お見合いの席で、相手の家族に「片親で中卒なんて、社会的に底辺だ。俺なら恥ずかしくて生きていけない」と面と向かって言われた。私はただ黙って耐えるしかなかった。でも、その時母が静かに電話をかけ始めた。 「先週予約したあの車、キャンセルします」 その一言で、相手の顔色が一瞬で変わった。 コメントで続きを読む

お見合いの席で、相手の家族に「片親で中卒なんて、社会的に底辺だ。俺なら恥ずかしくて生きていけない」と面と向かって言われた。私はただ黙って耐えるしかなかった。でも、その時母が静かに電話をかけ始めた。 「先週予約したあの車、キャンセルします」 その一言で、相手の顔色が一瞬で変わった。 コメントで続きを読む

私は29歳。仕事が忙しすぎることを言い訳に、気づけば彼氏いない歴10年を超えていた。母から「いい人はいないの?」と聞かれるようになったのは、もう何年も前のことだ。

私だって独身主義なわけじゃない。いい人がいれば付き合いたいし、結婚もしたい。だから母には冗談めかして「白馬のおじ様が迎えに来てくれないから、私が探しに行こうかと思ってる」と伝えていた。すると母が、なんと縁談を持ってきてくれた。

母がよく行く美容院の店員さんの紹介で、お見合いをすることになった。今時お見合いなんて、と私は渋ったけど、母は「気軽な感じでいいみたいよ」と言う。正式なお見合いではないらしい。母と同じ美容院に通うある奥さんが、同じようになかなか結婚しない息子のことで愚痴っていて、気を利かせた美容師さんが母のことを紹介してくれたそうだ。

「まあ、ほら、必ず結婚しなきゃいけないわけじゃないし、とりあえず会ってみるだけよ。でもいい人だといいわね」

お互いプロフィールもないから、相手の顔も経歴も分からない。母が美容師さんから聞いた話がすべてで、どうやら相手は車の営業をしているらしい。バイパス近くの高級車ばかり扱う車屋さんの営業マンだという。

「私、ちょっと行ってみようかしら」

母の方がそわそわと乗り気になっていた。

私も新しい出会いが楽しみだった。ただ、個人の恋愛と違ってお見合いは結婚を意識している分、お互いの家族のことや家柄が重要になってくるのではと思う。そうなると、うちはちょっと不利というか、敬遠されそうだ。

「お母さん、あちらのお家の方、うちの事情分かってるの? 片親だと嫌がる人もいるらしいし、私も中卒だから」

実は私が高校生の頃、会社を経営していた父が借金苦で自らの命を絶った。不況で売り掛け金が回収できなかったり、仕事が急激になくなったり、いろいろあって父は疲れてしまったのだ。しばらくは母が一人で家庭と会社を支えようとしたが、母も心労と過労で倒れてしまった。

私は母のことがとにかく心配で、母の健康と父が残した会社を守るため高校を中退。会社を立て直そうとがむしゃらに頑張った。当時は内心倒産するしかないと思っていたけど、今や従業員10人を抱えるちょっとした会社になっている。厨房関係の特殊機械を制作・納品する仕事をしていて、大手ホテルのレストランからも注文をもらっている。

私は自分の選択を後悔していないし、今さらだし、仕事では何の問題もないから気にしていない。だけど母が「娘をちゃんと卒業させてあげられなかった」と悔んでいるから、私は去年から定時制高校に通い出した。

「まあ、美容師さんが伝えてくれてると思うわよ。私はこちらの事情を全部話したから。先方だって、それでいいから連絡よこしたんでしょうし」

「それもそうだよね。もう、あんたったら心配しすぎ」

そしてお見合い当日。母も私も気軽な顔合わせの席のつもりで行ったら、先方の家族はばっちりおしゃれをしてきた。母親は着物で、父親もスーツ。これから結婚式に参列しますと言ってもいいくらいだ。

あまりのおしゃれっぷりに、私と母は顔を見合わせた。

「あれ、思ってたのと違うけど大丈夫かな?」

一瞬の不安がよぎる。お見合い相手本人はと言うと、うわ、香水臭い。どんだけつけてるんだろう。髪の毛は整髪料でギットギト。47歳と聞いていたが、だいぶ年は交代している。高級そうなスーツを着ているけど、あんまり似合ってないのが残念だ。

対して私と母はちょっとしたおしゃれスーツは着てきたけど、もちろんそこまで気合いを入れてはいなかった。どうも話がうまく通じていないのかもしれない。

相手の家族は私と母の様子をじろじろ見て、ふっと見下したように笑った。なんだこの一家、感じ悪い。

私は初対面からいい印象を持てなかったけど、社会人の常識として顔には出さない。お互いに自己紹介をしてお見合いの席に着く。ここはとある一流ホテルの中にあるレストランで、美味しいと有名なところ。お昼のコースを予約してある。

相手の家族はこそこそ内緒話をしている。一体何の話をしているのか気になったけど、せっかくのお見合いの席なのだ。相手のことを知るため、何か話しかけてみよう。

「えっと、春夫さんは車の営業をされてるんですよね」

お見合い相手・春夫の職業を思い出し、会話のきっかけを作ったけど、春夫は「ただの車じゃない。君のような庶民にはとても買えない高級車を販売しているディーラーだよ。僕は毎月販売実績ナンバーワンのトップセールスマンだ。このレストランのシェフだって僕の顧客だぜ」と、聞いてもいないことまでペラペラと話し出す。

顧客情報をばらすのも大問題だし、「私のような庶民には買えない」とか失礼すぎて言葉を失った。春夫は続けて「あーさん、容姿はまあ合格だけどさ、お見合いの席に振り袖を着てこないなんて常識がなさすぎ。それにお母さんも着物を着てないし。着物も持ってないような貧乏人なんだろう」

「いえ、気軽な食事会と聞いていましたから」

初対面の相手、しかもお見合い相手に言うことじゃない。振り袖が常識なんて謎ルールを押し付けられても困る。プロフィールもなければ、のりも気軽なノリの食事会と聞いていたのに。

春夫の両親も春夫の言葉を嗜めないことにも、私と母は呆然としてしまった。春夫は私たちの反応にも気づかず「僕と結婚したいなら、結婚してからも綺麗にしているのが条件だ。僕より早く起きて家事をし、僕より遅く寝るんだぞ」と、なんてふざけた条件を上げていく。

もうこの時点で結婚したいと思う女性はいないだろう。少なくとも私には無理だ。

「あ、あの、もうどこから突っ込んでいいか分からない」

そう思っていると、春夫の母が「ずるですけど、そちらのお父様は今日はいらっしゃらないんですか」と聞いてきた。

あれ? 話が伝わってないと内心驚く。

「うちは母だけですけど」

私が答えると、春夫の母が「まあ、片親ですって」と大げさに驚いて、夫と息子を見た。春夫は「それはかなり難点だな」と言い、父親も「なんだって片親の娘なんか紹介してくるんだ」と、目の前に私たちがいるにも関わらず、さも悪いことのように言い合っている。

何なんだこの親子は? こんな常識のない一家を見たことがない。

温厚な母と違い、私は少々血の気が多い。とうとう来てしまった。

「あの、片親がどうのって、何が悪いんですか? 子供側にもどうにもできないじゃないですか」

できるだけ穏やかに聞いたつもりだけど、皮肉っぽくなってしまった。

春夫は「片親って、離婚したってことだろう。離婚する人間は相手の本性を見抜けなかったんだ。人を見る目がない人間だってことだ。そんな馬鹿親から生まれた子供がまともなわけないだろう」なんて、ありえない理論を展開。

片親になる原因は病気だって事故だってある。それに離婚だとしても、一体何が悪いというのか。

母が静かに「片親になったのは、この子のせいじゃありません」と絞り出すように言った。母が怒りをこらえているのが分かった。

空気が読めない春夫の父が「じゃあ、あんた、最終学歴はどうなんだ? 片親のうちじゃ、ろくな教育受けられなかっただろう。高卒か?」と聞いてくる。春夫の母は「うちの息子は私立の大学を出ていますのよ」と言って名前をあげたけど、聞いたこともない大学だった。

「で、あんたはどこなの?」

春夫がニヤニヤしているのが腹立たしい。この流れで言うのはものすごく嫌だった。だけど嘘をついてもしょうがない。

「中卒です」

「中卒? 高卒よりもなお悪いじゃないか。ほらな、片親のうちはろくなのがいないんだ」

春夫の父が勝ち誇る。私が我慢できずに「うちにはうちの事情があったんです。一体何なんですか? 私が中卒でうちが片親なのがそんなに問題ですか? いくらいい大学を出ていても、初対面の他人に対して失礼な態度を取る人たちよりはずっとマシだと思いますけど」と反論。もうこれ以上この家族とは関わりたくない。

「ほら、低学歴のやつはすぐ切れるんだよ。中卒で片親なんて、社会的に底辺なんだから。見下されても当然じゃないか。俺なら恥ずかしくて生きていけないぜ」

「ああ、全くだ」

春夫と春夫の父はゲラゲラと笑い合ったけど、何がおかしいのか全く分からない。私と母は恥ずかしい生き方なんてしてこなかった。

春夫の父は笑いが止まると「全く、断るから来たのに、片親で中卒は話にならん。さっさと帰れ。時間の無駄だ。お前たち親子とはもう2度と会いたくない」と、野良犬でも追い払うように「しっしっ」と手を振った。

そこまで言う? 今まで私は自分の選択を恥じたことはないけど、ここまで面と向かって人から見下されたことがなかったからかもしれない。

春夫も「あーさんは顔だけはいいんだけどな。僕の妻になるにはママにビシバシ躾けてもらわなきゃだよ。中卒の片親じゃ常識が足りないだろうから」

ひい、絶対に無理。

私はぞわぞわっと背筋に震えが来て「誰があんたと結婚するか!」と、大人の対応も忘れ大声で叫んでしまった。

その時だった。母は黙って脇に置いていたバッグを膝に乗せ、財布から名刺を取り出す。スマホでどこかへ電話をかけた。

「もしもし、中里です。先週予約したあの車、キャンセルします。今、担当の営業マンとうちの娘がお見合い中なんですけど、担当者のお父様から『もう2度と会いたくない』と言われまして。あの時2時間以上みっちりお話ししましたが、私の顔も覚えていらっしゃらないようですし。名刺のキャッチコピーに『ハートフルな接客』と書いてありますけど、相手を見下して罵倒するのが彼のハートフルなようですから。あと、社員教育もよろしくお願いしますね。私は2度とそちらでは買いませんが、他の方が嫌な思いをしないように」

母はガチャンと電話を切った。母の見幕に私も春夫も春夫の両親もびっくり。

「どういうこと?」と私が聞くと、母は「春夫さんがどんな方か知りたくてね。先週、車を買いに行ったのよ。あなたたちの結婚祝いにしてもいいかと思って。春夫さん、あなたが担当だったのだけど、全く覚えていないようね。営業成績が最下位だから助けてくださいと強引にお願いされて、特別オプションつけまくった客なんだけど」

母は車に詳しい同年代の男性社員と一緒に見に行ったそうだ。春夫は男性社員にばかり話しかけ、その時点でかなり感じが悪かったらしい。あまりにも母をないがしろにする態度に、同行してくれた男性社員が腹を立て、買わないで出ようとした。すると春夫が「次のお客様を怒らせたら首だって言われてるんです」と泣きつき、土下座する勢いで謝罪。母と男性社員が仕方なくまた商談に戻ると、あの手この手で泣き落としをしながら、値引きを全くしないだけでなく特別オプションをつけまくり、最終的には本体価格の倍以上になった。男性社員から「しきりに、いくら何でも高すぎる。絶対に他の店で買った方がいい」と耳打ちされ、母はとりあえず予約だけして帰ってきたそうだ。

「それでも、もし結婚するならお祝いに買おうと思っていたのよ。あんたが万一春夫さんを気に入った時はね。相手が無職になったら困るもの。でも、もう2度と会わないんだから、車を買いに行くことはできないわよね。キャンセルしないと」

母から淡々と説明されて、春夫はやっと思い出した。「あ、あの時の」と言って真っ青になっている。信じられない事態に、春夫の両親の顔色も変わった。

春夫は「嘘だ。片親の中卒の家が高級車なんて買えるわけないんだ。お金を払うつもりはなかったんだろう」と、またとんでもないことを言い出す。

母は冷静に「本当に買うつもりだったから、何も言わなかったのよ」と春夫を諭したけど、春夫は「嘘だ、嘘だ」と大声で騒ぎ出した。春夫の父は「出たらめだ。息子の営業成績が悪いわけないだろう」、春夫の母は「うちの春ちゃんは優秀なのよ。この嘘つき親子!」と、それぞれが吠えている。

私はぎょっとして「やめてください。静かにしてください。恥ずかしくないんですか?」と、他の客の迷惑にならないよう注意しようとした。

そこへちょうどやってきたのが、このレストランのシェフだ。

「中里さんはそんな人ではありませんよ。先ほどから大きな声で人を見下して、あなたたちは一体何様なんですか? 話はしっかり聞かせてもらいました」

実はシェフはうちの会社のお得意様。うちは数年前から流行っている燻製料理を作る機械を売っている。小スペースで煙の量や燻製時間を調節できる、他社に比べて格段にいい機械を作る技術があり、評判になっている。世界中の調理人から依頼を受ける、知る人ぞ知る会社なのだ。

シェフが「顧客の情報を簡単にもらす、片親だの中卒だの人を見下す最低な営業マンのいるディーラーとは、今後取引したくありませんね」とはっきり宣言すると、聞き耳を立てていた周りの客が拍手。私も釣られて拍手してしまい、自分でおかしくなった。

母だけじゃなく、シェフも周りの客たちも味方だ。私には味方がたくさんいると思うと心強い。

せっかくなので、春夫にはっきり言ってやることにした。

「春夫さん、片親で中卒でも、私は今まで人に恥じるような生き方をしていません。初対面で人を見下すような人と結婚したいとは思えませんから。今回はご縁がなかったということで、永遠にさようなら」

私の言葉は、もう一度周りからの温かい拍手で迎えられる。

春夫が私に直接言い返せず「僕、社長から怒られちゃう。無職になっちゃうよ。ママ、なんとか言ってやってよ」とめそめそしながら春夫の母に泣きついているのが聞こえた。気持ち悪いし、自業自得だ。春夫は次こそ首だと言われていたし、あの性格ならトラブルも多そう。彼の両親もメンツを潰され、悔しさを噛みつぶした顔をしている。ざまあみろ。

とどめにシェフから「もう2度とうちの店にいらっしゃらなくて結構です。どうぞお帰りください」と言われ、春夫一家は何も言えずすごすごと帰って行った。

シェフが騒ぎのお詫びとして、レストランにいた客全員にコーヒーをサービスし、私たちには特別にデザートをご馳走してくれる。とんでもないお見合いになったけど、人の心の優しさにも触れられた1日だった。

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