「実は私、このお見合いで21回目なんです」…

「実は私、このお見合いで21回目なんです。」 彼女がそう言ったとき、俺は思わず大声を出してしまった。21回。あまりの数字に驚くしかなかった。 俺の名前は室井大地、30歳。アニメとゲームが好きな独身サラリーマンだ。以前付き合っていた彼女に「あなたの本命はアニメでしょ」と言われて振られて以来、恋愛が怖くなってしまった。休日はデートよりもアニメやゲームに没頭していた俺が悪いのは分かっている。でも、また同じことを繰り返すのが怖くて、自然と女性との交際から遠ざかっていた。 そんなある日、親戚の強い勧めでお見合いをすることになった。親戚が予約してくれた居酒屋の個室の扉を開けると、そこにはスマホの画面をじっと見つめる眼鏡の女性が座っていた。 「お待たせしてすみません」 声をかけても、彼女はスマホから目を離さない。話題を振っても、返事は素っ気ない。最初は緊張しているのかと思ったが、次第に腹が立ってきた。 「あの、とりあえず乾杯でもしませんか?」 ようやく顔を上げた彼女は、すぐにまたスマホに目を落とす。俺は刺身を食べながら、このお見合いを断ろうと決意した。 最後の一切れを口に放り込み、大声で言った。 「ずっとスマホを見てますが、何かありましたか?」 彼女は驚いてスマホを落とした。その画面に映っていたのは、俺が大好きなアニメのワンシーンだった。 「それって『俺の嫁』ですよね?」 「あ、はい。知ってるんですか?」 「俺もそのアニメ好きなんですよ」 さっきまでの怒りはどこへやら、俺たちはアニメの話で盛り上がった。彼女の名前は水希リナ、俺の2つ下だ。共通の好きなアニメやゲームがたくさんあって、話が尽きない。 すると彼女が突然謝ってきた。 「あの、すみませんでした。最初の態度のことです」 理由を聞くと、彼女は小さな声で言った。 「実は私、このお見合いで21回目なんです。最初の頃はうまくいってたんですけど、好きなアニメやゲームの話をすると、どの人も次から会ってくれなくなって。この前会った人には『女のオタクは恋愛対象にもならない』ってはっきり言われました。だから、次に会う人には最初から嫌われるようにしようって思ったんです」 彼女の目には涙が浮かんでいた。俺も同じ経験がある。 「俺もアニメやゲームが原因で振られたんですよ。休みの日はデートもせず、アニメやゲームばかりで。『私は差し詰め愛人ってところかしら』って言われました」 「ひどい」 「仕方ないですよ。俺が悪かったんです。でも、また同じことを繰り返すのが怖くて、恋人を作るのが怖くなったんです」 「私もです。休みの日はアニメばかり見てます」 「一緒ですね」 彼女の緊張が解け、自然な笑顔が見えた。その笑顔はとても可愛くて、思わず見とれてしまった。 それから俺たちは仕事の話や趣味の話で盛り上がり、気づけば3時間も経っていた。帰り際に連絡先を交換し、次に会う約束をした。 それから俺たちはたまに連絡を取り合い、仕事終わりにご飯を食べに行くようになった。彼女は初めて会った時とは別人のように明るく、好きなアニメやゲームの話を楽しそうにする。俺は彼女と過ごす時間がどんどん楽しみになっていった。 でも、自分の気持ちを伝える勇気が出なかった。前の彼女のように、また趣味を理由に振られるのが怖かった。 そんなある日、彼女から1ヶ月ぶりに連絡が来て、会うことになった。彼女はなんだか元気がなく、実家のリフォーム店の売上が伸び悩んでいると話してくれた。 「両親も新規顧客の獲得に努めてるんですけど、うまくいかなくて。お父さんはお店を畳もうかって話になってます」 俺は建築関係のことはよく分からないから、何もアドバイスできなかった。情けなくて、自分が嫌になった。 翌日、友人で同じオタク仲間の孝太に会った。孝太は結婚していて、奥さんも趣味を理解してくれている。俺がリナさんのことを相談すると、孝太は言った。 「お前の趣味を生かしたリフォームを提案してみたらどうだ? オタク向けのコレクションルームとか、見せる収納とか。結構需要あるぞ」 なるほど、と思った。俺はリナさんに電話して、そのアイデアを伝えた。 「オタク向けのリフォームを提案するってどうかな?」 「それ、いいですね。具体的に…室井さん、近々父に会ってくれませんか?」 予想外の言葉に固まってしまった。お見合い相手の俺を父親に合わせるって、どういうことだ? そして、リナさんの両親に会う日が来た。会社の会議より緊張した。俺はプレゼン資料を用意して、リナさんの両親に説明した。 「こちらをご覧ください」 リナさんのお父さんは資料を黙って読み始めた。リナさんのお母さんも興味深そうに眺めている。 「すごくいいアイデアだと思うから、試しに会社のホームページに載せてみてもいいかな」 「こちらの会社の手助けになるなら、僕は一向に構いません」 「室井さん、わざわざうちのためにありがとうね」 「いえいえ、リナさんから困っていると聞いていたものですから」 「たったそれだけの理由でここまでしてくれるなんて。君は非常に熱い素晴らしい人なんだな」 リナさんのお父さんは豪快に笑いながら言った。 「室井さん、このままここで働かないか?」 「ちょっとお父さん、変なこと言わないでよ。室井さんが困っちゃうでしょ」 リナさんは顔を赤くしながら父親をたしなめた。俺は建築関係の資格も知識もないので、丁重にお断りした。 数日後、リナさんから電話があった。仕事中だったから出られず、休憩時間にかけ直すと、彼女は興奮した様子だった。 「室井さんが提案してくれた企画が、さっき来たお客さんに気に入ってもらえて、是非うちにやって欲しいって言ってくれたの!」 「おお、それは良かったですね」 「室井さんのおかげです。もっともっと注文が入るように頑張りますね」 … Read more

12 September 2026

Your Life as a Royal Whipping Boy in Tudor England

A Tudor-era practice known as the whipping boy has become one of history’s most memorable legends, but historians still argue over whether it ever actually operated as the stories claim. The tale centers on Barnaby Fitzpatrick, an Irish lord’s son sent to the English court in 1543, where he became a close companion of Prince … Read more

12 September 2026

Why Do Animals Copy Humans?

A parrot in California has learned to order food through a smart speaker without any training. The bird lived in a house with the device, listened to the phrases that produced results, and began using them on its own to get crackers. The parrot figured out through observation alone that certain words spoken toward a … Read more

12 September 2026

「なんだこの見た目。中卒のガキが作る底辺飯など食えるか。ようやく80名。全部キャンセルだ。」…

「なんだこの見た目。中卒のガキが作る底辺飯など食えるか。ようやく80名。全部キャンセルだ。明日の接待にこんなボロ飯じゃ困るわ。」 カウンター越しに立つ18歳の女将・桜の顔から血の気が引いた。手に持っていた付箋が震える指から滑り落ちる。予約名は企業。今月の売上の7割を占める、絶対に失えない予約だった。 「お、お待ちください。何か不満がございましたら、理由を…」 「理由見りゃわかんだろ。ボロ店、若造、中卒。信用できる要素があんの?父親はネタ切り、お前は高校も出てない。こんな店に融資してる銀行があったんだよ。」 桜の目に涙が浮かぶ。だが佐々木は満足そうに鼻で笑うと、店内にいた数人の常連客が申し訳なさそうに視線を伏せた。誰も声を上げることができなかった。 これは、理由もなく公衆の面前で尊厳を踏みにじられた18歳の少女の物語だ。 3ヶ月前、父が脳梗塞で倒れ、高校を中退してまで守ってきた小さな店。病院のベッドで意識の戻らない父を毎晩見舞いながら、必死に働いてきた日々。その全てが、1人の銀行員の暴言で崩れ去ろうとしていた。 しかし、誰も知らなかった。この少女がどれほど大きな存在に守られているのか。彼が見下した小さな店に、どれほどの価値が隠されているのか。 これは、立場を利用し弱者を見下した男が完全に敗北する因果応報の物語である。 佐々木が店を出た後、桜は震える手でカウンターにしがみついた。予約80名のキャンセル。明日の売上32万円が消えた。店を守るために必要な資金が一瞬で失われた。 「どうして…何が悪かったの?」 声が震える。涙が頬を伝った。カウンターに置いたままの付箋を見つめる。さっきまで明日の接待のために何度も磨いていたカウンター。食器も全て洗い直し、メニューも特別仕様を考えていた。80名分の食材も昨日市場で仕入れたばかり。全てが無駄になった。 常連客の1人、68歳の村上が静かに立ち上がった。 「桜ちゃん、気にすることないよ。あんな奴の言うことなんて。」 「でも、予約が…」 「お前の料理は本物だ。お父さんの味がちゃんと受け継がれてる。」 村上は元一流料亭の料理長で、桜の父の師匠だった。修二が独立した時、誰よりも応援してくれた人だ。 時は3ヶ月前に遡る。その日、桜は高校3年生だった。夏の暑い日、進路相談の資料を抱えて帰宅すると、店の前に救急車が止まっていた。 修二が店の厨房で倒れていた。脳梗塞だった。病院に運ばれ緊急手術。命は取り留めたが、意識は戻らなかった。 「お父さん、お父さん!」 ICUのベッドで眠る父の手を握りながら、桜は泣き続けた。医師の説明は厳しかった。 「重度の脳梗塞です。意識が戻るかどうかは、正直分かりません。長期入院になります。リハビリも必要です。」 治療費、入院費は毎月20万円以上かかると言われた。店を続けるか、閉めるか。桜は一晩中悩んだ。 厨房に立ち、父が使っていた包丁を手に取る。曇りひとつない、丁寧に手入れされた包丁。父の背中を何百回と見てきた。 「料理は心だ。食べる人の笑顔を思い浮かべて作れ。」 父の言葉が胸に響く。翌朝、桜は決めた。 「店を守る。お父さんが帰ってくる場所を、絶対に守る。」 高校を中退した。先生も友人も驚いたが、桜の決意は硬かった。18歳の女将が誕生した。 しかし現実は厳しかった。料理の腕は父から学んだ基礎だけ。常連客が支えてくれた。村上が料理のアドバイスをくれた。だが資金繰りは苦しかった。 2年前、父が店の回転資金としてミナト銀行から300万円借りていた。毎月8万円の返済。入院費と合わせて月28万円の固定費。売上は良くて月40万円。なんとか回っていた。 そこに現れたのが、融資課長の佐々木だった。 1ヶ月前、佐々木は初めて店を訪れた。 「融資先の確認に来ました。」 「店主は入院中です。私が代わりに経営しております。」 「あなたは何歳?」 「18歳です。」 佐々木の顔に軽蔑の色が浮かんだ。 「18歳?学生か?」 「高校は中退しました。店を守るために。」 「中卒か。飲食店経営の資格は?調理師免許は?」 「まだ勉強中です。」 「はあ。こんな子供に300万も貸してたのか。判断ミスだな。」 佐々木は店内を見回し、鼻で笑った。その日から佐々木の嫌がらせが始まった。返済が1日でも遅れると店に来て大声で文句を言う。常連客の前で何度も侮辱された。それでも桜は耐えた。 「お父さんが帰ってくる場所を守るんだ。」 そして今日、予約80名のキャンセル。これは佐々木の最後通告だった。 夜、桜は病院を訪れた。ICUから一般病棟に移った父のベッドの横に座る。修二は眠ったまま穏やかな表情をしていた。 「お父さん、予約キャンセルされちゃった。でも大丈夫。私頑張るから。絶対にお店守るから。」 涙をこらえて笑顔を作る。その時、父の指がわずかに動いた。桜の手を弱く握り返した。 「お父さん?」 修二の目がゆっくりと開いた。焦点の合わない目。 「桜…」 「お父さん!」 「すまない…おじいちゃんに…」 そこまで言って、再び意識を失った。 「お父さん!お父さん!」 … Read more

12 September 2026

När advokaten läste upp siffran 27 miljarder dollar blev rummet helt tyst. Jag hann inte ens fatta det förrän jag såg dem längst bak i salen – mina föräldrar, som övergett mig för 29 år sedan. De…

Vid testamentsläsningen lämnade min miljardärfarfar mig 27 miljarder dollar. Rummet exploderade inte av jubel. Det blev tyst. Jag kände alla ögon vända sig mot mig när advokatens ord lade sig i luften som en dom. Mina händer skakade inte på grund av pengarna utan för att jag plötsligt såg två personer stå längst bak i … Read more

12 September 2026

Why Did Ancient Humans Marry So Young?

In most pre-industrial societies throughout history, the average life expectancy hovered between 30 and 40 years, a figure heavily skewed by staggeringly high infant and childhood mortality rates. This meant that even those who survived childhood faced serious risks from disease, injury, infection, or childbirth complications well before what we would now consider middle age. … Read more

12 September 2026

「お前は首だ」——そう言い放った新社長に、私は何も言い返せなかった。1週間、泊まり込みで作り上げてきた新システムを、彼は「サボってただけだろ」と一蹴した。エンジニアをただのタイピストだと思っているあの男に、私は必要ないと言われたのだ。悔しさと疲労で頭が真っ白になる中、私は会社を去ろうとした。しかし、その瞬間、社内の全パソコンがウイルスに感染し、機密データが破損したと表示された。発生源は、なん…

「全くできてないじゃないか。どうせサボってばかりいたんだろう」 社長の言葉に、僕は目眩を覚えた。今日まで会社に泊まり込み、食事も睡眠も削って開発に取り組んできたのだ。疲労はピークに達していた。 「新システムを1週間で1人で作るなんて無茶です。お願いします」 「うるさい。言い訳するな。お前が無能なだけだろ。ああ、もういい。お前は首だ」 システム開発の難しさを少しも理解しようとしない。社長の怒声が頭に響く。そうか、もうこの会社に僕は必要ないのか。 僕はエンジニアとしてシステム開発を全うできなかった悔しさを胸に、その場を立ち去った。 ところが、その直後だった。 「全部のデータが破損したって表示される。どういうことなんだ。お前、どうにかしろよ」 退社しようとした僕を呼び止め、社長が慌てて命じてきた。首にしておいて、なんて都合のいいことばかり言うのだろう。そんな相手からの命令に答える必要なんてあるものか。 覚悟を決めた僕は、はっきり言ってやることにした。これで一生後悔すればいいのだ。 — 僕の名前は風間吉正。このゲームって、あのプログラムに似てる気がするな。 パソコン画面と向き合い、ぽつりと独り言を漏らす。休日の僕はいつもこんな感じだ。好きなゲームに好きなだけ時間を費やす。ゲームが新しく発売されると、コンプリートするまで徹底的に遊び尽くすのが僕の流儀だ。 ゲームを好きになったのがいつからだったかは覚えていない。ただ、今の会社で働くきっかけになった出来事は鮮明に覚えている。 中学生の頃、同じゲームを突き詰めていた友人から、あるゲームに誘われたのだ。 「このゲーム、ちょっとこれまでのジャンルと違うんだけど、なんかはまっちゃったんだよね。風間もしてみてよ」 そう言って手渡されたのは、プログラミングのゲームだった。今でこそこういうジャンルのゲームは主流になってきているが、当時の僕たちの世代からしたら、とても目新しいジャンルのゲームだった。 「今進めてるゲーム、もう少しでコンプリートなんだけどな」 関東は今のゲームを最後まで続けたかったけど、進められたものは基本的に断らずにやってみる性格だったのもあって、僕は今進めているゲームの手を止めて、新しいソフトに取り組んだ。乗り気だったかといえば、そうでもない。だが、マイナスから入った分、衝撃度は高かったのだろう。プログラミングという世界は奥深い。これまでやってきていたゲームも楽しかったが、それ以上に、ダンジョンに挑むような気持ちになった。プログラミングゲームにまんまとハマったのである。 高校までは普通科に通っていたが、高校卒業後は本格的にプログラミングが学べるシステム系の専門学校に入学し、プログラミング漬けの毎日を過ごした。1つのシステムを作り上げることは容易なことではなくて、1つのトラブルが発生すると芋づる式に不具合が起きてしまい、頭を抱えることも多い。だけど、その分しっかり完成して、どんな状況にも対応できるようになった時の達成感が病みつきになっていくのだった。 そして、某メーカーの社内SEとして内定が決まり、本格的に仕事としてプログラミングを作っていくんだと思うと気が引き締まったし、この世界に導いてくれた友人に感謝の気持ちでいっぱいになった。 某メーカーの社内SEはかなりたくさんの人数がいて、それぞれチームを組みながら、それぞれの分野のシステムの調整を行っている。パソコンに向き合っているのは1人だから個人プレイだと思われがちだが、何人かで協力して作業していることが多い。自分が休みに入っているタイミングで不具合が起きても対処できるようにしてあるのだ。いつでも安全なシステムで会社を運営できるように、SEチームは努力しているのである。 そんなSEチームの頑張りを評価して応援してくれていた社長が、ある日交代することになった。社内一斉に発表された内容では「健康上の都合」とだけ書かれていたから詳細は分からないが、社長からの言葉はSEチーム全体の活力になっていたから、ショックは大きかった。 「新社長の小方だ。よろしく」 新しく社長に就任した小方という人物は、それぞれの部署を回っていたそうだが、うちのSEチームへの挨拶はたったこれだけだった。秘書の人が「もっとそれぞれの部署で何を担当しているのかヒアリングした方がよろしいかと」と助言するが、とても面倒くさそうな表情をしている。 「ここってあれだろ?パソコン使ってゆったりタイピングしてるだけだろ」 こっそり呟いた小方社長の一言は、何人ものSEの耳に入ってきていた。それぞれ目線で会話するとはこのことなんだなと実感する瞬間だった。 「経費の無駄なんじゃないか。タイピングとか俺でもできる。こんな人数がいる意味がわからない」 言い返したところで、これからの立場が危うくなることは目に見えていたから、全員が大人な対応をして聞こえなかったことにしていたのだが、小方社長の態度は悪びれることなく、一切変わることはなかった。 そんなある日、僕は突然子会社への出向を命じられた。商品の開発も行っているとても重要な子会社だそうで、そこのシステムが古くなってきているから、最新のセキュリティで新しいシステムを作って欲しいという要望だった。いきなりのことで戸惑ったが、その理由には納得できた。だが、気になることもある。 「新システムを子会社に導入する。急いで作れ」 「その新システムというのは、僕1人でってことなのでしょうか?」 小方社長から聞かされたのはそれだけで、子会社に出向になったのは僕1人だった。僕は小方社長がプログラミングについて全くの無知であることを認識した上でこの質問を投げかけると、僕にとっても予想はしていたが、絶望するような答えが返ってきたのだ。 「当たり前だろう。みんなで仲良く仕事できるなんて思うな。1週間で作れよ」 「いえ、1週間。1週間で新システムを1人で作るというのは、あまりにも短すぎます」 「文句言う前に手を動かしたらどうだ?」 「文句ではありません。新システムを作るなら、それなりの人数と時間が必要です。チームを組むか、期限を伸ばすかの対応をしていただかないと困ります」 僕は昔から頼まれたら断れない性格だったから、こういう発言をしたのは自分でも驚きだった。自分に対してというより、好きなプログラミングを軽視されているように感じたから出た言葉なのだろう。 「だから何か言ったら分かるんだよ。人は増やさないし、期限も伸ばさない。1週間後までに1人で新システムを作れ」 イライラした様子で言い残した小方社長は、そそくさと僕たちの部署を離れていってしまった。周囲の社員たちも心配そうな様子で見つめている。 「1人で新しいシステムを作れだなんて信じられない。エンジニアを何だと思っているんだろう」 「きっとタイピングしているだけだから簡単な作業してるって思っているんだろうね」 「困ったことがあったら、いつでも言って。なんとか駆けつけられるようにするから」 「ありがとう。助かるよ」 僕は小方社長以外の職場の人たちにも本当に恵まれていたんだなと痛感しながら、子会社に1人出向することになった。 子会社の人たちは僕を温かく迎え入れてくれて、何か手伝えることがあったら言って欲しいと言ってくれていた。しかし、僕のようなSEは誰もいなかったこともあり、作業量は想像していた通り膨大なものになっていった。これまで使用していたシステムの使い方は子会社の人たちが教えてくれたものの、そのシステムの詳細まで分かる人は誰もいなかったのである。旧システムの構造分析をしながら課題点を洗い出して、新システムの構造を練るという、頭が何個あっても足りないような作業をする毎日に追われていた。始業時間から終業時間までが一瞬で過ぎ去っていき、終業時間後もサービス残業が続く。 子会社の人たちは僕が残ってまで仕事しているのを知ってくれており、コーヒーを差し入れてくれたり、ねぎらいの言葉をかけてくれたりする。その気持ちはものすごく嬉しかったが、さすがに睡眠時間が1時間程度で業務し続けて、会社に泊まり込み状態になってくると、体力的にも精神的にも限界を迎えるようになっていった。 1度、同期に連絡を取ったこともある。同期はすぐにでも駆けつけようとしてくれたのだが、小方社長が目を光らせていたらしい。 「俺がこっそり子会社に行こうとしたら、急に声かけられてさ、『この仕事終わらせろ』って。SEと全く関係ない仕事だけど、期日までに終わらせなかったら首だって言ってくるから、全く動けないんだ。申し訳ない」 同期は何も悪くない。同期は他のSEたちにも呼びかけてくれたそうだが、それぞれに期日までの仕事が山積みで、動きが取れなくなっているのだそうだ。 「お前の体調が1番大切なんだからな。とにかく生きていてくれ。もっと自分を大切にしろよ」 同期のこの言葉に僕ははっとさせられた。最近は特に仕事第一になってしまっていて、デスクのそばにあるものを食べ、睡眠は気づいたら寝落ちしてしまっているものを睡眠にカウントして、仕事を続けていたのだ。 「来てやったぞ。進捗はどうだ?って、何サボっているんだ?」 僕がどう自分を大切にしようかと、その間の時間で考えようとした時、タイミング悪く小方社長がやってきた。カレンダーを見てみたら、子会社に出向と言われてから1週間が経過していた。 「1週間経ったぞ。ゆっくりする時間があるくらいなんだから、新システムは完成しているんだろうな」 … Read more

12 September 2026

出産して家に戻ったら、義母が私のリビングに足を組んで座っていた。しかも、私物を全部持ち込んで、まるで自分の家のように。私が「もしかしてここに住んでるんですか?」と聞くと、義母は「妻に見捨てられた洋のために私が来てあげたんでしょうが」と。夫も「お前が勝手に僕を置いて出ていったんだよ」と義母の味方。そして義母は私の息子を奪い、「かわいそうに、こんなひどいママに抱かれてるなんて嫌だったのね」と言っ…

結婚8年目でようやく妊娠した。38歳、専業主婦の私にとって、これほど待ち望んだものはなかった。夫の洋一は2歳年上のマザコン男。義母は毎日のように嫌味を言ってきた。「問題ないならなんで妊娠しないのよ。大方結婚前に遊んでたんでしょうよ」と。 妊娠が分かった時は本当に嬉しかった。しかし、つわりがひどく、食べられるものが限られ、料理もできない日々が続いた。すると義母が我が家に来て避難する。「私の大切な洋一の食事も作らないでゴロゴロ寝てるだけですって。本当にご立派な嫁だこと」と。洋一も一緒になって「ママのこと何にもしてくれないんだ」と文句を言う。 あまりのつわりのひどさに、私は里帰り出産を決意した。義母と夫の小言から逃れるためだ。洋一に話すと、意外にもすんなりOKしてくれた。「つわりで苦しむのを見てるのは辛いからさ。実家でゆっくり休んだ方がいい」と。義母の説得も自分がすると言ってくれた。 息子の健太を出産し、体調が落ち着いてから我が家に戻ると、リビングには義母が足を組んで座っていた。まるで家の主のように。化粧は薄く、部屋着姿。どう見ても実家から来た格好ではない。周りを見ると、義母の私物がたくさんある。「もしかして、ここに住んでるんですか?」と聞くと、義母は「もしかしてとは何事ですか?妻に見捨てられた洋のために私が来てあげたんでしょうが」と。 「見捨てられたって何ですか?ちゃんと洋一に相談してOKもらったのに」と言い返すと、洋一が横から口を挟んだ。「そんなこと言ってない。お前が勝手に僕を置いて出ていったんだよ」と。義母も「やっぱりね。本当に悪い嫁ね」と。 ショックで呆然としていると、健太が泣き出した。義母がさっと取り上げ、「かわいそうに、こんなひどいママに抱かれてるなんて嫌だったのね。もう安心、ばあばが守ってあげるから」と話しかける。「返してください。私の息子です」と叫ぶも、洋一が義母の前に立ちはだかり、「お前の息子ってことは僕の息子でもあるだろう。その僕が許可してるんだから、ママが面倒見ていいんだ」と鬼のような形相で言う。 実家から我が家までの移動でクタクタだった私は、子供を取り返す気力も体力もなく、健太を義母に預けるしかなかった。 それからというもの、義母は私たちのマンションを自分の家だと思い込み、どんどん義母仕様に変えていった。日当たりの良かったリビングが義母の部屋となり、そこにベビーベッドを入れてしまった。洋一用のベッドまで買って、そこで3人で暮らすように。しかし、義母は健太の世話をしてくれるわけではない。泣き出すとすぐに私に押し付け、「やっぱりあなたの血が入ってるから出来損ないなのね。洋一が赤ちゃんの頃は本当にいい子だったのよ」と必ず余計な一言を忘れない。 家事も育児も全部私の仕事。「もっと薄味にしてちょうだい。こんな濃い味、孫にも良くないでしょ」「洗濯物いつまで外に干してるの?日に焼けちゃうでしょう。早く取り込みなさい」と全て私に押し付ける。義母がやるのはせいぜい健太のお散歩。健太をぎゅっと抱きしめ、洋一と一緒に公園に行き、3人で楽しそうにしている。 赤ちゃんを連れた女性がいると必ず話しかけ、「うちの嫁は全然育児をしてくれないんですよ。私に押し付けて本当に困った嫁なんです」と言い広めているらしい。おかげで私は近所から鬼嫁だと言われ、白い目を向けられるようになった。 さすがに堪忍袋の緒が切れた私は、洋一に言った。「ねえ、そろそろお母さんに帰ってもらいたいんだけど」 「はあ?なんでだよ」 「だって全然健太の世話してくれないし、家事を手伝ってくれるって言ったのに、実際は全然じゃない。お母さんの分まで食事とか洗濯物とか増えてもう私クタクタなの」 「お前が悪いんじゃないか。ママがいるからこの家はうまく回ってるんだ。近所の人たちだって、みんなママは立派なおばあちゃんだって褒めてくれてるぞ」 大声で話していると、義母まで参戦してきた。「聞こえたわよ。私に出ていけですって。そっちこそ洋一を不幸にして」 「そうだよ。ママと同居するのが嫌なら、お前が出ていけ」 「そうそう。孫がいれば、あんたなんて用済みなんだから」 2人に鬼のような形相で迫られた私は恐怖に震えた。この2人、本気で私を追い出そうとしている。身の危険を感じた私は、逃げなければと決心した。その場では「わがままを言って申し訳ありませんでした。ついお母さんの親切に甘えてしまって。これからはそんなことがないよう注意します」と頭を深く下げ、2人の怒りを沈めた。 そしてその晩、健太が夜泣きしているのをチャンスだと思い、義母の部屋から連れ出すと「ちょっと外を回ってきます」と言って、そのままタクシーで実家に逃げた。 着の身着のままで実家に戻った私と健太。両親は驚きながらも事情を聞くと、喜んで迎えてくれた。「洋一君にももちろん問題があるが、それ以上にとんでもない母親だな」「そうよ。ちゃっかり夫婦の家に座って。そういえば、洋一さんのお父さんはどうしてらっしゃるの?何も言ってこないの?」 そう聞かれて初めて義父の存在を思い出した。義父は仕事一筋のとても真面目な人で無口。これまでに何度も顔を合わせているが、ほとんど声を聞いたことがない。義母がずっと私たちの家に座っているなら、一体どうやって生活しているのか。義父の妹のかず子が同居しているから、特に問題ないのかしら。 母が「一度洋一君のお父さんに連絡して、息子命の母親をどうにかしてくれないか頼んでみるべきじゃないか」と言う。父も「そうね。これはあちらのお父さんとお母さんの問題だから、電話ででも父さんに事情を説明して、あとはあまり首を突っ込まない方がいいかもしれないわよ」と。 確かに義両親がうまくいっていれば、義母が息子にべったりしたり、息子宅に居座るなんてこともないはず。夫婦間で何か問題があるのかもしれない。とはいえ、いきなり義父に連絡して「夫婦仲はどうなんですか」なんて聞けないし、義母を引き取れというのもと思い、かず子に電話してみた。 「あの、かず子さん、いきなりで何なんだけど、今お父さんどうしてます?」 そう聞くと、彼女は意外な答えを返した。「は?もうあなたと父とは関係ないと思うんだけど」 「え、関係ないって。実はお母さんが居座っちゃってて、私実家に逃げてきたんです。子供のこともあるから、できれば洋一との離婚は避けたいと思って」と必死に説明するも、かず子は「だから父や私とその人たちと何の関係があるの?」と。 「え、どういうこと?話が見えない」 しかし、それはかず子も同じだったようで、翌日喫茶店で会うことになると、驚くことが分かった。 実家に戻って3ヶ月、全く連絡をくれない彼に呆れ、私は電話でこう告げた。「要するに、私たち離婚しましょう」 「は?離婚?ちょっと待てよ」と、全然連絡してこなかった割にかなり驚いた声。「だって家を出ていけって言ったのはそっちでしょ。それとも永遠に別居して離婚はしないって?」 「いや、そういうつもりで行ったんじゃないんだって。ちょっときつく言えば、君が俺にもっと優しくしてくれると思ったんだよ」 どうも様子がおかしい。考えてみると、あれだけ孫に固執していたはずの義母からも一度だって連絡がなかった。 「いや、それがさ、おふくろ、お前の血が入ってる孫なんていらないとか言い出してさ、俺にべったりで。あれ、ママじゃなくてお袋、僕じゃなくて俺になってる。お袋、バカでかいクマのプリントがしてあるTシャツ買ってきたり、俺がガキの頃好きだったからって気持ち悪いものを10個も食わせようとしたり、この前なんかさ、背中流してあげるとか言って風呂に入ってこようとしたんだぜ」 「うーん。それはちょっと気持ち悪いかも」 「だ、だからさ、お前に帰ってきてくれないかなって」 「え?じゃあなんで連絡してこなかったの?」 「え?それはさ、元々はお前が悪いんだから」 「悪いのは私じゃなくてお母さんでしょ。お母さんが出ていくつもりさらさらなくて、私とは絶対一緒に住みたくないとか言ってるんでしょう」 ズバッと言ってやると、洋一は「そ、それは……」とどもった。そこで私はかず子から聞いたことをはっきり言ってやった。 「出ていくわけないわよね。お父さんとお母さん離婚したんでしょ」 かず子から聞いた話によると、以前から義父は義母が洋一を可愛がり、義父や義父に似たかず子をないがしろにすることや、洋一が自分と全く似ていないことを疑問に思っていたそう。義母が洋一に住み込んで世話をすると言い出した時、さすがに異常だと思い、こっそりDNA鑑定を依頼すると、義父と洋一の親子関係はなしと判明。義母に問い詰めると、義父と結婚する頃、付き合っていた本命の男性との子供だったらしい。 それからは急展開。義父が義母に離婚を要求したため、義母は帰る場所を失い、洋一にへばりついたというわけだ。 「通りで服からアクセサリーから私物全部持ってきたわけよね。帰るところがないんですもの」 そう言うと、洋一は顔を赤らめながら「そ、そうなんだよ。俺、自分が不倫でできた子だなんて知らなかったんだよ。すごいショックなのに。お袋と来たら、愛する男性との子だからとか言って俺にべったりなんだ。しかも俺の給料そんな良くないのに、管理するってキャッシュカード持ってかれ、全部使いやがったんだ」と。 まあやりそうなことだ。私を追い出そうとしたのも、愛する本命男性との息子を独占したかったのと、私が専業主婦で洋一の給料を使うことが気に入らなかったのだろう。 義父と洋一は現在のところ形式上は親子だが、義父は親子関係不存在確認を申し立てるつもりのようだ。親子関係を解消するのは難しいらしく、実際に裁判で認められるかどうか分からないものの、優秀な弁護士を雇い、徹底的に戦うと義父本人から聞いている。 「俺さ、もう実家がなくなったってことじゃん。で、お荷物のお袋もいる。お前に戻ってきてもらって、お袋となんとかうまくやっていって欲しいんだよ」 「はあ。何を寝ぼけたことを。要するに邪魔になってきたお母さんを私に押し付けようってことでしょ。そんなの真っ平ごめんだから」 私はそれだけ言うと電話を切った。そして離婚届を役所からもらってくると、速攻サインして洋一に郵送。さらに慰謝料と財産分与、養育費もしっかり請求した。この処理は義父の紹介で、義父が今回義母との離婚や洋一との親子関係を切るためにお願いした弁護士に一緒に受け持ってもらった。 その結果、洋一と義母は慰謝料などでかなりの借金を負うことになり、2人とも365日休まず朝から晩まで働くことになったらしい。まあ当然の結果だろう。 今私は実家で両親と一緒に健太を育てている。知り合いの紹介で始めたジムの仕事も順調。義母とは縁が切れてしまったが、義父と同居するかず子は健太と血の繋がりがあるからか、時々遊びに来ては健太の相手をしてくれて、とても助かっている。このまま健太がすくすく育ってくれるよう、懸命に子育てするつもりだ。

12 September 2026

「あとは任せろ。俺が契約を取り付ける」――課長は、俺が必死に掴みかけた契約を横取りすると言い放った。高卒だと見下してきた男が、俺の設計で取れた契約を自分の手柄にしようとしている。俺は何も言い返せず、辞表を書いて会社を去った。だが、それから数週間後、前の職場の社員から信じられない知らせが届く。課長は契約先で設計の質問に答えられず、先方から「片山さんでなければ契約しません」と言われてしまったとい…

「あとは任せろ。俺が契約を取り付ける」 課長はそう言った。しかも「俺が行った方がいいに決まっている」とまで言い放った。あの人は、俺が必死に掴みかけた契約を横取りしようとしている。 俺はなぜこんな目に遭わなければならないのか。 俺の名前は片山孝太。45歳。少し貧しい家庭に生まれ、男二人兄弟の次男として育った。地元の図書館が名の知れた建築家の設計だと知り、俺は建築に興味を持った。地元の高校の建築科に進学し、中学から続けていたバスケットボールにも熱心に取り組んだ。 本当は大学にも行きたかったが、経済的な事情で進学は断念した。そこで設計事務所でアルバイトをしながらCADを独学で学び、23歳の頃に建設会社へ就職した。最初は建築士の補佐をしていたが、やがて設計も任されるようになった。2級建築士の資格を持っていたが、就職後も勉強を続け、一級建築士も取得した。 それから同じ仕事を続けてきたが、なぜか営業部に異動となった。営業の人員が足りず、新しいスタッフがなかなか見つからないのが理由だという。俺は社長の指示で建築関係の業務も続けながら営業も担当することになった。正直、業務的な負担は大きかった。慣れない営業の仕事には戸惑いもあったが、与えられた以上は責任を持って全うしなければと思った。 突然異動してきた俺を、営業部の連中はよそ者を見るような目で見た。それは仕方ないかもしれない。そして課長は、俺が高卒だと知ると、早速見下すような態度を取り始めた。 「君、高卒なんだってな。それでよくうちに務めていられるな」 営業に来て間もないのに、なぜそんなことを言われなければならないのか。意味を問うと、課長はこう言った。 「俺は有名国立大を出てるんだよ。高卒なんかで営業ができるのか」 「確かにこれまでは違う仕事をしてきたので、慣れるまでは苦労しています。でも俺なりに頑張っているつもりです」 「ふん。君、営業以外の仕事もしているそうだね。社長から聞いたけれど」 課長は疑いの目で見てくる。 「はい。設計の方も続けて担って欲しいと言われたので」 「両方やるのは大変だろう。どちらも中途半端になっちゃ困るんだよね」 確かにその通りだ。部署の本来の仕事である営業以外の業務を行っているのは、課長にとっては好ましくないのかもしれない。だから俺は「両方ともおろそかにならないように取り組みます」と答えた。すると課長は「高卒の脳でできるのかね」と言った。 「あまり高卒であることを馬鹿にしないでいただけますか?」 「おっと、悪かったな。だって低学歴なのは確かだろう」 課長はそう言って笑った。 またある時、営業の仕事に関して課長の説明を理解できない部分があった。聞き返すと、課長はこう言った。 「え、そんなことも分からないのか?これだから高卒は」 腹が立ったが、俺は感情を抑えた。 「すみません。勉強不足でした」 「力が小中学生並みじゃないか。だから高卒は嫌なんだよな」 腹が立ったが、俺はもっと営業について勉強して役に立てるようになろうと思った。この部署にいる意味があるのだから、今いる環境で頑張らなければならない。 そんなある日、社長からとあるプロジェクトの話を持ちかけられた。それは設計と営業の両方に関わる仕事だ。ある企業のビルを設計する案件がうちの会社に舞い込んだという。その設計に俺も携わって欲しいと言われた。それだけでなく、営業も行って欲しいらしい。俺にとってはまたとないチャンスだが、かなり重大な仕事となるはずだ。 俺は悩んだ末に、社長からの依頼を受けることにした。社長は課長に俺がプロジェクトに加わることを話してくれたようだ。課長は「どうせ俺には大した仕事ができないだろう」と高をくくっていたようだ。 俺はそんな課長を見返したかったので、入念に準備をして商談に臨んだ。すると、思いのほか商談はスムーズに進んだ。先方の担当者には「見事な設計ですね」とまで言ってもらえた。俺の説明も真剣に聞いてもらえて、契約をしてもいいという回答を得ることができた。契約は正式な書類を作成してから後日交わすことになる。 契約にこぎつけることができ、俺はほっとした。これで課長も俺のことを認めてくれるだろうかと思った。しかし、そんな淡い期待はあっけなく裏切られることになる。 俺が先方と契約してもらえることになったと報告すると、課長はこう言った。 「君が契約を取り付けたって?そんなのありえない。一体どんな手を使ったんだ?」 「いえ、特に何もしていません。ただ建物の設計について準備をして臨んだだけです」 「ふうん。君の準備したものでよく契約すると言ってもらえたものだな。あとは任せろ」 俺は目が点になる。「あとは任せろ」とはどういう意味だろうか。 「君じゃ先方も頼りないと思うだろう。だから俺が代わりに行ってやるって言っているんだ」 課長によると、自分が行った方が先方も納得するだろうということだ。 「え、いえ、俺が設計したものですし、俺に行かせてください」 「だめだな。俺が行った方がいいに決まっている」 何度言っても課長は自分が行くと言って聞かない。俺はこう言うしかなかった。 「わかりました」 俺は自分の席に戻ると辞表を書いた。その辞表を課長に提出したが、特段引き止められることもなかった。「おお、そうか」と言われたくらいだった。最初から、この部署での俺の扱いなどその程度なのだと思い知った。俺はそれでもいいと思ったし、これで清々しく転職ができるだろう。頑張ろうという意欲を持っていたが、それも今では消え失せてしまっている。 課長に対して頭に来た俺は、例の契約について引き継ぎをすることもなく退職した。俺から「引き継ぎをしますか」と言わなかったが、課長からも言われなかったのだ。正直、引き継ぎなしで契約ができるならやってみればいいという心境だった。 投げやりな気分になった俺は、すぐに帰宅した。 その翌日、高校時代のバスケ部の先輩だった鏡先輩から電話がかかってきた。俺も気晴らしをしたい気分だったので、鏡先輩と久しぶりに飲むことにする。鏡先輩に「最近どうしてるんだ」と聞かれたので、俺は仕事を辞めたことを正直に話した。すると鏡先輩は俺にこう言った。 「お前も建築会社だったよな。なら俺のところに来ないか」 鏡先輩は俺のいた会社のライバル会社に長く勤務していて、設計を担当しているという。鏡先輩の会社も一人欠けたばかりだと言い、俺のことを社長に話してくれるというのだ。俺は喜んでその提案を受け入れることにした。 翌日、俺は履歴書を作成して鏡先輩の会社に提出した。するとすぐに連絡が来て、面接をしてもらえることになる。面接は社長が直接行ってくれたが、和やかな雰囲気の中で行われた。数日後には、俺の鏡先輩の会社への転職が決定した。俺は一級建築士として設計の仕事を主に担い始めた。営業の業務がないので、仕事面での負担が軽減されるのはありがたい。 新しい職場で再出発したばかりの頃、前の職場の社員から連絡があった。課長は俺から契約を横取りした後に、契約のため先方に出向いたという。課長である自分なら何の問題もなく契約ができると思っていたのだろう。しかし、そうはいかなかったらしい。設計の件で先方の担当者に質問されたが、知識がなく完璧に答えられなかったのだ。課長は設計に関しては長く携わっていなかったから無理もない。課長も建築の知識はあるというが、直接的に設計に関わる部署からは遠ざかって久しいのだ。出世すれば技術的な仕事からは遠ざかることもあるもの。それでも商談としては、契約に来た人間がそんなことも分からないようでは困るといったところか。 この話は課長が自分で話したわけではないが、どこからか伝わってきたのかもしれない。結局、課長は先方から「片山さんでなければ契約しません」と言われてしまったそうだ。 連絡をくれた社員によると、課長から俺に電話がかかってくるかもしれないとのこと。課長と話なんてしたくないため、電話の電源を切っておこうかと思っていたが、電話を切った30分ほど後に、社員の言った通り今度は課長から電話がかかってきた。仕方なく電話に出ると、課長の怒声が耳に飛び込んでくる。 「お前、なんで引き継ぎしないで退職したんだ?」 「なんでって、課長が何も言いませんでしたし、なしでも大丈夫なんだろうなと思ったんです」 「自分のやっていたことはちゃんと引き継いでからやめろ」 俺がやめる時には特に何も言っていなかったくせに。俺は不機嫌になりながら「それはすみませんでした」と言った。 「せっかくこの俺が契約に行ったのに、お前じゃないとダメだと言われたんだぞ」 … Read more

12 September 2026

「ねえ、あなたのお兄さん、山で遭難したんでしょ?めちゃくちゃ救助費用かかるのよね。迷惑よね」…

新築の一戸建てに住み始めて、まだ一年も経っていなかった。名義は夫のものだけど、購入費用は半分ずつ出した。将来のこともちゃんと話し合って、子供部屋も二つ作った。 ある日、夫が突然言い出した。「ねえ、やっぱり子供は作らなくていいかな。姉さんも作らない方が楽だって言ってたし」 私は驚いて反論した。「お姉さんが作らないなら、むしろ作った方がいいんじゃない?お父さんもお母さんも早く孫の顔を見たいって言ってたよ」 でも夫は「うーん、でも姉さんが…」と、いつものように義姉の言いなりだった。 義姉は同じ市内の、二駅離れたアパートに一人で住んでいる。結婚して半年も経たずに離婚したらしい。義両親は遠方の田舎に住んでいて、お盆と正月にしか会わない。だから義両親は夫に「お姉ちゃんの面倒を見てやってくれ」と言っている。 それにしたって限度がある。 家を建てると、義姉は「新築の家っていいわね。この家、名義は弟でしょ?弟のものは姉の私のものよね」と言って、夫に合鍵を渡させてしまった。 たまに遊びに来るなら文句はない。でも合鍵を渡すなんて、どうかしている。義姉が帰った後、夫と喧嘩になった。 「だって姉さんが鍵をちょうだいって言うから…」 私は夫が理解できなかった。 それ以来、義姉は宣言通り、空いていた部屋を自分の部屋のように使い始めた。大型スーツケースで私物を運び込み、残業や飲み会と理由をつけては泊まりに来る。こちらの予定はお構いなしで、事前の連絡もない。 深夜に勝手に鍵を開けて入ってくる。ある時は、防犯のためチェーンをかけて寝ていたら、外で大騒ぎされた。「さっさと起きて開けなさいよ!」 家に入れば、部屋のエアコンはつけっぱなしで、帰る時も消さない。日中誰もいないのに、もったいない。 「お姉さん、せめて部屋を出る時はエアコンを消してくれませんか?」 「何言ってるのよ。帰ってきた時、暑いじゃない」 聞く耳を持たない。 何度も夫に文句を言った。一度は義両親に電話したが、夫は「だって父さんたちが姉さんに優しくしろって」と義両親のせいにする。義両親も「お姉ちゃんは離婚して傷ついてるのよ。多めに見てやってくれ」と言うだけ。 こうして義両親と夫が言いなりだから、義姉はどんどん自己中になっていった。 エアコンだけじゃない。 「ねえ、ビールが空になったわよ。おかわり出して」 義姉は酒好きで、ビールやワイン何でも飲む。私は実家で「よその家の台所に入るな」としつけられた。勝手に冷蔵庫を開けるなんて、持っての他だ。でも義姉は違う。勝手に開けて、何でも飲んで食べてしまう。 誕生日や記念日に開けようと思っていた、ちょっと高いワイン。名前を書いておいても効果なしだった。 ゴミをゴミ箱に入れるという当たり前のこともできない。ビールの缶は散らかりっぱなし。お菓子の袋や食べかすはそのまま。冷蔵庫から勝手に出してきた料理や食べ残しも、皿のまま放置する。 そのくせ言うことは一丁前だ。 「ねえ、私、発泡酒よりちゃんとしたビールがいいの。それに安いワインは好きじゃないわ。最低でも一本二千円以上でよろしく」 しぶしぶ買ってきてレシートを渡したら、「あなたたちも飲むんだし、あなたたちの家に置くのよ。なんで私が払わないといけないの」と、一切払う気がない。 風呂だって、二人とも入って掃除もしてるのに、義姉は勝手に入り、お湯もそのまま、蓋もせずに放置。掃除なんて一度もしたことがない。洗面所はびしょびしょのまま。 「ここに来れば、うちの食費もかからないし、掃除もしなくていいし、超楽だわ」 義姉はご機嫌だが、私はかなりストレスが溜まっていた。夫に何を言っても「でも」「だって」「うーん」と曖昧に濁すだけ。情けなくなるくらい役立たずだ。 もう離婚したかったが、一方で「これだけのことで」とも思っていた。義姉のことさえなければ、うまくいくのだ。 実家に帰った時、たまたま家にいた兄に悩みを相談した。兄は登山が趣味で、休日はどこかの山に登っていて、なかなか会えない。 兄は言った。「妻を守れない男はダメだぞ。それにな、山では危険を感じたら即撤退だ」 「山と一緒にされても…。お兄ちゃん、まだ結婚してないじゃん」 「俺は山が命だからな。結婚してなくても分かることはあるさ」 兄らしい言葉で離婚を進められた。まさかこれが最後の会話になるとは、思ってもみなかった。 兄は登山の途中、遭難したパーティーを助け、自分が代わりに犠牲になってしまった。 葬式も全部終わって落ち着いた頃、両親からまとまったお金を渡された。 「お兄ちゃんはね、自分に何かあった時は、妹に全て残すって遺言を書いていたのよ。妹が色々悩んでること、知ってたのかもしれないわね」 兄の遺言は、遭難中にノートに走り書きしたものだった。法的な効力はないかもしれないが、両親は「自分たちは老後の資金を貯めてるし、あなたが全部受け取りなさい」と言ってくれた。保険の受け取り人も私になっていた。 預貯金などは遺留分と言って、遺言があっても相続人がもらえる一定の割合がある。でも遺留分を訴えるのは、遺言や遺産分割に不満がある場合。両親も私も不満はなかった。それに、遺産はそこまで高くはなかった。遭難した兄はなかなか見つからず、民間の会社にも捜索を依頼したし、無償で手伝ってくれた兄の登山仲間たちにも、十分な謝礼をしたからだ。 兄が残した遺言には「後悔しないで生きろ」と書いてあった。 「危険があったらすぐ逃げろ」って私には言ったのに。自分の危険を顧みず、人助けを優先した兄が誇らしいと同時に、悲しかった。 兄を失った寂しさで落ち込んでいたが、義姉から唐突に聞かれた。 「ねえ、あなたのお兄さん、山で遭難したんでしょ?めちゃくちゃ救助費用かかるのよね。迷惑よね」 なんて失礼なんだろうと思いつつ、兄の名誉を取り戻したい一心で答えた。「でも兄は保険に入っていましたから」 「まあ、そうなの?じゃあ良かったわね。で、遺産はもらった?」 「お姉さんには関係ないでしょう」という言葉を飲み込んだ。「親が生きてるので、親が相続人になりますから」 「またまた、少しはもらったでしょ。保険金とか、かなり出たんじゃない?」 義姉はしつこく聞いてくる。夫はスマホでゲームをしていて、聞いていないふり。でも指が動かないところを見ると、ゲームを止めて聞き耳を立てているようだ。 兄が遭難したと母から電話が来た時、私はいても立ってもいられなかった。現地に行くと言うと、夫は反対した。「君がいない間、僕らの食事は誰が作るの?掃除や洗濯は誰がするの?現地に行ったところで、君にできることなんて何もないんだし、邪魔なだけだよ」 あの義姉にしてこの弟ありだと思った。兄の心配より、自分たちのことだけ。確かにできることはないかもしれない。まるで私が夫と義姉の世話係みたいな扱いだ。夫本人は、自分の発言がおかしいとも思っていない。 価値観の違いだけでは片付けられない。夫が義姉にこれだけ優しく、こんなにも応望に振る舞われるなら、私と私の兄に対しても、同じくらいの関心と優しさを持って欲しかった。 「捜索隊の人たちに謝礼を払ってしまったので、ほとんど何もないんですよ」 「ばっかじゃないの?そんなのボランティアじゃない。ただでいいでしょ」 私はこれ以上会話を続けたくないため、曖昧に笑ってごまかそうとした。すると義姉は調子に乗って、とんでもないことを言い出した。 … Read more

12 September 2026