社長の息子が中卒に参加資格はないって。最愛の娘であるしおりが社員旅行に行ったかと思うと10分で帰ってきた。そして玄関でうずくまり手で顔を抑えて泣き出したのだ。泣きじゃくるしおりに話を聞くと、彼女の勤める会社の社長息子に受けた酷い仕打ちを語った。全てを聞いて俺はぶち切れた。そしてすぐさま傲慢な社長の息子に電話をかけたのだ。
俺はしおりの父親だ。お前に言いたいことがあってかけた。
はあ。なんだよあの女。自分が社員旅行に行けないからってパパに泣きついたのか。これだから中卒の小娘は。
ここで俺は彼の言葉を遮って告げた。
パパに今日で解雇。会社は潰すって伝えろ。
この後巻き起こる波乱の展開をどうか最後まで見届けてほしい。
俺の名前は元山直。年齢は56歳だ。俺は現在アパレル関係の仕事をしている。仕事は忙しいが順調そのもの。そんな俺には今年23歳になる娘のしおりがいる。
俺は結婚していて、長く家族3人で暮らしてきたのだが、10年前に妻が病気になった。難しい病気で長いこと療養していた妻は、最後は「2人で助け合っていつも幸せでいてね」と言い残してこの世を去ったのである。
妻は病弱だったが、娘もまた体が弱かった。幼い頃は入退院を繰り返しており、中学までは何とか行けたものの、高校に進学する頃に長期の入院が決まった。それにより娘は高校進学を諦めることになったのである。
「しおり、入院生活は辛いだろうが、もう少し体が丈夫になれば手術もできる。そうなれば健康な人と同じように生活できるそうだ。辛抱してくれ。」
中学を卒業したばかりのしおりに俺はそう言った。
「大丈夫だよ、お父さん。高校に行けないのは悔しいけど、私には夢があるから。その実現のために入院中もできることをするつもり。」
しおりは辛いだろうに俺に明るく笑ってくれたのだ。
しおりの小さい頃からの夢はファッションデザイナーになることだった。俺がアパレル関係の仕事をしていることもあり、家の中にはファッション系の雑誌や資料が溢れていた。それを絵本代わりに見ながら育ったしおりは、自然とファッションの道を志すようになったのだ。
病気と戦いながらもいつも明るく前向きだったしおり。彼女の病室にはいつも自分で書いたデザインが大量に置いてあり、時には持ち込んだミシンで服を作ったりもしていた。
「お父さん、これ私が書いたデザインなんだけど。プロの目から見てどう?」
「そうだなあ。しおりはセンスがある。しかしもう少しここをこうすれば…」
「なるほど。さすがお父さんだね。師匠と呼ばせてください。」
俺と妻はそんなポジティブなしおりの存在に何度も救われていたし、彼女の夢が叶うことを親として祈っていたのだ。
妻が亡くなってしまった時、しおりは病院から一時帰宅して葬儀に出席した。俺もしおりも嘆き悲しんだのだが、しおりは決心したように呟いたのだ。
「私、お母さんに心配かけないように元気になるよ。そして夢もきっと叶えてみせる。お母さん、天国で見ててくれるよね。」
俺は涙を拭いながら告げた。
「しおり、これからは親子で支え合っていこう。いつまでも俺はしおりの味方だから。」
それから俺たちは支え合い、しおりが18歳の頃、大手術に挑んだのだ。手術は成功し、しおりは健康な体を手に入れることができた。
退院したしおりに俺は尋ねる。
「しおり、これからどうしたい?お前が望むなら行けなかった高校や大学にも行かせるが。」
「うん。お父さん、私やっぱりデザイナーになりたいの。早く現場で戦えるように勉強に付き合ってくれないかな?」
俺はしおりにアドバイスをしたり、資料や材料を買うなどしてやった。やがてしおりは自力で就職を決める。就職先は全国展開もしている、しおりの好きなアパレルブランドA社。しおりは厳しい入社試験もクリアし、デザイナーとして就職することができたのだ。
「よかったな、しおり。俺はお前が誇らしいよ。」
「ありがとう、お父さん。私がプロのデザイナーになれたのもお父さんのおかげだよ。」
こうしてしおりの就職を喜び合ったのだった。
それからしおりは俺と2人で暮らしながら2年ほどA社に勤めている。夕食は一緒に取るようにし、俺たちはよく話していた。
「しおり、最近仕事の方はどうだ?」
「相変わらず忙しいけどなんとかやってるよ。今度私がデザインした服がブランドの目玉商品になる予定なの。」
しおりは嬉しそうに言うが、すぐに顔を曇らせる。
「ただちょっと…」
「ん、どうした?」
「うん、なんでもない。私これからも仕事頑張るね。」
しおりは明るくそう言ったので、俺は少し気になりながらもそれ以上は深掘りしなかったのだった。
ある日、しおりは俺に「今度社員旅行に行ってくる」と嬉しそうに告げた。どうやらパリに行き、最新のファッションを学んでくるそうだ。しおりにとってパリは初めてで、かなり楽しみにしているのが見て取れる。と言っても社員全員がパリに行けるわけではなく、パリ行きは研修も兼ねているので重役とデザインチームに限られており15人ほど。他の社員は別の機会に国内旅行が用意されているらしい。しおりはデザイナーだからこそ、若くしてパリが決まったようだ。
社員旅行当日。生き生きとした表情で一回転すると玄関を出ていくしおりを、俺は嬉しい気持ちで見送った。
しかし10分後、玄関が開く音がし、慌てて向かってみると、さっき出たばかりのはずのしおりがいるではないか。
「どうしたしおり、忘れ物か。」
するとしおりはみるみる目に涙を溜め、その場にうずくまった。そして肩を震わせ手で顔を抑えて泣き出したのだ。
俺は動転してしおりに声をかけながら背中をさすった。
「そんなに泣いてどうした?社員旅行に行かなくちゃいけないんじゃないか。」
するとしおりは震える声で告げたのだ。
「社長の息子が中卒に参加資格はないって…」
それからしおりはまたわっと泣き出したので、俺はどうにかしおりをリビングに連れて行き、彼女の好きなココアを入れて渡した。ひっくしゃくり上げながらココアを口にしたしおりは、少し落ち着いたようだ。
「さっき言ってたのはどういうことだ?社長の息子がなんとかって。」
するとしおりは「最初から話すね」と前置きして、少しずつ語り始めた。
しおりの務めるA社は社員50人ほどの会社である。会社の軸になるデザイナーは6人で、しおりはその1人だ。しおりは商品開発部のデザイン課にいて働いており、周りは皆いい人で彼女にも優しくしてくれていたのだという。
「周りのデザイナーさんは尊敬できる人ばかりだし、うちの部の上司も他の従業員も素敵な人たちよ。でも社員に1人問題のある人物がいるの。」
その人物の名前は金子尊。営業部の部長で、彼はA社の社長の息子なのだという。
「営業部とは普段あまり関わらないんだけど、1度一緒に仕事をする場面があったの。それで営業部のチームに混ざって1度飲みに行ったんだけど…」
しおりはプロジェクトで関わった営業部の面々と、打ち上げで飲みに行った。その飲み会の中で社長の息子である営業部長に目をつけられたのだという。
「最初は『優秀なデザイナーだと聞いてるよ』とか『若くて可愛いね』なんて言って私のことを褒めてくれていたの。でもその帰り道、『2人で2件目に飲みに行こう』って誘われたわ。」
「それで飲みに行ったのか。」
しおりは首を横に振る。
「その営業部長は女性社員からの評判が悪くて、セクハラじみたことをしてくるって。それで警戒してお断りしたの。」
しおりは唇を噛みしめた。
「営業部長は明らかに気を悪くしたようだったわ。でも私は逃げなきゃって思って帰ってきたの。でも翌日…」
翌日出社すると、しおりのところに営業部長がやってきたそうだ。そして社員の従業員プロフィールを勝手に持ち出し、しおりのものを皆の前で読み上げたのだとか。
「私が中卒だってこと、みんなの前で嘲笑されて笑われたの。『中卒が一丁前にデザイナー気取りするんじゃない』とまで言われたわ。」
俺はしおりの話を聞いて、怒りが湧き上がってくるのを感じた。そんなのどう考えても、袖にされた腹いせをしているだけではないか。
「それから私、営業部長にわざと『中卒さん』なんて呼ばれるようになって…でも周りは慰めてくれていたから、なんとか頑張ってきたの。」
こんな状況でしおりは今日の社員旅行を迎えたという。しおりは仲のいい同僚たちとパリを満喫するのを楽しみに、集合場所である会社に向かった。
しかししおりが同僚と話していると、社長の息子が近づいてきたのだという。
「『なんでお前がここにいるんだ』って嫌みっぽく言われて、意味が分からなくて。そうしたら言われたの。」
「なんて言われたんだ?」
「『中卒に社員旅行への参加資格はない。残って雑用でもしてろ』って。私、言い返そうとしたけど、社長の息子の『俺に逆らうのか』って睨まれて…」
俺は拳を握りしめた。なんてことだ。
「他の従業員はかばってくれようとしたけど、やっぱり社長の息子だから強くは言えなくて。険悪な空気に耐えられなくなって、私は『行きません』って言って帰ってきたの。」
しおりは唇を噛みしめながら言う。
「でもやっぱり悔しいよ。なんで私があんなこと言われなきゃいけないの?」
そしてまたもや大粒の涙を落としたのだ。
全てを聞いて俺はぶち切れた。娘に言い寄り振られたからと言って、娘の学歴を馬鹿にし、社員旅行から追い返すとは。社長の息子という立場を使って好き放題しやがって。
「しおり、そいつの電話番号は知っているのか?」
「無理やり渡されたから分かるけど。」
しおりは社長の息子の電話番号が表示された自分の携帯を差し出したので、俺はそれを手に取ってすぐに電話をかけた。何回かの呼び出し音の後、応答がある。
「元山か。今更謝ったって遅いぞ。お前は社員旅行には連れていかない。」
しょっぱなからこんなことを言う社長の息子に、俺は低い声を出した。
「俺はしおりの父親だ。お前に言いたいことがあってかけた。」
「はあ?なんだよあの女。自分が社員旅行に行けないからってパパに泣きついたのか。これだから中卒の小娘は。」
そこで俺は彼の言葉を遮って告げた。
「パパに今日で解雇。会社は潰すって伝えろ。」
「はあ?おい、おっさんいきなり何言ってんだよ。意味がわからねえんだけど。」
「それじゃあな。せいぜい最後の社員旅行楽しんでこい。」
そして一方的に電話を切ったのだった。
「お、お父さん…」
「しおり、何も心配するな。さあ、今日はゆっくりしよう。」
にっこりとしおりに微笑みかけると、彼女も頷いてくれた。
1週間後、パリに行ったメンバーが出社してくる日で、俺はしおりの会社に向かった。営業部のフロアに通されると、そこにはデスクで携帯をいじる社長の息子、金子尊がいる。派手でだらしない身なりで、室内でもサングラスをかけており、柄が悪い。
「金子尊で間違いないな。」
尊は顔をあげたが、俺が誰かは分かっていないようだ。
「電話で話した元山、しおの父だ。」
俺が名乗ると部署内の注目が集まり、その中で尊はふっと鼻で笑った。
「おいおい、勘弁してくれよ。親父、会社まで来たのかよ。」
「お前と話をしたくてな。お前の言う『社長』であるパパに伝えたか。会社を潰すとかいうやつか。」
「はあ?あの『社長首になって会社を潰す』とかいうやつか。そんなわけわからんことを俺が父に伝えるわけないだろ。俺たち親子はなおっさんと違って忙しいんだよ。」
「そうか。じゃあ直接伝えなければな。」
すると尊は顔を歪める。
「はあ?まだそんなバカなことを言っているのか?大体受付はなんでこんな部外者を勝手に入れているんだ?おい、お前ら早くつまみ出せ。」
尊の部下らしき従業員たちが恐る恐る俺に近寄ってこようとするが、俺は手で制した。おかげで少し騒ぎになったのだが、そこにやってきた人物が。
「おい、これは何の騒ぎだ?」
それに尊が答えた。
「ああ、父さん。なんか社員の父親とかいうやつが急に来て絡んできてさ。これから力づくで追い出すところさ。」
社長はそう言われて俺を見る。するとその顔がどんどん真っ青になっていったのだ。
「まさか、元山会長…どうしてここに…」
「おい、お前離れろ。この方はうちの会社が属するグループの会長だぞ。」
部署内がどよめく。
そう、俺の職業はアパレルブランドを束ねる巨大グループ企業の会長。今いるA社も俺のグループ企業の中の一社なのだ。俺が若い頃立ち上げた会社はどんどん大きくなり、今はグループ全体で売上が年間2500億円を超えている。
「は、あれ…よく見ればマジじゃん。」
尊は間抜けな声を出す。俺は顔をメディアにも出し、名前も知れているはずなのだが、尊は目の前の人間がまさかグループの会長だとは思っていなかったらしい。
「金子社長、続きはどこか静かなところで。この男ももちろん同席させてください。」
俺がそう言うと社長はペコペコと頭を下げ、俺を社長室に導いた。
「おい、お前も来い。」
社長が怒鳴ると尊もついてくる。社長室で3人になると、社長は恐る恐るという様子で切り出した。
「会長、足をお運びいただき恐縮です。しかし今日はどうして…」
そこで俺は、しおりが尊から受けた仕打ちを全て語ったのだ。尊から個人的に食事に誘われたこと、中卒と罵られたこと、挙句の果てに社員旅行から追い返され、泣きながら帰ってきたこと。しおりが俺の娘だということは社長にも伏せていたため、彼は目を見張って驚いた。
「そ、そんな失礼を…愚息が娘様に働いていたとは…存じなかったとはいえ、大変失礼しました。」
社長はその場に土下座したが、尊は状況が信じられないようで茫然としている。
「そんなことより社長、お前も土下座せんか。」
社長が声をかけると、尊はそろそろと床に這いつくばって土下座の姿勢になる。
「土下座なんかされたって何の価値もありませんよ。それより社長、きちんと話をしましょう。」
俺は冷たく言うと、大きなソファーに社長と尊を並んで座らせた。社長はもはや紫色の顔をしており、さすがに尊の顔色も悪くなっている。
「まず売上資料を見たが、ここ数年A社の売上は低迷している。デザインや品質の良さからネットでは売上好調なものの、店舗の出店数が伸びていない。」
俺が指摘すると社長は顔を引きつらせた。
「それはあの…」
「出展予定だったモールの担当者など何人かに話を聞いたが、どうやらA社の営業担当が彼らにも失礼な態度を取ったようだな。それでパートナーになれないと、出展側から断られたとか。」
俺は一息置いて告げる。
「担当者はいつもあなたの息子の尊さんだったそうだ。営業部長でありながら、売上拡大のチャンスを自ら潰すとは一体どういうことだ。」
俺が会長として指摘すると、親子の顔はどんどん青ざめていく。
「それだけじゃない。俺は独自に社内調査も行った。『営業部長の振る舞いで困ったことはないか』と。すると出るは出るわ。パワハラにセクハラ。社員はストレスを溜めていた。」
俺はそこで親子を睨みつけた。
「それでも社長の息子だからと周りは強く出られず、社内の風通しが悪くなっていたようだ。今回、会長直属の聞き取りということもあり、従業員は全てを話せたんだ。」
すっかり縮こまった社長親子に俺は続ける。
「さらに特定の社員に対し、学歴を馬鹿にしたり、社員旅行に行かせないなどの嫌がらせ行為。これが本当に管理職か?どうだ?何か言えるものなら言ってみろ。」
社長は口をパクパクさせていたが、やがて再び頭を下げた。
「申し訳ありません…どうかお許しを…」
俺はため息をつき、社長に告げる。
「自分の息子を入社させておいて、好き放題させてきたあなたの責任は重い。俺の権限があれば、いつでもA社のトップの首をすげ替えることができる。それどころかA社を潰すことも簡単だ。」
「へ、そ、それだけは…どうか…」
「しかし、あなたは息子の件を除けば、学歴にこだわらず採用を行うなど、社員から評価されているのも事実だ。私も彼の父親だからと言ってあなたを首にするのではなく、チャンスを与えたいと思っている。どうすればいいか、もう分かるな。」
すると社長は立ち上がり宣言したのだ。
「はい。息子を即刻解雇し、2度とA社に入れません。そして風通しのいい会社を作っていくと誓います。」
「は、は、父さん何言ってるんだよ。」
と慌てる尊だが、すぐ様社長に殴り飛ばされていた。いい年齢のくせに涙を浮かべて震える尊を見て、俺は心が晴れるのを感じたのだ。
「尊君、君はもうパパの権力を振りかざすことはできない。残ったのは自身の人間性だけだ。これからはそれを見つめ直し、少しでもまともな人間になることだ。」
俺は最後に「これからもA社を頼む」と社長に言い残し、頭を下げられながら社長室を出たのだった。
その後、尊は社長によってすぐに解雇され会社を去った。周りの従業員は少し胸を撫で下ろして喜んだという。ちなみに尊は今回の件で父親に絶縁され、家も追い出されたという。業界内には彼の悪い噂が広まっており、2度と同業種にはつけないだろう。現在はボロアパートに住み、アルバイト生活をしているという尊。それを聞いても俺は少しも同情していないのであった。
一方のA社だが、営業部長が変わり、営業部にも新しい風が吹いたようで、新規で出展することもできるようになり、A社の業績は少しずつ上がってきている。しおりもそれに一役買い、彼女がデザインした服はいつも売り切れになるそうだ。父親が会長であることが社内に知れたが、俺は社長に釘を刺し、しおりを特別扱いしないようにした。おかげでしおりは今日ものびのびと、気の良い仲間に囲まれて働いているらしい。
「お父さん、本当にありがとう。私これからも頑張るね。」
明るい笑顔を取り戻したしおりに、俺は微笑むのだった。



