港町で漁師をしている俺、41歳。仕事一筋で彼女もいない。ある日、仲間から「怪しい親子が引っ越してきた」と聞いた。ボロボロの格好をした母親と小さな娘。噂では離婚したから仕方なく来たんだって。俺は関わらない方がいいと思っていた。でも、ある朝、その娘が意識を失って倒れているのを見つけた。母親が泣き叫びながら「誰か助けてください」と叫んでいた。俺は迷わず船で病院へ向かった。その日から、俺の人生は変わ…
港町で漁師をしている俺、松尾誠治、41歳。仕事一筋で生きてきたせいか、この年になっても結婚も彼女もいない。両親は早く結婚してほしいと思っているけど、その夢は叶えてあげられそうにない。父は3年前に病気で亡くなり、今は75歳の母と二人暮らしだ。母はいつも俺の世話を焼いてくれるが、年齢的にしんどそうで、父が亡くなってからは好きなことをさせてあげたいと思っている。 ある日、漁師の仲間から噂を聞いた。少し前にこの町に怪しい親子が引っ越してきたらしい。30歳くらいの母親と5歳くらいの女の子で、ボロボロの格好をしているという。この町はスーパーも少なく、働く場所も限られている。子育てには向いていない場所に突然やってきた親子に、俺は不思議な感覚を覚えた。 その後、その親子は有名になっていった。いい意味ではなく、離婚したから仕方なくこの町に来たという悪い噂が流れるようになった。本当かどうかは分からないが、関わらない方が良さそうだと思っていた。 しかし、数週間後のこと。いつもより早く海に出るために準備をしていると、その親子を目撃した。母親らしき女性が娘を抱きかかえ、今にも泣き出しそうな表情で叫んでいる。 「誰か助けてください。私の娘を助けてください。お願いします。ねえ、目を覚まして」 娘は全く反応しない。緊急事態だと思い、俺はすぐに駆け寄った。 「大丈夫ですか?すぐに病院に行きましょう。この町には大きな病院がないので、僕の船で案内します。早く乗ってください」 「はい、ありがとうございます」 母親はこの町に病院がないことを知らなかったらしい。俺は急いで船を出し、隣町へ向かった。いつもよりスピードを出したため船が大きく揺れ、母親の顔は青ざめていた。 「大丈夫ですか?もうすぐ着くので頑張ってください」 「私は大丈夫です。ありがとうございます」 隣町の仲間に連絡を入れておいたので、港に着く頃には迎えの車が待機してくれていた。母親は何が起きているのか理解できていないようだったが、何度も頭を下げていた。 「僕はここで待ってますから、診察が終わったら一緒に帰りましょう」 「そんなことまでいいんですか?本当にありがとうございます」 仲間が二人を病院まで案内し、診察が終わるまで付き添ってくれた。俺は初めて親子に会ってみて、確かに貧乏そうだとは感じたが、悪い人たちとは思わなかった。どんな事情があるかは分からないが、この町に引っ越してこなければならないほど困っているのだと思うと、放っておけなかった。 3時間ほど経った頃、治療が終わったと連絡が入った。俺は二人がお腹を空かせているだろうと思い、弁当を買って待っていた。しばらくして仲間が二人を連れて帰ってきた。 「おじちゃん、ありがとう。お医者さんに見てもらったよ」 少女はさっきとは別人のように元気になっていた。 「こら、まどか。まだそんなに走っちゃだめ。さっき先生からもそう言われたでしょ」 「でも、まどかは元気だよ」 「元気になってよかったです。まどかちゃんって言うんだね」 「そうだよ。お母さんはあ子。おじちゃんの名前は?」 「おじちゃんは誠治って名前だよ。よろしくね」 まどかは自己紹介すると、元気に船に飛び乗った。あ子が頭を下げながら船に乗り込む。 「肺炎になりかけていたようなのですが、点滴をしてもらったら想像以上に回復が早くて、入院も不要だと言われました。見ての通りこれだけ元気になったので、私も一安心です。これも全て誠治さんのおかげです。本当にありがとうございました」 「それなら良かったです。最初はどうなるかと思いましたけどね。それにしても回復が早いんですね。びっくりです」 「じゃあ、そろそろ帰りますか。あ子さんも疲れてますよね。今日はゆっくり休んでください」 こう言って俺は船を走らせたが、なぜか二人と一緒にいる時間がとても心地よくて、隣町に向かった時のようなスピードを出すことができなかった。もっと会話をしたいし、もっと二人のことを知りたいと思っていた。 すると、あ子も同じように思っていたようだ。 「あの、まどかの体調が完全に戻ったら、一緒にお食事でもいかがですか?誠治さんが良ければですけど、お礼を兼ねて私が料理を作りたいんですが」 「え、いいんですか?それは楽しみだな」 「え、ママ、誠治おじさんが家に来てくれるの?まどか嬉しい。みんなで一緒にご飯食べたい」 やみ上がりにも関わらず、食事の話を聞いた途端、まどかはこれまで以上に元気になった。俺とあ子はそんなまどかを見て一緒に笑ってしまった。 彼女たちは過去に何かがあってこの町に引っ越してきたのかもしれないが、そんなことは微塵も感じなかった。きっと元気いっぱいのまどかのおかげで、あ子は日常の辛い出来事も乗り越えられるのだろう。 港に着き、次の約束をしようとしたが、あ子は携帯も持っておらず、互いに困ってしまった。 「すみません。今は生活がギリギリで携帯も持っていないんです」 「そうなんですね。では、次の日曜日のお昼にまたここで待ち合わせするのはどうですか?」 「次の日曜日のお昼ですね。わかりました。楽しみにしています」 「まどかも楽しみ」 「おじさんも楽しみにしてるよ。だから今はたくさんご飯を食べてゆっくり休むんだよ」 その後、俺たちは別れたが、俺の心の中はなんだかモヤモヤしていた。次の日曜日に約束できたのは良かったものの、なぜか二人のことが頭から離れない。仕事をしていても、家にいても二人のことしか考えられなかった。まだほんの少ししか話していないのに、俺は一体どうしてしまったのだろう。 そんな俺の変化に母もすぐに気づいたようだ。 「誠治、何かあったの?悩み事なら母さんが聞くよ」 俺は母を相手に恋の相談をするつもりはなかったが、親子に出会ったことや病院に連れて行ったこと、数日後に一緒に食事をすることになったことを正直に話した。母に話したことで、心の中のモヤモヤが少し解消された気がした。 「あの親子はみんなが噂するような悪い親子じゃないと思うんだ」 「そういうなら、そうなのかもしれないね。それにしても、その親子も幸せだね」 「幸せ?」 「そうよ。だって誠治みたいな優しい人に声をかけてもらったわけでしょ。ひょっとしたら運命かもしれないよ」 「運命か」 あの時の出会いが運命なのかどうかは俺にもよく分からないが、次に二人に会う時はもっとお互いのことを知ることができるように頑張ってみようと思った。 結局、約束の日までは仕事に集中できなかったし、頭の中ではあと何日で二人に会えるのかと毎日カウントダウンをしていた。俺にとって二人に会うのがそれだけ楽しみだったのだ。 そして、ついに約束の日を迎えた。待ち合わせ場所に向かうと、すでに二人が待っていて、大きな海を眺めていた。 「遅くなってすみません」 俺がそう言うと、まどかが元気よく振り返った。 「誠治さん、こんにちは。まどかね、おじさんの言うことを聞いて、たくさんご飯を食べたらすぐに元気になったよ」 … Read more