高橋は一袋のポチ袋を俺に差し出しながら、こう言った。「これが退職金だ。今までご苦労さんだったな」
俺は訳が分からず、その中身を開けた。中に入っていたのは、なんと5円玉が一枚だけ。
「退職金が5円だと?」思わず大声をあげてしまった。
すると高橋は、至って真面目な顔でこう言い放った。「はあ?何を驚いてるんだ。これは修行規則通りだ。ご縁が気に食わないって言うんなら、うちの会社を辞めるのを諦めればいいんじゃないか」
俺は大きなため息をついて、「分かりました」と言うしかなかった。
俺の名前は徳長明。今年38歳になるサラリーマンだ。俺の両親は徳長という和菓子屋を経営していた。俺は子供の頃から、両親の後を継いで和菓子職人になるのが当たり前だと思っていた。
しかし、人生というものは分からない。俺が高校生の頃、徳長は経営難から閉店してしまった。その頃にはもうすっかり職人になることを決めていた俺は、高校も成果のあるところをわざわざ選んで通っていたのだ。
うちの店が閉店するという、予想だにしていなかった出来事を目の当たりにした俺は、そのショックから和菓子を作れなくなってしまった。精神的に落ち込んでしまっている俺に、両親は別の道に進むことを提案した。俺の気持ちを切り替えるためにも、高校も別の工業系の学校へ転入することを決めた。
そして曲折の末、俺は今、セントラル工業という会社で働いている。セントラル工業は主に成果用の機械を製造・販売している会社だ。企業としての規模は決して大きくはなく、このところ業績が若干悪くなっていることが気がかりだ。
俺は現在、主に新しい機械の開発をする仕事を担っている。俺がこの会社に入ったのは23歳の時、今からちょうど15年前だ。その時から同じような仕事をしているので、俺が開発責任者として携わった機械は結構な数にのぼる。もちろん、俺だけの力で新しいものを作り出したわけでは決してない。全て同僚たちと汗水流しながら開発したものばかりだ。
同僚たちはいい人ばかりだった。「だった」と過去系なのは、年々仲間たちが減っていっているからだ。
ある日、俺は同僚の一人が突然辞めることになったと聞かされた。理由を尋ねると、彼はこう言った。「実は…別の会社から引き抜きの話が来てな。このままここにいても先がないと思ったんだ」
俺はその言葉に胸が痛んだ。確かに、最近の業績の悪化は誰の目にも明らかだった。だが、俺たちは15年間一緒にやってきた仲間だ。そんな簡単に去ってしまうなんて。
それからも、次々と同僚が辞めていった。中には何の説明もなく、ある日突然いなくなる者もいた。俺はその度に、自分も辞めるべきなのかと考えたが、開発している機械にまだやり残したことがある気がして、踏み切れずにいた。
そんなある日、高橋が俺のところに来て、退職金のポチ袋を渡したのだ。
5円というのは、会社の規則で定められた最低額だったのかもしれない。だが、15年間の努力がたったの5円とは、あまりにも馬鹿げている。
俺はその場では何も言えなかったが、心の中では怒りが渦巻いていた。このまま黙って引き下がるわけにはいかない。俺は自分がこれまで開発してきた機械のこと、そして仲間たちが去っていった理由を考え始めた。
もしかすると、会社は俺を追い出すために、わざとこのような仕打ちをしたのではないか。そう考えると、無性に腹が立ってきた。
俺は決意した。このまま黙って辞めるなんてことはしない。必ずやり返してやる。まずは、会社の不正がないか調べてみよう。俺は退職金の明細書と、これまでの開発記録を手に取った。



