「お前らみたいなパートが研修なんか受けたって無駄なんだからよ。日本に残って雑用こなしてら。」
パート社員の俺と同僚を見下す高学歴の上司。研修旅行のチケットを手配せず、日本に残って仕事をしていろと命令してきた。なんとか旅行先に行き会場へ向かう。その研修で本社の社長の交代が発表された。そしてその新社長が紹介されると、上司の顔が真っ赤になり——。
俺の名前は高田哲也。今年で50歳になる。もう反世期も生きた老兵だが、あるきっかけで転職することになった。転職先は俺がそれまでいた会社と同業種だが、雰囲気のまるで違う本社をシドニーに置くとても大きなグローバル企業だった。前の会社でも海外との取引があり、英語が得意だった俺は、その会社の日本の東京支店にパート社員として入社することになった。そこで働き始めてからそろそろ1ヶ月が経つというところだ。支店長である上司は俺の3歳下の山本という男なのだが、この山本はエリート大学出身で、俺のように平均的な大学を出ている人間を見下す傾向があった。
「この程度の大学だとパートぐらいしか働き口ないんでしょうね。」
入社初日、挨拶に行って一言目に言われたのがこの言葉だった。腹は立ったのだが、一応上司なのでその場は「よろしくお願いします」と頭を下げておいた。しかし、上司の俺に対する態度はまだいい方だった。同期入社で同じくパート社員の川原啓太郎という同僚がいるのだが、彼は俺と同じぐらいの学力の大学出身で、しかも上司よりも年下ということもあり、山本からはかなりきつく当たられていた。
「42歳でパートしかできない無能に、他に働き口なんてないんだからしっかり働けよ。」
そんな言葉を毎日のように浴びせられていた。
そして同期にはもう1人、小野田という27歳の正社員がいた。小野田は山本と同じ大学出身らしく、山本は小野田をよく可愛がっていた。評価の上がりそうな仕事は次々に小野田に任せ、俺や川原君はほとんど干されている状態だった。それなのに俺と川原君は毎日忙しかった。なぜなら小野田は山本から振られた仕事を、パートの俺や川原君に丸投げするからだ。理不尽だと思うが、パートである俺や川原君が断ることなどできず、仕方なく仕事をこなしていた。そして一緒に仕事をしていて気づいたが、川原君はかなり仕事ができる。迅速かつ正確で、ほとんどミスもない。正しく評価されればパートなどという立場では終わらない人物だ。しかし川原君は正しく評価されない。なぜなら小野田が自分の仕事としてその結果を山本に報告してしまうからだ。そして小野田は、仕事にミスがあった時だけ「川原に振りました」と報告する。山本はその滅多にない川原君のミスを、さも会社に大損害を与えたかのように大げさに叱責したりすることもあった。
「なんでこんな簡単な仕事できないわけ?」
「申し訳ありません。」
「のさ、お前のミスだとしてもさ、俺や小野田さんのミスになるわけよ。その辺ちゃんと理解してる。」
「はい。今後このような失敗のないように気をつけます。」
その後、川原君は何度も頭を下げていた。何十回と謝罪をした川原君がようやく解放される。
「今日も大変だったね。」
「まあでも、謝っていれば終わるので。」
有能な人間が評価されず、理不尽に叱責されているこの状況に悔しい思いはするが、今のところどうしようもないので黙って仕事をこなす毎日を送っていた。そんなある日、社員旅行の知らせがうちの支店にも届いた。研修を兼ねた旅行で、行き先は本社のあるシドニーだった。その旅行は希望者であれば雇用形態に関係なく、社員もパートもみんな参加できるものだった。
「2人はどうしますか?」
山本が俺と川原君に聞いてきた。俺と川原君が参加しますと答えると、山本は鼻で笑った。
「はっ、お前らみたいなパートが研修なんか受けたって無駄なんだからよ。日本に残って雑用こなしてら。」
「ちょっとそれはあんまりじゃないですか。」
反論しようとする川原君を止める。
「いいんですか?」
川原君が小声で俺に聞いてきた。
「いいから。俺に任せろ。」
俺はそう言って、山本を見上げた。50歳の俺が、3歳下の上司に頭を下げるのは悔しいが、ここで騒いでも損をするだけだ。俺は静かに言った。
「わかりました。じゃあ、俺たちは日本で仕事をします。」
山本は満足そうに笑った。そして、旅行の準備を進める小野田に指示を出し始めた。俺と川原君は、黙ってデスクに戻った。
「高田さん、本当に行かなくていいんですか?」
川原君が悔しそうに言う。
「行くさ。ただし、あいつにバレないようにな。」
俺は小声でそう答えた。そして、旅行当日まで密かに準備を進めた。山本たちが旅行に出発した後、俺と川原君は次の便でシドニーへ飛んだ。現地の本社に到着し、研修会場へ向かう。そこには山本も小野田もいた。俺たちの姿を見た山本の顔は、驚きと怒りで歪んでいた。
「何でお前らがここにいるんだ!」
山本が怒鳴る。だが、周りの本社の人間たちは、俺たちパート社員が来たことを歓迎していた。研修が始まり、本社の社長の交代が発表された。そして、その新社長が紹介されると、山本の顔が真っ赤になった。新社長は、なんと——。
「お前……川原……だと……?」
山本の声は震えていた。新社長として壇上に立っていたのは、あのパート社員の川原啓太郎だったのだ。



