「え、もう私は独身だけど。支払いは愛人に請求しておくね」…
デパートで買い物をしていた私は、ある光景に足を止めた。ベビーカーを押す仲の良い夫婦が、互いに褒め合っている。幸せそうで、微笑ましい。けれど、その夫の顔を見た瞬間、私の頭は真っ白になった。 私の夫、ユウイチだった。 「かわいい赤ちゃんですね」 私は唐突に声をかけた。夫は私を見て、今まで見たことのないような表情を浮かべる。隣にいた浮気相手は、にこやかなままだ。彼女は私が妻であることを知らない。でも、私は彼女のことを知っている。それはまだ黙っておこう。 「ありがとうございます。今、主人に似てかわいいねって話してたところなんですよ」 浮気相手がそう言う。心の中で嘲笑しつつ、私は夫を見た。 「な、なんでお前がここにいるんだ?」 夫はそう言うのがやっとで、私の様子を伺っていた。そんな私たちを見て、浮気相手が疑問を抱く。 「あれ?ユウイチさんのお知り合い?」 「え?ああ。いやいや、知らない。知らない」 あなたが私を知らないというのなら、私も他人のふりをすることにしよう。そして、そのまま地獄に叩き落としてあげるわ。怒りを抑えるように自分に言い聞かせ、私はにこやかに表情を作って口を開いた。 「本当は今日、夫との結婚記念日で旅行する予定だったんです。それなのに夫は急な出張でドタキャンしちゃったので、気分転換にちょっと遠出をして、景色を写真に撮ろうと思ったんですよ」 「まあ、そうだったんですか」 「はい。外で写真を撮っていたらお腹が空いてきて、ちょうどいい時間だったので食事をしようと思ってここに来たんです」 「へえ、そうだったんだね」 何とも白々しい反応だった。夫は浮気相手にバレてはいけないと考えているのだろう。目のやり場に困りながら、なんとかごまかそうと必死の様子だ。そんな夫に目もくれず、私は名刺を取り出して浮気相手に渡した。 「申し遅れました。私はこういうものです。一応プロのカメラマンをしているんですよ」 「あ、ご丁寧にありがとうございます。へえ、カメラマンさんなんですね」 「はい。それにしても、とっても仲のいい夫婦で羨ましいですね」 浮気相手は私がカメラマンであることに興味津々で、名刺を受け取ってくれた。そして、何も知らない彼女は平然とした顔で口を開いた。 「それにしても、結婚記念日をドタキャンするなんてひどいですね。信じられないわ」 「ええ、本当に。仕事だから仕方ないとは言っても、やっぱり寂しいものですね」 「あ、ああ……」 浮気相手にはバレないように、チラチラと夫に視線を送って無言の圧力をかけ続ける。夫は何か言いたそうではあるが、うまく言葉を発することができないでいた。ここで私は次の行動に移す。 「すみません。お二人がとても素敵な家族に見えまして、よろしければ記念写真として撮影させてもらえないでしょうか?」 「え?」 突然の私からの提案に、夫は戸惑い驚きの声をあげていた。そんな夫をよそに、浮気相手はというと、 「へえ、本当ですか?嬉しいです。プロのカメラマンの方に撮ってもらえるなんてラッキーだったわね。ユウイチさん」 「え、あ、ああ、そうだね」 「あれ?ユウイチさん、浮かない顔してるけど、どうしたの?別に写真が嫌いなわけじゃないわよね?」 「い、いや、なんでもないよ。そうだね。撮ってもらおうか」 夫としては何とかして断りたかったことだろう。だが、下手に断ると理由を話さなければいけなくなってしまう。私のことがバレると困るので、それは避けたかったのだろう。表情を引きつらせながら、撮影を了承したのであった。 「それじゃあ、撮りますね。はい、チーズ」 私は夫と浮気相手、そして赤ちゃんの写真を撮影した。笑顔の浮気相手とは対照的に、夫は表情を作るのに精一杯の様子。そして何枚か撮影したところで、その手を止めて口を開いた。 「ありがとうございます。いい写真が撮れました」 「こちらこそありがとうございます。ユウイチさん、よかったわね」 「あ、ああ。写真が出来上がりましたら連絡しますね。それじゃあ、失礼します」 そう言って私は夫と浮気相手から離れ、その場を後にした。 それから数時間後のことだ。私は自宅に戻り、部屋でゆっくりしていると、一本の電話がかかってきた。 「あ、エミか。あのさ、さっきのことなんだけど、違うんだ。決して浮気とかじゃないんだよ」 よっぽど焦っていたのだろう。私が突っ込むまでもなく、夫は「浮気」という言葉を口走って言い訳を始めたのであった。 「さっきのことって、何かしら?仲良さそうな家族に会って、旦那さんはユウイチにとても似てたけど、他人の空似だと思ってたわ。そうじゃなくて、本人だったのかしら」 「あ、えっと、でも、あれがユウイチだったなら、浮気じゃないなんてことはないわよね。どういうことかしら?」 「いや、浮気なんかしていない。レイカとはそんな関係じゃないんだよ」 「あんな可愛い子供までいるのに、そんな関係じゃないなんて、簡単に信じられるはずないじゃない」 「そんなこと言わないでくれよ。あ、そうだ」 夫は必死に言い訳をし、浮気を認めるつもりはないようだ。すると何かを思いついたかのように、浮気相手との関係について説明を始めたのである。 「レイカは学生時代の後輩なんだよ。大事な相談があるからどうしてもって頼まれてさ、本当に仕方のないやつなんだよ」 「仕方のないのはどっちだろう?それに、こんな日に会いに行くことはないでしょう。相談に乗るために出張だと嘘をついて、記念日の旅行をドタキャンしたの?そんなに大事な人なんだ」 「あ、いや、その……」 私の言葉に、夫はどう答えたらいいのか分からないようだ。とても困惑し、うまく言葉が出てこない様子。そんな夫に構わず、私はさらに話を続けた。 「それに、レイカさんとの関係が浮気じゃないなら、あの赤ちゃんのことはどう説明するつもりなの?傍から見ても、仲のいい親子三人家族という感じだったけど」 赤ちゃんのことを尋ねられると、さすがに夫も困るであろう。そう思ったのだが、少し考えた後で夫は話し始めた。 「あの子はレイカと元旦那との間にできた子だよ。離婚後があまりにも大変そうにしていたからさ。順番になって相談に乗っていたんだよ」 「ふうん」 … Read more