雨の降る朝、俺は出勤してすぐ社長室に呼び出された。
松原誠治社長は書類にも目を通さず、淡々と告げた。
「君を首にするよ。処分はすでに取引先に伝えてある。」
何の確認もなく、一方的な通告だった。頭が真っ白になり、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
なぜ俺が――。
この理不尽の裏には、社長の息子・松原リツの影があった。
俺は野村健太、三十代半ばで松原工業の営業を担当している。大企業ではないが、顧客と地道に信頼を築き、成績を積み上げてきた。社長も昔は現場の声に耳を傾ける人だった。環境は悪くなかった。
だが一年半前、状況が一変した。リツが突然営業部に配属されたのだ。高校卒業後、長年ニート生活を送っていた彼は、親のコネで入社したらしい。しかもいきなり営業部で、俺が教育係を任されることになった。
初日からやる気はゼロ。提出物の期限は守らず、書類は脱字だらけ。何度教えても同じミスを繰り返し、注意すれば「うるせえな」と逆切れする始末。それでも俺は、社長の息子という立場に甘えず成長してほしいと願い、厳しくも丁寧に指導してきた。正直、何度も心が折れかけた。だが、このままじゃ会社が壊れると思い、踏ん張ってきた。
その努力がすべて裏切られたのは、俺が急な出張で不在だった日。リツが単独で取引先との商談に行くことになった。他のメンバーも外回りで手が空かず、どうしても任せるしかなかった。事前に資料を作り、説明の要点も頭で伝えて送り出した。
だが、商談の内容を聞いて俺は言葉を失った。リツはまったく内容を理解しておらず、取引先の要求を真逆に解釈し、勝手に別案を押し付けてしまった。先方に指摘されると逆切れして、議論になったという。
その日のうちにクレームが入り、契約は即座に解除された。
朝のオフィスは異常な沈黙に包まれていた。デスクに腰を下ろすと、俺は頭を抱えた。東洋三機からの契約解除の知らせは出張先で聞いた。俺がいなかった以上、状況を正確に把握する術はないが、誰が何をしたかは分かっていた。資料も説明もすべて整えた上で任せた。それでも、あのザマではどうしようもない。
すると背後から足音が近づき、何の遠慮もなく声がかかった。
「よう、野村さん。お疲れっす。いやあ、昨日東洋三機の件、やらかしてたみたいですね。焦りましたわ」
俺は黙ったまま顔を上げた。リツはニヤニヤしながら続ける。
「野村さん、顔真っ青ですよ。どうしたんですか?」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。



