退院した日に、家が跡形もなく消えていた。息子は笑顔で言った。「どうせボロ屋だったし、建て替えは必要だったでしょ」と。私の37年間の思い出も、亡き夫の形見も、全て「ゴミ」として処分されたという。そして、私の年金で新しい家のローンを払えと。貯金の通帳と印鑑も渡せと言われた。私は笑顔で頷いた。でも、心の中では別のことを考えていた。この3ヵ月間、入院中の私を誰も見舞いに来なかった。その間に彼らが何を…
「どうせボロ屋みたいなものだったでしょう。」 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は一瞬止まった。 3ヶ月の入院生活を終えて、やっと自宅に戻ってきた。タクシーの窓から見えたのは、瓦礫の山と更地だった。37年間、看護師として働き続け、夫と二人で築き上げた思い出の詰まった家が、跡形もなく消えていた。 「母さん、驚いた?でも大丈夫だよ。新しい家を建ててるから。」 息子の新一は、まるで良いことをしたかのような顔で私を見つめていた。 「そうですよ、お母さん。私の両親と一緒に住めるなんて、きっと楽しいですよ。」 嫁のさやも、当然のような口調で言い放った。 私は瓦礫を見つめながら、なぜか心の奥で静かな笑みが浮かぶのを感じた。 「ありがとう。本当にご苦労様。これで全てが楽になったわ。」 その時の私の表情を見た息子夫婦は、きっと感謝されていると思ったことだろう。でも、私の心に宿ったのは、全く別の感情だった。 なぜ私がこんなに冷静でいられたか、それには深い理由があった。 — 私、安藤みつ子は23歳から看護師として働き始めた。朝5時に起きて弁当を作り、夜勤明けでも家事をこなした。それが37年間の私の日常だった。 夫は新一が10歳の時に病気で亡くなった。それからは女手一つで息子を育てた。 「母さん、今日も遅いの?」 幼い新一が寂しそうに聞いてきた時のことを、今でも覚えている。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、この子のために頑張らなければと、自分に言い聞かせた。 医大への進学を希望した時、学費の工面は本当に大変だった。でも、息子の夢を叶えてあげたかった。6年間で1200万円以上かかった。さらに、結婚する時には500万円を援助した。 「母さん、本当にありがとう。」 その時の新一の笑顔が私の支えだった。息子の幸せが私の幸せ。そう信じて生きてきた。 ところが3ヶ月前、交通事故にあった。横断歩道を渡っている時、信号無視の車にはねられた。肋骨を3本骨折し、内臓にも損傷があった。 入院中、新一は最初の1週間だけ顔を見せた。その後はぱったりと来なくなった。さやに至っては、一度も見舞いに来なかった。退院の日も迎えは来なかった。一人でタクシーを呼んだ。そして、家に戻ってみれば、あの光景だった。 瓦礫の前で呆然としている私に、新一が説明を始めた。 「母さんが入院してる間に決めたんだ。どうせボロ屋だったし、建て替えは必要だったでしょ。」 ボロ屋。息子の口から出た言葉に、胸が締め付けられた。 確かに築40年の家は新しくはなかった。でも、大切に手入れをしていた。壁の塗り替えも5年前にしたばかりだった。でも新一は、私に一言の相談もなく。 「母さんは入院してたじゃないか。それに、どうせ反対されるのは分かってたし。」 さやが横から口を挟んできた。 「お母さん、古い考えに縛られてたら何も進みませんよ。私たちが決めたことなんですから、素直に受け入れてください。」 「母さんの意見なんて聞く必要ない」とでも言わんばかりの態度だった。 「ところで、家の中のものはどうしたの?」 私が尋ねると、新一はあっさりと答えた。 「あ、全部処分したよ。どうせ古いものばかりだったから。」 処分。その言葉が頭の中で響いた。 「父さんの写真は? 形見の腕時計は?」 「そんな古いもの取っておいても仕方ないでしょ。全部ゴミとして出したよ。」 ゴミ。夫との思い出が詰まった品々を、息子はゴミと呼んだ。結婚式の写真も、新一が生まれた時の産着も、家族旅行の思い出も、全てがゴミとして捨てられた。 「母さんの着物もあったでしょ。あれは私の母から譲り受けた大切なものよ。」 「着物? あ、あんな古臭いもの誰も着ないでしょ。全部処分業者に引き取ってもらったよ。」 母から娘へ、母から私へと受け継がれてきた着物。それも失われた。 私は震える声で聞いた。 「仏壇は? お父さんの位牌は?」 「あ、それは新しい家に置く場所がないから、お寺に預けることにしたよ。」 置く場所がない。新しい家には、夫の居場所すらないということだった。 「でも、毎日手を合わせていたのに。」 「母さん、そんな古い習慣にこだわってもしょうがないよ。」 さやが得意げに新しい家の説明を始めた。 「私の両親は1階の南向きの大きな部屋にしました。日当たりも風通しも最高なんです。12畳もあって、専用のトイレとミニキッチンもついてます。」 「じゃあ、私の部屋は?」 「お母さんは2階の北側の部屋です。6畳ですけど、1人なら十分でしょう。」 北側の6畳。それも、元々は物置きとして設計された部屋だと後で知った。 「トイレは2階にもありますから、階段を降りて1階のも使えますし。」 私の足は、まだ事故の影響で完全には回復していなかった。階段の登り降りは辛かった。でも、そんなことは考慮されていなかった。 … Read more