私は吉野。珍しい女性の寿司職人だ。調理の専門学校を卒業してすぐ、とある寿司屋に修行に入った。寿司は古くからある日本の伝統料理。男性だって「飯炊き3年、握り8年」と言われる厳しい世界だ。最初の職場では女だからと皿洗いや下準備だけしかやらせてもらえず、後から入ってきた男性の新人にどんどん仕事を抜かれていく。つい夢を諦めかけた時、思い切って職場を変えたことが私の転機となった。
新しい職場は徹底的な実力主義。私はきちんと修行させてもらえるようになった。頑張れば頑張るほど成果が出るのが嬉しくて、一生懸命修行した。そしてついに1年前、私は念願だった高級寿司屋をオープンできたのだ。大変だった修行時代と違い、私の寿司は順調に軌道に乗って売上を伸ばしていく。商売は大変だけど面白くて、今こそ頑張り時といった感じなんだけど、実は私にはものすごく頭の痛い問題ができてしまった。夫と義実家のことだ。
夫と出会ったのはちょうど5年前。女性への当たりがきつい前の職場に行って一番腐っていた頃だ。それまで一人前の寿司職人になるまでは絶対に結婚しないつもりだったけど、仕事が辛くて心のどこかでは結婚して主婦になるのもいいかななんて弱気になってきていた。そんな時に合コンに誘われて知り合ったのが夫だ。夫と付き合い出してから修行先を変えて、私の寿司職人への夢が再び燃え始めた。だから夫からプロポーズされた時、いつかは自分の店を持ちたいこと。店を持ったら持ったで普通のお嫁さんのようにはできないことを素直に話して一度は断った。
夫はそれでもいいと言ってくれて結婚したけど、やっぱり現実はなかなか厳しい。飲食店をしていれば土日や祝日、平日の夜まで、普通の人が休みの時が稼ぎ時だ。私がメインの寿司職人だし店長だから休めない。帰宅は深夜になるし、会社員の夫とはすれ違いが増えた。自然と夫との間に溝ができてしまう。店が繁盛し出し、私の店の売上が夫の給料よりはるかに高いと知ると、もう関係は崩れていく一方だ。でも店の売上はあくまで売上で純粋な利益じゃない。従業員の給料や水道・光熱費に仕入れのお金、店舗の改装のローンと経費を払えば私の手元に残るのは修行時代の給料とあまり変わりないのに。
夫との関係の他にもう1つ私にとっての大問題が義家族だった。義母や義父が、義理の娘の店だからと定期的に食べに来ては会計をしないで帰るのだ。月に1、2回程度でしょっちゅうじゃないけど、私は困っていた。最初に来たのは義母だった。オープン初日にお友達と2人で来てくれたところまでは良かったが、「ごちそうさま、美味しかったわ」とそのままお金を払わずに出て行こうとしたのだ。私は慌てて追いかけ「ご来店ありがとうございました。お会計は1万円になりますね」と言うと、「あら、なんで払う必要があるの? 」義母は「親戚なんだから」と言った、けげんそうな顔で私を見た。
「え、だってお客様として来てくださったんですよね」私も戸惑ってしまう。「もちろんよ。でも私はお客様だけど、あなたはうちの嫁でしょ? あなたは家族でしょ」、「家族なんだから払わないでって言ったじゃない」と、逆ギレされた。私は冷静に「その前に無銭飲食で通報しますけど」と返した。私が断固とした態度に出たことで、従業員たちも厳しい目で義両親を睨んでいる。「どういうこと? 」義母は怒りをあらわにする。「大体、あめさんは自意識過剰なのよ。もしかして被害者ぶって周りの気を引きたかったんじゃない?

」
その後も義両親は何度も店に来ては、同じように会計をしないで帰ろうとした。そのたびに私は断固としてお金を要求した。義母はその度に「冷たい嫁だ」「情けない」と言い、私を責めた。夫にも何度か相談したが、夫は「親なんだから大目に見てやれよ」と取り合ってくれない。私は自分の店を守ることで精一杯だった。ある日、義母がまた友達を連れて来た。私はいつものように会計を求めた。義母は顔色を変えて「もういいわよ、お金なんか払ってやるから! 」と、財布から一万円札を机の上に叩きつけた。「これで十分でしょ。もう二度と来ないから! 」そう言い放って、義母は友達と一緒に店を出て行った。その夜、夫から電話がかかってきた。夫の声は怒りに震えていた。「お前、母さんに何てことしたんだよ。母さんが泣いてたぞ。店を畳め。もうこんな店、やめろ。俺の family とお前、どっちが大事なんだ?
」私はその言葉に何も返せなかった。受話器を置いた後、私は店内でずっと立ち尽くしていた。私は間違っていたのだろうか。自分の店を守ることが、そんなに悪いことなのだろうか。翌日、私は義実家に行き、義両親にこう宣言した。「私はこの店を絶対にやめません。あなたたちの娘としてではなく、一人の人間として、この店を守り続けます。もしまた無断で飲食されるなら、警察に通報します。どうぞ、私を恨んでください」義父は何も言わなかった。義母はただ、私をにらみつけていた。私はその場を後にして、店に向かった。店の前には、今日も客が並んでいる。私は覚悟を決めて、暖簾をくぐった。これからも私は、この店を守り続ける。たとえ、家族を失うことになっても。


