「待ってください。ここは私の家です。あなたたちが勝手に住むなんて許しません」…
「待ってください。ここは私の家です。あなたたちが勝手に住むなんて許しません」 私がようやく手に入れた夢の新築タワーマンション。穏やかな生活が始まった矢先、元義姉の鬼嫁夫婦が犬を連れ、引っ越し業者と共に現れ、勝手に荷物を運び込み始めた。古びた家具、大量のダンボール、犬用の檻。私の城はあっという間に彼らのもので占拠された。 「それにしてもすごい景色。天空の城みたい。私たちのためにありがとね」 彼女は勝手に部屋を物色し、リビングの一番いい場所に立ち、当然のように言い放つ。 「私たちの寝室は一番広い角部屋ね。あそこにするからよろしく。ワンちゃんも一緒」 ここは私の家だ。私が血の滲むような努力をしてやっと手に入れた場所なのに。 「好き勝手に言い放つ義姉に、私の怒りが頂点に達した」 私は名前を宮野さち、28歳になる。数年前までは高森さちという姓を名乗っていた。都心の一角で、ささやかながらも自分の夢だったネイルサロンを経営している。 元夫の高森光との出会いは私が24歳の時、友人に半ば強引に誘われて参加した合コンの席だった。 当時の私は念願だったネイルサロンを開業したばかりで、毎日が目まぐるしく過ぎていく。正直なところ、恋愛や結婚について深く考える余裕はなかった。 そんな状況で出会った三光広は、第一印象こそ少し頼りなげに見えたものの、彼の持つ穏やかで優しい雰囲気に、私はいつしか惹かれていった。彼は私の仕事に対する情熱を理解し、いつも穏やかに話を聞いてくれる。その優しさに、仕事で張り詰めていた私の心は癒されたのだろう。私たちは自然な流れで交際をスタートさせ、出会いから1年と経たずに結婚という道を選んだ。 今振り返れば、それはあまりにも早急な決断だったのかもしれない。相手の本質を、そして何よりも彼を取り巻く家族という存在の重さを、私は全く理解していなかったのだから。 結婚生活が始まって見えてきたのは、三光広の優しさが、時として決断力の欠如や他人への過度な依存心として現れるという事実だった。彼は自分で物事を決定することを極端に恐れる傾向があった。特にお金に関わることや将来の人生設計については、どこか他人事のように捉えているふしがあった。 私たち夫婦は共働きで、互いに多忙な日々を送っていた。私も自分のサロンを軌道に乗せることに必死で、家庭のことを十分に顧みることができない。光も忙しく働いており、二人の間には少しずつ溝が生まれていたのかもしれない。子供を持つという選択肢も、経済的、時間的な余裕のなさから考えることすらできないまま、気がつけば3年という月日が経過していた。 三広には10歳近く年の離れた姉が一人いる。三上君子さん、40歳。光がまだ中学生の頃、両親を突然の交通事故でなくし、それ以降、君子さんがたった一人で親代わりとなり、三光を育て上げたと聞いていた。 その深い恩があるからか、三広は姉である君子さんに対して絶対的に服従していた。君子さんの言葉は、光にとっては神の託宣にも等しい。どんなに理不尽な要求であっても、彼は決して逆らうことができなかった。 君子さんは五歳年上の夫、淳さんと共に輸入雑貨を取り扱う小さな会社を営んでいた。表向きは海外から仕入れたおしゃれな雑貨を扱うセンスのいい経営者夫婦。しかしその内情は火の車であるらしかった。 結婚して間もない頃から、君子さんは私たちの生活に頻繁に介入し始める。 「光、ごめんね。今月、ちょっと会社の資金繰りが厳しくて、少しだけ援助してもらえないかしら」 光は二つ返事で姉の頼みを引き受け、時には私に相談もなく、少なくない額のお金を君子さんに渡していた。それが一度や二度ではない。毎月のように様々な理由をつけては、君子さんからの金の無心は続いた。その額は徐々にエスカレートし、私たちの生活費を明らかに圧迫し始めた。 「お願いだからもうやめて。いくらお姉さんだって、これは異常よ。私たちの将来のためにも貯金しなくちゃいけないのに」 私が切実に訴えても、三光は眉を下げて困った顔をするばかりだった。 「でも姉さんには本当に世話になったんだ。俺が今こうしていられるのも姉さんのおかげなんだよ。会社も本当に大変みたいだし、俺が見捨てたら、姉さん夫婦は路頭に迷ってしまうかもしれない」 彼は姉を救済することが、育ててもらった恩に報いる唯一の方法だと固く信じ込んでいる様子であった。私には、君子さんが光の人の良さ、いやその断れない性格を利用しているようにしか思えない。このままでは私たちの家計が破綻してしまう。そう感じた私は、思い切って君子さんに直接話をすることにした。 ある週末、私は手土産を持って君子さん夫婦の自宅兼事務所を訪ねる。出てきた君子さんは、最初は愛想のいい笑顔を浮かべていた。 「君子さん、いつも光がお世話になっております。本日は少しご相談したいことがありまして」 私が切り出すと、君子さんの表情がわずかに曇る。 「大変申し上げにくいのですが、毎月の光からの仕送りについて、少しご考慮いただけないでしょうか?私たちの生活も正直あまり余裕があるわけではなくて」 私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、君子さんの顔から笑みが完全に消え去った。そして次の瞬間、彼女はまるで別人になったかのように激しい怒りを露わにした。 「なんですって。あなた、自分が何を言ってるのか分かってるの?この私が、この家のために、そして光のためにどれだけ苦労してきたと思ってるのよ」 君子さんの甲高い声が事務所に響き渡る。 「青二才の嫁が私に意見するだなんて、百年早いわ。あんたは高森家に嫁いだ以上、夫の家族を敬い支えるのが当然の義務でしょう。光を育てた私への感謝の気持ちが欠片も感じられないわね」 彼女の剣幕に、私は完全に押されてしまった。そして君子さんはさらに信じられない言葉で私を追い詰める。 「あんまり常識がないようなら、この私が、嫁としての躾をみっちり叩き込んであげる必要があるみたいね。覚悟なさい」 その宣言通り、その日から君子さんによる私への執拗な嫁教育が開始された。彼女はほとんど毎日のように私を自分の家に呼びつけるようになった。口実は様々だ。 「あら、さちさん、ちょうどいいところに来たわね。この山の洗濯物、お願いできるかしら?私、これから大事な打ち合わせがあるのよ」 ある時は次のように。 「さちさん、悪いけど今日の夕飯の準備お願いね。お客様が来られて手が離せないの。メニューは冷蔵庫にあるもので適当にお願い」 またある時はこんな風に。 「ちょっとさちさん、事務所の床、汚れてるわね。ちゃんと掃除しておいてちょうだい。隅々までよ」 彼女は私を完全に無料の家政婦として扱っていた。私が自分の仕事で疲れていても、体調が悪くてもお構いなしだ。断れば「嫁のくせに恩知らず」と言った暴言を浴びせかけ、精神的に追い詰めてくる。光に助けを求めても、帰ってくるのは的外れで無責任な言葉ばかりだった。 「姉さんも悪気はないんだよ。これもさちのためを思ってのことだよ。少し手伝ってあげれば丸く収まるじゃないか」 さらに君子さんの要求はエスカレートしていく。彼女は自分が飼育している大型犬ゴールデンレトリバーの散歩まで私に押し付けるようになったのだ。その犬は見た目は可愛らしいものの、全く躾がされておらず、驚くほど力が強い。散歩に連れ出すと他の犬を見れば吠えかかり、人に飛びつこうとし、突然予測不能な方向に走り出して私を引きずり倒すことも一度や二度ではなかった。私は元々動物があまり得意ではない。それでも君子さんの命令に逆らうことは許されず、私は毎日、仕事で疲れきった体に鞭打って、その巨大な犬との格闘のような散歩をこなさなければならなかった。散歩から戻ると服は泥や犬の唾液で汚れ、腕や足には引っかき傷ができていることも珍しくない。 そして、私の心を完全に打ち砕いたのが、君子さんからの授業料の請求だった。ある日、君子さんは真顔で私にこう言ったのだ。 「さちさん、こうして私が時間と労力を割いて、あなたに嫁としての心構えや家事の一切を教えてあげているのだから、それに見合った授業料を支払うのは当然のことよね」 私は耳を疑った。 「そうね。月々5万円くらいでどうかしら?私の貴重な時間を割いているのだから、本当はもっともらいたいくらいだけど、今回は特別に勉強代として負けてあげるわ」 理不尽。言葉では言い表せない。これはもはや嫌がらせや嫁いびりのレベルを超えている。明確な搾取だ。私は震える声で光に訴えた。今度こそ彼が私の味方になってくれることを信じて。 「光さん、聞いて。君子さんが私に授業料を払えって。月5万円よ。こんなのおかしいと思わない?どうにか言ってよ」 しかし光の反応は、私の最後の希望すら打ち砕くものだった。彼は困惑した表情を浮かべながらも、こう言ったのだ。 「え、授業?うーん。でも姉さんがそう言うなら、何か考えがあってのことなんじゃないかな」 彼は姉の言葉を疑うことすらしない。 「それに姉さんの家事って本当に完璧なんだよ。料理も上手だし、掃除も行き届いてるし。さちもそういうところをしっかり学んだ方が、将来のためになると思うよ。授業料だと思えば安いものかもしれないよ」 彼の口から出た言葉は、私の神経を逆撫でするものばかりだった。姉の完璧な家事?笑わせるな。君子さんが家事をしている姿など、私は一度も見たことがない。全て私か、あるいは夫の淳さんに押し付けているだけではないか。 この夫は現実が見えていないのか、それとも見ようとしていないのか。いずれにせよ、彼が私の盾になってくれることは未来永劫ありえないのだ。私は深い底なしの絶望の縁に突き落とされた気分だった。 … Read more