「ねえ、これってゴミでしょ?捨てるね。」——高校時代、社長令嬢のクラスのボスに、僕の筆箱ごと文具をゴミ箱に捨てられた。貧しい母子家庭の僕は特待生で入った私立の学校で、毎日のように彼女の暇つぶしの嫌がらせの標的だった。あれから10年。同級生の結婚式で彼女と再会した。彼女は相変わらず僕を下に見てこう言った。「どんな貧乏会社してるの?」——僕は何の気なしに自分の会社の名前を口にした。すると彼女の顔…
朝、教室に着いて鞄を机に置いた瞬間、あの声が飛んできた。 「ねえ、これってゴミでしょ?捨てるね。」 クラスのボス、山下さんが俺の筆箱を手に取って、笑いながらゴミ箱に放り込んだ。中には中学から使い続けている安物の文具が入っていた。彼女はその上からゴミを重ねて、満足そうに去っていく。 俺は無意識に立ち上がっていた。悔しさよりも、どうやって今日を乗り切るかで頭がいっぱいだった。 「大竹君、使う?」 振り返ると、前田さんがシャーペンと消しゴムを差し出していた。静かで大人びた雰囲気の子だった。クラスで特に親しい人もいない様子で、いつも一人で本を読んでいる。 「あ、でも財布に…」 「時間もないしいいから使って。」 押し付けられるようにして受け取った。お礼を言うと、彼女は軽く微笑むだけだった。 俺は母子家庭で育った。父はいない。母は正社員と夜のパートを掛け持ちして、必死に俺を育ててくれた。そんな環境で、自分が何かバカなことをして母を困らせてはいけないと、幼い頃から思っていた。 勉強だけは頑張ろうと思った。その努力が実ったのは高校受験の時だ。中学の担任が、成績優秀なら学費免除の特待生になれると、私立の名門校を勧めてきた。公立よりも教育環境が良い。最初は身の程知らずだと思ったが、担任の熱意に押されて進学を決めた。 しかし、入学してみると、そこは金持ちの子供たちばかりだった。俺は完全に浮いていた。そして、その中の頂点に立つのが山下さんだった。社長令嬢で、美人で、勉強もできる。誰も逆らえない。彼女は毎日のように俺に嫌味を言い、笑いの種にした。 「え、大竹君のジャージ穴開いてるんだけど。」 「なんで予備の一本も持ってないの?貧乏だから?」 彼女に合わせて笑う者もいれば、気まずそうに目を背ける者もいる。しかし、誰も彼女に抗議しなかった。 ある日、俺を助けてくれた前田さんに、山下さんが噛みついた。 「前田さんさ、なんで大竹君に同調なんかするの?他人ぶってる。」 そこから、嫌がらせの標的は前田さんに移ってしまった。俺は罪悪感でたまらなくなった。 「前田さん、ごめん。俺のせいで。」 「あ、別に誰のせいでもないっていうか、こういう時もあるんじゃない?」 彼女はそう言って、穏やかに笑った。動じないその姿に、俺は感銘を受けてしまった。それまでの人生で初めて、胸のすくような人に出会った気がした。 それから俺は、彼女のような大人になりたいと思うようになった。どんなことに直面しても、揺れずに穏やかに受け止められる人に。 高校卒業後、俺はまた特待生として大学に進学した。返済不要の奨学金も得て、勉強に励んだ。卒業後はIT企業に就職し、地道に働いた。気がつけば10年の月日が流れていた。 その年、高校の同級生の結婚式に招待された。同じ部活で汗を流した仲間だ。式場に着くと、最初に言葉を交わしたのは前田さんだった。 「大竹君、お久しぶりです。」 彼女は変わらず、落ち着いた雰囲気だった。懐かしい顔ぶれが次々と集まる中、あの山下さんもいた。キラビやかなドレスに、美容院でセットしてもらった髪型。彼女は俺を見つけると、すぐに近づいてきた。 「何、ちゃんとした服を着るようになったの?貧乏人から脱出したとか?」 「まあ、お招きいただいたので。」 刺激しないように、そっけなく答えた。彼女は仲の良かった取り巻き連中と、自分の話に花を咲かせている。専業の何もしない生活、インフルエンサー紛いの活動。話を聞いていて、彼女が何も成し遂げていないことは明らかだった。 そして、彼女は俺に話を振ってきた。 「ねえ、大竹君は何してるの?仕事は?」 「ああ、一応会社を経営してる。退職して独立したからね。」 俺の言葉に、周りから軽いどよめきが上がった。しかし、山下さんだけは見下した笑みを浮かべた。 「どんな貧乏会社してるの?社長ですって言っても、大竹君しかいないような会社とか?」 「いや、そういうわけでもないかな。」 俺は何の気なしに会社名を告げた。その瞬間、彼女の顔が固まった。 「は?嘘でしょ?」 「いや、本当だよ。運が良かったと思ってる。」 俺が3年前に設立した会社は、IT業界で大手と肩を並べるまでに成長していた。そしてその会社は、彼女の父親の会社の最大の顧客であり、大株主でもあったのだ。 「世の中は狭いよね。」 引きつった顔の彼女は、それ以上何も言えなかった。 披露宴が始まり、俺は彼女のグループの近くのテーブルに案内された。同級生たちは、それぞれのキャリアを語り合っていた。医者、公務員、税理士、クリニックを経営する者。華やかだったグループの中で、何もない山下さんだけが、俯いて携帯をいじっていた。 やがて彼女が席を立ち、化粧直しに行った。その時、彼女のグループの男が、彼女の携帯を手に取った。 「おい、なんだよこれ。『来週はスイートを予約してあるよ。ディナーは君のお気に入りのお店にしよう』だって。おい、アイコンがおっさんの自撮りだよ。」 男は笑い転げながら、メッセージを読み上げた。 「これってさ、彼氏とかじゃなくてパパとか、本物のパパじゃない方の…」 戻ってきた山下さんは、血の気が引いた顔で携帯を奪い返すと、友人たちの静止も聞かずに会場を飛び出していった。結局、彼女が戻ってくることはなかった。 騒動が収まり、会は二次会へと流れた。俺は会場で前田さんを探した。 「前田さん。」 「あ、大竹君。さっきは慌ただしかったね。」 「うん。あの、俺、昔のお礼をしたくて。シャーペン貸してくれた時のこと、ずっと覚えてたから。」 彼女は少し驚いたようにして、すぐに微笑んだ。 「いいんだよ。別にもう昔のことでしょう?」 昔話をしながら、俺たちは二次会の後、飲みに行った。特別な話題がなくても、彼女との会話は心地よく続いた。最後に連絡先を交換し、別れた。 それから何度か連絡を取り合い、一緒に飲みにいくこともあった。彼女の誕生日が近いと知り、遊園地のチケットを手配した。彼女が話の中で行きたいと言っていた場所だ。 … Read more