10年間、引きこもりだった女性社員を雇った。いじめで高校を中退し、部屋に籠もっていた彼女は、努力を重ねて営業部の戦力にまで育った。ところがある日、取引先の担当者が言い放った。「機械修理を無償にしろ。さもなくば、お前と食事に行け」。断れば契約解除だと。怒りで震える俺の前に現れたのは、想像もしていなかった過去の真実だった。彼女を守るため、俺は取引先との契約を切る決断をした。だが、その先に待ってい…

10年間、引きこもりだった女性社員を雇った。いじめで高校を中退し、部屋に籠もっていた彼女は、努力を重ねて営業部の戦力にまで育った。ところがある日、取引先の担当者が言い放った。「機械修理を無償にしろ。さもなくば、お前と食事に行け」。断れば契約解除だと。怒りで震える俺の前に現れたのは、想像もしていなかった過去の真実だった。彼女を守るため、俺は取引先との契約を切る決断をした。だが、その先に待ってい...

「木戸さん、自分の立場分かってないの?」

取引先の大手企業から戻ってきた木戸が、青ざめた顔でそう報告してきた。機械修理を無償にすることと、担当者の男性社員と食事に行くこと。その2択を迫られたというのだ。しかも、断れば契約解除通知を出すとまで言われたらしい。

俺は怒りで震えた。こんな汚いやり方は絶対に許せない。

俺の名前は三浦。65歳だ。産業用機械の製造会社の社長をしている。有名な企業に比べれば規模は小さいが、地域に根差して信頼と実績を積み重ねてきた。

木戸が入社してきたのは10年前のことだ。いわゆる引きこもりだった彼女を、中学時代の友人に頼まれて雇った。友人の娘が高校でいじめを受けて中退し、部屋に籠もってしまったという。

「正社員じゃなくていい。試用期間でもいいから」

何度もそう頼まれ、俺は承諾した。最初はおどおどしていて、打ち解けにくい印象だった。しかし、言われたことはきっちりメモし、報告連絡相談をしっかりする。かなりの勤勉さを発揮したのには驚いた。

慣れてくると、木戸は相手の目を見て笑顔で挨拶するようになった。ある日、一緒に昼食を取った時に彼女がぽつりと話してくれた。

「私、高校でずっと嫌がらせに遭ってて。それで他人が怖いと感じるようになったんです」

クラスに有名な男子がいた。親が結構お金持ちで、クラスのリーダー的な存在だった。その子の告白を断ってから、嫌がらせが始まったのだという。昨日まで仲良くしていた子たちが一斉に無視するようになり、その男子が遠巻きにニヤニヤしながら見ている。時には暴力に近いこともされたらしい。

両親に相談しても、取り合ってくれず「心の弱さが原因だ」と逆に叱られたそうだ。木戸の入社を頼んできた時も、友人は「とにかく頼む」の一点張りで、娘のことを悪く言っていたのを思い出した。なんとも酷い話だ。

試用期間中、木戸は事務職をメインに働いたが、今は営業部の一員として働いている。意外と営業に向いていたのだ。礼儀正しく聞き上手で、伝えるべきことはしっかり伝える。お客さんからの評判も良かった。

そんな木戸が、取引先から理不尽な要求を受けて帰ってきた。機械修理の無償化と、担当者との食事。断れば契約解除だと。

木戸は当然、きっぱりと断った。食事の話が出た時点で、まともに取り合う必要がないと判断したのだろう。しかし、木戸の返答に取引先の担当者・堀内は顔色を変えたらしい。

「木戸さん、自分の立場分かってないの?」

堀内はそう言って畳みかけたそうだ。木戸はそれでも折れずに会社へ戻り、俺に報告してくれた。

俺は木戸の勇気に感心すると同時に、怒りが込み上げてきた。こんな恫喝まがいの要求を許すわけにはいかない。俺は木戸を守るために、ある決断を下すことにした。

翌朝、俺は堀内の会社に直接電話を入れた。木戸を守るためなら、取引先を失う覚悟もできている。だが、俺の想像を超える展開が待っていた。相手の会社の代表が電話に出た瞬間、思いもよらない言葉が飛び込んできたのだ。

「三浦社長、こちらこそお詫びを申し上げたく… 」

その声の主は、堀内の会社の社長だった。彼は木戸の名前を出すなり、声を震わせてこう言ったのだ。

「うちの社員が、あなたの会社の社員に対し、とんでもないことをしていたようです。私からも直接謝罪させてください」

どうやら、堀内の横暴なやり方は今回が初めてではなかったらしい。だが、ここで話は終わらなかった。社長の次の言葉に、俺は思わず受話器を握る手に力を込めた。

「ただ、あの社員は… 木戸さんがうちの元社員の娘さんだと知っていて、わざと狙った可能性があるんです」

その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。

「元社員の娘… ?」

「ええ。10年ほど前に、うちで働いていた女性がいるんですが、その方が木戸さんの母親でして。当時、解雇された経緯があるんです」

俺はその言葉に息を呑んだ。木戸がここまで頑張ってきたのは、こんな過去があったからなのか。そして、堀内はそれを知った上で…

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俺は木戸を呼び出し、事の経緯を伝えた。木戸はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

「母が、あの会社にいたんですか… 。知りませんでした」

木戸の目に涙が浮かんでいた。彼女は10年間、自分を育ててくれた会社のために働き、今やかけがえのない戦力になっている。そんな木戸を守るために、俺は堀内の会社との契約を打ち切ることを決めた。

「木戸さん。あんたはよくやってきた。あんたの頑張りが、この会社を支えてきたんだ。これからも、うちで働き続けてくれ」

木戸は深く頭を下げ、涙を拭った。

「ありがとうございます。三浦社長」

その日から、木戸は以前にも増して仕事に打ち込むようになった。そして数年後、木戸は営業部の主任に昇進した。あの日の決断が、彼女の人生を大きく変えたのだ。