46歳で離婚した私は、たった今、夫と娘と義母に伝えた。「右胸に腫瘍が見つかった」と。すると義母は笑いながら言った。「ざまあみろ。役立たずだから、神様があの世に連れて行ってくれるってことじゃないの?」。娘は「どうせ治るんでしょ」とスマホをいじり続け、夫は無関心を装った。私は何も言い返さず、ただ静かに決意した。もう、この家には二度と戻らない。退院したら、すべてを終わらせる——。その夜、私はこっそ…

46歳で離婚した私は、たった今、夫と娘と義母に伝えた。「右胸に腫瘍が見つかった」と。すると義母は笑いながら言った。「ざまあみろ。役立たずだから、神様があの世に連れて行ってくれるってことじゃないの?」。娘は「どうせ治るんでしょ」とスマホをいじり続け、夫は無関心を装った。私は何も言い返さず、ただ静かに決意した。もう、この家には二度と戻らない。退院したら、すべてを終わらせる——。その夜、私はこっそ...

「三つ子の魂百まで」——幼い頃の経験や環境が、その人の一生の性格を決めるという意味だ。つまり、夫や娘は私を見下す義母に育てられたから、一生私をマウントする人間のままということになる。悪いけど、そんな人たちと関わり続けるのはもうごめんだ。

私は24歳で結婚し、2年後に娘のゆい香を出産。先日、46歳で離婚した。元夫は私より2歳上の正。夫の母親である義母と4人暮らしをしていた。義母はこの地の地主の娘だ。蝶よ花よと育てられたから、今では実家が所有する土地などほとんどないのに、まさに「三つ子の魂百まで」の通り、65歳を過ぎた今でも女王様気質のまま。特に、嫁が商業高校卒で就職した私だったことが気に入らないようだ。

私は商業高校や工業高校は、社会生活に必要な技術を学べる素晴らしい学校だと思っているが、学歴第一主義の義母にはそんな考えは通用しない。「お嬢様大学でのお嬢さんと何度もお見合いさせていたのに」と、ああ、もうみっともない。しかし、そのお見合い相手が気に入らず、私にアプローチしてきたのは夫だ。共通の知人の紹介で知り合い、私は男らしい彼に惹かれて結婚した。

しかし、育ちの格差は結婚後、大きくなってきた。例えば、私は食事の時、お皿や器におかずを天盛りするのが好きだ。肉じゃがが山盛りになっているだけでも幸せな気持ちになる。義母や夫から見れば、下品極まりない盛り方。「お皿の中央にちょこっと盛るのが上流階級の決まり」と、自分ではどんなに少なめと思って持っても「育ちが知れる」と避難される。そもそも、肉じゃが好きだと自慢すると、「はあ?」という反応だ。

また、私の実家ではフォークやナイフを使う機会がほとんどなかったため、未だに左右どっちの手でどっちを持つか迷ってしまう。それを馬鹿にされるのだ。一つ一つは些細なことだが、大地主の義家族にしてみれば、私は上流階級のマナーを知らない「隠しの嫁」。最初のうちは義母だけに指摘されていたが、夫までだんだん義母側に立つようになり、「やっぱり育ちってのは変えられないもんだな」「最近、お前の横通ると貧乏臭がするよ」と私を見下すようになっていた。

一番の問題は、娘のゆい香まで義母や夫に似てきたことだ。私は義母や夫から「出産は病気ではない」と、産後数日で家事を以前同様やらされるようになり、一番大切なゆい香の育児をほぼ全面的に義母に取られてしまった。「ほぼ」というのは、夜泣きやおつかいなど面倒なことだけ私にやらせたからだ。気がつくと、ゆい香は私より義母になつき、私の顔を見ると義母の後ろに逃げるような子になった。お腹を痛めた子のそんな姿に、何度涙し、義母や夫に抗議したかわからない。しかし、帰ってくるのはいつも「低レベルの母親に育てさせるわけにはいかない」だった。

そんな義母と正を見て育ったゆい香が、彼ら同様、私を馬鹿にするようになるのは当然だった。最初は「ママ嫌い」とか「ママなんかいなくなっちゃえ」くらいの憎まれ口だったが、大きくなるに連れて、私を「ババア」とか「クソ女」とか呼ぶようになった。それに、こちらが何か言うと「うざい」とか「おばあちゃん、クソ女がうるさいんだけど」と叫ぶように。すると、すぐ義母が飛んできて私を罵倒する。それを見てヘラヘラ笑うゆい香を見て、私は絶望的な気持ちになった。もちろん、私は母親として褒める時は褒め、叱る時は叱ったが、ゆい香は私が何を言っても軽蔑の目差しを向けるだけだった。

そして、先日の健康診断で、右胸に2. 5cmほどのしこりが見つかり、脇のリンパ節にも転移していると診断された。5年生存率は約95. 4%。その診断を受けた時は大ショックだったが、原因として考えられることがストレスだと聞いて、妙に納得した。ストレスがかかると、女性ホルモンの分泌が乱れるらしい。

帰宅し、3人に病気のことや入院することを伝えると、その反応はひどいものだった。義母は「ざまあみろ。役立たずだから、神様があの世に連れて行ってくれるってことじゃないの?」と言い放ち、夫は無関心を装い、ゆい香に至っては「どうせ治るんでしょ」とスマホを見続けた。私が「入院中、家のことはお願いね」と言うと、3人そろって「はあ? なんで私が」「お前の仕事だろ」「私、無理」と、まるで私が悪いかのような態度。

私はその瞬間、これまで我慢してきたすべてが、ぷつんと切れるのを感じた。そして、心の中で静かに決意した。退院したら、この家を出て、離婚する。もう、この3人に人生を壊されるのはごめんだ。今は、ひっそりと準備を貯めているところだ。

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