「お母さんの席ですか?そんなのありませんよ」――新築祝いの会場で、親戚全員が見守る中、私の嫁が笑顔でそう言い放った。この家を建てるために、私は老後の蓄え1500万円を差し出した。毎月10万円の生活費も要求され、それでも息子の幸せのためだと我慢してきた。なのに「お母さんは援助しただけの人。家族の席は家族のためのものです」だと。息子は下を向いたまま何も言わなかった。私はその場で呆然と立ち尽くすこ…
「お母さんの席ですか?そんなのありませんよ」 新築祝いの華やかな会場で、親戚一同が見守る中、嫁の直美さんがはっきりとそう言い放った。私はその言葉を聞いた瞬間、全身から血の気が引いていくのを感じた。 リビングには豪華な料理が並び、親戚十数名が楽しそうに談笑している。新しい家の匂いが漂う中、私だけが立ち尽くしていた。 「直美さん、何かの間違いでは?」 私がそう尋ねると、直美さんは薄笑いを浮かべながら首を振った。 「間違いじゃありませんよ。だってお母さんは援助しただけの人でしょう。家族の席は家族のためのものです」 周囲の親戚たちの視線が一斉に私に注がれる。中には失笑をもらす者もいた。息子の広太はただ黙って下を向いているだけだった。 この家の建設資金として、私は1500万円を援助した。老後の蓄えの大部分だったが、息子家族の幸せのためならと喜んで差し出したものだ。それなのに、まさかこんな屈辱を受けるとは夢にも思わなかった。 私は木本道代、63歳。私立病院で看護師長として38年間勤め、3年前に定年退職した。夫は10年前に病気で他界し、それ以来、息子の広太だけが私の生きがいだった。 広太は39歳、地元の企業に勤める真面目な息子だったが、なかなか結婚相手に恵まれず、私も心配していた。そんな広太が4年前、直美さんを連れてきたのだ。 「母さん、紹介したい人がいるんだ」 初めて会った直美さんは、愛想が良く礼儀正しい女性に見えた。「お母さん、これからよろしくお願いします」と深々と頭を下げる姿に、私は安心したものだ。 結婚して2年が経った頃、広太から相談を受けた。 「母さん、実は家を建てたいんだけど」 「それは素晴らしいことね」 「でも頭金が足りなくて…」 息子の困った顔を見て、私は迷わず申し出た。 「私の退職金と貯金から出しましょう。1500万円なら用意できるわ」 「本当に?でも母さんの老後の資金だろ?」 「広太の幸せが私の幸せよ」 あの時の広太と直美さんの喜ぶ顔を今でも覚えている。まさかそれが全ての始まりだったとは思いもしなかった。 家の建設が始まってから、直美さんの態度は少しずつ変わっていった。最初は些細なことだった。 「お母さん、現場にはあまり来ないでいただけますか?業者さんが気を使うので」 建設現場を見に行った私に直美さんはそう言った。自分のお金で建てる家なのにと思ったが、波風を立てたくなくて従った。 「分かったわ。完成を楽しみに待っているわね」 次第に直美さんの要求はエスカレートしていった。 「お母さん、家の間取りの件ですけど、お母さんの部屋は作らないことにしました」 「え、でも時々泊まりに行くこともあるでしょう」 「大丈夫です。リビングのソファーで寝ていただければ」 信じられない気持ちだったが、息子の家庭を壊したくない一心で、私は黙って受け入れた。 家が完成してからは、さらに状況は悪化した。新居を訪ねると、直美さんは露骨に嫌な顔をするようになった。 「お母さん、また来たんですか?連絡してからにしてください」 「孫の顔を見に来ただけよ」 3歳の孫は私に懐いていた。それが直美さんには気に入らないようだった。 「おばあちゃん、遊ぼう」 孫が私に駆け寄ると、直美さんはすぐに引き離す。 「だめよ。おばあちゃんは忙しいから」 ある日、広太から電話があった。 「母さん、ちょっと相談があるんだけど」 「どうしたの?」 「実は生活費が厳しくて、母さんから援助してもらえないかな?」 「援助って…私はもう年金暮らしよ」 「分かってる。でも光熱費として月10万円くらい…」 私は耳を疑った。 「広太、私は家を建てるのに1500万円出したのよ」 「それとこれとは別だろ。直美もそれくらいは当然だって」 電話の向こうから直美さんの声も聞こえてきた。 「当然でしょう。息子の家なんだから親が援助するのは」 私は深いため息をついた。老後のために残していたわずかな貯金から、仕方なく毎月10万円を振り込むことにした。 しかし、お金を渡しても私への扱いは改善されなかった。むしろ、ますます邪魔者の扱いがひどくなっていった。 「お母さん、今日は来ないでください。友達が来るので」 「お母さんの古臭い話を子供に聞かせたくないんです」 「お母さんがいると家が狭く感じるんですよねえ」 ある時、孫の誕生日会に呼ばれなかった。後で広太に聞くと、直美さんが「お母さんがいると雰囲気が暗くなる」と言ったそうだ。 私は次第に新居を訪ねることができなくなった。自分が援助した家なのに、そこに私の居場所はなかった。 … Read more