お母様、これでようやくこの家を出られます。お関はそう言って風呂敷包みを抱えたまま門をくぐりました。振り返ることはありませんでした。あの家に残したのは、三年分の涙と、誰にも告げられなかった小さな秘密だけでした。
嫁を追い出した姑の落瀬は、その日のうちに新しい嫁探しを始めました。ところが村に広まった噂は思いのほか早く、名のある家でありながら、誰一人として縁談に応じようとはしませんでした。そんな折、一人の女が自ら屋敷の門を叩きました。噂など人の口が作るもの。真実のところは、この目で見なければ分かりませぬ。誰もが避けた家へ、なぜその女だけが入ってきたのか。追い出された嫁が守ろうとしたものは何だったのか。
物語は、上州の小さな村、大きなどっしりとした屋敷から始まります。時は少し遡り、お関がこの屋敷に嫁いできた頃のことでした。お関は二十三歳で嫁いできた女でした。実の親はすでに世を去り、頼れる親戚も一人としてありません。
夜明け前、鶏が鳴く前から奥の間の大きな声が響きました。飯はまだか。日はもう高いというのに、まだかどに紐を通しておらぬのか。お関は慌てて台所へ駆け込みました。米を研ぎ、かまどに火を入れます。手の動きは速うございました。三年の間、毎朝この囲炉裏端に起きて飯を炊いてきたのです。
ところが、台所の戸口に人の気配が立ちました。姑の落瀬が柱に肩を凭せかけ、釜の中を覗き込んでおります。水が多すぎる。飯を炊くのか、粥を炊くのか。お関は手早く水を掬い取りました。落瀬は背を向けながら独り言をこぼしました。三年も教えても、飯一つ満足に炊けぬ女。
飯が炊き上がると、お関は膳を二つ用意いたしました。落瀬の前には肴が五品、お関の前には一品のみ。これはお関が嫁いできたその日から決められた決まりでございました。姑自ら定めたものです。子を産めぬ女が、飯まで受け取ろうとするのか。自分の食いは自分で働いて稼ぐものだと。その後、お関の膳に肴が載ったことは一度もございません。三年の間、不平を口にしたことも一度たりともございませんでした。
夫の左兵衛は離れの間で別に食事を取っておりました。姑は息子の前にはいつも魚や肉を添えたと申します。その日は市の立つ日でございました。朝餉の膳を下げたお関に、落瀬は買い物籠を突き出しました。市へ行って豆腐を買うてこい。その道すがら、屋敷前の溝を掃っておけ。草が膝まで伸びておる。お関はまず表の溝へ出ました。鎌で草を刈るうち、手のひらがひりひりと痛みます。三年の間にできた豆の上に、また新しい豆ができました。水を汲みに行き、洗濯をし、庭を掃き、夕餉の支度をいたしました。日が暮れる頃には、足ががくがくと震えておりました。
夕餉の膳を受け取った落瀬は、汁を一口すすると箸をぴしゃりと置きました。汁が塩辛い。お関は頭を下げました。申し訳ございません、お母様。落瀬は膳を押しやりました。碗が傾き、汁がこぼれます。三年住んでも味加減一つ覚えず、子一人産めず。一体何を頼りにこの家に居座っておるのか。お関は押しやられた膳を下げ、台所へ運びました。背中越しに姑の声が追いかけてまいります。先代がご存分の時も、子を産めぬ女は追い出すのがこの家の決まりであった。今月のうちにお前を追い出すかどうか決める。
お関は台所に膳を置き、しばし壁に背を凭せかけました。するとお関の手が、知らぬ間に自分の腹の上に置かれておりました。十日ほど前から、朝ごとに胸がむかつくのです。数日前、市で自分の体の変わりように気づいた時、お関は信じられませんでした。三年の間、兆しもなかったものが、今になって訪れたのです。喜ぶべきことのはずでした。しかし、お関の顔に喜びはございませんでした。
奥の間から落瀬の独り言が漏れ聞こえてまいります。役立たずを追い出して、新しい嫁を迎えねば。お関の唇が震えました。この家で生まれるのなら、その子はお関のものではございません。姑のものになるのです。三年見てまいりました。落瀬は人を人として見る女ではございません。役に立てば使い、役に立たねば捨てる。それだけの人でした。この子も同じ運命をたどるでありましょう。後継ぎの道具として使われ、役目を果たせばそれで終わり。
お関は腹の上から手を離しませんでした。この子だけは、そのように育てられませぬ。お関は決心いたしました。黙っていよう。追い出されよう。出て、この子を我が手で育てよう。この日、お関の中に一つの覚悟が生まれました。
数日後の朝でございました。庭に一つの風呂敷包みが置かれておりました。奥の間の障子が開き、落瀬が出てまいります。今日出ていけ。三年の間、腹一つ膨らませず、一体何のために飯を食いつぶしてきたのか。お関は頭を垂れたまま立っておりました。落瀬は風呂敷包みを取り上げると、表の外へ投げ捨てました。とっとと消え失せろ。お関は表へ出て包みを拾い上げました。背後から姑の声が飛んでまいります。二度とこの家の門先をうろつくでない。お関は包みを抱いて門を出ました。
すると、離れの前に左兵衛が立っておりました。お関と目が合います。お関の足が止まりました。今、腹の中にあなたの子がおります。その一言さえ言えば、左兵衛は自分を引き止めてくれるかもしれぬと思いました。しかし、その瞬間、左兵衛は顔を背けました。背後で落瀬が叫びます。何をぼんやりしている。中へ入れ。左兵衛は一言もなく、部屋の中へ消えました。
お関は左兵衛の背を見つめました。三年でございました。姑が膳を押しやる時も、夜明け前から働かせる時も、村の者の前で恥をかかせる時も、この夫は一度として味方についたことはございません。そこにいてもいないも同然の男でした。お関の足取りが早くなりました。表門を出ました。振り返りませんでした。
お関が向かった先は、生まれ故郷でも実家でもございませんでした。実家は両親がすでに世を去り、秋田が残るのみでございます。行く当てはございませんでした。お関は半日ほどの道のりを歩き、宿場町の方へ足を運びました。日が傾く頃、宿場に着きました。市はすでに終わっておりました。市の隅で餅を売っていた老婆が店じまいをしております。お関は老婆の前にへり込みました。老婆は驚いて見下ろします。おや、どこから来なさった。顔が真っ青ではないか。お関は事情を語りませんでした。働き口を探しております。老婆はお関の手を見ました。豆だらけでございましたが、荒くれ者の手ではございません。餅をついたことはあるかえ。お関は頷きました。姑の下で三年、あらゆる料理を仕込まれてまいりました。餅はその中でも最も得意でございます。老婆は市の裏手にある納屋を貸してくれました。狭うございましたが、雨漏りはいたしません。
その夜、お関は納屋で風呂敷包みを解きました。中には着替えが数枚と、亡き母から受け継いだ銀の簪一つだけ。お関は腹を撫でながら一人思いました。お前は私が育てる。あの家には決してやらぬ。翌朝からお関は老婆の餅の店で下働きを始めました。餅米を浸し、蒸し、杵でつきます。姑の下でしていたのと同じ仕事でございました。しかし、一つだけ違うことがございました。ここでは、誰もお関を叱りつけるものはございません。老婆が餅を丸めるお関を見ても、褒めました。手が実に達者じゃ。お関は嫁いでから三年ぶりに、初めて褒め言葉を耳にいたしました。鼻の奥が熱くなりましたが、俯いて目元を隠しました。
一方、落瀬はお関が出ていったその晩、左兵衛を呼びつけました。明日から新しい嫁を探す。今度はたくましく、腰回りのしっかりした娘を迎えねばならぬ。左兵衛は膳の前で箸を動かすばかりでございました。落瀬が急かしますと、左兵衛は答えました。母上のお心のままに。落瀬は満足に頷きました。
ところが、物事は思い通りに運びませんでした。落瀬が仲人を呼びつけましたが、仲人の表情は晴れません。奥方様、正直に申し上げますと、周りが難色を示しております。嫁を追い出したという噂が広まり、娘を差し出す家がございません。落瀬の顔が曇りました。喉の奥から絞り出すような声でございました。お前もか。娘を持つ家が恐れているのでございます。落瀬は歯を食い縛りました。支度金を十分に積む故、もう一度当たってみよう。仲人は頭を下げて出ていきました。
村では、人々の間に噂が広まりました。大きな屋敷の奥方が、嫁を子を産めぬと追い出したそうな。あの嫁が三年どれほど苦労したことか。しかし、表だって口にするものはございませんでした。落瀬に米や金を借りているものが、幾人もおりましたから。中には、落瀬の機嫌を取ろうと、日頃から追従の言葉ばかり並べていた者もございました。
お関が去って一月ほど経った頃でございました。老婆がお関の体の変わりように気づきました。近頃、朝ごとに納屋の隅で吐き気をこらえております。老婆はそっと尋ねました。お関、もしや腹が重いのではないか。お関は俯きました。もはや隠しきれませんでした。姑には言わずに出てまいりました。この子をあの家で育てる気はございません。老婆はしばらく黙ってお関を見つめました。老婆にもかつて、娘のような嫁がおりました。孫を宿したまま家を追われ、行き倒れかけたところを老婆の夫が助けたのです。しかし、その嫁は赤子を生み落として間もなく熱を出し、そのまま帰らぬ人となりました。残された赤子も、一か月と持ちませんでした。それからというもの、老婆は行く当てのない女を見ると放っておけぬ性分になっていたのでございます。老婆は餅の仕込み台をお関の前に置きました。よし、この婆が力になろう。あんたが育てるが良い。今度こそ、この婆が守って見せる。
一方、左兵衛はお関が去ってから随分と気楽になったようでございます。姑の苛立ちがお関に向いていた時は、左兵衛も気を使わねばなりませんでしたが、苛立ちを向ける相手が消えると、姑は息子にまで構う余裕を失っていったのでございます。左兵衛は夕方ごとに宿場の居酒屋へ出かけるようになりました。居酒屋の奥座敷では賭場が開かれております。銭が飛び交う男たちの声が張り上げる場でございました。左兵衛は初めのうち、見物するだけでございました。
月が幾重にも重なるうち、お関の腹は次第に大きくなってまいりました。老婆が重い仕事を引き受けてくれました。米を運び、蒸籠を上げ下げするのは老婆の仕事でございます。お関は座ったままできることをいたしました。洗った大豆を潰して糀を作り、小豆を煮て餡をこらえ、餅の形を一つ一つ整えてまいりました。市の者たちはお関の事情を知りません。どこから来たのか、夫はあるのかないのか、誰も尋ねませんでした。けれども、腹の大きな女がただ一人で店先に座り、手を休めず働く姿を見て、いつしか親切にするものが現れてまいります。隣の豆腐屋が、ある日、欲しいわらを一束、お関の前にそっと置いていきました。お関が驚いて振り向くと、豆腐屋は手を振りました。産着の子のためだ。苧殻は使わず取っておけ。お関は立ち上がり、深く頭を下げました。
夜が明ける少し前、お関の陣痛が始まりました。老婆は台所へ駆け出し、湯を沸かし、産着を用意いたします。近くに産婆はおりません。老婆が自らこの手で取り上げねばなりませんでした。お関は汗を流しながら力を込めました。老婆はお関の手を握って申しました。もう少しじゃ、頑張れ。もうすぐじゃ。お関は最後の力を振り絞りました。日の登る頃、納屋の中に赤子の鳴き声が響き渡りました。丈夫な男の子でございました。老婆が産着に包み、お関の腕に抱かせました。お関の目から涙がこぼれます。喜びがあり、悲しみがございました。しかし、お関が最初に口にした言葉はこれでございました。ありがとう。よく来てくれた。
お関はこの子に峰助という名をつけました。峰のように、緩まず高く生きよという願いを込めた名です。いつか生まれたら何と呼ぼうか、幾つも幾つも名を思い描いては、決しておりました。金の匂いのする名も、家柄を誇る名もいりません。ただ、どのような風にさらされても倒れぬ子であってほしい。その一心で選んだ名でございました。
十日余りを過ぎた頃、お関は床を離れました。老婆は止めました。体もまだ整わぬのに、もう起きてどうする。お関は答えました。お婆様、この子に食べさせるものは、私が稼がねばなりませぬ。老婆はもう一度止めました。あと数日は寝ておれ。店は私が見ておく。お関は首を振りました。お婆様に世話になりっぱなしではおれませぬ。座ってできることだけでもいたします。老婆はそれ以上、止めませんでした。
お関は背に峰助を負ぶいました。市の者たちは初めのうち、その姿を驚いた目で見ておりました。ところが数日経つと、妙な噂が立ち始めます。あの餅屋の餅の味が変わったというのでございます。老婆の餅も悪うございましたが、お関の手から出る餅は一段違うと申します。餅米の浸たす時間、蒸し上げる加減、搗く時の力、そのどれもが少し違えば餅の出来を変えてしまいます。この技は一朝一夕で身についたものではございません。姑の下で三年、幾百度も杵をつきながら体に染み込んだ感覚でございました。落瀬は味にことのほか厳しい女でございました。少しでも粘りが足りなければ箸を置き、水が多いと見れば膳を押しやりました。お関は、次は浸たす時をわずかに縮め、その次は蒸す時間を強めるという風に、加減を合わせてまいりました。あの気難しい姑に合わせようとするうち、お関の餅の腕は宿場のどの店よりも上達していたのでございます。
客が一人また一人と増えてまいりました。老婆は感心いたしました。あんたの手から出る餅は違う。お関は餅ばかり売っていたわけではございません。市で売れ残りの下がった大豆を買い入れ、味噌を仕込みました。姑の家で味噌を仕込む方を覚えていたおかげでございます。落瀬はこの家の味噌の味こそが家柄の格と申し、丁寧に味噌を仕込ませておりました。お関の味噌は塩の角が立たず、旨味が深うございました。味噌がうまいという噂が広まると、餅を買いに来た客が味噌まで買っていくようになりました。
この頃、落瀬の家では動きがございました。姑がほぼ一年近く探し続けても、ふさわしい娘が見つからないのです。落瀬の悪評のせいでございました。支度金を十分に積むと申しても、娘を差し出す家はございません。姑の焦りが頂点に達した時、一人の娘が自ら訪ねてまいりました。絹と申します。顔立ちがよく、口数の少ない女でございました。仲人が驚いても、絹は答えました。噂など所詮、他人の申すこと。実際にお会いしてみなければ分かりませぬ。落瀬の口の端が上がりました。気に入った。落瀬は絹を嫁として迎え入れました。
絹は姑の前ではよく従いました。お母様のお心のままに従いまする。落瀬は満足いたしました。お関とは違いました。お関は静かなだけで返事でしたが、絹は落瀬の望む言葉をちゃんと返すのでございます。落瀬が子はいつ頃かと問えば、絹は今月あたり良い知らせがあるやもしれませぬと答えました。しかし、絹は落瀬の前と一人の時とでは、まるで別人でございました。左兵衛が夜に居酒屋へ出かけ、落瀬が奥の間へ下がると、絹は戸棚を開けました。中の小判を取り出し、一枚一枚数えます。数え終えると自分の部屋へ戻り、小さな紙片に何かを書き写しました。びっしりと書き込まれた文字でございました。絹はその紙を帯の間に隠し、戸棚の鍵を閉めました。
左兵衛は新しい妻が入っても変わることはございませんでした。夕方になれば居酒屋へ出かけます。賭場見物は、見物では終わりませんでした。初めは勝ち負けにばかりかけておりました。負けても遊びの内と侮っておりましたが、一度勝った味を覚えると手が止まりません。掛け金が次第に膨らんでまいりました。勝てばその場で酒を振る舞い、負ければ次の勝負で取り返そうと考えるばかりでございます。蔵の鍵を開け、巾着に小判を掻き入れる回数が増えてまいりました。
しかし、落瀬の関心は息子が夜遊びをしているかではございませんでした。姑の全ての興味は絹の腹に注がれておりました。三月経っても、絹の腹に兆しはございません。落瀬の顔は険しくなりました。なぜ、まだなのだ。体に触りがあるのではないか。絹は目を伏せて答えました。医者はもう少し待てば良いと申しております。もう少し漢方の薬を試してみてはいかがでしょう。落瀬は町の薬種屋へ行き、高価な薬を仕入れてまいりました。鹿の角まで加えました。絹に毎日煎じて飲ませました。半年経っても変わりはございません。しかし、絹は諦めたふりをいたしません。今月あたりは運が良うございます。もう少しだけお待ちくださいませ。
落瀬はお関の時とは違い、絹をすぐには追い出せませんでした。絹が希望を持たせ続けたこともございますが、嫁を追い出せば三人目の嫁を探さねばならず、二人目でこれほど難渋したのだから、三人目は一層難しかろうという懸念がございました。一年が過ぎました。落瀬の焦りは限界に達しつつございました。
一方、宿場ではお関の商いが軌道に乗りつつございました。峰助はお関の背に負ぶわれて世間を見物しながら育ってまいりました。もう歩き始めております。市の者たちは峰助を可愛がりました。店の間をよちよちと歩く峰助を見て、魚屋が笑い、呉服屋が端切れで小さな巾着を作って握らせてくれることもございました。お関は稼いだ銭を一文たりとて無駄にいたしませんでした。老婆が貸してくれた納屋の壁に新しい土を塗り、板戸を立てつけ、小さなかまども据えました。住まいの形が次第に整ってまいりました。お関の目には、姑の下で三年耐えていた頃にはなかった光がございました。疲れてはいても、消えぬ光でございます。
峰助が五つになりました。お関の餅屋は宿場で最も列の長い店の一つとなっておりました。老婆は年を置いて、今はもう店先で客の相手をするだけでございます。餅を蒸し、餡をこねる仕事は全てお関の手にございました。お関が夜明けから餅を搗けば、峰助はその傍らに座り、豆を挽きます。五つにしては手が実に達者でございました。薄を扱う姿勢は大人にも劣りませんでした。市の商人たちが通りすがりに峰助の手つきを見て驚きます。あの小僧、豆をあれほど手際よく挽くとは。峰助は母のすることを目で見て、手で真似て育った子でございました。
ところが、峰助の腕前は豆だけでは終わりませんでした。ある日、お関が大豆を買いに出ました。豆屋が値を付けました。一升に十二文でございます。峰助が傍らで豆屋の袖を引き、ひそひそ声でささやきました。母上、あの値は昨日より高うございます。お関は豆屋を見やりました。豆屋がばつの悪そうな顔で目をそらします。豆屋は結局、値を下げてやりました。市の商人たちは笑いました。この小僧、市の値を覚えておるようだ。峰助は豆屋に向かって丁寧に頭を下げただけで、それ以上は何も申しませんでした。
こうしたことは一度や二度ではございませんでした。峰助は市の者の値の動きを見事に読み取るのでございます。呉服屋が新しい反物を広げれば、峰助が近寄って一言だけ申します。前のものより手触りが違いますね。呉服屋がはっとして反物を確かめ、目を丸くいたしました。魚屋が朝、魚を並べれば、峰助が覗き込み、小さく首をかしげるだけでございます。魚屋は峰助の様子を見て、自ら鮮度を確かめ直し、頭をかいて笑いました。この小僧の前では、ごまかしが利かぬ。しかし、呆れる顔ではございません。感心する笑いでございました。商人たちの間であだ名がつきました。小さな鑑定人。このあだ名は宿場を超えて、近隣の村まで広まりました。あの小僧は五つで市の値を全て覚えておるそうな。あの子が指差した品を買えば損はないそうな。噂が広まるにつれ、峰助を見物にやってくるものまで現れました。
しかし、この噂の中に、峰助の生まれについての話が混じり始めたのでございます。あの餅屋は、あの家を追い出された女だそうな。あの家はどこだ。あの向こうの村の、大きな屋敷だそうな。市の子供たちが峰助に尋ねました。おい、お前の父は、あの大きな屋敷の若旦那なんだろう。峰助は初めて聞く話に呆然といたしました。けれど、この噂こそが、最も聞かせてはならない女の耳に届くまで、もう幾日もございませんでした。
その晩、峰助は家に帰ってお関に尋ねました。母上、私に父はおりますか。お関の手が止まりました。餅の生地をこねていた手から力が抜けました。お関は生地を置き、峰助を座らせました。目を合わせます。父はいる。しかし、私たちと一緒に暮らしている人ではない。峰助は尋ねました。なぜですか。お関はしばし言葉を選びました。母がお前を守るために、こうしたのだ。峰助はさらに尋ねました。守るために、なぜ父と一緒に暮らせないのですか。お関は峰助の手を握りました。お前がここで母と暮らすことが、母の生きる道だ。父のことは、お前がもっと大きくなったら話してやろう。峰助は頷きました。しかし、目には涙が滲んでおりました。お関は峰助を抱き寄せました。峰助の小さな背が震えておりました。
その夜、お関は眠れませんでした。噂が広まっております。姑の耳に入るのは、時間の問題でございました。翌日からお関は商いのやり方を変えました。自ら店先に立つ代わりに、他の商人へ餅を卸す割合を増やしました。宿場に出る回数を減らしました。老婆に事情を話しました。姑が知れば、この子を奪いにくるやもしれません。老婆は頷きました。分かった。峰助はこの婆がよく見ておこう。
しかし、すでに遅うございました。噂は宿場を超え、落瀬の住む村にまで流れ込んでおりました。落瀬の家で使いをしていた下男の伝助が、隣村へ使いに出て帰ってまいり申しました。奥方様、宿場で妙な噂を耳にいたしました。落瀬が目を上げました。どんな噂だ。伝助はおずおず口を開きました。前の嫁が宿場で餅屋をしておりますが、男の子を産んだそうにございます。五つほどになり、市の値が抜群に分かると噂で持ち切りでございます。落瀬の箸が膳の上で止まりました。頭の中で目まぐるしく考えが巡ります。お関を追い出したのは、六年前のことでございました。追い出した時、腹はございません。追い出された後に産んだのなら、追い出す直前にすでに腹があったということになります。落瀬の手が震えました。あの女、子を抱えながら隠して出ていったのか。姑の目つきが変わりました。怒りが込み上げましたが、それより強いものがございました。執着でございます。血筋でございました。男の子でございました。
落瀬は伝助を再び呼びつけました。明日、宿場へ行って、その子の目で見てこい。顔が我が家のものに似ておるか、確かめてこい。落瀬の声は震えておりました。伝助は頭を下げて下がりました。翌日、伝助が宿場に現れました。餅屋の周りをうろつきながら、客を装って近づいてまいりました。峰助は伝助の手を見ました。爪の間に土もなく、袖口にも仕事の跡がございません。宿場に来る者の手ではございませんでした。峰助は伝助をじっと見上げ、あちらでお求めください。母上にお代を払わねばなりませぬ、とだけ申しました。伝助は峰助の目つきに戸惑い、慌てふためきその場を去りました。二日後、伝助は再び宿場に現れましたが、すでに魚屋や豆腐屋、市の商人たちが目を光らせており、声を張り上げられて、逃げるように宿場を後にいたしました。お関が六年の間、宿場で積み上げた信頼が、この時、盾となったのでございます。お関が市の商人たちを呼び集め、餅屋の子を狙うものがいることを伝えていた故でございました。
落瀬の家では、伝助が帰って報告いたしました。子は若旦那にそっくりでございます。産みの特徴も、まさしくこの家の血筋にございます。しかし、前の嫁が私の正体に気づき、咎めるような目つきをするただならぬものでございました。落瀬は目を細めました。それで、どうしろと申すのだ。伝助は頭を下げました。あの子はただの子ではございません。私の手を見ただけで、宿場の者でないと見抜きました。落瀬は唸りました。あの女、小賢しさは相変わらずと思うか。姑の焦りは極みに達しました。庭を行きつ戻りつ、一人案じます。自ら宿場へ出向くべきか。しかし、面目がございます。追い出した嫁を自ら訪ねるのは、己の誤ちを認めるようなものでございました。
一方、蔵の小判が減ってまいりました。落瀬が時折り蔵を開けて確かめると、明らかに前より少のうございます。姑は一度、小判を数えたこともございました。しかし、今は漢方薬の見立ての方が急を要します。小判が減る理由を問い詰める余裕はございませんでした。落瀬は自らこう納得して済ませます。漢方薬に金がかかるからだ。あれほどの鹿の角が、どれほど高いことか。
左兵衛はこの騒ぎとは無縁に、夕方ごとに居酒屋へ出かけておりました。掛け金はすでに両単位に上っておりました。左兵衛が蔵から金を持ち出すのは、いつも明け方でございました。落瀬が寝静まり、絹が部屋に下がった後、左兵衛は蔵をそっと開け、巾着に小判を掻き入れておりました。落瀬は金が減っていくのを感じながらも、息子を疑うことはございませんでした。我が子が我が家の蔵を狙うなど、夢にも思わなかったのでございます。
絹が市へ出る回数がめっきり増えました。以前は落瀬の言いつけた用事の他は外へ出なかった絹が、この頃は二日に一度は出かけるようになりました。医者に会いに行く。それが絹の口にする理由でございました。落瀬は初め、漢方薬を探しておるものと思い、頷いておりました。ところがある日、落瀬の胸に一つの疑念が刺さりました。絹が市から帰ってきたのに、懐に何もございません。医者の元へ行ったのなら、薬包の一つもあってしかるべきでございます。薬はどこにある。絹は一瞬目をそらして答えました。薬は明日出来上がると申しておりました。
数日後、絹はまた市へ出かけました。今度も手ぶらで帰ってまりました。落瀬は次に絹が帰る時、帯の間に手を入れて何かを確かめる癖があることを思い出しました。薬包ではございません。紙のようなものでございました。落瀬の疑いは膨らみました。次に絹が市へ出かけた隙に、落瀬は絹の部屋に入りました。箪笥の引き出しを一つ一つ開けます。下着の間を探ります。折りたたまれた紙が出てまいりました。落瀬はその紙を開きました。びっしりと書かれた文字でございました。子は達者でおる。案じるな。金がもっといる。落瀬の手が止まりました。この筆跡は、左兵衛のものではございません。別の男でございました。
落瀬は紙を握ったまま、その場に座り込みました。頭の中が目まぐるしく巡ります。子は達者でおる。絹には子がいたのでございます。この家で産んだ子ではございません。前に産んだ子でございました。前の男との間に生まれた子が、どこかに預けられているのでございました。絹はこの家へ嫁ぐにあたり、その子を他所へ預けてきたのでございます。金がもっといる。絹はその子を食べさせるために、金を送っていたのでございました。蔵から消えた金の一部は、絹の手を経て流れ出ていたのでございました。
落瀬の頭の中で、糸が繋がってまいりました。絹が噂を聞いても自ら訪ねてきた理由がございました。他の娘たちは恐れて誰も来なかったのに、絹だけが自ら望んできた理由がございました。絹は初めからこの家に嫁ぎに来たのではございませんでした。金が言ったのでございます。己の子を育てる金が要る。この家の財を搾り取るために、落瀬の嫁を演じていたのでございました。落瀬があれほど吟味して選んだと自負していた新しい嫁が、初めから下心を抱いて入り込んでいたのでございます。
絹が市から帰ってまいりました。門を開けると、落瀬が庭の真ん中に立っておりました。落瀬の手に、折りたたまれた紙が握られております。絹の顔が青ざめました。落瀬は紙を絹の前に突き出しました。これは何だ。絹の唇が震えました。しかし、絹は跪きませんでした。代わりに顔を上げました。お母様とて、よその家の娘を連れてきて、後継ぎを産ませようとしているのではございませぬか。落瀬の目が見開かれました。絹は言葉を続けました。私は我が子を食べさせるために、この家に入りました。お母様は後継ぎが欲しい。私は子を育てる金が要りました。互いに利用し合ったまでではございませぬか。落瀬の手が振り上がりました。絹の頬を打ちました。今すぐ出ていけ。絹は風呂敷包みをまとめました。泣きながらも、去り際に戸棚に手を入れ、財布を一つ持ち去りました。しかし、門の所で一度立ち止まり、振り返って申しました。盗んだことは消えませぬが、せめてこれだけは返しておきます。落瀬はその言葉の意味を、この時はまだ分かりませんでした。
絹を追い出した後、落瀬は蔵を念入りに確かめました。小判が思っていたよりもはるかに減っておりました。絹が搾り取った分よりも、ずっと多く減っておりました。落瀬は不審に思いましたが、絹がそれ以上に持ち去ったのだと結論付けました。あの女、四年の間に一体どれほど搾り取ったのやら。落瀬の頭の中で、息子は疑いの対象になりませんでした。落瀬は左兵衛を呼びつけました。絹は追い出した。あの女は言語道断だ。前の男との間に隠し子を拵えながら、我が家の蔵の金を搾り取っておった。左兵衛は黙り込むだけでした。落瀬は左兵衛の襟首を掴みました。聞いておるのか。左兵衛が顔を上げました。落瀬は叫びました。もう残された道は一つだ。宿場へ行き、前の嫁に会うてこい。後悔してでも連れて帰れ。
左兵衛は訳が分かりませんでした。追い出した時、お関の腹に子がいたことを、左兵衛は知りませんでした。落瀬も知りませんでした。お関自身だけが知っていたのでございます。左兵衛はしばらく呆然と立ち尽くした後、ため息をつきました。母上、一体どの面下げて。落瀬は叫びました。面目だと。今それを気にする場合か。私の血を分けた子が、六年もの間、よその宿場で餅を売って育っておるのだぞ。左兵衛は小さくつぶやきました。俺には、母上に逆らうことなどできぬ。そう申しながら、左兵衛は宿場へ向かいました。
お関の餅屋を探すのは難しくございませんでした。宿場で最も列の長い店でございました。左兵衛が店の前に立ちました。お関は餅を包んでいた手を止め、顔を上げました。六年ぶりでございました。お関の表情は落ち着いておりました。驚きはございません。姑が既に二度、人を寄越しておりました。故、次は左兵衛の出番であろうと察していたのでございます。左兵衛は口を開きました。峰助に一目、合わせてはくれぬか。お関は答えました。あなたは、私が追い出されたあの日、顔を背けましたね。左兵衛は押し黙りました。お関は言葉を続けました。知っていたのでしょう。お母様が私を追い出そうとしていることを。あなたは、お母様が私を虐げるのを、一度も止めたことはございませんでした。膳を押しやられた時も、村の者の前で恥をかかされた時も、夜明け前から働かされた時も、あなたは離れの間に座っておられました。左兵衛は口を開こうといたしました。お関が先に申しました。それが楽であったからでありましょう。お母様の目が私に向いている限り、あなたは自由でいられましたから。左兵衛の肩が落ちました。お関は申しました。お帰りください。峰助は私の子でございます。あなたの子ではございません。左兵衛は頭を上げられぬまま、踵を返しました。遠ざかる背中が小さくなってまいります。お関はその背を見つめました。憎しみもなく、哀れみもございませんでした。ただ、終わった間柄でございました。
峰助が奥から出てまいりました。母上、今来たおじさんは誰でございますか。お関は答えました。お客様だ。峰助は首をかしげました。でも、餅は買わずに帰りましたね。お関は峰助の頭を撫でました。買わずに帰る客もいるものだ。
絹が追い出された後、絹は宿場のはずれの道を歩いておりました。行く当てもなく、近隣の村で日雇い仕事にありつく日々でございます。ある日、絹はふらりと宿場に立ち寄り、お関の餅屋の前で足を止めました。絹はお関と言葉を交わしたことはございませんでしたが、顔だけは知っておりました。落瀬が前の嫁を罵るたび、その顔立ちを口にしていたからでございます。鼻が低く目の小さい女、出来が悪いから子も産めないのだと。しかし、落瀬の言葉と実物とはまるで違いました。お関の顔には疲れが滲んでおりましたが、目は澄み、顎の線はしっかりとしておりました。絹はお関の前に立ちました。あなたが前の嫁でございますね。お関は頷きました。絹の目に涙が滲みます。私も追い出されましてございます。あの家は、人の住むところではございません。お関は店先の餅を一切れ切り、絹に差し出しました。絹はそれを受け取り、一口かじると涙を拭いました。聞かれてもいないのに、絹は先に口を開きました。正直に申しましょう。私はあの家の財を目当てに入り込んだのでございます。我が子を養う金が要りましてございました。お関は黙って耳を傾けました。絹は鼻を啜りながら言葉を続けます。ですが、入ってみれば上辺ばかり立派で、中身はどんどん空になっておりました。私が搾り取った分よりも、はるかに多くが消えておりましたのです。お関の目が細くなりました。消えた金がどこへ流れたか、ご存知でございますか。絹は答えました。若旦那様が毎晩、居酒屋へ出かけられます。あの居酒屋の奥に賭場がございます。二日に一度ほど明け方に、蔵の鍵を閉める音がいたしました。ある夜、そっと後を窺ってみますと、若旦那様が蔵を開け、巾着に小判を掻き入れるところを確かで見たのでございます。お関は尋ねました。お母様には申しましたか。絹は首を振りました。申してどうなりましょう。お母様が我が子を疑いましょうか。私を疑うのが関の山でございます。
お関はこの日、初めて姑の家の内情をつぶさに耳にいたしました。表向きは村の名家で、格式もございましたが、実の中身は空になりつつあったのでございます。絹は最後にもう一言申しました。盗んだことは消えませぬが、せめてこれだけは返します。そう言って懐から一枚の紙を取り出しかけましたが、その時はまだお関に渡すことなく、また懐にしまいました。絹は涙を拭って申しました。行く当てもございません。お関はしばし考え、答えました。今日一夜は、ここでお休みなさいませ。絹はお関の納屋の隅で一晩過ごし、翌朝、風呂敷包みをまとめながら申しました。あなたは良い人でございます。あの家を出て良うございました。お関は絹の後ろ姿を、複雑な思いで見送りました。絹を悪人と決めつけるのも難うございました。絹もまた、我が子のために動いていたのでございます。ただ、その方法が誤っていたにすぎません。後に聞くところによれば、絹はこの後、西の方の親戚を頼り、預けていた我が子をようやく手元に引き取ることができたと申します。
その夜、お関は峰助を寝かしつけた後、一人座って思案いたしました。姑の家が傾きつつございます。夫は賭場で金を溶かし続けております。姑はそれを知らぬまま、孫にばかり執着しております。追い詰められた姑がどう出るか、検討もつきませんでした。お関は決意いたしました。商いをさらに大きくせねばなりません。峰助を守るには金がいるのでございます。翌日からお関は商いの幅を広げてまいりました。餅は宿場へ、味噌は隣村へ。夜明け前からかまどに火を入れ、日が暮れても店を閉じない。こうして一年、また一年と、お関の店には人が耐えなくなりました。老婆が市の裏手の空地を貸してくれ、そこに味噌の甕を並べました。峰助も隣村まで餅の包みを背負って運ぶ役を引き受け、道中で聞いた話をお関に伝えるようになりました。母上、隣村の商人が、来月はもっと頼むと申しておりました。江戸から下ってくる商人が増えるそうで。お関は峰助の頭を撫でました。それなら、もっと搗かねばならぬな。
お関の手元に銭が積み重なってまいりました。大きな金ではございません。しかし、姑の家を裸で出た女が、六年で作り上げた金でございました。お関は一文たりとて無駄にいたしません。小判を甕に入れ、庭に埋めて蓄えました。峰助に申しました。金は見えるところにおいてはならぬ。地の中が一番安全だ。峰助は頷きました。
お関の商いが隣村にまで届くと、貯えもまとまった額になってまいりました。お関はその金の一部を使い、宿場の脇の空き地に小さな手習い所を開きました。寺子屋のような手習いと申しても、藁屋根の小屋に床板を一枚敷いただけのものでございます。しかし、字を学べぬ宿場の子供たちにとって、これほど尊い場所はございませんでした。お関は自ら教えたわけではございません。宿場で行き倒れの憂き目にあった学者を尋ねました。五道と申す、頑固ながら処世術ばかりを高く積み上げた学者でございました。お関は五道の前に座り、申しました。手当ては私が出します。子供たちに手習いをしてはくださいませぬか。五道はお関をまじまじと見つめました。手当ては、どれほど出せるか。餅屋の稼ぎの一部をお渡しいたします。五道はしばらく思案してから尋ねました。餅屋だと申したな。餅屋の女将が手習い所を開くとは、珍しいこともあるものだ。一体何を思うて、このようなことを。お関は答えました。私もまた、子を育てる身にございます。宿場で数を知らぬ子供たちが、値に騙され、商人に欺かれるのを黙って見てまいりました。字を知ってこそ、世の中に欺かれずに済みまする。五道は頷きました。結構なことだ。よろしい、教えよう。
宿場の子供たちが集まってまいりました。峰助も手習いに通いました。峰助の覚えは速うございました。他の子が三月かけて千字文を覚えるところを、峰助は一月で覚え終えました。宿場で値を計ったおかげで、算数は五道よりも早いほどでございました。五道が問題を出せば、誰よりも先に答えを口にいたします。五道はある日、お関をそっと呼び申しました。この子はただの子ではございません。地の才もございますが、算数の才は抜きんでております。宿場の大きな手習い所へ送っても、十分通じましょう。お関の口元に微笑みが浮かびました。しかし、峰助を遠くへ送るのはまだ不安でございました。姑が諦めておらぬからでございます。お関は答えました。もう少し様子を見てまいります。今はこの子を私のそばに置かねばなりません。五道は頷きました。何か思うところがあるのでございましょう。急かしはしませぬ。腕というものは、時が来ればおのずと知れるものにございます。
手習い所の噂が村に広まると、お関の評判はまた一段と上がりました。宿場の者たちの間で、お関はもはや餅屋ではなく、手習い所を開いた女将と呼ばれるようになりました。子供たちの親がお関を尋ねて頭を下げます。おかげ様で、我が子が字を学びます。お関は手を振りました。子供たちが字を知ってこそ、世のためになりましょう。私がしたのは、藁屋根を一つ上げたばかりでございます。この知らせは落瀬の耳にも届きました。落瀬は唸りました。追い出した嫁が、商いも繁盛し、手習い所まで開いて、人々の尊敬まで受けておる。自分は後継ぎにも恵まれず、選択すら満足にできぬ身の上でございます。嫁は日に日に登り、自分は日に日に落ちていくばかりでございました。落瀬の怒りが湧き立ちました。
ついに落瀬は、馬に乗って宿場へ乗り込みました。これは長年、人を見下ろす側にのみ立ち、自ら宿場の場に足を踏み入れたことなど一度もなかった落瀬が、恥も外聞もかなぐり捨てて踏み出した一歩でございました。お関の餅屋の前に立ち、大声で申しました。宿場の者たち、皆、聞くが良い。あの餅屋もあの手習い所も、元はといえば我が家の血筋の種から始まったものだ。我が家の血を引く子のおかげで、道行く人が集まり、商いをしてきたのだから、あの女の稼ぎは当然、我が家のものであろう。全て差し出せ。宿場の者たちは手を止め、振り返りました。品物を下ろす者、足を止める者、一人また一人と目が集まってまいります。お関は餅を切る手を止め、落瀬を見つめました。一瞬、お関の喉の奥が小さく震え、声が掠れかけました。六年前の恐ろしさが、ほんの一瞬、蘇ったのでございます。しかし、お関はすぐに息を整え、低く落ち着いた声で申しました。お母様、私はあの家から一文も持ち出しておりません。風呂敷一つ抱え、裸で出てまいりました。落瀬は言葉を失いました。黙れ、この女。私の家の血筋を掲げねば、一体どうして商いなど成り立ったものか。お関はひるみませんでした。お母様、どうか私の話を最後までお聞きくださいませ。この商いは、この手で、この技で、この時をかけて築いたものにございます。道行く人に施しを受けたことは一度もございません。子が私を助けたことはございましょうが、哀れんで買ったものなど、お一人もおりませぬ。落瀬はさらに声を張り上げました。それでも血筋は血筋だ。我が家の孫を連れて出たのだから、その子が稼いだものは我が家のものだ。お関は一歩前へ出ました。お母様、私を追い出されたのは、お母様でございます。追い出された時、子がいることさえもご存知なかったはず。財産を開けてくださったこともございません。訴え出たとて、私がお母様に差し上げるべきものも、お母様が私に求められるべきものも、何一つございません。落瀬の口が開いたまま閉じました。返す言葉がございませんでした。お関の申したことに、一つとして誤りはなかったのでございます。落瀬は周りを見回しました。数の目が落瀬に注がれておりました。呉服屋や魚屋や隣村の商人、手習いの子の親たち、宿場の誰もが腕を組んで立っておりました。落瀬は歯を食い縛ったまま、踵を返しました。背筋は反っておりましたが、足取りは速うございました。
しかし、落瀬は諦めませんでした。その晩、落瀬は別の手を考えました。村には落瀬に借金のあるものが幾人もございました。落瀬は宿場の近くに住む大工の嘉助を訪ねました。明日から、あの餅屋に人を近づけぬようにせよ。門の前に立ち、客を追い返すのだ。借金を帳消しにしてやろう。嘉助は頭を下げました。借金は確かにございます。しかし、嘉助の息子がお関の開いた手習い所に通っておりました。息子が家に帰り、父上、今日は千字文を十字覚えましたと誇らしげに語る顔が浮かびました。嘉助は口を開きました。奥方様、借金はありがたうございますが、この一件は引き受けかねます。落瀬は目を剝きました。借金を返す気がないと申すか。嘉助は頭を下げました。借金は必ずお返しいたします。しかし、我が子があの手習い所で世話になっておりますのに、恩人の商いを妨げることはできませぬ。翌日、嘉助は宿場へ行き、このことをお関に告げました。お関は頭を下げて礼を申しました。落瀬の牽制は、もはや宿場では通じなくなっておりました。
お関はここからさらに一歩進みました。落瀬に借金のある者たちを訪ねたのでございます。ほとんどが些細な借金でございました。米一升ほどの値、魚一尾ほどの値でございます。お関の手元の金で返せる程度のものでございました。お関は一人一人を訪ね、代わりに借金を返してやりました。借金が消えた者たちの表情が変わりました。落瀬があれをせよ、これをせよと申しても、借金は返しましたと申し返すようになったのでございます。落瀬が村で人を動かせた力は、その財産にございました。その財の糸が、一本また一本と切られていったのでございます。かつて宴会の度に落瀬の追従の言葉ばかり並べていた者たちも、今では落瀬と会っても目を合わせぬようになっておりました。
しかし、落瀬にはまだ最後の手が残っておりました。台所女中が去り、唯一残った忠実な下男の仁平でございます。落瀬は仁平に命じました。手習い所からの帰り道で、あの子を捕まえよう。父の話を持ち出せば、子は案内に応じるかもしれぬ。仁平は首を下げて出てまいりました。手習い所からの帰り道でございました。路地の入り口に見知らぬ男が立っております。仁平が峰助に声をかけました。おい、お前の父上が、お前に会いたがっておる。一度だけ、会うてみぬか。峰助は仁平をまっすぐ見上げました。その澄んだ目つきに、仁平はふと言葉を失いました。目の前にいるのは、ただ利用するだけの道具などではなく、自分と同じ血の通った一人の子供でございました。長年、主人に仕え、命じられるまま動いてきた仁平の胸の内に、初めて迷いが差したのでございます。峰助は静かに申しました。おじさん、母上が、見知らぬ人について行ってはならぬと申しました。峰助は振り返らずに手習い所へ駆け込みました。五道に駆け寄って申しました。先生、あの人が父の話をしながら、話しかけてまいります。五道は書物を置いて外へ出ました。仁平はまだ路地に立ち尽くしておりました。五道が言葉を発する前に、仁平は自ら踵を返し、こそこそと立ち去ってしまいました。仁平は落瀬の元へ戻り、子はついてまいりませんでした、とだけ報告いたしました。峰助の目つきがどうしても頭から離れず、それ以上の言葉が出てこなかったのでございます。
落瀬は顎に手をやったまま、しばらく座っておりました。伝助も失敗し、若旦那も失敗し、仁平も失敗いたしました。お関が宿場で築いた壁は厚く、落瀬の手はそこに届きませんでした。面目を構う時は過ぎたのでございます。落瀬は左兵衛を伴い、再び宿場へ馬を走らせました。今度は餅屋ではなく、手習い所へと向かいました。峰助が手習い所を出る夕暮れを狙ったのでございます。日の傾く頃、手習い所の戸が開き、子供たちが降りてまいりました。峰助も出てまいります。落瀬は峰助の前に立ちました。左兵衛が傍らに控えます。落瀬は峰助の腕をぐっと掴みました。この子は我が孫だ。連れて帰る。峰助は驚いて声を上げました。離してください。手習い所の子供たちが振り返ります。五道が飛び出してまいりました。宿場の商人たちが声を聞きつけ、集まってまいります。落瀬は峰助の腕を離しませんでした。峰助が腕を振りほどこうといたしましたが、落瀬の手に力がこもっておりました。左兵衛は傍らに立つばかりでございます。止めもせず、助けもせず、人々の目が気まずいのか、俯いておりました。宿場の者たちが取り囲みました。皆、知っておりました。落瀬が六年前、嫁を追い出したこと。追い出された嫁が裸で宿場へ来て、餅をこね、味噌を仕込み、手習い所を開き、こうして子を育て上げたこと。古着屋の伝兵衛が叫びました。これは乱暴ではございませんか。次に同じことをなされば、庄屋へ訴えます。魚屋の儀兵衛も進み出ました。あの子の母は、裸でこの宿場で六年、一人で育てて参ったのです。それを今更、連れて帰るなどと。宿場の女房衆も落瀬に食ってかかりました。子が産めぬと追い出しておいて、産んだら奪おうとは、そのような仕儀がどこにございましょう。手習いの子供の母親たちも声を上げました。我が子に字を教えてくださる方の子を奪おうと申しますのか。落瀬の顔が真っ赤に染まりました。落瀬は叫びました。この子は我が家の血筋だ。祖母の私が孫を連れて帰るのが、何が悪い。しかし、宿場の者たちは引き下がりませんでした。魚屋の儀兵衛が落瀬の前に立ち、穏やかに申しました。血筋でありさえすれば、何でも良いのでございますか。追い出した時は、血筋ではございませんでしたか。嫁が子を宿しているのを知りながら、追い出されたはず。知らなんだ。落瀬は言葉につまりました。その隙に、峰助は落瀬の手からするりと抜け出しました。宿場の者たちが峰助と落瀬の間に立ち塞がります。峰助が落瀬を見上げて申しました。お婆様、私は母上と暮らします。私を連れて行けば、母上が一人になりまする。落瀬の手が宙で止まりました。峰助は身を翻し、宿場の方へ駆け出しました。お関が騒ぎを聞きつけ、駆けつけております。峰助はお関の腕に飛び込みました。お関は峰助を抱きしめ、落瀬を見つめました。二人の目が合いました。お関の目には、怒りも恐れもございません。ただ、揺るがぬものだけがございました。落瀬は顔を背け、去ってまいりました。左兵衛が後に従います。
この騒動は、両村に伝わりました。宿場だけでなく、落瀬の住む村でも噂が立ちました。大きな屋敷の奥方が、宿場で孫を奪おうとして恥をかいたそうな。追い出しておいて奪おうとするとは、面目もない方だ。あの家は近頃、奉公人もみな出ていったそうな。昔日の勢いはもうないと申す。落瀬が村で声を張り上げても、人々は影でせせら笑うようになりました。かつて落瀬に擦り寄っていた者たちほど、手のひらを返すのが速うございました。落瀬の面目は地に落ちたのでございます。
落瀬は屋敷に戻ってまいりました。門を開けると、見知らぬ男が門前に立っておりました。小判を数える手つきの鋭い男でございました。お多賀と申す、顔役の金貸しでございました。お多賀は落瀬に頭を下げてから申しました。奥方様、若旦那様が私どもでこしらえられた借財が、大きな額に上っております。もはや、先延ばしにはできませぬ。落瀬の頭が真っ白になりました。何を申しますか。うちの息子が賭場だと。お多賀は答えました。若旦那様は、私どもの賭場に五年余り通っておられます。初めは少額でございましたが、近頃は掛け金が大きくなっておられました。落瀬は左兵衛を呼びました。ここへ出て来い。左兵衛が部屋から出てまいります。落瀬の目を避けておりました。落瀬は叫びました。蔵の金を、賭場に注ぎ込んでおったのか。絹が持ち出したものと思うておったに、お前であったか。左兵衛は頭を垂れました。母上、申し訳ございませぬ。その一言だけでございました。落瀬は遠縁にへたり込みました。足の力が抜けたのでございます。落瀬は蔵へ参りました。鍵を開けます。中は空でございました。小判の箱が空になっておりました。絹が搾り取った分。息子が賭場で失った分。落瀬自身が漢方薬や仲人への支度金として費やした分が、幾重にも重なり、蔵を空にしていたのでございます。落瀬は空の蔵に立ち、壁に手をつきました。そこから込み上げる唸り声が漏れました。それでも、落瀬は諦めませんでした。まだ田畑がございます。屋敷がございます。この屋敷と田畑は、亡き先代の代から受け継がれた財産でございました。落瀬は歯を食い縛りました。田畑を質に入れれば良い。金貸しへの借財も返し、孫を連れて帰る手立ても整えられよう。孫さえ連れて帰れば、全てを立て直せる。
落瀬は翌日、村の名主の元へ参り、田畑を質に入れるための証書をもらいたいと願いました。田畑を質に入れるには、相続の筋を名主に確かめてもらわねばならなかったのでございます。名主は村の寄り合いを開き、村の寺に伝わる人別帳を確かめることといたしました。この村では、生まれ、婚姻、死没の全てが寺の帳面に記されるのが習わしでございます。寺の住職が古い帳面を物置から取り出し、埃を払いながら開きました。落瀬もその場に同席いたしました。住職の指が、あるページで止まりました。奥方様、こちらの記載でございますが。落瀬の背筋は震え上がりました。何が食い違うと申すのだ。住職は静かに申しました。若旦那様がお生まれになった年、旦那様は隣国の奉行所へ出ておられ、およそ二年の間、この村に居られなかったと、こちらに記されております。名主も帳面を覗き込み、低く申しました。これでは、相続の筋が立ちませぬ。落瀬は声を絞り出しました。何かの間違いでありましょう。住職は帳面を閉じずに、もう一度落瀬を見つめました。間違いかどうかは、奥方様が一番よくご存知のはずでございます。
その瞬間、落瀬の脳裏にある夜の光景が蘇ってまいりました。夫が二年ぶりに奉行所から戻ってきたあの晩でございます。赤子を抱いた落瀬の前に立ち、夫はしばらく黙って赤子の顔を見つめておりました。あの目は、今思えば、疑いを確かめる目でございました。やがて夫は何も言わず、ただ一言、我が子だな、と申しました。それが確認なのか、それとも追及なのか、落瀬には分かりませんでした。以来、落瀬は一度もその夜のことを口にせず、夫もまた、墓場までこのことを持っていくはずでございました。夫はあの二年の間、この村におりませんでした。他国の奉行所へ出ていたのでございます。その二年の間に、落瀬の腹は膨らみ、息子が生まれたのでございます。村の者も当時、不審に思っておりました。しかし、夫が戻り、我が子だと認めた。誰もそれ以上は問いませんでした。しかし、夫は知っておりました。自分の子ではないことを。夫はこの事実を武器として、以後、落瀬を抑えつけてまいりました。落瀬が声を張り上げれば、夫は一言申したものでございます。私が大声を出せる立場か。その一言で、落瀬は口を継がねばなりませんでした。夫が生きている間は、秘密は守られておりました。夫もまた、我が種の恥を知られたくなかった故、帳面を共に取り繕ってまったのでございます。互いの恥を庇い合う共犯でございました。しかし、夫が世を去った後、落瀬は一人でこの秘密を抱えて生きねばなりませんでした。後継ぎが絶えれば、相続と祭祀のために帳面を再び開かねばなりません。息子の出生が改めて調べ直され、この食い違いが露見いたします。孫があり、後が続けば、帳面に手をつける理由がございません。孫は落瀬にとって、帳面に手をつけずに済ませる盾であったのでございます。ところが、落瀬自身が質入れの証書を願い出たことで、この帳面の照合を招いてしまいました。焦りが、自らの秘密を暴いたのでございます。
落瀬は寺を出ました。足の力が抜け、境内の石段に座り込みました。日が傾いておりました。生涯かけて守り抜いてきた秘密が、崩れつつございました。相続の筋が確かでない以上、田畑を質に入れることもできません。息子の賭場の借財は積み重なり、蔵は空になり、今や秘密までもが揺らいでおりました。
数日後、この一件が金貸したちの間に広まりました。落瀬は田畑を質に入れると申し、幾人かの金貸しから金を借りておりました。息子の賭場の借財とは別の借財でございます。この者たちは田を担保と信じて金を貸したのに、その質入れが叶わぬとなれば、担保の値が消えてしまったのでございます。金貸したちが落瀬の門前に押し寄せてまいりました。田畑を担保に貸したのに、質入れすらできぬとは。金を返せ。落瀬は門を閉ざしましたが、金貸したちは引き下がりません。中には、落瀬がすでにいくつかの田を別々の相手に二重に質入れしていたことを知る者もございました。噂を耳にしたお関は、密かに金貸したちの元を訪ね、彼らが手にしている質札を、蓄えていた金で一枚また一枚と買い取ってまいりました。お関は表だって動きませんでした。ただ静かに、質札を一つずつ自分の手元に集めていったのでございます。
質の日限が過ぎても、落瀬には質を受け出す金がございませんでした。質流れでございます。期限が過ぎ、名主の立ち合いのもと、屋敷と田畑は質札を持つお関のものとなりました。追い出された嫁が、姑の屋敷と田畑の新たな持ち主となったのでございます。村がざわめきました。お関は屋敷の譲り受けが全て整った後、ある夕暮れ、一人でかつての表門の前に立ちました。六年前、風呂敷包みを投げつけられたあの門でございます。とっとと消え失せろ。あの日の声が、今も耳の奥にこびりついているようでございました。お関はしばらく黙って門を見上げておりました。憎しみが薄れたわけではございません。しかし、勝ち誇る心地もいたしませんでした。ただ、長い道のりの果てにようやく立ち止まれたという、静かな安らぎだけがそこにございました。
左兵衛が、お関を尋ねてまいりました。宿場で何日も食べておらぬような姿でございました。着物はすり切れておりました。母上が屋敷を出ねばならぬ。私にも行く当てがない。お関は左兵衛を見つめました。お関は懐から一枚の紙を取り出しました。離縁状でございました。お関が前持って用意していたものでございます。これだけでも、よろしうございます。あなたの手で離縁状を書いてくださいませ。私たちはすでに他人でございますが、縁を切らねばなりませぬ。左兵衛は離縁状を見つめました。しばらく立ち尽くしておりました。口を開きかけては、閉じます。言葉を探しているようでございましたが、見つかりませんでした。左兵衛は筆を取りました。定めの離縁状を記します。墨が紙の上に落ちました。三年の間、何も言わず膝を屈していただけの男が、最後にただ一筆だけを書して去っていく。それが何とも申せぬ因果でございました。左兵衛は筆を置き、背を向けました。どこへ行くのかとは問いませんでした。お関も問いませんでした。
落瀬が表門の前に立っておりました。この門は、六年前、嫁に風呂敷包みを投げつけたまさにその門でございました。今度は、落瀬がこの門の外へ出ねばなりませんでした。落瀬はお関を見ました。お関は落瀬を見ました。二人の間に言葉はございませんでした。落瀬は顔を背け、門を出てまいりました。風呂敷包み一つを抱えた落瀬の後ろ姿が、路地の先へ消えてまいりました。
屋敷を去って後も、絹は宿場の近くを彷徨っておりました。ある日、絹が宿場の真ん中まで歩み出て、懐から風呂敷包みを解きました。中から帳面が出てまいりました。落瀬の家の財産帳でございました。絹は追い出される時、戸棚の小判だけを持ち出したのではございません。帳面も懐に隠して出てきたのでございます。盗んだことは消えませぬが、せめてこれだけは返します。絹はそう申して差し出したのでございました。絹は宿場の者たちに申しました。これは、あの大きな屋敷の帳面でございます。村の者に貸し付けた金にどれほどの利息をつけたか、田畑をどこに二重に質入れしていたかが、全て書かれております。宿場の者たちが集まってまいりました。帳面を覗き込みます。村人に貸し付けた利息が、細かく記されておりました。田畑を二箇所に同時に質入れした記録も出てまいりました。人々の顔が曇りました。これは酷い。我らにこれほどの利息を搾り取っていたのか。帳面の文字はびっしりと詰まっておりました。誰がいくら借り、利息をいくら取り、返せなければ何を取り立てたかが、一行一行記されております。この知らせは落瀬の住む村にまで広まりました。落瀬に利息を搾り取られた者、落瀬の前で縮こまって生きてきた者たちが、怒りを露わにしました。しかし、落瀬はすでにその家にはおりませんでした。家はお関のものになっておりました。人々はようやく悟りました。落瀬が村で振りかざしてきた権力は、借金の上に築かれた幻であったこと。
落瀬は村を離れ、町外れに小さな部屋を借りました。持ち金もなく、日雇い仕事でもせねば、飯にも困る身でございますが、今まで他人に指図するばかりであった女でございます。洗濯も不慣れで、飯も焦がし、日雇い仕事も上手くいきません。蓄えの喪失、財産の喪失、子の裏切り、守り抜いてきた秘密が揺らぐ不安、これら全てが重なり、病が次第に重くなってまいりました。落瀬はその小さな部屋に横たわったまま、起き上がれなくなりました。尋ねる者もございません。左兵衛は賭場の借金に追われ、姿をくらましてしまいました。絹は帳面を届けた後に姿を消し、伝助と仁平はすでに背を向けておりました。
ある晩、左兵衛がお関の餅屋の前に現れました。離縁状を書いて去って以来のことでございました。姿はみすぼらしゅうございました。着物は擦り切れ、顔は日に焼けて黒くなっておりました。左兵衛は申しました。母上の容体が思わしくない。町外れの部屋に、お一人で伏せっておられる。誰も見舞いに行かぬ。左兵衛はさらに一歩近づいて続けました。一度だけ、一度だけでも、お会いになってはくれぬか。お関は左兵衛を見つめました。哀れみの色が、お関の目をよぎりました。しかし、お関は首を振りました。私はもう、あの家の者ではございません。あなた自身が、離縁状を書かれたのでございます。左兵衛は頭を下げました。しばらく立ち尽くした後、口を開きました。すまなかった。お関は答えませんでした。左兵衛は闇の中へ消えてまいりました。
数日後、落瀬は通りすがりの者に頼み、町外れの部屋から遺言状を届けさせました。遺言状には、こう記されておりました。残る財産一切を、峰助に譲る。お関は遺言状を読みました。残る財産などございません。ただ、借財の実でございます。家と田畑はすでに質流れして、お関の手に渡っており、蔵は空でございました。落瀬は最後の最後まで、自分のやり方に固執しておりました。譲るものが何もないのに、譲ると書いたのでございます。お関はその遺言状を、その日、焚き火にくべました。炎が紙を舐め尽くします。お関は峰助に申しました。私たちは、我らの力で生きるのだ。よそから何かを受け継ぐ必要はない。峰助は頷きました。しかし、峰助はお関に申しました。母上、一つしたいことがございます。何だ。お婆様がどこにおられるか、存じております。宿場の者たちが話しているのを耳にしました。逢いに行ってまいります。お関はしばし黙りました。峰助の目は真剣でございました。憎しみは、その目にございません。お関は頷きました。行っておいで。峰助は町外れの落瀬の住まいを訪ねました。狭い路地の奥に、小さな部屋がございました。夕時でございました。西日が路地の土をうっすらと赤く染めております。戸は閉ざされておりました。峰助は戸を叩かず、代わりに部屋の前の土の上にしゃがみ込み、指で文字を書きました。お婆様、僕が欲しかったのは、金でも家でもありません。母と暮らすことでした。峰助は文字を書き終えると、立ち上がり、帰ってまいりました。夕風が吹き、路地の土埃が薄く舞い上がりました。
落瀬が戸を開け、外へ出てまいりました。咳込みながら、土の上に文字がございました。風が吹き過ぎた後も、その文字だけは消えずに残っておりました。落瀬はしばらく立ち尽くし、その文字を読みました。何度も読み返しました。落瀬の膝が崩れました。土の上に座り込みました。
その後、落瀬は村を離れました。荷の中には何も持たず、部屋の隅に古い銀の簪が一つだけ残されていたと申します。落瀬が嫁いできた時から肌身離さず持っていたものでございました。誰も、どこへ行ったか存じません。ただ、遠い山寺の庵に身を寄せた老女が、一人身を寄せているのを見た者がいるという噂だけが、後々まで残りました。
お関は落瀬の元の屋敷を取り壊しませんでした。屋敷は今や、場所がございます。宿場の小さな手習い所には、子供たちが皆入り切れませんでした。お関は屋敷を修繕させました。柱を直し、畳を張り替え、壁に新しい土を塗りました。屋敷の中に三つの部屋を設けます。一つは文字を習う部屋。一つは算数を習う部屋。一つは庭に面した、子供たちの遊び場となる部屋でございました。屋敷の門には、新しい看板が掲げられました。
落瀬の家で働いていた仁平が、お関を訪ねてまいりました。落瀬の家を出た後、仁平はあちこちの村で日雇いをしておりました。仁平はお関の前に膝をつきました。奥方様のご命令とはいえ、ぼっちゃまを拐かそうとしたことは、償いきれませぬ。あの日、ぼっちゃまの目つきを見て、これ以上は続けられぬと悟りましてございます。お関は仁平を立たせました。過ぎたことでございます。手習い所の手伝いをしてくれる者を探しておりました。もし身を寄せる所をお探しでしたら、こちらへどうぞ。仁平は深く頭を下げました。
宿場の商人たちが集まり、お関に申し出ました。宿場の取り仕切りを、お願いしたい。お関は手を振りました。私はただの餅屋に過ぎません。老婆が笑いながら口添えいたしました。お関、お前がやりなさい。私はもう年で、店先に座っておるだけで精一杯だ。お関はしばらくためらっておりましたが、やがて頷きました。
峰助が手習い所で算術を教える日が参りました。五道先生が故郷に帰ることになり、峰助が幼い子供たちの算術を受け持つことになったのでございます。峰助が教えるのは、ただの数ではございませんでした。宿場で値を測る法、商品の良し悪しを見分ける法、正直に商いをする法でございます。峰助は母から学んだことを、子供たちに伝えてまいりました。子供たちは峰助を慕いました。お兄さん、この豆は良い豆でございますか。悪い豆でございますか。匂いを嗅いでご覧。良い豆は香ばしい匂いがするものだ。
ある夕暮れ、峰助は手習い所の縁側に座り、宿場を見下ろしておりました。お関は餅を蒸しておりました。餅屋には未だ長い列ができております。手習い所からは、子供たちの声が聞こえてまいります。峰助は、お関に申しました。母上、私はこの手習いを続けます。商いもする。子供たちにも教えます。お関は峰助を見つめました。峰助の目に何かがございました。己の手で己の名を立てようとする光でございます。お関は峰助の頭を撫でました。良うございます。好きなようにやりなさい。屋敷の門に掲げられた新しい看板に、夕陽の光が差しておりました。落瀬が守ろうとした家は消えてしまいました。代わりに、お関と峰助が築いた土台がそこにございました。名も家柄もございませんが、人が集い、子供たちが育つ場でございます。お関は静かに微笑みました。



