部長の「全部お前の責任な」という一言で、無実の俺は罠にかけられて廃業寸前の工場に左遷された。長年営業部に貢献してきた36歳の俺に対する仕打ちは、あまりにも理不尽だった。だが、左遷先の工場で俺はあるものを発見する。さらに、かつて教育係として面倒を見た若手の林君が、俺のために千田部長の裏契約の証拠を握ってきたのだ。取引先も千田部長のやり方に怒りを感じていて……。千田部長のオフィスの前で、俺は鞄の…

部長の「全部お前の責任な」という一言で、無実の俺は罠にかけられて廃業寸前の工場に左遷された。長年営業部に貢献してきた36歳の俺に対する仕打ちは、あまりにも理不尽だった。だが、左遷先の工場で俺はあるものを発見する。さらに、かつて教育係として面倒を見た若手の林君が、俺のために千田部長の裏契約の証拠を握ってきたのだ。取引先も千田部長のやり方に怒りを感じていて……。千田部長のオフィスの前で、俺は鞄の...

「全部お前の責任な。」

部長は歪んだ笑顔でそう言い放ち、無実の俺を罠にはめて廃業寸前の工場に左遷した。36歳、高校卒業後に入った中堅メーカーで営業部に配属され、長年会社に貢献してきた男への仕打ちがこれだ。

左遷先の工場で俺はあるものを発見する。まさかこれが逆転の一手になるとは、当時の俺は思っても見なかった。

俺の名前は大抜き。営業部は常に人手不足で、そこへ総務部から補充要因がやってきた。林だ。若くて素直な子で、将来が期待できそうな人材だった。

ある日、林君を連れて担当の取引先を訪問した。相手の担当者がため息混じりに言う。「うちの工場、また機械トラブルが起こったんですよ」

「あの機械って誤作動が起こりやすいですよね。処理速度を3%ほど落としてみてはいかがでしょうか」と俺が提案すると、相手は「なるほど、試してみます」と笑顔になった。

帰り道、林君が感心したように言った。「大抜きさんって機械に詳しいんですね。さすがです」

「たまたま昔、機械いじりが好きだった時期があってね。営業は幅広い知識が必要だから」と俺は答えた。

林君は将来有望な人材だ。教育係として最大限努力しようと決意した。

不器用で口下手な俺だが、誰かに何かを教えるのは思っていたより性に合っているらしい。林君の真っすぐな姿を見る度、自分にもこんな時期があったなと懐かしい気持ちになった。

ある日のこと。「この書類、明日までに片付けておけ」

退社時間の直前に、林君に予想外の業務が発生した。仕事を押し付けてきたのは営業部のトップである千田部長だ。部長は5年前に経理部から移動してきた。自分より下の立場の人間には常に高圧的な態度で、林君は営業部で一番若く経験も浅いため、攻撃しやすい相手のようだ。

退社時間の直前に仕事を押し付けるのは嫌がらせ以外の何者でもない。部長が席を外したのを見計らって、俺は林君に声をかけた。

「これは俺がやっておくから、早く家に帰ってあげなよ」

林君は既婚者で、子供が生まれたばかりだ。奥さんは初めての子育てでかなり苦労していると聞いた。

「でも、大抜きさんに迷惑をかけるわけには……」

「いいんだよ。俺は独身だし」

林君は申し訳なさそうにしながらも足早に帰宅した。部下を守るのも上司の仕事だ。しかし、思ったより難易度の高い仕事を前に、ちょっと格好つけすぎたかなと苦笑いを浮かべた。

それにしても、千田部長は上には媚びへつらい、下には威張り散らす。そういう手合いを俺は何人も見てきた。若い林君にそんな上司の姿を見せたくないという思いが、俺の中には確かにあった。

ある日のこと、林君と一緒に外回りを終えた帰り道。林君が突然、口ごもりながら言った。「あの……大抜きさんに聞きたいことがあるんですけど……」

「ん? なんだ?」

「千田部長って……どう思いますか?」

その言葉に、俺は一瞬言葉を詰まらせた。林君も同じことを感じていたのか。だが、俺はすぐに平静を装って答えた。「部長は部長だよ。俺たちは俺たちの仕事を果たすだけさ」

林君は何か言いたそうだったが、結局それ以上は口にしなかった。

それから数週間後のこと。俺は千田部長に呼び出された。

「大抜き。お前、最近の成績が振るわないな」

「申し訳ありません。ただ、取引先からの受注は……」

「言い訳はいい。お前の担当だった取引先が、先月から別の会社に切り替えたらしいじゃないか。お前の対応が悪かったんだろう」

「そんなことはありません。あの取引先は長年の付き合いで……」

「長年の付き合い? そんなものは関係ない。結果が出なければ意味がないんだ。お前には来月から、系列の下請け工場に移動してもらう」

「な……下請け工場? なぜですか!?」

「お前の営業成績が低迷しているからだ。これは人事部の決定だ。文句があるなら辞表を出せばいい」

千田部長の目は笑っていた。これは明らかな罠だ。何か裏があると直感した。数日後、俺はある事実を知ることになる。俺の担当だった取引先が、千田部長の知己の会社に鞍替えしていたのだ。しかも、それは俺が移動を命じられるずっと前から水面下で進められていた。

俺は千田部長に直談判した。「部長、これは納得できません。取引先の鞍替えは、部長が裏で動いていたからでは?」

千田部長は動じなかった。「証拠でもあるのか?」

「取引先の担当者が教えてくれました。部長が直接、自社の製品を扱うよう持ちかけたと」

千田部長の顔色が変わった。しかし、次の瞬間にはまた歪んだ笑顔に戻っていた。「証拠がないなら、それはただの噂だ。それよりお前、まだここに居残っているのか? もう移動の辞令は出ているはずだが」

俺は唇を噛み締めた。この男には太刀打ちできないのか。そう思った時、千田部長が追い打ちをかけた。

「ああ、そうだ。お前の後任には林君を付けようと思っている。あの若者がお前の血を吸って成長してくれることを祈っているよ」

その言葉に、俺の全身の血が逆流した。林君まで巻き込むつもりか。

「……林君には手を出さないでください」

「はっ、教育係が後輩を心配するとは殊勝なことだな。安心しろ、俺は有能な者をきちんと評価する人間だからな」

千田部長はそう言って笑った。

移動の日が近づき、俺は林君と最後の昼食を取った。林君は終始うつむきがちで、箸が進んでいないようだった。

「大抜きさん、僕のせいじゃないですか? もっと僕が仕事ができていたら、大抜きさんが左遷されることもなかったんじゃないかって……」

「違うよ。林君のせいじゃない。これは俺と千田部長の話だ」

「でも……」

「林君はこれからも自分の仕事を頑張りなさい。君には奥さんと子供がいるんだろ? 大切な人を守るためにも、ここで頑張るんだ」

林君は目を潤ませながら、大きく頷いた。

「はい。大抜きさんのお陰で、営業の仕事の面白さがわかりました。必ず一人前の営業になって、いつか大抜きさんとまた仕事がしたいです」

その言葉に、俺は胸が熱くなった。教え子がそう言ってくれるなら、俺の教育係としての役目は果たせたのかもしれない。

「ああ。その時は、またよろしくな」

移動当日。俺は事務所で荷物をまとめていた。そこへ、林君が駆け込んできた。息を切らせて、何かを必死に抱えている。

「大抜きさん! これは……これは昨日、取引先の方から預かった資料です!」

「取引先? どの取引先だ?」

「ここに書いてあります! 大抜きさんが担当していた、あの……あの取引先です!」

俺は林君から資料を受け取り、目を通した。そこには、千田部長が取引先と結んでいた裏契約の証拠が記されていた。取引先も千田部長のやり方に怒りを感じ、証拠を残してくれたのだ。

「大抜きさん……これで……これで千田部長を告発できますよね?」

林君の声は震えていた。しかし、その目は強い決意に満ちていた。裏切られた後輩が、俺のために立ち上がってくれた。この証拠を手に、俺は千田部長に反撃することを決意した。

「ああ。これで……逆転してやる」

俺は資料を鞄にしまい、千田部長のオフィスへと向かった。

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