「お姉ちゃん、車椅子で道歩いてんじゃねえよ。邪魔だな」
そう言って唾を吐き、ゲラゲラと笑う男。それが妹の婚約者だった。
「お前みたいな社会の底辺が偉そうに説教してんじゃねえよ。お前の妹はもう俺にメロメロなんだよ。結婚式はもうすぐだ。何もできないお前には、絶対に止められない」
私は生まれつき片足が不自由で、車椅子での生活をしている。それでも少しでも社会の役に立ちたくて必死に勉強し、偏差値の高い大学に進学し、一流企業に就職した。妹は私より3歳年下で、自由奔放で活発な性格だった。幼い頃から私に優しく接してくれて、車椅子の私を嫌な顔ひとつせず、いつも一緒に遊びに連れ出してくれた。
大学卒業後、一人暮らしを楽しんでいた妹が5年ぶりに実家に帰ってきた。しかも、なんと婚約者も一緒に連れてきたのだ。両親も私も驚いたが、妹に婚約者ができたことを嬉しく思った。
しかし、その婚約者は感じが悪かった。私や両親の顔も見ずにぶっきらぼうな挨拶をし、ドカッとソファーに腰を下ろした。両親が必死にもてなしているのに、ずっと不愛想なままだ。
「お姉さん、車椅子じゃ一人で何もできなくて大変でしょ。周りに迷惑かけたりしますよね」
「いえ、大抵のことは自分でできます。日常生活に問題はありません」
「でも、変な目で見られたりしませんか?」
彼のじろじろとした視線とぶしつけな質問に不愉快な気持ちになった。でも、妹が選んだ人なのだからきっと素敵な人に違いない。そう思い直して、私は感じた不快感を忘れることにした。
数日後、仕事帰りの駅からのいつもの道を車椅子で進んでいると、向こうから柄の悪い男性グループが大声で騒ぎながら歩いてくるのが見えた。その日は残業で帰宅時間が遅くなっていたので、辺りに人はほとんどいない。恐怖で心臓がバクバクしている。
ちょうど私の横に差しかかった時、集団の一人から声をかけられた。
「あれ、どこかで見た顔だと思ったら、お姉さんじゃん」
それは妹の婚約者だった。先日実家で会った時よりもさらに柄の悪い服装をしていて、とてもそうは見えなかった。
「こんばんは」
私は怖くて声が震えていた。
「車椅子って本当にノロノロで邪魔だよな。結婚式もこれじゃ何も使えないだろうな。他人に迷惑かけないと生きていけないような人間は、縁って消えろ」
彼は顔に笑みを浮かべながら、馬鹿にした口ぶりで暴言を吐いてくる。
「いい加減にしてください。私、帰るところなので急いでいます」
私は立ち去りたい一心で車椅子を必死に漕いだ。目には涙が滲みてきた。泣いたらもっと馬鹿にされると思い、歯を食いしばった。
「待てよ。まだ話は終わってないんだよ」
追いかけてきた彼はさらに続けた。
「お前みたいな人間は社会の底辺って呼ぶんだよ。お前は家族のお荷物なんだよ。分かるだろ。分かってるなら、結婚式なんて恥ずかしくて来れないだろ。結婚式には絶対に来るなよ」
その言葉に、私は車椅子を漕ぐ手を止めた。それだけは納得いかなかった。
「私にとって妹はかけがえのない、たった一人の妹です。結婚式は、私にとって夢みたいなことなんです。周りに迷惑をかけずに出席することならできます。欠席だけはしたくありません」
「そういう話じゃねえんだよ。お前みたいな車椅子の人間がいると、雰囲気も悪いし目障りなんだよ。だから来るな」
「あなたが私のことをそんな風に見ていることを、妹は知っているのですか?」
「あいつは俺に惚れてるから、俺がこんなこと言うなんて信じるわけないんだよ。勝手にしろ。無駄だけどな」
悔しかった。車椅子である自分を馬鹿にされたことよりも、誰よりも大好きで大切な妹の婚約者の正体がこんな男だった事実が、何よりも悔しかった。このまま彼の正体を知らずに結婚させるわけにはいかない。妹の幸せを願うなら、このことを伝えるべきだ。
私は深呼吸し、鞄からスマホを取り出した。実は私は、外出先で何かあったら困るので、危なそうな時は決まって両親のどちらかと通話をつないでいたのだ。今回も男性グループが歩いてくるのを確認して、すぐに音声通話をつないでいた。
「ねえ、二人も同意見でしょう」
家に帰ると、妹は泣きはらした顔で駆け寄ってきた。
「ごめんね。本当にごめんね。あんな男だと思っていなかった。私のせいで。私のせいで」
妹は肩を震わせながら私にしがみついてきた。
「いいのよ。あなたは悪くないわ。悪いのはあの男よ。結婚する前に正体が分かってよかったじゃない。だから、どうか自分をそんな風に責めないで」
私は子供のように泣きじゃくる妹を抱きしめて慰めた。妹は、私のスマホの音声通話で、婚約者の暴言を全部聞いていたのだ。
「絶対に許さないわ。お姉ちゃんを傷つけるなんて。このままで済ませてたまるか」
そう言って妹は涙を拭って顔を上げた。一番傷ついているのは自分のはずなのに、妹は私のことを思ってくれている。その日から、妹は復讐に向けて準備を始めた。
妹はまず、婚約者の両親に録音していた音声を聞かせた。両親は息子に失望し、深く謝罪してきた。婚約を破棄させてもらうことを伝えると、当然納得してくれた。列席予定の人たちにも妹は音声を聞かせ、結婚式を取りやめにすることを伝え、お詫びした。すると、ほとんどの人が「今後彼とは関わりたくないので縁を切る」と言い出した。
そして結婚式当日。婚約者が式場に到着すると、そこはもぬけの殻で、誰一人として来ていなかった。妹の姿もない。
「どういうことなんだよ。なんで誰もいないんだよ。どうなってんだよ」
恥をかかされ、プライドがズタボロになった婚約者は怒りで発狂した。妹のスマホには大量の着信が入る。しびれを切らした妹が電話に出た。
「もしもし」
「今どこだよ?どうなってんだよ。なんで式場に誰もいないんだよ。なんでお前も来てないんだよ」
「なんでか分からない?思い当たる節がないっていうの?」
「バカね。この間、私のお姉ちゃんにひどい発言をしたの、知ってるのよ」
「そ、そんなの、お姉さんが嘘をついたに決まってるじゃないか。俺は知らないよ」
「下手な芝居はやめてちょうだい。全部聞いていたのよ。直接音声通話でね」
婚約者は言葉に詰まって何も言い返せないようだった。
「お姉ゃんはね、足は不自由だけど一流大学を出て大企業に務めているのよ。あんたの5倍以上の収入があるのよ。それを足が悪いからって理由だけで見下して、その人の本質を見ずにひたすらひどいこと言って。あんたみたいなの、本当の意味で社会の底辺って言うんじゃない?」
「式場に誰も来なかったことで薄う勘づいていると思ぶけど、録音した音声、あなたのご両親にも聞いてもらったからね。それと、列席予定だった皆さんにも」
「そ、そんな」
「そういえば、列席者の方の中には、あなたの会社の人たちもいたわね。本性がバレて、これから働きづらくなると思うけど、しょうがないわよね。そういう人なんだから」
「な、なんてことをしてくれたんだよ。何もそんなひどいことしなくてもいいじゃないか」
「それはこっちのセリフよ」
婚約者は今にも泣きそうな声で叫んでいる。混乱してパニック状態になっているようだ。
「そういうことなので、今で婚約は破棄させていただきます」
「ちょっと待ってくれ。考え直してくれ。心を入れ替えるから、別れたくないんだ。頼むよ」
元婚約者は必死な声で妹にすがってきたが、妹の気持ちが変わるわけがない。妹は話を聞かずに電話をぶちりと切ってしまった。
「ざまみろ。すっきりしたさ。着信拒否と」
妹はニこりと笑った。本当はひどく傷ついているに違いいない。顔は笑顔でも、瞳の奥では落ち込んでいることが分かる。幼少の頃からいつも一緒に過ごしてきた仲良しの妹だ。何でも分かってしまう。
「よく頑張ったね。ありがとう。お姉ゃんもすっきりしたよ」
二人は泣きじゃくる元婚約者の口振りを思いい出しながら、「本当に三文にもならない男だったね」と笑い合った。
あれだけのひどい言葉で私をののしり、それが妹のみならず周囲にも全てバレたというのに、それでもあんな風にすがりつくなんて。元婚約者の神経の図太さに関心すら覚えた。
妹があの男と結婚せずに済んで、本当に良かったと心から思う。
「私、やっぱりお姉ちゃんが一番だよ」
「私もよ」
私たちは抱きしめ合いながらまた笑った。元婚約者は、きっと会社に居づらくなり、仕事も辞めることになるだろう。周囲の信用を失い、恋人も失い、孤独な人生が待っているのだ。当然の報いだ。
妹は今後しばらく実家に住むことを宣言した。私は数年ぶりに妹と過ごす生活を楽しんでいる。妹も日に日に元の元気な姿を取り戻している。妹は明るく活発で、本当に性格のいい子だ。素敵な男性にすぐ出会えるだろう。妹の晴れ姿を見れる日が、今から楽しみだ。
結婚式当日、控室に入ってきた作業着姿の母を見て、新郎の大輔は激しく怒鳴った。
「なんで来てるんだよ。結婚式には来るなって言っただろうが。しかも、そんな薄汚い格好で来るなんて。俺に恥をかかせる気か」
「ちょっと大輔。お母さんに何てことを」
「お前も、なんでそんな貧相な母親呼んだんだよ。さっさと帰らせろ」
大輔の言葉に、私は口を引き結んだ。そうしないと、思わず声をあげて笑ってしまいそうだったから。あまりにも間抜けな大輔の様子に。そう、全ては計画通り。これから楽しい復讐劇が始まる。
私の名前は直子。とあるデパートで化粧品会社の美容部員をしている。周りでは「結婚」という言葉が聞こえ、独身仲間も少なくなってきた。いわゆる「荒沢」だ。私の家は幼い頃に事故で父を亡くしていたので、母が女手一つで私を育ててくれた。贅沢な生活ではなかったけれど、何不自由なく生活させてもらい、大学にまで行かせてもらった。少しでも母に楽をしてもらいたくて、就職後は実家で一緒に暮らしている。
仕事も様々なお客様の対応や職場の人間関係など、それなりに悩みはあったけど、毎日楽しくやりがいもある。仕事に全力で打ち込み、休日は母と楽しく過ごす。充実した毎日だった。だから結婚は愚か恋愛なんてしばらくご無沙汰だった。いわゆる「仕事が恋人」状態だ。
しかし、私が仕事一筋で生きている間にも、周りはどんどん結婚していた。その日も職場の後輩の結婚式だった。幸せそうに笑い合う新郎新婦を見ていると、ふと「そろそろ真剣に考えてもいいかもしれない」と思った。
母を安心させるためにも、一念発起して婚活をすることにした私は、試しに結婚相談所に登録することにした。登録後は何人かの男性を紹介された。その中で、爽やかで優しそうな大輔と数回のデートを重ねて、無事に結婚を前提にしたお付き合いを始め、幸いなことにトト拍子で婚約することになった。
婚約の際、大輔に言われた。
「直子が仕事を頑張っていることは知っているけど、直子には家庭に入って家を守ってほしいんだ。子供が生まれたら、母親がそばにいた方がいいと思うし」
渋しぶながらも、私は仕事を辞めることにした。子供のことを考えると、大輔の話にも一理あると思ったし、結婚して生活が落ち着いたらまた仕事を始めればいいと思ったからだ。
結婚の話が具体的になってきた頃、母に大輔を紹介するため、大輔を実家の夕食へ招いた。大輔はいつも通り品のいいスーツを身にまとい、人の良さそうな笑顔で母の好物のどら焼きを手渡した。母も嬉しそうに受け取った。初めはお互いに緊張していたようだったが、次第に打ち解けて、食事を終えた頃には和やかな空気になっていた。
「せっかく大輔が持ってきてくれったし、食後のデザートにどら焼きとお茶を用意してくるね」
「あ、それなら私がやるよ。母さんは座って大輔と話してて」
立ち上がりかける母を制して、私はキッチンへ向かった。どら焼きは放送社がおしゃれで素材にこだわっていると最近話題のものだった。流行に敏感な大輔らしい。三人分の温かいお茶も用意してリビングに戻ると、大輔が片手に席を立とうとしていた。
「直子、今日はもう遅いし、そろそろ帰るよ」
「え、せっかくお茶も用意したし、もう少しだけいいじゃない?」
「気持ちは山々なんだけど、明日までの仕事があるんだ。ごめんね」
「そうなの?分かったわ」
母への挨拶もそこそこに、大輔は玄関へと向かう。見送るために後を追いながら、普段なら来客者を必ず見送る母が玄関へついてこないことを不思議に思った。
それから数日後のことだった。一緒に夕食を食べていた時、表情を暗くした母が、言いにくそうに切り出した。
「大輔さんのことだけど」
「この前、直子がどら焼きを用意しにキッチンへ行った時に、大輔さんに『結婚式には来ないで欲しい』って言われたの」
「え、どうして?」
「『お母さんはみすぼらしいから、結婚式には来ないでください。こんな人が義母になると、会社の人たちに思われたら恥かしいんです』って、そう言われたわ」
母の言葉に、私は口が塞がらなかった。大輔を招いた日の母の格好はいつも通りだった。豪華ではないけれど、決してみすぼらしいという格好ではなかったはずだ。
「他にも、『家も貧乏臭くて、料理も田舎臭い料理ばかり。直子は綺麗でおしゃれだから期待していたのにがっかりだ。結婚後はあまり家には来ないで欲しい』ということも言われたそうだ」
私は驚きと悲しみで言葉を失った。確かに私は美容部員という仕事柄、身だしなみには気をつけていた。大輔は私のセンスが好きだとも言ってくれていたが、大輔が好きだったのはそこだけだったのかもしれない。だが、だんだんと悲しみよりも、大切な母を侮辱されたことへの怒りが湧いてくる。
「こんな人とは結婚なんてできない」
ふつふつと怒りが湧いてくる。すぐに婚約破棄をすることは簡単だったが、大輔に思い知らせないと腹の虫が収まりそうにない。どうにか大輔にやり返すことはできないかと考え、計画を練った私は、元職場の先輩と後輩に手伝ってもらうことにした。事情を話すと、先輩と後輩は自分のことのように怒ってくれ、「是非力になりたい」と言ってくれた。念のため母にも計画を打ち明けると、「直子の好きなようにしなさい」と背中を押してくれた。
見てなさい。必ず倍返しにしてやるわ。
それから結婚式まで慌ただしい日々を送った。結婚式の準備と同時に計画の準備も進めていたが、大輔は「仕事が忙しいから」とほとんど私任せだったため、特に怪しまれることもなく念入りに準備ができた。結婚式のプランは一番安いプランにしておいたけれど、きっと気がついていないのだろう。
無事に結婚式当日を迎えた私は、純白のウェディングドレスで美しく着飾った鏡の中の自分を見つめて微笑んだ。タイミングよく大輔が控室へと入ってくる。
「いいじゃん。似合ってる」
「ありがとう」
余裕な様子の大輔に笑いそうになるのをなんとかこらえる。その時、控室の扉が開いて、作業着姿の母が現れた。控室に入ってきた母に、大輔は最初言葉を失っていたが、すぐに耳まで赤くして怒り出した。
「なんで来てるんだよ。結婚式には来るなって言っただろうが。しかも、そんな薄汚い格好で来るなんて、俺に恥をかかせる気かよ」
「ちょっと大輔、お母さんに何てことを」
わざとらしく大輔に声をかけるが、大輔には聞こえていないようだ。
「そもそもそも直子も直子だ。わざわざ俺が言わなくても普段は遠慮するだろう。こんなみすぼらしい母親を結婚式に連れてくるなんて恥ずかしい。だから俺がわざわざ優しさで『結婚式に来るな』って言ってやったのに」
唾を飛ばしながら大輔はまくし立てる。これほど激昂した姿は初めて見た。まだ怒鳴り足りないのか、大輔が続けて口を開こうとした時、控室の扉が勢いよく開いた。部屋にすごい勢いで入ってきたのは、高級そうなスーツに身を包んだ数人の男性たち。男性たちを見た途端、大輔は息を飲み、声を引っ込めた。
「社長」
「大変申し訳ございませんでした」
入ってきたのは大輔の会社の社長や幹部たちだった。大輔が声をかけるのを無視した社長たちは、私と母に向かって土下座をする。一人、状漢が分かっていない大輔は、社長たちと私たちを交互に見ていた。男性のうちの一人が大輔の頭を押さえ、無理やり謝罪させようとする。
「ちょっと待ってください。なんで社長たちがここに?」
私はそろそろいいタイミングだなと思い、物陰にアイコンタクトを送った。
「ネタ晴らしといきましょうか」
物陰からカメラを片手に持った先輩が、演技がかった大げさな動きで現れた。
「きりっ。大成功と言いたかったんですけど、とんでもない映像が撮れてしまいましたね」
「はあ?」
「幼い頃から女手一つで育ててくれたお母様に、感謝の気持ちとして、直子さんの美容部員時代の腕を使ってお母様に美しく変身してもらおうという、幸せドッキリの予定だったんですけど」
先輩は大輔に視線を送り、わざとらしく言葉を切った。
「生中継でドッキリの様子を会場にお届けしようと思っていたので、大輔さんの言葉も全部、会場で流れてしまいました」
「はあ?全部って、まさか」
社長たちを恐る恐る見る大輔。顔を上げた社長は、眉間にしわを寄せて頷いた。
「全部見ていたよ」
動きを止めた大輔の顔がどんどん赤くなる。大輔は耳の先から首まで赤くし、強い怒りを込めた目で先輩を睨んだ。
「お前、何してくれてるんだよ。ふざけ」
「いい加減にしなさい。ふざけているのは君の方だ」
社長の声に、大輔はびくっと肩を揺らし、口を閉ざす。
「君はわが社の顔を潰す気なのか」
「そんなつもりは」
「君が『みすぼらしい』とけなした彼女は、仙台から古い付き合いのある、増援会社の社長だ」
「え?」
大輔が勢いよく母の方を見る。社長の言う通り、母は増援会社の社長だった。地元ではそれなりの規模の会社で手広く手掛けており、町で見かける公共施設の前庭やグリーンカーテンなどは、母の会社が手掛けたものも多かった。複雑な作業になると母自身も現場に出ることも多いため、動きやすく汚れてもいい作業服を愛用し、「初心を忘るべからず」という信念のもと、会社が成長してからも質素な生活を心がけていた。
状況を理解した大輔の顔面から血の気が引いていく。
「社長、違うんです。あれは、そんなつもりで言ったわけでは」
「言い訳は聞きたくない。見苦しい」
「社長、申し訳ございません。でも、違うんです」
「君が謝罪すべきは、私ではなく彼女たちだろう」
社長が無理やり大輔を座らせ、土下座をさせる。大輔がまだ何かを言おうとした時、再び控室の扉が開いた。入ってきたのは大輔の両親だった。
「大変申し訳ございません」
「申し訳ございません。お前というやつは」
先輩がカメラを回し続けていたことで、大輔の言い訳けみた様子も全て会場に生中継されている。その様子を見た大輔の両親は、慌てて飛んできたようだった。社長や上司だけでなく両親まで集まり、母へ土下座している状況に耐えられなくなったのか。大輔は「違う違う違う」とわめきながら、式場から逃げてしまった。
その後、会場でスクリーンに映像を映してくれていた後輩から聞いた話だが、控室の様子は大輔の顔も暴言もしっかりと映されており、会場はお葬式のような状態だったらしい。しばらく空気が凍っていたが、だんだんとかすかにひそひそと話す声が聞こえ始め、母の顔がアップで映った瞬間に、大輔の会社関係者が騒がしくなったそうだ。社長たちが控室に飛び込んできた後も映像は流れ続けており、言い訳を重ねる大輔の様子も流れていた。
会場では大輔の友入や同僚はすぐに帰ってしまい、親族は暗い顔で俯き、両親は参加者一人一人に必死で頭を下げて回った。当の本人は式場から逃げた後、奇声をあげながら走っていたところを、不審者として警察に保護されたらしい。
親族からは絶縁され、会社を自主退職することになった大輔は、今は婚約の慰謝料と式場のキャンセル費用の請求で生活が困窮しているらしい。結婚式以降縁を切り、会ってもいない私には関係のないことだけれど。
私はと言うと、先輩の口利きで元の職場に復帰した。やはり美容部員という仕事はやりがいがあって楽しい。今度再び誰かとの結婚の話が出たとしても、仕事に理解のある人と結婚しようと思う。
先輩と後輩とは、今でも三人で食事に行く仲だ。食事に行くと決まって結婚式の話が出る。先輩は「男一筋」。結婚しぶき退者した後輩は「うちはラブラブなんで大丈夫です」と、私の結婚式を笑い話にしている。実はあの計画を練ったのは先輩だった。離婚歴のある先輩は普段からお酒が入ると、「結婚式中に浮気された。あの結婚は大失敗だったわ。結婚式の日に戻れるなら、元旦那の浮気現場をライブ中継したい」と何度も繰り返しいっていた。先輩の願望をアレンジしたのが、あの生中継だった。最後の控質の混沌とした状漢を思うと、やり過ぎた気もしなくはないが、正直すっきりしたので、先輩と後輩には感謝してもしきれない。
無理に結婚する必要はない。自分らしく生きていこう。焦って結婚するよりも、自分らしく仕事をして、母に育ててもらった恩返しをしていこうと強く思った。もし結婚することがあったとしたら、私の仕事も私の母のことも大切にしてくれる人と結婚しようと思う。



