「席は家族分しかないわ」…
「席は家族分しかないわ」 自分の娘の晴れの席なのに、俺への嫌がらせを真っ先に口にする里見さんを見て、俺は呆れ果てた。後ろの方では里見さんの両親や親戚たちが、俺たちの会話に気づくこともなく、孫を囲んで楽しそうに騒いでいる。 俺はため息をついて、後ろにいた妹夫婦や親戚の方を振り返り、静かに言った。 「じゃあ、帰ろうか」 「うん」 孫の写真を撮るという目的は果たした。俺は親戚たちを引き連れて、勝ち誇った顔をしている里見さんに背を向け、その場を後にした。 次の日、俺に電話をかけてきた息子の高志が、自分たちが今までしてきたことの報いを受けることになる。 俺の名前は草部清、55歳。1年前に妻を病気で亡くしてから、1人で暮らしている。俺と妻の間には1人息子の高志がいるが、高志の結婚後、しばらくしてから絶縁状態となり、何年も連絡を取っていない。 高志と絶縁状態になった大きな理由は、妻の里見さんにあった。 高志と里見さんは同じ会社で働いていたことがきっかけで知り合い、交際から結婚へと進んだ。当時の里見さんは受付をしているだけあって、とても綺麗な見た目をしていて、町を歩いているとモデルにならないかと頻繁に声をかけられていたらしい。里見さん本人も乗り気ではなかったようで、会社を辞めてモデルになろうかと悩んでいたが、そんな矢先に妊娠が判明し、モデルになるのは諦めたのだそうだ。 里見さんの妊娠をきっかけに2人は結婚し、結婚式は盛大に行われた。まるで有名な芸能人が開くような豪華な式で、俺と妻は気後れしてしまったくらいだ。しかも、俺たちに何の相談もなく式のことを決めた高志と里見さんは、その費用を全額俺と妻に請求してきた。 いくらめでたいこととはいえ、あまりにも常識がなさすぎる。俺は高志を呼びつけて詰め寄ったが、高志は大して悪いことをしたとは思っていなかったようで、平然と言ってのけた。 「そんなこと言ったって、里見の親にはもうこっちで全部払うって伝えちゃってるし。今更負担してくれなんて言えないじゃないか」 「お前と里見さんが勝手に決めたことだろう。話をちゃんと通していなかったと謝って、計画を練り直せば済む話じゃないか」 「そんな恥ずかしいことできるかよ。なあ、いいだろ。どうせ大した趣味もなくてため込んでるんだからさ。1人息子の一生に一度の晴れ舞台に水を差さないでくれよ」 自分の息子ながら、なんと身勝手で非常識なことを言うのだろう。この時の俺は妻と2人で頭を抱えてしまった。 しかし、もう式場も予約し、招待客へ招待状も送ってしまっているという高志に、俺と妻は不承不承、首を縦に振ることしかできなかった。ここでキャンセルになれば、たくさんの人に迷惑をかけてしまうし、キャンセル料も取られることになってしまうと思ったからだ。 そんなこんなで、高志と里見さんの結婚が決まった当初から、俺と妻の2人の印象は良いものとは言えなかった。そして複雑な心境のまま結婚式が終わり、2人は会社の近くに借りて生活を始めた。 結婚式も終わったことだし、2人がこれ以上自分たちに進んで関わってくることはないだろうと俺と妻は思っていたが、後に俺たちの考えが間違っていたことを思い知ることになる。 結婚式からしばらく経った頃、高志から妻に電話がかかってきた。電話の内容は、里見さんのつわりがひどく、高志も仕事が忙しくて構ってばかりもいられないから、里見さんの世話をしに家に来て欲しいというものだった。 しかし、俺も妻も仕事や自分たちの生活があるから、常に里見さんの世話をするなんてことは無理だ。そのことを妻が申し訳なさげに伝えると、高志は仕事と家事の合間の少しの時間だけでもいいから来て欲しいという。高志を見ていた妻は、自分もつわりがひどく苦しんだ経験があったため、たまに少しの時間であればと、高志の希望を了承してしまった。 しかし、これが大きな間違いだった。里見さんは家事を全くせず、妻が数日おきに顔を出すたびに、家の中はゴミ屋敷のような悲惨な状態になっていたのだ。そして妻や俺が家に行くと、感謝するどころか悪態をつくだけ。 「来るのが遅いのよ。さっさと綺麗にしてよね。もうすぐ友達が遊びに来るんだから」 つわりがひどいからと言って手伝いを頼んでおいて、友達と遊ぶ元気はあるのか? 俺と妻は疑問に思ったが、妊婦の里見さんにそんなことを言うのも憚られて、俺たちは言葉を飲み込んで、さっさと片付けを終わらせて家を出た。 俺や妻が家に行くたびにこのような状態だったものだから、さすがに俺は高志に物申すことにした。 「里見さん、元気そうじゃないか。自分で少しは家のことをやるように、お前から言ったらどうなんだ? 俺も母さんも暇じゃないんだぞ」 「そんなこと言っても、妊婦を労わる気はないのかってヒステリーになるだけだし、無駄だよ」 「なら、お前が会社に話して残業を減らしてもらうとか、休日出勤をなくしてもらうとかしたらどうなんだ?」 「家に帰ってきたって不機嫌な里見の相手をしなきゃならないんだぜ。だったら仕事をしてた方がマシだって」 ヘラヘラと笑いながら言ってのける高志に、俺も妻も呆れて、ため息しか出なかった。 高志も里見さんも、俺たちのことを一体何だと思っているのだろう。きっと都合のいい、こき使える人間くらいにしか見ていないに違いない。 こんな悪夢のような我慢を強いられる日々が続き、とうとう里見さんの出産予定日がやってきた。そして里見さんは無事に元気な女の子を出産した。高志から報告を受け、俺たちは初孫の顔を見ようと急いで病院へ向かう。 病院に着いた俺たちは、看護師さんに案内されて里見さんの病室へ向かったが、病室の前で高志に待ったをかけられた。 「今はまだ里見も出産で疲れてるから、家に帰るまではそっとしておいてくれ」 「そうか。なら、せっかく来たんだし、せめて孫の顔だけでも見せてくれないか?」 「それも家に帰るまで待ってくれ。里見が嫌がるからさ」 なんで孫の顔を見ることすら許してもらえないのだろうか。生まれるまで俺たちのことを散々こき使っておいて、初孫の姿を見られると思って楽しみにしていた俺と妻は、追い払われて、意気消沈しながら病院を後にするしかできなかった。 その後、もうとっくに退院して家に帰ってきているに違いない日数が経っても、高志や里見さんから連絡は来ず、こちらの連絡にも2人とも電話に出てくれなかった。そしてこの頃から高志や里見さんとは連絡がつかなくなり、孫に会うことも叶わないまま、あっという間に数年の月日が流れてしまったのだ。 初めのうちは俺たちから連絡を取ろうとしていたのだが、一切出る様子のない2人に、俺たちは諦め、自分から連絡を取ることはなくなっていった。 そして高志と里見さんの仕打ちに打ちのめされた妻の顔からは笑顔がなくなり、気力も元気もなくなっていってしまった。だんだんと落ち込みが激しくなっていく妻を、俺はなんとか励ましながら頑張っていたが、妻の元気がなくなったのは、2人に裏切られたからだけではなかったということが、この後発覚する。 高志たちと絶縁状態になってから3年ほど経ったある日のこと。妻の職場から、妻が倒れたと電話がかかってきた。搬送された病院に俺が慌てて駆けつけると、妻は病室のベッドに青白い顔で横になっており、俺は医師に別室へと通された。 そして俺は、医師から、妻は末期の癌を患っていて、余命は1年持てばいい方だと告げられたのだ。 今まで妻は病気一つしたことがないくらい健康的だったというのに、思いもよらない医師からの余命宣告に、俺の頭は真っ白になってしまった。 しかし、このまま妻に黙っているわけにもいかない。俺は病室に戻り、目を覚ましていた妻に、涙をこらえながらなんとか病状を伝えた。すると妻は、そんな俺の手を優しく握り、「きつい治療はしなくていいから、残りの人生を家でゆっくりと過ごしたい」と微笑みながら言った。 俺はそんな妻の思いを尊重することに決め、妻を家に連れ帰り、次の日から2人でのんびりとした日々を送った。結婚してから高志が生まれ、お互い働きながら毎日世話しなく過ごしてきたから、こんなにのんびり過ごしたことはなく、俺にとって妻との最後の1年は、本当にかけがえのない大切な時間になった。 妻の余命が1年しかないことを俺は高志に伝え、せめて孫の顔を一度見せに来てやってくれと頼んだ。しかし、そんな時にすら高志からは連絡は来ず、無視されたまま。一体俺はどこで高志の育て方を間違ってしまったのだろうかと、悔やんでも悔やみきれない気持ちでいっぱいだった。 そして1年はあっという間に過ぎ去り、去年、妻は穏やかに息を引き取った。俺の妹夫婦や他の親戚たちが駆けつけてくれたおかげで、妻の葬儀は滞りなく終えることができた。妻の死に打ちのめされていた俺1人では、きっとまともに葬儀を取り行うことはできなかっただろう。 葬儀の後、実の母親の葬儀にすら顔を出さない高志と妻の里見さんに、俺の妹は激怒していたが、俺は怒る気力すら湧いてこなかった。 俺は妻の介護に専念するために会社を辞めていたため、葬儀の後は1人家で過ごした。妹からは、どこか別の場所に引っ越したり、会社に復帰した方が気分転換にもなっていいのではと言われたが、まだ1人で妻との思い出に浸っていたかった。 そのまま少なくない月日が流れたある朝のこと。俺の元に、思わぬ人物から連絡が来た。電話してきたのは、今まで一切連絡を返してこなかった高志だ。俺は今更何の用だろうと思ったが、念のため電話に出ることにした。 電話に出た俺に、久しぶりだというのに挨拶すらせずに、高志は要件を切り出してくる。 「あ、父さん、来週さ、花の七五三のお祝いをやるから、父さん出席してよ。他の親戚も呼んでさ」 「花」という名前を聞いて、確か孫の名前を「花」にしたというのを、生まれた報告を受けた時に聞いたなとぼんやりと思い出す。孫はもう5歳になるのか。結局一度も顔を見ることはできなかったが、今まで無事に育ってくれていたのだということを知り、俺は少し安心した。 … Read more