私は結婚式の受付で、自分の席に貼られた紙を見て呆然とした。そこには「母子家庭貧困」と書かれていた。義母になる女性が私に向かって笑いながら言った。「覚えやすくていいでしょう?」式のスピーチでも、彼女は私のことを「貧乏ババー」と叫び、会場中が嘲笑に包まれた。私は女組長だというのに、その場では堪え続けた。しかし、彼女が新郎の新婦までビンタしたその瞬間、私の中で何かが決壊した。私は立ち上がり、彼女に…

私は結婚式の受付で、自分の席に貼られた紙を見て呆然とした。そこには「母子家庭貧困」と書かれていた。義母になる女性が私に向かって笑いながら言った。「覚えやすくていいでしょう?」式のスピーチでも、彼女は私のことを「貧乏ババー」と叫び、会場中が嘲笑に包まれた。私は女組長だというのに、その場では堪え続けた。しかし、彼女が新郎の新婦までビンタしたその瞬間、私の中で何かが決壊した。私は立ち上がり、彼女に...

結婚式の受付で案内された私の席には、『母子家庭貧困』と書かれた紙が置かれていた。

私はしおり、五十五歳。金子組という組織の女組長だ。夫には息子が生まれて二年後に先立たれ、今は母と息子の二人暮らし。父親がいないことで息子には苦労をかけてきたが、母思いの立派な男に育ってくれた。そんな息子の結婚式。私は楽しみにして会場へ向かった。

受付で私を席へ案内してくれたのは、新郎の母である冬川さん。白川組という組の組長の妻だというのは息子から聞いていたが、着物に身を包み、まさにその通りの雰囲気だった。

席に着くと、私は思わず言葉を失った。『母子家庭貧困』。それが私の席に貼ってあった。

「あら、これ私が考えたのよ。覚えやすくていいでしょう?」

母子家庭ならどうせ貧困だろう、という論理。確かに私は母子家庭だが、貧困ではない。訂正しようとしたが、話が通じそうにない。

「まあ、貧乏人にはこんなセンスはないから、理解できなくて当然か。ところで、旦那さんはどうしてらっしゃらないの?やっぱりあなたが貧乏臭いから?」

「それ、どういう意味ですか?」

「貧乏なだけじゃなく、頭も悪いのね。それじゃあ旦那が逃げ出しても当然ね。こんな貧乏が写りそうな女と一緒にいるなんて、ありえないわ」

あまりの失礼さに、何と言っていいのか分からない。私は話題をそらそうと、自分の組のことを聞いてみた。

「お宅の旦那さんは、どちらの組なの?」

「私の旦那は、白川組の組長をしているのよ。白川組って、ご存じ?」

「ええ、もちろん。噂には聞いています」

私は白川組の名前を聞いたことがある程度だったが、君さんはさらに調子に乗った。

「こんな貧乏人のところまで情報が行くなんて、すごいでしょ。あんたの息子も、うちの娘が白川組の王城だって知ってたんでしょ」

「まさか。息子は白川組に興味ありませんよ」

「そんなわけないでしょ。こんな貧乏ババーの息子なんだから、逆玉を狙ったに決まってるわ」

「息子のことを、侮辱しないでください」

「侮辱?事実を言っただけよ。白川組に立ち向かったら、どんな目に合うのか分かってるの?」

君さんの声はどんどん大きくなり、周りの注目を集め始めた。

「皆さん、この人は母子家庭で貧乏で、旦那にも逃げられたかわいそうなおばさんですよ!」

周りの親族たちが、不快そうにこちらを見る。たまらず私は腕時計を確認した。

「大変、もう式が始まる時間だわ。君さんも席に戻ったらどうかしら?」

「あら、小汚い時計でも、時間は正確なのね。ま、せいぜい楽しんでちょうだい」

君さんはそう言い残して席へ戻っていった。これからこの義母とやっていけるのだろうか、という不安を抱えながら、式は始まった。

式は問題なく進んでいた。だが、新婦の両親のスピーチのとき、事件は起きた。

「本当に、どうして恵まれた素敵なうちの娘が、こんな貧素なババーの息子を婿に選んだのか、ちっとも分からないんです。娘にはもっともっと素敵な男性がいくらでもいたはずなのに。こんな母子家庭の貧困ババーが、義理とはいえ家族になるなんて、とっても屈辱的ですねえ。あんた、貧困じゃなくて、生活保護受けてるんでしょ?」

君さんの旦那である白川組長や新婦の親族たちは、ゲラゲラと笑っている。中には「貧乏人!」「生活保護!」とヤジを飛ばす者までいた。私と息子は貧乏な母子家庭で、それを馬鹿にしてもいい、という空気が会場中に蔓延していた。

そんな中、新婦である美沙さんが立ち上がり、君さんを制した。

「ちょっとお母さん、さっきから失礼よ。貧乏とかババーとか、言っていいことと悪いことがあるわ」

「何よ、美沙。あんた、もしかしてあの貧乏ババーの味方なの?」

「味方も何も。しおりさんは、私の義理のお母さんになる人よ。結婚式のスピーチで、そんな汚い言葉を使わないで。しおりさん、母が大変失礼しました。申し訳ございません」

美沙さんは私に深々と頭を下げて謝罪してくれた。この母親と違って、なんてできた娘さんなんだ。

だが、君さんは人前で叱られたことに逆上した。

「誰に向かってそんな生意気な口を聞いてるの?あんたは、一体誰のおかげで、今ここにいられると思ってるわけ?」

そう言うと、君さんは美沙さんを思いっきりビンタし、その後も髪の毛を掴んで怒鳴り散らした。美沙さんはかわいそうに、頬は赤く腫れ、髪もぐちゃぐちゃになってしまった。

「分かればいいのよ。こんな生意気な娘で、結婚生活なんてうまくいくのかしら。ああ、せっかく貧乏ババーについて楽しくスピーチしていたのに。皆さん、すみません。邪魔が入りましたが、スピーチを再開します。ええと、あのババーが生活保護を受けてるっていうところだったかしら」

最悪な雰囲気に耐えかねて、息子が立ち上がった。

「ごめん、母さん。式をもう中止にする。今日はもう帰ろう」

私は悲しそうな顔をした息子に背中を押されて、立ち上がった。すると、君さんはさらに嬉しそうに騒ぐ。

「あら、母子家庭貧乏ババーさん、やっとお帰り?さっさといなくなってくれないと。あんたの貧乏が、みんなに映っちゃうじゃないのよ」

せっかく楽しみにしていた、息子の人生で一度きりの祝いの席。悔しさがじわじわと湧き上がり、このままでは帰れない。私は強く拳を握りしめ、君さんの近くまで歩いていった。

「組の参加で、勝ち込みに行くわ」

君さんは一瞬、意表を突かれた顔をしたが、すぐに大爆笑を始めた。

「また面白いわね。勝ち込みって、意味分かって言ってるの?」

「あなたよりは、よく知ってるつもりよ」

「あのね、おばさん。私たちは白川組なのよ。ヤクザって分かる?あんたがそのヤクザに勝ち込みするって言ってるの?本当にありえない。冗談は、その貧乏臭い顔だけにしてください」

スピーチ用のマイクを通して煽ってくる君さんを無視して、私はその場で部下に電話をかけた。

「研二。すぐ来てちょうだい」

数分後、黒いスーツに身を固めた私の部下たちが、約八十人、会場に到着した。見るからにただ者ではない風貌の彼らに、君さんとその旦那、新婦の親族たちは青ざめた顔をした。

「なんなの、こいつら?勝手に中まで入ってきて」

「問題ないわ。全員、私の部下よ」

「組長、どうされました?」

「この白川組の組長の奥さんが、私のことを『母子家庭貧困』って侮辱するのよ」

「何?貴様、組長に対してそんな口を?」

君さんはあっという間に部下たちに取り囲まれ、怯えた表情を浮かべた。

「あ、あんたたち、私を誰だと思ってて?このバッジ、金子組?」

君さんは部下たちの胸元にある、金色に輝く金子組の大門のバッジに目を留めた。

「そうよ。金子組、知ってる?私はそこでの組長を務めているの」

「う、嘘よ。こんな貧乏臭いババーが組長だなんて。金子組って、関東全域を仕切っている大きい組じゃない?」

「そうなの?だから言ったじゃない。息子は白川組なんて興味がないって」

「そんなので分かるわけないでしょ!それに、こんなに見るからに貧乏臭そうな見た目なのに組長なはずないわ。着物もこんな地味だし」

「あら、地味だったかしら?今日の着物は、あなたの着物が十着は買えるくらいの金額はするわよ。ほら、金子組の大門も入ってるわ」

言い返せなくなった君さんは、唇を震わせて顔を真っ赤に染めていた。

「それで、息子の結婚式を台無しにした落とし前は、どうやってつけるつもり?」

私の凄みに恐れをなして、白川組長がその場で土下座をした。

「金子組の組長とは知らず、誠に失礼いたしました。本当に申し訳ございません。ほら、お前も謝れ!」

「いやよ。なんで私がそんな見苦しいことをしなくちゃいけないの?ちょっとからかったっていうか、楽しくトークしただけじゃない」

どうやら一ミリも反省していないようだ。私は短く指示を出すと、部下たちは君さんたちから離れ、私の後ろへ回った。

「三日後、白川組の事務所に勝ち込みに行かせてもらうわ。組の参加だから、五百人ぐらいかしらね」

「五百人?そ、それだけはお許しください。うちのような小さな組は潰れてしまいます!」

「そんなのはったりよ。五百人なんているはずないわ」

「いい加減にしろ!お前が取り返しのつかないことをしてしまったのが、まだ分からないのか!」

相変わらず大声で喚く君さんと、それを窘める組長を一瞥して、私は息子と共に会場を後にした。

式から三日後、私は宣言通り五百人の部下を集めて、白川組の事務所へ向かった。小汚いビルの一角にある小さな事務所には、君さんと白川組長の他に数人の組員しかいなかった。

私の姿を見ると、全員がすぐに土下座をして頭を擦りつけた。

「しおりさん、結婚式では失礼な真似をしてしまって、申し訳なかったわ。私もすっかり反省してるの。どうか許してくれない?」

「あなたの反省ごときで許せると思う?私が侮辱されたこともだけど、大事な息子の式をぶち壊した落とし前はつけないとね」

「そんな、落とし前だなんて。私だって、これから義理の家族になるんじゃない。一回くらいのあやまちは目をつぶってくれたっていいんじゃない?」

「義理の家族になる人間を、『母子家庭貧困』なんて呼んでバカにしたのは、どこの誰なの?」

「そんなあなた、組長でしょ?それにしては器が小さいっていうか、ケチなのね」

「あら、あなた、やっぱり反省してなかったのね」

言い争っていると、白川組長が口を開いた。

「もちろん、ただで許していただこうとは思っておりません。許していただけるなら、何でもします。私と妻の指でも詰めます」

「指?冗談じゃないわ」

「お前はそれだけのことをしたんだよ」

「そうね。指じゃないから、代わりに一億円で手を打ってあげる。払えなかったら、今すぐ組を潰すわ」

「一億円なんて、本気で言ってるの?払えるわけないでしょ!」

「あのね、君さん。これは主婦同士の会話じゃないのよ。ヤクザの組長同士の会話なの。それに旦那さんも言ってたでしょ。あなたは、それだけのことをしたのよ」

「分かりました!一億円なので、組だけは見逃してください!」

白川組長はそう答えて、再び深く頭を下げた。何度も土下座しすぎたせいか、長の額は真っ赤に腫れている。

「それで、一億円だけど、どうやって払うの?」

「それは、あの旦那の家族、白川組の残りの金が家の財産を全て書き集めてお支払いします」

「その通りね。それじゃあ、一億円のうち五千万円は、息子夫婦に渡して、結婚式を台無しにした慰謝料にしなさい。それから、残りの五千万円は、あなたが『母子家庭貧困ババー』と呼んだような、貧しい家庭の支援団体に寄付しなさい」

「なんでそんなこと!私たちのお金なのに!」

「だってあなたが言ったのよ。母子家庭は貧困に決まってるって。社会の問題が分かってるだなんて、素敵なことじゃない。本当に反省してるのなら、あなたが馬鹿にしてきた人たちを助けるべきよ」

「分かりました。おっしゃる通りにいたします」

白川組長はすぐに一億円を書き集める手配を部下に言いつけた。だが、君さんは口では反省していると言いながらも、まだどこか私や世間を見下しているような態度が見え隠れする。

「残念だけど、君さんが本当に反省してるとは思えないわ。嫌でも反省できるようにしてあげる」

私は部下に命じて、白川組の事務所にある金目のものを全て没収させた。高級なアクセサリーや時計など、金目のものは全て回収し、金庫の中身も全て預かった。全て書き集めても一億円には到底足りなかった。

「一億円に足りない分は、あなたたちの体で支払ってもらうわね。金子組にはいろんな業界にコネクションがあるの。君さんには、海外のお店で働いてもらおうと思う」

「水商売だなんて、そんな下品な仕事ができるわけないでしょ!」

「相変わらず失礼な人ね。職業に貴賎なしって言葉、知らないの?それに、あなたが結婚式で私に言ったことの方が、何倍も下品よ」

「そんなわけないでしょ!ねえ、あなた、なんとか言いなさいよ!このままじゃ私、水商売として働かされちゃう!」

「うるさい。自業自得だろ。それに、命があるだけいいと思え」

「そうね。男の人の相手が嫌なら、山奥で動物に囲まれて暮らすのはどう?それとも、海の底でもいいけど」

「あんた、悪趣味ね」

話しているうちに、事務所は部下によってめちゃくちゃに破壊され、君さんと白川組長は私の部下に連行されていった。もぬけの殻になった事務所は、白川組が終わったことを静かに物語っていた。

その後、君さんたちには二十四時間の監視体制を敷かせた。君さんは、母子家庭や生活保護など、困っている人たちを馬鹿にした罰として、社会制度を一切利用させず、給料の全額が金子組に入る状況で、無一文で労働させた。

白川組が潰れて食いっぱぐれ、かなり反省していた白川組長は、金子組の一員として迎え入れることにした。君さんは最初の頃はよく脱走しようとしたらしいが、反抗するたびにきつい重労働を科せられるので、いつの間にか諦めたようだ。二人はこの半年間で、かなりげっそりしたらしい。

ある日、私は新婚の息子夫婦の元を訪ね、一億円のうちの五千万円を渡した。息子夫婦は、私に対して相当申し訳ないと思っていたようで、泣いて喜んでくれた。

それからさらに半年後、君さん夫婦が私の元へ現れた。結婚式の時とは別人のように痩せていたので、その姿に驚いた。

「結婚式の時のことを、改めて謝りたいの。私は本当に愚かだった。本当に申し訳ございませんでした」

「分かってくれたなら、いいのよ。それで、改めてこれを渡しに来たわ」

君さんの手には、一通の招待状があった。結婚式の招待状だった。

「私のせいで台無しにしてしまったから、娘たちの結婚式をやり直したいの。また来てくださる?」

「もちろん」

君さんの態度には、一年前にはなかった誠意が確かに感じられた。私は、息子夫婦に渡したお金で結婚式をやり直して、新婚旅行にも行ってくるよう息子夫婦へ伝えてほしいと君さんに言った。君さんは涙を流して喜んでいた。

私はと言うと、息子の結婚式からの悩みからようやく解放され、もう一度開かれる結婚式の日を、今か今かと楽しみに過ごしている。

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