出張から戻った翌朝、自分のデスクが消えていた。床には掃除機の跡だけが白く残り、フロアの空気はやけに張り詰めていた。18年間、特殊科学原料の輸入を担ってきた俺が、たった9日の留守の間に会社から切り離されていたんだ。出発の朝、新部長の塚田が「戻る頃には席の周りも片付いていると思いますよ」と笑った言葉が、今になって別の意味で耳の奥によみがえる。社長の甥である33歳の彼は、初日から花束と役員の祝辞で…
海外出張から戻った翌朝、俺は自分のデスクが消えているのを目の当たりにした。床には掃除機をかけた跡だけが白っぽく残り、周囲の空気は妙に張り詰めていた。。18年間、特殊科学原料の輸入を担う照者として海外調達を任されてきた俺が、たった9日の留守の間に、会社から切り離されていたのだ。 「戻る頃には席の周りも片付いていると思いますよ。」 出発の朝に新部長が口にした言葉が、今になって別の意味を持って耳の奥で蘇る。。 営業部に塚田という男が着任したのは、俺が日本を発つ数日前のことだった。社長のおいにあたる33歳。この会社では史上最年少の部長就任で、初日から花束と役員揃っての祝辞という成り者入りの人事だった。しかし肩書きが能力と比例するわけではない。現地サプライヤーとの細かな条件の取り決めも、急な増産要請の段取りも、実務を握っているのは相変わらず俺だった。部の売上実績は、これが抑えてくる原料の安定供給の上に成り立っている。。 着任から数日後のことだ。大口の取引先から緊急の納期相談が入った際、電話を受けた部下は部長席の塚田を素通りして、まっすぐ俺の席へ回してきた。。 「すみません。この件は村松さんでないと分かりませんので。」 部下は悪気なく、フロア中に聞こえる声でそう言った。。その瞬間、塚田の顔が怖るのを俺は視界の橋に捉えた。。それ以降も部下たちは判断に迷うたびに塚田の席を素通りして俺に聞いてくる。塚田はそのやり取りを少し離れた席から黙って眺めていることが多かった。。表情までは読み取れないが、こちらへ向けられる視線が日ごとに固くなっていくように感じられた。 俺は機内で相談記録をまとめ、社のサーバーへ日報として送信を済ませていた。仕事はこれで一区切りのはずなのに、胸に小さな重さが戻ってくるいつも出張の帰りには感じることのない、引っかかりだった。成田に着き、そのまま月曜の朝に本社へ戻ったところで、あの空白のデスクがあったのだ。 フロア全体が静かだった。オフィスにいる誰もが俺の方を見ないようにしている。その不自然さだけがはっきりと伝わってくる。まるで俺だけが知らない結末を、全員がすでに知っているかのようだった。近くの席にいた後輩が俺の視線に気づき、慌てて目をそらす。声をかけると「書類の整理で手が離せない」とだけ答えて、それ以上は何も言おうとしない。 。 すると内線が鳴り、塚田から務室に来るようにと告げられた。ドアを開けた瞬間、部屋の奥にジ務のジボが座っていることに気づいた。なぜこの場にジボがいるのか。俺は不審を抱えながら部屋の中央に進んだ。 塚田は不釣り合いなほど広い部長席から、ノートパソコンの画面を俺の方へ向けていた。そこには俺が機内から送信した承記録が表示されている。。 「取引先のデータね。まあ、いなくなる人間のものがあってもなくても関係ないでしょう。」 塚田は画面を一別しただけでそう言って口の端をあげた。 俺は静かに尋ねた。。「私のデスクはどこへ行ったんですか。」塚田は待っていたかのように、机の橋に置かれた一枚の紙を指先で俺の方へ滑らせてきた。。 人事移動通知の控えだった。移動先のランには「総務部倉庫係」と記されている。この会社では古くから「感触」と呼ばれてきた部署だ。初令日は俺がまだ海外出張中の頃だという。公認者の欄には聞き覚えのない名前があり、今週中に着認する胸が添えられていた。俺が出張に出ていた9日間のうちに、全てが決められ、すでに動き出していたことになる。 。 俺が通知から塚田に視線を戻した瞬間、塚田は勝ち誇ったように言い放った。。 「お前は左戦だ。営業部は最年少部長の僕が仕切ります。」 俺は怒りよりも先に、事実を伝えなければという思いが湧いてきた。。「現地の担当者との関係は、書類の引き継ぎだけでは引き継げません。」しかし、言い終わる前に塚田が手を振って俺を遮切る。それ以上続ける隙を最初から与える気はないようだった。 俺はジボに向き直り、尋ねた。。「この人事は、塚田部長お一人の判断ですか。」 ジボはソファに深く腰をかけたまま、静かに言葉を返した。「私が塚田君の案を承認した。会社としての決定だ。」 なぜこの案を通したのか、その理由を俺は問いたださなかった。が、およその検討はついている。塚田は社長のおいだに。その貢献役の位置に収まっておくことは、定年を目前にしたジボにとって決して悪い計算ではないはずだに。部の売上を支える俺よりも、社長の血筋に歌詞を作ることの方が、この人には重かったのだろうにか。。確かめる術はないが、こちらを見ようともせず落ち着き払ったジボの横顔が、その推測を静かに裏付けているように見えた 発例はすでに住んでいる。公認者の着認日も決まっているに。反論することもできるだろうに。。しかし、移動を覆せるかどうかよりも、部の売上を支えてきたものに対し、一言の確認もなく移動を決めた事実だけがはっきりと形を持って迫ってくるに。。これまで積み上げてきたものが、たった一枚の紙だけで価値のないものに塗り換えられてしまったのだに。 俺がこの会社に注いできた18年は、給料のためだけの年月ではないに。。言葉の通じない時期に現地へ通い、相手の顔と名を覚え、地道に信用を積み上げてきたに。。その積み重ねを説明する機会さえ与えられなかったに。。ここに残り、倉庫の棚を黙って数えることができないわけではないに。。ただ、それを受け入れた瞬間、俺がこの会社で積み上げてきたものまで、最初からなかったことにされる気がしたに。 「では、やめさせていただきます。」 俺は塚田にそう告げ、一例したに。塚田のエミが一瞬止まったのを、俺は見逃さなかったに。俺はそのまま部長室を後にするに。。背中で塚田が何か言っていたが、振り返る気にはなれなかった 退職の手続きはあっけないほど早く片付き、引き継ぎも求められなかったにの。気がかりだったのは、取引先の工場長のことだにの。。帰る前に先方が内に取り置いてくれた原料があるに。。番号は知っているに。電話一本かければ事情は伝えられるにが、あの関係は会社の看板を背負っていたからこそ築けたものだにか。。やめた人間が指摘にそれを使えば、恩をあで返すことになるにの。「連絡できないのではない、してはならないのだ」と俺は自分に言い聞かせたにの。。筋を曲げれば、18年かけて積んだものまで自分の手で汚すことになるにから。それでも、自分の口で事情を伝えられないことだけが、心残りとして後に残った 整理した私物を詰めたダンボールを車の後ろに積み、俺は都心を離れ、何年ぶりかで実家へ向かったにの。。母をなくし、父が一人きりで守ってきた家は、俺が出ていった頃とほとんど変わっていないにの。。玄関で迎えた父は、俺が突然訪れた理由を聞こうとはしなかったにの。。車から下ろした荷物の数に目をやり、「茶でも飲め」と言っただけだにの。。翌朝、俺は仏壇の母に先行をあげたにの。。父はその後ろに黙って星座し、りの音が消えるまで何も言わなかったにの。 午後は二人で縁側に座り、庭を眺めながら茶を飲んだにのの。。俺は父に全ての事情を話したよにの。父は口を挟まず、あ槌すら打たず、ただ庭の先を見たまま湯みが空になるまで聞いているにに。。やがて父は庭に目を向けたまま、ぽつりと言ったにのの。 「仕事ってのはなあ、やめた後に何が残るかだ。」 それだけ言うと、父は湯みに口をつけたにの。説教でも慰めでもないにに。。ただその一言が、胸の奥に静かに沈んでいったにのの。その後何をするでもなく時間が過ぎ、まだ形にならない先のことを俺はぼんやりと考えていたににのの そんなある日の午後、門の前に一台の車が止まり、父が珍しく自分から出迎えに立ったにののの。。降りてきたのは、仕立てのいい上着をまとった、父と同世代とおしき男だにのの。。顔に見覚えはないにに。。だが父はその男を奥の部屋に通し、「ハミ」という名を口にした瞬間、俺は思わず立ち上がっていたににのの。 ハミは、俺がいた会社と原料の割り当てを巡って長く競り合ってきた科学品メーカーの会長だににの。今なお実験を握る、業界では知らぬ者のいない名だににの。。父はハミと再会を喜ぶような口振りで話しているににのの。。父は退職して長いが、若い頃は科学品を扱う照者にいたにに。ハミとはその昔からの付き合いなのだろうににのの。 俺が挨拶に顔を出すと、ハミは俺の顔を見ていったににのの。 「村松さん、君の名は前から聞いていたににの。それとね、君のお父さんから電話をもらったんだににのの。「息子が帰ってきている」とだけ言って、切られたよににのの。」 俺は思わず父を見たににのの。。父は何事もなかったように茶をすっているににのの。 ハミは続けたににのの。「現地のサプライヤーを回るたび、行く先々で君の仕事ぶりが引き合いに出されるににのの。。こちらがどれだけ条件で上を出しても、先方は君の名を出して断ってくるににのの。。向こうは書類だけで動く相手じゃないににのの。。誰が持ってきた話か、それだけで動くこともあるからねににののの。」 俺が会社を離れたことも、すでに耳に届いている様子だったににのの。そしてハミはまっすぐに俺を見据えていったににのの。 「今すぐ、うちに来てくれににのの。」 迷いのない声だったににのの。 「お世話になりますににのの。」 ハミは満足下に頷き、「まずは体一つで来てくれればいい」と言ったににののの。。父はそばで黙って茶を継ぎ足し、俺とハミのやり取りを見届けていたににのの 十日と経たないうちに、俺はハミの会社の門をくぐったににののの。。用意されていたのは、立ち上げて間もないという調達企画室だににののὁ「数字は後からついてくるににのの。まずは向こうの懐に入ってくれににののの。。君の裁量に任せるににののの。」ハミはそれだけ告げて部屋を後にしたににののの 仕事は、縁の薄かった地域からの調達を一から組み立てることだににののの。。知らない番号に電話をかけ、断られる日々が続いたににのの。。だが一度門前払いされた現地メーカーに再び足を運んだ日、塩目が変わったににののの。 俺は名刺ではなく、原料のサンプル便を机に置いたににののの。。そしてこの原料に求められる順度企画と不純物の許容値に。生成工程で温度管理をわずかに謝ればブりが目に見えて落ちるという感所を、自分の言葉で具体的に語ったににののの。 「音社のロッドは、検査値のばらつきが少ないににののの。。皇帝の管理が丁寧な証拠ですににののの。」 数字で相手の仕事を正しく評価した瞬間、それまで腕を組んでいた先方の技術責任者が身を乗り出してきたににののの。。その日、初めて正談の席が設けられたににののの。肩書きではなく、現物と技術を語れるかどうかににのののの。。相手が見ているのはそこなのだににののの 二ヶ月が過ぎた頃、東南アジアの工場長から俺の携帯に着信が入ったににののの。。前の会社で退職を知らされ、個人的に交換していた番号を頼ったのだというににののの。 「あの時、抑えておくと言った分についてですが、公認者に伝えたところ記録がないと付きれ、通常の出荷分に戻したというににののの。。さらに契約数量を超える追加出荷や、極端に短い納期を公認者から再算求められているとににののの。。断ろうとすると、機嫌を損ねたような物言いになるににののの。」 聞いたことのない疲れが、その声にこもっていたににののの。。このままでは契約を見直さざるを得ないとまで言うににののの。俺は電話を握りしめたまま、しばらく言葉を告げなかったににののの 「詫びるべきなのは俺の方だににののの。。本当に、すまなかったににののの。」 その後も、前の会社の他の取引先が自ら取引を打ち切ったという話が届き、経営判断に疑問の声が上がっているという噂もハミの耳に届くににののの。俺が工場長とのやり取りを報告すると、ハミは少し黙り、「独占取引の多信」を口にしたににののの 「向こうから声がかかるとは面白い巡り合わせだににのののの。」 条件のすり合わせは早く進み、工場長が前の会社との契約を打ち切ったことも聞かされたににのののの。。成立すれば、大体の効かない原料の調達権を業界で唯一手にする契約だににののの … Read more