃん、今の話、聞いただろう。アリサは、もう俺の元には戻ってこない。だから、俺には、みおちゃんしかいないんだ」
正宗は息を荒くしながら、みおに顔を近づける。その様子を静かに見守る義両親。
私は2人に向かって、静かに口を開いた。
「お父さんとお母さんに、1つお伝えしておかなければならないことがあります」
「何よ、まだ隠していることがあるの?」
「そうですね。ただ、隠しているのは私ではなく、正宗ですが。彼がみおさんに貢いでいたバッグやアクセサリー、その購入費用って、どこから出ていたか知っていますか?」
そう告げた途端、正宗が声を上げる。
「アリサ、何を言おうとしているんだ?」
「静かにしてくれる?私は今、大事な話をしているから」
「父さんも母さんも、アリサの話に耳を貸すな。こいつは、俺を嵌めようとしているんだ」
「父さん、落ち着きなよ。母さんの話が嘘なら、おじいちゃんたちに聞かせても問題ないでしょ。まあ、嘘だと証明できるなら、だけど」
含みのある笑みを浮かべて、ユウヤが正宗を静止する。義両親は、困惑していた。
「2人は何の話をしているの?みおさんへのプレゼントは、正宗の給料で買っていたのよね。その分、生活費を少なくして、アリサさんに節約するよう要求したんだろう」
質問の意図を読めず、首をかしげる2人。私は、自分の知っている事実を彼らに伝えた。
「生活費を削った程度では、ハイブランドのバッグやアクセサリーを何個も買うことはできません。正宗は、年収1500万だと偽っていたので、それ相応のお金を使っていましたし。じゃあ、そのお金はどこから出ていたのか」
一呼吸置いて、私は続けた。
「正宗は、お父さんたちが老後のために貯めていたお金を使っていたんですよ」
「なんだと?正宗、それは本当か?」
義両親は一斉に、正宗へ視線を向ける。正宗は激しく動揺しながらも、声を荒らげて否定した。
「さんざん、いい加減な嘘で俺を嵌めるのはやめろ。父さん、母さん、俺を信じてくれ。俺が、2人のお金を使うわけないだろう」
「でも、『もしもの時のために』って、私たちの口座の暗証番号を聞いてきたわよね」
「確かに聞いた。でも、下ろしてなんかいない。2人のキャッシュカードだって、触っていないし」
「父さん、嘘をつくのはやめなよ」
ユウヤの言葉に、義両親が目を丸くする。
「ユウヤ、お前も何か知っているのか?」
「俺、見たんだ。合宿に行く1週間前くらいかな。父さんが、おじいちゃんの部屋から、こっそりカードを持ち出すところ」
「そんな、正宗?どういうこと?」
「ユウヤが、正宗を嵌めるような嘘をつくとは思えないんだけど」
2人に追求され、正宗が口をパクパクと動かす。必死に言い訳を探しているようだ。
「それは、ユウヤの見間違いだ。俺は、キャッシュカードなんて取っていない」
「じゃあ、今すぐスマホのアプリかATMで、口座の残高を調べてみたらどう?残高が変わっていなければ、正宗が盗んでいないって分かるわよね」
「そうね。早く確かめましょう」
式の途中だということも忘れ、足早に会場を去ろうとする義母。正宗は顔を真っ赤にして、2人を引き止めた。
「待ってくれ。ごめん。アリサとユウヤの言う通りだよ。俺、2人のお金、使ったんだ」
もはや言い逃れは不可能だと悟ったようだ。正宗は両膝を床につき、土下座する。
「どうしても、みおにいい格好がしたくて。嘘がバレるのが怖かったんだ。だから、2人の貯金を使った。本当に、ごめんなさい」
義両親は、見る見るうちに顔を真っ赤にした。
「この親不孝者。自分の見栄のために、俺たちが貯めた金を使うなんて。恥を知れ」
「どうしても足りなくて。プレゼントをあげないと、みおに振られてしまう気がして」
「信じられない。まさか、息子が泥棒だったなんて。今すぐ、私たちのお金を返して。あのお金は、今後のために大切に取っておいたものなのよ」
貯金を奪われたと知った2人は、発狂する。謝り倒す正宗に、彼らは激しい罵声を浴びせ続けた。
「今日の結婚式の費用も、俺たちが出したんだぞ。そのお金、そっくりそのまま返せ。泥棒息子の結婚なんて、祝福する気にもならない」
「2人のために出していた生活費も、返しなさい。二度と、正宗にお金を使いたくないわ」
「ごめん。頼むから、許してくれ。使ったお金は返すから、お願いします」
涙ながらに謝罪を繰り返す正宗。
すると彼は、怒りの矛先をみおに向ける。
「みおが、俺にねだるから、こうなったんだ」
正宗は生唾を飲み込みながら、彼女の足元へと近寄る。そのまま、ガシッと掴みかかった。
「お前が、俺をその気にさせなければ、親の金に手をつけなくて済んだんだ。全部、みおのせいだからな」
「やめて、離してってば」
「全部、自業自得のくせに。私のせいにしないでよ。俺があげたバッグもアクセサリーも、全部返せ。金、すぐ用意しろ」
叫び声をあげる正宗に恐怖を感じたのか、みおは体を震わせた。彼女は即座に、リノに助けを求める。
「お母さん、助けて。今すぐ帰ろうよ。もう、この人たちと関わりたくない」
「分かったわよ。ほら、行くわよ」
しぶしぶながらも、リノが手を貸す。そして2人は、足早に会場を出ようとした。
だが、それを許さない義母が、ものすごい形相で花嫁ドレスを掴んで、引き止める。
「待ちなさい。このまま、逃すわけないでしょ。私たちの金、全部、あんたらが奪っていっているじゃない」
「そうだ。結婚式の費用は、お前らが出せ。こっちは、親族にまで恥をかかされたんだから」
「ちょっと、邪魔しないで。私は、関係ないでしょ」
「みお、お金を返しなさい。おじさんにもらったお金、ほとんどお母さんに渡したはずよ。私が返せるわけないってば」
参列者が呆れ返る中、会場の中心で見苦しい喧嘩を始める義家族とみお。正宗は未だに床に突っ伏したまま、恨み言をつぶやいていた。
「許さない。みおのせいで、俺は」
服を掴み合い、責任をなすり付け合う5人。会場は修羅場と化していた。
すると参列者は、巻き添えを食らうのを恐れたのだろう。1人、また1人と席を立ち、会場を出ていく。
私は、うずくまっている正宗に、淡々と告げた。
「不倫の慰謝料と、みおさんへの請求分。お金、ちゃんと準備しておいてね」
「そんなの、支払えない。無理だって、分かって言っているだろう」
彼は顔を上げ、今にも泣き出しそうな顔で私を睨みつける。しかし、支払えるかどうかは関係ない。不倫をした以上、ちゃんと罪は償わないとね。私は、弁護士を通して手続きするから。
「待ってくれ。ユウヤ、父さんを見捨てるのか?」
ユウヤに手を伸ばし、正宗が助けを乞う。
「俺は、お前のたった1人の父親なんだぞ」
「俺の父親が、こんな奴だなんて。恥ずかしいよ。もう2度と、親子として接しないでくれ」
絶望する正宗を、冷めた目で一瞥するユウヤ。その後、私たちは振り返ることなく、会場を後にした。

結婚式の翌日には、スピード離婚した正宗とみお。2人は後日、借金をして一括で慰謝料を支払ってくれた。
正宗はあの後、激怒した義両親から絶縁を言い渡され、現在はボロアパートで孤独な生活を送っているそうだ。借金の返済に追われ、生活が苦しいと聞いた。ちなみに職場でも、風の噂で結婚式での話が広まり、同僚らから白い目を向けられているという。
そして、ユウヤ曰く、みおは高校を退学したらしい。多額の借金を背負うこととなり、今は夜の街で働いているという噂を耳にした。親子関係は険悪ではあるものの、頼れるのはお互いだけ。今でも2人は、仕方なく一緒にいるのだそう。
義両親は、正宗に貯金を奪われた挙句、二世帯住宅のローンだけが残り、家を手放すはめになったとか。今は小さなアパートで、夫婦2人、質素に暮らしているそうだ。
一方、私は念願だった洋菓子店をリニューアルオープンさせた。懐かしい味が戻ってきたと評判になり、常連客だけでなく新規のお客様も来て、毎日繁盛している。
そしてユウヤは、志望していた大学に見事合格し、晴れて大学生となった。今も彼は、私と両親が住む実家から大学に通っている。
「母さんの作るチーズケーキが好きなんだ。これからも、この味守ってね」
「もちろんよ。ユウヤも、勉強頑張って。あなたなら、きっといいお医者さんになれるわ」
ケーキを口に頬張り、満面の笑みを見せるユウヤ。両親は、そんな彼をとても可愛がってくれている。
これからも、大切な家族と共に、幸せな日々を送っていきたい。

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