「あんたは血のつながらない赤の他人でしょう。財産は全部、長女の私がもらうわ。ほら、この薄汚い袋でも持って、さっさと出ていきなさいよ。」 三年間、寝る間も惜しんで義母の介護をしてきた私に、義姉は遺品も何もかも奪い、汚れたスーパーの袋を投げつけて家から追い出した。涙で滲む視界の中、私はただ悔しさに震えるしかなかった。…
「あんたは血のつながらない赤の他人でしょう。家族の財産は長女の私が全部いただくわ。ほら、これでも持って、とっとと出ていきなさいよ。」 その一言で、線香の香りが漂う和室の空気が、まるで真冬のように凍りついた。 三年間の壮絶な介護の末に、義姉から投げつけられたのは、くしゃくしゃになった古いスーパーのビニール袋だった。だが、この時勝ち誇る義姉は知る由もなかった。数日後、この薄い袋の中身によって、自分自身の優雅な人生が音を立てて崩れ去り、人生で一番後悔することになると。 窓の外では、冷たい木枯らしが庭の枯葉をカサカサと物悲しく揺らしていた。 四十九日の法要が無事に終わり、親戚たちが帰った後の静まり返った実家。私は擦り切れた古い畳の上に正座し、目の前で繰り広げられる信じられない光景を、ただじっと見つめていた。 「嫌だ。お母さんたら、こんな立派な真珠のネックレスを隠し持ってたのね。あ、こっちの金の指輪、もうすごいわ。これ、純金じゃないの?売ったら結構なお金になりそうね。」 下品な歓声を上げながら、義母が大切にしていた箪笥を漁っているのは、義姉の霊子、五十五歳だ。高級ブランドの黒いワンピースに身を包み、派手な赤いネイルをした指先で、義母の宝石箱から次々と高価な品を引っ張り出しては、自分のバッグへと無造作に放り込んでいる。 先ほどまで親戚の前では「お母さん」と嘘泣きをしてハンカチを濡らしていたというのに、身内だけになった途端、この有り様である。 「小岸さん。お母さんの遺品整理は、もう少し落ち着いてからでもいいのではありませんか?まだ四十九日が終わったばかりですし。」 私がたまらず控えめに声をかけると、霊子は宝石箱を抱え込んだまま振り返り、鋭い目で私をぎろりと睨みつけた。 「はあ?何言ってんのよ。落ち着いてからって、あんたがこそこそ盗む前に、長女の私がしっかり管理してあげるって言ってんの。大体ね、弟が死んだ後も図々しくこの家に座って、お母さんの年金で飯食ってたんでしょう。泥棒猫が偉そうに口出ししないでちょうだい。」 その侮辱の言葉に、私は思わずぎゅっと唇を噛み締め、黙り込んだ。膝の上に置いた、ひび割れて荒れ果てた自分の両手が、小刻みに震えているのが分かった。 飯を食ってたなんかじゃない。夫の匠が突然の交通事故で他界し、間もなく一人残された義母が脳卒中で倒れた。右半身に思い麻痺が残り、言葉も不自由になってしまった義母。施設に入れることも、見捨てることも、私にはどうしてもできなかったのだ。 「小岸さん、少しだけでも手伝ってくれませんか。」 縋る思いで何度も電話をした。しかし霊子は、 「私は社長夫人で毎日忙しいの。下の世話なんて汚いこと、私にできるわけないでしょう。あんた暇なんだから、最後まで面倒を見なさいよ。」 と吐き捨て、この三年間、一度たりともお見舞いに来ることはなかった。 それからの日々は、まさに地獄のような戦いだった。夜中の頻繁なトイレ介助。喉に詰まらせないように工夫した食事。床ずれを防ぐための体位変換。私の睡眠時間は毎日三時間にも満たず、白髪は増え、心身ともに限界を超えてボロボロになっていた。 それでも「さゆりさん、ごめんね。ありがとうね。」と、不自由な口で泣きながら感謝してくれる義母のためだけに、私は歯を食い縛って頑張ってきたのだ。 それなのに、義母が息を引き取ると、霊子は手のひらを返したように弁護士を連れて実家に乗り込んできた。そして「財産は全て、血のつながった私が相続する」と豪語し、今こうして金目のものを根こそぎ奪い取っているのである。 「ああ、嫌だ、嫌だ。貧乏臭い嫁がいつまでもジメジメといて、空気が悪くなるわ。」 霊子はこれ見よがしにため息をつき、鼻で笑いながら、部屋の隅のゴミ箱の横に転がっていた丸められた古いビニール袋を拾い上げた。スーパーのロゴが掠れ、全体が茶色く汚れた、どう見てもただのゴミ袋だ。 「ほら、あんたには特別にこれをあげるわ。お母さんがね、生前に『さゆりさんにはこれを渡してくれ』って言ってたのよ。どうせ廉価な、使い古しの肌着でも入ってんでしょう。ゴミはゴミ箱へ。貧乏人は貧乏臭い袋が似合いよ。」 霊子は得意げに吐き捨てると、その薄汚れたビニール袋を私の顔に向けて乱暴に投げつけた。 バサッという鈍い音と共に袋が私の膝の上に落ちる。持ってみると、中身は妙にずっしりとしていて、硬い四角い感触があった。 「さあ、用が済んだらさっさと出て行ってちょうだい。この家は明日、不動産屋の査定が入るんだから。もうあんたの居場所なんて、どこにもないのよ。」 「シッシッ」と犬を追い払うような手つきで追い立てられ、私は長年暮らした実家を後にした。三年間の私の血の滲むような献身は、この薄汚れた古いビニール袋一つで終わったのだ。 虚しさと悔しさ、そして義母を失った悲しみで、帰り道の景色は涙でぐちゃぐちゃに滲んでいた。 やがて、引っ越したばかりの自分の狭く冷たいアパートにたどり着いた私は、古びた茶箪笥の上に、あのビニール袋をポツンと置いた。部屋には、時計の針の音だけが無常に響いている。 「お母さん。本当に私には、このゴミ袋だけなんですか?」 涙を拭い、固く結ばれた結び目を、震える指でゆっくりと解いていく。中には、古い新聞紙でぐるぐる巻きにされた、分厚い箱のようなものが入っていた。 カサカサと音を立てながら新聞紙を一枚、また一枚と剥がしていく。そして、最後に現れたあるものを見た瞬間、私は自分の目を疑い、思わず息を飲んだ。 「いえ、嘘でしょう。どうしてこれが…」 薄暗いアパートの部屋に、私の震える声だけが響き渡った。 手の中にある、その信じられないものを前に、私の目から再び大粒の涙が溢れ出していた。 何十にも巻かれた茶色い新聞紙の束。それを震える手で一枚ずつ剥がしていくと、中から現れたのは、見事な牡丹の彫刻が施された古い桐の小箱だった。そっと蓋を開けると、ふわりと懐かしい樟脳の香りが漂った。 中に入っていたのは、布張りの分厚い通帳。一通の白い封筒。そして、古びた銀行の通帳だった。 手紙の表書きには、麻痺の残る不自由な左手で一生懸命に書かれた、水が滴るような震えた文字でこう記されていた。 「私のたった一人の大切な娘、さゆりへ。」 その文字を見た瞬間、これまで必死に噛み殺していた感情がダムのように決壊し、私の目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。 「お母さん…」 誰もいない冷たいアパートの部屋に、私の嗚咽だけが響き渡る。 思えばこの三年間の介護生活は、決して綺麗ごとでは済まされない、泥水をすするような過酷な日々だった。夫の匠が交通事故で帰らぬ人となり、悲しみに暮れる間もなく義母が脳卒中で倒れた。実の娘である義姉の霊子は「私は社長夫人としてのお付き合いで忙しいの。介護なんて底辺の仕事、私にやらせる気?」と言い放ち、一切の手助けを拒否した。 それどころか、年に一度だけ義母の年金通帳や家の権利書を確認するためだけに実家へやってきては、私たちにひどい言葉を投げつけて帰っていった。 あれは一年前の冬のことだった。高級な毛皮のコートを着て、土足のまま義母の寝室に上がり込んできた霊子は、鼻をつまんで顔を歪めた。 「ああ、嫌だ嫌だ。部屋中、老人臭と薬の匂いが染みついてるじゃない。さゆりさん、あんたよくこんな汚いこと毎日できるわね。」 ベッドで横たわる義母が申し訳なさそうに「あ、あう…」と涙を流す中、霊子の暴言はエスカレートした。 「どうせあんた、血もつながってないくせに、お母さんの遺産をかすめ取ろうと必死なんでしょう。うちの夫の会社は年商数十億だから、こんなボロ家の金なんてどうでもいいけど、あんたみたいな厚かましい泥棒猫に一円たりとも渡しはしないからね。本当、教養のない貧乏人は、これだから嫌なのよ。」 その言葉が胸に突き刺さった。だが、私は反論したい気持ちをぐっと飲み込み、ただ無言で床の染みを睨みつけるしかなかった。私がここで言い返せば、霊子の怒りの矛先は、抵抗すらできない義母に向かってしまう。だから私は沈黙を貫き、義母の震える冷たい手を、ただ両手で包み込むようにぎゅっと握りしめていた。 血のつながらない私を、「さゆりさんは私の娘よ」と愛してくれた義母を守るためには、私が耐えるしかなかったのだ。 涙で霞む目をこすりながら、私は手紙の封を切った。便箋には、義母の深い愛情と、信じられない事実が綴られていた。 「さゆり。三年間、本当にごめんね。そして、ありがとう。あなたがいなければ、私はとっくに絶望して死んでいました。これを読んでいるということは、あの強欲な霊子のことだから、あなたを家から追い出し、金目のものを全て奪っていった後でしょう。でも安心してください。霊子が勝ち誇って持ち去ったあの宝石箱。あれは私が仕掛けた罠です。本当の価値あるものは、全てこの袋の中に隠しておきました。」 罠?一体、どういうことなのだろうか。困惑する私をよそに、手紙はさらに衝撃的な内容へと続いていく。 「さゆり。箱に入っている通帳を見てちょうだい。そして、同封した名刺の人物に、今すぐ電話をかけるのです。あなたのこれからの人生は、全て彼に託してあります。」 私は言われるがまま、古びた通帳のページをめくった。 … Read more