「無能は帰れ!お前みたいな役立たずがこのパーティーに居られると思うな!」
部長が叫ぶと同時に、ウェルカムドリンクで酔いが回った目が虚ろに揺れていた。絡み酒かよ。俺は何も言っていないのに、パーティー用の料理が飛んできて、ケーキのクリームが顔にべったりと付いた。
「無能は帰れ!私のような有能な社員だけが参加できるのよ!」
俺の名前は佐川弘樹。学習教材を販売する会社の営業主任だ。プロ講師を名乗り、勤務先が経営する学習塾でも指導している。
我が社が経営するのは、小学校受験から中高一貫校、難関高校や大学など、ハイクラス進学を目指す生徒向けの塾だ。塾によっては、自分のレベルよりも簡単な問題から始めて、少しずつレベルアップできる教材を準備しているところもある。中学生で高校卒業程度の学力を身につける子もいるが、何割かの生徒は受験で習ったことをうまく引き出せなかったと悔しがるようだ。
我が社の塾は、中学1年生なら中学1年生で習う科目だけを中心にみっちり教える。そして問題をたくさん解かせる。タブレットの画面をタップするだけ、なぞるだけという指導はしていない。生徒には鉛筆と消しゴム、ノートを準備してもらい、ひたすら書いてもらう。定着を目指すためだ。定着すれば、受験などの場面で「これは中学2年生の時に学んだ知識だ」と整理された状態でアウトプットできる。
俺は家の事情で通信制の大学を卒業した。働きながら大学生をしていたのだ。親が離婚して、かなりぶっ飛んだ母親と2人暮らしになってしまった以上、俺が家計を支える必要があった。少なくとも俺自身の生活費だけは守らないといけない。そんな生活環境だった。
ぶっ飛んだ母親というのはまさにその通りで、突然思いつきで大きな買い物をするために北海道へ出かけたり、ホエールウォッチングをしなきゃ夏が始まらないと言い出して沖縄へ出かけたりする。そのくせ母親の収入源はパートタイムの仕事だ。時給はまあそれなりだし、真面目に働くので2人で暮らしていくにはなんとか足りていた。しかし、ある日突然ガムが挟まっていた。ここまで来るとさすがに悪質だ。
俺はそのせいで職場を相対してしまった。急に寒くなってきたし、また変なウイルスが流行り出しているみたいだから、相対して正解よ。
俺は妻のかずみが入れてくれた熱いコーヒーを飲んだ後、愛犬と遊んでいた。それとも何かあった?



