6月のある夜、年金が月4,495円増えた通知が届きました。私たち夫婦は、食卓の牛肉が少しだけ贅沢になると思いました。しかし、妻が家計簿を開いた瞬間、彼女の手が止まったのです。「ちょっと計算してみると」――その計算の結果、私たちは「非課税世帯」のラインを年間1万円だけ超えてしまっていました。その1万円が、毎月の医療費の負担上限を3万円以上も引き上げたのです。その夜、妻は「右の端っこに黒いのが見…

6月のある夜、年金が月4,495円増えた通知が届きました。私たち夫婦は、食卓の牛肉が少しだけ贅沢になると思いました。しかし、妻が家計簿を開いた瞬間、彼女の手が止まったのです。「ちょっと計算してみると」――その計算の結果、私たちは「非課税世帯」のラインを年間1万円だけ超えてしまっていました。その1万円が、毎月の医療費の負担上限を3万円以上も引き上げたのです。その夜、妻は「右の端っこに黒いのが見...

年金が増えた通知が届いた夜、妻の目が壊れた。いや、正確に言えば、その通知がすべての始まりだった。

6月の夕方、妻のリツ子が郵便受けから薄い封筒を持って台所に戻ってきた。日本年金機構からの年金額改定通知書だった。私はそれを手に取り、数字を確認した。老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせた月額が、前年度から約4,495円増えていた。前年比でおよそ2%の引き上げ。

2人の間に短い沈黙があった。私はまず牛肉のことを考えた。近所のスーパーで夕方に値引きシールの貼られた牛肉のパックが出ることがある。月に4,500円増えるなら、あれを1枚買う余裕が出るかもしれない。

リツ子も似たようなことを考えていたのかもしれない。どちらも口には出さなかった。ただ、ほんのわずかに2人の表情の硬さが薄れた。

リツ子は赤いボールペンを取り出し、家計簿のノートを開いた。そして、改定後の月額を書き込もうとして、手が止まった。ペン先が紙に触れたまま、動かなかった。

「どうした」
私がそう言うと、リツ子は少し間を置いてから言った。
「ちょっと計算してみると」

彼女はノートの余白に数字を書き始めた。私の年金の月額、それを12倍にした年間額、リツ子自身の年金収入、そして私の警備への給与。私はその手元を見ていた。数字が並んでいくにつれ、私の頭の中でも同じ計算が始まった。

1年ほど前に読んだ記事が頭に浮かんだ。住民税非課税世帯についての解説記事だった。自分たちが住む地域の区分では、年間収入の合計が148万円を超えると非課税の対象から外れると書いてあった。

改定後の自分たちの年間収入の合計は、149万円を超えていた。私は自分の計算が間違っていないことを確かめた。間違っていなかった。1万円の差だった。

年金が年間1万円増えたことで、収入の合計が非課税の上限ラインをわずかに超えた。そのたった1万円が、来年度以降の医療費の自己負担上限を大きく変える。今まで月に2万4,600円だったのが、住民税課税世帯の区分になることで5万7,600円になる。月に3万円以上の差だった。介護保険料も上がる。各種の給付も見直される。

私は体を椅子の背もたれに預けた。国が自分たちに恵んでくれた4,500円が、毎月3万円以上の余計な負担を連れてくる。

何かを言おうとした時、音がした。リツ子が持っていたコップが手から離れていた。コップは割れずに床に落ち、中に入っていた水だけが飛び散った。しかしリツ子はそのコップを見ていなかった。彼女の右手が自分の右目の近くに持ち上がり、目の周りの空気を確かめるようにゆっくりと動いていた。

「右の端っこに、黒いのが見える」
リツ子は右手の指先を右目のあたりに当てた。
「疲れかと思ってたんだけど、ちょっと違う気がする」

私はその場で古いスマートフォンを取り出し、検索欄に症状を入力した。「目の端 黒い影 飛蚊症」と打って検索した。最初のページに「網膜剥離」という言葉が出てきた。記事を開いて読んだ。急激な症状で、治療が遅れると視力が永久に失われる可能性がある。できるだけ早く眼科を受診すること。夜間や休日の場合は大学病院の救急へ、と書いてあった。

「今夜行けるか」
リツ子はまだ右目の辺りに手を当てていた。
「そんなに急がなくてもいいんじゃないか」
そう言いかけてから、彼女は私の顔を見た。私の顔に何かを読み取ったのか、リツ子はそれ以上言わなかった。

区の総合病院に夜間外来がある。電車で20分だ。2人は家を出た。電車の中では何も話さなかった。

病院の夜間外来で診察を受けた医師は、50代に見えた男だった。検査の後、彼は静かに言った。
「右目の網膜の一部が剥がれかけています。救急の症状です。このまま放置すると剥離が進みます。できるだけ早く手術が必要です」

帰りの電車の中も、2人は話さなかった。

その夜、ベランダでタバコを吸いながら、私はまた計算を始めていた。手術と入院と術後の通院と薬。それが何ヶ月続くかは分からないが、少なくとも来年の春まではかかる。毎月の上限が5万7,600円で、それが5ヶ月か6ヶ月続いたとして、合計がいくらになるか。それに加えて介護保険料と国民健康保険料の増加分が毎月乗ってくる。夜勤で手取りがいくらで、リツ子のパート代がいくらで、年金がいくらで。それを全部合わせても、どう計算しても足りなかった。

働けば働くほど、手元に残る金が減っていく。

手術の日程が7月の第2週に決まった。入院は2泊3日の予定で、術後も定期的な通院が必要になる。手術の前夜、リツ子は台所で翌日の私の弁当を作り始めた。私が「いいよ」と言っても、彼女は手を止めなかった。

手術当日、私はリツ子を病院まで送ってから商業ビルに出勤した。夜の9時過ぎ、リツ子の妹から「手術が終わりました」というメッセージが届いた。それだけだった。

リツ子が退院してきたのは3日後だった。病院の会計で高額療養費制度を使った後の自己負担額は、5万7,600円だった。今月の上限に達していた。

その夜、私が仕事に出ようとした時、玄関のチャイムが鳴った。息子の直樹が立っていた。見た目は小ぎれいだったが、目の下にわずかに疲れがあり、顔色が悪かった。

「お袋の目のこと聞いた」
直樹はリツ子の様子を気遣う言葉を並べた。しかし、その指先が膝の上で何かを計算するように動いているのを私は見逃さなかった。

しばらくして、直樹は私の方に向き直った。
「親父、ちょっといいか」
声が少し落ちた。
「仕事の方が、ちょっときつくて。取引先からの入金が止まってる。今月の支払いが重なってて、少し苦しい状況になってる。一時的なものだと思うんだ。来月には動くはずなんだけど、今月だけがきつい。30万でいいから、短い期間だけ貸してもらえれば助かるんだけど」

私は直樹の指先を見た。膝の上でまだ動いていた。
「お前の話に1つ合わないところがある」
直樹の動きが止まった。
「去年の10月に来た時も同じような話だった。あの時5万円を渡した。あれはどこへ行った」

直樹の顔が変わった。表情が硬くなった。
「あれは別の件で…」
「どう違うんだ」
直樹は言葉を探すように少し間を置いた。その間に、どう説明すれば通るか、どの角度から話せば納得させられるか、そういう計算をしているのが見えた。

「親父は昔からそうだ。話を聞かない。融通が効かない。頼んでるのに」
直樹の声が苛立ちを帯びた。リツ子が横になったまま目を開いていた。直樹の声がさらに上がった。
「お袋だって入院してるのに、それくらいのことも…」
彼は言いかけて止まった。
「年寄り2人で抱えるより、俺が動いた方が早く解決できることもある。分かってもらえないのか」

直樹の目が少し赤くなっていた。感情が高ぶって充血する、そういう状態だった。

「無理だ」
私は短く言った。それだけだった。

直樹の顔から何かが抜けた。それが1秒ほど続いて、また別の表情になった。
「分かった。来た俺がバカだったな」
彼は立ち上がり、玄関に向かった。ドアが開き、直樹が出ていく時、声が聞こえた。
「どうせ国が面倒を見るだろう。老いぼれが」

ドアが閉まった。静けさが戻った。リツ子がゆっくりと体を起こし、鞄の中を確認した。今月の食費の封筒が入っていたはずの場所が、空になっていた。5万円の封筒が消えた。来月の食費だった。

その日から数日後、私は引き出しの奥から父の遺品の古い手巻き時計を取り出した。父が現役の頃に使っていたもので、定年時に譲ると言っていたが、実際に渡されたのは父が死んでからだった。私はその時計を渋谷の買取店に持っていった。男はルーペで文字盤を確認した後、言った。
「2万円でいかがでしょうか」
「もう少し…」
「書類がございませんと、相場の3分の1以下になってしまいます」

私は交渉する気にはなれなかった。交渉できる立場でもなかった。父の時計が2万円だった。感情に言葉がうまく当てはまらなかった。ただ、何かが削れたという感触だけがあった。

9月の初め、台風が過ぎた翌朝のことだった。立体駐車場の管理小屋で眠れない夜を明かし、私は何となく棚の隅に積まれた古い雑誌に手を伸ばした。2年前のマネー系月刊誌だった。特集は「老後の資産管理と税の見直し」。

ページをめくっていくと、半ばほどのところで手が止まった。
「知らないと損する年金の任意停止」という見出しがあった。

記事によれば、国民年金法第2条の2に基づき、老齢基礎年金の受給者は一定の条件のもとで、自分の意思によって年金の受給を一時的に停止することができる。停止できる単位は1ヶ月ごとで、停止した月の年金は永久に失われる。取り戻すことはできない。しかし、その代わりに停止した月の年金収入が年間所得の計算から除外される。

私は頭の中で計算を始めた。現在の見込み年収は149万円強。そこから1ヶ月分の年金、およそ12万4,000円を引くと、年収は136万円台に下がる。住民税非課税世帯の上限である148万円を大きく下回る。

代償は明確だった。1ヶ月分の年金が永久に戻らない。およそ6万2,000円が消える。しかし、その6万2,000円を失うことで、来年度から医療費の自己負担上限が5万7,600円から2万4,600円に戻る。その差は月に3万3,000円。通院が来年も続くとして、6ヶ月あれば20万近い差が出る計算だった。

私は翌日、年金事務所へ向かった。

窓口の担当者は東上と名乗った。30代半ばに見える、細い銀縁の眼鏡をかけた男だった。私は要件を説明した。
「国民年金法第2条の2に基づく、老齢基礎年金の任意停止の手続きをしたい」

東上は私の顔を見た。
「その制度はございます。手続き自体は可能です。ただし、停止した月の年金は永久に支給されません。1円も戻りません。その点を十分にご理解いただいた上で、本当に手続きを進めるかどうかをお考えいただく必要があります」
「分かっています」
東上はすぐには続けなかった。それから、住民税の判定は今年度分はすでに確定しており、効果が反映されるのは来年度の判定からになること、手続きには書類が必要であることを説明した。そして、こう付け加えた。
「住民税の翌年度判定に影響を与えるためには、今年中に停止の実績を作る必要があります。10月末が1つの目安になります。ただし、これはあくまでも目安であり、確約はできません」

書類を集めるのに1週間かかった。源泉徴収票の発行を待ち、年金手帳を探し出し、理由書を書いた。私は様式に、世帯の年間収入が住民税非課税世帯の所得基準をわずかに超えたため、医療費の自己負担上限が大幅に増加したことを書いた。妻が網膜疾患のため手術を受け、術後も継続的な通院と治療が必要な状況にあることを書いた。1ヶ月分の年金受給を自主的に停止することで、来年度の住民税判定における収入が非課税基準以下になり、医療費の自己負担上限が軽減されることを計算した結果として本申請に至った旨を書いた。最後に、停止した月の年金が永久に失われることは承知しているという一文を加えた。

3回目の年金事務所。窓口にはまた東上が座っていた。私は様式を差し出した。東上は受け取り、読み始めた。自由記述の欄で視線が止まった。何度か止まりながら、最後まで読んだ。

「これは」
東上の声は変わらなかった。
「住民税の非課税要件を満たすために、年金を意図的に停止するということですね」
「そうです」
東上は少しの間私を見た。それからパソコンの画面に目を向け、何かを操作した。
「この申請内容ですと、審査に時間がかかる場合があります。停止を希望される月まで、あと何日もございません。処理が間に合わない可能性があります。もし今月中に処理ができなかった場合、来月対応になりますが、来月を停止月にした場合に今年度の収入計算に影響するかどうかは、現時点では確約できません」

私はテーブルに両手を置いた。音を立てなかった。力を込めなかった。ただ、手を置いた。
「東上さん」
私は低い声で言った。
「私は国民年金法第2条の2に基づいた申請をしています。必要な書類は全て3回に分けて揃えました。理由書も書きました。申請は適法です。審査が必要なら、今すぐに始めてください。間に合わないという場合は、その根拠を制度の条文で示してください。根拠がなければ、間に合わないという判断は成立しません」

東上の表情は変わらなかった。しかし、目の動き方が少し変わった。
「私の妻は網膜剥離の手術を受けています。術後の通院が続いています。毎月の医療費の上限が5万7,600円です。その原因は、年金が1万円増えたことで収入が住民税課税の基準を1万円超えたためです。私はその1万円を修正するために合法的な手段を調べ、必要な書類を3回に分けて提出しました。今月中に処理ができなければ、妻の来月の医療費の上限はまた5万7,600円のままです。私には時間がありません」

東上は少し身を引いた。正確には、背筋がわずかに変わった。何かを決めた人間の内側の変化が、外側にわずかに出た。
「少々お待ちください」
彼は席を立ち、奥のデスクにいる別の職員と3分ほど話した。戻ってきた東上は言った。
「本日付けで申請を受理します。今月の停止申請として処理します。書類の審査は本日中に行います」

受付票を受け取り、私は年金事務所を出た。9月の夕方だった。歩きながら、頭の中が久しぶりに静かになったことに気づいた。計算が止まっていた。今日やるべきことが終わった、という感触だった。1ヶ月分の年金が戻らない。それは事実だった。しかし、穴の栓が一つ見えた。それだけで、今日という日は意味があった。

年金停止の処理が完了したという通知が届いたのは、10月の第2週だった。「9月分の老齢基礎年金の受給を停止した旨」「来年度の住民税判定において今年度の年間収入が136万円台になる見込みである旨」が、事務的な文面で記されていた。

10月の生活は、それまでで一番きつかった。停止した月の年金収入がなかった。食費に回せる金が月の初めの時点でほとんどなかった。電気はできる限りつけなかった。風呂は2日に1度にした。リツ子が買い物をする時、棚の前に立つ時間が少し長くなった。私の弁当は、白米と梅干だけになる日があった。

10月の半ば、リツ子の通院があった。診察の結果、右目の視力は戻りつつあり、経過は良好だった。会計で領収書を受け取り、金額を確認した。1万4,000円だった。先月まで同じ内容の診察と処置で5万7,600円を払っていた。

病院の外に出ると、10月の昼の空気が冷たかった。リツ子が隣を歩いた。歩き方がいつもより軽かった。
「よかった」
リツ子が言った。私は頷いた。

その夜、私は帰宅する前にスーパーに寄った。値引きコーナーに牛肉のパックがあった。3割引きになっていた。私はそれを手に取り、カゴに入れた。台所に帰ると、リツ子が驚いた顔をした。私はパックをテーブルに置いた。
「今日ぐらいは」

12月になった。その夜、仕事に出ようとした時、玄関のチャイムが鳴った。直樹が立っていた。前回よりも古いコートを着て、顔には疲れの色があった。目の下に影があり、頬が少しこけていた。

「借金が」
直樹は言った。声に力がなかった。
「あの封筒の話、あれ返すつもりだった。本当に返すつもりだったんだけど、そのうち使ってしまった。人から借りた金が返せない状況になっている。相手が回収の人間を使い始めている」

今回は本当のことを言っているのだと感じさせた。
「ここの家を担保にするしかないかもしれない。印鑑をもらえれば、それでこっちは何とかなる」

私は立ち上がった。直樹の目が私の動きを追った。私は台所に入り、棚の一番下の引き出しを開けた。引き出しの奥の方に、果物ナイフがあった。柄が短い、家庭用の安物だった。それを取り出して、居間に戻った。直樹の顔から表情が引いた。

私は直樹の向かいの椅子に座った。右袖のコートを左手でまくり、シャツの袖を肘の辺りまで折り返した。右の前腕をテーブルの上に置いた。それからナイフを右手に持ち直し、テーブルの上の自分の腕の横に置いた。

何をするつもりかは説明しなかった。私は直樹の目をまっすぐ見た。声を出さなかった。眉も動かさなかった。ただそこに座っていた。感情のない顔をしていると思った。腹を立てているわけではなかった。怖がらせようとしているわけでもなかった。ただ、もうこの家には渡すものがないということを、言葉を使わずに伝えていた。

1分が経った。直樹が椅子から立ち上がった。ゆっくりした動きだった。急いでいなかった。ただ、決めたという動き方だった。居間を出て、廊下を歩き、玄関のドアが開いた。今回は戻ってこなかった。ドアが閉まった。階段を降りる足音が聞こえ、それも消えた。

私はナイフをテーブルに置き、台所に戻って引き出しにしまった。手を洗い、居間に戻ると、リツ子が台所の入り口に立っていた。2人は目があった。リツ子は何も言わなかった。私も何も言わなかった。しばらくそのままでいて、リツ子がゆっくりと台所に戻った。夕飯の続きをしているようだった。

その夜の10時過ぎ、外が白くなっていた。東京の初雪だった。

翌朝、帰宅すると、台所のテーブルに水筒と小さなメモが置いてあった。メモには「温かいからちゃんと飲んで」とだけ書いてあった。字は赤いボールペンで書かれていた。インクが薄くなったボールペンで、力を込めて書いた字だった。

私は水筒からお茶を飲んだ。温かい麦茶だった。ゆっくり飲んだ。

12月の晴れた昼前。私はお茶を飲みながら、今年起きたことを順番に思い出した。6月の通知書。1万円の差。リツ子の目。病院の廊下。直樹の顔。買取店の天井。年金事務所の窓口。3回に分けて提出した書類。受付終了15分前の処理完了。

来年度から医療費の上限が2万4,600円に戻る。住民税の非課税世帯の資格も戻る。それは確定した。1ヶ月分の年金は永久に戻らない。6万2,000円が消えた。それも確定した。

直樹とは、もう会わないだろうと思った。後悔はなかった。

リツ子が帰ってきたのは3時過ぎだった。玄関で深呼吸の音がした。台所に入り、手を洗い、エプロンをつけた。水筒を見て言った。
「飲んだのね」
「飲んだ」
リツ子は少し頷いた。それから冷蔵庫を開け、今夜の夕飯の段取りを考え始めた。私は台所の椅子に座ったまま、リツ子の背中を見ていた。エプロンの結び目が少し曲がっていた。いつもはきちんと結ぶのだが、今日は右目で確認しながら結んだのかもしれなかった。私は何も言わなかった。

その夜、リツ子が家計簿を開いた。赤いボールペンで12月の収支を書き込んでいた。私は居間から台所の明かりを見ていた。リツ子はしばらく書き込んで、ページを閉じた。
「どうだった」
私が声をかけると、リツ子が振り返った。
「来年は、少し楽になると思う」

あの1万4,000円のことを言っているのだと分かった。
「そうだな」
リツ子は頷いた。それから立ち上がり、流しの前に立って夜の片付けを始めた。

私はコートのポケットを探った。エコーの箱があった。最後の1本が入っていた。ベランダに出た。東京の夜空は曇っていた。星は見えなかった。昨夜の雪の名残りが、日当たりの悪い隅にまだ少し残っていた。

最後の1本に火をつけた。煙を吸い込んだ。タバコの煙が口から出て、冬の空気の中に白く混ざり、見えなくなった。

今年も終わっていく。来年が来る。また計算して、また穴を探す。穴が見つかれば塞ぐ。塞げなければ、別の方法を探す。それでも足りなければ、また削る。終わらない作業だった。

しかし、2人ともまだここにいた。リツ子の目が見えている。台所に明かりがついている。赤いボールペンで数字が書き込める。私の手に、もうタバコはない。それだけのことが、今夜は確かにそこにあった。

台所から水道の音がした。リツ子が片付けを続けていた。ベランダの引き戸を開け、中に入った。居間は暗かった。私は居間の椅子に座った。台所の明かりが廊下を通り、居間の入り口の辺りまで届いていた。その光の端に座っていた。

外ではもう雪が降っていなかった。風もなかった。静かな夜だった。

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