「あの、離婚届、ここに置いておくわね。あなたのサインが済んだら教えてちょうだい。」
私の言葉に、夫の聡と義母の顔色が一瞬で変わった。つい先ほどまで、私たちは銀行の共通口座から消えた50万円のことで揉めていたはずだ。聡は給料を全て義母に渡すと言い放ち、私はその現実にただ呆然とするしかなかった。
私は白田ゆみ、31歳の会社員。聡とは同じ職場の同期で、いつしか惹かれ合い、長い交際を経て結婚に至った。彼はいつも私の意見を尊重してくれる、優しい人だった。プロポーズされた時は、本当に嬉しかった。
しかし、義両親との顔合わせの席で、何かがおかしいと感じ始めた。義母が「老後は私たちが見てもらえるのよね?」と当然のように言い放ち、聡がそれに「大丈夫だよ、ママ」と応じた時、私は違和感を覚えたのだ。
結婚後、彼らの態度は豹変した。結婚式が終わった翌日から、私は義母からの嫌がらせメッセージを受け取るようになった。そして今、銀行で給料が引き落とされていないことを知った私は、問い詰めるためにここへ来たのだ。
「あなたたち、自分がやってきたこと、思い返してみなさいよ」
私が静かにそう言うと、義母は嘲るように笑った。
「何よ、今さら。私たちはあなたを一人前の嫁に育て上げようとしてただけよ。文句があるの?」
「そうだよ。俺の給料は全部ママに渡すって決めたんだ。お前の稼ぎじゃないんだから、文句言うなよ」
聡は勝ち誇ったようにそう言った。しかし、私は知っている。彼らが私をいいように使おうと計画していたことを。そして、私がこの日のためにずっと準備をしてきたことを。
私は深く息を吸い込んで、告げた。
「そっちもね。言い分はもう受け付けないから、そのつもりでいて」
「は?何言ってるんだよ」
「あなたたち、うまく演じてたつもりかもしれないけど、私も猫をかぶってたのよ」
その言葉に、2人は困惑した表情を見せる。私は続けた。
「結婚式の日にちを6月26日にしたの、覚えてる?私の給料日は25日でしょ。つまり、今月の私の給料は、結婚前の個人資産ってわけ。あなたたちに渡す義務なんてないのよ」
聡の顔から血の気が引いていくのがわかった。義母は何か言おうと口を開くが、言葉にならないようだ。
「それに、300万円の件だけど。何かの支払い期日が過ぎたのかしら?」
私がそう尋ねると、2人は顔を青ざめた。どうやら車のローンとマンションのローンが引き落とせなかったらしい。義母は私に給料を全て渡すよう要求していたが、私はそれを個人口座に入れておいたのだ。
「あ、あんた!よくも!」
義母が叫ぶと、聡は私に詰め寄った。
「離婚してやる!」
「ええ、そうしてくれる?ここに離婚届があるわ。あなたのサインだけで済むようにしておいたから」
私が鞄から取り出した書類を見て、聡は言葉を失った。義母は混乱して「冗談よね?結婚したばかりでしょ!」と叫ぶが、私は淡々と応じる。
「残念ながら本気よ。それに、慰謝料も請求させてもらうわ」
「な、慰謝料だと?」
「あなた、浮気してたでしょ?部署が変わってから、よく女性と会ってたみたいね」
私は鞄から写真を取り出した。それは聡が他の女性と楽しそうに歩いている姿だった。義母とランチをしている時のものもあれば、見知らぬ女性と腕を組んでいるものもある。
「そ、そんなの仕事の付き合いだ!」
「そう?じゃあ、この写真は?」
私はさらに数枚、違う女性との写真を机の上に広げる。聡の顔色がどんどん悪くなっていく。
「お前、いつから調べてたんだ… 」
「結婚を決めた時からね。あなたが急に優しくなったのも、変だと思ってたのよ」
義母が「私のせいじゃない!」と叫ぶと、聡は彼女を睨んだ。
「全部ママのせいだ!俺はママに騙されてたんだ!」
「あんた!よくも!」
2人は私を置き去りにして、互いに罵り合い始めた。私は静かに立ち上がり、コーヒー代を机に置いた。二人の喧嘩を背に、私はその場を後にする。
外はすっかり暗くなっていた。私は少し歩いてから、以前から確保してあったホテルへと向かった。これからどうするかは決めている。まずは、この結婚をきちんと終わらせること。そして、新しい生活を始めることだ。
私はスマホを取り出すと、聡からのメッセージを無視して、弁護士の番号を呼び出した。
「もしもし、白田です。夫との離婚について、具体的な話を進めたいのですが」
ホテルのベッドの上で、私は深い息をついた。こうして、私の復讐劇は幕を開けたのだった。


