15年前、雨の降る寒い夕方のこと。姉を病気で亡くし、親戚にも引き取られず施設で暮らす12歳だった私は、無意識に足が向いた商店街で、ズブ濡れのまま見知らぬ豆腐屋の前に立ち尽くしていました。すると、小柄なおばあちゃんが店から出てきて、私の顔を見るなりこう言ったんです。「ほら、温かいうちに食べな。」そんな私の亡き姉の口癖と全く同じ言葉を。私は泣きながら初めて、姉が亡くなってからお腹いっぱいまで食べ…
目の前に、色あせた不動産屋の看板があった。10年ぶりに帰ってきた商店街の、あの場所に。 「あんた、もしかしてあの子かい?豆腐屋のばあさんがずっと話してたよ。」 聞き慣れない声に振り向くと、エプロン姿の年配の男が店先からこちらを見ていた。かつて乾物屋を営んでいたおじさんだ。白髪がすっかり増えて、おじいさんになっていた。 「はい。桐山匠です。昔、ふみさんにお世話になりました。」 「やっぱりそうか。大きくなったなあ。立派になって。ふみさんが見たら、どんなに喜ぶか。」 「あの、ふみさんは、どこに?」 声が震えた。一番聞きたくない答えを聞いてしまう気がして、怖かった。だがおじさんは優しく言った。 「心配ないよ。生きてる。ちゃんと生きてるさ。ただ、もう店はできなくなってね。」 15年前のあの日、雨に濡れて立ち尽くす12歳の俺に、温かい豆腐を差し出してくれたおばあちゃん。その優しさの本当の意味を知った時、俺は子供のように泣いた。 俺の名前は桐山匠。27歳。東京で小さな料理屋を開いている。カウンターだけの十席ほどの和食の店だ。3年前に独立して、今ではなんとか予約が取りにくいと言われるまでになった。 けれど俺には、家族がいない。両親は俺が6歳の時に事故で亡くなった。そして、母親代わりに育ててくれた姉も、俺が12歳の時に病気で亡くなった。 天涯孤独。その言葉がぴったり当てはまる人間だった。 そんな俺がどうにか料理人になれたのは、故郷の商店街で一人のおばあちゃんが、温かいものを食べさせ続けてくれたからだ。本当はもっと早く、お礼を言いに帰るべきだった。それができないまま、町を出てしまった。 俺の一番古い記憶は、姉の背中だ。 両親が亡くなった時、姉はまだ二十歳だった。これから自分の人生を楽しもうという年頃だ。それなのに姉は、6歳の弟を引き取る道を選んだ。親戚は誰も、俺たち二人を引き取ろうとはしなかった。それを姉は責めもせず、「匠は私が育てる」と言って頭を下げて回ったらしい。 それからの暮らしは、決して楽ではなかった。姉は昼間は会社で働き、夜は近くの居酒屋で皿を洗った。お金はいつもギリギリで、俺の運動靴はつま先が当たるようになるまで買い換えられなかった。 それでも、不自由な思いをした記憶はない。姉は料理が上手で、安いものを工夫して温かい一皿に変えるのが上手だった。中でもよく食卓に上ったのが、豆腐の料理だ。 「豆腐はね、安いのにお腹も心も膨れるの。偉いでしょ。」 姉はそう言って笑った。その豆腐を買いに、よく二人で商店街の大島豆腐店へ通った。店番をしていたのは、小柄なおばあちゃん。ふみさんだ。姉が財布の小銭を数えていると、ふみさんは決まって形の崩れた小さな揚げだし豆腐を紙に包んで持たせてくれた。 「坊やにおまけだよ。たくさん食べて大きくなりな。」 帰り道、俺は姉と半分こにして食べた。「内緒だよ」と、姉はいたずらっぽく笑った。 ふみさんの店で湯豆腐を食べる時、姉は決まってこう言った。「ほら、温かいうちに食べな。」それが姉の口癖だった。冷めないうちに、一番美味しいうちに、お食べ。たったその一言に、姉の精一杯の愛情が詰まっていた。 「兄ちゃんは食べないの?」幼い俺がそう聞くと、姉は「私はさっきつまみ食いしたから」と言った。今になって思う。あれは嘘だ。自分の分まで俺に食べさせていたのだ。 俺が8歳の誕生日の時、姉はコンビニの小さなケーキに細いロウソクを8本立てて、下手な歌を歌ってくれた。「8歳おめでとう。今年もちゃんと生きてくれてありがとうね。」子供にありがとうと言う姉が、その時の俺には少し不思議だった。今ならわかる。姉は本当に、俺が無事に大きくなっていくことだけを祈るように願っていたのだ。 姉のもう一つの口癖。「ご飯さえちゃんと食べてれば、大抵のことはなんとかなる。だから何があっても、食べることだけはやめちゃだめだよ。」 そんな日々が6年続いた。俺が小学6年生になった年、姉が倒れた。最初は疲れだろうと笑っていたが、病院でそのまま入院になった。病名は子供の俺には難しくてわからなかった。ただ、先生と話した後の看護師さんの顔がいつも曇っていたことだけは、なんとなく感じ取っていた。 それでも姉は、俺の前ではいつも笑っていた。「心配ない。すぐ良くなって、また匠に味噌汁を作るからね。」 学校が終わると毎日病院に通った。姉は嬉しそうに聞きながら、決まって最後に同じことを聞くのだった。「匠、ちゃんとご飯食べてる?好き嫌いしてないかい?」自分の方がずっと辛いはずなのに、姉が気にするのはいつも、俺がちゃんと食べているかどうかだった。 「うん。姉ちゃんこそ早く元気になってよ。」 「うん。姉ちゃんが帰ったら、また二人でいっぱい食べようね。」 小指を立てて指切りをした。姉の小指は驚くほど細くなっていたけれど、その指切りは果たされなかった。入院して半年も経たないうちに、姉は静かに息を引き取った。まだ26歳だった。 姉がいなくなってからの数日間のことは、霧がかかったようにぼんやりとしている。涙さえうまく出てこなかった。ご飯も喉を通らなかった。葬式にはあの冷たかった親戚たちも来たけれど、誰一人、俺を引き取るとは言わなかった。 こうして俺は12歳で、本当に一人ぼっちになった。街外れにある児童養護施設で暮らすことになった。施設の人たちは悪い人ではなかった。むしろよくしてくれた方だと思う。けれど当時の俺は、誰にも心を開けなかった。姉のいない世界は、ただただ寒かった。何を食べても砂を噛んでいるようで、どんどん痩せていった。 そんなある日、学校帰りのことだった。小雨の降る肌寒い夕方、俺はわざと遠回りをして昔のアパートの方へ歩いていた。姉と暮らした部屋にはもう別の人が住んでいる。それでもあの通りを歩くと、ほんの少しだけ姉がそばにいるような気がしたのだ。 気づくと、俺は商店街の中ほどで足を止めていた。姉とよく豆腐を買いに来た、あの豆腐屋の前だった。大島豆腐店という古い木の看板。立ち上る湯気と大豆の匂い。鼻の奥がツンとした。 俺がその場から動けずにいると、店の奥から一人のおばあちゃんが出てきた。小柄で、腰の少し曲がった白髪のおばあちゃんだった。ズブ濡れで突っ立っている俺を見て、おばあちゃんはしばらくじっと顔を見つめていた。それから何かに気づいたように、小さく息を飲んだ。 「あんた、しおりちゃんとこの坊やだね。」 姉の名前が、おばあちゃんの口から出た。俺は何も答えられなかった。声を出したら、泣いてしまいそうだった。小さく頷くのが精一杯だった。 おばあちゃんはそれ以上何も聞かず、ただ静かに言った。「ちょうどおかずを炊いたところでね、一人じゃ食べきれないんだよ。よかったら上がっていきな。」 俺は迷った。知らない大人についていってはいけない。そう教えられていた。それなのに体が動かなかった。湯気の向こうのおばあちゃんの目があんまり優しくて、吸い寄せられるように頷いていた。 店の奥の小さな座敷に通された。古いちゃぶ台の上に、おばあちゃんは湯気の立つ器を次々と並べてくれた。炊きたてのご飯、熱々の湯豆腐、温かい味噌汁。そして俺の前にそれを置きながら、おばあちゃんは言った。 「ほら、温かいうちに食べな。」 その瞬間、俺は固まった。それは姉がいつも俺に言っていた言葉と、全く同じだったからだ。 恐る恐る湯豆腐を一口運ぶと、熱々の豆腐が舌の上でほろりと崩れた。出汁の染みた優しい味。その瞬間、俺の目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。自分でも止められなかった。姉が亡くなってからずっと出てこなかった涙が、温かい豆腐一口で溢れ出した。 俺は声をあげて泣きながら、それでも箸を止めなかった。おかずを食べ、ご飯をかき込み、味噌汁をすする。そのぬくもりが、体の芯にまで染み込んでいくようだった。 おばあちゃんは何も言わなかった。ただ隣に座って、背中をそっとさすってくれていた。 「いっぱいお食べ。お腹が膨れれば、辛いことも少しは楽になるからね。」 その言葉も、姉が言っていたこととよく似ていた。俺はその日、姉が亡くなってから初めて、お腹いっぱいになるまで食べた。 施設に帰ろうとする俺に、おばあちゃんは言った。「坊や、お腹が空いたら、いつでもおいで。ここはいつでも空いているからね。」 この日から、俺の帰れる場所が一つできた。 それから俺は、学校が終わると足しげく豆腐屋に通うようになった。おばあちゃんの名前は、大島ふみ。ご主人を何年も前になくして、子供はいなかった。代々続くこの豆腐屋を、たった一人で切り盛りしているのだと知った。 ふみさんは無口な人だった。むしろぶっきらぼうなくらいだ。けれど俺がしょんぼりしていると、決まって何か温かいものを出してくれた。「ほら、出涸らしだよ。食べちまいな。」そう言って差し出されるのは、形の崩れた揚げだし豆腐や、揚げたての油揚げだった。「でき損ない」と言うけれど、どれもちゃんと美味しかった。きっと俺のために、わざと多めに作ってくれていたのだと思う。 施設の相部屋ではいつも気を張っていた。学校でも、親のいない子だと思われないように必死で普通のふりをしていた。けれど豆腐屋の座敷では、誰のふりもしなくてよかった。湯と大豆の匂いに包まれて、俺はようやく息ができた。 ある日、思い切って聞いてみた。「おばあちゃん、俺、手伝っちゃだめ?」ふみさんはちょっと驚いた顔をして、それから小さく笑った。「そうかい。じゃあ、そこの大豆をざるにあげとくれ。」 それが俺がこの店を手伝うようになった始まりだった。水に浸した大豆をざるにあげる。固まった豆腐を切る。でき上がった豆腐を水を張ったケースに並べる。一つ一つ、ふみさんが教えてくれた。 … Read more