「悪いが、今日持ってきた野菜は一切受け取れない。いや、むしろこれから先も必要なくなった。1000万円分の野菜。もういらねえから」 高級レストランのオーナーに、突然取引を打ち切られた。年間1000万円分の野菜。契約を前提に作付けも増やし、設備投資もしてきた。頭が真っ白になる中、彼は面白がるように笑った。「ビジネスっていうのはそういうもんだ」と。…
高級レストラン「レストラン神崎」に野菜を納品しに来た農家の俺。しかし、オーナーの神崎さんから突然、取引打ち切りを宣告された。 「悪いが今日持ってきた野菜は一切受け取れない。いや、むしろこれから先も必要なくなった。1000万円分の野菜。もういらねえから」 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。1000万円分というのは、ざっくり計算した年間の卸し金額に相当する。つまり、取引そのものを断ち切られたということだ。 「そ、そんな急に取引停止なんて困りますよ」 俺は思わず声を荒げてしまう。このレストランとの契約を前提に、今年は作付けも増やしていたし、設備投資もしていた。あまりに唐突すぎる話に頭が真っ白になる。 でも神崎さんは、むしろ面白がるように口元を歪ませた。 「困る?知らないね。ビジネスっていうのはそういうもんだ。こっちが必要ないと判断したら、早いうちに切るのが鉄則だろ」 その傲慢な物言いに、俺は胸が苦しくなる。どれだけ手をかけて育ててきた野菜か。何度も何度も試行錯誤して、美味しいと言われたくて努力してきたのに、あまりにもあっさり否定されると言葉が出ない。 すると、その時、外国人のVIPがレストランに入ってきた。どうやらレストランと取引を結びに来たようだが、すり寄るオーナーをよそに、彼は俺を見て言うのだった。 「君ほどの人が、なぜこんなところに?」 それを聞き、目を白黒とさせるオーナー。だって、俺の正体は? 俺の名前は吉川蒼太。のどかな田舎で農業を営んでいる。朝は日の出と共に起き、畑に出て作物の様子をじっくりと観察するのが日課だ。土の状態を確かめ、少しでも乾いていれば水やりの量を変えたり、害虫を見つければすぐさま対策をしたり。表舞台には立たない地味な仕事だけれど、この積み重ねこそが美味しい野菜を生む金なんだと信じている。 しかし、俺の毎日はただ黙々と土をいじるだけじゃない。週に数度、収穫した野菜をトラックに積んで、高級レストラン「レストラン神崎」へ卸しに行く機会がある。そこの料理長が、仙台オーナーの頃から大切に育んできた取引であり、ありがたいことに俺の作物をかなりの量引き取ってくれているんだ。 実際、「レストラン神崎」は、文前からして特別感が漂っている。レンガ作りの落ち着いた外観に、柔らかな照明がともるエントランス。俺みたいな農家が気軽に足を踏み入れていいのかと戸惑うほど高級感に満ち溢れている。 だが、そこで働く水沢さんは、いつも俺の姿を見つけると笑顔で迎えてくれる。彼女はシェフとしての腕前が抜群で、店の看板メニューをいくつも手掛けているらしい。俺から見れば、すごい人かどうかは分からない。ただ、彼女の料理を口にした人たちは、皆一様に絶賛しているみたいだ。俺自身、野菜を下ろしているだけで料理の一端を担いでいるようで、なんとなく誇らしい気持ちになる。 「レストラン神崎」には、仙台オーナーの代から質のいい素材を徹底的に追求するポリシーがあったと聞く。俺が配達を始めた当初は、仙台オーナーが「若いのに頑張ってるじゃないか」と声をかけてくれたり、水沢さんも「このキュウリすごく瑞々しくていいわね。どうやって育ててるの?」なんて興味津々に尋ねてくれたりして、いつも温かく迎えてもらっていた。 それに、水沢さんは俺の野菜をとても丁寧に扱ってくれた。「このトマトは酸味が爽やかだからサラダに使いたいな」「ナスは焼き加減が大事だから、ちょうどいい仕上がりになるか挑戦してみるわ」など、彼女なりの創作アイデアをどんどん聞かせてくれるんだ。その度に、俺も「よし、次に持ってくる野菜はもっといい状態で収穫しよう」と気合いが入る。 だからこそ、最近少しずつ変わってきた店の空気に、俺も気がかりを覚えている。仙台が退き、新しく二代目オーナーに就任したのが神崎さんだ。水沢さんとは幼馴染みという話をちらりと耳にしていて、神崎さん自身も「昔からずっと彼女の料理センスは抜群だと思ってた」と何度か話しているのを聞いたことがある。 ただ、俺と神崎さんが顔を合わせると、どうにも雰囲気が良くない。彼は洗練されたスーツ姿で店の経営方針を矢継ぎ早に打ち出しているみたいだが、その態度にどこか違和感を感じるんだ。以前は俺が納品に行っても仙台オーナーが気さくに声をかけてくれたものだけど、今の神崎さんは、まるで「業者にかまっている暇はない」と言わんばかりにさっさと通りすぎてしまう。 水沢さんが俺にこっそり教えてくれたところによると、神崎さんは海外への事業拡大を見据えているらしい。しかも、相当なスピードでコスト削減を進めようとしていて、既存の契約や仕入れルートにも容赦なくメスを入れかねないとか。 「吉川さん、ここだけの話なんだけど、神崎君がやたらと海外の話をしていて、実はそこに多額の投資をしようとしているみたいなの。だから今のレストランの運営費をかなり削りたがっていて」 配達作業を終えた裏口で、水沢さんにそう打ち明けられ、俺は少し気遅れしながらも聞き返した。 「ということは、もしかして仕入れ先の見直しもあるかもしれないってことですか?」 「え、実はちょっとだけそんな話を耳にして。今すぐどこというわけではないと思うんだけどね」 彼女が言葉を濁しながら心配そうにこちらを見る。その視線を受け止めた俺は、思わずため息が出そうになった。ここのレストランは俺の野菜を多く買い取ってくれている大事な取引先だ。もし関係が断たれたら、経営的にも大打撃だ。 俺が苦い顔をしていると、水沢さんが「大丈夫だよ」と柔らかく微笑んで見せた。 「川さんのところの野菜がどれだけ人気なのか、私が一番よく知ってるんだから。正直、うちのレストランは吉川さんの野菜で持ってるようなものだよ。だから神崎君が何か言っても、私が止めるから心配しないで」 俺を安心させようとしてくれているのが伝わってきて、思わず胸が温かくなる。 「いや、ありがとうございます。でもすみませんね。何から何まで」 俺がそう返すと、水沢さんは首を振って笑みを深めた。 「全然。吉川さんだってうちのレストランを支えてくれてるし、私も美味しい野菜のおかげで新しいレシピがどんどん思い浮かぶからね。むしろ感謝してるんだよ」 「そう言ってもらえると助かります」 「だから、あんまり落ち込まないで。もし彼が仕入れを見直すとか言い出しても、私も黙ってないからさ」 彼女は言葉の端々こそ砕けているものの、まっすぐこちらを見つめる視線は頼もしかった。シェフとして一流だと噂されるだけのことはあるし、何よりあの二代目オーナーに食材や調理法についても堂々と意見を言っていると聞く。どうやらそこには、幼馴染みならではの遠慮のなさがあるらしい。 「神崎君とは昔から一緒に育ってきて、親の経営する店を見てきた仲なんだ。確かにやり方が強引な時もあるし、海外進出っていう夢に熱くなりすぎちゃうところもあるけど、本当は悪い人じゃないと思うよ。まあ、私から見ても、もうちょっと穏やかになればいいのにって思うことはあるけどね」 そう言いながら、水沢さんは少し苦笑した。子供の頃からそばにいた神崎さんのことを、彼女なりに色々感じ取っているんだろう。俺も「なるほど」と相槌を打ちながら、どこか羨ましいような気持ちを抱く。 「私も神崎君が海外店舗を夢見る気持ちは理解してるんだ。元々、世界中の人にうちの料理を楽しんで欲しいって言い続けてたから。だけど、だからと言って大切なものを犠牲にするのは違うよね。レストランって、お客様に美味しいって思ってもらうのが一番大事だからさ」 「はい。俺も野菜を育てる時は、美味しいかどうかを基準にしてます」 「それだよ、それ」と、水沢さんは軽く指を刺してくる。「でしょ?その美味しいかどうかが、結局は人を喜ばせる根本だよね。だからコスト削減は必要でも、素材の質を落としたら意味がない。私はシェフだからかもしれないけど、素材の味が最高だと自然に美味しくなるんだ」 「水沢さんは本当に料理が好きなんですね」 「そりゃ、ずっとこれで生きてきたからね。ああ、変な意味じゃなくてさ」 彼女はそう言いながら照れくさそうに笑った。冗談めかしてはいるが、その瞳には確かな自信が伺える。料理人としての誇りというか、自分の腕を信じているからこそ言える言葉なんだろう。俺はそんな彼女を見て胸が熱くなる。こういう人に出会えたからこそ、俺は頑張って野菜を作り続けていられるんだと思う。 それは、ある日の朝だった。俺はいつも通りトラックの荷台に新鮮な野菜をぎっしり積んで、「レストラン神崎」へ納品に向かった。空は晴れ渡り、秋の日差しが少しだけ肌を温める。最高の収穫日和だと感じながら、ハンドルを握る手にも自然と力が入る。つい先日、水沢さんが「この季節のオクラ、すごく瑞々しくて美味しいわよね。是非サラダに使いたい」と言っていたのを思い出して、俺は少しでも状態のいいものを届けようと一生懸命育ててきた。 なのに、いつもは俺が到着すると裏口で待っていてくれるはずの水沢さんの姿が見えない。代わりに、レストランの入り口付近で慌ててそわそわしている店員たちが目に入った。嫌な胸騒ぎがして、急いで荷台から野菜のコンテナを下ろして店に入ろうとすると、すぐさまあの威圧的な声が聞こえてきた。 「はあ?その値段でOK出したのか。ダメだ。もっと安く交渉しろ」 神崎さん、二代目オーナーだ。いつもピリピリしている彼だけど、その日はいつにも増して険しい顔をしていた。俺が戸惑いながらも近づくと、彼はコンテナの野菜に目もくれず、鼻で笑うように唇を歪めて言い放つ。 「悪いが今日持ってきた野菜は一切受け取れない。いや、むしろこれから先も必要なくなった。1000万円分の野菜。もういらねえから」 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。1000万円分というのは、ざっくり計算した年間の卸し金額に相当する。つまり、取引そのものを断ち切られたということだ。 「そ、そんな急に取引停止なんて困りますよ」 俺は思わず声を荒げてしまう。このレストランとの契約を前提に、今年は作付けも増やしていたし、設備投資もしていた。あまりに唐突すぎる話に頭が真っ白になる。 でも神崎さんは、むしろ面白がるように口元を歪ませた。 「困る?知らないね。ビジネスっていうのはそういうもんだ。こっちが必要ないと判断したら、早いうちに切るのが鉄則だろ」 その傲慢な物言いに、俺は胸が苦しくなる。どれだけ手をかけて育ててきた野菜か。何度も何度も試行錯誤して、美味しいと言われたくて努力してきたのに、あまりにもあっさり否定されると言葉が出ない。 すると、奥から駆けつけてきたのが水沢さんだ。彼女は俺と神崎さんの間に割って入り、懸命な形で訴える。 「神崎君、どういうつもり?こんな急に仕入れを切るなんて。うちのメニューはどうなるの?うちのレストランには吉川さんの野菜が必要なのよ」 … Read more