結婚7年目、36歳のパート主婦の私は、夫のかずと穏やかな日々を送っていた。かずは3歳年上の会社員で、真面目で優しく、夫として最高の人。高校3年の時に両親を事故で失い、大学を諦めて働き続け、今では営業部の中堅としてバリバリ働いている。子供はいないけれど、私のパート収入と合わせれば生活に困ることはなかった。
そんな私たちにも、ただ一つ目の上のコブがあった。それはかずの姉、ゆか。かずとは正反対の自由奔放な女で、あちこちで遊び回った末に金持ちの男性と結婚したが、結婚後も遊びほうけていた。旦那に浮気がバレてお小遣いを減らされると、今度はかずにたかり始めたのだ。我が家では生活費を折半し、残りはそれぞれが管理していたから、かずがゆかにいくら渡しているかは知らなかったが、正直気分は良くなかった。
かずの両親が亡くなった時、遺産の預貯金3000万近くをゆかが全部取り、私たちに押し付けたのは古びた実家の家だけ。地方で売っても1000万程度のボロ家だった。それでも家賃がかからないのはありがたく、ちょこちょこリフォームして住み続けていた。
そんなある日、突然ゆかから電話が来た。
「今度そっちに帰るから、部屋掃除しといてよ。」
意味が分からず、お墓参りか何かかと聞くと、
「もう察しが悪いわね。旦那と離婚したから、そっちに住むのよ。」
なんと、浮気がバレて離婚になったらしい。
「ちょっと待ってください。かずからそんな話聞いてないんですが。」
と焦る私に、ゆかは怒鳴った。
「私が実家に戻るのに、なんでかずやあんたがいるのよ!」
しかしこの家はもうかずの名義だ。勝手に来られては困る。私はかずに相談すると伝えて電話を切り、すぐに夫へ連絡した。
「は?そんなの一言も聞いてないぞ。冗談じゃない。」
かずも寝耳に水で、カンカンに怒っていた。
ゆかは義両親が亡くなって以来、必死に働くかずにお金をたかりまくり、時には借金の連帯保証人にされたこともあった。かずはお金に関してはゴリゴリに警戒しているはずなのに、このまま放っておけばゆかは実家に舞い戻ってくるだろう。かずは考え抜いた末、毎月5万円をゆかに援助することにした。地方都市なら4万円ほどで部屋も借りられる。ボロ家に住むよりマシだと説得すると、ゆかもしぶしぶ納得し、パートを始めたようだった。
「悪いな。あんな姉だけど、完全に見捨てられなくて。」
と申し訳なさそうに言うかずが気の毒で、内心腹が煮えくり返る思いだったけれど、
「気にしないで。かずのお金だから、私の財布は痛まないしね。」
と笑って許した。どんな姉でも、たった一人の姉妹なら切り捨てられないのも仕方ない。
しかし数年後、かずが原因不明の難病にかかった。治療法もなく、余命1年と診断された。私はパニックになったが、かずは驚くほど冷静だった。自分のことよりも、残される私のことばかり考えているようだった。そして私に、こう言ったのだ。
「ゆかに、俺の遺産を渡さないでくれ。」
その言葉を聞いた時、私は何かが胸の中で凍りつくのを感じた。長年黙って飲み込んできた思いが、一気に溢れ出しそうになった。かずは何を知っているのか。そして私は、彼の最期の願いをどうすればいいのか。



