「この会社に、私の息子を入れようと思っているの。海外でデザインの経験をたくさん積んできたんですもの。きっと戦略になるわ」
そう言って新社長は軽く笑った。私が30年かけて築いてきた和風建築への情熱を、彼女はまるで価値のないもののように扱った。
「だから、あなたにはやめてもらいたいの。いいわよね?」
軽い調子で放たれたその言葉に、私は一瞬、意味が理解できなかった。
「え、突然すぎてよくわからないのですが、どうして私が……」
「あなたのデザイン、私好きじゃないのよ。和風建築なんて古臭くてダサいじゃない。うちは時代劇のセットを作ってる会社じゃないもの」
新社長は私の実績も、クライアントからの信頼も、すべてを嘲笑うように否定した。30年勤めた会社への思いも、私の作品を求めてくれる人々の存在も、彼女の前では何の意味も持たなかった。
「今時、和風建築をわざわざ作ってくださいなんて。依頼してくるクライアントって、どういう趣味してるの? おじいちゃん? それともおばあちゃんかしら?」
クライアントまで侮辱する彼女の姿を見て、この会社はもう終わりだと悟った。私は彼女に見切りをつけ、静かに会社を去ることにした。
ところが、退職後に電話がかかってきた。
「今すぐ出しなさい!」
新社長の声には焦りが滲んでいた。私は冷静に、彼女が知らない場所で起きている出来事を伝えた。
「今さら気がついても遅いですよ」
その言葉に、新社長は驚き、ガタガタと震え出した。だが、それは私の言葉のほんの序章に過ぎなかった。
——
私は安藤介。都会の真ん中にある小さな建築会社で働く設計士だ。入社して30年、私は和風建築に特に情熱を注いできた。日本の伝統的な美しさを現代のデザインに取り入れること。それが私の使命だと信じてきた。
だが、私の直属の上司であり、社長の一人でもある堀田し子さんは、いつも私のデザインに苦い顔をした。彼女は建築デザインに関する知識はほとんどなく、感性もいまいちだったが、経営を学び、会社に対する理想だけはしっかりと持っている女性だった。そして、その理想に和風建築は含まれていなかった。
ある日、彼女がついにその本音を露わにした。
「安藤君、ずっと言おうと思っていたの。和風建築なんてもう古くない? 今の時代は、もっと洗練されたデザインが求められるんだから、先進的なアプローチを考えるべきよ」
突然の否定に戸惑いながらも、私は反論した。
「しかし、この案件はクライアントが和風建築を強く希望されているんです」
「いい加減、分かってくれないかしら?」
彼女は私の言葉を完全に無視した。私は悔しさを飲み込み、上司としての指示に従った。
「わかりました。クライアントを説得してみます」
その後、私は何度もクライアントとの間で調整を重ねた。しかし、彼女は私の努力を評価することなく、むしろ妨害するように動き始めた。会議の場でも、私の提案をことごとく潰し、他のスタッフの前で私を貶めることさえあった。
「安藤君のデザインは古臭い。時代遅れだ」
そんな言葉を毎日のように聞かされ、私は次第に自信を失いかけていた。
そして、ついに運命の日が訪れた。新社長が就任したのだ。
——
「息子をこの会社に入れようと思っているの。海外でデザインの経験をたくさん積んできたんですもの。必ず戦略になるわ」
新社長の挨拶は、その一言から始まった。私は彼女の息子を一瞥した。若く、自信に満ちた顔をしているが、日本の建築文化に対する敬意など欠片も感じられなかった。
「あなたにはやめてもらいたいの」
その言葉が、私の30年間のキャリアを一瞬で終わらせた。
「あなたのデザイン、私好きじゃないのよ。和風建築なんて古臭くてダサいじゃない」
私は何も言い返せなかった。いや、言い返す気も失せていた。この会社に、もはや私の居場所はない。そう確信した。
「わかりました。退職します」
私は静かに頭を下げ、その場を去った。
——
退職後、私は日々を静かに過ごしていた。だが、心の中では何かがくすぶり続けていた。和風建築への情熱。それは決して消えることはなかった。
そんなある日、突然電話が鳴った。
「もしもし、安藤さんですか?」
電話の主は、元クライアントの一人だった。彼は私の退職を知り、心配して連絡をくれたのだ。
「実は、うちの会社の新プロジェクトで、和風建築の設計を引き受けてほしいんです。あなた以外に頼める人がいなくて」
私は迷った。新しい会社を立ち上げることは、大きなリスクを伴う。だが、和風建築への情熱を捨てることはできなかった。
「わかりました。引き受けます」
こうして私は、自分の事務所を立ち上げることになった。
——
私の事務所には、私のデザインを評価してくれるクライアントが次々と訪れた。彼らは、日本古来の美しさを現代に生かす私の設計に、深い理解と敬意を示してくれた。
ある日、大手デベロッパーから、大きな依頼が舞い込んだ。20億円規模のタワーマンションの設計だ。しかも、そのプロジェクトは、和風建築の要素を取り入れることが条件だった。
「安藤さんのデザインが、私たちのプロジェクトには必要なんです」
そう言ってくれたクライアントの言葉が、何よりも嬉しかった。私は情熱を燃やし、設計に没頭した。
——
一方、私が去った後の旧会社は、どうなっていたか。新社長の息子が設計を担当することになったが、彼のデザインは評判が悪く、クライアントからの信頼を失っていた。
「あの会社は、もうダメだ」
そんな噂が業界に広がり、旧会社は次第に仕事を失っていった。新社長は焦り、責任を誰かに押し付けようとした。だが、彼らに残された道は、もうどこにもなかった。
——
「今すぐ、書類を出しなさい!」
新社長からの電話は、その怒声から始まった。どうやら、私が旧会社のクライアントを連れて新しい事務所を立ち上げたことを知り、激怒しているらしかった。
「あなた、私を裏切ったのね!」
「裏切った? 私はただ、自分の信念に従ったまでです」
私は冷静に答えた。
「あなたが私のデザインを否定し、30年の実績を踏みにじった。その結果が、今のあなたの状況です」
電話の向こうで、新社長が息を呑むのが聞こえた。
「そんな……あなたに、そんな権利があると思ってるの?」
「権利? いいえ。ただ、あなたは間違っていた。それだけです」
私は電話を切った。そして、窓の外に広がる街並みを見つめた。
——
それから数ヶ月後、私は新事務所で新しいプロジェクトに取り組んでいた。和風建築の美しさを、世界に発信するためのプロジェクトだ。
「やっぱり、和風建築が好きだな」
私は独り言を呟いた。古き良き日本の伝統を現代に生かすこと。それが私の使命だ。
その時、携帯電話が鳴った。画面には、見覚えのある名前が表示されていた。旧会社の同僚だった。
「安藤さん、聞いてください! 新社長、今、大変なことになってるんです!」
その言葉に、私は何かを予感した。
「何があったんだ?」
「息子さんが、海外での経歴を偽っていたことが発覚したんです! しかも、会社の金を横領していた疑いもあるって……」
私は黙って電話を聞いていた。
「それに、新社長の指示で無理な契約を結んだせいで、会社は巨額の借金を抱えることになって……」
同僚の声は震えていた。
「あの会社は、もう終わりです」
私は静かに言った。そして、電話を切った。
——
運命は、因果応報という言葉を如実に示していた。私は決して復讐など考えていなかった。ただ、自分の信念を貫いただけ。その結果が、今の私だ。
窓の外では、夕日が街を赤く染めていた。私は新しい設計図を広げ、ペンを手に取った。和風建築の未来のために。
もう戻る道はない。私は前を向いて歩き続ける。それが、私の選んだ道なのだ。
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