40年間、一度も滞納したことがなかった。それが柴田信にとって唯一の誇りだった。家賃、税金、国民健康保険料、光熱費。給料日の翌日には必ず振り込み、領収書を日付順に並べてファイルに閉じた。定年後も、警備員の給与と年金を合わせて、端数まで計算してから封筒に入れて管理していた。一度も支払い期限を破ったことがなかった。だから、あの薄茶色の封筒が届いた日、最初は自分が何を見ているのか分からなかった。
6月の横須賀は、梅雨の雨と潮風が混じり合い、町全体が生ぬるい湿気に包まれていた。千鶴は駅前のスーパーで、値引きシールを待っていた。午後6時を回ると、若い店員がワゴンを押して現れ、売れ残った弁当や総菜に赤いシールを貼っていく。千鶴はその瞬間を15分前から待ち構え、陳列棚の影に体を寄せた。顔見知りに見られたくなかった。この界隈に40年住んでいると、どこに誰がいるか分からない。値引き弁当を手に取る姿を見られたら、翌朝の挨拶がどれほど重くなるか、千鶴には分かっていた。
店員がシールを貼り始めた。千鶴は素早く手を伸ばし、鮭の弁当と小さなひじきの煮物のパックを取った。合わせて320円。それだけで今夜の夕食が賄える。レジを通る前にもう一度周囲を確認した。知った顔はなかった。千鶴はほっと息をつき、エコバッグに商品を入れた。
外に出ると雨が少し強くなっていた。千鶴は折りたたみ傘を開き、駅から海側へ向かう坂道を下り始めた。この坂を何千回も上り下りしてきた。新婚当時から数えれば、もう4万回近いかもしれない。坂の中ほどの電柱の根元には、毎年この時期になると苔が生える。千鶴はその苔を踏まないように、いつも少し右に避けて歩く。40年間そうしてきた。それがいつしか習慣になり、今では意識しなくても体が自然に避けるようになっていた。
マンションは坂を下り切った右手、路地の突き当たりにある。郵便受けは1階のエントランスにあった。千鶴はいつもの習慣で手を伸ばした。茶色い封筒が一通、縦長に立っていた。差出人の欄には「株式会社港管理センター」と印刷されていた。普段の家賃の請求は白い封筒で届く。この茶色は見たことがなかった。右上に「書留」と朱書きされ、受け取りのサインを求められた跡があった。昼間に信が受け取っておいたのだろう。千鶴は封筒を手に取り、裏返した。「重要」という赤いスタンプが押してあった。心臓がストンと落ちる感覚があった。しかし千鶴は表情を変えなかった。封筒をエコバッグの中に滑り込ませ、エレベーターのボタンを押した。
3階の廊下を歩きながら、千鶴はエコバッグの中の封筒のことを考えた。「重要」という言葉が頭の中で点滅し続けた。管理会社からの重要な書類というのは、大抵ろくなことがない。設備の故障のお知らせか、管理規約の改定か、あるいは家賃の値上げか。どれも歓迎できないが、値上げだけは困る。今の家賃でも、信の警備員の給与と2人分の年金を足して、ギリギリ収支が合っている状態だった。
玄関を開けると、信はすでに帰っていた。脱いだ靴が玄関に並んでいる。いつも左右対称に揃えておく。その几帳面さは定年後も変わっていない。台所から炊飯器の保温音がしていた。千鶴は手を洗い、エコバッグから弁当とひじきを取り出してテーブルに並べた。信はリビングの椅子に座ったまま、NHKのニュースを音量小さめで見ていた。警備員の制服はすでに脱いでいる。今は地味なグレーのシャツ姿だった。
千鶴はエコバッグの底から茶色い封筒を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。信が顔を上げた。封筒を一瞥して、テレビを消した。それだけで2人の間の空気が変わった。夕食の準備を先に済ませることにした。千鶴は炊飯器からご飯を茶碗によそい、弁当の中身を小皿に移した。ひじきの煮物は小鉢に入れて2つに分けた。信は何も言わず席に着いた。「いただきます」と2人同時に言った。それだけが家の中で唯一の声だった。
食事の間、封筒はテーブルの端で静かに存在し続けた。千鶴は箸を動かしながら何度かその封筒に目をやった。信は一度も見なかった。見ないようにしているのか、あるいはすでに腹を括っているのか、千鶴には分からなかった。弁当の鮭は塩辛かった。いつもより塩辛く感じた。
食べ終わってから、信は立ち上がって引き出しから書類用のペーパーナイフを取り出してきた。文具店で200円くらいで売っているカッターナイフではなく、昔から使っているペーパーナイフだった。定年退職の際に同僚からもらったものだ。封筒の上端に刃を当て、一直線に切った。中から折りたたまれたA4の用紙が出てきた。信はそれを広げ、老眼鏡を掛け直して読み始めた。千鶴はテーブルを挟んで向かい側に座ったまま、夫の顔を見ていた。信の表情は変わらなかった。ただ用紙を持つ手が微妙に角度を変えた。最初は少し傾けて読んでいたのが、やがて正面に持ち直した。読み終わると、用紙をテーブルに置いた。老眼鏡を外して、目頭を2本の指で軽く押さえた。
千鶴は手を伸ばして用紙を引き寄せた。最初の数行で胃が締め付けられた。「この度、当物件の用途変更に伴い、賃貸借契約の終了を通知申し上げます」という一文から始まる長い文章が並んでいた。「旧オーナーである小水吉の死去に伴い、本物件は株式会社港管理センターが正式に取得した。当社の事業計画に基づき、本物件は2027年春を目途に複合商業施設への転換を予定している。つきましては、入居者には2026年12月末日までに退去されますようお願い申し上げます」と書いてあった。退去支援金として30万円を提供するという記述もあった。
千鶴は用紙を読みながら、水野さんが亡くなっていたことを初めて知った。確か82か3になるはずだった。息子さんが東京にいると聞いたことがある。その息子さんが相続して、不動産会社に売ったのだろう。30万円。引っ越し費用と敷金・礼金を合わせれば、それ以上かかる。千鶴は用紙から目を離し、信を見た。信はすでにテーブルの一点を見つめていた。千鶴が視線を向けても、顔を上げなかった。
少しして信が口を開いた。声は平坦だった。「心配するな。別のところを借りればいい。年金と私の給与を合わせれば、今の家賃程度の物件なら十分賄える。」千鶴は何も言わなかった。信が言葉を続けた。「来月から不動産屋を回ってみよう。横須賀の中心部は難しいかもしれないが、少し離れたところなら選択肢がある。」その口調は落ち着いていた。しかし千鶴には、その落ち着きが少し不自然に感じられた。信がこういう声を出すのは、動揺を悟られたくない時だ。40年一緒に暮らしてきて、そのくらいは分かる。千鶴はとにかく「はい」とだけ答えた。
後片付けをしながら、千鶴はぼんやりと計算していた。今の家賃は6万4000円だった。横須賀市内で同じくらいの広さの物件を借りようとすれば、今の相場から考えて7万から8万はかかるだろう。そこに更新料、火災保険、敷金・礼金、引っ越しが上乗せされる。30万円の退去支援金では到底足りない。それに千鶴にはよく分かっていることがあった。60代の夫婦が賃貸を借りることが、今の世の中でどれほど難しいか。それは口には出せなかったが、知っていた。
夜、千鶴は布団の中で天井を見つめていた。時計は深夜1時を過ぎていた。信は隣の布団で眠っているようだった。規則的な呼吸の音が聞こえる。千鶴は静かに起き上がり、足音を立てないようにリビングへ移動した。引き出しの奥から古い通帳を取り出した。表紙が少し日焼けしている。信には内緒で少しずつ積み立てていた貯金だった。金額は308万円。老後の最後の砦として大切にしてきた308万円。敷金に2ヶ月分、引っ越しに20万。家具や家電製品を新しい部屋のサイズに合わせて買い換えれば、50万近くかかるかもしれない。合計すれば100万円は軽く超える。千鶴は通帳を膝の上に置いたまま、しばらく動かなかった。台所の時計がカチカチと音を立てていた。窓の外では雨がまだ降り続いていた。遠くで京急線の終電が通り過ぎた音がした。
その時、寝室の方から音がした。かさ、という小さな音だった。引き出しを開ける音。それから液体を垂らすような細かい音が続いた。信が目薬を差している音だった。毎晩、就寝前と就寝後の2回、目薬を差す習慣があった。千鶴は通帳を閉じた。そして、ふっと息が詰まった。信が目薬を差す音は、いつも通りの音だった。毎晩聞き慣れた音のはずだった。なのに、なぜか今夜はその音が妙に小さく、遠くから聞こえるように感じた。少しして、一つ息を飲むような、押し殺したため息の音がした。ほんの短い音だった。布団の中で声を出さないように、奥歯を噛んで飲み込んだような、そんなため息だった。千鶴は聞こえなかったふりをした。引き返してしまったら、何か取り返しのつかないものが壊れる気がした。
千鶴はリビングの電気もつけずに、暗い部屋の中で一人座っていた。外では梅雨の雨が屋根を静かに叩き続けていた。40年間、ここで暮らしてきた。新婚当初の狭い2人暮らし。娘の水希が生まれて3人になった頃。水希が家を出て2人に戻った後も、ずっとここにいた。壁の傷も床のへこみも全部知っている。雨の日は廊下の端が少し濡れる。台所の換気扇は低い音で唸り続ける。それが嫌ではなかった。それがこの家だった。12月まであと半年もなかった。千鶴はそっと通帳を引き出しに戻し、暗い廊下を歩いて寝室に戻った。信の呼吸音がまた聞こえた。今度は少し浅くなっていた。2人とも眠れていなかった。
世の中には、正しい拒絶というものがある。怒鳴られるわけでも、追い払われるわけでもない。ただ丁寧に、穏やかに、そして完全に存在を否定される。柴田信は61年間生きてきて、それが最も深く傷つく拒絶の形だということを、7月のある朝、初めて理解した。
7月に入ると、梅雨はまだ明けていなかったが、雨の質が変わった。6月の細かい霧雨から、じわじわと体に絡みつくような蒸し暑い空気に変わり、朝から額に薄く汗が浮かぶようになった。柴田信と千鶴は、その日を念入りに準備した。前日の夜、千鶴はタンスの奥にしまってあった夏用のジャケットを取り出し、アイロンをかけた。しわが深く刻まれていたので、霧吹きで水を吹きかけながら丁寧に伸ばした。信は黒い革靴を磨いた。靴クリームを丁寧に塗り、豚毛のブラシで磨き上げ、空拭きをした。その靴は定年退職の際の送別会に履いていったものだった。
翌朝、信はその黒い革靴を履き、ネクタイなしのスーツ姿で鏡の前に立った。千鶴は薄いベージュのブラウスに紺のスカートを合わせ、結婚記念日に買った小さな真珠のピアスをつけた。2人ともよそ行きの格好だった。千鶴は出かける前に、信の肩の当たりを軽くはたいた。誇りがついているわけではなかったが、なんとなくそうしたくなった。信は少し背筋を伸ばした。「私たちはまともな人間です」ということを、これから会う人たちに全身で示さなければならなかった。
最初に訪れたのは、京急線の駅から徒歩3分ほどの場所にあるチェーン系の不動産仲介会社だった。ガラス張りの明るい店内に、物件の写真が貼られたポスターが並んでいる。エアコンが効いていて、外の蒸し暑さとの差がはっきりと分かった。「いらっしゃいませ」という声が奥から飛んできた。20代後半と思われる男性の担当者が近づいてきた。坂本という名前のバッジをつけていた。髪をきれいに整えて、白いシャツにネクタイ姿だった。
坂本はにこやかに2人を奥のカウンターへ案内した。麦茶の入った冷たいグラスを2つ並べ、「物件を探されているんですか」と柔らかい声で確認した。信は用意してきた言葉で説明した。現在の住まいが事情により年末までに退去しなければならなくなった。2人暮らしで、年金と警備員のアルバイト収入がある。家賃は6万5000円前後を希望している。坂本は相槌を打ちながらメモを取った。その動作は丁寧で、聞き漏らさないようにという誠実さが感じられた。「ところで」と坂本が言った。「お2人のご年齢を教えていただけますか?」信は答えた。「私が61、妻が60です。」坂本の手が止まった。それはほんの一瞬のことで、気づかなければ見過ごしてしまう程度のものだった。しかし信は見ていた。坂本は再びパソコンの画面に向かい、いくつかキーを叩いた。その時間が少し長かった。千鶴は麦茶のグラスを両手で包むようにして持ち、坂本の手元を見つめていた。
やがて坂本は画面から顔を上げ、深く頭を下げた。「大変申し訳ございません。現在ご紹介できる物件のほとんどが、オーナー様のご意向として入居者の年齢を50代までとされているものが多くて、お客様のご要望に添えるものをお出しするのが難しい状況で、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。」その謝罪は完璧だった。声のトーンも、頭の下げ方も、言葉の選び方も。信は「ありがとうございました」と言って立ち上がった。千鶴は麦茶を半分ほど残したまま、静かに立ち上がった。外に出ると、湿った空気が体にまとわりついた。
2件目は、商店街の外れにある個人営業らしき小さな不動産屋だった。ガラスに物件情報を手書きで張り出しているタイプの、昔からある店構えだった。信はそちらの方がまだ話が通じるかもしれないと思っていた。迎えたのは50代と思われる女性だった。丸メガネをかけて、短く切った白髪混じりの髪が印象的だった。名前は田中と言った。田中は2人を椅子に座らせると、すぐに物件の資料を何枚か持ってきた。それだけで信は少し気持ちが和らいだ。前の店と違って、まず物件を出してくれた。田中は資料の物件を1枚ずつめくりながら説明した。一件は横須賀中央から2駅離れた場所で2LDK、家賃は7万2000円。もう1件は同じ沿線の隣の駅で1LDK、6万8000円。どちらも築30年ほどだが、状態は悪くないという。信と千鶴は資料を覗き込み、写真と間取りを確認した。
田中は少し間を置いてから言った。「ただ、お年のこともありますので、審査の条件として連帯保証人が必要になります。ご家族でご連絡の取れる方はいらっしゃいますか?」連帯保証人という言葉が出た瞬間、信の体がかすかに硬直した。「子供は1人おりますが、今は別に暮らしていて」と信は言いかけた。田中は穏やかな顔で続けた。「できればご兄弟かお子さんで、現在就労中の方が理想的です。保証会社の審査が通れば保証人は不要になる場合もありますが、お客様の年齢の場合、保証会社の審査が難しいことが多くて、それで通らない時の備えが必要になるんです。」信は「そうですか」とだけ言った。田中は資料をテーブルに揃えながら、少し申し訳なさそうな顔をした。「差別しているわけではありませんし、私個人としてはお力になりたいのですが、オーナー側がそういう条件を出してくることが多くて、こちらとしてもなかなか難しいんです。」その言葉はおそらく本音だった。田中という人間は、目の前の仕事に誠実に取り組んでいるのだろう。だからこそ、信は何とも言いようがなかった。怒る相手がどこにもいなかった。
午後に入ってから、3件目と4件目を回った。3件目は大手のフランチャイズ系だった。物件の数は多かったが、担当した若い女性は信たちの年齢を聞いた瞬間から表情が変わった。笑顔は変わらない。ただ、その笑顔が最初と質が変わった。最初は人を迎える笑顔だったのが、途中から困惑を押し隠すための笑顔に変わった。結果は同じだった。「オーナーの方針として」とか「規約の関係で」とか、様々な言い方があったが、内容は同じだった。60代の2人には貸せないということだった。
4件目は、駅から少し離れた住宅街の中にある古い事務所の店だった。ここでは担当の男性が少し率直に話してくれた。「正直に言いますと、大家のオーナーが1番気にするのは、入居者が孤独死した時のリスクなんです。1人暮らしの高齢者だと特にそうですが、2人でも60代となると、審査で引っかかることが増えています。私どもとしても心苦しいのですが、オーナーの意向には逆らえない部分がありまして。」信は聞きながら、自分がいつの間にか「リスク」と呼ばれる存在になっていたことを知った。40年間、法を犯したことがない。近所との付き合いも、管理規約の遵守も、何ひとつ問題を起こしたことがない。それでも、61歳という数字1つで「リスク」と分類される。
店を出てから、信は少し歩調が落ちた。帰り道、2人は京急線の線路沿いの道を歩いた。電車が通るたびに、細かい振動が足の裏から伝わってくる。日はだいぶ傾いていた。千鶴は信の横を歩きながら、何度か声をかけようとした。しかし、その度に言葉が出てこなかった。信は正面を向いたまま歩いていた。肩がわずかに落ちていた。いつもは背筋が伸びていて、やや顎を引いて歩く人間なのに、今日は少し前傾気味になっていた。千鶴はそれを横目で見ながら、何も言わなかった。
線路沿いの道の途中に、小さな自動販売機があった。千鶴は立ち止まって財布を取り出した。「ちょっと待ってください。」100円玉を入れて、お茶のペットボトルを2本買った。信はそのまま立って待っていた。千鶴がペットボトルを差し出すと、受け取って短く「ありがとう」と言った。2人はその場で一口ずつ飲んだ。電車がまた通り過ぎた。また歩き始めた。やはり何も言わなかった。
家に帰ると、信は上着を脱いでハンガーにかけ、椅子に座った。テーブルの上には、今日回った不動産屋のチラシや資料が散らばっていた。信が途中で受け取ってきたものを、帰宅してからポケットから出しておいたのだ。千鶴は台所で夕食の準備を始めた。今日は出かけていたので、昨日の残りの味噌汁と、冷蔵庫に残っていた豆腐を温めるだけにした。ご飯は朝から炊飯器にセットしてあった。信はテーブルの前で資料を手に取っては置き、また手に取った。やがて資料の中から1枚のチラシを取り上げた。3件目の不動産屋でもらってきた新築マンションのチラシだった。2人暮らしには広すぎる2LDKで、家賃は10万円を超えていた。全く検討外の物件だったが、何かの拍子に紛れ込んでいた。信はそのチラシを眺めた。それから、ゆっくりと両手でそのチラシを握りしめた。顔が歪んだ。それでも信は力を緩めなかった。両手でぐしゃぐしゃに丸めて、立ち上がりかけた体で部屋の隅に向かって投げた。丸められた紙がフローリングの床に落ち、しばらく転がった。それから信は椅子に深く座り直し、両肘をテーブルにつき、両手で頭を抱えた。
千鶴は台所から見ていた。味噌汁を温めていたお玉を手にしたまま、動けなかった。信がテーブルに向かって頭を抱えて座っている姿を、千鶴はこれまでの人生で一度も見たことがなかった。定年の時も、水希が家を出て行った時も、それでも信はこういう姿を見せなかった。千鶴は台所を離れ、床に転がった丸めたチラシを拾い上げた。両手でゆっくりと広げ、できるだけ平らに伸ばした。完全には伸びなかった。深いしわが残った。それでも千鶴は丁寧に伸ばし続けた。信は顔を上げなかった。千鶴はチラシを資料の下に重ね、台所に戻って味噌汁を椀によそった。
夕食の間、2人はほとんど話さなかった。信は豆腐を箸でゆっくりと切り、口に運んだ。千鶴は白ご飯を少しずつ食べた。食事が終わってから、信が初めて口を開いた。「保証人の問題があった」と信は言った。「どこの不動産屋も、保証人なしでは契約できないか、保証会社の審査が通らないと言っていた。年齢のせいで、保証会社も引き受けてくれないらしい。」千鶴は返事をしなかった。分かっているということと、その先の言葉を同時に飲み込んだ。信は続けた。「来月、もう少し範囲を広げて探してみる。横須賀にこだわらなければ、もう少し選択肢があるかもしれない。」その言葉は、今日の疲労を全部押し込めた上で絞り出したような、かすかな声だった。千鶴は「そうしましょう」とだけ言った。
夜、千鶴はなかなか眠れなかった。布団の中で今日の出来事を順番に思い返した。若い坂本という担当者が頭を下げる時の角度。田中という女性が資料をテーブルに丁寧に揃えた時の手の動き。4件目の率直な男性が「リスク」という言葉を使った時に、少し困ったように目を伏せた表情。誰も意地悪ではなかった。みんな仕事をしていた。それが却って胸に重くのしかかった。怒りをぶつける相手がいれば、まだ楽になれる。しかし、相手が丁寧で誠実であればあるほど、理不尽の輪郭がぼやけて、ただ自分たちが時代に合わなくなった古い存在であるように感じられてくる。信が眠れていないのは千鶴には分かっていた。静かすぎた。信がぐっすり眠っている時は、かすかな鼾が聞こえる。今夜はそれがない。2人とも暗い天井を見つめて、違うことを考えているのか、同じことを考えているのか、どちらか分からないまま横になっていた。外では梅雨の名残りの雨がまだ降り続けていた。
人は長い時間をかけて自分の中に壁を作る。それはどこかに傷を負うたびに、少しずつ積み重なっていくものだ。しかし、柴田信が8年かけて積み上げてきた壁は、9月のある夜、たった1本の電話によって崩れるどころか、初めてその重さを自分自身に向けて突き刺してきた。
9月に入ると、マンションの廊下は急に静かになった。夏の間はまだあちこちの部屋から生活音が聞こえていた。テレビの音、子供を叱る声、台所の換気扇の低い振動。それがいつの間にか1つずつ消えていき、9月の最初の週が終わる頃には、3階の廊下の突き当たりから聞こえる音は、柴田夫妻の部屋から漏れるものだけになっていた。2階に住んでいた山本夫妻は8月末に出ていった。40代の夫婦で、小学生の子供が2人いた。引っ越しの日、山本さんの奥さんが挨拶に来て、「長い間お世話になりました」と言って頭を下げた。玄関先でのその挨拶は短く、お互いに深く踏み込まなかった。3階の隣室に1人で住んでいた上田という名前の70代の男性は、9月の第1週に息子夫婦に引き取られた。あの上田老人は、引っ越しの前日、廊下で千鶴と会って、「まあ、しょうがないですね」と笑って見せた。その笑い方が、しょうがなくはないのに笑っているという感じがして、千鶴はそのことをずっと覚えていた。今では同じ階に残っている住人は柴田夫妻だけだった。廊下の端にちりが積もり始めていた。管理会社は清掃サービスをすでに縮小していた。誰も掃除しないので、乾いたちりが風に押されて端に溜まっていく。それを見るたびに、千鶴は箒を持ってこようかと思ったが、なんとなく踏み切れなかった。もうここは自分たちが守る場所ではないという感覚が、じわじわと染み込んできていた。
不動産屋巡りは8月の終わりまで続いた。信は少しずつ範囲を広げていった。横須賀市内から始まり、逗子、葉山、三浦、さらには横浜の外れや相模原の一部まで。しかし結果は変わらなかった。年齢の問題、保証人の問題、審査の壁、礼儀正しい断りの言葉を、信はいくつも集めた。保証会社を使えれば話は違ったかもしれない。しかし、60代の収入が年金と非正規雇用だけというケースでは、保証会社の審査そのものが通らないことが多かった。それは信が4件目の不動産屋で教えられた通りだった。結局のところ、残された選択肢は1つしかなかった。連帯保証人を立てること。しかも、現在就労していて安定した収入がある親族であることが条件だった。信と千鶴に、そういう条件を満たせる親族は1人しかいなかった。娘の柴田水希。35歳、東京在住、8年間連絡を絶っている。
水希が家を出た理由を、信はあまり語ろうとしない。それは千鶴も分かっていた。水希は大学を卒業してから、小さなデザイン事務所に就職した。給与は高くなかったが、やりがいを感じていると本人は言っていた。20代後半になると、仕事の量が増えた。夜遅くまで働き、休日も出かけることが多かった。信はその仕事を好まなかった。理由は複数あった。給与が不安定なこと、将来の保証がないこと、残業が多くて体を壊すリスクがあること。それらは全て、信なりに娘を心配してのことだった。信には、安定した就職先に務めて、信頼できる相手と結婚し、老後を安心して迎えることが人間の正しい生き方だという確信があった。それは40年間、自分自身がそうして生きてきた確信だった。
信が口を出し始めたのは、水希が28歳の時だった。知人の息子を紹介しようとした。安定した公務員だった。水希は断った。翌年、別の相手を紹介しようとした。大手企業の社員だった。水希は「今の仕事を続けたい」と言った。信はその返事に納得しなかった。言い合いになった。水希はその夜、帰ってこなかった。翌朝戻って、荷物をまとめて出ていった。出がけに「お父さんの考える正しい生き方を、私に押し付けないで」と言った。玄関のドアが閉まった音は、今でも千鶴の耳に残っている。それから8年間、水希からは何の連絡もなかった。千鶴は何度かそっと水希の携帯に電話をかけたことがあった。最初の2年は出なかった。3年目に一度だけ出て、「元気でいるから心配しなくていい」と短く言って切れた。それ以来、千鶴も電話をかけるのをやめた。信は水希のことを自分から話題にしたことがなかった。
千鶴が信に水希に電話することを提案したのは、9月の初めだった。信はその場では何も言わなかった。夕食が終わり、テレビを消し、布団に入ってからも何も言わなかった。翌朝も、翌日も、千鶴は待った。せかさなかった。これは信が自分で決めることだと、千鶴には分かっていた。3日後の夜、食事が終わって茶を飲んでいる時、信がぽつりと言った。「電話してみろ。」千鶴はただ「分かりました」と答えた。それ以上は何も言わなかった。信がその言葉を出すのに3日間かかったということを、千鶴は理解していた。その3日間に何があったか、信は一言も語らなかった。語らなくていいと思った。
翌日、信が警備員の仕事に出かけてから、千鶴は一人で居間に座った。古い手帳を取り出した。水希が家を出る前に書き留めておいた携帯電話の番号だった。その後、番号が変わっているかもしれない。何年前に一度だけ繋がった時と同じ番号かどうかも自信がなかった。千鶴はお茶を一杯飲んでから、電話をかけた。呼び出し音が鳴った。1回、2回、3回。千鶴は耳に当てた受話器をゆっくりと握りしめた。4回、5回。切れるかもしれないと思い始めた6回目の途中で、電話が繋がった。「はい」と声がした。知っている声だった。しかし、知らない声のような気もした。硬く、端が整っていて、職場で電話を取る時の声に近かった。「水希?」と千鶴は言った。「お母さんです。」少しの間があった。「はい。」水希はまた言った。その声は変わらなかった。
千鶴は事情を話した。住んでいたマンションが解体されることになった。12月末までに退去しなければならない。引っ越し先を探しているが、年齢のせいで審査が通らない。保証人として名前を貸して欲しい。できるだけ短く、簡潔に話した。余計なことを言えば、水希が電話を切ってしまうかもしれないという予感があった。電話の向こうで水希は黙っていた。その沈黙は長かった。10秒か15秒か。千鶴には測る余裕がなかった。ただ、その沈黙の間、千鶴は息を止めるようにして待った。やがて水希が口を開いた。「お母さん」と水希は言った。声のトーンは変わらなかった。落ち着いていて、感情の起伏がなかった。「私、今1人でマンションのローンを払ってる。今の会社も来年から組織再編があって、自分の部署がどうなるか分からない状況なんだ。そこにお父さんとお母さんの賃貸の連帯保証人になったら、万が一の時、私が全部背負うことになる。それはできない。」千鶴は黙って聞いていた。水希は続けた。「それに、お母さん、お父さんは昔、私が家を出た時、『自分で決めて出ていったんだから、もう戻ってくるな』って言ったよね。私はその言葉を守って、ずっと1人でやってきた。今更こういう形で連絡が来るのは、正直しんどい。」千鶴は受話器を持ったまま、返す言葉を探した。しかし、何も出てこなかった。水希の言葉は正しかった。反論できるものが何もなかった。
その時、玄関の方で物音がした。千鶴は振り返った。信が立っていた。今日は午後から仕事のはずだったが、出かける前に何か忘れ物をしたのか、あるいは最初から出かけていなかったのか、千鶴には分からなかった。信は千鶴が電話をしていることを、廊下に立ったまま見ていた。その顔が千鶴には怖かった。怒りではなかった。何か違うものだった。信は部屋に入ってきて、千鶴の手から静かに受話器を取った。千鶴は抵抗しなかった。信は受話器を口に当て、一呼吸置いた。「水希」と信は言った。電話の向こうで水希が固まる気配がした。信は続けた。「お前の言い分は分かった。迷惑をかけた。それだけだ。」千鶴は信の横に立ったまま、その背中を見ていた。信の肩がわずかに震えていた。次の言葉が来るまで間があった。「手を煩わせてすまなかった」と信は言い、電話を切った。受話器を置く音だけが静かな部屋に響いた。信は受話器を置いたまま、その場に立ち続けた。千鶴はかける言葉を探したが見つからなかった。「ごめんなさい」と言おうとしたが、それが何に対する謝罪なのかが分からなかった。信に対してなのか、水希に対してなのか、8年間という時間に対してなのか。
しばらくして、信が口を開いた。声は静かだった。「水希の言う通りだ」と信は言った。「昔、私が言ったことが、そのまま帰ってきただけだ。」千鶴は何も言えなかった。信は椅子に座った。テーブルの上に両手を置き、その手を見つめた。仕事で長年書類を扱ってきた手だった。右の人差し指の関節に、昔、怪我があった場所の跡が今も薄く残っている。千鶴は台所に向かった。お茶を入れた。2つの湯呑みをテーブルに並べ、向かいに座った。信はお茶を受け取り、少し飲んだ。それ以上、2人は何も言わなかった。
夜になってから、千鶴は1人で泣いた。信が風呂に入っている間、千鶴は居間のソファに座り、膝を胸の前に引き寄せて、声を立てずに泣いた。水希のことを泣いたのか、信のことを泣いたのか、あるいは今の自分たちの状況のことを泣いたのか、自分でも分からなかった。ただ、長い間堪えていたものが体の中で居場所をなくして溢れ出た。ソファのクッションの角を両手で握りしめて、肩を小さく丸めた。水希は正しいことを言った。信も間違っていなかった。全てが正しくて、だからこそ2人の間に8年間の時間が積み重なっていた。正しいことが、取り返しのつかない距離を作ることがある。千鶴はそれを知っていたが、止める方法が分からなかった。
バスルームの音が止んだ。千鶴は袖で目の下を拭い、背筋を伸ばした。信が出てきて千鶴を見た。千鶴は正面を向いていた。信は何も言わずに隣に座った。2人はしばらく同じ方向を向いて座っていた。テレビは消えていた。外では虫の音がしていた。9月の夜の乾いた音だった。その夜、信は布団に入ってからしばらくして、小声で言った。「明日、市役所に問い合わせてみる。公営住宅について何か情報があるかもしれない。」千鶴は暗闇の中ではいと答えた。信はそれ以上何も言わなかった。千鶴も黙っていた。遠くで秋の虫が鳴いていた。その音は部屋の隅でいつまでも続いていた。水希は今、東京のどこかで1人で暮らしている。ローンを払いながら、会社の先行きを案じながら。その姿を千鶴は電話越しの声だけで想像した。会いたいとは思わなかった。ただ、元気でいて欲しいと思った。それだけが今の千鶴にできる唯一のことだった。
恥というものは、自分の内側から湧いてくるものだと、柴田信はずっと思っていた。しかし、11月のある午前、市役所の窓口で、それが他人の視線によって外側から貼り付けられるものでもあると、61年間生きてきて初めて知った。
11月に入ると、横須賀の朝は急に冷え込んだ。京急線の高架から吹き降りてくる風が、コートの襟元をすり抜けて首筋に当たる。歩道の端に積もった落ち葉が、朝の風で少しずつ散らされていく。空は薄い灰色で、海の方から低い雲が流れてきていた。マンションの廊下はもう完全に静かだった。共用灯は半分が切れたままで、管理会社は交換しなくなっていた。千鶴が玄関を出るたびに、暗い廊下の空気が少し違って感じられた。人の気配がないというのは、こういう空気になるのだということを、この2ヶ月で覚えた。
信は前日、警備員の仕事を1日休む届けを出した。有給という制度があるわけではなく、その日の収入は丸ごと消える。それでも、今日の用事は仕事より先に済ませなければならなかった。2人とも昨夜はよく眠れなかった。朝、何を着ようかしばらく考えた。市役所に行くのに、どこまで正装すべきか。あまりに砕けた格好では、担当者に軽く扱われるかもしれない。千鶴は結局、先月の不動産屋巡りの時と同じ紺のスカートに、今度は少し厚手の白いブラウスを選んだ。信はグレーのズボンに紺のセーターを着た。ジャケットは羽織らなかった。市役所に相談しに行くのに、スーツでは仰々しいと判断したのだろうと千鶴は思った。しかし、セーターの下にきっちりとカッターシャツを着込み、襟元を整えていた。どんな場所に行く時も、人前に出る時の最低限の礼儀だけは崩さない人だった。
2人は傘を持って家を出た。市役所まではバスで15分ほどかかる。バス停で待っていると、近くの小学校に向かう親子連れが通り過ぎた。子供がランドセルを揺らしながら走っていた。母親が「走らないで」と声をかけた。千鶴はその子供の背中を見送った。バスが来た。2人とも乗車証を持っていたので、運賃はかからなかった。それだけが60代になってから得た数少ない利点の1つだった。車内は空いていた。信は窓側の席に座り、千鶴はその隣に座った。車窓から流れる景色を2人は黙って見ていた。
市役所の最寄りのバス停で降りると、空気が一際冷たく感じた。建物の入り口まで石畳の広場を横切らなければならない。風が正面から吹いていた。市役所の建物は20年前に立て替えられた新しい建物だった。自動ドアを入ると、案内板が正面に立っていた。信は案内板を眺めた。老眼鏡を掛け直して、細かい字を読んだ。「生活支援課」というのは3階にあると書いてあった。エレベーターに乗った。2人きりだった。3階で降りると、廊下の左手に「生活支援課」と書かれた標識が見えた。信の足がほんの少し遅くなった。千鶴はそれに気づいたが、何も言わなかった。
窓口は5つ並んでいた。待合いの椅子に数人が座っている。中年の女性が1人、幼い子を連れた若い母親が1人、そして白髪の老人が1人。信は入口に置かれた番号札の機械から紙を引いた。「7番」と書いてあった。今呼ばれているのは5番だった。2人は待合いの椅子に座った。信は膝の上に、今日のために用意してきた書類の封筒を置いた。今の収入状況をまとめた手書きのメモ、年金の通知書のコピー、退去通知の書留のコピー。整理して封筒に入れてきた。こういうことをする時、信は必ず書類を事前に揃える。その几帳面さだけは、どんな状況でも変わらない。
6番が呼ばれた。若い母親が立ち上がり、子供の手を引いて窓口に向かった。待っている間、信は正面の壁に貼られたポスターを眺めていた。「生活にお困りの方へ」と書かれたポスターだった。その隣に介護保険の案内、その隣に1人親家庭の支援制度の案内が並んでいた。信はそのポスターを見ながら、今の自分たちがここに座っていることの意味を改めて頭の中で整理しようとした。自分たちは「生活にお困りの方」なのか。年金はある。仕事もある。しかし、住む場所がない。住む場所が見つからない。それは「お困りの方」に該当するのか?該当すると判断したから、ここに来た。それでも、この待合いの椅子に座っていることが正しいことなのかどうか、信にはまだ整理がついていなかった。千鶴は膝の上で手を重ね、足元のタイルを見ていた。規則的な模様のタイルだった。指が1本、斜めに走っているのを見つけた。誰かが重いものを落としたのか、あるいは長年の使用で自然に入ったひびなのか。そんなことを考えた。考えていないと、他のことを考えてしまうから、タイルのひびを見ていた。
「7番」とスピーカーから声がした。窓口の担当者は40代と思われる男性だった。名札には「桑田」とあった。桑田は2人に軽く会釈し、「本日はどのようなご要件でしょうか」と事務的な声で聞いた。信は用意してきた封筒を開き、書類を取り出しながら事情を説明した。現在の住まいが解体のため12月末に退去を求められている。新たな物件を探したが、年齢を理由に審査が通らず、連帯保証人も得られなかった。公営住宅への入居について相談したい。桑田は話を聞きながらパソコンの画面をいくつか切り替えた。信が差し出した書類を受け取り、1枚ずつ確認した。その確認の仕方は丁寧だったが、どこか機械的だった。桑田は言った。「公営住宅の入居については、まず申し込み書を記入していただいて、書類を揃えた上で審査を受けていただく形になります。ただ、現在の空き状況ですが」と言いながら、画面を確認した。「横須賀市内の市営住宅は現在かなりの待機者がいる状態で、入居まで早くて1年以上かかることが多い状況です。」1年以上。千鶴は心の中で繰り返した。12月末が退去期限なのに、1年以上待つということは、その間どこにいればいいのか?信は聞いた。「緊急性が高い場合の優先枠のようなものはありますか?」桑田は少し考えてから答えた。「一定の条件を満たす場合は優先枠の対象になることがありますが、その条件として収入基準があります。お2人の収入と年金を合算した場合、その基準を上回る可能性があって、そうなると一般枠に回っていただくことになります。一般枠ですと、さらに待機期間が長くなる可能性があります。」信は黙って聞いていた。桑田は話を続けた。「それから、確認なんですが、お子さんはいらっしゃいますか?」「1人おります」と信は答えた。「その方とは現在連絡は取れている状況ですか?」信の体がわずかに固まった。千鶴は横で、膝の上の手に力が入るのを感じた。信は答えた。「別々に暮らしていまして、連絡は取れておりません。」桑田は「そうですか」と言い、また画面に目を向けた。「申し訳ありませんが、公営住宅の申し込みにあたって、扶養義務者の状況の確認が必要になることがあります。お子さんの収入状況も書類に記載していただく必要があるのですが、連絡が取れない場合は、その旨を説明する書類を別途準備していただくことになります。」また書類が増えた。信は封筒の中の資料をもう一度見た。桑田はさらに続けた。「それから、貯蓄の状況なんですが、現在のお2人合わせた預貯金は大体どのくらいでしょうか?」信は少し間を置いてから答えた。「300万ほどです。」桑田はその数字をパソコンに入力した。「300万」と声に出して確認してから、少し慎重な顔になった。「貯蓄がある程度ある場合、優先枠の対象外になる場合もありまして、申し訳ないのですが。」信はその言葉を聞きながら、自分が40年かけて節約し、1円も無駄にしないよう積み上げてきたお金が、今ここで「支援を受ける資格がない」ことの証拠として使われていることを、静かに理解した。口の中が乾いた。
桑田は申し訳なさそうな表情を作りながら、申し込み書の用紙を一式手渡した。「こちらに必要事項をご記入いただいて、書類を揃えた上で、またお越しください」と言った。信は書類を受け取った。「ありがとうございます」と言った。その声に感情はなかった。千鶴はハンカチを取り出し、指先を拭きながら、桑田に頭を下げた。2人は窓口を離れ、廊下の端にある記入台に並んで立った。信は申し込み書を開き、ページをめくりながら確認した。ページ数が多かった。氏名・住所から始まり、収入の内訳、財産の状況、家族構成、扶養義務者の状況、退去理由。それぞれの欄に、丁寧な説明が小さな字で書かれていた。千鶴はバッグを開き、印鑑を探した。印鑑はいつもバッグの内側ポケットの小さな仕切り部分に入れている。千鶴はそこを開いた。ハンカチと小銭入れが入っていた。印鑑がない。次のポケットを開いた。ボールペン、目薬、絆創膏が1枚。印鑑はない。バッグのメインポケットを開き、中身を手で探り分けた。エコバッグ、ハンカチ、ポケットティッシュ、財布、予備のポーチ。千鶴は焦り始めた。印鑑を持ってきたのは確かだった。朝、いつもの場所から取り出してバッグに入れたはずだった。信が横で「どうした」と小さな声で聞いた。千鶴は答えた。「印鑑がどこかに。」バッグをもう一度、今度は全部中身を出すつもりで開いた。
その時、後ろから声がかかった。「ああ、柴田さんじゃないですか。」千鶴は声のした方向を振り返った。太田婦人が立っていた。同じ町内会に長く住んでいた女性だった。旦那さんを10年ほど前に亡くしてからは1人暮らしで、町内会の集まりには必ず顔を出し、誰がどこに引っ越したとか、誰の子供が受験に合格したとか、そういった情報を丁寧に集めて回る人だった。悪意があるわけではないが、話したことが広まりやすいということを、千鶴は経験的に知っていた。太田は今日、退職後の年金手続きか何かで来たのだろう。腕に薄い封筒を抱えていた。千鶴は反射的に背筋を伸ばし、「あら、太田さん、こんにちは」と答えた。声が少し上ずった。太田は千鶴に近づきながら、視線が千鶴の後ろにある窓口の方向へさりげなく動いた。生活支援課の窓口が見えた。それから、手元の申し込み書の束が見えた。太田の視線がそこで一瞬止まった。太田は口元に控えめな微笑みを作り、言った。「あら、柴田さんのお家も大変でしたのね。住宅のお申し込みとかされているんですか?」その声は柔らかかった。心配しているような口調だった。しかし、千鶴にはその声の中に何かが混じっているのが分かった。千鶴は答えようとした。しかし、言葉が出てこなかった。太田は続けた。「そうですか。まあ、あのマンションが取り壊しになるって聞いてはいましたけどね。大変でしたね。本当に色々と、もう終わりだったんですね。」「大変でしたね」という言葉が2度繰り返された。千鶴の手の中で、バッグの持ち手が汗ばんだ。
信が千鶴の横に立っていた。信は太田の方を向いた。その顔がみるみる赤くなっていくのを、千鶴は横目で見た。千鶴の指先がバッグの中を探っていた手が止まった。信は、当てにしていた申し込み書の束を封筒の中に素早く押し込んだ。千鶴の腕を取り、声で言った。「行こう。」千鶴は何も言えなかった。信に腕を引かれるまま、記入台から離れた。太田が背後で「あら」という声を上げた。「どこへ」という言葉が続いたが、それ以上は聞こえなくなった。信は早足で廊下を歩いた。エレベーターには乗らず、非常階段のドアを押した。階段を降りながら、信は一言も話さなかった。千鶴も何も言えなかった。2人の足音だけがコンクリートの壁に響いた。1階まで降りると、自動ドアから外に出た。外の空気が冷たかった。信は建物の脇の、人目につかない場所で立ち止まった。石作りの柱の影だった。千鶴は信の隣に立った。2人ともしばらく何も言わなかった。遠くで車の音がした。広場の向こうで、学生らしき若者が自転車を押して歩いていた。信はコートのポケットに両手を入れたまま、地面を見ていた。その頬がまだ赤かった。千鶴は信の横顔を見ていた。何か言おうとして、やめた。何を言っても、今は違う気がした。
信は長い時間をかけて、ゆっくりと息を吐いた。白い息が冬の空気の中に溶けていった。「結局、申し込み書は出せなかったな」と信は言った。声は低く、独り言のようだった。千鶴は答えた。「印鑑、後で出てきました。バッグの底のポーチの中に入っていました。」信は少し間を置いてから、「そうか」と言った。それだけだった。信は石の柱に背中を持たせかけた。太田婦人の視線を思い出した。言葉ではなく、視線だった。生活支援課の標識を見て、申し込み書を見て、それから千鶴の顔を見た時の視線。そこに何が込められていたか、言語化するのは難しかった。しかし、それが何であるかは体で分かった。哀れみだった。信は哀れみを向けられることを、生涯で最も嫌なこととして生きてきた。同僚からも上司からも、誰からも。だから、定年まで働き、病気をしても仕事を休まず、家族に不自由をかけまいとしてきた。それが、70代の見知った近所の女性の何気ない一瞥によって、崩されようとしていた。壊れるわけにはいかないと信は思った。しかし、何が壊れないように保とうとしているのか、自分でも分からなくなってきていた。
千鶴は、バッグの中にずっと印鑑が入っていたことを信には言わなかった。正確には、焦って探している時、手がパニックになって見落としていただけだった。太田に声をかけられる前にもう少し落ち着いて探せば、すぐに見つかっていた。でも、今はそれを言える場面ではなかった。信が申し込み書を封筒に押し込んで千鶴の腕を引いた時、千鶴は一瞬だけ抵抗しようとした。申し込み書を出さなければ、先に進めない。でも、信の腕の力がそれを許さなかった。千鶴は、信がどれほどのものを強情で削ったかを体で分かっていた。戻ってまた申し込もうとは、今日はもう言えない。来週にしよう、あるいは来月にしようとも、今は言えない。今の信に言えることは何もなかった。千鶴はバッグの持ち手を両手でゆっくりと握り直した。
2人は並んでバス停まで歩いた。途中、信は一度立ち止まった。「来週また来よう」と信は言った。「今日はもういい。」千鶴は「はい」と答えた。信はまた歩き始めた。千鶴もその隣を歩いた。風が吹いて、歩道の落ち葉を転がした。信はその落ち葉を踏まないようにして歩いた。意識しているわけではないだろうと千鶴は思ったが、それでも信は落ち葉を踏まなかった。バスが来るまで、2人はバス停のベンチに並んで座った。遠くの空に鳥が1羽飛んでいた。何の鳥かは分からなかった。ただ、灰色の雲の下をゆっくりと横切って、見えなくなった。千鶴はその鳥が消えた方向をしばらく見ていた。
人生の終わりが来る時、それは劇的な出来事として訪れるわけではない。ただ、ある朝目が覚めると、自分がそれまで積み上げてきたものの大半が、もはや自分のものではなくなっていると気づく。そして、その事実と向き合いながら、それでも今日の食事を温めなければならない。柴田千鶴にとって、12月の最後の週はそういう週だった。
12月に入ると、マンションの廊下はほとんど廃墟のような静けさになった。共用灯は今や1つしかつかなくなっていた。エントランスのポストは、半分以上が名前のないまま口を開けていた。管理会社からは、退去確認のための最終立ち会いについて、日程調整の手紙が届いていた。千鶴は毎朝、その手紙をテーブルの上に置き直した。動かしているわけでも、読み返しているわけでもなかった。ただ、目に入るたびに、また今日も現実だと確認していた。
信は市役所に、結局もう一度向かった。太田婦人と会った翌週の月曜日だった。千鶴は今度は連れて行かなかった。信が1人で行くと言った。千鶴は止めなかった。帰ってきた信は、「申し込み書を一式提出してきた」とだけ言った。それ以上は何も話さなかった。千鶴も聞かなかった。提出した。それだけで十分だった。しかし、公営住宅の審査結果が出るまでには時間がかかる。12月末の退去期限には間に合わない。それは分かっていた。
転機は11月の末に起きていた。信が1人で訪ねた、横須賀市内の古い不動産仲介業者でのことだった。店主は60代後半と思われる男性で、忙しいという名前だった。白髪を短く刈り込み、首にタオルをかけたままカウンターに座っていた。店主は信の話を最後まで黙って聞いた。途中で遮ることも、画面を確認することもしなかった。ただ、腕を組んでじっと聞いていた。話を終わると、少しの間考えた。それから言った。「1つだけある。うちで管理している物件じゃないんで、直接オーナーに話をしてみることになるが。」その物件は、横須賀から電車で30分ほど離れた、神奈川県内の別の市にあった。国道沿いの古いアパートで、築42年、1K、家賃は4万8000円。店主は続けた。「オーナーは70代の老人で、自分も高齢者だから、年齢で断るようなことはしないと思う。ただ、保証人の問題がある。うちで対応できる保証会社があって、そこは高齢者の審査を引き受けてくれることがある。金は少し高くなるが、それでよければ、話を通してみる。」信はその場で頭を下げた。「よろしくお願いします」と言った。店主は手を振った。「まだ分からないから、喜ぶな」とだけ言った。
12月の最初の週に、店主から電話があった。「オーナーが了承した。保証会社の審査も通った。契約できる。」信はその夜、千鶴にそれだけを伝えた。千鶴は返事をしなかった。ただ、手が震えた。契約のために、2人は一度その部屋を見に行った。国道沿いに立つ2階建てのアパートだった。外壁はくすんだクリーム色で、所々塗装が剥がれていた。駐車場との境にある金属フェンスが錆びていた。エントランスという概念がなく、各部屋のドアが外に直接面している作りだった。部屋は2階の角だった。ドアを開けると、6畳の和室と3畳ほどのキッチンスペースがあった。天井は低く、窓は1つ。正面の窓を開けると、国道が目の前に見えた。千鶴は部屋の真ん中に立ち、四方を見渡した。今まで住んでいた部屋は3LDKだった。子供が生まれた時に選んだ間取りで、子供が出ていってからも2人には広すぎるとは思っていても、そのまま使い続けていた。今、寝室、もう1つの部屋、台所。それぞれに40年分の生活が染み込んでいた。この部屋に、その全てを持ち込むことはできない。信は窓を閉め、何も言わずにドアを出た。千鶴は最後にもう一度だけ部屋を見渡して、後に続いた。
12月の第2週から、荷物の整理が始まった。まず、持っていけないものを決めなければならなかった。基準は単純だった。新しい部屋の面積に収まるかどうか。それだけだった。今のサイドボードは入らない。本棚は入らない。予備の布団一式は入らない。子供が使っていた机も、もう何年も物置きとして使っていたが、それも入らない。千鶴は1つ1つ、付箋を張っていった。「処分」と書いた付箋を。今の箪笥は、2人が結婚した時に千鶴の実家から持ってきたものだった。縦に長い、落ち着いた色のタンスで、40年間ずっと寝室の壁際に置かれていた。引き出しの滑りが最近少し悪くなっていたが、それ以外は何も問題がなかった。千鶴はその箪笥の前に立ち、しばらく動かなかった。それから、付箋を張った。信の茶箪笥も処分になった。信が若い頃から使っていたもので、足の折りたたみ部分が少し緩くなっていたが、信が自分でネジを締め直して使い続けていた。千鶴が付箋を貼ろうとした時、信が横で一度だけそれを見た。それから目をそらして、何も言わなかった。千鶴は付箋を張った。
粗大ゴミのシールを買いに、千鶴は市のゴミ処理施設の窓口に出向いた。大型のシールが1枚300円だった。箪笥に2枚、茶箪笥に1枚、本棚に2枚、サイドボードに1枚。合計で2100円になった。家に戻って、シールを貼り始めた。箪笥にシールを貼る時、千鶴の手が少し止まった。40年間ここにあったものに「処分」のシールを貼るということがどういうことなのか、頭で理解していても、手がついていかなかった。深く息を吸って、張った。その後、千鶴は台所に行き、流し台の前に立ったまま、しばらくそこから動かなかった。泣いているわけではなかった。ただ、動けなかった。信は居間で荷物の仕分けを続けていた。ダンボールを組み立てて本を詰め、書類を整理する音がした。その音が聞こえている間、千鶴はそこに立ち続けた。
12月の27日は、朝から細かい雪混じりの雨が降っていた。引っ越し業者が来たのは午前9時だった。予算の関係で、1番小さなプランを選んでいた。軽トラック1台と作業員2人。2人とも20代で、感じの良い若者たちだった。玄関先で代表の若者が挨拶した。「よろしくお願いします」とだけ言い、作業員たちは黙々と作業を始めた。ダンボール箱は14個だった。40年の生活が、14個のダンボール箱に収まった。タンスは新しい部屋用に選び抜いた小さな整理箪笥1つと、布団1組と、小さな折りたたみテーブルだけだった。残した家具は、前日のうちに廊下に出してあった。粗大ゴミのシールが貼られたまま、廊下に並んでいた。誰に見られるわけでもない廊下だったが、それでも千鶴は、その並んだ家具を玄関から見るのが辛かった。作業員たちは手際よく荷物を運び出した。千鶴は邪魔にならないよう、台所の隅に立っていた。信は玄関近くで作業を見守っていた。部屋が空になっていくにつれ、音の反響が変わった。ダンボール箱があった場所に何もなくなると、足音が空洞のように響いた。1時間ほどで作業は終わった。作業員たちがトラックに乗り込んだ後、2人は最後にもう一度部屋の中に入った。何もない部屋だった。フローリングの床に、家具を置いていた跡が残っていた。箪笥があった場所は、壁際の床が少し色が違った。茶箪笥があった場所には、足の形の薄い窪みが残っていた。千鶴は窓のそばに立った。この窓からずっと海が見えていた。横須賀の海は、天気のいい日には青く、曇りの日には灰色に見えた。今日は雨と雪が混じっていて、窓の外は白くけぶっていた。海がどこにあるのか、見えなかった。信は部屋の真ん中に立ち、天井を見上げた。それから、一度だけ、深くゆっくりと頭を下げた。誰かに向けてではなく、この部屋そのものに向けて、そうしているように見えた。千鶴にはそれが何に対する礼なのか分からなかったが、信がそうしているのを黙って見ていた。
2人は玄関を出た。鍵を閉めた。信が鍵を持っていた。管理会社の担当者に後日返却する手はずになっていた。信はその鍵をコートのポケットに入れた。ポケットの中で鍵が少し音を立てた。廊下を歩いた。粗大ゴミが並んだ廊下を、2人は前を向いて歩いた。エレベーターに乗り、1階に降り、エントランスを出た。引っ越しのトラックが道の端で待っていた。国道沿いの新しいアパートまで、トラックに先導されながら、タクシーで向かった。タクシーの車内は暖かかった。千鶴は窓の外を流れる景色を見ていた。住み慣れた横須賀の街並みが、少しずつ後ろへ流れていった。商店街の入り口、バスを待つ人の列、ロータリー。どれも見慣れた景色だったが、今日は少し遠くのものを見ているような気がした。電車の路線から離れるにつれ、町の密度が下がっていった。畑、小さなスーパーが1つ。ガソリンスタンド、国道沿いのファミリーレストラン。信は窓の外を見ていなかった。膝の上で手を組み、正面を向いていた。千鶴はそれを横目で確認してから、また窓の外に目を戻した。
30分ほどで、新しいアパートに着いた。国道の音は、想像していたよりも大きかった。トラックが着いて荷物を運び入れる間も、国道を走る大型トラックの音が途切れなかった。窓を閉めていても、低い振動が床から伝わってくる感じがした。6畳の部屋に、ダンボール箱が次々と運び込まれた。箱が積み重なると、部屋の半分近くが埋まった。作業員たちは整理箪笥と布団を置き、折りたたみテーブルを隅に立てかけ、それで作業を終えた。代表の若者がチェックリストを差し出した。信が確認して、サインを押した。「お世話になりました」と信は言った。若者は軽く頭を下げ、「ありがとうございました」と言って出ていった。ドアが閉まると、部屋の中に2人きりになった。
千鶴はまず、ダンボール箱の1つを開けた。台所用品が入っている箱だった。鍋とフライパンと箸と包丁を取り出して、小さなキッチンに並べた。キッチンは古かった。ガスコンロは2口で、縁が黒ずんでいた。換気扇は動いたが、低い音でガタガタと鳴った。シンクの排水溝の周りに、前の住人の使った跡が残っていた。千鶴はシンクを洗い始めた。信はダンボール箱を動かし、布団を敷く場所を確保しようとしていた。6畳の和室の畳は、端の方が擦り切れていた。押し入れは1つあって、奥行きは十分だった。千鶴はシンクを拭きながら、台所の壁を見た。クロスが少し浮いている部分があった。湿気のせいだろうと思った。窓の外では雨が少し強くなっていた。国道のトラックの音が続いていた。シンクを拭き終わり、鍋を棚に置き、千鶴は一度だけ大きく息をついた。
夜になってから、千鶴は近くのコンビニに行った。国道沿いに大手のコンビニが一軒あった。千鶴は店内を一通り見てから、冷蔵ケースの前で立ち止まった。賞味期限が翌日のうどんのパックが、半額のシールを貼られていた。2つ残っていた。千鶴はそれを両方取った。レジで134円を払った。外に出ると、雨は小雪に変わっていた。傘を持っていたが、雪は傘に当たってすぐに溶けた。千鶴はコンビニの袋を胸に抱えるようにして、アパートまで歩いた。国道を渡る時、大型トラックが1台通り過ぎた。ヘッドライトが千鶴の体を一瞬照らし、強音と共に遠ざかっていった。
部屋に戻ると、信は畳の上に座って、ダンボール箱の中から書類の入ったファイルを取り出していた。千鶴はコートを脱ぎ、台所でうどんを温めた。鍋に水を入れ、コンロに火をつけた。うどんのパックをそのまま鍋に入れ、付属の出汁を加えた。蓋をして待った。国道の音が続いていた。雪混じりの雨が窓を叩いていた。うどんが温まると、千鶴は2つの椀によそった。折りたたみテーブルを広げ、椀を2つ並べた。「信さん、ご飯ですよ」と千鶴は言った。信はファイルをダンボール箱の横に置き、テーブルに向かった。正座して、椀の前に座った。「いただきます」と2人は言った。信は箸を取り、うどんを一口食べた。千鶴も食べた。しばらく、箸の音だけがした。部屋は慣れない匂いがした。前の住人の生活の臭いと、古い畳の匂いが混じったような、落ち着かない臭いだった。窓の外からは、国道の音が休まず流れてきた。
信がうどんを半分ほど食べたところで、箸を止めた。千鶴は信を見た。信は椀を見たまま言った。声は低く、静かだった。「ここから、どのくらい歩けば海が見えるか、調べてみようと思う。」千鶴は少しの間、言葉を待っていた。この場所から海が見えるかどうか、千鶴には分からなかった。地図で確認したわけでもなかった。ただ、信がそれを調べてみようと言ったということの意味は、千鶴には分かった。千鶴は椀を両手で持ち直し、静かに言った。「そうしましょう。天気のいい日に、2人で歩いてみましょう。」信はまた箸を取り、うどんを食べ続けた。千鶴も食べた。折りたたみテーブルの上に、2つの椀が並んでいた。湯気が細く立ち上り、やがて天井に消えた。窓の外では、雪がまだ降り続けていた。国道を走るトラックの音が、1台、また1台と、部屋の前を通り過ぎていった。



