たった今、社長から電話が来て「お前一体何をしたんだ」と慌てふためく声が聞こえた。「指示通りやりましたよ。これでよろしかったですね」と答えた瞬間、電話の向こうで絶望の悲鳴が上がった。俺は大山達也、中古車会社で十年働く店長だ。あの日、社長は朝礼で突然「ノルマ未達成なら休日なし、給料から引く」と宣言し、翌日から全員一時間早出を命じた。それだけじゃない。社員の人格を否定するメッセージを全社員に送りつ…

たった今、社長から電話が来て「お前一体何をしたんだ」と慌てふためく声が聞こえた。「指示通りやりましたよ。これでよろしかったですね」と答えた瞬間、電話の向こうで絶望の悲鳴が上がった。俺は大山達也、中古車会社で十年働く店長だ。あの日、社長は朝礼で突然「ノルマ未達成なら休日なし、給料から引く」と宣言し、翌日から全員一時間早出を命じた。それだけじゃない。社員の人格を否定するメッセージを全社員に送りつ...

修理箇所を増やせ。客が買うと決めるまで返すな。中古車販売会社のワンマン社長が、そんなとんでもない命令を大声でどやしつけた。ノルマを達成するまで休日はなし。ダメなら給料から引く。そう宣言して、できるはずもないノルマを突然言い渡し、達成できなければ罰則までつけてきた。

ノルマ、ノルマって社長はどうかしている。達成できないと、人格を否定するようなメッセージを一日に何度も送りつけてくる。夜は眠れず、仕事に身が入らない。俺は精神的に追い詰められていった。

俺の指示を他の店舗にも拡散しておけ。お前は命令通りにやれ。社長はいつものようにめちゃくちゃな指示を出し、俺を怒鳴りつけた。わかりました。俺もいつものように指示通りにした。ところがその翌日、お前一体何をしたんだ、と社長が慌てふためいた様子で電話をかけてきた。だがもう取り返しはつかない。俺たち社員を見下すから、こんなことになったのだ。

指示通りやりましたよ。これでよろしかったですね。俺の言葉に、社長が絶望の悲鳴をあげた。

俺の名前は大山達也。中古車会社で働いて十年になる。会社は北関東を中心にチェーン展開していて、俺は最近店長に抜擢された。うちの会社は中古車の販売だけでなく、修理なども行っている。今の増田社長が一台で築き上げ、ここまで大きくしたものだ。東京時代は社長が一人で小さな店舗を借りて始めた会社だと聞いたことがある。そんな小さな会社が売上を急速に伸ばしたのは、増田社長の決断で次々と新店舗をオープンさせ、チェーン展開するようになったからだ。

思えば俺が入社した頃、会社全体がやる気に満ちて活気にあふれていたのは、会社が急成長していた時期だったからだと思う。だが会社の規模が大きくなるにつれて、社内の雰囲気は変わっていった。

ある日のことだ。今月のノルマを達成できていない社員は、達成できるまで休日なし。なら、給料から引くことにする。増田社長は俺の店舗にやってくると、朝礼で突然宣言した。

え、でも、あと明日から全員、今より一時間早く出社して仕事をするように。

そんな、どういうことですか。

文句を言うな。お前たちは俺の言う通りにしていればいいんだ。

増田社長はだんだんと営業成績に厳しくなり、ノルマを達成しない社員には罰則をつけるようになった。会社の空気が張り詰めたものになっていったのは、そんな社長のワンマンぶりに拍車がかかっていったからだと思う。

店長、俺、今月ノルマにはほど遠くて、どうしたらいいですか。大体ノルマが多すぎですよ。

ああ、悪いな。この頃、増田社長はノルマ、ノルマってうるさいんだ。

本当ですよ。増田社長には誰も逆らえないって感じですかね。

愚痴を言う社員に、俺はどうすることもできない。社員たちは増田社長の横暴とも言える言動に苦しめられていた。増田社長には、自分だけで何でも決断して小さな会社をここまで大きくしたという自信がきっとあるのだろう。しかし、ここまで大きくなってしまった会社は、社長が何でも決めるという昔と同じやり方では限界があるはずだ。だが、そんなことを助言できる人はいない。増田社長がそれを許さないだろう。

日ごとに社長のワンマンぶりはひどくなっていったが、社員にできるのは耐えることだけだった。俺も店舗のノルマが達成できず、タイムカードを押さずに休日扱いで働くことも度々で、心身ともに疲れる毎日を送っていた。一体こんなことをいつまで続けるのだろう。そんなことを考えながら毎日会社に行っていた。

最近は携帯の通知音が鳴ると、体が反射的にビクッとする。あの車は売れましたか。売れるまで何度でも電話してください。さっき携帯に入った増田社長からのメッセージだ。このところ、勤務時間以外にも週や休日を問わず、社長から一日に何度も電話やSNSで仕事のメッセージが入る。

店長、これ、もう見ましたか。ある朝、一人の社員が青ざめた顔で俺に携帯の画面を見せた。それはその社員宛ての社長からのメッセージだったが、ノルマを達成しろという内容だけではなく、人格を否定するような言葉に耐えない罵詈雑言も並べられていた。

これを全社員に送っているんですよ。嫌がらせにも程がありますよ。俺、他の奴に合わせる顔がないです。

社員は困惑した表情で訴えた。これはひどいな。俺はそのメッセージを見て、あ然とするしかなかった。個人の悪口を全社員に送りつけて、どうしようというのだろう。見せしめなのだろうが、あまりにもひどい。この社員の言う通り、社長の最近の言動は嫌がらせの範囲を超えていて、何やら上気を帯びていた。このメッセージを見て、誰もが背筋が寒くなったに違いない。携帯が鳴ってビクビクしているのは俺だけでなく、今やこの会社の社員全員だと思う。

ある日のこと、また増田社長が俺の店舗にやってきた。

おい、お前、店の周りが汚れているぞ。ちゃんと掃除しているのか。

店に入ってくるなり、増田社長は入り口の近くにいた社員を怒鳴りつけた。

はい。すみません。すぐにやります。

全く、だらだらしてないで、きっちり働けよ。役立たずめ。

社長はそう言って社員をどやしつけると、店内は一気に静まり返り、みんな黙り込んだ。その後は耳を塞ぎたくなるような暴言を浴びせ、社員は掃除用具を手にしてとぼとぼとドアの外に出ていった。社長はこうやって売上以外のことにも細かく指示を出していた。

おい、大山。社長は今度は振り返り、俺に矛先を向けてきた。よく聞け。お前の店は今月、売上ワースト3だぞ。店先は汚れているし、売上は上がらない。今月は先月の半分しか売上がないじゃないか。しっかりしろ。

他の社員たちも下を向いてはいるが、じっと聞き耳を立てて様子を伺っているようだった。最近はノルマを達成しても、また次にはノルマを増やされるということが続いていたので、ノルマ達成はほぼ不可能になっていた。毎月ノルマを大幅に増やしていっても、達成不可能なことくらいわかりそうなものだったが、この狂気じみた社長にはもうそんなことも理解できないのだろう。

申し訳ありません。なんとかやってはいるんですが。

大声で叱責する社長に、俺は頭を下げる。

お前の頭は下げるためについているようなものだよな。もっと下げてみろ。

そう言って社長は俺の頭をグイグイと手のひらで押してきた。ああ、その時、俺は思わず膝をつき、座り込んでしまった。他の社員たちも、それを黙って見ているしかなかった。

はあ。ここの店長は本当に使えないな。

何とも言えない時間が過ぎ、社長はそんな捨てゼリフのような言葉を吐いて帰って行った。

店長、大丈夫ですか。社長が帰った後、座り込んでいる俺に社員が話しかけてきた。

ああ、大丈夫だ。ありがとう。

社長はこうやって気まぐれに度々抜き打ちでやってきては難癖をつけ、俺や社員たちを叱責して帰るのだが、やはり見せしめとして店長の俺を標的にしているところがあった。最近それは日常のこととなっていて驚くこともなかったが、俺や社員たちにとってかなりのストレスであったことは間違いない。みんな俺を心配してくれたが、いつ同じことが自分の身に振りかかるかわからないのだ。会社の空気は悪くなり、張り詰めたものがあった。

どれだけノルマを出せば社長は気が済むんだ。俺たちを苦しめるのが目的なのか。いくら考えても分からないくらい、俺たちは追い詰められていたと思う。どうにかしなくては。俺はもう長い間考えてはいたが、なかなか答えが見つからずにいた。

そして俺の携帯に、今日何回目かわからない社長からのメッセージが入ったのは、その日の夜遅くだった。見ると、携帯の画面には、さっき俺が店で社長に頭を押さえつけられ座り込んでいる画像があった。この画像は全社員に送信されている。あの時、社長は画像を撮っていたのだ。

これは、俺は思わずつぶやく。そして携帯を持つ手が震え、体が熱くなったような気がした。これを社員全員に送ったというのか。これじゃさらし物もいいところだ。どうしてここまでやるのか。俺は呆然として、目の前が一瞬真っ暗になったような気がした。その日の夜は、全く眠れなかった。

翌日、なんとか仕事に行くが、体が重く力が入らない。

店長、大丈夫ですか。気がつくと、社員が耳元でそう言って、俺の肩を揺すっている。俺はぼーっとしていたようだ。その後も社長は店舗に来ては俺を叱責する様子を全社員に送り付ける。そんなことを繰り返していた。

一体何の目的だったのだろう。ノルマを達成させるための見せしめなのか。俺はもがき苦しむような思いだったが、だんだんと辛いとか苦しいといった感覚さえなくなっていった。疲れているはずだったが、夜は眠れず、会社では仕事に身が入らない。ただ毎日が過ぎていくだけだった。

そんな日が続き、俺は精神的に参っていたと思う。そんな中、また社長から電話が入った。

おい、大山、お前の店は最悪だな。今月こそノルマを達成しろ。

社長は相変わらず電話の向こうで怒鳴っている。俺がぼんやりしているうちに、店舗の売上は徐々に落ち、ノルマとはほど遠い数字になっていた。

いいか、修理の客には修理箇所を増やせ。修理が増えれば儲かる。購入の客は買うと決めるまで返しちゃだめだ。なんとしても引き止めろ。わかったか。

え、そんなことは。

あまりにもむちゃくちゃな指示に、俺は驚きを隠せなかった。今までも怒鳴りつけられたり見せしめのようなひどい言動があったが、そんなことより、これでは客との信頼関係がなくなってしまう。これはひどすぎる。まさか、社長は気でも狂ったのだろうか。

このままでは俺も気が狂ってしまう。俺は毎日眠れなかったことを思い出した。

いいから、この指示を他の店舗にも拡散して徹底しておけ。お前は命令通りにやればいいんだよ。

きっと電話の向こうで社長は額に青筋を立てているに違いない。

わかりました。

社長の怒号が一通り収まったので、俺はそれだけ言って電話を切った。

翌日のことだ。俺の携帯に社長から着信が入る。

おい、一体どうなってるんだ。

電話に出てみると、いつもの怒鳴りつけるような声と違い、社長のか細い声が聞こえた。

昨日お前に言ったことで、大炎上しているぞ。どういうことだ。

社長は俺に訴えるようにそう言い、ひどく慌てている様子だ。

どういうことだと言われましても、昨日言われた通りに、社長の指示を拡散しておきました。これでよろしかったですよね。

俺は淡々と答える。俺は昨日の社長とのやり取りを録音していた。これは昨日今日始めたことではなく、いつの日か何かの役に立つのではないかと、少し前からやっていたことだ。録音したデータをどうすればいいのか考えがあったわけではなく、ささやかな抵抗のようなつもりでやっていたのだが、それが昨日の社長の言葉で活用方法を思いついた。音声と俺を叱責する社長の画像を、あらゆるSNSに投稿して拡散させたのだ。

お前、何てことをしてくれたんだ。電話の向こうから慌てた様子の社長の声がするが、これは自業自得というものだ。

とにかく、指示通りにやりましたよ。では、これで。

おい、待て。

社長のすがるような声が聞こえたが、俺はこれ以上やり取りをするつもりもなかったので、電話を切る。テレビをつけると、俺の会社が大きく取り上げられているニュースばかりが流れてくる。そして来る日も来る日も、俺の録音した社長の音声が何度も流れ、修理箇所を増やせ、客を返すな、などと言っている。今朝のニュースでは、ノルマを達成しないと社長に怒鳴られた。毎日嫌がらせのメッセージを送り付けられた、などと取材に答える社員が取り上げられていた。俺の座り込んでいる画像も度々出てくるが、顔がよく見えないようにはなっているものの、知っている人が見れば俺だということは一目瞭然だ。この調子で連日、会社の不祥事はテレビのトップニュースで、店舗にもメディアの取材陣が連日押し寄せてきて、営業どころではない。

店長、テレビやマスコミが大騒ぎして、すごいことになってますね。

ああ、こんなに反響が大きいとは思わなかったよ。迷惑をかけるな。

心配そうな様子の社員に、俺は謝罪するしかなかった。俺が始めたこととはいえ、反響が大きすぎて自分では収集できないものになり、なんだか恐ろしくなっていたのだ。

そんな中、社長は社員たちを集めて集会を開くことになった。

社長が集会を開くそうだ。みんなも出席してほしい。詳しい内容は分からないが、おそらく社長もここまで来たらきっと謝罪するだろう。

まあ、いくらあの傲慢な社長でも、それしかないですよね。

そんな話を部下としながら、集会が行われる本社へと向かった。

社員の皆さん、この度はお騒がせして申し訳ありません。

会が始まり、社長は気落ちした様子で話し始めた。

大山君、ちょっと来てくれるか。

社長は手招きをして俺を呼び出す。少し驚いたが、俺は言われるまま前に出る。俺がステージに上がったところで、それまで沈んでいた社長の表情が般若のごとく歪んだ。

こいつが原因だ。こいつのせいで、諸君らは大変な迷惑を被っている。

俺を指差し、社長は集まった社員たちを見渡して怒鳴った。

いいか、お前のせいで大変なことになっている。画像や音声を偽造して拡散した。おかげで我が社は騒ぎに巻き込まれ、倒産寸前だ。

そして今度は俺を睨みつけながら、わけのわからないことを言い出す。また俺を落とし入れようという魂胆なのか。あまりにも馬鹿らしいので、俺は反論する気もなくなり黙っていた。

お前のせいで、社員たちは路頭に迷うことにもなりかねない。どう責任を取るつもりだ。

社長はあくまで謝罪するつもりもなく、俺を悪者に仕立て上げ、罪を着せようとしている。俺は社長がここまでどうかしているとは思わなかった。メディアのニュースであれだけ社長の音声や画像が流れた以上、社員たちに謝罪してやり直すしか手段はなかったはずだ。それなのに、ここまで来てこの態度には呆れ果ててしまう。どこまでこいつは腐っているんだ。

だが、そっちがそう出るなら、俺にも手段を用意してある。俺は入り口近くの社員に合図を送った。するとその社員がドアを開ける。

なんだ。

次の瞬間、開けられたドアからメディアの取材陣が一斉になだれ込んできた。実は俺は社員たちと示し合わせて、メディアを呼んでいたのだ。

皆さん、社長の言っていることが間違いだということはお分かりだと思います。今までのやり取りを全て、メディアの皆さんにも聞いていただいています。

俺は通話状態のスマホを取り出し、何も知らない社員たちにも説明する。俺に責任を被せて落とし入れようとした醜いったらみは、全てメディアの取材陣にも流れてしまっていた。メディアの取材陣も、思わぬ情報を掴んで喜んでいることだろう。

増田社長、まだ社員たちを騙すつもりですか。会社を倒産に追い込み、責任を取るのはあなたですよね。

請求は本当なのですか。

ああ、待ってください。これは。

社長は一斉にメディアの取材陣に詰め寄られ、青ざめている。いい気味だ。これで少しは懲りるだろう。俺は取材陣と社長を残して、会場を後にした。

その後、社長が記者会見を開くことになったのは、マスコミに追われ、逃げも隠れもできなくなり、どうしようもなかったからだと思う。記者会見はテレビのニュースで生放送され、多くの人の関心を集めていた。

顧客や世間の皆さんにご迷惑をおかけした責任を取って、私は社長を辞任し、経営から退くことにします。

そう言って涙ながらに頭を下げる社長は、以前の傲慢さを伺い知ることもできない表情だった。

社長、とうとうやめるのか。

ああ、随分痩せたみたいで、別人だな。

まあ、これでノルマのことで怒鳴られなくても済むな。

もう、ゴリゴリだよ。

俺たちは社長の会見を見て、ほっとしていた。もうノルマに追われ、眠れない毎日を過ごすこともなくなるのだろう。この数ヶ月、メディアの対応にも追われ、店の営業どころではなかった。社長にひどい扱いを受けた社員たちには世間から同情も集まったが、後ろ指を刺されることも少なくない。会社としても、この一件で世間にマイナスなイメージを与えてしまい、立て直していく必要がある。問題は山積みだが、本当の原因は俺たち社員が一番よく知っていることだし、その社長はもういないのだ。

社長は小さな中古車の会社を一人でここまで大きくした素晴らしい力を持っているが、きっとどこかで間違ってしまったのだと思う。今、俺たちは解放されてやる気に満ちている。過ちを繰り返さずに、信頼がおける仕事をしていきたい。俺は強くそう思った。

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