お前の歓迎会来てやったぞ。感謝しろよ。
地方から本社へ移動してきた初日、いきなりその言葉が飛んできた。エリート大卒の課長・木下さんは、私を一瞥するなり、椅子にも座り直さず言い放った。
「君が移動してきた高橋さんか。年上の部下ができてこちらも少しやりにくいんだが、まあ仲良くやりましょう。」
私は50歳。ファッションが好きで、高校時代からのアルバイトをきっかけにこの会社で働き続け、店舗立ち上げの仕事を評価されて本社勤務を打診された。部長・藤野さんは穏やかな人で、私を歓迎してくれた。だが、この課長の態度は初対面から異様だった。
「君はどこの大学を出てるんだい? え、中卒? なんだ。優秀な人が地方から来るって聞いてたから、少しは私の仕事を手伝ってくれるかと期待していたんだが、中卒じゃなあ。」
期待外れで申し訳ありません。できる限り尽力します。
そう答えるのが精一杯だった。学歴に多大な自信があるらしい課長は、同じ部署の社員たちにも容赦なかった。特に北野さんへの当たりは厳しく、些細なミスも許さない。
先日、北野さんが取引先からの電話をメモに残し、課長のデスクに置いた。課長が戻ってきたので、北野さんは「課長あてに電話があり、詳細をメモに残したのでご確認ください」と伝えた。しかし課長は適当な相槌を打つだけでメモを無視。数時間後、取引先から再び電話がかかり、会議の開始時間が変更になっていたのに課長が来なかったと怒りを買ってしまった。北野さんの落ち度はないのに、課長は「君のせいで大事な案件がパーだよ。どうしてくれるんだ?」と詰め寄る。北野さんは言い返すこともできず、うつむくだけだった。
私もまた、課長の不機嫌な視線を浴びる日々が続いた。松本リナさん、24歳の明るい女性社員が唯一、私に優しく接してくれた。ある日、彼女が暗い顔をしているのに気づき、思い切って聞いてみた。
「松本さん、何かあったんですか?」
彼女は周りを確認してから、声を潜めて話してくれた。
「実は、課長からしつこく言い寄られていて…。休憩時間に声をかけられるくらいならまだいいんですけど、プライベートのスマホにも連絡が来るんです。休みの日に何をしているかとか、彼氏はいるかとか…。」
他の社員に話を聞いても、木下課長になってから部署の雰囲気が悪くなったという答えばかりだった。女性社員への付け回し、部下への怒鳴り散らし。私の目から見ても、それは明らかに異常だった。
私は決意した。部長から与えられたミッションを実行しよう。移動してきた際、部長に呼び出されて言われたのだ。
「高橋君。実は、木下課長の高圧的な態度や女性社員への迷惑行為について、苦情が絶えないんだ。会社としても無視できない。君に調査を頼みたい。本当に部下を追い詰めているのか、確かめて報告してほしい。」
困っている人を放っておけない。私は調査を引き受けた。1週間、2週間と観察を続け、課長の言動を記録した。北野さんへの不当な叱責、松本さんへのしつこい連絡、他の社員を怯えさせる態度。情報は十分すぎるほど集まった。それを社内の人権委員会に提出すると、委員会は事態を重く受け止め、課長の懲戒解雇が決定した。
そして、飲み会の夜。私は仕掛けた。課長の「歓迎会」ではなく、これが「送別会」であることを。
部長が遅れて店に現れ、こう言った。
「遅くなって悪いね。今聞こえてきたけど、今日は歓迎会ではなくて送別会じゃなかったか?」
課長は慌てたように苦笑いを浮かべた。
「え、送別会? 誰のですか?」
部長は表情を曇らせて答えた。
「君のだよ。」
「え、冗談ですよね…。」
私は課長に向かって、すべてを打ち明けた。調査していたこと、人権委員会に資料を提出したこと、すでに懲戒解雇が決まっていること。課長は最初こそ「あれはコミュニケーションの一環だ」と言い訳していたが、やがて塩をかけられたナメクジのように小さくなっていった。すっかり力の抜けた課長は、とぼとぼと店から出ていった。
数秒後、少し可哀想なことをしたかな、という思いが頭をよぎった。だが周りを見渡すと、そんな考えは吹き飛んだ。社員たちは、ようやく課長から解放されたことを喜び、泣き出す者までいた。松本さんもその一人だ。きっと私に話してくれた以上に、嫌な思いをさせられていたのだろう。
その後の飲み会は、久しぶりに笑顔の絶えない、本当に楽しい時間だった。
翌朝、出勤すると課長のデスクは荷物がなく、がらんとしていた。夜中に片付けに来たのだろう。誰にも会いたくない気持ちは、痛いほど分かる。
そして、朝礼の時間。部長が人事発表をすると言う。
「新しい課長について、皆さんにお知らせがあります。」
続く部長の言葉に、私は驚きを隠せなかった。まさか、自分がその新しい課長になるとは。部長はいたずらっぽく笑って言った。
「こういうのはサプライズがいいかと思ってね。」
私は深呼吸をし、これからまとめていかねばならない社員たちを見回した。私にはたくさんの部下がいる。部下の意見をしっかり聞いてくれる部長がいる。彼らと一緒なら、様々な困難も乗り越えられるだろう。もう二度と、社員が我慢しなければならない環境は作らない。そう心に誓いながら、何もない課長のデスクに座ったのだった。



