鍵がどうしても開かない。夫も首を傾げる。「おかしいわね、鍵穴が合わないみたい」。そう言った直後、玄関の扉が荒々しく開け放たれた。立っていたのは、見慣れたはずの一人息子・瞬一。でも、その目は凍りつくような敵意に満ちていた。「おい、そこで何してる?不法侵入で通報するぞ」。隣では嫁の明美さんが、嘲笑を浮かべてこちらを見下ろしている。
42年間、市役所で真面目に働いてきた。すべては家族のため。息子の大学費用に800万円、結婚祝いに500万円。この家だって、私名義で建て直した私たちの終の棲家だ。「将来は父さんと母さんの面倒を見るから、一緒に住もうよ」。そう言ってくれた日を信じて、老後資金を削ってリフォームまで済ませた。それなのに、信じていた息子に犯罪者扱いされるなんて。積み上げてきた絆が、一瞬で砂の城のように崩れ去っていく。
「いつまでそこに突っ立ってんだ?目障りなんだよ。早くどっか行けよ」。鋭い言葉が心に突き刺さる。「鍵を変えるなんて勝手なことが許されると思っているのか」。震える声で抗議すると、返ってきたのは残酷な言葉。「勝手なのはどっちだよ。もうこの家は俺と明美のものなんだよ。ボケた年寄りに管理なんて無理だろう」。
すると明美さんが、これ見よがしに高級ブランドバッグを抱えながら一歩踏み出してきた。「そうですよ、お母さん。この間も同じ話を何度もされてましたよね。認知症の兆候が出てるんじゃないかって、瞬一さんと心配していたんです」。驚きのあまり、声も出なかった。そんな事実は一度もない。それどころか、彼女はとどめの一言を放つ。「家の中にあった汚らしい古い服や、あのガラクタの山。宝物の間違いじゃないですか?」
長年家族のために捧げてきた月日が、泥を塗られたような気持ちだった。目の前の残酷な現実を受け入れられず、私はその場で震えていた。でも、その時はまだ気づいていなかった。この日、すべてを失ったように見えたその瞬間こそが、私の人生を大きく変える始まりだったということを——。



