「お客様なんだから、ちゃんとこっちの要望を聞きなさいよ。一丁前に口応えするなんて生意気だわ。悪いと思っているのならお詫びを全部ただにしなさい」
そう言ってママ友の照るミさんは、私に無理難題を吹っかけてきた。照るミさんは普段から気の強い性格で知られている。でも、私の働くスーパーに現れた彼女は、いつにも増して横柄な態度だった。店にイチャモンをつけて商品を散らかすので、私が意を決して注意すると、信じられないことに彼女は私を脅してきたのだ。
「店に迷惑をかけるのが嫌なら、旦那でも呼んで抵抗したら?まあ、ヤクザをやっている私の旦那と比べたら大したことないでしょうけどね」
私は照るミさんの要望を改めて確認しようとしたが、激昂した彼女に殴られ、気絶してしまった。その後、スーパーに駆けつけた夫を前に、照るミさんは悲惨な目に遭うのである。
私の名前は白崎千佳。夫と娘の三人暮らしだ。今年から娘が小学校に入学したのを機に、私はスーパーでパートを始めた。田舎のスーパーだから店内はそれほど広くない。平日の昼過ぎになると、客は片手で数えられるほどに減る。従業員たちはそれを利用して、交代で昼食を兼ねた休憩を取っていた。パートの私が休憩に入るのは、正社員の人たちが終わってからだ。だからレジに立ちながら、正社員が戻ってくるのを待つのがいつもの流れだった。
普段ならパートは二、三人いるのだが、他の人が体調不良で休んでしまい、その日は私一人しかいなかった。客が誰もいないので、少し離れた選挙コーナーのBGMが鮮明に聞こえてくる。暇を持て余した私は、夕飯の献立を考えながらぼんやりとしていた。
その時、入口の方から声が聞こえてきた。
「何よこの店。誰もいないの?私がわざわざ来てやったっていうのに、出迎えもないの?従業員怠慢じゃないの?」
続いて何かが崩れ落ちる音がした。気になった私は早足で入口へ向かった。
「あら、白崎さんじゃないの?あなたここで働いていたのね。知らなかったわ」
そこにいたのはママ友の黒川照るミさんだった。見れば彼女の足元には、きれいに陳列されていたはずのもやしの袋が散乱している。
「黒川さん、何かあったんですか?」
私が問いかけると、照るミさんは怒り混じりに答えた。
「何かあったどころじゃないわよ。従業員はいないし、品揃えは悪いし、最悪よ。これじゃ客が泣くのも無理はないわね。こんなつまらないものを売っているくらいだし」
そう言って照るミさんは近くにあったニンニクを床に叩きつけた。さっき聞こえた音も、おそらく同じように彼女が気に入らない商品を投げつけた音だろう。
照るミさんには私の娘と同い年の息子がいる。だから何度か顔を合わせているが、彼女に対してあまりいい印象はない。照るミさんは普段から性格のきつい人として知られている。ママ友たちの間で何かしらの提案が出されると、彼女は決まって不満の声をあげるのだ。
「ママ友同士の飲み会だなんて時間の無駄よ。参加できない人がいるんだったら、そもそも開催する目的が成立しないじゃないの」
「でも一応ママ友同士で親睦を深める機会になりますし、色々な情報が入手できるという点ではメリットがありますよ」
「あんたたちみたいに生活レベルの低い人たちからの情報なんていらないわよ。私が言いたいのは、貴重な時間がもったいないってことなの。そこを取り違えないでちょうだい」
そんな彼女だが、きつい言い方をするだけで手を挙げてきたという話は聞いたことがない。にもかかわらず、今日はいつにも増して乱暴な態度で商品を扱っている。まるでタガが外れたかのようだ。一瞬、酔っ払っているのではと思ったが、それにしては様子がおかしい。店内を歩き回り、あちこちの商品を棚から叩き落としている。私は先ほどのもやしの件も含めて、彼女を注意しなければならないと決意した。
「黒川さん、申し訳ありませんが、商品を傷つけるのはご遠慮いただけませんか?もし商品にご不満があるなら、対応させていただきますので」
私が丁寧に言うと、照るミさんは目を吊り上げて怒鳴った。
「はあ?何言ってんのよ。お客様の言うことを聞けないようなら、店員なんてやめてしまえばいいんじゃない?」
「ですが、他のお客様のご迷惑になりますので、どうかお静かにいただけませんか」
「うるさいわね。あんたごときパートのくせに、私に説教しようだなんて百年早いんだよ。店から出て行けって言われたら、あんたどうするの?店長に言いつけてクビにしてもらっても構わないんだからね」
照るミさんはさらに激しく怒り始めた。私はどう対応すればいいのかわからず、ただ謝るしかなかった。
「すみません、言葉が過ぎました。どうかお許しください」
「謝れば済むと思ってるの?あんたみたいな下層の人間が、私みたいな上品な人間に土下座して謝るのが当然でしょ。ほら、早く土下座しなさいよ」
周りには誰もいない。私が土下座する姿を見ている人はいない。でも、これ以上事を大きくしたくない私は、言われるがまま土下座しようとした。その時、スマホの着信音が鳴った。照るミさんのスマホだ。彼女はイライラしながらスマホを取り出すと、通話に出た。
「もしもし?何?今はちょっと用事があるから、後でかけ直すわ」
そう言って通話を切ろうとしたが、相手が何か言ったらしい。照るミさんの顔色が変わった。
「はあ?何言ってるのよ。あなたの方が悪いんでしょ。あんたが勝手に変なことをしたから、私が叱ってあげたんでしょ。それを逆ギレしてるの?とにかく今日はこっちも忙しいの。後よ、後」
照るミさんは一方的に通話を切った。どうやら夫との通話のようだ。彼女は「ああ、ムカつく」と吐き捨てるように言って、再び私に向き直った。さっきよりも機嫌が悪くなっている。私はますます居心地が悪くなった。このままでは埒が明かない。店長に連絡を取ろうかと考え始めたその時、照るミさんが突然、陳列棚の商品を手当たり次第に床に投げ始めた。
「こんな店、潰れてしまえ!こんな商品、誰が買うっていうのよ!」
私は必死に彼女を止めようとした。
「黒川さん、やめてください!お願いです!」
「うるさい!あんたのせいで私は機嫌が悪くなったのよ。どうしてくれるのよ!」
そう言うと照るミさんは、私の顔面に向かって拳を振り下ろした。私は避ける間もなく、頬に強い衝撃を受けた。視界が揺れ、足元がふらつく。そのまま後ろに倒れて、床に頭をぶつけた。意識が遠のいていく。最後に見たのは、勝ち誇ったように笑う照るミさんの顔だった。
どれくらい経っただろうか。顔に冷たい感触がして、私は目を覚ました。どうやら気を失っていたらしい。顔を上げると、そこには私を抱き起こしている夫の姿があった。
「千佳!大丈夫か?しっかりして!」
夫は私の顔を見て、激しく怒っているようだった。私は何が起こったのか理解できず、ぼんやりと夫を見つめた。
「あなた…どうしてここに?」
「スーパーから連絡があったんだ。お前が倒れたって。慌てて飛んできたんだ。それで、これは一体どういうことだ?誰がお前にこんなことをしたんだ?」
夫の目が怒りで釣り上がっている。私はかろうじて声を絞り出した。
「黒川さんが…照るミさんが…」
その時、後ろから照るミさんの声が聞こえた。
「あらあら、大丈夫?倒れちゃって。私がちょっと注意しただけなのに、過剰反応しちゃって。この店の店員って、本当に使えないわね」
照るミさんは私を嘲笑うように言った。夫はその言葉を聞いて、ゆっくりと立ち上がった。そして、照るミさんに向き直った。
「あなたが、私の妻に手を挙げたのか?」
夫の声は低く、しかし確実に怒りを孕んでいた。照るミさんは一瞬怯んだように見えたが、すぐにまた強気な態度に戻った。
「はあ?何言ってるのよ。私はお客様の立場で、この店員の態度を注意しただけよ。それが気に入らないっていうの?店員のくせに、お客様に逆らうなんて、どうかしてるわよ。それに、あなたみたいな男に指図される筋合いはないわ。あんたたち夫婦って、本当にろくでもないわね。子供も子供なら、親も親ってことか」
その言葉を聞いた瞬間、夫の動きが止まった。私はその空気の変化に気づいて、慌てて叫んだ。
「やめて!」
しかし、すでに遅かった。夫の目つきが完全に変わっていた。それは、普段仕事で見せている目とは全く違う、冷徹な殺気を帯びた目だった。
「…今、何て言った?」
夫は低い声で言った。照るミさんはそれに気づかず、さらに煽るように続けた。
「威張ったって無駄よ。どうせあなたみたいな貧乏人は、私みたいな上流階級には逆らえないんだから。ほら、早く謝りなさいよ。土下座して謝ってくれたら、許してあげなくもないわよ。ああ、でもあなたの妻は私に殴られたんだから、あなたも土下座は必須ね。どう?できる?それとも、こんな汚い床に、あんたの汚い顔を擦り付けたくないって言うわけ?」
照るミさんは高笑いをしながら、私の夫を挑発し続けた。私は必死に夫の袖を引っ張った。
「お願い、やめて。もういいから、このまま帰ろう」
しかし夫は私の言葉を聞かず、一歩前進した。
「千佳、後ろに下がっていろ」
その声には、有無を言わせない強さがあった。よほど怒りを感じているのだろう。私は大人しく従うしかなかった。夫はゆっくりと照るミさんに近づいた。照るミさんはまだ勝ち誇った笑みを浮かべている。
「何よ、その目。怖がらせようとしてるの?残念だったわね。私の旦那はあなたよりもずっと強い男よ。あなたが何をしても無駄…」
照るミさんが言い終わらないうちに、夫は彼女の胸倉を掴み、壁に叩きつけた。重い音が店内に響いた。照るミさんは一瞬、何が起こったのか理解できず、呆然としていた。夫は彼女の首をゆっくりと締め上げた。
「今、何て言った?私の妻と娘について、もう一度言ってみろ」
照るミさんの顔色が一瞬で真っ青になった。今の自分が生きているか死んでいるかの瀬戸際にいることを、ようやく理解したようだ。
「ひっ…許して…」
彼女はかろうじて謝罪の言葉を絞り出した。夫は彼女の首から手を離すと、低い声で言った。
「私の妻に手を挙げたこと、娘を侮辱したこと。この一件、ちゃんと話をしなければならないな。お前の夫のところに行くぞ。この件で一体どうなっているのか、はっきりと確認する必要がある」
夫はそう言うと、床に崩れ落ちた照るミさんを見下ろした。照るミさんは恐怖で身体を震わせながら、ただ頷くことしかできなかった。私はその光景を目の当たりにして、息を呑んだ。夫は普段、穏やかな性格だ。しかし、家族を傷つける者に対しては、一切の容赦をしないことを私は知っている。この後、照るミさんと彼女の夫との間で何が起きるのか。考えるだけで寒気がした。



