完成会の会場で、私の席だけがなかった。名前入りのネームプレートが並ぶ中、私は立ち食いスペースに追いやられた。技術発表の予定も勝手に削除され、私の技術が「当社の開発」として紹介された。水野部長は笑顔で言った。「町工場の技術発表なんて、参加者は聞きたくないでしょうからね。」その瞬間、私は決意した。このまま黙って引き下がるか、それとも戦うか。父が築いた10年の信頼を守るため、私は一つの行動に出るこ…
会場に足を踏み入れた瞬間、違和感を覚えた。一流ホテルの大宴会場には大企業の担当者たちがずらりと並び、それぞれの席には名前入りのネームプレートが置かれている。だが、俺の席だけがない。受付の女性は名簿を確認し、申し訳なさそうに言った。 「大変申し訳ございません。川島様のお席はご用意がございません。立ち食いスペースでお願いできますでしょうか。」 俺は川島健太、36歳。父の跡を継いで川島精密工業を経営してから10年になる。従業員はわずか12名の小さな町工場だが、ミクロン単位の超精密加工技術では業界トップクラスだ。父は生前、こう言っていた。「誠実さが一番の武器だ。大企業も町工場も、仕事の価値は同じだ。」 その言葉を胸に、リーマンショックで大口取引先を失い、倒産寸前まで追い込まれた時も、技術を信じて必死に営業を続けた。そんな時、当時専務だったグローバルテックの遠藤氏が工場に視察に来てくれた。工場を丁寧に見て回った遠藤氏は言った。「川島さん、あなたの技術は本物だ。うちと一緒に未来を作りましょう。」その言葉が今も俺を支えている。 遠藤氏は数年前に社長に就任し、俺たち町工場を対等なパートナーとして扱ってくれる数少ない経営者だ。工場長の坂下は、父の代から30年以上続くベテランで、俺が工場を継いだ時から支え続けてくれた良き相談相手でもある。 2週間前、遠藤社長から直接電話があった。グローバルテックが3年かけて開発してきた次世代EVモーター「パワートルク3」の完成会で、技術発表をしてほしいという依頼だった。俺は光栄に思い、すぐにプレゼン資料の準備に取りかかった。坂下と相談しながらスライドを作り、実物の超精密ローター時空ユニットもサンプルとして持参することにした。 この部品は川島精密工業が独占供給している重要部品だ。表面は人間の手で触っても傷一つ分からないほど滑らかに仕上げられている。わずか0. 002mm、つまり髪の毛の太さの1/50という精度で加工しなければならない。この精度が少しでも狂うと、モーターの回転時に摩擦が生じて発熱し、効率が大幅に低下してしまう。実際、他社の部品を使った試作機ではモーターの効率が30%も落ち、1回の充電で走れる距離が450kmから300km程度まで短くなってしまった。 グローバルテックとは10年前から取引関係があり、川島精密工業が製造する超精密加工部品については独占契約を結んでいる。今回の新製品に使われるローター時空ユニットもこの契約の範囲内だ。契約書には、川島精密工業の技術を使った部品について他社への発注を禁止する条項がある。この契約は、遠藤社長が専務時代に俺を救ってくれた時から続く信頼関係の証でもあった。 しかし、3ヶ月前、状況が変わり始めた。グローバルテックの営業本部長として水野が着任したのだ。水野は48歳で、MBA取得、大手商社出身というエリート経歴を持つ男だった。最初の打ち合わせで、水野は作業着姿の俺を見るなり、露骨に失望したような表情を浮かべた。名刺交換の際も、俺の名刺を一瞥しただけで胸ポケットにしまい込む。 「ああ、下請けの町工場さんですか。もう少しちゃんとした格好で来られないんですか?」 水野は「ビジネスは数字が全てだ」と公言し、遠藤社長が大切にしている「パートナーシップ」という言葉を否定していた。「そういう感情論が業績悪化の原因なんですよ」と、会議で繰り返し発言した。「初注文でしょ。他にも作れる会社はいくらでもあるはずですからね。」 俺が部品の技術について説明しようとすると、水野は話を遮った。「いいから黙って作ってくれればいいんです。うちが発注してやってるんですから。」 打ち合わせが終わり、俺と坂下がエレベーターに向かった。坂下が忘れ物に気づき、慌てて会議室に戻った。ドアを開けると、水野が部下たちに言い放っているのが聞こえてきた。 「あんな町工場はいくらでも代わりはいる。遠藤社長は甘すぎるんだよ。俺が適正価格に叩き直してやる。」 部下たちが苦笑いで頷いている。坂下は忘れ物を取ると、黙って部屋を出た。エレベーターで坂下が険しい表情で報告してくれたが、俺は波風を立てたくなかった。グローバルテックの知人から聞いた話では、水野は前職で部下のアイデアを横取りし、その部下を左遷に追い込んだらしい。「あの人を踏み台にすることしか考えてないですよ。」 水野は前職の大手商社で出世競争に破れ、この年齢で行き詰まっていた。グローバルテックでは次期役員を狙い、短期間で目に見える実績が必要だったのだろう。会議で水野は「今回の新製品は我が社の技術力の結晶だ」と繰り返し発言し、町工場の貢献には一切触れなかった。手柄を横取りする野神が見え隠れしていた。 そして、新製品完成会の3日前、プログラム表が届いた。封を開けて確認すると、技術発表の欄には俺の名前ではなく、グローバルテック開発部の山下課長と記載されている。慌てて水野に電話をかけた。 「水野部長、プログラムが違うのですが。私が技術発表をする予定でしたよね。」 水野が軽い口調で答える。「ああ、変更しました。町工場の技術発表なんて、参加者は聞きたくないでしょうからね。」 「でも、遠藤社長からの直接の依頼で…」 水野が話を遮る。「社長は現場を知らないんですよ。私が適切に判断しました。それより、納期は守ってくださいね。」そう言って、水野は一方的に電話を切った。 坂下に報告すると、坂下は怒りをあらわにし、遠藤社長に直接連絡すべきだと言った。しかし、俺は断った。水野が営業本部長という立場で取引の実権を握っている以上、俺が遠藤社長に直訴すれば水野との関係が決定的に悪化する。最悪の場合、水野の判断で今後の取引に支障が出る可能性もある。従業員の生活がかかっている。俺一人の感情でみんなの生活を危険にさらすわけにはいかない。 完成会には行くが、もう期待はしないと決めた。 そして当日、俺は高級ホテルの大宴会場に到着した。招待状を見せると、受付の女性が名簿を確認して困惑した表情を浮かべた。 「大変申し訳ございません。川島様のお席はご用意がございません。立ち食いスペースでお願いできますでしょうか?」 会場を見渡すと、大手企業の担当者には全員テーブル席が用意され、名前の入ったネームプレートまで置かれている。しかし、俺だけが存在しないかのような扱いを受けている。受付に遠藤社長の所在を確認すると、別会場での挨拶が長引いており、30分ほど遅れて到着する予定だと告げられた。水野が完全に仕切っている状況だった。 仕方なく、俺は立ち食いスペースで待つことにした。しばらくすると、水野がステージに上がった。遠藤社長不在のまま、満面の笑みでマイクを握って進行を始める。 「本日は次世代EVモーター『パワートルク3』の新製品完成会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。遠藤社長は少々遅れておりますが、時間通りに開始させていただきます。」 そして、水野は乾杯の音頭を取り始めた。「この製品の完成は、A電気様、B商事様といった一流企業様のご協力のおかげです。それでは、皆様のご発展を記念いたしまして、乾杯。」 水野は大手企業の名前を次々と挙げ、参加者たちが満足そうに頷いている。しかし、川島精密工業への言及は一切なかった。乾杯の声が会場に響き渡る。手元のプログラム表を改めて確認すると、やはり俺の名前はどこにもない。協力企業の欄にも川島精密工業の記載はなかった。 乾杯が終わり、しばらくすると技術発表のコーナーが始まった。山下課長がステージに上がり、超精密ローター時空ユニットの技術について説明を始めるが、「当社の開発部が独自に開発した画期的な技術」と紹介している。川島精密工業の名前は一切出てこない。俺の技術が完全にグローバルテックの手柄にされている。胸の奥から怒りと悔しさが込み上げてくる。 発表が終わり、参加者から拍手が起こった。俺はもう限界だと思い、会場を出ようと歩き出した。その時、水野が近づいてきた。 「ああ、川島さん、来てたんですか。今日はありがとうございました。」 まるで下請けに儀礼的な挨拶をするような軽い態度だ。俺は立ち止まり、水野を見据えた。 「水野部長、先ほどの技術発表を聞きました。」 水野が笑顔で答える。「ああ、いい発表だったでしょ。」 俺は冷静に、しかし厳しい口調で言った。「あれは私の技術です。川島精密工業の技術です。」 水野が鼻で笑う。「技術?ああ、部品を納品してもらってますからね。でも、それを製品にしたのは我が社です。」 俺の中で何かが切れた。「私は技術発表をする予定でした。遠藤社長から直接依頼された発表を、あなたが勝手に削除した。」 水野がめんどくさそうに答える。「だから言ったでしょう。それより、次の納期は守ってくださいね。」 俺は深呼吸し、冷静さを取り戻した。そして、水野を見据えて静かに言った。「水野部長、一つ教えてあげましょう。」 水野が軽蔑そうな表情を浮かべる。「町工場を舐めた人間の末路を、これからあなた自身が証明することになります。」 水野がポカンとした表情を浮かべる。「それでは、取引先ではないようなので、失礼します。」 俺は一礼して会場を後にした。 車に乗り込み、工場に向かう途中、近くのコンビニに寄った。駐車場で缶コーヒーを買い、息をつきながら俺は考えていた。ここで引き下がれば、父が築いた10年の信頼が無駄になる。でも、戦えば水野の報復で取引を打ち切られるかもしれない。従業員12名の生活がかかっている。父さんならどうしただろうな。 その時、携帯が鳴った。遠藤社長からだ。 「川島さん、今どこですか?すぐに戻ってきてほしい。」 遠藤社長の深刻な声が聞こえてくる。「もう帰りました。取引先として扱われていないようでしたので。」 「大変申し訳ない。私の不際だ。詳しい事情を聞かせてほしい。VIPルームで話をさせてください。」 少し沈黙の後、俺は答えた。「わかりました。戻ります。」 電話を切ると、すぐに坂下に電話をかけた。一緒に来てくれと頼むと、坂下は「面白いことになりそうだ」と笑った。 会場を出てから1時間後、俺はホテルに戻った。VIPルームに通されると、すでに遠藤社長と開発部長が待っていた。坂下も俺の後ろに控える。遠藤社長が深々と頭を下げた。 「川島さん、本当に申し訳ない。詳しく事情を聞かせてほしい。」 俺は水野を見据えて、冷静に口を開いた。「水野部長、なぜ私の席を用意しなかったのですか?」 … Read more