同窓会の会場で、宮野秋夫がニヤニヤしながら近づいてきて、顔を覗き込むようにして言った。
「おい、貧乏人。100円で許してやるから、俺の銀行に預けてくれよ」
かつて「お化け屋敷の貧乏人」と私を呼び、からかいの対象にしていた男だ。三十年以上の時を経ても、彼の態度は何も変わっていなかった。私は静かに、しかしはっきりと答えた。
「わかった。それなら100円だけ残して、解約させてもらうよ」
宮野は私の言葉に一瞬ぽかんとしたが、すぐに「貧乏人がかっこつけやがって」と大笑いした。好きなだけ笑えばいい。今日が最後になるのだから。
私の名前は花沢剛。幼い頃に両親を亡くし、祖父母に育てられた。二人の家計は決して余裕があるものではなく、古い民家で三人、ぎりぎりの生活を送っていた。小学校の途中で転校した私は、貧しい暮らしを馬鹿にされ、特に宮野からは「お化け屋敷の貧乏人」というあだ名をつけられて、ずっとからかわれ続けてきた。
祖父母は私のために、古くなった服をリメイクして新しい服を作ってくれた。今思えばありがたいことだが、当時の私は周りの子と同じような普通の洋服が着たかった。ゲーム機も買ってもらえず、友達と遊ぶこともままならなかった。学校に行けば貧乏だと笑われ、楽しい思い出など一つもなかった。
だから、中学の同窓会の知らせが届いた時、嬉しさよりも嫌な予感が先に立った。それでも、少ないながら気の合う友人にも会いたいと思い、参加を決めた。会場では、久しぶりに会う友人たちと何十年ぶりかの話に花が咲き、来てよかったと心から感じていた。その時だった。
「おい、もしかして剛か?」
嫌な声が聞こえた。振り返ると、宮野と、昔一緒に私を馬鹿にしていた連中が立っていた。彼らの顔を見た瞬間、嫌な記憶が一気に蘇ってきた。
「久しぶりだな、宮野」
「おいおい、貧乏人のくせに軽々しく名前を呼ばないでくれよ。随分とおっさんになったな、お化け屋敷の貧乏人」
宮野は楽しそうに笑い、周りの取り巻きもそれに合わせてゲラゲラと笑った。彼の家は町で大きな影響力を持つ金持ちで、先生たちでさえ注意できない存在だった。以前、私をかばってくれた同級生がいたが、その子はすぐに引っ越して転校してしまった。宮野が両親に話して、家族ごと町から追い出したのだと誰もが噂していた。だから、誰も彼に逆らえなかった。
「そういや、お前、貧乏で高校にも行けずに中卒で働いてたよな。どうよ、低学歴の生活って」
宮野は笑いながら言った。高校に行きたかったのに、祖父母の体調が悪くなり、医療費がかかるようになって、行けなくなったのだ。それもこれも全て彼の前では言い訳にしかならなかった。
「中卒じゃまともな仕事にも就けてないんだろうな。今は何してるんだ?物乞いか?」
「まあ、いろいろやってるよ」
「いろいろって何だよ。どうせ日雇いとかだろうな。その日暮らしで生きていくのも大変だな」
そう決めつけて笑う宮野に、私は何も言わなかった。言っても無駄だと分かっていたからだ。宮野は自分の自慢話を始めた。
「俺はいい高校、大学に行ってよかったよ。お前と違って優秀だから、大手銀行に就職して今は課長職だ」
周りの人たちが「すごい」と感嘆の声をあげる。宮野はスマホを取り出し、海外旅行の写真を見せ始めた。毎年夏と冬に海外に行き、現地で一番いいホテルに泊まるのだと自慢していた。周りの同級生が羨ましがる中、私は黙ってそれを見ていた。
このまま宮野たちと話していても時間の無駄だと思い、別の場所へ移動しようとした時、宮野がまた声をかけてきた。
「まあ、金持ちの子供は優秀に育って、大人になっても金持ちでいられるんだよ。お前は生まれた時から、一生貧乏な人生を歩むしかないんだよ」
その言葉に、私は腹が立った。貧乏な私の人生を馬鹿にされるのはもう慣れている。だが、父さんや母さん、そしておじいちゃんとおばあちゃんのことを悪く言われた気がして、我慢できなかった。
「俺は、自分の家族の元に生まれたことを恨んだことはないし、これからも恨むことはないよ」
「はっ、バカバカしい。日雇いしかできない貧乏人がかっこつけちゃって」
「かっこつけるとか、そういうんじゃない。俺は本心を言ってるだけだ」
「ああそう。まあ、いい家に生まれることができたのも才能のうちって言うしな。所詮、お前にはそんな家族がお似合いってことだ」
私が言い返したことが気に入らないのか、宮野の悪口はエスカレートしていく。困った様子の同級生が、話題を変えようと宮野に話しかけた。
「あのさ、勇次の相談とか、大手銀行でも話聞いてくれる?」
「ゆうじ、会社でもやってるのか?」
「まあ、小さい会社だけど、最近社長になることを考えているんだ」
「そうなのか。大手銀行の俺からしたら小さい会社なんて考えられないけどな。でも、日雇いのこんな奴よりは百倍マシだな。仕方ないから話を聞いてやるよ、感謝して欲しいわ」
同級生に対しても偉そうな宮野に気分が悪くなったが、同級生が気を遣ってくれたことには感謝した。中学の頃ならありえなかったが、みんな大人になっているのだ。だが、そんな同級生の気遣いを無にするように、宮野はまた私に向かって言った。
「おい、お前も仕方ないから相談に乗ってやってもいいぞ。なんせ俺は大手銀行の課長だからな」
「ありがとう。けど、今は特に困ってないが、みやのに話すことがあれば、相談させてもらうよ」
「はははっ、何を真に受けてるんだよ。お前が俺みたいな大手に相談することなんて、一生来ないだろう。そもそも、お前銀行口座持ってるのか?100円で許してやるから、俺の銀行に預けてくれよ」
その言葉に、私はじっと宮野の顔を見つめた。
「本当に100円でいいのか?」
「ああ、日雇いの貧乏人でも100円くらいは預けられるだろう」
「わかった。それなら100円だけ残して、解約させてもらうよ」
「なんだ、口座持ってたのか。大した金額も入ってないだろうに、強がるなよ」
私は最後に一つだけ伝えた。
「課長に言われたから、仕方ないよな。いくら入っていたかは、まあすぐに分かると思うよ」
宮野は意味が分からないという顔でぼんやりしていたが、すぐに強がりだと思ったのか、また笑い出した。私はそれ以上何も言わずに、その場を立ち去った。
翌日、私は宮野が勤める大手銀行を訪れた。受付で担当者と話したいと伝えると、奥の応接室に案内された。
「花沢様、お世話になっております。今日はどうされましたか?」
「預金口座を解約したいと思いまして。他の銀行に移します」
担当者は驚いた様子だった。
「と言いますと、花沢様の預金全てということですか?」
「ああ、プライベート用の口座に100円だけ残して、残りの口座も全て解約します」
「100円だけ残す」という奇妙な依頼に、担当者は言葉を失っていた。私は担当者に、昨日の同窓会での出来事を全て話した。宮野の名前も隠さずに伝え、「課長に言われてしまったので仕方ない」と伝えた。
私の話が終わっても、担当者はしばらく言葉が出ないようだった。私は続けた。
「大丈夫ですか?話は分かっていただけましたか?」
「本当に申し訳ございませんでした!」
担当者は勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げて何度も謝罪してきた。
「謝罪は結構ですので、解約をお願いします」
「申し訳ございません。少々お待ちください」
そう言うと、担当者はスマホを取り出してどこかへ連絡を入れた。するとすぐに、支店長がやってきた。かなり慌てているのか、顔色が悪い。
「不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません。どうか、もう一度考え直していただけませんでしょうか?」
支店長も担当者と同じように、何度も謝罪してくる。こんなに二人が必死になるのも無理はない。私はこの大手銀行に、百億もの金額を預金しているのだから。
私は今、不動産投資家として成功している。ここまでの道のりは決して楽ではなかった。中学を卒業した後、近所のガソリンスタンドやコンビニでアルバイトを掛け持ちして働いた。中卒を雇ってくれるところが見つからず、そうするしかなかったのだ。朝も夜も必死に働き、お金を貯めて通信制の高校に入学し、高卒資格を取得した。おかげで地元の不動産屋に就職することができ、そこで不動産の知識を深め、不動産投資に興味を持った。仕事以外でも不動産について必死に勉強した。高校に行けなかったこともあってか、勉強することがすごく楽しかった。
そして自信がついた私は、まずは小さなものから投資を始めた。最初はほんの僅かだったが、少しずつ資産を増やし、投資するものを大きくしていった。最近では建築会社と共同で不動産開発プロジェクトを計画したり、富裕層向けの不動産アドバイザーをしたりしている。
ちなみに、宮野に「お化け屋敷」と馬鹿にされていた家も、今では古民家カフェとして人気で、安定した収入源になっている。祖父母が亡くなった後、相続したはいいものの仕事の都合で住むことができなかった。それでも、どうにかこの家を残したいと思い、リフォームして人に貸し、古民家カフェをやってもらうことにしたのだ。
「少し時間をいただけないでしょうか?」
支店長が言った。
「時間ですか?」
「宮野に対してきちんと対応させていただきますので、それまでお時間をいただけませんか?その上で、今一度ご判断願います」
何度も頭を下げてお願いされて、私も申し訳ない気分になった。私もこの人たちを困らせたいわけではない。大げさな対応をしてしまっただろうかと少し反省した。支店長と担当者の提案である一週間の猶予を設けることを了承し、ひとまず解約を留まることにした。すると二人は私にもう一度深く頭を下げた。
「宮野は、他にも色々と問題がありまして。しっかり調査して対応させていただきます」
これ以上は何も教えてくれなかったが、何かあるのだろうと感じた私は家に帰り、ある人に連絡をした。私はこの大手銀行で働く仲のいい友人がいるのだ。今回の件を話し、支店長の言葉が気になったことを伝えると、宮野についての評判を教えてくれた。
どうやら宮野には以前から、部下への高圧的な態度や顧客からのクレームなど、多くの悪い評価が上がっているらしい。富裕層を理由に顧客とトラブルを起こしたり、融資を通すためだと言って個人的にお金をもらっているという噂も出てきているようだ。上層部も宮野を問題視しており、近々左遷になるのではないかと言われているそうだ。
「もしかしたら、今回の一件をきっかけに、厳しい処分が下されるかもしれないな」
友人はそう呟いた。
一週間後、私は約束の時間に先週と同じ応接室を訪れた。そこには担当者と支店長の他に、本社の役員もいた。三人は私に、先日と同じように謝罪してきた。
「花沢様に不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。あれから本社の方で事実確認をさせていただきました。宮野は自分の発言を認めましたが、花沢様への謝罪を拒否したことで、こちらも相応の処分をさせていただきました」
「処分ですか?それはどういった?」
「解雇処分とさせていただきました」
正直、そこまでの処分になるとは思っていなかった。私は驚きを隠せなかった。
「彼は、どうにも花沢様へ謝罪するということが、プライド的に許せなかったようで、全く反省の様子がありませんでした。我々としても、課長としての責任を果たすどころか、お客様にそんな思いをさせる宮野を働かせておくわけにはいかないと考えました。上層部で話し合った結果の処分です」
私への謝罪を固く拒否するとは、彼らしいと言えばそうなのかもしれない。役員は続けた。
「彼の業務妨害にあたる行為はこれが初めてではなく、以前から色々な問題を起こしていたことが、この度の調査で発覚いたしました」
私は友人に教えてもらった話を思い出した。役員の話す表情から見ても、色々なことが重なり、やむを得ない処分だったのだろう。後日、再度友人に話を聞いたところ、やはりその通りだったらしい。
「宮野の態度に困っている人が山ほどいたから、みんな感謝していると思う」
そう言われるほどだった。
私は銀行が宮野に対して毅然とした姿勢を示してくれたこと、そして三人の謝罪に誠意を感じ、口座を解約しないことを決めた。
「これからも末永くよろしくお願いします」
私は三人に見送られて銀行を出た。
「おい、てめえ!」
その瞬間、怒声を浴びせられた。外で宮野が私を待ち構えていたのだ。どうやらどこかで私が今日ここに来ることを突き止めていたらしい。
「お前、どうしてくれるんだ?お前のせいで首になったじゃないか!」
宮野はガタガタと震えながら激怒していた。今まで見たこともないほど鋭い目つきで私を睨みつけている。まさか自分が馬鹿にしていた貧乏人にこんな目に合わされるとは思っていなかったのだろう。
「俺はお前を解雇してくれなんて頼んでない。お前に言われた通り、口座を100円だけにするために解約を申し込んだだけだ」
「調子乗りやがって、ふざけんなよ!人の人生めちゃくちゃにしやがって!」
「全部、自分の責任だろう。お前に散々ひどいことを言われても、何をされても、俺はお前のせいにしたことは一度もないぞ」
「うるせえな!お前みたいな貧乏人の成り上がりは、やることが汚ねえんだよ!」
己の自尊心を保つためか、私をけなすようにして吠える。本当に反省の色の見えない宮野の姿に、私は呆れてしまった。
「そうやって人のことを馬鹿にして生きるのはやめにしろよ。無駄なプライドを捨てて、人としての誠意を身につけた方がいいと思うぞ」
私は最後に、同級生として宮野に諭そうとした。しかし宮野は私の言葉に全く聞く耳を持たず、怒り狂って私に襲いかかってきた。その瞬間、駆けつけた警官と警備員に宮野は取り押さえられ、私は怪我をせずに済んだ。それでも収まらない宮野は、結局、警察を呼ばれてしまっていた。
後から同級生に聞いた話だが、その後、宮野は警察沙汰を起こしたことで親から勘当され、妻からも離婚されてしまったそうだ。逮捕された上に警察沙汰を起こしてしまっては、そうなるのも無理はないだろう。そしてその後、宮野は行方知らずになってしまったそうだ。
私は宮野に対して復讐したいと思っていたわけではないが、こうなったことに同情することもなかった。ただ、自分を振り返り、諦めずに、人のせいにすることもなく、コツコツと頑張り続けてきて良かったと改めて感じた。
私はもうすぐ、家族で海外旅行に行く予定を立てている。今は妻と子供と三人で暮らしており、幸せいっぱいだ。父さんや母さん、そしておじいちゃんとおばあちゃんがもう近くにいないことは悲しく思うが、私はこの家に生まれてこられて良かったと思っている。
昔と比べると生活も変わり、いい暮らしをしているが、それに驕ることなく、宮野のようにならないよう、これからも身の回りのことに感謝して生きていこうと思う。



