「浮気が原因で離婚した元旦那から、1年後に電話がかかってきた。『やり直そう』って。あの時、病院に置き去りにされた私がどれだけ傷ついたかも知らないで。しかも、電話の向こうには愛人までいて、代わる代わる文句を言ってくる始末。そんな二人に、私はある決定的な言葉を放ったの。『あなたたちは私を見くびりすぎなのよ』ってね。すると、今度は元旦那が『俺が間違ってた』って土下座してきたんだけど…もう遅いのよ。…
「ねえ、そろそろじゃない?」 「ああ、あの件か。確かにな。」 愉快そうな表情の七美に、秋夫は苦笑しながら答える。二人の会話に心当たりがある私が同意しようとした時、スマホに電話がかかってきた。 「噂をすれば、ってやつね。」 彼らに通知画面を見せてから、スピーカー状態で電話に出る。 「はい。こんにちは。新婚生活はどうかしら?」 「お前、どこにいるんだ?」 こちらの質問に答えず、一方的に怒鳴る冬馬の声に、私は思わず笑みを浮かべた。どうやら随分と余裕がないらしい。 「なんで居場所を教えないといけないの?」 「せっかく俺が出たのになんでマンションにいないんだ?インターホン鳴らしたら知らないおばさんが出てきたぞ。」 「ちょっと他人に迷惑かけないでよ。」 「誰のせいだ?」 強いて言うなら冬馬のせいだろう。彼が好き勝手した結果、私はより安全な場所に移ろうと考えたのだから。 「とにかく新居の場所を教えろ。」 「なんで?」 「なんでって、俺に会いたくないのか?」 「会いたいはずないでしょ。あなたは他人なんだから。」 きっぱり告げれば、歯を噛みしめるような音が聞こえる。私に言い負かされて悔しいのかもしれない。 「で、何の用なの?」 「あいつとは離婚する。やり直そう。」 彼のセリフに、私は深くため息をつく。予想していたとはいえ、ここまで人を失望させるなんて、と心の底から呆れたのだ。 「ふざけてる。」 「こんなはずじゃなかった。あいつは、柚澄は疫病神だったんだ。」 冬馬は自分がどれだけ苦労したか、聞いてもいないのに語り始めた。 「あいつ、勝手に仕事をやめたんだよ。柚澄は今回の一件ですっかり立場を失っている。社長の正春は自分の娘が行ったことを包み隠さず社員に報告した。結果、会社中に知られ、白い目を向けられるように。まあ、あいつ仕事できなさすぎて有名だったし。私もそこまで知らなかったが、柚澄は『私、社長嬢だから』と仕事を周りに押し付け、秋夫の後ばかり追いかけていた。元々ヘイトを集めていた彼女は完全に周りからの信用を失い、自主退職したのだ。」 「ただでさえあいつ自身の借金があるのに、働こうとしない。」 秋夫のつぶやきに気づかないほど、冬馬は興奮している。一方私たちはすでに知っていたので、完全に白けた雰囲気だ。借金の原因は、婚約者や私に支払った浮気の慰謝料によるもの。正春は一切手伝わず、彼女自身でお金を払わせた。 「なのに俺の給料が安いってふざけんな。」 ちなみに冬馬の方も社会的にしっかりとバツを受けている。彼の働いている会社は例の婚約者と関わりがあった。結果、婚約者が彼の会社で浮気の件を話し、あっという間に針のむしろに。それだけでなく、重要な取引先を失うところだったため、冬馬は減給処分を受けた。 「まあ、仕方ないわよね。」 きっと二人は私と離婚して自分たちが結婚しても、大した生活は変わらないと考えていたのだろう。しかし浮気の代償は彼らが思うよりも重かった。社会的にも最低な行為と見なされており、一気に評価を下げるのだ。 「俺が間違ってた。小春と一緒にいた時は金に困ることなかったし。」 「当然でしょう。生活費は全て私が賄っていたんだから。」 冬馬は自分のことだけに給料を使い、生活に必要なお金は何も負担していない。その頃と比べる方がおかしい。そう思い、何と反論しようかと考えていた時だ。 「はあ?私のセリフよ。」 柚澄の高い声が割り込んできた。 「あんたのせいで金持ちに逃げられたのよ。何年も待ってやっと結婚できるようになったのに。」 「あんな男つまんない。本当はあなたと結婚したいって言ってたじゃねえか。」 口喧嘩を始める二人に、私たちは呆れた視線を交わす。もう切っていいだろうか、と三人のように思い始めた。 「最悪。男じゃなくて、せめて秋夫さんと一緒になりたかった。」 「あんなクズとは。は、趣味悪いな。お前みたいな性格の悪いやつこっちからごめんだよ。」 秋夫が先ほどよりも大きな声で言うと、ピタリと電話の向こうが黙る。 「あ、秋夫さんそこにいるの?お願い。私をここから連れ出して。あなたは私の王子様なの?」 「無理。俺は小春ちゃんが好きだから。」 急な告白に、私は吹き出しそうになった。なんとなくそうかもとは感じていたが、はっきりと言葉にされると恥ずかしいものがある。思わず目をそらす私を、七美がニコニコしながら見ていた。 「え?あんなおばさんのどこが?」 「知らないのか?小春ちゃんはうちの会社にはなくてはならない貴重なデザイナーだよ。」 一応私の仕事はデザイナーで、ゲームの背景デザインの担当だ。実は父の転職先がデザイナー業界で、絵の才能を見抜き、試しに背景を描くよう正春が頼んだのがきっかけである。現場仕事の経験も生かされた結果、父は唯一無二の背景デザイナーとなった。誰よりも間近でそれを見ていた私は、父の跡を継いだわけである。 「他にも小春ちゃんは誰よりも周りを見てる。だから今はデザイン部の部長をしてるよ。」 周囲に頼らないようにしていても、生きていく以上誰かに支えられるのは必然だ。その恩を少しでも周りに還元したいと考え、積極的に周囲に声をかけるように。次第に周りの人が困っていることや求めている状況が分かり、私は手を貸すようにしていた。すると気づいたら部長にまで昇格していたのだ。 「下手すればそこの愚かな浮気野郎より稼いでるかもな。」 笑いながら告げられた事実に、完全に電話の向こうが沈黙する。少しすると「嘘だ」とつぶやき始めたのが聞こえた。 「嘘じゃないわ。あなたたちは私を見くびりすぎなの。」 「本当、小春は優秀な人だよ。仕事も家事も両立してたんだから。随分とでかい魚を逃したな、元旦那さん。」 秋夫の煽りに、冬馬の歯ぎしりの音がする。今頃悔しさで顔を歪ませているのだろうと想像し、笑いが込み上げてきた。ただ秋夫の言葉は正論なので、言い返せないようだ。 … Read more