夕食の皿を置いた瞬間、息子が私を「外の人」と呼んだ。68歳の母を、家から追い出すために。35年間働いて貯めた年金も退職金も、全部置いていけと言われた。私が認知症だと言い張って。でも彼らは知らない。あの土地が、まだ私の名義だということを。そして私は、あの日からずっと彼らに隠れて準備を進めていた。今夜、彼らが受け取る一通の封筒が、全てを変えることになる。私は静かに微笑んだ。彼らが私を追い出したあ…
夕食の皿をテーブルに置いたその瞬間、息子の口から信じられない言葉が飛び出した。 「母さん、悪いけど全部置いて、今すぐこの家から出て行ってくれない?」 私は耳を疑った。35年間、毎朝5時に起きて郵便局へ通い、雨の日も雪の日も地域のために配達を続けてきた私の人生が、一瞬で否定された気がした。 「そうよ、お母さん。この家のものは全部私たちが買ったものだから、持ち出さないでくださいね」 嫁の千裕が冷たい笑みを浮かべながら、畳みかけるように言った。 5年前、夫を亡くして打ちひしがれていた私に「一緒に住もう」と優しく声をかけてくれたのは、この息子夫婦だった。あの時の温かい言葉は、全て偽りだったのだろうか。テーブルの上には、いつもと変わらない夕食が並んでいた。私が朝から仕込んだ、息子の好物の唐揚げと味噌汁。それなのに、この瞬間から私はもう家族ではないと宣告されたのだ。 震える手で茶碗を置きながら、私は二人の顔を見つめた。そこには、私が知っている優しい息子夫婦の面影はなかった。 息子が生まれてから42年。私は全てを息子のために捧げてきた。夫と二人で必死に働き、大学までの教育費800万円を工面し、就職が決まった時には涙を流して喜んだ。 「お母さんって、本当に何もしてこなかったんですね」 嫁の言葉が胸に突き刺さる。 5年前、夫を亡くした後、息子の優一は私を心配して同居を提案してくれた。 「母さん、一人じゃ寂しいでしょ? 一緒に住もうよ」 あの優しい言葉に救われた私は、退職金から800万円を出してこの家をリフォームした。みんなで暮らしやすいようにと、キッチンも浴室も新しくしたのだ。 「でも、この家は僕たちの名義だから。母さんは居候させてもらってるだけじゃん」 優一の表情には、何の感情も浮かんでいなかった。 毎朝5時に起きて朝食を作り、掃除洗濯を済ませてから郵便局へ出勤。帰宅後は夕食の支度。息子夫婦のために尽くしてきた日々が、走馬灯のように頭をよぎる。 「全部、私たちが稼いだお金で成り立ってるんです。お母さんはただの居候ですから」 千裕の冷たい声が、私の心を凍らせた。35年間、貫いてきた郵便局の給料の半分以上をこの家族のために使ってきたというのに。 「それから母さん、年金の通帳と印鑑も全部置いて行ってもらうから」 優一の言葉に、私は息が止まりそうになった。月額15万円の年金は、私が35年間働いた正当な権利だ。それすら奪おうというのか。 「ちょっと待って、優一。それは私のお金よ」 「何言ってるの? 母さんはもう認知症の証拠があるんだから。僕たちが管理しないと危ないでしょ」 認知症? 私は毎日郵便局で正確に仕事をこなし、家事も完璧にこなしている。先週受けた健康診断でも「68歳とは思えないほど健康ですね」と褒められたばかりだった。 「お母さん、最近もの忘れがひどいじゃないですか。昨日も同じ話を三回したよ」 千裕が嘘をついているのは明白だった。私は一度もそんなことはしていない。 「実はね、母さん。もう施設の手配もしてあるんだ。明日には入所できるように」 施設? 私は呆然とした。まだ元気に動ける私を、無理やり施設に押し込もうというのか。 「でも施設に入るにはお金がかかるでしょう? だから年金が必要なんだよ。月に10万はかかるから、母さんの年金じゃ足りないけど、僕たちが少し補助してあげる」 優一の計算高い説明に、怒りが込み上げてきた。私の年金を奪い、存在しない施設費用を理由に搾取しようとしているのは明らかだった。 「郵便局の退職金もまだ残ってるでしょ。それも危ないから、僕たちが預かっておくよ」 3000万円の退職金。長年勤め上げた証である大切なお金まで狙っているのだ。 「優一、千裕さん。どうしてこんなことを?」 「お母さん、私たちは心配してるんです。認知症の人って詐欺に遭いやすいんですよ」 千裕の白々しい演技に、吐き気がしそうだった。 「実は近所の人にももう話してあるんだ」 優一の次の言葉で、私は完全に罠にはめられたことを悟った。 「母さんが最近おかしな行動をしてるって。変なことがあったら連絡してもらうようにって」 まさか、そんなことまで。私は町内会でも信頼され、郵便局として地域活動にも参加している身だ。それなのに、息子は私の評判を落とそうとしていた。 「昨日、沢田さんの奥さんに会った時も言っておいたわ。お母さんが夜中に外をうろついてることがある、って」 千裕の悪びれた様子を見て、この二人が用意周到に計画を立てていたことがはっきりした。 「お隣の鈴木さんにも、母が変なことを言っても相手にしないでくださいって伝えてある」 もう逃げ場はないということか。私が何を訴えても、認知症の戯言だと思われてしまう。35年間地域に貢献してきた私の信頼を、実の息子が破壊しようとしている。 「母さん、これは愛情なんだよ。僕たちは母さんのことを思って」 「愛情?」 私は声を震わせて言い返した。 「これが愛情だというの? 私から全てを奪い、施設に押し込めることが?」 「だから認知症なんだって。正常な判断ができないんだよ」 優一の冷たい目が、私を圧するように見つめていた。もはや、私は母親ではなく、金づるとしか見ていないのだろう。 「とにかく、母さんには出て行ってもらうから。荷物をまとめる時間はあげるけど、持ち出していいのは身の回りの最低限のものだけ」 … Read more