夜勤明けの朝、自転車で帰る途中の公園で、七十を過ぎた男が犬と走っているのを見た。軽やかで、笑っていて、息も乱れていなかった。同じ年代の人間があんなふうに生きている。その瞬間、自分の中の何かが軋む音がした。部屋に戻れば、残高十八万円の通帳と、妻の入院費で食い潰した貯金の記憶だけが待っている。そこへ息子が酒の匂いを撒き散らして玄関を叩き、孫娘は静かに茶を淹れながら「おじいちゃん、笑ってるとこ見た…

夜勤明けの朝、自転車で帰る途中の公園で、七十を過ぎた男が犬と走っているのを見た。軽やかで、笑っていて、息も乱れていなかった。同じ年代の人間があんなふうに生きている。その瞬間、自分の中の何かが軋む音がした。部屋に戻れば、残高十八万円の通帳と、妻の入院費で食い潰した貯金の記憶だけが待っている。そこへ息子が酒の匂いを撒き散らして玄関を叩き、孫娘は静かに茶を淹れながら「おじいちゃん、笑ってるとこ見た...

埼玉県の郊外、築三十年を超える木造アパートの一室に、黒須次郎は住んでいた。七十一歳。細身だが骨格は頑丈で、肩幅は若い頃のまま、腕には年齢を感じさせない筋肉の筋が浮いている。かつて物流会社で輸送ラインの監督員を務めた体は、今も現役の頃の名残りをとどめていた。今の仕事は古い商業ビルの夜間警備員。週に五日、夕方五時から翌朝六時まで建物の中を巡回する。疲れるのは体ではなく、目だった。目の奥に溜まる重い疲労感は、財布から来るものだった。

妻の幸江が入院したのは三年前の春だった。入院が長引き、退院後の在宅ケアの費用は、次郎が長年かけて貯めた貯金をほとんど食い尽くした。幸江は「ごめんね」と繰り返したが、次郎はその度に首を横に振った。謝るべきはこっちだと心の中で思っていた。しかし今になって、残された借金の明細を眺めるたびに、次郎は言葉にできないまま目を細めるだけだった。

ある五月の明け方、夜勤を終えた次郎は自転車で帰宅していた。住宅街の路地を抜けると、小さな公園の前に差しかかった。そこに一人の男がいた。塩谷之助。七十三歳という。名前も素性も知らなかったが、その存在感は不思議なほど目に焼きついた。白髪交じりの頭に薄手のウィンドブレーカーを着こなし、小型の柴犬を連れて公園の外周を軽やかに走っていた。走り方に無理がなく、息も乱れていない。顔には笑顔があった。

次郎は自転車を止めた。止める理由はなかったが、体が勝手にそうした。あの男は自分より年上だ。体格なら自分の方が上だろう。しかしあの男がまとっている空気は何かが根本的に違う。同じ年代の人間があのように生きている。次郎の胸の中に、言葉にできない引っかかりが生まれるのを感じた。羨ましいとも違う。悔しいとも違う。もっとぼんやりした、しかし確かに痛みを伴う感覚だった。

アパートに戻ると、外の空気とは別の冷たさが部屋の中にあった。六畳一間に台所がついただけの間取り。窓際に折りたたみ式のテーブルと座布団、壁際に古びた整理棚がある。生活感はあるが、温かみはない。次郎は警備服のままベッドに腰を下ろし、財布から銀行のメモを取り出した。残高は十八万円を少し超えたところ。そこから医療費の分割払いが引き落とされる。家賃も落ちる。食費と光熱費を差し引けば、手元に残るのは極わずかだった。

その時、玄関ドアが激しく叩かれた。一回だけではない。続けて、また続けて。次郎がドアを開けると、息子の黒須太地が立っていた。四十五歳。かつてフランチャイズの飲食チェーンに出資して独立しようとしたが、コロナ後の不景気と経営の見通しの甘さが重なり、三年足らずで店を畳んだ。それ以来、定職にはついていない。Tシャツの裾が出たまま、ジャケットの袖口がほつれている。その目は充血しており、体全体から酒の匂いが漂っていた。

「おい、財布どこだ」

太地は肩でドアを押し広げるようにして中に入ってきた。部屋の中を見回し、棚の上を探している。次郎は一歩前に出て言った。

「何しに来た」

太地は答えずに引き出しのそばへ近づこうとした。次郎がその腕を掴むと、太地は振り払おうとしたが、次郎の握力はそう簡単に解けなかった。七十一歳の腕でも、長年の肉体労働で鍛えた筋肉は、四十代の無気力な男には敵わなかった。太地の体勢が崩れ、そのまま床に膝をついた。次郎は手を離した。しばらく間があった。

やがて太地がゆっくりと立ち上がった。表情が変わっていた。腹を立てた顔ではなく、何か別のものに変わっていた。唇が歪み、目が赤くなった。

「親父のせいだ。俺が店を出した時、親父が金を出してくれてたら違ってた。仕事仕事で家のことは全部ほったらかして、金も出さなかった。だから俺はこうなったんだ。それがわかんないのか」

声が次第に大きくなった。太地の言葉は整理されていなかった。しかし次郎の胸には、その言葉の断片が一つ一つ刺さった。次郎は物流の仕事を続けながら妻の世話をしながら子供を育てた。金を出さなかったわけではない。限度というものがあった。しかし太地がそう感じているという事実は消えない。

その時、玄関の外から声がした。

「お父さん、いますか」

開いたままのドアの隙間から、若い女性が顔を覗かせていた。黒須穂音。二十歳。太地の娘であり、次郎の孫娘だ。都内の大学に通っている。白いブラウスに薄い色のカーディガン。長い髪を後ろでひとつにまとめている。

「お父さん、外で待ってて」

穂音の静かな声に、太地は何かを飲み込むように黙り、肩を落としたまま玄関へ歩き、ドアの外に出た。ドアが閉まると、穂音は静かに振り向いた。

「ごめんなさい。お父さんがご迷惑をかけて」

声に感情的な色はなく、ただ穏やかで落ち着いていた。

「気にするな」

穂音は部屋をゆっくりと見回し、台所に移動して茶を入れ始めた。次郎はベッドの端に腰かけて、孫娘の後ろ姿を眺めた。妻が生きていた頃は、たまにこの部屋に来て夕飯を食べていったこともある。しかし妻が亡くなってから、家族が集まることはほとんどなくなっていた。

お茶を入れると、穂音はテーブルに座り、横座りで次郎の向かいに座った。

「おじいちゃん、最近どう?」

「まあ、いつも通りだ」

「ちゃんと食べてる?」

「食べてる」

穂音は小さく頷いた。しばらく間があった。

「ねえ、おじいちゃん。最近ね、ボランティアで老人福祉の活動に参加してるんだけど、そこで色々調べて分かったことがあるんだ。長生きして、しかも毎日が苦しくない人って、共通してることがあるんだって。一つ目は毎朝少しでも日光を浴びること。二つ目は誰かと話す機会を持つこと。三つ目は手を動かす何かを持つこと。四つ目は肉をちゃんと食べること。五つ目は無理に運動しないこと。六つ目は一人でいる時間を怖がらないこと」

次郎は聞きながら視線を湯飲みに落としていた。どこかで聞いたような話だと思った。すると穂音は続けた。

「おじいちゃんさ、今の生活で、そのどれかできてると思う?」

攻めるような口調ではなかった。ただ問いかけるように、静かに言った。次郎は少し考えた。夜勤が終わって帰ってくるのは朝の六時過ぎ。日光を浴びる気にはなれない。誰かと話す機会も、警備の仕事中は一人だ。手を動かすことも、特にやっていない。肉を食べることも、値段が気になって控えている。黙って数えると、一つも当てはまっていなかった。

穂音はそれを見かねたように、ゆっくりと言った。

「おじいちゃん、笑ってるとこ見たことないよ。ねえ、おじいちゃんに笑って欲しいんだ。お父さんみたいにはなって欲しくなくて。おじいちゃんはお父さんとは違うから。ちゃんとした人だから、ちゃんと生きてきた人だから」

声に力があった。感情の入った声だった。

「おじいちゃんのこと心配してるんだよ。会いに来たくて今日来たんだよ」

次郎の胸の中で、何かが静かに解けた。妻が亡くなってから、誰かに心配されたことは一度もなかった。太地からは金のことしか言われない。職場の同僚は挨拶以上の言葉を交わすことがない。孫娘が自分を心配して会いに来た。それだけのことが、七十一年間で積み重ねた次郎の防御をこじ開けた。

「やってみる」

次郎は言った。言ってから少し恥ずかしいような気がしたが、言葉を取り消すより続けた方がいいと思った。

「日光を浴びるくらいなら、できる」

穂音は顔をほころばせた。

「本当?」

次郎が小さく頷くと、穂音が嬉しそうにしているのが見えた。次郎は自分でも気づかないうちに、口の端がわずかに上がっていた。

「おじいちゃんが笑うと、やっぱり違う顔になるね」

次郎は照れ臭くて湯飲みに口をつけた。しばらくして穂音は立ち上がり、帰り支度を始めた。

「また来るね」

ドアを閉める前に、穂音は振り返った。

「おじいちゃん、本当に心配してるからね」

ドアが閉まった。部屋に一人残った次郎は、しばらくその場に立っていた。それから整理棚の前に行き、小さな鏡を覗いた。白くなった髪、刻まれた皺、日焼けした頬。その顔に向かって、穂音に見せたのと同じ表情をもう一度作ろうとした。うまくいかなかった。唇の端を上げようとすると、どうしても力んでしまう。鏡の中の男は、笑っているというより、何かに耐えているように見えた。

その夜、次郎は布団に横になったまま窓の外のわずかな明かりを眺めていた。穂音の声が耳の奥に残っていた。

翌朝、次郎は窓のそばに立った。穂音が言っていたことを思い出した。毎朝少しでも日光を浴びること。空はまだ暗い。しかし次郎はその場所で夜明けを待つことにした。椅子を窓際に移動させ、腰を下ろした。空が少しずつ変わっていく。紺から濃い灰色へ。灰色から薄い青へ。そのうちに東の端が橙色を帯び始めた。日が出た。次郎は窓を細く開けた。朝の空気が冷たく流れ込んできた。光が部屋の床に斜めに差し込み、小さな長方形の明るい場所を作った。次郎はその四角に足を乗せた。靴下越しでもわずかに温もりがあった。馬鹿らしいと思った。しかし同時に、何もしないよりはましだとも思った。

昼過ぎに起きて、次郎はスーパーへ向かった。肉を買うためだ。肉売り場の棚を眺めると、割引シールの貼られた牛肉の薄切りがあった。二百グラムほどで、値引き後でも四百円を超える。次郎はそれを持ったまま、しばらく棚の前に立っていた。洗剤もトイレットペーパーも切れかけている。合わせて買えば千円を超える。まあいいか。今月は少し苦しくなっても、肉を食べることにはそれなりの意味があると自分に言い聞かせた。

レジに並び、自分の番が来た。財布を取り出した時、ポケットのスマートフォンが振動した。銀行からの通知だった。自動引き落としの通知。次郎は数字を確認した。引き落とし金額と、引き落とし後の残高。その残高を見た瞬間、次郎の手が止まった。口座残高が足りていなかった。先月の医療費の分割払いが今日の引き落とし日だった。てっきり来週だと思っていたが、今月は一日早い設定になっていたのを失念していた。

「千二百四十円でございます」

レジの女性の声がした。次郎は財布を開け、小銭入れの中身を確認した。硬貨と千円札が数枚。引き落とし後の残高と手元の現金。頭の中で素早く足してみた。肉を買えば、今週の残りが心もとない数字になる。次郎は一瞬、黙って立っていた。

「すみません。これは返します」

次郎は牛肉のパックをレジの台に置いた。レジの女性は一瞬表情を変えたが、すぐに「承知しました」と答えて脇に寄せた。洗剤と食パンだけの会計になった。七百二十円。次郎は千円札を渡し、釣りを受け取った。出口に向かいながら、肉売り場の方を見ることはなかった。振り返ったところで何も変わらないと分かっていたからだ。

アパートに戻ると、穂音が言っていた三つ目のこと、手を動かす何かを持つという話が頭に浮かんだ。次郎は押し入れの奥から工具箱を取り出した。物流の仕事をしていた頃、梱包作業や簡単な修繕は自分でやる習慣があったため、のこぎりや金槌は手元にある。翌日の昼過ぎ、近くの建設現場の脇を通りかかった。住宅の改築工事をしているらしく、木材が束になって積まれている。作業員に声をかけると、「捨てる分なら持っていっていい」と言われた。次郎はお礼を言い、細めの板材を何本かと小さな角材を一つ選んで持ち帰った。

部屋に戻ると、新聞紙を床に広げて作業場を作った。本が置けるような小さな棚を作ろうと思った。のこぎりを引く音が部屋に響き、木の香りがした。切り口が出るたびに手で触って確かめた。金槌で釘を打つ時、力の入れ方を調整した。薄い板材に太い釘を使えば割れる。細い釘を正確な角度で打ち込む必要がある。曲がった釘は引き抜いて打ち直した。二時間ほどかけて、三段の棚の形が出来上がった。完全ではなかったが、使えるものになっていた。久しぶりに手を動かして何かを作ったという感覚があった。これを穂音に持っていこう。大した贈り物ではないが、自分で作ったものを渡したかった。

その翌日の昼近く、玄関のドアが叩かれた。今度は先週のような激しい叩き方ではなかった。それでも次郎は音のリズムを聞いただけで分かった。ドアを開けると、太地が立っていた。今日の太地は一人ではなかった。後ろに男が二人いた。どちらも三十代から四十代。スーツを着ているが安物で、袖口がすり切れている。一人は首の後ろに入れ墨が見えていた。もう一人は目が細く、薄く笑っているような表情を崩さなかった。

「親父、話があるんだよ」

太地の声が上ずっていた。次郎は一歩引いてドアを閉めようとしたが、太地が手を出してドアを抑えた。

「親父、ちょっとだけでいい。聞いてくれ。今度ばかりは本当にやばいんだ」

後ろの二人が壁にもたれるようにして立っている。ここで追い返せば廊下での揉め事になると判断し、次郎は三人を部屋に入れた。六畳の部屋が一気に狭くなった。太地は借金の話を始めた。消費者金融ではなく別のルートで借りた金が返せなくなっているという話だった。目の細い男が口を開いた。

「お父さん、息子さんがご迷惑をおかけしております。息子さんが保証人を一人建てれば、今すぐ話がつきます。書類もここにあります」

敬語を使っているが、丁寧とは別の何かが言葉の中にあった。太地が口を挟んだ。

「ちょっと名前を書くだけだ。実際に払うことにはならない。俺がちゃんと返すから」

次郎は太地を見た。太地の目には何かが混ざっていた。必死さと開き直りに近いものと、後ろめたさが薄く混ざっていた。しかしどれも本物ではなく、状況に合わせて即席で作られたような顔だった。

「断る」

次郎は言った。太地の顔が歪んだ。

「なんでだよ」

その時、入れ墨のある男がゆっくりと動いた。テーブルの脇に回り込み、そこに置いてあった棚に手を触れた。次郎が一歩前に出ると、男が次郎を見た。どちらも何も言わなかった。目の細い男が別の方向へ動いた。整理棚の方だった。引き出しに手をかけた。次郎は素早く振り返り、男の腕を掴んだ。老人の腕とは思えない握力に、男が一瞬体を固くした。

「失礼」

次郎は声を荒げなかったが、言葉に力があった。男たちが太地の脇を通り、テーブルに手をついた。その拍子に、テーブルの上にあった棚が床に落ちた。乾いた音がして、一段目の板が折れた。次郎が視線を棚に向けた、その一瞬だった。太地がテーブルの端に置かれていた封筒を手に取り、上着のポケットに突っ込んだ。封筒の中身は、昨日の夕方に銀行のATMで下ろしてきた現金だった。今月の手元費用として置いてあったものだ。

「太地」

次郎は言ったが、太地は振り返らなかった。目の細い男が玄関でサンダルを履きながら言った。

「またいつでも話し合いに来ます」

ドアが閉まった。次郎は部屋の中に一人残った。床に落ちた棚を見た。板が一枚割れており、もう一枚は釘が抜けて斜めに傾いていた。次郎はその場にしゃがみ込み、割れた板を手に取った。白く細かい繊維が露出していた。すぐに立ち上がることができなかった。太地がいくら情けない男であっても、自分の子供だということは頭では分かっている。しかし今感じているのは怒りではなかった。怒りよりも深く、怒りよりも始末に負えない何かだった。財布の中の小銭を数えた。封筒の中身がそっくりなくなっている以上、今月の残りは銀行に残っている分だけだ。それも引き落としが重なれば十分とは言えない金額だ。

穂音が言っていた六つ目の話を思い出した。一人でいる時間を怖がらないこと。今この部屋で一人でいることは怖くはなかった。怖いとは全く別の感情が胸の底に溜まっていた。それは孤独ではなく、一人であることがこれほど何も解決しないという、どうにもならない事実そのものだった。

翌日、次郎は夜勤の支度をしながら台所の棚を開けた。残っているのは米が茶碗に一杯分ほどと醤油の瓶、それから賞味期限を三日過ぎた納豆が一パックだった。封筒の現金を太地に持って行かれた後、次郎はコンビニで百円のおにぎりを一つだけ買って夕食にした。今朝の朝食は抜いた。腹が減っているという感覚は確かにあったが、体はそれでも動いた。

夕方の五時、商業ビルに着いた。夜の巡回は静かだった。廊下を歩き、非常口を確認し、地下の駐車場を見回る。深夜の一時を回った頃、ビルの正面玄関のガラス越しに外から声がした。太地だった。酒を飲んでいるのか、体が少し揺れており、ガラスに片手をついて立っている。

「親父」

ガラスが薄く振動するほどの音量だった。次郎はドアを開けなかった。太地はしばらくガラスを叩き続けた。その時、背後から声がした。

「黒須さん」

ビルの管理を担当している男が廊下の奥から歩いてきた。四十代後半の体格のいい男だ。

「外の人間は何ですか」

「身内のもので、酔っているようです。自分が対処します」

男は少し間を置いてから言った。

「こちらで警察を呼ぶこともできますが」

「自分でやります」

翌日、管理者との話し合いの場が設けられた。

「昨夜の件について、入居者からの一部から苦情が来ている。夜間に外部の人間が騒いでいたことで、安全の懸念が生まれている。黒須さんの仕事ぶりは問題ない。しかし、ご家族に関係した形でこういうことが起きると、ビルのイメージと警備の信頼性に関わる。これは黒須さん個人への評価ではなく、状況としての判断だ」

「今月末で契約を終了させていただきたい」

次郎は頭を下げた。

「お世話になりました」

管理者が部屋を出た後も、次郎はしばらく椅子に座っていた。今月末まであと十日ほどある。次の仕事を探す必要があるが、今月末までに仕事が決まる保証はない。ビルの外に出ると、五月の午後の日差しが強かった。どこへ行くということも決まっていなかったが、アパートへ直接帰る気にはなれなかった。あの部屋に戻っても、空腹と静寂と、封筒のなくなったテーブルが待っているだけだ。次郎は歩き始めた。当てもなく歩いた。

暗くなりかけた頃、ふとした路地の角で足を止めた。通りの向こうに、ガラス張りの小さなレストランがあった。窓際の席に老人が座っていた。塩谷之助だった。あの朝、公園の外周を柴犬と走っていた男だ。今日はスポーツウェアではなく、きちんとした格好をしている。向かいには四十代とおぼしき女性と、それより若い男が座っている。家族だろうか。テーブルには料理が並び、塩谷は時折り笑った。向かいの二人も笑った。店の中の空気が、外からでも暖かく見えた。

次郎は路地の角に立ったまま、しばらくその光景を眺めた。同じ年代の人間がああして夕食を食べている。家族と食卓を囲んでいる。何かを笑っている。次郎の腹は昼から何も入っていなかった。これ以上見ていても仕方がなかった。視線を外し、歩き出した。しかし足が重かった。体の重さではなく、もっと別のところから来る重さだった。

アパートへの帰り道の途中、次郎は公衆電話の前で立ち止まった。穂音に電話しようと思ったのは、それほど深い考えがあってのことではなかった。ただ誰かの声が聞きたかった。小銭入れを確認すると、十円玉が三枚あった。受話器を取り、番号をダイヤルした。四回呼び出し音が鳴って、繋がった。

「もしもし」

「穂音か。じいちゃんだ」

「ああ、おじいちゃん」

声の音が違った。部屋に来た時と同じ声のはずなのに、どこか薄くなっている気がした。

「ちょっと今勉強中なんだけど」

「いや、ちょっと話したくて電話した」

「うん」

次郎は棚を作ったことを話そうとした。穂音に渡そうと思っていたこと。太地が来て壊されてしまったこと。口を開きかけて止めた。話の順番が複雑で、どこから始めるべきか分からなかった。それに公衆電話の十円玉はあと二枚だ。

「仕事のこと、少し変わりそうで」

「そうなの」

「まあ大丈夫だ。体は元気だから」

「うん」

沈黙があった。電話の向こうで、キーボードを叩くような音がした。それから穂音が言った。

「そうだ。来週、学費の振り込みの締め切りがあるんだけど。前にね、おじいちゃんが出してくれるって言ってたじゃない」

次郎の記憶には、そういう約束がなかった。少なくとも具体的な金額や時期について話した覚えがない。穂音が来た日、学業についてどうにかしてやりたいという気持ちを口にしたことはあったかもしれない。しかし「出してくれる」と言ったという形で受け取られていたとすれば、次郎には確認する術がなかった。

「いくらだ」

「今月だけで三万円くらい。もし難しければ来月でもいいんだけど、でも締め切りがあるし」

声は穏やかだった。責めてはいない。しかしそれは、断ることを想定していない穏やかさだった。次郎は受話器を持ったまま、しばらく黙っていた。十円玉が一枚になった。

「わかった」

「ありがとう。じゃあまたね」

電話が切れた。次郎は受話器を戻し、ボックスの中に一人残った。先週部屋に来た穂音と、今電話越しに話した穂音は同じ人間だった。声も名前も変わっていない。しかし何かが違った。ただ胸の中に小さな引っかかりが残った。

アパートに戻ると、ポストに紙が一枚入っていた。大家からの書面だった。先月分の家賃の一部が未払いになっているという指摘と、今月分も合わせて三日以内に支払いがない場合は退去手続きに入るという内容だった。次郎は書面を折りたたんだ。先月の家賃は払ったはずだった。しかし銀行引き落としの日に、口座残高が一時的に足りなくなっていた可能性があった。太地に封筒の現金を持って行かれた後、口座の管理が疎かになっていた。

夕方、次郎は米を炊き、納豆をかけて食べた。それだけの夕食だった。食べながら、電話の穂音の声をもう一度思い返した。あの声の何が違ったのか。部屋に来た時は次郎の顔を見ながら話していた。しかし電話越しの穂音は、何かをしながら話していた。声のどこかに、別のことへ向いている注意が混ざっていた。それだけのことかもしれない。勉強中に電話がくれば、誰でもそういう声になる。しかし三万円の話は、どこから来たのか。確かめようがなかった。

翌朝、次郎は穂音に会いに行こうと思った。電話で三万円の話になった。しかし電話を切る前に、いくつか確認しておくべきことがあった。穂音が部屋に来たあの夜、自分が何を言ったか。学費を出すと約束した記憶は次郎にはないが、穂音がそう受け取っているなら何かの行き違いがあったはずだ。それを直接確かめたかった。それに仕事のことも話しておきたかった。

財布の中を確認すると、小銭と千円札を合わせて千四百円ほどある。電車賃を計算した。穂音の通う大学のある駅まで片道で五百円を少し超える。往復で千円を超える。残りが少なくなるが、行くことにした。

駅から大学まで歩き、正門の前で学生に穂音の所在を尋ね、学生食堂へ向かった。食堂の奥の方、窓際のテーブルに四人の学生が集まっていた。その中に穂音がいた。白いシャツを着て、髪を後ろで結んでいる。次郎は声をかけようとして一歩踏み出した。その時、穂音の話し方の調子が変わった。グループの中で自分が中心になって話し始めた時の、少し声が大きくなるあの変化だ。次郎はその場で足を止めた。

穂音がスマートフォンの画面を仲間に見せながら何かを言っていた。次郎には内容が聞き取れなかったが、笑い声が上がった。穂音も笑っていた。次郎はもう少し近づいた。テーブルまで十歩ほどの距離になった時、穂音の言葉が断片的に聞こえてきた。

「論文のフィールドワーク」

「おじいさん」

「老人の孤独」

「2026年の高齢貧困」

「インタビュー対象」

穂音の仲間の一人が何かを言った。穂音が答えた。その答えが次郎の耳に届いた。

「本人は気づいてないから、自然なデータが取れた」

次郎は自分が今どこに立っているかを確認した。食堂の中だった。自分の足が床についているのを感じた。穂音がまた何かを言い、仲間たちがまた笑った。次郎はその笑い声を聞きながら、自分の中で何かが音もなく崩れていくのを感じた。崩れるというより、ゆっくりと空になっていくような感覚だった。部屋に来た夜の穂音の声が頭の中に戻ってきた。

「おじいちゃんのこと心配してるんだよ。会いに来たくて今日来たんだよ」

その声の温度と、今聞いた言葉の温度が並んだ時、どちらかが嘘だということが分かった。次郎は振り返った。来た方向へ一歩、また一歩と歩いた。声をかけなかった。穂音は次郎に気づかなかった。次郎は食堂の出口まで歩き、扉を押して外に出た。五月の日差しが校内に落ちていた。次郎はしばらく建物の外壁に手をついて立っていた。背中に壁の冷たさが感じられた。太地に封筒の現金を持って行かれた時、次郎は怒りを感じた。それは分かりやすい感情だった。しかし今感じているものは怒りとは違った。怒りよりも静かで、怒りよりも深いところにあった。

穂音が部屋に来たのは研究のためだった。七つの話をしたのも、次郎の反応を観察するためだった。心配していると言ったのも、おじいちゃんに笑ってほしいと言ったのも、その言葉に対して次郎がどう変化するかを見るためだった。次郎が孫娘の言葉を信じて窓際に座って日が出るのを待ったこと。スーパーで牛肉を選んで、またレジで返したこと。木材を拾ってきて棚を作ったこと。鏡の前で笑おうとしたこと。それらが全部、誰かの論文の材料だった。次郎は空を見上げた。雲が流れていた。食堂に戻って穂音の前に立とうとは思わなかった。それをしたところで、何かが変わるとは思えなかった。

アパートに戻ると、廊下に大家の奥さんが立っていた。

「黒須さん、実は今朝、お宅の息子さんとおっしゃる方が来られて。家賃の件で話し合いたいと言われて、色々お話されたんですけど。お宅の部屋の賃貸契約書を見せて欲しいと言われて、うちの主人が応じたんですが、その後で確認したら、書類に見覚えのない印鑑が押してあって。弁護士の先生に確認したところ、どうやらその書類は本物ではないようで。向こうが何をしようとしていたのかは分かりませんが、こちらとしてもこのままお部屋を貸し続けることが難しくなってしまいまして」

「わかりました」

奥さんは一週間の猶予を与えると言った。一週間以内に荷物を出してほしい。敷金は返す。声に同情の色があったが、決定は変わらなかった。

奥さんが階段を降りて行った後、次郎は自分の部屋のドアの前に立った。仕事は月末で終わる。部屋は一週間以内に出なければならない。手元の現金はほとんどない。次郎はゆっくりと部屋の中を歩き、窓際に立った。外の景色を見た。どこにでもある景色だった。一週間後には、この景色も見られなくなる。次郎は押し入れを開けた。ダンボール箱が一つと布団、それから衣類をまとめた袋がある。荷物はそれほど多くない。問題は行き先だった。行けるところが思い当たらなかった。友人と呼べる相手は、物流の仕事をしていた頃の同僚がいたが、定年退職してから疎遠になった。幸江の親族とも、幸江が亡くなってから付き合いが薄れている。太地や穂音以外の家族はいない。次郎はその事実を一つ一つ確認した。感情を交えずに、ただ事実として並べた。行き先がない。

夕方、腹が減っていたが食べるものがなかった。次郎は米を炊き、醤油だけをかけて食べた。それが今日の最初の食事だった。食べ終えた後、次郎は荷物をまとめ始めた。押し入れを全部開けると、工具箱がある。古い写真のアルバムがある。幸江が使っていた茶器が箱に入っている。整理するには時間がかかるが、一週間あれば体力の問題としては十分だった。今夜はまだここにいられる。布団を敷いて横になった。天井を見ていた。この天井も一週間後には見られなくなる。次郎は目を閉じた。食堂の中の笑い声が、また耳の奥で鳴った。太地への怒りと、穂音への何かは種類が違った。太地のことは怒れた。あれは分かりやすい裏切りだった。しかし穂音のことは怒れなかった。怒りよりも先に、別の感情が来ていた。

2026年五月下旬の夜明け前、次郎は荷物をまとめていた。ダンボール箱が一つ、衣類の入った袋が一つ、それから工具箱。棚の残骸は捨てることができず、ダンボール箱の底に収めた。合わせても両手に抱えれば運べる量だった。部屋を最後に一度見回した。電気を消し、鍵を持って廊下に出た。大家の奥さんの部屋のポストに鍵を入れ、次郎はアパートを出た。朝の五時を少し過ぎていた。どこへ行くかは決めていなかった。決められなかったという方が正確だった。行けるところを片っ端から考えたが、どこも思い当たらなかった。

しばらく歩くと公園の前に出た。小さな公園で、砂場とベンチがいくつかある。ベンチの一つに腰を下ろし、荷物を隣に置いた。空が少しずつ明るくなり始めていた。あの公園でもこうして夜明けを見たことがある。塩谷之助が犬を連れて走っていたのを見た朝だ。あの時次郎は夜勤から帰る途中で自転車に乗っていた。今はその自転車もなかった。太地が来た後のある日、駐輪場から消えていた。

夜明けの空が橙色になり、鳥の声が聞こえ始めた。午前中のうちに、次郎は区役所へ向かった。窓口の案内板を見て、生活福祉課を探した。番号札を取り、順番を待った。担当者は三十代とおぼしき男性で、パソコンの画面を見ながら話を聞いた。次郎は状況を説明した。仕事が終わり、住む場所もなくなったこと。手元の現金が少ないこと。家族への頼りが難しい事情があること。担当者は緊急の住まいの確保として自立支援センターへの案内と、住居確保給付金の申請手続きについて話した。条件があること、審査があること。次郎は書類を受け取り、「また必要なものをまとめてから来るように」と言われた。

区役所を出ると、太陽が高くなっていた。次郎は書類を鞄に入れ、荷物を持って歩いた。公園のベンチで昼を過ごし、コンビニでサンドイッチを一つ買って食べた。百三十円だった。財布の中はもう数百円しかない。夕方になり、次郎は再び荷物を持って移動した。川沿いの道を歩いていると、高架下に場所があった。雨が直接当たらない場所で、コンクリートの壁がある。ダンボールが畳まれて置いてあった。今夜は誰もいなかった。次郎はそこに荷物を置き、ダンボール箱を開けて工具箱を出した。壊れた棚の残骸を取り出した。折れた板と、釘の抜けた板が二枚。次郎はペンチを取り出し、残っている釘を慎重に抜き、板の状態を確かめた。折れた板の断面は、合わせれば繋がる形をしていた。暗くなる前の残り光の中で、次郎は黙々と作業を続けた。ペンチを使い、釘を打ち直した。補強された棚の形が、また出てきた。以前より少し見た目は悪いが、揺らしても崩れなかった。

その夜は寒かった。高架下の夜風は冷たかった。次郎は衣類の袋から厚手のシャツを取り出して重ね着し、ダンボールを床に敷いて横になった。遠くで電車が走る音がした。眠りに落ちかけた時、スマートフォンが鳴った。太地からの着信だった。しばらく画面を見ていたが、次郎は電話に出た。

「もしもし」

太地の声が聞こえた。泣いているのか、鼻をすする音がした。

「親父」

「どうした」

太地はしばらく言葉が出てこなかった。それから言った。

「まずいことになった。お前に頼むしかないんだ。住所を送る。来てくれ」

「どういう状況だ」

「金が返せなくて呼ばれた。穂音も一緒にいる。お前が来てくれたら、話が通るかもしれない」

次郎は電話を持ったまま、高架の天井を見上げた。コンクリートに汚れが染みついていた。

「分かった。住所を送れ」

電話が切れた後、住所が届いた。埼玉の外れにある倉庫の住所だった。ここから歩いて四十分ほどの距離だった。次郎は起き上がった。体を動かすことに迷いはなかった。荷物はそのまま置いていくことにした。ダンボールに住所を走り書きし、その上に工具箱を置いた。それだけやって、高架を出た。

夜の道を歩いた。人通りは少なかった。四十分ほど歩いて、その住所に着いた。古い倉庫だった。シャッターが閉まっており、脇に小さな扉がある。扉の前に男が一人立っていたが、次郎が近づくと男は扉を開けた。中に入ると広い空間があった。天井が高く、照明が一つだけぶら下がっている。コンクリートの床に木製のパレットが積まれている。太地がいた。パレットの脇に座り込んでいた。顔が青白く、目が赤くなっている。穂音もいた。倉庫の隅に立っていた。白いシャツのまま、壁に背中をつけて立っている。倉庫の奥に男が三人いた。特に何もしていなかったが、全員がこちらを見ていた。

一人の男が前に出てきた。四十代くらいで体格がいい。

「来てくれましたか」

声は落ち着いていた。男は金額と状況を簡単に説明した。太地が借りた金の話だった。返済が滞っていて、今夜中に話をつけたい。次郎さんが連帯保証人になってくれれば、今夜のところは解決できると言った。男が書類を取り出し、パレットの上に置いた。金額と、次郎の名前が入る欄が見えた。太地が口を開いた。

「頼む、親父」

穂音は何も言わなかった。ただそこに立っていた。次郎はパレットの上の書類を見ていた。この書類に名前を書けば、今夜この場は収まる。しかし連帯保証人になるということは、太地が返済できなくなった場合、次郎が負う義務が生まれるということだ。すでに住む場所も仕事もない次郎が、どうやってその義務を果たすのか。その問いに誰も答えない。書類に名前を書かなければ、太地と穂音はこの場を出られないかもしれない。しかし書いたところで、次郎の状況が改善するわけでもない。

次郎は男を見た。男は何も言わずに次郎を見ていた。次郎は書類を手に取り、ゆっくりと読んだ。金額の欄、日付、太地の名前、そして連帯保証人として自分の名前が入る欄。それから次郎は書類をパレットの上に置いた。ペンを取らなかった。男がわずかに眉を動かした。太地が声を上げた。

「親父、何してんだ。早くしろよ」

次郎は太地を見た。太地の目が充血していた。唇が震えていた。次郎が知っている太地の顔だった。困った時に、いつもそういう顔になる。子供の頃からそうだった。穂音を見た。穂音は次郎の目を見ていた。次郎が視線を向けると、穂音は目をそらさなかった。食堂の窓際で笑っていた時とも、部屋に来てお茶を入れてくれた時とも、今は違う顔をしていた。次郎は前に出てきた男の方を向いた。

「息子でも、孫でも、保証人にはなれない」

声は静かだった。荒げていなかった。ただ言葉だけが、倉庫のコンクリートの壁に当たって戻ってきた。太地が何かを叫んだ。次郎には内容が届いていたが、聞こえなかった。次郎は出口の方へ向かった。男が一瞬動く気配があったが、次郎は止まらなかった。男は次郎を引き止めなかった。扉を押して外に出た。夜風が当たった。倉庫の中から太地の声がしたが、内容は聞こえなかった。次郎は歩き始めた。来た道を戻るわけではなかった。特に方向を決めずに、足が向く方に歩いた。

高架に戻ったのは深夜を過ぎた頃だった。荷物はそのまま残っていた。工具箱も衣類の袋も棚も。次郎は棚を手に取った。補強した一段目の板を触った。しっかりしていた。ダンボールを床に敷き、横になった。空が白み始めるまで眠れるかどうか分からなかったが、目を閉じた。しばらくして目を開けると、高架の隙間から星が見えた。薄く細い光だった。次郎は区役所でもらった書類のことを考えた。住居確保給付金の申請。自立支援センターへの相談。明日また窓口に行く必要があった。体が動く間は、手続きを踏むことができる。仕事についても、体が動く間は探せる。できることをするしかなかった。

次郎は空を見ていた。穂音が部屋に来た夜に言っていた一番目の話を思い出した。毎朝少しでも日光を浴びること。夜明けまでもう少しだった。次郎は目を閉じた。今夜のことを反芻するのをやめた。倉庫の中の光景も、太地の声も、穂音の目も、その全部を今夜はただ置いておくことにした。高架の風が吹いた。遠くで電車が走る音がした。次郎の体は横になったままだった。呼吸は規則的だった。心臓が静かに動いていた。七十一歳のこの体は、これからまだ動く。何年動くかは分からない。しかし今夜ここで横になっていることはできている。明日区役所に行くことはできる。書類を持って窓口に座ることはできる。それだけのことだった。それだけのことを、次郎は今夜の足場にした。空が少しずつ白んでいく。やがて最初の光が、高架の隙間から差し込んでくるだろう。黒須次郎は目を閉じたまま、その光を待っていた。

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