結婚記念日、夫の帰りを待っていた私の前に、見知らぬ女性が現れた。「私、年央さんの子供を妊娠したんだから、用済みのババアは邪魔。今すぐ別れて消えて」彼女は夫と写った写真まで見せてきた。十年間、夫の過保護な母親と趣味の借金に苦しめられてきた私に、まさかの展開。怒りより先に、十年間ずっと願っていた離婚のチャンスが訪れたことに、私は心の中でガッツポーズをしていた。しかし、その笑顔の裏で、私はあること…

結婚記念日、夫の帰りを待っていた私の前に、見知らぬ女性が現れた。「私、年央さんの子供を妊娠したんだから、用済みのババアは邪魔。今すぐ別れて消えて」彼女は夫と写った写真まで見せてきた。十年間、夫の過保護な母親と趣味の借金に苦しめられてきた私に、まさかの展開。怒りより先に、十年間ずっと願っていた離婚のチャンスが訪れたことに、私は心の中でガッツポーズをしていた。しかし、その笑顔の裏で、私はあること...

インターホンが鳴ったのは、夜八時になろうとしていた頃だった。結婚十周年の記念日、私は手料理を並べて夫の帰りを待っていた。こんな時間に訪問販売でもあるまいし、と思いながら玄関を開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。

「ここが、年央の家よね」

二十代半ばほどの女性は、田美結と名乗った。そして、衝撃の言葉を口にした。

「私、年央さんの彼女です。それに、お腹の中に年央さんの子供がいるの」

嘘だと思った。だが、彼女はご丁寧に、年央と二人で映った写真まで見せてきた。間違いない。本当に付き合っているらしい。私は混乱しながらも、冷静さを保とうとした。すると美結は、さらに畳みかけてきた。

「それでね、私、年央さんの子供を妊娠したんだから、もう用済みのババアは邪魔なの。今すぐ年央さんと別れて、消えてほしいの」

私は、思わず心の中でガッツポーズをしていた。十年間、望んでやまなかった離婚のチャンスが、まさかこんな形で訪れるとは。必死に顔を取り繕いながら、私は言った。

「別に、私は構わないわよ。ただ、離婚を嫌がっているのは、年央の方なんだけどね」

美結はムッとした様子で言い放った。

「嘘つかないで。年央さんはずっと前から離婚したいって言ってたわ。その証拠に、ほら」

差し出されたのは、年央の署名が入った、記入済みの離婚届だった。それを見た瞬間、私は笑いが込み上げてきた。ずっと願っていた離婚が、これで現実になる。

「オーケー、分かったわ。あとはよろしくね」

私が笑顔で離婚に応じると、美結は目を丸くして、拍子抜けした様子を見せた。だがすぐに嬉しそうに、「ありがとうございました!」とだけ言い残して、帰っていったのだった。彼女が何か企んでいるのか、単にバカなのかは知らないが、私にとっては渡りに船だった。

私は赤松美沙、三十六歳。同じ年の夫・年央と、二人で暮らしていた。年央とは、大学の同人サークルで出会った。同じ趣味を持つ仲間として楽しい学生生活を送る中で、特に夢中になって話す年央は、いつしか気になる存在になっていた。

最初は、ただ楽しい人という印象だった。大学二年の夏、サークル仲間での旅行先で、私は大切にしていた推しのキーホルダーをなくしてしまった。観光もそっちのけで、泣きそうになりながら探し回っていると、それを見かねた年央が一緒に探してくれたのだ。懸命に探してくれる彼の姿を見て、私は胸に熱いものを感じた。結局見つからなかったけれど、私のために必死になってくれた年央にお礼がしたくなり、ある日、私の方から食事に誘った。一緒にいて楽しい。年央とだったら、もっと楽しい日々が送れそうな気がした。

「私たち、付き合ってみない?」

何度か食事を重ねた後、私からの告白だった。年央は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって「よろしくお願いします」と言ってくれた。それから大学卒業まで、私たちは恋人として付き合った。と言っても、週末は同人誌イベントに参加するため、平日はアルバイトに明け暮れ、デートといえばいつもイベント会場だった。それでも、同じ趣味を持つ者同士、お互いを理解し合い、心地よい時間を過ごしていた。

卒業を控えた頃、年央から結婚したいと申し出があった。私は一瞬躊躇したが、年央とならば結婚生活も悪くないのではないかと考え、承諾した。卒業後、私は光学機器メーカーに就職した。年央は同人イベントを優先させたいと、時間が自由になるアルバイトを選んだ。生活費はお互いに出し合う約束だったので、当時は特に何も気にしていなかった。しかし、その考えが甘かったことを、すぐに思い知ることになる。

義両親はとても優しい人たちだった。特に義母の登美子は、年央を可愛がっているようで、口調も柔らかく穏やかな性格だった。嫁姑問題とは無縁な気がしていた。その予想は当たり、義母は私にも優しくしてくれた。しかし、それはただ優しいだけだったのだ。義母は年央を過保護に甘やかしていた。年央がどんなわがままを言っても全て受け入れ、欲しいものは何でも買い与えた。理不尽な要求をしても、「可愛い息子の言うことだから」と聞き入れてしまう。それは大人になっても変わらず、小遣いが欲しいと言えば与え、趣味に湯水のように金を注ぎ込んでも、何も言わなかった。結婚して、夫としての責任を私が訴えても、義母は「年央のやりたいようにさせてやって」と言うばかりで、全く頼りにならなかった。

結婚してすぐ、年央の実態を知って私は驚いた。年央は生活費さえ家に入れず、アルバイトで稼いだ金は全て趣味に費やした。家賃も光熱費も食費も、全て私の負担となった。結婚前の約束と違うと何度も抗議したが、年央の答えは決まってこれだった。

「ママは、お金を要求しなかった」

呆れて、何も言えなかった。年央は実家で暮らしていた時と結婚生活を同じように考えていて、生活費という概念さえ持っていなかったのだ。そればかりか、同人イベントにかける金は毎月増えていき、推しのグッズを買い漁り、アルバイト代だけでは足りない分は借金して工面していた。どうするのかと見ていると、年央はその返済さえも、当然のように私に押し付けてきた。気づけば年央の借金は三百万円を超え、家には毎月のように督促状が届くようになっていた。

「いくらなんでも、こんな借金ばかりじゃ、いい加減にしてちょうだい」

「ママは、そんなことで怒らなかったよ。僕のやりたいことをやれないって言うなら、結婚なんてするんじゃなかった」

年央は苦言を呈するたびに、逆切れしてくる。私は毎日、朝から晩まで仕事に出かけ、クタクタになって帰ってくるのに、年央は家事の一つも手伝おうとしない。

「家事は、ママが全部やってくれた」

そう言っては、何もやろうとしなかった。私は毎日、自分の体に鞭打って、仕事と家事の両方をこなしていた。そして、冷たく言い放った。

「とにかく、これ以上あなたの趣味にお金は出せないわ。借金だって、自分で何とかしなさい」

しかし、年央は改心する様子もなく、一向に定職に就こうとしない。そんなある日、事件が起きた。年央がイベントに出かけるため、朝早くから出かけた時のこと。いつもは鞄に入れているはずの私の財布が、リビングのテーブルの上に置かれていた。嫌な予感がして、とっさに財布を開けてみると、中に入れてあったクレジットカードがなくなっていた。すぐに年央に連絡を入れると、彼は悪びれる様子もなく「ちょっと借りた」と言った。

「借りたって何?夫婦であっても、勝手にクレジットカードを使うのは泥棒と同じよ」

「だってしょうがないじゃないか。これ以上お金も借りられないし。でも推しにはお金が必要なんだ。それくらい、緑(みどり)にだって分かるだろう」

年央は当たり前のように、推し活に使う金が必要だからと言い放つ。しかし、そうですかと許せるわけがない。私はすぐにカード会社に連絡し、カードを使用停止にした。しばらくして年央から電話がかかってきた。

「カードが使えないってどういうことだ?」

「言ったでしょ。これ以上、あなたの趣味にお金は出さないって」

「そんなことするから!今日のイベントが台無しになるじゃないか!」

年央は、推しのグッズが買えないと文句ばかり言ってきた。そんなことを繰り返しているうちに、私はどんどん疲弊していった。本当なら子供も欲しかったが、年央との間には、作る気にはなれなかった。なぜ年央を選んでしまったのか、後悔してももう遅い。そんな風に考えると、気持ちまで沈んでいった。

そんな私を心配した両親は、定期的に自宅を訪ねてくれた。父は大手企業で会社員をしており、母は看護師として今でも現役で働いている。幼い頃から両親は共働きで、家事を分担しながら私を育ててくれた。その姿を見ていた私は、夫婦とはそうあるべきだと思っていた。しかし年央には、全く理解してもらえなかった。それでも、年老いていく両親に無用な心配もかけたくない。私は「大丈夫」と答えるのが精一杯だった。このまま年央が永遠に無職だったらどうしよう、と悩む日々。無職なだけならまだ良かったかもしれないが、年央は借金まで作ってくる。学生時代は私もはまっていた同人誌なだけに、ある程度は理解できる。だが年央の場合は異常なレベルだった。推しのグッズは何が何でも手に入れないと気が済まず、握手会が開かれれば何十万と注ぎ込んだ。家計を顧みることはなく、私がいくら注意しても聞く耳を持たない。

年央との結婚が間違いだったと思い、離婚してほしいと言っても、年央は「嫌だ」の一点張りで受け入れてくれなかった。年央が私と離婚したくない理由は、私への愛情などではない。ただ、自分を養ってくれる人が必要なだけだ。年央は一人では食事の準備もできないし、洗濯や掃除はもってのほか。母親のように、自分の面倒をみてくれる人間が必要だったのだ。しかし、だからといって、離婚を申し込んだところで、強制的に離婚できるほどの材料がない。せめて浮気でもしていてくれたら、と思うが、同人誌以外に興味も示さない年央にはそれも期待できなかった。それに、年央が借金を作ってきたからと言って、私に払う義務はない。仕事をしないと言っても、家計は私の収入で賄えている。専業主婦の夫がいると言えば、よくある家庭の姿でしかないのだ。家事をしないからと言って、離婚理由にはならない。どう考えても、一方的に離婚することは難しかった。

心にモヤモヤとしたものを抱えながら、家庭内別居と言ってもおかしくない生活を送っているうちに、気づけば十年の月日が流れていた。十年経っても、年央は相変わらず働きもせず、同人誌イベントに明け暮れ、部屋は推しのグッズだらけになっていた。最近では、年央を夫とも思えず、まるで体だけ大きくなった子供を養っているような気持ちだ。夫婦としての会話も成立しない。年央の口から出る言葉は、いつも推しのことばかりだった。

「推し活もいいけど、少しは夫としての自覚を持ってちょうだい」

「夫としての自覚ならあるぞ。だから離婚しないんだ」

年央に何を言っても、まともな話にはならなかった。年央は婚姻したことで、夫の責任を果たしていると思い込んでいたのだ。呆れた私は、それ以上何も言えず黙り込んでしまった。それでもなんとかやってこれたのは、両親がいてくれたおかげだった。年央は遠方のイベントでも構わず泊まりがけで出かけていく。一人で過ごす日も多かったが、そんな時は父が時より私を飲みに誘ってくれて、日頃のストレスを発散させてくれた。母は私の体を気遣い、女子会として泊まりに来てくれる。二人とも、私の誕生日を欠かさず祝ってくれた。そんな両親が支えてくれたからこそ、年央のことに目をつぶって来られたのだ。

そんなある日、義父が亡くなった。数年前から胃がんで悩まされていた義父は、治療の甲斐もなく、この世を去った。四十九日が過ぎた頃、義母が自宅を訪ねてきた。

「美沙さんには、本当に申し訳ないんだけど」

義母は言いにくそうに、言葉をつまらせた。

「どうされたんですか?」

「あのね、お父さんが亡くなったでしょ?それで、私は専業主婦じゃないから」

要は、私に毎月の生活費の面倒を見てほしい、という話だった。この頃、私は最新カメラレンズの開発リーダーに抜擢され、それなりの役職にも就いていたため、毎月の収入だけを見れば、義母に仕送りすることも難しくはない。しかし、義母に言われるままお金を出すことが、本当に正しいことなのかと考えてしまった。

「お母さん、言いにくいんですけど、お父さんの遺産もありますよね。これから先、お母さんが生活するくらいなら、その遺産と保険金で賄えると思うんですが」

「そうなんだけど、年央がね」

義母の言葉に、私は耳を疑った。義母は、義父の遺産も年央に好きなだけ使わせていたのだ。義父が亡くなって一年も経たないうちに、年央は自分が相続した遺産を使い果たし、義母が相続した分も惜しみなく使っていた。

「どうしてそんなこと?彼は働きもせず、自分の趣味に散財しているだけなんですよ」

「それは分かってるけど。だけど、あの子に言われたら仕方ないのよ」

「仕方ないって…」

「美沙さんには本当に申し訳ないと思っているわ。だけど、あの子に頼まれたら、私も断れないのよ」

義母は申し訳なさそうに、背中を小さくして縮こまっている。いくら何でも、甘すぎる。だけど、このままじゃ年央だって一人で生きていけないし、お金だって尽きてしまいます。

「分かっているわ。だけど、この世にたった一人しかいない息子なのよ」

母親は息子に依存しがちだと何かで読んだことがあるが、本当にその通りらしい。義母は年央に嫌われたくない一心で、言いなりになってきた。そのせいで、自分の生活が脅かされているというのに、自分の息子に強く言えない義母に、私は呆れてしまった。

「分かりました。毎月十万円であれば、仕送りさせていただきます」

「本当?ありがとう。とっても助かるわ」

義母は嬉しそうに笑って見せた。

「ただし、あくまでお母さんの生活費としてです。一度でも年央に渡していることが分かったら、仕送りは即刻中止します。それでも、いいですか?」

「ええ、約束するわ」

義母に約束をさせたとしても、守られないことは分かっていた。だが、泣きつく義母を冷たく追い返すこともできず、私は仕送りをすることにした。

数ヶ月後、私の父が定年退職を迎えることとなった。長年務め上げた父は、自分の退職金を私のために使おうとしてくれた。しかし、私はそれを断り、代わりに両親に温泉旅行をプレゼントすることにした。両親の気持ちは嬉しいが、二人がこれまで長年頑張ってきたお金を受け取るわけにはいかない。ただ、私を気にかけてくれている存在がいるということが、とても嬉しかった。

同じ頃、私たち夫婦も結婚記念日を迎えた。だが、年央は今年も忘れているようだ。私は毎年、結婚記念日には自宅で手料理を作って、年央の帰りを待っている。結婚する前の気持ちを思い出してほしい。そう思いながら、帰らぬ年央を待ち続ける。しかし、それも今年で最後にしよう。そんなことを考えながら、この日も年央の帰りを待っていた。夜八時になろうとしていた頃、インターホンが鳴った。自宅を訪ねてくるのは訪問販売か宗教の勧誘くらいだ。それにしても時間が遅いな、と思いながら玄関を開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。

「どちら様ですか?」

「ここ、年央さんの家よね」

「そうですけど、あなたは?」

女性は田美結と名乗り、年央の彼女だと言った。私は聞き間違いかと思い、再度確認したが、美結は少し苛立ちながら「だから、年央さんの彼女だと言っているの」と言った。そして、ご丁寧に二人で映った写真まで見せてくれた。どうやら本当に付き合っているらしい。美結の話では、年央と出会ったのは同人誌仲間の交流サイトだそうだ。交際して半年になるという。

「それで、何のご用ですか?」

「年央さんが、あなたに言いにくいみたいだから、私が代わりに言いに来たの」

「はあ。何を?」

「私、年央さんの子供を妊娠したんだから、用済みのババアは邪魔なの。今すぐ、年央さんと別れて、消えてほしいの」

美結はそう言うと、手帳を見せつけてきた。私は、別にいいんだけど、離婚を嫌がっているのは年央の方よ、と言った。

「嘘つかないで。年央さんはずっと前から、離婚したいって言ってたわ。その証拠に、ほら」

美結は、年央の署名で記入済みの離婚届を突きつけてきた。それを見た私は、思わず笑いが込み上げてきた。ずっと願っていた年央との離婚が、これで実現できる。

「オーケー、分かったわ。あとはよろしくね」

嬉しくて、声も高くなる。私が笑顔で離婚に応じると、美結は目を丸くして、拍子抜けした様子を見せた。しかし、すぐに嬉しそうに帰っていった。

三日後、帰宅した年央を、私は家に入れなかった。慌てた様子で年央から電話がかかってきたが、私が美結のことを話し、すでに離婚していることを伝えると、動揺した様子を見せながらも、諦めて去っていった。美結が訪ねてきた翌日には、役所に離婚届を提出し、自宅の鍵も交換した。年央の荷物は、美結の住所宛てに送り付けていた。行く当てのない年央は、美結と同棲を始めたようだ。

しかし、わずか一ヶ月後、鬼のような顔をした美結が自宅を訪ねてきた。

「あんた、私を騙したわね」

「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。私は何も言ってないわよ」

どうやら美結は、年央に多額の借金があることを知ったらしい。そればかりか、年央はアルバイトにも行かなくなり、美結が稼ぐ傍らで散財しているそうだ。美結は、趣味に大金を注ぎ込む年央を、金持ちだと錯覚していたのだ。

「あんなやつだって知ってたら、結婚なんかしなかったわよ」

「それはお気の毒ね。でも、私には関係ないわ。せいぜい頑張ってね」

美結は大激怒していたが、私は構わず玄関のドアを閉めた。何も知らずに勝手に勘違いして、既婚者である年央を誘惑した自分が悪いのだ。自業自得と、現実を受け止めればいい。

それから数日後、私が年央と離婚したことで仕送りがなくなった義母は、美結の収入を頼って、同居を強行したようだ。美結がどれだけ拒否しても、義母は美結の家を出て行かず、年央も「ママと一緒がいい」と、美結の味方をしなかったらしい。ある日、年央が同人誌イベントに出かける中、美結と二人きりになった義母は、美結に小遣いをせがんだようだ。しかし、美結は「同居させてやってるのだから」と、それ以上の支援を断った。すると義母は、何を思ったのか、私に電話をかけてきた。

「ちょっと聞いてよ。美結ったら、私のことを邪魔物みたいに扱うのよ」

「はあ。それは大変ですね」

「私が困っているっていうのに、ちっとも支援してくれないし。本当に、年央はなんであんな子を選んだのかしら」

いつも沈静だった義母からは想像できないほど、怒っている様子を見せていた。だが、義母の本心は、私にお金を出させることなのだろう。

「あの子、ケチなのよ。本当、美沙さんの方が良かったわ」

「そうですか。でも、もう年央とは離婚してますので、私からの支援も一切、お断りさせていただきます」

私は冷たく言い放ち、そのまま電話を切った。それでも何度も義母から着信が入るため、義母の電話番号を着信拒否に設定した。

それから数日後、私は自社開発の新型レンズを取引先にプレゼンすることになった。数ヶ月かけて完成させた自信作だ。プレゼンを成功させて弾みをつけたいと、当日は意気込んでいた。しかし、取引先の会議室に向かうと、そこに美結の姿があった。なんと、美結は私の会社の取引先の社員だったのだ。私は驚いたものの、仕事にプライベートは関係ないと思い直し、プレゼンに挑んだ。資料をスクリーンに映しながら、新型レンズの素晴らしさを伝えていく。その中で、サンプル画像として数枚の写真を表示したのだが、その写真を見て、美結の顔が青ざめた。

「ちょっと、何よ、これ?」

そこに映し出された観光地の写真の中に、年央と美結が不倫旅行を楽しむ様子が映り込んでいたのだ。

「何とおっしゃいますと?これはあくまで、私の両親が旅行に訪れた際に撮った記念写真ですが、素人でもこれほどのクオリティで写真が撮れるという参考になるかと思ったのですが。何か問題がありましたか?」

新型レンズのサンプル用にと、両親に協力してもらったのは本当だ。しかし、その両親が偶然、年央と美結の姿を目撃したのだ。それを聞いた私は、観光地での写真を撮る傍らで、二人の浮気の証拠写真も撮ってほしいと頼んでいた。すると、数ヶ月先にプレゼンがあることを知っていた両親は、わざと年央と美結が映り込むように写真を撮影したようだ。

「これは、一体どういうことだ?」

取引先の社長の顔色が変わった。実は美結は、既婚者だったのだ。美結のご主人は、取引先の社長の甥っ子で、数年前から転勤で東南アジアに単身赴任していた。それをいいことに、美結は年央と浮気をし、自分が独身であると年央に信じ込ませるために、会社の人間を招待して盛大に披露宴まであげていたのである。

「美結君、ちゃんと説明しなさい」

取引先の社長の怒りに触れた美結は、顔を青白くさせて俯いた。

「お取り込み中みたいなので、プレゼンの続きは次回にしましょうか」

私は気を利かせたつもりだったのだが、美結は激しく反応した。

「勝手に写真なんか撮って、こんなの肖像権の侵害よ!」

「被写体はあくまで私の両親です。ちゃんと同意も取っています。そこに偶然映っていたからと言って、何が問題なのでしょうか?」

その場にいた全員が、美結に冷ややかな視線を送った。それに気づいた美結は、慌てた様子で言い訳を始めた。

「違うんです。夫とは、もうすぐ離婚するつもりだったから。だから、不倫じゃない」

その言葉に、取引先の社長の顔色は、みるみる赤くなっていった。美結の上司たちは頭を抱え、同僚たちは失笑する。結局、その日のプレゼンは後日改めて行う、ということで解散になったが、美結にはそれから修羅場が待っていただろう。その後、美結は社長自ら解雇を言い渡され、東南アジアの夫からも離婚されてしまったようだ。そのタイミングで、私は年央と美結の双方に慰謝料を請求した。年央が払うとは思えなかったが、自分自身の行動に責任を感じてほしかったのだ。しかし、予想通り、年央から慰謝料が振り込まれることはなかった。美結は私と夫の両方から慰謝料を請求され、その支払い額に愕然としたのだとか。怒り狂った美結は、年央が大事にしていた推しのグッズを全て、フリマアプリに出品してしまった。

「なんで勝手に売ったんだ!」

「うるさい!あんたのせいで、私の人生台無しよ!この詐欺師!」

年央と美結の激しいののしり合いが、近所中に響いていた。学生時代から買い集めてきたグッズを勝手に売られた年央は大激怒し、自ら美結のマンションを飛び出した。しかし、美結との間にできた子供はすでに生まれていたため、美結から養育費を請求されたそうだ。美結は私ほど優しい女性ではなかったようで、裁判にして年央を追い詰めた。年央には裁判所から支払い命令が下り、支払われないようであれば、年央の全ての財産を差し押さえると通知が来たらしい。取られて困る財産などないのだから放置してもいい気がするが、それに焦った年央は、義母に泣きついた。

「俺の代わりに、美結に養育費を払ってくれ」

「私だって、お金なんてないわよ」

「ママだけが頼りなんだ。母親だったら、息子を助けるのが当然だろう」

身勝手な年央の言葉に、義母の甘い人袋の緒が切れた。

「まさか、そうやって親の脛をかじるつもりなの?いい加減、働きなさい!」

「どうしたんだよ、ママ。いつものママじゃないみたいだ」

「私だって、自分の生活でいっぱいいっぱいなのよ。これ以上、あなたの面倒は見れないわ」

義母自身、誰からの援助も受けられず、高齢ながら週に三回のパートに出ていた。自身で働くようになった義母は、ようやく年央の不甲斐なさに気づいたようなのだが、三十六年もの間甘やかされてきた年央には、何も響かない。

「ママなんて、嫌いだ!」

おそらく人生で初めて、母親に叱責されたのだろう。年央はひどくショックを受けた様子で、そのまま義実家を飛び出したようだ。その後、年央は家に帰らず、そのままホームレスになった。

それからしばらく経ったある日、同人誌のイベント会場で、不審者が乱入したというニュースが舞い込んできた。テレビ画面に映し出されたのは、汚れた服を着て、髪の毛や髭も伸び放題の年央だった。変わり果てた姿の年央は、推しの名前を叫びながら、警備員に連れ出されていた。この後に及んでも、イベント会場に足を運ぶとは。年央の執念には関心させられる。

私はと言うと、離婚して二年が経ったある日、同じ職場の同僚から告白され、再婚することになった。彼には、年央のこともよく相談に乗ってもらっていたのだが、プロポーズを受けた時はさすがに驚いた。子供はいないとはいえ、再婚の私で本当にいいのかと戸惑ったが、彼は「私がいい」と言ってくれた。彼は真面目な性格で、仕事も熱心に取り組んでいる。人としての道理やマナーをきちんとわきまえているというのに、私の両親も大喜びしてくれた。再婚するにあたって、彼は私の両親との同居を申し出てくれた。両親は「申し訳ないから」と最初は断っていたが、私が二世帯住宅を建てようと提案すると、「それであれば」と受け入れてくれた。義両親の元へは週に一度足を運び、こちらも円満な関係を築けている。仕事では私の業績が認められ、役員入りすることが決まった。責任の重さは加わるものの、彼と共に過ごす日々は充実したものとなり、私の心も癒されていく。第二の人生を彼と共に穏やかに過ごしていける幸せを噛みしめながら、私は今日も笑って前に進む。

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