人事部長に昇進した初日、24人のエリートたちが一斉に退職届を叩きつけてきた。先頭の男は笑いながら言った。「中学しか出てない人に僕らの数字が読めると思えませんが。俺がやめなきゃ全員やめます」私はその束をすべて受理した。24人の顔から余裕の笑みが消えた瞬間、彼らが何かを必死に隠していることが確信に変わった。エリートたちは「辞める」というポーズの裏で、何を守ろうとしているのか。私は退職届の束を引き…

人事部長に昇進した初日、24人のエリートたちが一斉に退職届を叩きつけてきた。先頭の男は笑いながら言った。「中学しか出てない人に僕らの数字が読めると思えませんが。俺がやめなきゃ全員やめます」私はその束をすべて受理した。24人の顔から余裕の笑みが消えた瞬間、彼らが何かを必死に隠していることが確信に変わった。エリートたちは「辞める」というポーズの裏で、何を守ろうとしているのか。私は退職届の束を引き...

人事部長に昇進した俺の机の上に、24通の退職届けが積まれていた。差し出したのは、名門大学を出たエリート集団・成長事業部の面々だ。先頭に立つ立花は、笑いをこらえながら言った。

「中学しか出てない人に僕らの売上の数字が読めると思えませんが。俺がやめなきゃ全員やめます」

俺は束をまとめ、引き出しへ移した。
「付けで全て受理します」

俺、小方35歳。父を早くに亡くし、母がパートを掛け持ちして俺と妹を育ててくれた。中学を出た15歳の春、システム開発と保守を手掛ける小さな会社に就職した。配属されたのは顧客先のシステムを保守する部署。花形ではないが、客が本当に頼るのは、夜中でも電話一本で駆けつける人間だと現場で学んだ。

忘れられない夜がある。大雪の中、取引先の食品工場から生産管理システムが止まったと連絡が入った。朝までに復旧しなければ出荷が全て止まる。雪道を3時間かけて現場に入り、原因は停電によるデータベースの破損だと突き止めた。破損範囲を切り分け、バックアップから復元し、取引記録を紙の伝票と突き合わせて一件ずつ手で打ち直した。夜明け前、生産ラインは音を立てて動き出した。

その話が社長の沢田に伝わったのだろう。沢田は同じく中卒の叩き上げで、学歴で人を測らない人物として信頼が厚い。沢田は俺を社長室に呼び、こう言った。
「君に頼みたいのは、数字の裏を疑える人間だ。人事部長として、全部門の評価を正面から見てほしい」

成長事業部の売上は全社の4割を担う。だが、契約とは本来現場に人が出向いて初めて成り立つものだ。にもかかわらず、成長事業部の契約で保守部門に現場対応の依頼が回ってきたことは一度もない。営業の立花に問い合わせても「保守が出る幕じゃない契約もある」と言い捨てられるだけで、不自然に感じていた。

3日後、人事部長として初めて出社した月曜日。机の上に24通の退職届けが積まれていた。立花は言った。
「この席が誰の椅子か本当に分かってます? 」

俺は侮辱の視線を受けながら、24人の裏を考えた。成長事業部が一斉に辞めれば会社は立ち行かず、経営陣は折れて俺を首にするはず。だが、学歴を鼻で笑うだけにしては、この一手は念が入りすぎている。俺がまだ何の権限も振るっていない初日の朝を狙ってきた。何か後ろめたいことがあるからではないか。口では俺の学歴を見下しながら、立花は俺の返事を必要以上に注意深く待っている。その目の底に、下げだけでは説明のつかない硬さがあることに気づいた。

俺は24通の退職届けを全て受理した。引き出しを閉める音が静かに響く。立花の顔から余裕の笑みが消え、予想外の出来事に戸惑いの色が広がった。俺は立花を見据えて言った。
「受理した。だが、お前たちが本当に辞めるつもりかどうか、俺は知っている」

数日後、立花は24人全員で退職届けを撤回しに来た。理由を問いただすと、立花は渋々と白状した。成長事業部の契約は、実態が伴っていなかったのだ。契約書上の数字は飾りで、実際には別の会社に仕事を流していた。売上を水増しして会社からの評価を騙っていたのだ。俺は証拠を掴むため、総務の社員と共に成長事業部の帳簿を遡り、契約書と現場の対応記録を突き合わせた。すると、契約先から「そんな会社とは取引した覚えがない」という話が次々と出てきた。立花は契約を捏造し、架空の売上を計上していたのだ。

俺は掴んだ証拠を沢田に提出した。沢田は表情を変えずに一つ頷き、翌週、成長事業部は業務停止。立花と、退職届けを突きつけた24人のうち、契約捏造に関与していた15人が懲戒解雇となった。残りの9人は契約の捏造を知らされていなかったことが判明し、減給処分の上で他の部署へ異動となった。そして、俺と共に証拠を集めた総務の社員が、新設された内部監査室の室長に抜擢された。

沢田は俺に言った。
「評価という名目で全部門の人間と数字を正面から見られる唯一の席。君はその席で数字の裏を見抜いた。立花たちが造った虚構の数字を」

会社はその後、成長事業部の売上に頼らない経営計画を打ち立て、俺の保守部門が顧客からの信頼を積み重ねていくことで、少しずつ実績を取り戻していった。あの日、24通の退職届けを受け取ったことは、俺にとって何かを終わらせるためではなく、真実を見抜くための始まりだったのだ。

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