吹雪が舞うクリスマスイブの夜、墓地の真ん中で、少年が背中の赤ん坊を抱えながら、冷たい墓石にすがりついて泣いていた。唇は真っ青で、薄いパーカー一枚の体は震えていた。
「お父さん、お母さん、純夜だよ。約束、守ったよ。ひなを守るって約束、守ったんだ」
少年の名は純夜、十七歳。背中には二歳の妹、ひな。両親を亡くし、親戚に妹を売られそうになり、逃げ出した先もなく、たどり着いたのが父の墓だった。
「お父さん、僕、これからどうすればいいの?行くところがないんだ。おじさんが闇金業者と一緒に来て、ひなを連れて行くって言ったんだ。容姿に出せば金になるって」
純夜は拳を握りしめ、墓石にすがって泣き続けた。
その時、遠くから車のヘッドライトが近づいてきた。黒い高級セダンから降りてきたのは、高橋建設の会長とその妻だった。会長は、十八年前に家を出たきり、引き逃げ事故で亡くなった息子、健二の墓参りに来ていたのだ。
墓の前にうずくまる少年を見て、会長は声をかけた。
「そこにいるのは誰だ?」
少年が顔を上げた瞬間、会長の心臓は止まるかと思った。涙と鼻水でぐちゃぐちゃのその顔は、十八年前に家を出た息子の面影と瓜二つだった。
「誰だ?お前は一体誰なんだ?なぜ私の息子の墓の前で泣いている?」
純夜は慌てて眼鏡をかけ、誤魔化そうとした。
「すみません、通りすがりの者です。すぐに行きます」
しかし、その時、背中のひなが寒さに耐えかねて泣き出した。その声を聞いた会長の妻、エコ夫人の目が突然輝いた。
「健二、うちの健二だわ」
エコ夫人は認知症を患っていたが、赤ん坊を見た瞬間、母性が爆発した。
「坊や、寒かったでしょう。おばあちゃんが温めてあげるからね」
夫人は自分のコートを広げ、ひなの手を温め始めた。
会長は混乱しながらも、少年に問いかけた。
「この吹雪の中、子供を背負ってどこへ行くというのだ。行く当てはあるのか?」
純夜は黙り込んだ。行く当てなど、どこにもなかった。
会長は自分のコートを脱ぎ、少年の肩にかけた。
「行くところがないのなら、しばらく私の家で暮らしなさい。腹を空かせることもないし、温かい部屋の一つくらいは用意できる」
純夜は驚いたが、ひなのためだと頷いた。
「ありがとうございます。本当に一生懸命働きます。何でもしますから」
こうして、純夜とひなは高橋家に迎え入れられた。しかし、そこは温かい家族の家ではなく、冷たい陰謀が渦巻く場所だった。
会長の義理の娘、藤堂み咲と、偽物の孫、シ太がいた。彼らは純夜の出現を快く思わず、使用人扱いし、いじめ始めた。
学校でも、純夜は「使用人の息子」と噂され、いじめられた。家では、シ太に部屋の掃除やスニーカー洗いを強要された。それでも純夜は耐えた。ひなを守るためだった。
ある日、純夜は物置で古いアルバムを見つけた。そこには、自分と瓜二つの青年の写真があった。高橋会長の息子、健二の写真だった。
「この人が会長の息子?どうして僕とこんなに似ているんだろう」
純夜は父の過去に疑念を抱き始めた。しかし、み咲に見つかり、脅されてしまう。
「余計な想像はしないことね。誰かと似ていたとしても、それはただの偶然よ」
さらに、シ太に父の形見の懐中時計を奪われてしまう。
「お願いだから返して。それは父さんからもらった、たった一つのものなんだ」
「使用人の息子がこんな時計持ってるわけないだろ。これ、俺がもらうからな」
純夜は悔しさに涙をこらえた。
そんな中、高橋会長は密かにDNA鑑定を進めていた。そして、結果は純夜が自分の孫であることを示していた。
会長は真実を知り、純夜を抱きしめた。
「すまなかった。本当にすまなかった。私の孫に気づかなかった」
「本当ですか?僕が本当に会長の孫なんですか?」
「ああ、本当だ。お前は私の血筋だ」
しかし、み咲は偽の書類で妨害しようとした。会長はそれを見抜き、み咲とシ太を追い出そうとした。
「お前が持ってきた書類は偽造だ。更新所の職員に金を渡して作らせたことも、全て知っている」
み咲は青ざめ、シ太と共にその場を去った。
真実が明らかになり、純夜は正式に高橋家の孫として認められた。しかし、み咲は諦めていなかった。
「まだ終わったわけじゃないわ。あの子を完全に破滅させる方法を見つけるから」
数日後、純夜は泥棒の容疑で警察に連行された。エコ夫人のダイヤモンドのネックレスが、純夜の部屋から見つかったのだ。
「違う!僕は盗んでいない!誰かが置いたんだ!」
しかし、証拠は明白だった。純夜は絶望した。
警察署で取り調べを受ける純夜の元に、高橋会長が弁護士を連れて現れた。
「お前は本当に盗んでいないんだな?」
「はい!本当に違うんです!信じてください!」
「分かった。私が信じてやる。お前は私の孫だ。私の血筋が泥棒をするはずがない」
会長の指示で、邸宅のCCTVの映像が調べられ、真犯人が浮かび上がった。み咲がネックレスを純夜の部屋に置いたのだ。
み咲は逮捕され、シ太も共犯として連行された。
「このクソガキ!あんたのせいで私がこんな目に!」
純夜は何も言い返さず、ただ会長に抱きついた。
「おじいさん、ありがとうございます。信じてくれてありがとうございます」
「すまなかったな。私がお前を疑いかけた。家に帰ろう。ひなが待っている」
家に戻ると、ひなが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お帰り!」
「うん。お兄ちゃん帰ったよ。もうどこにも行かないから」
しかし、運命はさらに残酷な真実を突きつけた。み咲が自白したのだ。三年前の父の引き逃げ事故は、事故ではなく、み咲が殺し屋を雇って起こさせた計画的な殺人だった。
「藤堂み咲が人を雇って、君の父を車で引かせたんだ。殺人教だ」
純夜はその場に崩れ落ちた。
「お父さん……お父さんが死んだのは、あの人のせいだったんだ……」
会長も涙を流した。
「すまなかった。私があんな奴を身内だと言ってそばに置いていたから、こんなことになったんだ」
み咲は殺人教で起訴され、無期懲役の判決を受けた。シ太も懲役五年。
裁判が終わった日、純夜は父の墓を訪れた。
「お父さん、全部終わったよ。お父さんを殺した人は刑務所に行った。もう安らかに眠ってね」
風が吹き、純夜の髪を撫でた。まるで父が「よくやった」と褒めてくれているようだった。
その後、純夜は高橋家の正式な相続人となり、ひなも養子として迎えられた。エコ夫人の認知症も、孫たちと過ごすうちに驚くほど回復した。
春のある日、家族四人で父の墓を訪れた。桜の花びらが舞い散る中、純夜は父に誓った。
「お父さん、僕、弁護士になるんだ。お父さんみたいに無念にも死ぬ人がいなくなるように、悪い人たちが罰を受けるように。力のない人たちの味方になるんだ」
ひなも墓石にキスをした。
「お父さん、大好きだよ。また来るね」
家族は手をつないで、墓地を後にした。
その夜、純夜はベランダから星空を見上げた。一番明るく輝く星が、父の星のように見えた。
「お父さん、僕、もう大丈夫だよ。本当に大丈夫。おじいさんも、おばあさんも、ひなもいる。僕たち、家族だよ」
純夜の物語は、最も寒い冬の夜に始まり、最も温かい春の日に、幸せな結末を迎えたのだった。



